六十二話 駆け引きの定理
===前回のあらすじ===
僕らは、新たに加わった仲間、セレアとゲーヴェと共に本業の探検を行っていた。そんな日々が数日間続いたある日、遂にミラン国王から召集がかかった。恐らくは次の石の場所についての話なのだろう。お城の情報網が原因で以前は石の情報が漏れたって話だけど、今回は大丈夫なのだろうか。
西洋造りの壁は、手入れをされずに日に日に装飾が剥げているのが痛ましい。その壁に沿って視線を上に向けると、突き出した部屋に窓ガラス。但し、蜘蛛(この世界でいえばアリアドス、なのだろうか……?)の巣が張っているのが外から丸見え。お金がないのは丸分かりだ。ここまでして国防費に費やして、まだ足りないらしい。憐れだ。消える寸前の王朝とは、最後も華やかな晩餐を嗜めるわけでもなく、こうしてボロボロの壁と蜘蛛の巣のなかでチリトリで集められてしまえるようなものばかりなのかもしれない。
『何を感傷に浸ってるんですか、キモいですよ』
(そんなドストレートな……まったく……)
天使というポジションはつくづく有利だ。今の言動、暴力に転換されてもおかしくないところだ。大きなため息を吐くと、フィレンに見られてしまったらしく、ポンポンッ、と背中を叩かれた。
「安心しろ、面倒ごとだろうとはお前以外も察しがついている」
「……そりゃどうも」
冬の寒さが、今日は燦々と照っている日差しで辛うじて緩和されている。しかし、それでも体は芯から寒さを感じていて、そんな中ではフィレンの手は背中から温もりを感じさせてくれた。……ため息の意味は違うのだけれど。ぞろぞろと、九匹のポケモンたちは城内へと歩みを進めた。僕も、それに続く。
〜〜
謁見の間。もはや広いだけの部屋と化したここに、キーンさんによって私達は通されました。赤色のカーペットは相変わらず。ただし、以前ここに伺った時とは異なり、絵画の四分の三は撤去された模様です。シャンデリアは埃を被っているのが遠目に分かり、振動があればすぐにでも落ちてくるでしょう。現に、ボーバンさんの歩く度に、少しずつ舞っているのが見えます。やがて、金色に磨き抜かれた王冠を被ったミュウ、ミランさんが姿をお見せになりました。どっかりと座……る椅子はどうやらないようですので、宙にふわふわと体を浮かせながら、どうにか偉そうに踏ん反り返っています。キーンさんに何か言われたのでしょう。
「よくぞきた、国民。此度呼び出した案件は……案件は……」
チラッと手元に、いつの間にか握られていたカードを盗み見。皆さん、見なかったふりをしてあげていましたので、私もそうしました。
「この島に伝わる三つの財宝、そのうちの、“熱の石”に関しての情報である」
確かに言語であるのに、何かカタコトに聞こえ、見ているこちらも息苦しくなります。チラリと視線を泳がせた先はキーンのようです。私もそれに合わせて彼を見ますが、炎タイプとは思えない冷徹な監視の目を光らせていました。同じ炎タイプの、メグさんの兄のラーディアさんとは大違いです。あの方は気前という点でも、決してあんな顔はしないのでしょう。それから、言葉に支えたみたいに、えー、と宙を仰ぎ始めます。
「苦しいならやめれば?こっちも嫌だし」
ここでメグさんが助け舟を出しました。ミランさんは救われたような表情をしたものの、すぐにキーンさんに目を向けます。当のキーンさんは強気にメグさんを睨みつけます。
「なりません。王者たるもの、威厳を損なってはこの国の終わりです」
「形式張り過ぎで王者についてくるやつさえいなくなれば、それこそこの国は終わりじゃない?」
まさに一触即発です。今はこんなことしている場合ではないはずなのですが……。カロトさんやお兄ちゃんは、お城に入る前からずっと難しい顔をしています。余程事態は深刻と見るべきなのでしょう。そんな一大事に、内輪揉めをしている場合ではないはずです。
「おいー、もっと明るく行こうぜー。な、そうだよな、親方〜」
「そーだよー!みんな仲よしがいちばん!メグも落ちつこーよ〜」
この言葉が効いたのか、メグさんは譲る姿勢を見せました。キーンさんも、仕方ないですね、と一言、先のサンさんのように深いため息と一緒に漏らします。ミランさんはホッと胸をなでおろした様子です。
「熱の石。大地に育つ木々を司るのが森の石なら、熱の石は大地の深く。マグマや熱源のコントロールのために納められているんだ。なくなれば……寒暖差がひどくなって、天候が不安定になる、とまで言えるかな」
責任重大のようです。ここまで情報を漏らしてくださっていますが、もしもこれがクレイ、例のダークライに知られたら、とは、思わないのでしょうか。……いや、それよりも、そもそも口外しなければいいはずです。クレイは石を狙ってこの島を離れられないはずですから、その間に探せばいいものを、どうしてなのでしょうか……。
「場所は、『根源の洞窟』。グラードンがいるって噂を流してあるけど、実際はそうでもないんだ。まぁ、番人くらいなら任せている奴はいるけど、クレイを相手にできるかも不安だし、様子を見に行ってもらえるかな」
「もちろん!ことわる理由はぜろー!」
ソアさんが腕で丸、ゼロを作ります。
「決まりだな。そうとなれば、早速支度をしようぜ。明日には発つべきなんじゃねーか?」
「だな。善は急げだ。……という訳だ。早いところお暇するぞ、国王さん」
ミランさんはそれに応じるように手を振り、私達を送りました。外は、城内と同じく寒さがより強くなっています。サンさんが、手を必死で温めながら、何かと対話するように表情を変えています。私も、手に吐息をかけます。白色の蒸気は、まとまりをなくし、徐々に空気と同化しました。
〜〜
「……なるほど……」
「……『根源の洞窟』か。了解した。直ちに向かおう。そこで合流だ」
「……城は警戒が強くなっていた。だからこそ、それを見越して手を打ってお前を送り込んだんだがな」
「……案ずるな。私に失敗はあり得ない。引き続き、様子を随時知らせくれ、***」