疾風戦記

















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二章 -バカに薬は効かない-
十八話 一寸の弱虫にも五分の魂
この期に及んで足がすくんだなんて言っていられない。ドアをノックして部屋に入る。室内はそこそこ広く、壁際に本棚が立ち並んでいる。理事長が貴重品として保管した薬品棚や、何を入れているのか分からない金庫もある。部屋の中央には客用のソファとガラス細工のテーブルが置かれ、奥にはシックな机もある。その向こうで一匹のポケモンが椅子に腰かけているのが見えた。体がゼリー状の固体に覆われている、ランクルスというポケモンだ。大きな手からは、どんなものでも軽々しく持ち上げそうなイメージが浮かぶ。

「ラレス理事長。」

彼の名を呼ぶ。二年前、僕が入学するちょうど一年前に理事長に就任したらしい。

「聞きましたよ。大学を辞めたいそうですねぇ。」
「はい。」

随分と落ち着いた様子だ。

「毎日の雑務に関しては私も重々承知の上です。しかし、君は若いながら才能があります。もう数年ここで頑張れば、きっと成功することでしょう。」

僕はラレスを睨む。三匹のポケモンに押されてここまで来たんだ。今更決意を曲げるわけにはいかない。彼も僕の真剣さに気づいたらしい。

「カロト君、あなたはたいへんな努力家だと思っていたのですが、私の見当違いでしょうか。」
「お願いします。ここじゃなくても僕は頑張れます。」
「どう言われても許可できませんねぇ、カロト君のためにも。そのためにあのような校則があるのですよ。」

これは何を言っても引いてこない。相当な理由があると見れる。手が足りないというより、もっと大きな。
僕の仮説は確定に至った。
切り札を使うことにした。弱みを握るのは苦手なことだが、試す価値はある。

「理事長、あなたはこれまで一部の実験を中止させていますよね。それも成功すれば新発見に繋がるような大きなものばかり。」
「はい。実験に危険が伴うと判断したからです。」
「違いますよね。」
「ほぅ。どういうことでしょうか。」
「技術革新を止める行為ですよね。」
「安全の上では仕方ないことですよ。私としては、研究者が死んでしまっては、それこそ新発見なんてできなくなってしまいますから。それで、何が言いたいのですか?」

僕は大きく息を吸った。


「あなたは、クレセント国のポケモンなのではありませんか。」

ラレスが黙り込む。

「敵の国で産業革命なんておこされては困る。だから大学って言う箱ものをずっと監視しているのではないですか?知識が豊富な学生がなるべく一般社会に出ないように、退学の規制をかけたのではないですか。」

ラレスはやはり黙り込んでいる。しかし、急に小さく笑い出した。

「面白い冗談ですねぇ。私が敵の国のスパイですか。確証もなくよくそんなことが言えますねぇ。」

ごまかそうとしている。だがしかし、

「確証ならあります。」

僕は本棚に近づく。最初に部屋を隅々まで見渡し、不自然な場所がひとつあるのを見つけた。本棚の最下段にある『ポケモンの真理』という本。僕も持っているから分かるが明らかに本棚の幅と本の大きさが合っていない。何か本の後ろにあるのは間違いない。完全に勘ではあった。しかし、

「……あった。」

黒色のトランクケース。中には小さなパソコン型の通信機。形状といい、明らかにこの島で作られたものではない。

「これで言い逃れできませんよ。」

再びラレスの方を向く。冷や汗が見られる。成功だ。この次だ。そのまま逃げるか、あるいは戦闘に持ち込まれるかだ。もし戦闘になったら、攻撃を避けて逃げ切ればいい。ランクルスが使うわざ自体あまり知らなくても、避けるだけなら大丈夫だ。それでメグあたりが応戦に来るのを待つ。いくら足が遅くても、なんとか切り抜けることが……。

「そこまで見透かされていましたか……。ならば……。」

ラレスの手に力がこもる。同時に僕の首が絞まる。

「ぐっ……!」
「口封じしなければなりませんねぇ。」

ゆっくりと僕の体が宙に浮かんでいく。サイコキネシスだ。だめだ。のどが潰されていく。呼吸ができない。大きな手から、メグと同じ物理で殴るものだと考えていたのが甘かった。超能力使いは微塵も考えていなかった。
先手を打たれた。最弱の僕の勝算は低い。

「あなた程の逸材は私は見たことがないんですよねぇ。こちらも手が足りていないんです。どうですか。こちら側に来てくれるというなら、生かしても構いませんが。」

で…でも、僕はあの三匹に背中を押されて……。
いや、違う。僕はただ、誰かの作った勢いに乗っただけだ。何となくそっちの方がよかったからで着いてきただけだったんだ。勇気をもらっていたんじゃない。押し流されていただけだっだんだ。ヘタレはやっぱりヘタレだったんだ。戦ってもどうせ負ける。応援がすぐに来ないのも分かっている。生きるための最善策は………ただひとつ。助けてください、そう叫ぶだけ。応答を待っているからか、少しだけサイコキネシスも弱くなっている。口もちゃんと開く。期待を裏切るくらい、死んでしまうよりずっとましだ。
言うなら今だ。


“はぁ、ダメね。あんた、いつまでも同じままよ。”


頭の中で声が響いた。メグの声だ。結局あの言葉の意味は何だったんだろう
しかし、関係無い。僕にとって最………善………。

そうだ。最善とはなんだ?正しいとはなんだ?
そうじゃないか。選択肢にいつもいつも正しいものが入っているわけないじゃないか。よく考えたって分からない時だってあるんだ。あとで後悔しては意味がないじゃないか。
そうだ。後悔しない選択をしなければいけなかったんだ。
後悔しない方法は分かっている。たとえ勝率が一パーセントだろうと、その一パーセントに全力を尽くそう。意味もなく溜め込んだ知識が役立つときだ。
まずは状況。目を動かせば視線で考えがばれるため、目を閉じて記憶の中だけで室内の状況を思い浮かべる。できる限り精巧に。
次に相手。ランクルス自体、知らないことが多い。わかるのは、技の中にサイコキネシスがあること。視界に入った敵を確実に捉え自在に操る。他の技は分からない。その他で言えば動きが他のポケモンよりかなり遅い。僕より速いことは確かだが。
次に使えるもの。この状況では、はっぱカッターは無理でもタネばくだんならできる。ただし、ラレスの強力なサイコキネシスを振り払えるとは思えない。
まさに絶望一色だ。勝算はかなり低い。
でも、〇パーセントではない。
……楽勝だ。僕は少しだけ、勇気をもらった。

■筆者メッセージ
こんにちは。書き始めなのが夏の終わりだったはずなのに、もう年越しですね。なのに、まだ冒険の「ぼ」の字も始まっていない遅さです。ヤバイ……。かなり長くなりそうですね。あと二年くらいダラダラ続けてそうです。その間に別の小説を始めてたりして……。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
追記: 12/29 ご指摘により、「つるのムチ」を「はっぱカッター」に変更しました。あいつ「つるのムチ」覚えないのね……。
    1/3 「薬品『ケース』」を「薬品『棚』」に変更しました。何度も申し訳ありません。
フィーゴン ( 2015/12/27(日) 21:09 )