疾風戦記

















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疾風戦記 Before-Twenty
??話 AtoBの崩壊
 戦局はこちらに回った。向こうとの戦力差も大きいだろう。『神速』、隙を見計らってさらに『竜の舞』。金属片が頬を掠める。それで敵意を察知。その方向に『逆鱗』をぶつけた。狭い通路は、その脆さ故に天井さえ抜けていく。四文字で表すと“奴隷施設”。もう二世代にも渡るくらいまで、長く存在していると、話には聞く。中には、奴隷が産んだ子供も奴隷として扱っているというケースもあると聞く。そして、その“産む”というのもまた……。
 僕はあくまで義心でこんなことをしている。実際、多くのポケモンがこの暗く狭い牢獄から脱走している。そのポケモンの性能を“利用”し続けた奴等は、『炎のパンチ』で簡単に赤黒く染まった。これが“義”なのか、はたまた“悪”なのか、判断することはできない。自分はどこまでも平和主義、平等主義だったから、何か間違っているのではという思いがいつもよぎる。

 そばの窓ガラスが音をたてて砕け散る。反射的に『炎のパンチ』の体勢をとるが、意味はないようだ。橙色の腕が、体に付いたガラス片を払っていく。

「……痛ぇー……っと。戻ったぜ」
「遅いよ。何処行っていたのさ。まさかカラオケ?」
「何処のバカがこんなタイミングでいくんだよ。なーに、可愛いロコンちゃんがふらついていたもんでな。知り合いのところに預けたのさ」
「……当ててみようか。ナギマルだろ」

 ギョッとした目で見てきたが、ナギマルの家がここから一番近いこと、彼が今、僕らのメンバーから外れて、嫁さんと息子さんと三匹で悠然と過ごしていることぐらいを知っていれば、誰だって想像がつく。

「まぁ、それはいい。状況は?」
「凡そ八〇パーセントは陥落。放っておいても他で充分押しきれると思う」
「そうか。なら、放ってしまって先にいこうぜ」
「りょーかい」

 そう言うだろうと思った。ガエン……リザードンのこいつも、昔より丸くなっても戦闘狂だ。相手不足のところに居座る理由を持たない。僕も、そろそろ手の汚れ具合を気にしていたところだ。


 上空に飛びたってから数日。休憩はこまめにとりながらも極力東方へ翼を動かし続けた。小ボトルをぶっきらぼうに投げつけられる。カイリューの手では普通に投げられても受け取りにくいのだからやめてほしい。葉っぱが構成する深緑の凹凸に、口から逸れた水がポタポタと落ちていく。日射しが強いのもあって、汗も多い。長旅の天敵だ。少しでも曇っていればよいものを、天気は快晴と来ている。余計嫌気が差す。小さなカバンから付近の地図を取りだし、周囲の地形と見比べる。

「……そろそろだな」
「お、やっとか」

 くたびれた、という顔を見せてくれた。だが、その顔も、前に向き直った途端に真剣なものになった。

 灰。グレー一色になった町、いや、町だったそれは、まだ火薬のような鼻に来るにおいを残していた。全壊、良くても半壊した家しか見当たらず、台風の過ぎた後では説明のつかない荒れ果てっぷりを強調していた。
 相棒は、その風景を睨みながら口元からやや炎を吹き出していた。余程許せないのだろうか。殺意ともとれる眼差しだった。一方の僕は、憎たらしさより、悲観的な目をしているのだと思う。どうして、こんなことになってしまうのか、まだ理解が追い付かない。現実が見えないのだ。考えが純真と似かよっているのかもしれない。ポケモンを美化し過ぎていたのかもしれない。でも、一体何が、ポケモンをこうさせてしまうのかが分からなかった。悪人は実はどこにもいない、どこかのギルドの親方の言葉だ。確かにそうだと思う。悪い奴は、ある日突然悪くなったのではなく、小さな積立てがそいつを狂わせてしまっただけなのだ。けど、それでこうなってしまうのは運命は、存在するならば神は、余りに冷徹過ぎるのだ。


 ふわりと、灰を舞わせながら着陸。地上からでも風景は同じ。足をどかすと、黒く焦げた何かがこびりついた白く長い何か、が落ちていることに気づく。拾い上げると、砂のようにパラパラと空気に吹かれた。
 虚無感だった。僕は、これと同じことを繰り返しているのだ。カランッ、と、自由落下により金属同士がぶつかるような、そんな響きのいい音は、この灰の世界では痛いほど響く。さっきまでの快晴も、まるで鏡に映されているかのように鈍く、暗くなっているようにさえ感じられた。

 その世界では、鮮やかな青色は目立ちすぎた。ラティオスが一匹、一瞬でも視界に映りこんだことでようやく現実に戻ってこれた。ラティオスはこちらに気づいて死角に逃げた。それからすぐにガエンの声も耳に入る。

「こんななのは分かるが、余り気持ちを持っていかれるな。まだ残留しているやつがいるかもしれないんだぞ」
「ご、ごめん……」

 一息吐いて気分を落ち着かせた後、僕は、ラティオスが消えた方へ向かう。

「おい、どこに……」
「すぐ戻る。この辺に生きてるポケモンがいるか確かめておいて」

 適当に用件を提示して、前を向いてまた歩く。遠目だが、明らかにまだ小さかった。気になって仕方ない。それにこの有り様。食べ物で困っているのではなかろうか。灰色の地面を歩く度に足をとられそうになる。玄関と、二部屋ほどが生きている廃墟、そのうちの玄関口まで来る。敷地内も屋根もやはり灰ばかりだが、玄関のドアの前だけ、円状に灰が避けられている。何度もドアを開閉した証だ。歩みが早くなっていることに自分でも気づかない。ノブを手に取り、ゆっくり回したその時……。

「『流星群』!」

 ドア越しに技。回避、左後方。流星群が被弾した部分の灰が舞い上がり、焼けて、小爆発が起こる。もちろんドアは木端微塵だ。室内、奥には目を赤く染めたラティオスが白い布でくるまれた小さな何か(形状からして子供だろうか)を大事そうに、奪われないように抱えている。

「安心して、僕は敵じゃないよ」

 立ち上がりながら言って宥めようとするが、改めて考えると無意味だと気づく。むしろ向こうは警戒心を強めている。僕は、二歩、三歩と間合いを詰めていった。それにつれてどんどんラティオスの表情が険しくなる。

「『流星群』!」

 再び、自己防衛の切り札を使った。今回は避けるつもりはなかった。竜の覇気をまとった小隕石は体に当たると同時に爆発し、出血をも催す。
 だけど、それすらも無視して、僕は……………彼を、抱きかかえた。驚いたように僕を見る。

「大丈夫。もう、大丈夫」

 頭を撫でた。そのうち、ラティオスの目からポロポロと涙がこぼれ出した。

「つ……かっ……よ……。つら………ったよ……」

言葉をずっと使わなくて、いや使えなくて、掠れた声でしか届かなくてもちゃんと耳に響いた。
心の中にずっと入れっぱなしだった一言を吐き出して、ラティオスはワンワン泣いた。
 爆風で聞き付けたのか、ガエンがいつの間にかそばに来ていた。痩せた体が震えているのが分かった。

「ラティオス、それにこれは……ラティアス……まだ生まれたばかりか……」

 白い布は、すやすやと眠る幼いラティアスをくるんでいた。ラティオスが泣き止むまで、僕は頭を撫で続けた。

「ラティオス君、名前、なんていうの?」

 落ち着いた様子を確認してから、僕は話しかけた。でも、答えない。もしかしたら、無い、あるいは、名前さえ忘れてしまったのかもしれない。無理もない。こんな場所で、何日も、来るとは思えない助けを待って、あるかもわからない食べ物を探して、妹のために自分を犠牲にして、もうそこに、自分のため、なんて入る余地なんてなかっただろう。
 このとき、僕は遂に決めてしまった。支えてあげようと、そう思う存在ができてしまった。

「ないなら、僕から決めてあげよう。えーと……よし、ラティオスの“ラ”を取って君はライ。ラティアスのこの子はラン、でどうかな?」
「ネーミングセンス無さすぎだろ。もっと格好いい名前と可愛い名前にしてやれよ」
「ぐっ……」

 ド正論。昔からこういうのが苦手なのが仇に出た。これでも、少しは考えた方だったから余計心に来る。

 でも。

「でも」

「それでも、僕は構わないと思うんだ」

 皆がみんな、そうであればいいのに。例え名前に意味がなくても、誰もが……。

「価値をつけるのは、名前じゃない。僕らが、どれだけ、この子たちを幸せにできるかなんだ」

 僕が、親がわりとしてできるプレゼントは、それが精一杯だ。この子が必死で生きていた時間が、きっと報われるように、僕らが、頑張るのだ。お人好しとはよく言われる。

「……そうだな。けど、妹の方は、もう少し考えてあげたらどうだ?世界で、“誰にもない”ような、そんな名前をよ」
「そっか……うーん……じゃぁ…………」






















You are none other than you.

■筆者メッセージ
頭が痛かったので、ちょっと違う話を投稿しました。来週はきっと次話を投稿している……はずです。
フィーゴン ( 2016/11/20(日) 23:41 )