疾風戦記

















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五章-真実は嘘が語る-
五十六話 戦場と机上の交錯
===前回のあらすじ===
 森の石が消えたというのは、単なるセレビィのレビィの勘違いオチに終わった。無駄足に終わった僕は、ギルドへの帰路を歩く時にふと気付いたように引き返す。その視界には黒い影が映し出された。


 右へ。翼で空気を前に押しこみ、九十度の旋回と同時に羽ばたく。向かい風がうるさい。獣道のため一層木が多い。向かって来る枝が目をつつきそうになるのを赤いレンズが食い止める。目を閉じれば見失ってしまう。黒色のポケモンはまだ視界の中。元よりかなりの速さで逃げていたが、音でこちらに気付いたらしく、スピードをさらに上げた。かすかな木漏れ日がクレイの手のあたりで一瞬だけ反射する。間違いない。ゲームの知識だが、ダークライは訓練さえすればフライゴンよりも数段速く動けるのだ。カロトの話では相当上のやつ、幹部レベルというイメージがある様子だし、僕はまだ半端者だし、となると、引き離される方が先だ。目に意識を集中。ステータスを盗み見る。やはり、数値としても素早さは自分のとは格が違う。ここは、先手を仕掛けてしまう方がいいだろうか。
 低空飛行は続けながら、手は地面に。『地震』を発動。地盤が割れ、亀裂が全方位に広がる。こっちの方が僕より速い。毎秒八メートルの振動はクレイにも伝わる。後方を確認した後、くるりと回転しながら消滅した。亀裂は何にも当たらずに直進する。驚いたでは済まされないだろうが、生憎、ゲームではありがちな展開のため予想はついた。テレポートのような回避法は、どこかに穴があるのが定説。飛行をやめ、逆方向に羽ばたいて一時停止する。砂埃が小さく巻き上がった。
 攻撃範囲に入っているという点で、向こうも仕掛けて来る他ないはずだ。なら、移動先は僕の近辺であることは間違いない。テレポートの欠点として、影のみが地面に残ることや、移動後、あるいは移動までの数秒間のロスタイムなどが平面状の世界では挙げられる。立体的な世界でもこの知識が通用するかは分からないが、試す価値はあるだろう。

 周囲の音という音、光という光全てに意識を運び、“変化”を探す。風はなくなり、小さな木のざわめきが静寂の中で目立つ。心音が早まり、緊張感が侵食する。仕掛けて来るなら自分の背後。それを察知するためにも、音には特に気を配る。
 後ろで動いた。振り返り際に左に回避行動。案の定。頬を冷たさが掠った。『冷凍ビーム』の当たった場所がヒリヒリと痛みだすが、被害は最小限。対峙。黒色の、冷凍ビームを放った手が下ろされる。カロトの言った通り。視線だけで凍りそうだ。黒色の体に、白色の頭が印象的。不定形にゆらゆら宙に浮いている胴体には、心があるのかどうかさえ分からない。真剣みを帯びた立ち姿。圧倒される。

「あのナエトルの仲間か」

 無機質に響く。単語ひとつひとつが周囲の空気を少しずつ冷やしていく。威圧に負けてはならない。首を縦に、肯定した。

「向こうの国のポケモンなら、こんなことをしている理由は十分に分かるよ。でも、こっちもそれをみすみす見過ごすわけにも行かないんだ」

 仲間を1匹でも連れて来ればよかったと後悔してしまう。でも、今にも僕を追っているだろうし、倒すのは無理でも食い止められればいい。

「時期はまだ早いが、そちらから来てくれたのなら都合がいい」
「時期……?」

 言葉に引っかかった。だが、相手は戦闘の体制に移っている。何の時期だろう。何を企んでいるのだろう。分からないことで混乱するが、集中しなければと頬を両手で抑えた。まだヒリヒリと痛んだ。


〜〜


 ソアもいなくなっているってのに、今度はサンまで消えやがった。バカな方なら戦闘能力はあるらしいし放っておいても戻って来るだろうが、サンの方は明らかに何かに気付いた風体だ。こんなところで、こんなタイミングで何かに気づく、そしてそれに焦るとなれば、やはりあの石ころの話だ。カロトはゲーヴェの方に、俺はランペアを乗せてもう一度祠の方へ向かう。デンリュウ一匹もかなり重たい。
 どこかで脇道に逸れている可能性もある。道沿いに可能性を潰していくことにした。見渡すが、紅葉ば始まっているため緑色があれば相当目立つ。乗っかっているランペアに左、カロトに右を頼んでいるが一切合切。箸にも棒にもかからない。手がかりも掴めずに奥地に逆戻りとなった。

「……!レビィさん!」

 何かに襲われた跡のようだった。レビィは木の葉のない、いや、おそらくは“なくなった”であろう場所で倒れ込んでいる。カロトがレビィに駆け寄り、容態を確認。意識はないが息はあるようだ。祠はもぬけの殻。レビィの持ち物にある様子でもない。つまり、盗難。今度は本当に起きた。

「事件だな、犯人はレビィよりも強いポケモン……」

 森の守り神とはいえ、戦闘に不慣れであったのかもしれない。でも、この短時間に片付けられるとなれば、バトルの腕はかなりのもの。サンはおそらくこれに気付いた。でも、どうやって、そして何故。考察していると、臆病なナエトルはいつにも増して震え出した。

「そうか……あの時の視線は……ってことは……」

 少しずつ取り乱していく。過呼吸になっていく。

「サンが危ない!早く探さなきゃ!」

 青ざめた顔が深刻さを表現する。敵、ここまで焦る風では、相当やばい相手なのだろう。俺はうなづき、サンの捜索に赴こうとした。だが、その時。

「お待ちください」

 透き通った声が聞こえた。俺は振り返った。他の奴らもそいつに注目した。樹木の隙間から、薄い桃色の翅を見せた。三日月色。

「その方に関してなら、協力をさせてください」

 真剣な桃色の瞳だった。風がまた吹き付ける。

フィーゴン ( 2016/10/16(日) 16:30 )