疾風戦記

















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六章 青い波動
七十八話 画竜転生
「探索、ですか?」

 その誘いは突然でした。そして、誘い主も意外でした。微かに頬を掠める風が、やけに心地よさを感じるような真夏の昼。緑色の体にとってつけられたような爪をすり合わせながら、私は話を聞き返しました。

「あぁ。近くにある洞窟の奥地に、願いを叶える幻のポケモン、を名乗る奴がいるらしい」

 名前はエルド。手が刀身のように鋭利、白を基調とし、緑の頭と腕を持つそのポケモンは間違いなくエルレイドです。剣士のように気高く、誇りを持ったポケモンであると思ってはいますが、その誇りもやや捨てて、今は私の前で頭を下げ、手を合わせ、何とも情けない姿を見せています。

 要件は以下の通り。一ヶ月前、不憫にも亡くなった私たちの主、つまりはトレーナーさんを生き返らせたい。だから、洞窟探索をして最奥部にいるジラーチさんに会って願いを叶えてもらいたい。そのためには、さすがに一匹では行ける気がしないから、私に同行してほしい。こんなところです。

「……他の方は?」
「ファロウは真っ向から拒否、ルート、ミナト、ガドには遠回しに拒否をされてしまった」

 つまりは、私は余り物という位置づけのようです。心底、自分には興味がないことが伝わります。いくら頭を下げたとしても、相談に当たったのが『最後』ともなれば、断る理由は十分です。緑色の触覚部分をいじりながら、思考を巡らします。実は、普通ならこんな申し出、きっぱり断るべきところが、私には好条件でもあったのです。

「……構いませんけど……」

 ボソッと、顔色を伺われないようにつぶやきました。それなのに、反応がすごく早くて。「いいのか!?」って返答には、急に手を持たれたことで動揺もありましたが、イエスを返しました。わいやわいやと舞い上がってます。支度を始めてくる、と駆け出してしまいました。

あーあ、置いてけぼり。頭を掻いても特に何も変わりません。


〜〜


 ここに来たのは、私たちのトレーナーが亡くなった頃です。不思議な転生でした。私たちでさえそのメカニズムが分かりきってないレベルのものでした。ゲームの世界から、ダンジョンのたくさんある、どこかの別のゲームを模したような異世界の、とある街に飛ばされたときの最初の感想は、

「やることなさそう」

 私たちは、おそらくここは使われなくなってしまったポケモンたちの墓場のような場所ではあるまいか、と考えます。そうなれば、仮に天国であろうと地獄であろうと、トレーナーの指示により粉骨砕身、眼前の敵を討つこともありません。
 予想は綺麗に的中して、私たち一行はまるで隠居した老人かってくらいのんびりと過ごしました。その過程で少しわかったこととすれば、私とルート、ガド、ミナト、ファロウ、そしてエルドは、私たちのトレーナーの最後の手持ちのポケモン、つまりはパーティメンバーでした。そして、おそらく同じように、持ちきれないためにボックスに収容された何十、何百というポケモンたちも、私のトレーナーのポケモンてある以上この世界に来ているはずです。
 が、まるで私たちのトレーナーの話は聞きません。それどころか、私たちパーティメンバー六匹意外は、「知らない」「人間なんておとぎ話だ」の一点張りです。私のトレーナー、***は、忘れ去られたか、私たちだけが偶然覚えていたのです。
 これがある意味不運でした。

 先程述べた通り、私たちはのんびりと過ごしていたのですが、エルド、彼だけはずっと苦悶に心を焼かれ続けていたようです。エルレイドの彼は、トレーナー、つまりは自分の主君に忠誠を誓うほど慕っていました。トレーナーの***さんも***さんで、エルドさんを一番気に入り、一番いい待遇で接していたように思います。彼は、まだ忘れられないのでしょう。恩や忠義は、一度受けたら忘れないタイプなので、ズルズルと二ヶ月間引きずって今に至るのです。主君のいない騎士とは、何とも無様なのです。私も、理想の彼の萎れた姿をあまり見たくはありませんでした。

 ですが私は、自分のトレーナー、つまり***さんが大っ嫌いでした。八つ当たりには近いのですが、エルドさんは私なんて眼中になくって、***さんと一緒にいれば充分そうなので……。
 とはいえ、誘いには断れませんでした。目的はどうあれ、私への想いはどうあれ、エルドさんが、私に『頼んでくれた』。これで満足しました。安い心遣いで満たされた心に虚無感はあるものの、それも割り切ってしまえました。

 石畳の道を、歩かず、羽ばたいて、手招きする彼の元へ急ぎました。原生林も、空も、これから起こることの予兆は何一つ示しませんでした。

 あとから、この話をルートが聞いていたことを知りました。


〜〜


落石
私を押しのけて身代わり
直撃


体から滴る液体
徐々に弱くなる息遣い
焦点の合わない目
石壁に寄りかかる無気力な体



 私は、彼を抱きかかえました。嫌……嫌……。夢か何かと想いたい。止め処なく涙が溢れてきます。まだ気持ちも伝えていないのです。少しずつ冷たくなる彼の体が信じたくなくて、温めようとして、徐々に言葉が枯れていく様を否定したくて、頷いて。

「……お前……だ……け…………で……も……」

 そんなこと、できるわけないじゃないですか。
 私は、彼の唇に自分の唇を重ねました。泣きながら。彼は目を見開きました。少しずつ体温が下がってるのが分かるのです。でも、そうであっても。唇を離したとき、これが答えです、って笑みかけました。だから……お願いだから……。

「……そう……か……はは……」

 申し訳なさそうに、彼はうつむきました。

「……わた……し……は…………身……近……にいた…………お前……の…………気……持ち…………さえ……」






 永い沈黙です。糸が切れるように、呆気なく訪れた死は私には長すぎました。

■筆者メッセージ
モテる男が羨ましいのと、可愛い女の子を描くのが恥らしいのとで拗らせて遅れました。12時間オーバーですね。今まで相当遅れました。反省です。
帰宅部勢が日曜日なのに学校に行かなければならなくなったのもあって、書き切る前に寝てしまったようです。朝起きたら書きかけの文が放置されてました。
来週はちゃんとするつもりですので、ご容赦ください……

追記:4/17 『亡くなってから二ヶ月』→『亡くなってから一ヶ月』、『初夏』→『真夏』に変更しました
フィーゴン ( 2017/04/17(月) 12:37 )