疾風戦記















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疾風戦記 Before-Twenty
??話 海底撈月
「どなたか……どなたかいらっしゃいませんか!!」

 路傍に声は、儚く消える。月の寒空には誰も、一匹のクレセリアの前を向きもしない。かくいう、彼女が襷として肩からかけていたもの自体が、見る気も失せる代物だったらしい。

『戦争停止』

 大きな二つの国が、互いに睨み合い、その第一線が壊れた時には、国境は消えていた。飲み込むか飲み込まれるかのご時世に、飲み下さずに放っておけば良いとは誰も思わなかった。思わせてくれなかった。今でも担架で運ばれてくる負傷者も、土製の壁に染み付いた血生臭い匂いも、全てが全て、この街を占領していた。
 救える命を彼女は見た。あらゆる種のポケモンが、辛うじて生きていれば大事に扱われ、ニクは蹴飛ばされていく。苦しく、生きづらい世の中には、どうも灯りが少なかった。その灯りを彼女は作ろうとしていた。
 真っ暗な夜空の一つの星が見えれば、きっと周りにも明るい星ができるはず。おめでたい考えだが、理屈は通る。

 そのためには“数”が必要だった。彼女は“数”を持ち得なかった。だから、“数”を、彼女の共感者を募った。結成した集団で、抗議活動でもするのだろう。意味もなく政党を作って平和主義をとなれるのだろう。呆れられるのが先だった。

「どなたか……私と……」

 通り過ぎるポケモンは、常に無視を決め込んだ。会釈するのもいた。会釈するだけだった。見て見ぬ振りしてるようなポケモンもいた。クスクスと笑っている声が聞こえた気がした。


 俯いた。マフラーを巻いているのに、芯まで凍る寒さを感じた。首元の小さな暖かさを逆に皮肉にさえ感じた。正しいことをしているつもりだった。正しいことがまかり通る世の中ではないことも理解しているつもりだった。

 昔から根っからの真面目で、根性にも自信があったけど、どうにも、これが一週間続くと立っているのも辛かった。いい晒し者だと自棄になって、一思いに泣いてしまいたいのも我慢して、同じことばかり言い続けていた。


「調子の程はどうだ、セレア」

 声の主は知れている。私の因縁の相手に決まっているのだ。

「……何の用です。私は今忙しいのです。お引き取り願います」
「それが目一杯の嫌悪か?そんな顔で言われても説得力がないぞ」

 はっ、と私は顔を振って表情を戻そうとします。が、難しそうです。

「苦しいなら何故そんなことを続ける。無駄だろう。戦争停止なんて、むしろ火に油を注ぐも同然だ。お前だってそれが分かっているのだろう?」
「……どんな方にも、良心はあります。いくら荒んだ方であっても、きっと……」
「それだからお前はだめなんだよ」

 演説を遮られます。普段ならそんなことされたら食ってかかるところも、私にはもうそんな気持ちは残ってません。

「荒んだとかじゃない。もはやどいつもこいつも今は使命感で動いてんだ。心が荒れてるから戦争をするのは上のやつか、ドラマの中だけだ」

 やれやれと呆れ顔をされて、なおかつ私はさらに暗い気持ちになりました。ピンク色の羽が下を向きます。その様子を見たのか、クレイは提案を一つ、の意味で、指を立てます。

「俺は実は、あいつらに誘われてんだ。この戦争の『第三勢力』とやらにならないかってな。ガエンとサイドランに主戦軸は任せればいい。ナギマルも来るそうだ」

 彼は、黒い手を差し伸べるのです。


「お前も来い。世界を変えることが、どんなことかっていう覚悟があるならな」


 暖かさに皮肉はありませんでした。冷たい彼だから、なんだか冷たい趣がありました。この時ばかりは、私は泣いてうなづきました。彼は、首肯の意味を察すると、私に背を向け、ついて来いと言葉にせず私に伝えました。彼の背中を、私は黙って追ったのです。煩わしい布の帯は、ここに捨てました。
 この日から、私は、私が一番嫌いで一番頼りにしている彼と組むことになったのです。
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■筆者メッセージ
また逃げました。時間が増えるこの時期ですが、おそらく投稿ペースも変わらないことでしょう
海底撈月(ハイテイラオユエ)……海の上に映った月をすくい上げる、ということから、無駄なことをする、の意味。

追記:5/4 一部、誤字を訂正しました
フィーゴン ( 2017/03/06(月) 00:41 )