疾風戦記

















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五章-真実は嘘が語る-
六十七話 勝利の方程式
===前回のあらすじ===
 クレイとつながりを持っていたのは………………。



「誰もが私を味方だと思ってくれるから」

 ふふっ、と笑う顔は余裕があるように見える。緊張感が張り詰め、息苦しい。

「そうか……残念だよ」

 ライは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。彼自身も、信じたくなかったのだろうか。それとも、セレアの振る舞いに愚かさを思ったのか。

「で、どうする気だ?」

 ライは掌を上に問う。どうする、とは、この後のことだ。裏切りがバれ、二匹は、絶体絶命、というのが普通の見解。素直に投降するもアリだが、まぁここまで来て降参はない。

「奇襲を狙って寄せ集めた二〇匹ごときで俺らを潰せると思ってるのか?」

 挑発。揺する。揺らがせる。勝勢はこちらに傾いている。広い空間は、ライの声が支配する。



「……成る程……」

 しかし、セレアは揺れなかった。むしろ、此の期に及んで勝ち筋を見い出したように。

「あっははははっ!はははははっ!」

 高笑いだった。綺麗な、通る音は大きく反響する。何か、不吉な予感が過ぎる。ライが何か読み忘れているのかもしれない。

「はははっ、はは、……ふう……。ねぇ……追い詰められたコラッタは……何をするか分かる?」

 目の色を変えた。鋭く。青く。突き刺さるように。

「勿論、噛みつくことしかしませんよ。できませんから。けど……」

 ライは、目を丸くした。口を開けた。余裕を失った。







「私たちは、違うでしょう?」






 洞窟を支配する声はもう、変わっていた。セレアが、上を向く。

「耳を塞げ!!早く!!」

 剣幕。焦りの形相。その威圧に押され、僕らはその指示にすぐに従う。


「くぉぉぉぉぉん!!!」

 耳を劈く高い音。モスキート音、というのだろうか。耳を塞いでも辛うじて聞こえるその音は、何らかの魅惑さえ感じる。油断すれば、その魅惑に吸い寄せられる。目を固く閉じ、耳を塞ぐ手の力を強め、音が終わるのを待つ。

 残音が消え、マグマの煮えたぎる音が蘇った時、僕は目を開いた。視界はすっかり、別の色に染まっていた。

「グルルル……」
「ガゥゥッ……」
「グォォォッ!」

 夥しい数のポケモンたち。敵意は明らか。セレアやクレイはターゲットにない様子。心音が早くなる。状況は一変した。ダンジョン中のポケモンがここに集まったということだろう。先の高音は『催眠術』だったのだろう。

「どうでしょう?ざっと、一〇ニ匹、対、九匹、でしょうか?」

 倍、の次元ではない。一匹でも手こずるレベルをこの数。周りを見渡し、僕らはお互いに背中合わせになった。

「だ、大丈夫……ですよね……、カロトさん」
「だよな、あんなに考えてただろ?これくらい、予想もついてた……だろ?」

 カロトは、額から汗を垂らしていた。それがどうしても、不安感を煽っていく。
 セレアは後ろを向いた。部屋の奥の壁には、よく見ると字が彫られている。

「……『その熱を冷やせ』……。『引き返すのは今のうち』……気の利かないとんちを……」

 すぐさま、壁に向かって冷凍ビームを放った。壁は、地鳴りと共に、徐に動き出した。


〜〜


 読み違えて。相手は、おそらく何匹か引き連れる。それは、『神隠しの森』と『根源の洞窟』との探索の間に、多少のタイムラグが発生していたことから、当然のことと思った。そして、それが向こうの充分量に匹敵するはずと踏んだのが悪かった。エスパータイプとは、どんなタイプか、浅はかな見聞での判断が僕の首を自分で絞めさせたのだ。戦力差は歴然。仮に切り抜けても、その間に奥の部屋に到達されれば水の泡。助かる方法はこれとはいえ、望みは薄く、利がまるでない。無理だ。駄目だ。僕の心に響いた二文字。
込み上げてくるものはなかった。切り抜けられない、どうしようもなさには、もはや諦めるのが適切なのだ。こうべを垂れる。情けない。僕は何一つ成長していなかった。ここにいれば強くなれるとでも思っていただけだった。いざという時は、手も足も出ないのだ。無気力に対しては絶望するのは、ヘタレよりもタチが悪い。悔しい。なぜ僕は、大きな時間で何も成せなかったのか。苦しい。周りは僕を、せっかく支えてくれたのに。涙が頬を伝った。罪悪感と存在否定。僕は一体、何のためにいる?

 メグに、叩かれた。軽く、重い一撃だった。ちゃんと、顔を上げられるくらいの。

「何ぼーっとしてんの。早く指示出しなさいよ、策士」

 僕は、後ろを向いた。背中を合わせる味方は皆僕を見ているのに、皆僕に厳しい目を向けてはいなかった。期待だった。希望を懇願する目だった。
 ようやく、込み上げてきた。支えよう。僕は、支えられる側じゃなかった。支える側だ。無気力だろうと、まだ頭は働く。どうしようもなくとも、『悔いのない選択』しかありえない。

「サン、敵の平均のレベルは?」
「え、えーと……大体75。60〜90でばらけているよ」
「ライ、敵の数と方向は?」
「……おおよそだが、出口側、三〇。出口方向に対して右側、二五、左も同数だ。正面に二〇匹程が固まっている」

 分散、集合。一匹一匹の行動を頭で、再現する。そこから、精巧な『未来予想図』を打ち立てる。読みは最大限に。頭がマグマの熱で煮えたぎるまで。

勝利の方程式はもう観えた。


 戦闘開始。策士は策に溺れたりはしない。

フィーゴン ( 2017/01/23(月) 01:25 )