三十五話 チェックメイトは万路を封じて
===前回のあらすじ===
メグ、ティル、ランペアたちの奮闘も虚しく、ついにギルドの内側に盗賊団が入っていく。この状況下でも、カロトが平然としていられる理由とは…………。
地下一階、二階共に敵で埋め尽くされ、遂には地下三階にまで押し寄せてきた。ポケモンたちは見かけたもの全てを破壊し尽くしていく。たとえふかふかのベッドだろうと、たとえ医療器具だろうと、たとえ金貨……………金貨は持ち逃げしていった。高級そうなものは持っていき、倉庫の錠も金庫の錠も壊して中を荒らしていく。狭い階段を広げ、早足で降りていく。その先には、広大なバトルスタジアムが現れる。観客席には誰もおらず、中央に一匹のポケモンがいるだけである。リーダーのバンギラスは、そのポケモンを見つけ次第、さらに怒りに任せて指示を告げる。
「あのメスフライゴンだ!全員でぶっ殺せ!!」
勢い付いた悪党共は、砲弾となってサンに襲いかかる。距離がつまるごとに、彼女、いや彼に伝わる震動も大きくなる。
「……………ここまで当てるとはね………」
フライゴンは飛翔した。翼を大きく羽ばたかせてスタジアムの天井を目指す。上昇したサンを目で追って、彼らはやっと気付いた。天井が布か何かで覆われている。布は見た目では湿っており、まるで………………。
「『ドラゴンクロー』!」
…………布の上に多量の水があるかのようだった。
引き裂かれた布から滝が生まれ、下にいるポケモンに容赦なく襲いかかった。
「がぁぁぁ!!」
「ぐはぁ!!」
効果は絶大。まとまっていたお陰で被害も大きい。
「今だ!」
サンが叫ぶと、スタジアムの観客席からポケモンが姿を現した。フタチマルのキリマル、スターミー、ヤドキング、フローゼルなど、全て水ポケモンだ。全部で七匹程度としても、一斉射撃すれば的は簡単に悲鳴を上げる。怖気付いたポケモンたちは我先に階段へと逃げ始める。しかし、たまっていく水に足を取られている上に、階段付近でごった返しが起きて、逃げられない。そこをさらに仕留めにこられ、状況は悪化していくばかりである。そして、上に上がったとしても…………。
「嘘………だ………」
地下二階に居座って荒し回っていた同胞は、簡単な治療を受けたメグ首元を掴まれ、だらしなく手足を地に付けている。動かないことを確認しては、乱雑に放り投げてこちらを睨んだ。後ろにはランペア、リングマなとが控える。
「どうしたの〜?逃げたいならさっさと来れば〜?」
登りたくないのだが、事情を知らない後ろが早くいけとどんどん前へ押しやる。そのせいでどんどん間合いは詰まっていき………。
「はい、お疲れ〜、ふりだしに戻ってどうぞ〜」
先頭のやつにきつい一発を浴びせ、階段を登る連中を巻き添えに突き落とす。まさに悪循環である。
「ぐぉぉぉぉ!!」
これを解消するためか、グライオンがメグのところに突っ込み、逃げの隙を与えた。もちろん、グライオンはすぐに吹き飛ばされ、逃げたポケモンの大半は後ろに控えていたランペアたちにボコボコにされていくが、それでも数匹は逃げていく。しかし、その先の階段でも…………。
「へぇ………確かにこれは簡単だな」
ティル、後ろにはボーバンと数匹。同様の行程が繰り返され、どんどん数は減っていく。
「いや〜、二次作戦なんてな。普通あの階段三ヵ所で詰むってのに、ここまで読むなんてあいつバカなんじゃないか?」
裏口…………今やテントは丸裸の状態のため、どこもかしこも裏口なのだが、こっそり表に出てきたフィレン率いる三十余匹は、ギルドのテントをぐるりと囲んで、籠から出てきた少数の鳥を仕留めにいく。
無論、地獄絵図である。
〜〜
五〇〇はいたポケモンは僅か三時間で全員倒れた。実際のところ、ギルド内を荒らされまくったため、修理費用は洒落にならない額を予想されるが、そもそも貯蓄があるし、盗賊団をまとめて六つもお縄にかければ、採算はとれる。報酬を全てのポケモンに払うこともできなくはない。
……………と、いうわけだから…………。
『さあ!サンさん!パーティを楽しみましょう!』
メグとノンがBBQのセットを買ってきて、屋外で簡易的にパーティを開いた。各々お酒や食べ物を持ってきたりもして大盛り上がりを見せている。
(分かっているよ………。フィレンもあんなだし………)
『どうせ元の世界でも一緒に騒げる友達少なかったんでしょう?これを期にワイワイやったらどうですか』
(おい、さらっと毒を吐くんじゃない!)
僕は一応、元の世界ではまだ成人していないのだ。だから躊躇してワインに手を出せない。カロトが飲んでいたので法とかは無さそうなのだが………。
夜なのに不夜城のような盛り上がりを見せ、どんちゃん騒ぎをしている。楽しそうで、実に平和ボケしている。
だからこそ、こんなにも心が落ち着けるのかもしれない。上空の星は以前見上げたときより数を増やしている気がして、そのうちの一つに僕もなれる気がしてきた。
(…………よし!)
僕も、あの輪に混じってこよう。そばにあったお酒を一杯、ぐいっと飲み干した。
僕はしばらく呆然と立ったままになる。その後、仰向けに倒れて気絶してしまった。
(サンさん!?)
天使さんが声を荒らげる。
(まったく…………焼酎一杯でぶっ倒れる方なんて初めて見ましたよ………)
〜
不夜城から少し離れて、郊外。ティルはこの街を出ようとしていた。
「水臭いじゃない。挨拶もできないわけ?」
足を止めて、振り返るとメグがいた。
「急いでるんだ。せっかくの休暇が一日丸ごと潰れてしまったからな」
「ふ〜ん………じゃ、せめて報酬くらい受け取ったら?」
夏の涼しい風がティルの毛をなびかせた。
「別に。俺は特に何もしていないさ」
「どの口がそう言うのよ………。ま、どうせ向こう側じゃ使えないんだろうけど…………」
メグは、自分のスカーフの中から一ポケ硬貨を取りだし、指で弾いた。ティルはそれを片手でキャッチする。
「記念よ。紙切れなんかよりかは保存しやすいでしょ?」
ティルは星空に向けて硬貨をかざす。
「ありがとな」
これだけ言ってまた前を向いて歩き出した。メグも後ろを向いて不夜城を目指す。草を踏む音だけが辺りに響いていたが、やがてそれもなくなった。
ティルも、このあと、自らの世界で彼の仲間と共に、彼らの物語を
創世っていく…………が、それはまた別のお話。
ちなみに、この間、ソアはずっと寝ており、ティルのことはおろか、襲撃のことも、パーティが開かれたことも全く気付かなかった。ソアの部屋で敵ポケモンが倒れていたのはメグいわく、ソアの寝相のせいらしい。