二十話 愛に溶ける鋼の心
「よーし!あともう一匹、がんばるぞー!」
ソアの声が頭に響く。まだ朝だってのに大声出してこいつは……。朝食のパンを頬張りながら私はソアを睨んだ。いつも通りのアホ面でスープを飲んでいる。
気がつけば探検隊どうこうてもう四日くらい経つ。飽き性のこいつにしては今回のようなケースは珍しい。周りのポケモンを巻き込んでソアがバカやること自体今まであまりなかったし、妙に熱心な気もする。何を考えているかは相変わらずわからない。
朝食を終え、公園でノンとカロトと合流した。今日は住宅街と商店街を回るらしい。今日も太陽の光が容赦なく降り注いでいる。家でのんびりしていたい。
昼を過ぎても特になく、住宅街を抜けて商店街を目指すことにした。全然見つからず、ヒマなせいか退屈しのぎの会話が多くなってきた。
「……つまり、時間っていうのは過去から未来に動き続けるっていう考え自体を示すから、実質この世界には存在しないんだ。」
「へー、そーなんだ!」
「……ようやく分かったんだね……。」
「ぜーんぜん!」
カロトが大きくため息をつく。限界らしい。まぁ、私から見ればこれでもまだちょろい方だが。目線でノンに助けて、と合図を送っている。ノンもそれに答えようとあれこれ考え出した。
「あ!そうだ!皆さん、ギルドをつくったらどうしますか?」
ノンが手をパチンと合わせて話す。うまく話題を変えたものだ。コミュ障の会話力とは思えない。カロトが今度は安堵の方の意味でため息をつく。
「えーっとね!でぇーっかい基地つくって、だれも見たことのないお宝をたーっくさん集めて、『せかいいち』のギルドにするんだ!」
ソアがまた夢物語を語っている。正直、そういう話は苦手だった。希望も夢も、持ったら持ったで損するだけだ。
「どーせ無理よ。今じゃ何百ってギルドが世界中を駆け巡ってるってのに。世界一なんてバカな事考えんじゃないわよ。」
本音が漏れた。別に間違っていることでもないし、何とも思わない。それにこいつなら、こういう発言は無視するだろうし……。
「できるもん!ぜーったいできるもん!」
ソアが立ち止まって叫ぶ。振り替えってソアを見る。いつもとはどこか違う表情だ。
「できるって……そんな証拠もないのに……。」
吐き捨てるように言う。
「証拠がなくてもできるんだ!ぜったい!」
ソアの言葉が耳に響きわたる。それが私の本音を爆発させた。
「何いったって無理なのは無理なの!ちょっとは現実見なさいよ!」
「できるもん!」
「できないに決まってるでしょ!」
声は次第に大きくなる。
「落ち着いてください、メグさんもソアさんも!」
「そ、そうだよ!ほら、周りから見られてるから!」
ノンとカロトが仲裁に入る。だが、もう耳に入らない。
「あんたなんているだけで迷惑なのよ!」
「メグのバーカ!もうメグとトランプやらない!」
ますます険悪なムードになっていく。ノンもカロトもどうしようかと困り果てていた。
「おーい!」
〜〜
このケンカに割り込んでくるバカがソア以外にもいた。
「いたたたたたたた!」
オスのルカリオがメスのフライゴンを強引に引っ張ってこっちに向かっている。ノンがすかさず私の後ろに隠れた。とりあえず、私は彼を睨んだ。こんな空気なのに何よりオスだ。目付きは相当悪かっただろう。
「何?」
低い声で尋ねる。しかし、彼は全く怖がらずに口を開く。
「いや〜、たまたま通りかかったらケンカしてるからよ。で、事の発端は何だ?」
親しげなしゃべり方にイラッとする。横のフライゴンがルカリオにすごい剣幕で怒っているのをガン無視している。
「聞いてよー!僕がギルドを『せかいいち』にするって言ったら、メグが……。」
ソアが事情を話そうとした。条件反射でソアの脇腹を思いきり殴る。ソアばもだえながら倒れた。
「ん!?今ギルドって言ったか!?なぁ、言ったか!?」
ルカリオは変なところにすごい食いつきようだ。屈みこんでソアを両手で立たせ、肩を揺らしている。ソアは泡を吹いており、意識が飛んでいた。
「うん。今ギルドのメンバーを募集しているんだ。……もしかして?」
「あぁ。所属するギルドを探しているんだ。」
ソアの代わりにカロトが質問に答えた。ようやく探検隊志願者に出くわしておいてなんだが、あまりこいつをギルドに入れたくはない。だがそれよりもまず、早く家に帰りたい。
「俺の名前はフィレンだ。バトルの腕は自信あるし、並みの相手なら負けねーよ!」
ルカリオは得意気に話す。うざいと感じるが、この灼熱地獄から脱出するためだ。我慢しよう。
「僕はカロト。よろしく。」
「私はメグよ。で、ここで倒れてんのがソア。今のところこいつ中心でやってるわ。ほら、ノンちゃんも前出て。」
ノンがゆっくり私の横に出る。
「わ…わわ私は、ノンで…でです……。よ……よろしく……おお…お願いします!」
ノンが頭を下げる。「よく頑張ったわね。」と小声でほめる。
「なるほど……カロト、メグ、ソアに……。」
フィレンは再び頭をあげたノンを見て固まった。
〜〜
「……フィレン?」
急に動かなくなったフィレンに声をかける。視線は例の一生懸命ノンと名乗ったラティアスに釘付けだ。
「お……お………。」
「お?」
「お美しい!」
光の速度でフィレンがノンの前に動いた。ノンやカロトと名乗ったナエトルはおろか、あんな怖い形相で睨んでいたメグと名乗るイーブイでさえ驚いた。フィレンはノンの前に屈み、ノンの右手をつかんだ。
「あなたほど美しいポケモンはこの島に来てから初めてだ!どうか俺と付き合ってくれ!」
フィレンはその印と言わんばかりにノンの手の甲にキスをした。ノンは手を震わせながら顔を赤くしている。再びノンの顔を見たフィレンはその意味を察知していないようだ。
僕はフィレンの後ろにまわり、右手でフィレンの頭を思いきり殴った。
「痛ぇ!何すんだ、サン!」
「あんたが何してんだよ!」
「何って、見りゃわかるだろ!プロポーズだよ!」
「せめて告白って言えよ!」
ノンは顔に手を当て、頭から湯気を出している。
『いや〜、愉快ですね〜。』
(あんたも何かしろよ!)
サポートしないサポート係はこの状況を心底楽しんでいる。
「……で、あんたは?」
僕がフィレンを叱っていると、すごく怖い顔でメグが睨んできた。
「そこの変態はおいといて、えーと、サンちゃん?こいつの彼女じゃないの?」
「いや、そういう訳じゃなくて……。」
どうしよう。さっきから僕らの行動をお笑い芸人のコントのような感覚で楽しんでいる天使さんはそうでなくとも使い物にならない。また、フィレンのときのように笑われてしまうかもしれない。なら、話したくない。
のだが……、
「いや〜、実はこいつはな、………。」
僕の連れは非常に口が軽かった。