十話 午後の一刻に
探検隊を結成するだけならば一匹でもできる。しかし、ギルドの結成には探検隊が一つ以上、総メンバー数が五匹以上というのが絶対条件だ。誰がこんな面倒なルールを作ったのだろう。
とにかく、この条件を満たすために私たちは昨日から人数集めを行っている。厳密にはソアだけで、私はベンチでソアに買ってもらったお菓子を食べている。美味しいと評判な割りにはそこそこの味で残念だ。
あと三匹集めれば炎天下で黄色いバカを監視するだけの仕事は終了するのだ。しかし、これが全く集まらない。おそらく、例の映画ブームのせいでギルドの数が増え、そこに探検隊志願者のほとんどが流れたのだ。現に、断る理由の三割程度が「他のギルドに入っているので。」だ。まだ加入していないポケモンの場合、そもそもに興味がないため入ってくれない。シェアを完全に奪われた、というところだ。それでもソアは、無視されながらも必死に声をかけている。そんなソアを悠々と見つめる私もどうかと思うが。
「ソアー、もういいでしょー。帰るわよー。」
お腹が空いてきた。太陽もちょうど頭上まで来ている。
「あ、まって!」
きびすを返した私をソアが呼び止める。
「ほら、あのこ!」
振り返り、ソアの指差した方を向く。赤色と白色の飛行機のような体を持つポケモン、ラティアスがいる。木の実屋さんで買い物をしたあとのようで、私たちに背を向けて帰ろうとしている。ここに住み始めてから短いわけでもないのに、ラティアスなんて見たことがない。
「あのこ、まだ声かけてないんだ!ちょっといってくる!」
「あ、ソア、待ちn……。」
………待つわけ…ないか。まったく…。身勝手な行動はやめてほしい。周りにポケモンがいなければ殴りかかっていたところなのに…。
「おーい!」
ソアに呼ばれてラティアスがこちらを向いた。すると、驚いたのか一目散に逃げ出した。
「え!?何で!?」
そりゃぁ、知らないやつに急に声かけられたら驚くでしょ、普通。でも、逃げ出すのは不自然でもある。
「まってー!」
ソアが後を追う。迷子になられても困るので、私もベンチから降りてソアを追った。
ラティアスが路地に入る。それに応じてソアも入る。私もそれに続いた。路地を曲がりきった時、ラティアスの体は半分消えながら飛んでいった。
〜〜
ラティアスは、羽毛で光を屈折させて体を透明にできる、と、どこかで聞いたことがある。彼女の体が空中完全に見えなくなるまで私は呆然と立ちすくむしかなかった。
ふと、我に返った。何も見えやしないのに、ソアは家の壁をよじ登ろうとしている。
「ソア、バカなことやってないで早く帰るわよ。」
「え?なんで〜?まだあそこにいるのに〜。」
まったく……またごねりだした……って、え?
「ほら、あそこ!」
ソアは宙を指す。ただ青いだけの空しか広がっておらず、郵便のペリッパーくらいしか見えない。
「…もしかして……見えるの?」
「うん!あ、向こういっちゃった!」
ソアは壁を登るのを止め、通りへ出る。こいつに限ってポケモンをからかうなんてことしない……というか出来ないだろうし、信じて大丈夫だろう。こいつの体の構造についてはいろいろと謎が多いし、物理法則うんぬん言えるものでもないのかもしれない。私はまた、ソアの後を追った。
〜〜
……危ないところだった。危うく見つかるところだった。家のドアを閉めて一息つく。あのピカチュウが話しかけてきたときは心臓が止まるかと思った。多分、探検隊の勧誘だろう。あの街ではよく見かけたが、まさか自分が声をかけられるとは思ってもいなかった。
透明化して帰ってきたのでまいたはずだ。私はイスに座り、読みかけの本を再び読み始めた。毎日、これか造花の内職しかやることがない。ページをめくりながら窓の外の風景を眺める。今日も昨日と同じくらいの心地よい快晴だ。六年前、空き家を掃除して住み始めたこの家の窓からは、にぎやかな街のにぎやかな声が聞こえてくるようだった。今頃、誰が何をしているのだろう。みんなで買い物したり、お話したり、怒ったり、笑ったり……。目をつむるとポケモンたちのしゃべり声や笑い声が鮮明に聞こえてくるようだった。
……………いや、鮮明すぎる。
私は再び窓の外を見た。道の上を二匹のポケモンが歩いてきている。私は慌てて、しおりも挟まずに本を閉じた。どうしよう。あのピカチュウだ。そばには連れと思われるイーブイもいる。透明化するにはもう少し時間が必要だし、逃げ出すにも抜け出せば確実にばれる位置の窓しかない。鍵も開きっぱなしだ。今更閉めにいけない。
ああ……どうすれば……。もうそこまで来ている。混乱して頭がはたらかない。
(…そうだ!クローゼット!)
私はベットの脇に置いてあるクローゼットに飛び込んだ。衣服類はそこまで持っていないし、私くらいの大きさならぎりぎり収まる。お願い……。早く帰って……。
私の耳に、扉の開く音が響いた。