六十六話 正義のための仮面
===前回のあらすじ===
『根源の洞窟』には、クレイが先周りしていた。これで、追い詰めた形にはなったけど、それくらい向こうもお見通しだったみたい。だけど、どうやら、僕らの中には、クレイと繋がっている奴がいるらしい。そいつの名前は……。
「早く前に出てこいよ」
「セレア」
呼ばれたポケモンは、注目を浴びた。目は、少し冷静を失っているようにも見える。
「私……ですか……?」
頬伝う汗が少し気になる。目は揺れていた。しかし、挙措に目立った動揺はなし。あたかも、「まさか私が、」という態度。
「此の期に及んで、とぼける気か?」
言葉でにじり寄っていく。疑いの目。確信の目でもあったからこそ、僕も動揺はしていた。
彼女を疑うのは、理不尽といえば理不尽。確かに、なんだか少し怪しさはあったが、それでも、怪しいから疑うのは理にかなわない。他、数名も同じ感想のはずだ。それを見かねたのか、ライは、セレアの沈黙をよそに、口を開く。右手を顔の前に、指を一つ立てた。
「一つ。これは、共犯がいたという確かな証拠づくりに過ぎないが、『神隠しの森』では、話によると、『宙に浮いていないと先に進めない』らしいな」
そう。あの森は、特殊なおまじないのような効果で、そんな仕組みになっていた。あれのせいで、数時間と同じところをぐるぐる回り続けたものだ。
「しかし、クレイ、彼は、サンの『地震』、つまり、地面タイプの攻撃を受けている。これは、クレイは見かけ上は浮遊していても、実際は地面と何らか干渉をしている確たる証拠だ」
僕はハッとした。そう。ダークライは、元より飛行タイプであったり、特性の効果で地面技が効かなかったりしない。『影』という存在であるということは、投影先の地面とはほぼ一心同体。地面から離れているわけがないのだ。つまり、クレイは、一匹ではあの森の奥へは進めない。
「そして、その協力者の特徴は勿論、地面に接触せずに進めるポケモン。となれば、ポケモンはかなり限られてくる」
沈黙。何も言い出さないセレアは、一方的に言われ放題。ライは、それを眺めながら、立てる指を二本に変える。
「もう一つ。セレアは、サンがクレイのバトルについて話してる時、ああ言ってたよな」
『なので、“『ドラゴンクロー』が命中したように”、『地震』も同等に命中したのです。……』
「まるで、サンが『ドラゴンクロー』を使ったのを見ていたかのような物言いだな。何故か言い訳してくれよ」
依然、沈黙。僕が『ドラゴンクロー』を使ったなんて、そういえばあのタイミングでは誰にも話していない。仮に予想でも不自然。僕が技に『ドラゴンクロー』を入れているかどうかさえ知らない、という可能性もある。僕とクレイの戦闘を見ていないセレアが、あのタイミングで僕が使った技を知るには、僕か、あるいはクレイが、あらかじめセレアに話すしかない。そして、僕は話しているわけがない。セレアは、口を少しずつ開き始めた。
「あれは……言葉の綾……と言いますか……その……実際には使ってないとしても、例え言葉に使えると思い、つい……」
「そうかそうか。言葉の綾か。それなら仕方ないな。じゃあ……」
ライは、眼に力を込める。『サイコキネシス』が発動。“何か”に技がかかる。ライの手は、引き寄せるように動く。
「実はな、俺はお前のその一言がずっと気がかりで、ずっと気になって仕方なかったんだ。だから、こっちであんたの部屋を勝手に調べさせてもらったよ」
カロトの持つ探検隊のカバンからは、小型の通信機が引き寄せられていく。通信機は、ふわふわと無重力にライの手元に向かう。背中の三日月の紋章が、“クレセント”という名前の国を思い出させた。
「がっかりだよ、全く」
ぐしゃり。
手を一捻り。超能力は、先端技術を粉砕した。外を覆うカバーが、内部の基盤に侵食、その基盤さえ、跡形も原型も残さない。
軽蔑視。ため息。失望という嘲笑は、さらにセレアの首を締めにかかる。洞窟内はさらに静まり返り、マグマの吹き立つ音しか聞こえないくらい、それくらい、音がよく響く。
「まぁ、こんなの、状況証拠といえば状況証拠さ。偶々お前の部屋にこれが入っていたって言っても、別に話が通じないでもない。偶々お前が言葉の綾であんなことを言ったんだってしても、完全に否定もできない。言い訳はいくらでも出来る」
チェックメイト。例え、この場をうまく凌ぎ切れる妙策があるとしても、疑いは続き、信頼は消える。
「だからお前の口から答えろよ……」
攻撃態勢。青紫のオーラをまとい始めた右手の平はセレアに向けられる。眼は険しく、真紅に染まる。質問の意味は、分かり切ったこと。
「答えろ!!セレア!!」
視線は、一つに固定されて。ライ以外の誰もが答えを求める。三日月色の彼女は、まだ、決断に追い詰められていた。
〜〜
彼女は心中、苦悩に嘆いた。
彼女は心中、救いに焦がれた。
彼女は心中、微笑みを求めた。
彼女は嘗て、桃源郷を最後まで信じていた。夢現に過ぎないと笑われても良かった。
彼女は嘗て、自分の理想と世界の理想の混在にひどく悩み続けたのだ。
彼女の目の前には、自分を導く、ただ一つの道が敷かれていた。
幻想も理想も消えた、現実と論理だけが生き延びる世界で、彼女は、また困惑した。
彼女には、この二週間程の短い冒険は、あまりに光が多過ぎた。希望が多過ぎた。夢が多過ぎた。だから、少しでも顔を崩して笑えた。不思議なフライゴンと、おかしなルカリオ。彼らと戦った一秒は、たった一秒に過ぎず、それ以上にはならない、はずだった。たかだか二、三日を共に過ごしたポケモンを、仲間とも呼びたくなっていた。それが、こんなにも早く決断を迫られてしまった。
私は、やっぱり外のポケモンでしかなかった。もしかしたら、話が良い方に流れて、クレイが倒されて全てがうやむやのまま、私はここに残れるかもしれない、なんていうことさえ考えていたくらいだった。何だかこう、そわそわして、落ち着きがなくて、どこか……胸が詰まるような、締め付けられるような、この想いを、『暖かい』、を……。
誰かを信じ
誰かを愛し
誰かに愛されるこの想いを_______________
想いよ________________
それでも。
桃色の、透き通る羽根は、体を空中に支えて前進を促す。
この世界は、理不尽だからと笑い飛ばせたら、なんて。
青色の彼の隣を、「ごめんなさい」とつぶやきながら、ゆっくり通り過ぎた。昔はあんなにいがみ合ってきた仲。いまでは嘘のように、むしろ、共闘さえ強いられていた。クレイの目を見た。いつもの、素っ気ない、冷たい眼。それを見て、私も覚めたように、眼の色を変えた。
攻撃。誰かを救う、それは、誰かを守るだけじゃない。
「……『三日月の使者』……この肩書き、なかなか使えるんですよ」
「誰もが私が味方と思ってくれるから」
エスパータイプに悪タイプの真似は早かっただろうか。上手く嗤えなかった。