2013年
M2
 へえ、パソコンだけじゃなくて記録装置も壊されたって本当だったんだなあ。
 おっと、ちゃんと情報なら流してあげますってば。そんなに邪険にしなくたっていいじゃあないですか。
 それじゃあアンタのドーブルに似顔絵を描いてもらってる間に、面白い話でも聞かせてあげましょうかね。アンタの執念をまんまと撒いたロケット団の話じゃないですけどねえ。紳士泥棒はさすがに手ごわいですから。え。ああ、あの男のことです。巷じゃあ紳士泥棒なんてあだ名までついてます。なんといっても口ひげですから。口ひげにモーニング! これは立派に紳士です。
 わあわあ! 止めてくださいよぉ! もう。痛いじゃないですかぁ。叩かなくてもいいでしょうに。
 ええっと、そろそろ話しても? いいですね?
 前置きしておきますと、これは作り話なんかじゃないです。誰に話しても嘘だの作り話だのと笑われるので一応、初めから先入観を持っておいていただきたいのですよ。これは事実目撃者がいるのです。
 ある島にポケモン屋敷と地元民から呼ばれている建物がありました。僕の知り合いのドクダミ君はポケモン屋敷の見える、小高い丘に住んでいたらしいです。彼は大変なポケモン愛好家でしてね、毎朝毎夕とポケモンたちとの散歩をかかさなかった。ある日、ドクダミ君のオタチがリードからすり抜けて逃げだしてしまった。もちろん慌てて追いかけます。オタチは思っていたよりすばしっこい上に、小さいので何度か見失いかけたそうです。
 それでもなんとか追いかけていると、オタチめどうやらポケモン屋敷の方へ走って行く。ポケモン屋敷は他の民家とはずいぶんと離れたへんぴな所に建っていて、周りはうっそうと生い茂る木々に囲まれていたようです。あんなところに逃げ込まれては探せないと、ドクダミ君、ポニータを出して乗って行こうと思った。しかし、これまた驚いたことにモンスターボールから出されたポニータは騎乗しようとした主人を振り落とし、オタチと同じように一直線に走って行ってしまったんですね。
 あっという間に二匹は小さな森の中へ消えてしまいました。青ざめたドクダミ君はもうポケモンを出すのは止めて、しかたなく徒歩で後を追うことにしたらしい。あっちこっちを探し歩いていると、目の前にポケモン屋敷が現れた。もしやここの住人かなにかが手伝ってくれるかも、と考えた彼は呼び鈴を鳴らしてみました。しばらくすると中から痩せぎすな女性が出てきた。どうやらメイドのようで事情を説明すると奥にひっこんで、次に出てきたのは礼儀正しい男だったんです。この男はドクダミ君に中で待っているようにと言いつけ、森の方へ向かって行きました。
 ドクダミ君は素直に屋敷の中へ入りました。そこはこれまで見たことがないくらい暗くて、陰湿で、なんだか糊のような臭いがする大きな屋敷だったそうです。調度なんかは豪く立派で、妙にちぐはぐだったとも聞いています。
 さて、応接間に通されたドクダミ君は一人っきりにされてしまった。中で待っているようにと言われたものの、はてさて自分のポケモンをちゃんと見分けて連れてこれるかしらん、と不安になってくる。そわそわし始めてあちこち覗いてみると、扉の向こうからぼそぼそと声が聞こえてくる。立ち聞きはいけないとわかっていても、もしやオタチとポニータが見つかったのかと気になってしかたがない。と、彼は言ってましたけど正直なところ、僕らのような人種は秘密とかの匂いはがまんができんのです。これは立ち聞くに決まっている。
「ミュ……こども……組換え……が……足りない……」
「……ツー……でも……他の……時間が……ア……さま……限界……」
 どうやら自分のポケモンたちの話しではないらしい。しかも声がこもっていて聞きにくいわけです。なんとか聞き取れたのはこども、組換え、アポロさまぐらいだったそうです。ううん、これじゃあ何にもわからない。
 ドクダミ君はもっとよく聞こうと扉に耳をくっつけたらしい。が、これがいけなかった。急に扉が開いたんですな。
「あん? 誰だ、このオッサン」
 出てきたのは目つきの悪い男だったそうです。中で話していた一人だったんですかねえ。泣き黒子がやけに印象的なひょうひょうとした雰囲気の男だったとか。
 オッサン呼ばわりされたのと、盗み聞きがばれたのとでドクダミ君は大層焦った。しどろもどろになる。そうしたらひょいっともう一人、今度は泣き黒子の方より若い男が出てくる。こっちはかなり若かったそうです。ぱっと見ただけなら少年にも見えるくらいだったそうです。
「なんだなんだァ?」
「あ、隊長。このオッサン、立ち聞きしてやがったみたいっすよ」
 どうも若い方が偉いらしかった。そんな風には見えなかったみたいですけども。
 隊長さんはじろじろドクダミ君を眺めて、ううんとうなる。
「大丈夫だろ。ここに居るってことは誰か招き入れたってことだろうし。おい、そこの――お前」
「はっ!」
「お茶くらい出してやれよ」
 で、お茶をようやく出してもらってドクダミ君は大人しくソファーに腰かけていたそうです。中から出てきたのは五人だったそうで、全員が白衣を着ていた。はて、ポケモン屋敷は薬剤師の家なのか。いえいえ、違いますよね。怪しい。研究所なんじゃないかと勘ぐってしまうのが人情ってもんです。
 ポケモンを探しにいってくれた人も帰ってきそうにないってんで、ドクダミ君はこっそりあちこち調べたようです。
 そこでさっきの白衣の人たちを探すことにした。まあ、見つかってもお手洗いを探していました、とか言えば大丈夫だろうって考えたんでしょう。先ほども言いましたが、この屋敷はかなり広い。うろついているといつの間にか迷ってしまった。応接間はどこだったかしらん、と悩んでいると隊長さんが向こうのドアへ入って行く。
 こっそり後をつけていって、ちょっと扉を開けた。するとそこはモニタールームだった。映っているのは――波長計のようだったと言います。
「エムツーの調子はどうだ」
「はい。まだ覚醒の兆候はありませんが、血液提供のおかげでずいぶんと安定してきています」
「そう……か」
 エムツーとはなにか。
 ううん、もっと詳しく知りたい。ドクダミ君がうずうずしていると、後ろから肩を掴まれた。
「オッサン、やっぱり立ち聞きしてんじゃねーか! 隊長ー!」
「叫ばなくても聞こえてらァ! なんだ、まだいたのかあんた。誰だよ、この人入れたの」
 ここですかさず事情を説明すると、隊長さんが険しい顔つきになる。
「悪いな、おっちゃん。あとでちゃんとオタチとポニータを届けにいくから、ここは引き取ってくれ」
 それで嫌だとも言えずにドクダミ君は家に帰ったそうです。次の日にオタチとポニータはちゃんと帰ってきたそうですが、急に凶暴になってしまって、けっきょくはブリーダーさんに預けざるをえなくなったとか。僕も何度かあの二匹には会ったことがあるんですがね、凶暴になんてならないようなおだやかなポケモンでしたよ。もしかすると、ポケモン屋敷の怪しい人たちと関係あるのかもしれない。
 後日僕が調べてみると、この線は当たってましたよ。たまたま旅人が近くを通りかかった時に、連れ歩いていたポケモンが逃げ出して、追いかけてみるとあの森へ入って行く。するとドクダミ君の時のように応対され、後日ポケモンが届けられる。しかも、この人の場合もポケモンは凶暴になっていた。どういうことでしょうかね。
 あ、似顔絵描けましたか。
 さてと、僕はそろそろジョウトに帰らないと。
 そういえば、最近妙なモンスターボールが出回ってるらしいですよ。赤い部分が黒いやつでして、まあ、僕も実物は見たことないんですけども、違法なボールらしいです。本当ならきっとロケット団がらみですよぉ。
 じゃあ、またお願いしますね。

カエル師匠 ( 2013/03/03(日) 22:36 )