四十四話 絶対性と理論性
===前回のあらすじ===
やはり、恒例のごとくパーティが催され、バトルスタジアムの熱狂っぷりは凄まじかった。次の対戦として、メグはいたずら半分にカロトを指名。相手として、近くにいた黒コートのピカチュウを指名したが……………。
「……なるほどねー、また異世界パターン……」
「飲み込みが早いな」
「だってもう三匹目だし」
“アビス”と名乗ったそのピカチュウは、全く驚きもせずに平然とメグと話していた。急に見知らぬポケモンに話しかけられたというのに、似たようなポケモンでも知っているとでも言うのだろうか。
「で、さっきも言った通りあんたにそこのヘタレの相手をしてもらいたいの」
僕が口を挟む間もなく、勝手に話が進んでいく。いや、それよりも、三人称に“ヘタレ”たが使われていることを抗議したかった。
「悪いが、勝敗には固執しないタイプなんだ。他をあたってはくれないか」
「面倒だから嫌よ。どうせ勝ち負けなんて見えているようなもんだし、ちょこっとでいいから付き合ってくんない?」
「元々分かりきっていることをやる程、不毛なこともないだろう」
僕が最弱という設定で話を進められると、さすがにグサグサと自分の胸に矢が刺さった。
「ったく、ノリ悪いわね……。どーせそんなで友達も少ないんでしょ?」
「……はいはい、分かったさ。じゃあこれでどうだ?」
メグの毒舌に呆れてか、正論だったのか、アビスはメグの頼みを了承した………のだが………………。
「ほらよ、負けました。カロトの不戦勝だ」
アビスは尻をついて投げやりな感じに言った。………なんだろう。今まで小馬鹿にされてもどうでも良かったはずなのに、その言葉だけは、妙に体を動かす原動力になった。
「だぁー!もう!そうじゃないのよ!いいか……………」
メグを押しのけて、アビスの前に出る。体についた砂を払って、アビスは立った。異世界から持ってきたという二本の剣城が室内照明に照らされて反射する。
「………戦闘の勝利条件を提示させてください」
「………なんだ」
「一つは、十回戦闘して一勝でもしたら、僕に勝ちを譲ることです」
「ああ、いいぞ」
「もう一つは、僕が攻撃を命中させたり、自傷するなどして外傷を受けたら、問答無用で僕を勝利にしてください」
「……………」
相当無理のある頼みだ。けど、僕はこれで勝てる…………気がする。
「……オーケー。じゃあ、フィールドに上がるぞ」
アビスは、まるで教師のように、僕に道を指し示した。何かを先導しようとしているかのように。
異様な緊張感が走っていた。組み合わせの意外さ、ルールの具合、どちらに賭けるか、など様々。アビスの所持していた剣は流石にフィールドに持ち込めないとされた。そして、十回の戦闘中、休憩を七分、それぞれの戦闘の合間に合計九回取ることとなった。
そして、その第一戦。
開始のゴングと共に、急にカロトが間合いを詰めた。同時に『はっぱカッター』を起動して、急戦を仕掛ける。
アビスはそれに対応して身をひねり、エネルギー弾を作り出して『めざめるパワー』を放出する。
カロトはこれを回避……………………………。
…………………………できなかった。そのままカロトは気絶。盛り上がっていた観客は静まり返った。
意気消沈という言葉が最適だった。僕も天使さんもびっくりだった。目を回したカロトは二分後に飛び起きた。
「……あんた、バカ?」
「ご、ごめんね……ちょっと……」
「あんたも戦闘は突っ込み系だったの?」
「ま、まぁそうかな……」
カロトはメグに説教をされた後、急に真剣な表情で簡易机の上の紙に向かった。少し覗き込む。カリカリという音が聞こえたかと思うと、急にその音が大きくなり、紙が真っ黒になった。一枚じゃ足りなかったらしく、二枚、三枚とその数は増えていく。うち一枚をとって見ても、記号の羅列しか書かれていない。
「カロト、これ………」
「あぁ、どこにでも置いておいて」
気迫。何かを本気でやる姿勢だ。これは、二戦目が楽しみで仕方ない。
〜〜
前言撤回。やっぱり、突っ込んだ。同じフォーム、同じ攻撃で同じように倒された。そして、同じように二分後に跳ね起き、同じように黒い紙を量産した。三、四戦目もやはり同じ。飽き出すポケモンも増え、野次も飛んできた。それでも、五、六戦目も同じように繰り返し、黒い紙を増やし、何かを考え続けるカロト。これに何の意味があるのだろうか。
暇を持て余したらしいアビスが、カロトに近付き、紙を一枚手に取った。じっくりと見つめ、少し頷いた。
「………その紙、見た人はかなりの確率で目を回すのですが」
「大丈夫だ。物理学と数論なら、わかる範囲ではある。一部、おそらく独自の記号が混じっているようだがな」
カロトはアビスが平然と読み進めているのを見て、なおも簡易机で文字を書く。
「そういうお前は、俺にこれを読まれて平気なのか」
「問題ないよ。読んだことも考えに含ませればいい」
「……なるほどな。分かった。じゃあ、これを読んでおいても意味がなさそうだな」
時間になり、アビスはフィールドに上がった。カロトも上がり、ゴングが鳴ったが、やはり同じことが繰り返され、カロトの使う鉛筆は二本目にまで至った。
遂に八戦目が始まる。何事もなく、時間が過ぎたら鉛筆をおいてスタスタとフィールドに上がった。
ここで、カロトの戦術がようやく見えてきた。情報を徹底的に収集し、十戦目に大きな賭けをするのだろう。となると、同じ行程をもう二回繰り返し、読みや戦略の精度をさらに上げるのだろう。こうなれば、もしかしたら立ちうちできるのかもしれない。あるいは、もっと深読みするなら、九戦目。アビスがそこまで考えていると見て、カウンターを張ってくるかもしれない。対応は少なからず変わるはずだ。
カロトは、八戦目で勝負を仕掛けだした。