七十五話 波動を感じて
止まった。やや広い場所。森を突っ切る風は急停止で一地点に舞い上がる。草の香りを上空へ運んだ。疾風(かぜ)が止む。糸を張ったような緊張感。
彼──いや、彼女の凛とした佇まい。無愛想なところ以外は何一つ変わってない。
救助隊。
昔の記憶を呼び覚ます。ほんのり黄金に染まった大地を眺め、俺の夢を語ったあの日。成長して、育った土地に背を向けたあの思い。首から下げたペンダントを、手に握りしめて何度も思い出した。
裏切られた気分だった。この思いを侮辱された気分だった。許すことができなかった。なのに、拳を握れない。戦いていた。何か事情があるのだろうと思いたかった。実際そうなのだろう。あいつの性格上、侵略組織にほいほいついていくような安いポケモンじゃない。
もしかしたら、ワヅキに何かされたのかもしれない。
深く聞けば、何か力に───。
「どうしたんだい、ルカリオのあんちゃん?うちのバシャーモ君ずっとみつめちゃってさ」
「……アルト……アルトなんだよな……?」
沈黙。目線をそらす。しかし、確かにこくりと頷いた。
「おおー!こりゃあ、感動の再開ってやつかい!いやぁ、めでたいねぇ〜」
「あんたは少し黙ってろ……」
「おおっと、失礼。何分空気が読めないもんでね〜」
やや楽し気に嗤う。本気でにらみつけているのが分からないようだ。
「そいじゃ、俺はここで。二匹で再開の挨拶を楽しんでくだせぇ〜」
終始、ポケモンの神経を逆撫でして、クレイとセレアを担いで煙のように逃げ去った。追わない。追う気になれない。目の前のポケモンと二匹だけ。これでゆっくり、話を持つことができる。
「……この際だ。もう村はないと思っておく」
冷静に考えてみれば、大陸は大体がクレセントのものだ。そして、村に残ったアルトがどういうわけかここにいる。落ち着いて考えれば、可能性は一つだけだ。
「本題だ。ワヅキはどうした」
俺の最愛の、彼女の名前を、口にするのももう何年ぶりだろう。苦しい戦いの末、俺は乗り越えられた。そうまでして、アルトはワヅキと婚約を結んだ。まさか、彼女を置き去りなんかにするはずもない。なら、考えられるのは───。
「つかまった」
ぽろっと口からこぼれた。涙を流さないようにしているのが分かった。
「今も、これからも、ずっと……痛みに、苦しみに……耐えて、耐えて……あたしが……あたしがダメだったばかりに……」
頭を抱えてうずくまる。前にいるオスポケモンが、とても小さく、惨めに見えてしまった。この憤慨はなんだろう。遣る瀬無い気持ちはなんだろう。守るって言っておきながら、こいつは何一つ守れなかった。オスとして、メスを守りきれなかった。中身がメスだろうと関係ない。緩んでいた拳が硬く握られた。
「お前がここではこんなことをしている理由も、それか?」
「えぇ、逃げたり反抗したら処分するって……ワヅキは逃げてって言ったけど、あたしにはそんな……」
多分、俺だって逃げない。もっとも愛した彼女だ。彼女を捉えた一国相手に、こいつは無力すぎた。握った拳の目標は、徐々に自分に切り替わっていった。呆けていた自分が許せなかった。何もかも、俺の知らない間に変わってしまっていた。振り返った道は、もう、通った時の跡形は消えていた。
「……これから……は、どうするんだ」
「機会を見て、それからワヅキを連れ出して遠くに逃げる。もうこんなことは嫌なの……だか……らっ……があぁっ!!!」
「……!おい!大丈夫か!!」
アルトは、自分の首を押さえた。息苦しそうに嗚咽を漏らす。背中を揺する。顔色を見る。呼吸困難……?でも、なぜ急に……と、考えれば、すぐ分かることだ。一通り収まったのを確認してから、俺は少し後ろに退いた。ゆら、ゆら、とアルトは立ち上がる。青い目は、瞳孔を残して赤く染まっていた。
〜〜
足払いをバク宙で回避。そのまま後退し、付近の木に登る。上を取る。あいつにはいつもそれで負けた。驚異的な跳躍力、から決まる『飛び膝蹴り』。避けるべく。『波動弾』を片手に生成する。それに同調して彼も波動エネルギーを両手のひらの間に集約させる。相変わらず、『波動弾』は何故か使えるらしい。遠隔も通用しなさそうな雰囲気がある。であれば、速度で押し切る。
「『神速』!」残像だけを残して木から他の木へ、たまには地面まで降り立って、アルトの周りを回る。……目で追われている。進行方向に『波動弾』の炸裂弾が広範囲を焼くために放たれた。『見切り』起動、脚の切り替えしによって爆発直撃を回避。爆風も大して問題なし。バク転で降り立ち、立ち上がった。
その一瞬で充分だった。首を掠める、冷たさが肌に残された。
そして─────。