十二話 八年前のあの日
私には兄がいた。名前はライ。青と白の体のラティオスというポケモンだ。
兄に聞いたところ、私の両親は戦争の爆撃で死んでしまい、身無し子になり、大陸のどこかで兄は幼い私を抱えて焼け野原に立ちすくんでいたらしい。そこを通りかかった二匹の旅ポケモンが私達を拾ってくれた。
私にはその時の記憶はなく、物心付いた時にはすでに彼らと旅をしていた。そして、巡りめぐって数年の月日が流れ、この島の西にある小さな村に住むこととなった。村のポケモン達は私達に温かく接してくれた。兄はバトルに優れ、その地域では半年で二つ名が付くほど有名になっていた。毎日が本当に楽しかった。
八年前のあの日、あれは突然起こった。大陸から来た、武装ポケモン達が村を襲った。小さな村に戦えるポケモンがそう多くいるはずがない。大陸の進んだ技術に敵うはずもない。そして、私は逃げ遅れ捕らえられそうになった。しかし、私の兄が自ら敵陣に突っ込むことで逃げる時間を稼いでくれた。あれ以降、兄の姿は見ていない。
逃げ延びた私達は散り散りになった。あるポケモンは北へ、あるポケモンは南へ、私と例の二匹のポケモンは東を目指した。少ないお金でギャロップ車に乗せてもらい、街を目指した。草原に差しかかったところでギャロップ車は盗賊の急襲に遭った。例の二匹のポケモンにかばわれ、私は一匹で逃げ出すことができた。後ろから血しぶきが噴き出したような音が聞こえた。
私は気づいた。両親が死んだのは生まれたての私をかばうためだったと聞いた。両親が死んだのは私が生まれてから数週間後だと聞いた。村が襲われたとき、私が逃げ遅れなければ兄は逃げきれたはずだった。村が襲われたのは私達が村に住み始めてから一年あまりのことだった。ギャロップ車の盗賊なんて、私を放っておいて逃げればあの二匹は助かったはずだった。馬車が通った草原は盗賊が現れるなんて滅多になかったはずだった。つまり、私が…………私がいたから悪いのだ。私がいたからみんなが私をかばって不幸になっていったんだ。
私は街にたどり着いた。しかし、人目のつかないこの家を選んで住み始めた。
〜〜
「……もう、いいですよね。」
「ん?」
黙って机に突っ伏して話を聞いていたメグさんが姿勢を正す。
「私といると、みんなが不幸になるんです。私はみんなといてはいけないんです。」
私は語調を強める。
「お願いします。お引き取りください。」
静かに言った。もう誰も悲しむ顔は見たくない。
「……確かに不幸だったかもしれないけれど、不幸のあとにはきっと幸せがあるものよ。心配しなくても、あなたもあなたのお兄さん達も幸せになれるわよきっと。」
「……。」
幸せに……私がなれるのだろうか。………いや、なるべきなのだろうか……。散々周りから幸せを奪ったわたしが……。
「…まぁ、私は他のポケモンの生き方に無理に干渉したりはしないけれど…それが正しいと思うならそれでいいけど……。」
メグさんは私のことを思って声をかけてくれている。なら、なおさら迷惑なんてかけられない。
「ねぇ、さびしくないの?」
ソアさんが口を開く。
「え?えっと……。」
言葉に詰まる。寂しいとは時々感じる。でも、私はそれを押し殺さなければならない。絶対に。だから……。
「大丈夫です。寂しくなんて、ありません。」
笑顔を心掛けた。相手に心配させないように。
「ねぇ…。」
「なんでつよがるの?」
私はハッと驚かされた。心を見透かされているような、何もかも見通されているような目が私を貫く。
「みんなが不幸だったぶん、ノンも不幸になったんでしょ?そのたびにみんながノンが不幸になりませんようにって、そう思ってノンの不幸を背負ってくれたんだよ。だったら……。」
彼は笑った。目一杯。
「みんなが不幸になってくれたぶん、ノンは幸せじゃないと、楽しくないとダメなんだよ。」
差し伸べられたては温かかった。暗い世界に光が差した。
「迷惑なんて、不幸にするだなんて、だいじょーぶだよ。みんなだれかといると、楽しくって、おもしろくって、幸せでしょーがないんだから!」
私は、何のために生きているのかは知らない。なぜここにいるのかも知らない。
でも……。
「はいはい、どこの道徳映画よ。さっさと帰るわよ。」
「えー、まだいたーい!」
私はいつの間にか長い悪夢から覚めていた。
「あんた、どうせまた遅くなってアニメ見れなかったって駄々こねるんでしょ?」
「あ!そっか!今日『アリアドスマン』やるんだった!」
私の心はいつの間にか大きな何かに動かされていた。
「じゃーねー!探検隊、かんがえといてねー!」
「待ってください!」
私はいつの間にか、体まで動いていた。
「ん?何?まだなんか用でもあんの?」
「私も……仲間に入れてもらえませんか?」
私の口は、いつの間にか動いていた。
「え……いいの?だってこれよ?絶対後悔するわよ?」
「はい!」
私はいつの間にか、このポケモンたちと一緒にいたいと思っていた。
「幸せに……なってみたいんです!」
私の顔はいつの間にか笑っていた。八年前のあの頃のように。