十六話 食物連鎖の最下層
カロトは大学に退学届けを出しにいった。バカが割り込んできたせいであんな弱いのが入ってきてしまった。私も正直、『カクカクシカジカ』で伝わるとは想定していなかった。やはり侮れない。一見スキしかないような顔してるくせに。
「ねぇ!ヒマだしトランプやろっ!」
……ほら来た。空気を読むことなど全くしない。黙ってカロトを待つこともできないのだろうか。
「ヤダ。」
面倒だ。やりたくない。ソアの「何で!?何で!?」コールを無視してデスクトップを睨む。相変わらずくだらないニュースばかりだ。ポケモンが石像をぶん投げただけで大騒ぎとは、世間はまだまだ平和らしい。戦争中だってのに。
「た…ただいま……。」
カロトが帰ってきた。大学まで往復五〇〇メートル程なのに息切れしている。
「あ!どうだったー?」
「そ…それが……。」
〜〜
僕の知らない間に大学内で新たな校則ができたらしい。
「『退学するためには、理事長の許可が必要となる。』だって。」
若者が簡単に挫折して辞めていくのを防ぐためらしい。
「“タダ働き強制継続制度”の間違いじゃないの?それ。」
「大学はあくまで“学校”だし、卒業があるから不当労働扱いしにくいんだろうね。理由もかなり正当だし。」
しかし、僕にとってこの校則は大問題だ。戦争でポケ手不足が深刻化しているのに、やすやすと僕を見放してくれるわけがない。現に、退学届けを出した先生に考え直すよう説得された。
大学が辞められなければ地獄が続くだけ。奨学金に頼らなくても生きられる方法が目の前にあるのに。
「それじゃあ…カロトさん、入れないんですか?」
「入ってもロクに活動できないと思う。」
悪夢から解放される日をずっと待っていたのに、これじゃ……。
「じゃ、いくわよ。」
「え?」
椅子から降りてドアへ向かうメグを見る。
「ど、どこに……。」
「殴り込みに行くわよ。」
「殴り込み!?大学に!?」
「どーせ文系やら理系やらぬかしているバカばっかでしょ。体育会系の私に叶うやつなんていないわよ。」
「メグさんは体育会系でも叶いませんけどね。」
「ムリムリムリ!ダメだって!やめよう!」
そんな勇気全くない。僕ができるわけがない。
「今更そんなこと言うんじゃないの。シャキッとしなさい。あんたオスでしょ?」
「でもムリ!」
「あぁ?いいからさっさと準備しろっつってんだろうが!このヘタレ!」
「ひぃ!そ…そんな……。」
どうせ僕が行ったってメグの影でブルブル震えることぐらいしかできない。準備っていったって何を……。
「ほら、早く。」
「でも……何も用意するものなんてないし………。」
うつむき加減で言う。怖いので様子をうかがう。
「はぁ?あんたバカ?」
「え?」
顔を上げる。メグは自分の頭を指差した。
「あんたはコレ担当でしょ?コレさえダメだったらこれから『ただのクズ』って呼ぶわよ?」
相変わらず何も興味がないような目だ。だからこそ威圧感が半端じゃない。
「…分かった。」
考えられること……やはり交渉の手口だろう。弱みとかを握れたらおいしい。そういえば、理事長のことで気になっていたことがいくらかある。
〜〜
同刻、ソアの家の外に黒い影があった。小型の通信機で誰かと会話をしている。
「そちらの学生のカロト君が動いた。ポケモン三匹を連れて君の大学に行くだろう。退学を食い止めるよう指示を出せ。こちら側に引き込んでも構わん。」
黒い影は通話を切った。