四十二話 藍(あお)より蒼(あお)い天(あお)
===前回のあらすじ===
ライの猛攻に何とか食らいつくフィレン。だけど、遂にきつい一撃を喰らってしまって体力も限界。絶体絶命の状態に陥ったのにも関わらず、フィレンの顔に絶望は全くなかった。
「そろそろなんじゃねーの?」
自信に満ちた表情と共に、空から雲が消え、ライの動きが止まる。
「そろそろ……いい頃なんじゃねーの?」
ライは急に右手をプルプルとぎこちなく動かし、顔の目の前に持ってきてまじまじと見つめる。指の関節の動きを確認した後、目を瞑って深く息を吐いた。再び眼を見開いた時、彼もまた、顔には自信しか存在しなかった。
「ああ……そうらしいな…………!」
活力のある声が天高く響く。
「な……三八一号、何を……」
ライは手を上に挙げた。パチンッと指を鳴らす。
それと同時に、ライの装備していた鎧は粉々に砕け散った。
〜〜
形勢逆転の音がした。
「……よし、久々だが大丈夫そうだな!」
ライは肩を回して体の動きを確認する。
「まったく、急に頭の中に声響すなよ。お陰で初めの『神速』が失敗しちまったじゃねーか」
「しかたないだろ?意識を飛ばすのだってあの距離が限界近くだったんだ。あんたが波動持ちでなきゃ、もっと苦労していたところだったんだぞ」
戦場の中央、二匹のポケモンは笑みを浮かべながら論争する。
「三八一号!全て貴様が謀った反逆か!」
「語弊を生むような聞き方はやめてくれないかい。あんたらが勝手に俺を味方にさせていただけだろ?初めっから俺はあんたらの敵なんだよ!」
「ならば、ここで貴様を処罰しても上は文句は言わぬだろう!」
挑発的な態度からは、メグを連想させる青色の竜。フィレンと背中を合わせ、死角を補い合った。周囲に敵が集まり、アインツの号を待つ。
「おいおい、お前戦う気か?やめとけって。どうせ体動かすのも久々で大した戦力にもならないんだろ?」
「『紺碧ノ機竜』の名も廃ったようだな。そんなに心配するかい?」
「知んねーよ、そんなカマセみたいな二つ名。弱い奴まで戦う必要はねーだろ。座って傍観でもしてろ」
「そういうあんたはどうなんだ?さっきまでの戦闘で疲労は限界なんじゃないかい?役立たずはどっちだろうね」
「平気さ、こんな傷……」
フィレンは左手をポーチに突っ込み、中身を一つ取り出してかじりついた。
「オボンの実だけで全回復さ」
フィレンの体の傷は途端に癒え始め、疲労もすぐに抜けていった。
「……なるほど、オボンの実で全回復か……あの攻撃を……」
「おぉ?何だ、自分の攻撃がしょぼすぎたっていう自虐か?」
「むしろ逆さ。あんな筋も通っていないまちまちな攻撃で、よくもオボンの実まで必要になったなっていう意味さ」
称賛なんてしない。むしろ非を打ち合い続ける。なのに互いは互いの背中を預け、前を見る“絆”を生み出す。
「戦闘用意!一斉に………」
アインツの号によって、あたりに緊張感が蘇り、フィレンとライも戦闘の体勢をとる。
「戦うなら、お前は一匹やれ。残りは全部俺がやる」
「了解だ。あんたが一匹で俺が残り全部だな」
「……そうだ。それでいい」
フィレンは口についたオボンの実の果汁を拭った。
「じゃあ……始めるか……!」
ライは目を真紅に染め、口に手を添えて少しだけ竜の波動を吹き出す。
「かかれっ!!!!」
地が轟々と揺れ、ボス戦が始まった。
〜〜
手近の一匹をインファイトで吹き飛ばす。
後方から迫る敵に裏打ちを決める。
右から来た敵の足を払う。
左の二匹をメタルクローでまとめて片付ける。
一斉に仕掛けられたら『見切り』で躱しきる。
前方の敵に竜の波動を当てる。
後方の敵に照準を合わせ直す。
左右の敵をサイコキネシスでぶつけ合わせる。
隙を見て『瞑想』して集中力を高める。
攻め込まれればカウンター気味に流星群。
狂心し、乱舞する。
陶酔し、忘我する。
猛進し、智見する。
憔悴し、無双する。
二匹にとっては敵は一匹。
絶対に負けたくない、背中を預けた一匹。
「………くそっ……!」
戦えば戦うほど、相手には何も生まれず、こちらに利が積み重なる。
「……くっ………撤退!これより本拠地に帰還し、体勢を……」
「おいおい、タダで逃げられると思ってんのか?」
ゼロ距離。予想だにしていない強力な流星群がアインツを襲う。倒れたアインツを見てか、あるいは終わりまで告げられなかった指示を聞いてか、だんだんと散り散りになって逃げていく。忠実なものが倒れたアインツを抱えていった。
〜〜
だだっ広い森の中央に数匹のポケモンのみが残り、平凡さが戻っていく。
「ほら!ちゃっちゃと歩きなさいよ!私が重いみたいじゃない!」
「うぐっ……ご……ごめん………」
茂みの中からメグを背負ったカロトが現れる。カロトはイーブイ一匹をほんの数百メートル運んだせいで息切れを起こしてしまった。
「おう!遅かったな!全員ぶっ倒しといたぞ!」
「あぁ、逃亡中のポケモンと何匹かすれ違ったからね。それは分かったよ」
「これで一件落着ってもんだな」
鼻を高くするフィレンをメグはキッと睨む。
「あんたねぇ……報告より先に縄解いてやりなさいよ……」
「あ、あぁ。済まねぇ」
フィレンはノンに歩み寄り、体を縛っていた縄を取り払う。
「ありがとうございます」
ノンはフィレンの方を向いて深く一礼した。フィレン照れた様子。こういう時は消極的らしい。
「ま、まぁ、俺よりも……ほら」
フィレンはノンの後方、ライの方を指差す。未だに腕の動作確認を行っているライは、こちらの視線に気づいた。
「八年くらい……なんだろ?ゆっくり話ししてきたらどうだ?俺はサンとボーバン連れてくるからよ」
「は……はい!」
ノンは飛びつくようにライの方へ向かった。
「ノン、また会えて嬉しいよ」
「お兄ちゃん………よかった……」
「だいぶ待たせたな。ごめんな……辛かったな」
ライはノンの頭を撫でる。
「私………私………」
ノンの眼には涙が溜まり始めていた。感動とは別に。
「私………いろんなポケモンに迷惑かけて、いろんなポケモンの道を狂わしちゃったんだと思う………その中に……お兄ちゃんもいるの……」
声はだんだんとしゃくり上げたようになり、罪悪感がさらに涙を作っていった。
「だから、私……いない方が……いいのかもって……そう思って……」
ライは終始黙っていることにしていたが、泣き出してしまった妹を見てそうでもいられなくなった。唐突にノンを抱き寄せる。驚いて顔を上げるノンに構わず、ライは言葉を並べ始める。
「俺はな……ノン、俺の唯一無二の妹がいてくれていたから、生きていれたんだ……。家が焼けたあの日……ノンがいたから、俺は生きようと思えたんだ………」
何もかもが灰になったあの日の世界で、ライはただ、目の前の光景に絶望していた。その世界にライをつなぎとめた希望……それが、まだ生まれたばかりのノンだった。ライも、独り立ちには早すぎる年齢だったのに、必死に、旅ポケモンに拾われるまでの何十日間を歩んでいたのだろう。
「だから………」
ライの腕に力がこもる。同時に語調も強くなる。
「ノン……いなくなっていいなんて………………」
「おっはよー!」
メグは、シリアスブレイカーの存在を忘れていた。
冷たくなっていた空気が急に温まり始める。
「ねーねー!ここどこー?あれ?………あ!もしかして新入りさーん?」
ライを発見するなり、周りをぐるぐる回ってキャッキャと笑う。
「……ソア、ちょっとこっち来なさい」
「ん?なーに?」
「話があるわ。物理的な」
「よくわかんないけどいいよー!」
ソアはメグの元にスタスタと走っていった。
「……えっと……」
すっかり雰囲気が壊れ、どうすればいいか戸惑うノン。
「……えーと………」
「いや、もういい」
ライの言葉にハッとする。
「せっかくだ。涙が止まったんなら笑っててくれ」
ライは早速、この雰囲気が気に入った様子だ。
「……………うん!」
向日葵の笑顔は咲き誇っていた。
骨の折れる音がした。