十七話 新緑戦争
流石、というか、感心する、というか、そのくらいの速さだ。支度、といっても麻の袋を持ってきただけだが、それだけ済ませて大学に行ってみると教頭が通行人を一匹一匹じっと睨み付けていた。僕を探しているのだろう。見つかったら説教確定だ。
「あんたの大学、スパイでもいるわけ?」
メグが話しかけてくる。
「そういう噂は聞いたことある。」
「まぁ、いいわ。あいつも殴り飛ばせば終わりよ。」
メグが歩みを進める。
「待って!」
メグの肩をつかむ。
「今行って乱闘になれば通行人に通報されて警察の餌食だ。先のことを言えば探検隊の活動にも影響してくる。」
もっとも、メグがいれば『乱闘』にはならないが。それでも、戦闘は大学内に抑えたい。あちらにしても、迂闊に通報できないはずだ。
だが、この状況はかなり厳しい。大学は石造りの塀の中にある。乗り越えようにもそこを見られるだろうし、裏門から回ってもあの位置では気付かれかねない。
「じゃあ、どうします?建物に裏口とかはあるんですか?」
「あるけれど、使われていないから施錠されていると思う。」
「じゃぁ飛べばー?」
「何いってんのよ。ばれるに決まってんでしょ。」
強引に突破しかないだろうか。僕は顔をうずめて考える。しかし、何も浮かばない。気をそらすにしても、仕事熱心な教頭が一〇〇パーセント気をそらす方法があるだろうか。
僕は再び顔をあげた。そこにはソアの間抜けな顔があった。
「ん?なーにー?」
ソアは首をかしげている。ソア……。
「……ひらめいた。」
「え!なになに!?」
なんだ、案外簡単じゃないか。
「とりあえず、僕だけでも理事長室にたどり着けばいいんだよね。あくまで交渉するだけだから。」
〜〜
まずソアを教頭の方に向かわせる。制御役としてメグも必要だ。その間に僕はノンの背中にのせてもらう。
「おじさーん!こんにちはー!」
「ん?あ、あぁ。こんにちは。」
さすがの狂気っぷりだ。教頭も若干引いている。
「悪いけどあんた、こいつがいろいろと聞きたいことがあるらしいの。付き合ってやってくんない?」
「あぁ、まぁいいが…。」
どうやらちゃんと乗ってきたようだ。予想通り。
「はーい!じゃーひとつめー!お空とにじはなんでキレーなのー?」
「え!?うーんと……。」
教頭が考え込む。仕事熱心だ。大学の看板を背負っている分、答えざるを得ない。
「えーっと、それはね……。」
「はーい!じゃー次ー!」
「え!?」
着いていけていないようだ。あれのテンポにはメグでさえ時々着いていけなくなるほどらしい。
メグの尻尾が円を描いた。頼んでおいたサインだ。教頭が完全に気をそらしたようだ。
僕はノンと塀を越え、背中から降りて気付かれないように大学の入り口へ向かう。
「えーっとねー!時間はなんで目に見えないのにあるのー?」
「え、えーっと……。」
自分で考えた作戦とはいえ、あまりにも教頭が不憫すぎる。
ここからの流れは既に考えてある。僕は建物のそばの菜園の中から植えたばかりの苗木と土を麻の袋に入れる。毎日話し相手がこれだったといっても過言ではないのだ。どこに何をいつ植えたかぐらいしっかり覚えている。
「行こう!」
「はい!」
僕とノンは大学内に入ることができた。
〜〜
「ここからは話した通りにお願いね。」
「はい。」
大理石でできた廊下の上で僕はノンに話しかける。理事長室までは少し距離があるため、確実に事務員や警備員に見つかるだろう。そういうときは、見つかる覚悟でやってしまった方がいい。
僕は再びノンの背中に乗る。そして、彼女の背中にしっかりとつかまる。
「全速力でいきますよ!」
廊下を一直線に飛ぶ。風を切る感覚は初めてだ。後ろから「待て!」と言う声も聞こえてくる。
「そこ右!」
「はい!」
追っ手らしきものが後ろにちらちら見える。この速さだと当分追い付かれることはないだろうが、どこかで撒かなければ理事長室での交渉中につかまる。だから、
「次の角で止まって!」
「はい!」
角で止まり、僕は先程手に入れた苗木を麻の袋から少しだけ出す。遠目から見れば僕と見分けがつきにくい。これでしばらくはだましきれるだろうか。
「じゃ、よろしく。」
「はい!」
僕はそばの柱の影に隠れ、ノンは僕と逆方向へ進む。追っ手はノンの方に続く。
メグは『殴り込み』なんて言っていたが、結局乱闘なしの最善を尽くせた。
バレるのも時間の問題だ。さっさと交渉を済ませよう。僕がいたところはちゃんと理事長室の前だった。ここまでは読み通りだ。