疾風戦記

















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四章 -夢幻は儚く-
四十二話 藍(あお)より蒼(あお)い天(あお)
===前回のあらすじ===
 ライの猛攻に何とか食らいつくフィレン。だけど、遂にきつい一撃を喰らってしまって体力も限界。絶体絶命の状態に陥ったのにも関わらず、フィレンの顔に絶望は全くなかった。



 「そろそろなんじゃねーの?」

 自信に満ちた表情と共に、空から雲が消え、ライの動きが止まる。

「そろそろ……いい頃なんじゃねーの?」

 ライは急に右手をプルプルとぎこちなく動かし、顔の目の前に持ってきてまじまじと見つめる。指の関節の動きを確認した後、目を瞑って深く息を吐いた。再び眼を見開いた時、彼もまた、顔には自信しか存在しなかった。


「ああ……そうらしいな…………!」


 活力のある声が天高く響く。

「な……三八一号、何を……」

 ライは手を上に挙げた。パチンッと指を鳴らす。



 それと同時に、ライの装備していた鎧は粉々に砕け散った。



〜〜


 形勢逆転の音がした。

「……よし、久々だが大丈夫そうだな!」

 ライは肩を回して体の動きを確認する。

「まったく、急に頭の中に声響すなよ。お陰で初めの『神速』が失敗しちまったじゃねーか」
「しかたないだろ?意識を飛ばすのだってあの距離が限界近くだったんだ。あんたが波動持ちでなきゃ、もっと苦労していたところだったんだぞ」

 戦場の中央、二匹のポケモンは笑みを浮かべながら論争する。

「三八一号!全て貴様が謀った反逆か!」
「語弊を生むような聞き方はやめてくれないかい。あんたらが勝手に俺を味方にさせていただけだろ?初めっから俺はあんたらの敵なんだよ!」
「ならば、ここで貴様を処罰しても上は文句は言わぬだろう!」

 挑発的な態度からは、メグを連想させる青色の竜。フィレンと背中を合わせ、死角を補い合った。周囲に敵が集まり、アインツの号を待つ。

「おいおい、お前戦う気か?やめとけって。どうせ体動かすのも久々で大した戦力にもならないんだろ?」
「『紺碧ノ機竜』の名も廃ったようだな。そんなに心配するかい?」
「知んねーよ、そんなカマセみたいな二つ名。弱い奴まで戦う必要はねーだろ。座って傍観でもしてろ」
「そういうあんたはどうなんだ?さっきまでの戦闘で疲労は限界なんじゃないかい?役立たずはどっちだろうね」
「平気さ、こんな傷……」

 フィレンは左手をポーチに突っ込み、中身を一つ取り出してかじりついた。

「オボンの実だけで全回復さ」

 フィレンの体の傷は途端に癒え始め、疲労もすぐに抜けていった。

「……なるほど、オボンの実で全回復か……あの攻撃を……」
「おぉ?何だ、自分の攻撃がしょぼすぎたっていう自虐か?」
「むしろ逆さ。あんな筋も通っていないまちまちな攻撃で、よくもオボンの実まで必要になったなっていう意味さ」

 称賛なんてしない。むしろ非を打ち合い続ける。なのに互いは互いの背中を預け、前を見る“絆”を生み出す。

「戦闘用意!一斉に………」

 アインツの号によって、あたりに緊張感が蘇り、フィレンとライも戦闘の体勢をとる。

「戦うなら、お前は一匹やれ。残りは全部俺がやる」
「了解だ。あんたが一匹で俺が残り全部だな」
「……そうだ。それでいい」

 フィレンは口についたオボンの実の果汁を拭った。

「じゃあ……始めるか……!」

 ライは目を真紅に染め、口に手を添えて少しだけ竜の波動を吹き出す。

「かかれっ!!!!」

 地が轟々と揺れ、ボス戦が始まった。


〜〜


 手近の一匹をインファイトで吹き飛ばす。
 後方から迫る敵に裏打ちを決める。
 右から来た敵の足を払う。
 左の二匹をメタルクローでまとめて片付ける。
 一斉に仕掛けられたら『見切り』で躱しきる。


 前方の敵に竜の波動を当てる。
 後方の敵に照準を合わせ直す。
 左右の敵をサイコキネシスでぶつけ合わせる。
 隙を見て『瞑想』して集中力を高める。
 攻め込まれればカウンター気味に流星群。


 狂心し、乱舞する。
 陶酔し、忘我する。
 猛進し、智見する。
 憔悴し、無双する。



 二匹にとっては敵は一匹。
 絶対に負けたくない、背中を預けた一匹。

「………くそっ……!」

 戦えば戦うほど、相手には何も生まれず、こちらに利が積み重なる。

「……くっ………撤退!これより本拠地に帰還し、体勢を……」
「おいおい、タダで逃げられると思ってんのか?」

 ゼロ距離。予想だにしていない強力な流星群がアインツを襲う。倒れたアインツを見てか、あるいは終わりまで告げられなかった指示を聞いてか、だんだんと散り散りになって逃げていく。忠実なものが倒れたアインツを抱えていった。



〜〜


 だだっ広い森の中央に数匹のポケモンのみが残り、平凡さが戻っていく。

「ほら!ちゃっちゃと歩きなさいよ!私が重いみたいじゃない!」
「うぐっ……ご……ごめん………」

 茂みの中からメグを背負ったカロトが現れる。カロトはイーブイ一匹をほんの数百メートル運んだせいで息切れを起こしてしまった。

「おう!遅かったな!全員ぶっ倒しといたぞ!」
「あぁ、逃亡中のポケモンと何匹かすれ違ったからね。それは分かったよ」
「これで一件落着ってもんだな」

 鼻を高くするフィレンをメグはキッと睨む。

「あんたねぇ……報告より先に縄解いてやりなさいよ……」
「あ、あぁ。済まねぇ」

 フィレンはノンに歩み寄り、体を縛っていた縄を取り払う。

「ありがとうございます」

 ノンはフィレンの方を向いて深く一礼した。フィレン照れた様子。こういう時は消極的らしい。

「ま、まぁ、俺よりも……ほら」

 フィレンはノンの後方、ライの方を指差す。未だに腕の動作確認を行っているライは、こちらの視線に気づいた。

「八年くらい……なんだろ?ゆっくり話ししてきたらどうだ?俺はサンとボーバン連れてくるからよ」
「は……はい!」

 ノンは飛びつくようにライの方へ向かった。

「ノン、また会えて嬉しいよ」
「お兄ちゃん………よかった……」
「だいぶ待たせたな。ごめんな……辛かったな」

 ライはノンの頭を撫でる。

「私………私………」

 ノンの眼には涙が溜まり始めていた。感動とは別に。

「私………いろんなポケモンに迷惑かけて、いろんなポケモンの道を狂わしちゃったんだと思う………その中に……お兄ちゃんもいるの……」

声はだんだんとしゃくり上げたようになり、罪悪感がさらに涙を作っていった。

「だから、私……いない方が……いいのかもって……そう思って……」

 ライは終始黙っていることにしていたが、泣き出してしまった妹を見てそうでもいられなくなった。唐突にノンを抱き寄せる。驚いて顔を上げるノンに構わず、ライは言葉を並べ始める。

「俺はな……ノン、俺の唯一無二の妹がいてくれていたから、生きていれたんだ……。家が焼けたあの日……ノンがいたから、俺は生きようと思えたんだ………」

 何もかもが灰になったあの日の世界で、ライはただ、目の前の光景に絶望していた。その世界にライをつなぎとめた希望……それが、まだ生まれたばかりのノンだった。ライも、独り立ちには早すぎる年齢だったのに、必死に、旅ポケモンに拾われるまでの何十日間を歩んでいたのだろう。

「だから………」

 ライの腕に力がこもる。同時に語調も強くなる。

「ノン……いなくなっていいなんて………………」






「おっはよー!」

 メグは、シリアスブレイカーの存在を忘れていた。
 冷たくなっていた空気が急に温まり始める。

「ねーねー!ここどこー?あれ?………あ!もしかして新入りさーん?」

 ライを発見するなり、周りをぐるぐる回ってキャッキャと笑う。

「……ソア、ちょっとこっち来なさい」
「ん?なーに?」
「話があるわ。物理的な」
「よくわかんないけどいいよー!」

 ソアはメグの元にスタスタと走っていった。

「……えっと……」

 すっかり雰囲気が壊れ、どうすればいいか戸惑うノン。

「……えーと………」
「いや、もういい」

 ライの言葉にハッとする。

「せっかくだ。涙が止まったんなら笑っててくれ」

 ライは早速、この雰囲気が気に入った様子だ。

「……………うん!」

 向日葵の笑顔は咲き誇っていた。

 骨の折れる音がした。

■筆者メッセージ
どうも。
今回は長くしたつもりです。………つもりです。
自分のキャラなのに、ノンが可愛いと思ってしまいました。こういう妹が欲しいです。
一応、妹はいます。淡白すぎて味気ないやつですが。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
フィーゴン ( 2016/06/12(日) 23:58 )