第一部 世界征服を目指す物語
第十一章 

デスリー秘密基地、それは襲撃を受ける前。
シャーク将軍の執務室には今、シャーク将軍の他にドクタータキオンもいた。
今は二人も話を終え、暫く沈黙状態といった所だった。

タキオン
 「……やはり分からない、何故山田裕次郎はデスリーを裏切ったのだ?」

タキオンが疑問に思っているのはやはりその事だった。
シャーク将軍に過去の事を聞いてもやはりそれはシャーク将軍の主観の入った情報でしかない。
何故裕次郎は美陽ではなく紫穂を連れて脱走したのか。
山田紫穂……パープルシャドウは今や正義のヒーローゲノセクトエースとなってデスリーに牙を向く。
そしてそのゲノセクトエースが姉と言ったのが山田美陽、ペレだった。

タキオン
 「憤怒のペレ……か、まさかそんな因縁があったとはな」

憤怒のペレ、その名もかつて使われたペレのコードネームだった。
ペレ本人も忘れていたかもしれない、それほど昔付けられたコードネーム。
今は単にペレと言うのが怪人名としては正しいが、憤怒の意味を知れば分からないでもない。

タキオン
 「ペレ……か」

シャーク
 「む……もう気がつけば11時か」

シャーク将軍は腕に巻いた古風な腕時計を確認すると昼前だった。

シャーク
 「話はとりあえずここまでだ」

タキオン
 「ふむ、そろそろ当夜君も帰ってくる頃か」

タキオンはそう思うと部屋を出ていく。
とりあえずラボにでも寄ろうか、それとも一足先に食堂に行くか。
何れにせよ、今日のタキオンはやる気が起きなかった。
デスリー上層部からは新怪人開発プランの提出を求められているが、それも今は気乗りしない。
どうせタキオンの要求するスペックの怪人を用意するなら、上層部や経理部の奴らがシブい顔をするのが目に見える。
中途半端な性能の怪人を実戦投入してもどうせ役には立たないというに、タキオンは不満顔だった。

モアナ
 「ハーイ! ドクター♪」

タキオン
 「む?」

気が付くとタキオンは通路にいた。
目の前にはモップを持つモアナが立っていた。
モアナは元気さ全開でウィンクして、タキオンの注目を集める。
タキオンが気付くとモアナは直ぐに駆け寄ってタキオンと鼻をくっつけた。
モアナのお馴染みの挨拶の仕方だ。

タキオン
 「はは、相変わらずだな、モアナ君」

やや不意打ち気味だったが流石はドクタータキオンか、モアナの勢いに動じる事もない。
モアナはタキオンから離れると太陽のような笑顔を浮かべる。

モアナ
 「考え事デスカー? なんだかとっても集中していたようデスガ?」

タキオン
 「逆にモアナ君は悩みなんてなさそうだね? それとも実は繊細さも持っているのかな?」

タキオンはニヤリと笑うと、モアナを品定めした。
モアナはルギアという強大な力を存在値で持つPKMだ。
考えてみれば怪人の素体としてはモアナ程最適な者もいないのではないか?
しかし、モアナは「ハハハ」と笑いながらも、一歩退いた。
負い目があるのか、それとも本当に繊細なのか?

モアナ
 「タキオンさん、なんだか様子がおかしいデース?」

タキオン
 「おっと、そこまでやましい事を考えた覚えはないのだがな?」

モアナはエスパータイプだ、その右手には制御装置が付けられているが制御装置が機能しているかは疑問だ。
少なくとも怪人にしたらさぞ優秀だろうなとは考えたが、冷静に考えればいくらなんでもただの清掃員を即実戦部隊の怪人にするっていうのはやり過ぎだ。
やはり戦闘員から使えそうな、かつ志願してくるPKMを怪人にする方が無難だろう。

タキオン
 「君、惜しいな……戦闘員なら即怪人にスカウトしていたのだが」

モアナ
 「あ、アハハ〜、なるほど怪人デスカ」

タキオンは腰に手を当てると、モアナの脇を通り過ぎる。
結局その足はラボに向かっていた。
ドクタータキオン、その高い思考能力は凡人とはやはり違う。
だが、その枝分かれした薄紫色の尻尾はやはり垂れ下がっている。

モアナ
 (ドクター、やっぱり苦労してるんですねー、なにか手伝うべきか、しかし……私は)

モアナは戦う力はある、それこそゲノセクトエースを凌ぐ程。
しかしモアナはその正体を隠している。
その理由は誰にも明かせない……だが、デスリーは好きだ。
ここは居心地が良い、気を使う事もあるが、概ね仕事の範囲ではそれも気にする事はない。

モアナ
 「おっと、次の清掃場所に行かないと!」

気がつけばタキオンもいない。
モアナはモップとバケツを持つと、次の清掃ポイントに向かうのだった。



***



デスリー秘密基地作戦司令部、秘密基地の最奥に位置するこの部署には少数常勤職員がいる。

シャーク
 「諸君、お疲れ様」

オペレーター
 「あ、将軍お疲れさまです!」

普段からここに勤務し、基地内外の状況を精査するオペレーターは数名いる。
シャーク将軍に最初に返事をしたのは人間の女史だった。
名前は漣(さざなみ)女史、まだ若いが優秀な女性オペレーターだった。

シャーク
 「お前達早めに昼食は済ませておけ、ここは絶対に人を外せない部署なんだからな」


 「あの二代目将軍、やっぱりそっくりよねー」

男性オペレーター
 「ああ、やっぱり妹さんだな、それにしても本当に指揮とかそっくりだよなぁ」

シャーク
 「ほら、矢車(やぐるま)、喋っている余裕があるなら、お前から昼食に行く!」

男性オペレーターは顎に髭を少しだけ残した矢車という人間の男だ。
やや軽薄な雰囲気もあるが、仕事においては不備もあまりない。
しかし、それよりも……シャーク将軍は気不味くなると腕を組んだ。
しかし、胸が邪魔だ、仕方なくシャーク将軍は両腕で胸を持ち上げる。
公式の身分は先代シャーク将軍の妹となっているが、当然それは偽り。
彼らオペレーターの事を知り尽くしているのは当然なのだから。

今更実は女体化しました、など言える訳もなく、これによって色んな問題も起こしてしまった。

シャーク
 (はぁ、お見合い……先方に迷惑をかけてしまったなぁ……御影氏、やはり怒っているだろうか?)

直近の問題といえば、シャーク将軍はお見合いしている相手がいた。
既にシャーク将軍自身良い年齢だったこともあり、相手もPKMという事で懇談が組まれていたのだが……女の姿で行く訳にも行かず、お見合いはこっちから破談にしたのだ。
確かお見合い相手はアリアドスのPKMだったな。
そう……御影杏、PKM管理局局長の御影真莉愛氏の娘、無下には決して出来ない相手だ。
男に戻った暁にはすぐにでも土下座する所望だ。


 「……ん? 入り口で多数動体確認?」

シャーク
 「どうした? なにかあったのか?」

突然漣女史は険しい顔をすると、タッチパネル式の端末を操作しだした。
彼女が今見ているのは捜査センサー、複数の入り口を持つ秘密基地はある程度の大きさの物体が近づくと、彼女に情報が回ってくる。


 「まだ分かりません、鹿や熊の可能性も……」

漣女史は監視カメラの映像をモニターに回す。
デスリー秘密基地はどうしても山間部にあるため、野生の大型動物が基地の真上に生息しているのだ。
だが、それは一日でもそんなに多いものではない。
漣女史が見たものはデスリー秘密基地の各所にある入り口で感知したデータだ。
そして監視カメラが映したものは。


 「こ、これは!? まさか敵襲!?」

ズドォォン!

突然、基地が縦揺れした。
地震? いや違う……入り口が強行突破されたのだ!

シャーク
 「っ!? 警報発令! 戦闘員を当該箇所に向かわせろ! それと非戦闘員の避難忘れるなよ!?」


 「し、しかし数が多すぎます!? 20ある入り口全てが突破されました!?」

シャーク
 「なんだと!? く……!?」

シャーク将軍は苦虫を噛み潰すような顔で手元のデスクを叩いた。
今、デスリーは史上最大の危機に直面している。



***



ビー! ビー!

タキオン
 「……ち!? 一体何が起きているんだ!?」

タキオン科学兵器開発部にも敵襲を知らせるサイレンがけたたましく鳴りだした。
ドクタータキオンは目を閉じると知覚能力を最大限に拡げた。
今やドクタータキオンの知覚範囲は秘密基地一帯を覆うほど、その代償に彼女には今や周囲の雑音も聞こえない。
禅めいた精神状態のタキオンは秘密基地に侵入する気配を捉えた。

タキオン
 「生体反応5、ロボットが40余り……ち!」

タキオンは目を見開くと直ぐにすべき事を思い浮かべた。
彼女はエスパータイプとしても怠惰な方だ、こういう時は思考は先走るのに身体はそうもいかない。
なにせ視力さえ殆どぼやけて前が見えない程で、意外と鈍くさいのだ。

タキオン
 「ペレ君、聞こえているか!?」

美陽
 『タキオンどうした? 一体なんの用だ?』

ドクタータキオンはペレ直通の通信機に通信を送った!
ペレこと山田美陽は直ぐに声を返してきた。
一先ずは良し、今のところはペレ君は無事のようだ。

タキオン
 「ペレ! デスリー秘密基地が何者かに攻撃を受けている!」

美陽
 『っ!? 貴方は!? 無事なのですか!?』

タキオン
 「今の所はな! それよりもだペレ君! そこにデスリー総統はいるな!?」

タキオンにとってペレは確かに親友と呼べる相手だ、しかし本当に大切なのは上乃子当夜、デスリー総統である。
今の襲撃者の目的は分からないが、単純に組織壊滅を狙っているとはタキオンには思えなかった。
寧ろこれは陽動の予感さえある、ならばタキオンは冷徹に判断をくださねばならない。

美陽
 『いる、それで連絡は?』

タキオン
 「ふ……ならペレ君は役目を果たし給え! デスリー総統と一緒に逃げろ!」

美陽
 『っ!?』

ペレ君の戸惑う声が通信機から漏れた。
しかし、直ぐに聞こえなくなる。
彼女は何も言わず通信を切った。
きっと彼女も分かっている、なにが大切で、なにを守ればいいか。

タキオン
 「ペレ君、当夜君を泣かせたら承知しないからな?」

タキオンは微笑を浮かべる。
するとタキオンはラボの奥へと向かった。
ジバボーグ君にも招集をかけなければな……と、思いつつどうせシャーク将軍がもう手は打っているだろう。
それよりもだ、タキオン将軍は陳列された棚にあった不自然な考える人の置物を回転させると、戸棚がゆっくりと真横にスライドした。
すると、その奥には隠し部屋がある。

タキオン
 「……全く、世の中忙しい事だ、急いては事を仕損じる」

タキオンは急ぐのが嫌いだ、いつでもマイペースで起きるのも遅い。
服だって男性物のようなゆったりとしたダボダボの衣装の方が好みだし、急ぐことで幸福を得られるとは思っていない。

タキオン
 「本当に、本当の馬鹿ばかりだ、ならば教えてやろうじゃないか……!」

タキオンは狂気的に笑みを浮かべると、余りにも巨大な筒状のなんらかの兵器を両手に握った。
ドクタータキオンは、重たげに銀光りするその異様な筒を持つと隠し部屋を出る。
すると、目の前にジバボーグがテレポートしてきた。
ジバボーグに装備させたドクタータキオン謹製の緊急テレポート装置だ。

ジバボーグ
 「ドクタータキオン! 救援に参りました!」

タキオン
 「ああ、既に把握していると思うが、少しピンチなんだ」

タキオンはそう言うと重たげに筒を持ち運びながら研究所の外に向かう。

ジバボーグ
 「あの、気になったのですが……ドクターの持つそれは何でしょうか?」

タキオン
 「ん? ああ……ハドロン粒子加速器だよ」

ジバボーグ
 「は?」

タキオン
 「ククク……なに、当たれば灰も残らんさ、私を怒らせた事、死ぬほど後悔させてやる………!」

その顔は誰にも見せられる物じゃなかった。
恐らく親友のペレでさえ、これ程狂気的な笑みを浮かべるタキオンを見たことはないだろう。
人の家に土足で上がりこんだ賊に制裁を加えるにしては過剰すぎる装備、この世界で最も怒らせてはならないのはこのドクタータキオンかも知れない。



***




 「敵、大半がロボット軍団の模様!」

矢車
 「Aブロック交戦開始! 各ブロック隔壁閉鎖急げ!」

作戦司令室は火の車だった。
非常勤の者も加え、ランチを中断してきた者も今や作戦司令室には怒号が木霊する。

シャーク
 「敵の正体は!? まだ掴めんのか!?」


 「……照合データ確認! 西日本で活動中のヒーローチームのようです!」

シャーク
 「なんだと!?」

各所監視カメラが捉えた映像にはいくつか、ロボット軍団とは異なる姿の侵入者があった。
それは西日本を中心にヒーロー活動をするチーム、通称超力戦隊Vファイブの姿があった。

シャーク
 「巫山戯た真似を……Vファイブの侵入したエリアは!?」



***




 「ち……陽動作戦か」

秘密基地下方、通称HブロックにはVファイブの二人がいた。
一人は黒いスーツで全身を纏ったヒーロー、パワーブラック。
そしてもう一人は青いヒーロースーツを着たパワーブルー。

パワーブルー
 「もう! 文句言わないの! ほら、さっさとやっちゃお!」

パワーブルーはやや幼いのか、少女のような雰囲気だ。
その正体は不明だが、決して侮る訳にはいかない。
近年増え続ける凶悪犯罪、それにPKMが関わる事も珍しくはなくなった。
従来の警察組織では対処しきれなくなったからこそ、彼らヒーローが台頭し始めたのだ。

パワーブラック
 「ち……わかっているよ」

一方、いまいちやる気を見せないパワーブラックは、ややその姿に特徴は出ていた。
パワーブラックの両腕は鳥の翼のようになっていた。
パワーブルーよりは背も高いが、男性としてはスマートな印象を受ける。

パワーブルー
 「うぅ……緊張するねぇ! 悪の秘密結社!」

等と言いつつパワーブルーの身体に震えはない。
寧ろ嬉々として破壊した隔壁の奥へと進んでいく。

パワーブラック
 「む? 待て……誰かいるぞ!?」

パワーブルー
 「怪人!?」

パワーブラックは何かに気が付いた。
通路の奥、モップとバケツを持った褐色女性がいる。

パワーブルー
 「て? モップ?」

モアナ
 「……貴方達どなたデスカー?」

それはモアナだった。
如何にも民間人という振る舞い、パワーブルーは脱力する。
しかしパワーブラックは違った。
モアナが笑っていないのだ、あの太陽のように明るいモアナが深海のような暗い瞳でヒーロー二人を見捉えた。

パワーブルー
 「えと? 民間人? 私達はヒーローよ! 貴方は危険だから直ぐにここから離れて!」

モアナ
 「危険? それは何故?」

パワーブルー
 「え? だから戦闘になるかもだから……」

パワーブラック
 「パワーブルー! それ以上近寄るな!」

「え?」とパワーブルーがパワーブラックに振り返った瞬間だった。
モアナが右腕に巻いた制御装置に触れた瞬間だ。
モアナは一瞬で、漆黒のラバースーツに包まれた。
その姿はアサシンのようで、冷酷な瞳がヒーロー二人を突き刺した。

モアナ
 「お前達、大切なモノ傷付ける……私はソレを許さないッ!」

パワーブラックは直ぐ様飛び出した。
モアナはパワーブルーに向けてハイドロポンプを放った!
パワーブラックは咄嗟にパワーブルーを突き飛ばす。
二人の間を強烈なハイドロポンプが通過した。

パワーブルー
 「きゃ!? なんて威力なの!?」

パワーブラック
 「見た目に惑わされるな!? 間違いなくデスリーの怪人だ!」

パワーブラックは相手の正体も分からないままモアナに突っ込んだ。
モアナはただ、『効果が今ひとつだから』ハイドロポンプを選んだだけだ。
パワーブルーの正体はマリルリ、スーツで正体を隠してはいるが、特徴的な尻尾はスーツの外に出ていた。

パワーブラック
 「くらえ! フリーフォール!」

パワーブラックはモアナの腰を掴むと一気に飛び上がる。
その正体はルチャブルだろう、モアナは冷静に技をくらいながら思案した。

モアナ
 (そこそこやりますね、でもこの程度ならまだ……!)

モアナは目を光らせた。
神秘的な光がモアナを包むとパワーブラックを巻き込んだ。

パワーブラック
 「ぐあー!? この力はー!?」

モアナが放ったのはサイコキネシス、それもかなり弱めに手加減したサイコキネシスだ。
パワーブラックは技の途中でモアナを離してしまう。
モアナは低い天井を気にしながら頭上で滞空した。

パワーブルー
 「エスパー技まで使えるの!?」

パワーブラック
 「くそ!? 相性が悪いのか!?」

モアナ
 「ここから出ていってください、そうすればこれ以上手は出しませン」

モアナは低い口調でそう言うと、ヒーロー二人はよろめいた。

パワーブルー
 「そ、そんな事言われたって……私達ヒーローは……」

モアナ
 「ヒーロー? 誰かを傷つけてまでヒーローとは全てが許されるのですか?」

パワーブルー
 「うう!?」

モアナはゆっくりと地面に着地すると、大きな翼状の両手を広げる。
そして、腰の裏の鰓状器官から空気を吸引する。
周囲の気圧がみるみる間に下がっていく。
やがてモアナの周囲に空気が逆向き始めた。

パワーブラック
 「ち!? やばい! ブルー! 一気に仕掛けるぞ!」

パワーブルー
 「う、うん! ごめんね! 怪人さん!」

パワーブラックはインファイト、パワーブルーはアクアテールを振り回した。

モアナ
 「ゴメンナサイ? その労りをもっと正しく事えたら……!」

モアナは接近する二人に対して無防備に口を開いた。
その直後、強烈な風が起きた。
モアナのエアロブラストチャージ2、連射可能な通常のエアロブラストと違い、この技は同じ技を原理としつつ、長いチャージ時間を必要とするが強烈なエアロブラストを放てる。
モアナの周囲には爆風めいた強烈な風が一気に低気圧から正常な気圧に戻ろうとする、一方エアロブラストに巻き込んだヒーロー二人は台風を遥かに越える、気象兵器とでも言える一撃に秘密基地から一気に吹き飛ばされた。

モアナ
 「ふぅ……ミッション、コンプリート……デスかね?」

モアナは本当に優しい娘だ、あの押し入り強盗同然のヒーロー二人が無事なのを念視で確認すると、その漆黒のラバースーツはモアナの制御装置の中に戻っていく。
そこにはもはや、清掃員のモアナしかいない。



***



デスリー秘密基地中層、通称Fブロックはタキオン科学兵器研究所の直上だった。
タキオンは重たいハドロン粒子加速器をもちながら戦場へと歩む。
その姿を心配げに見ているのはジバボーグだった。

タキオン
 「うふ、ふふふふふ……!」

ジバボーグ
 「あ、あの? 本当に大丈夫なんですか?」

タキオン
 「なにがだい? 私なら問題ない! ああ、それよりも早く畜生共に教えてやりたいなぁ、デスリーの恐怖をさ!?」

ジバボーグが心配したのは勿論そっちじゃない。
タキオンは可愛く言ってみれば激おこプンプン丸、まぁ多分にマッドな顔は間違っても可愛げなどないのだが。
ジバボーグが心配したのは勿論侵入者の方だ。

ジバボーグ
 「正面、敵影2!」

ジバボーグは驚異的な電子戦能力を持っている。
本来のジバコイルにはそれ程の機能は持っていなかったが、高い機械化への親和性があったため、改造された両肩にあるセンサーはどんなレーダーやソナーよりも優秀だった。
ドクタータキオンはニヤリと笑うと、ハドロン粒子加速器を稼働させ始めた。
砲身から放たれる青白いスパーク、ひと目でやばい兵器だとジバボーグも直感する。
願わくば当たらない事を祈るばかりだ。

タキオン
 「さぁさぁさぁ! 目には目を歯には歯を! ハドロン粒子ビーム! 照射!」

タキオンが無骨なスイッチを押すと青白い閃光が放たれた。
それはスパークを発生させ空気をイオン化させていく。
タキオンの目の前は全て、ハドロン砲のエネルギー嵐に飲まれて消滅するのみだった。


 「な!? 何だ今のは!?」


 「ひ、ヒィ!? もう嫌よー!?」

ジバボーグ
 「敵影2、健在」

情けない悲鳴が通路の奥から聞こえていた。
タキオンは粒子加速器をその場にガシャンと落とすとツカツカ歩き出す。
その顔は非常につまらないといった顔で、ブカブカの白衣のポケットに手を突っ込みながら、泣き言を言っていた二人に近づいた。
一人は黄色いヒーロースーツを纏った太めの男性。
もう一人はピンクのヒーロースーツを着た女性だった。
ハドロン砲の直撃を運良く免れたようだが、地面にへたり込んでいた。

ドクタータキオンはそんなパワーピンクを見下ろした。
「ヒッ!?」と、パワーピンクは悲鳴を上げると、ドクタータキオンはニンマリと嫌らしく笑った。

タキオン
 「丁度モルモット君が欲しかった所だ、君は良いモルモットになる……♪」

その顔は正にマッドサイエンティストそのもの。
もはや隠す気のない狂気がパワーピンクを襲った。

パワーピンク
 「い、いやあああ!? 死にたくない死にたくない!?」

パワーピンクは頭を抱え込むと念動力を放った。
慌ててドクタータキオンは薄紫の念動力を放出してバックステップ。
パワーピンク、どうやらエスパータイプのPKMと推測できる。

タキオン
 「大事なモルモットを殺しはしないさ〜! まぁ不慮の事故は勘弁してほしいけどね?」

パワーピンク
 「嫌ァァァァ!?」

パワーピンクは追い込めば追い込むほど強力な念動力を放出した。
その性格は弱気そのもの、しかし念動力はドクタータキオンでも目を見張るレベルだ。

タキオン
 「ふーん、興味深いねー、今特にエスパータイプのPKMが欲しかったんだよ♪」

ジバボーグ
 「それ、本気ですか?」

ジバボーグは呆れたように突っ込む。
ジバボーグもパワーピンクの放つ暴走した念動力を受けているが、自慢の分厚い装甲で受け止めていた。

パワーイエロー
 「くっ!? パワーピンク! 気をしっかり持って! 援護するぞ!」

バチバチバチ!

パワーイエローは電気タイプのようだ。
デンリュウのPKMで、強力な電気を放っていた。
しかし……その力はジバボーグと相性が悪過ぎた。

ジバボーグ
 「マグネットアンカー! 射出!」

ジバボーグは右手に装備されたU字型磁石の形状をしたアンカーを高速射出した。
それはパワーイエローの電力に反応し、まるで誘導ミサイルのようにパワーイエローの腹部に突き刺さった。

パワーイエロー
 「ぐは!?」

超電磁怪人ジバボーグに対して電気タイプは相性の上では最悪だった。
パワーイエローは十万ボルトを放とうとしたが、マグネットアンカーを通じてその電力はジバボーグが吸収していた。

ジバボーグ
 「かなり規格外の力を持った電気タイプですね」

タキオン
 「でなければヒーローにはなれん、ヒーロースーツの賜物かな?」

タキオンは既に敵ヒーローチームの分析を始めていた。
パワーイエローもパワーピンクもかなりの力がある。
まぁそうは言っても、ゲノセクトエース程の力はないようだが。
悪い言い方をすれば、本来5人チームがバラバラに攻めてきたのはミスだと言える。

タキオン
 「興ざめだ、先ずは目だ、耳だ、鼻だ! とやりたかったのだが」

ジバボーグ
 「それ以前にハドロン砲で消し去ろうとしましたよね?」

ジバボーグの冷静な突っ込みもドクタータキオンは舌を出して戯けてみせた。

パワーイエロー
 「ぐうう!? 強い!? デスリーの怪人がこれ程とは!?」

パワーピンク
 「あ、い、イエロー……」

パワーピンクがイエローに手を差し出した。
パワーピンクはイエッサンというこの世界では珍しいPKMだった。
俗に新世代とも言われる未知のポケモン、パワーイエローに触れると、ジバボーグのマグネットアンカーを外した。
そして、周囲にサイコフィールドが張り巡らされる。

タキオン
 「おやおや敵さん本領発揮? サイコフィールドか」

ジバボーグ
 「解析、技ではなく特性で放ったようです」

タキオン
 「サイコメーカー? ならば彼女はカプ・テテフ?」

ジバボーグ
 「照合完了イエッサンと思われます」

タキオンは「フーム」と顎に手を当て思案した。
ますます興味深い個体だ。
だが、相手に勢いづかれると不味い。

タキオン
 「ジバボーグ君! 黄色い方頼めるかな!?」

ジバボーグ
 「お任せを! マグネットボム!」

パワーピンク
 「はぁ、はぁ! 駄目……私がこんなんじゃ、皆を守らないと!」

パワーピンクはよろよろと立ち上がると、目の前に光の壁を出現させた。
それはパワーイエローも隠し、マグネットボムは光の壁に阻まれ、威力が減衰する。

タキオン
 「ち、面倒だな」

タキオンはサイコキネシスを練った。
それをパワーピンクに放つ、しかしパワーピンクも直ぐに対応した。
同じサイコキネシスの相殺、しかしその力はパワーピンクが上回った!

ジバボーグ
 「危ない!」

パワーイエロー
 「くそ! こっちも喰らえ!」

ジバボーグはタキオンを庇った。
イエッサンのサイコキネシスの直撃を受けると同時にパワーイエローが放った竜の波動が襲いかかる。

ジバボーグ
 「くっ!? ダメージあり」

それには如何に改造され、強固とはいえ二人の猛襲にダメージはあった。

タキオン
 「ふむ、まずいな」

ジバボーグ
 「ドクタータキオンはお引き下さい、ドクターは怪人ではないのですから」

ジバボーグはまだ余裕そうに微笑んだ。
実際まだ交戦は可能だ、だが2対1は少し厳しいか。
タキオンはパワーピンクとの打ち合いを見ても分かるように、あくまで非戦闘員だ。
非戦闘員にしては高度なサイコキネシスを扱うが、それでもヒーローや怪人と同レベルではない。
あくまで科学者でしかないタキオンは本来前線に出るべきじゃないのだ。

タキオン
 「その通りなのだが……」

タキオンは少し逡巡した。
本来冷静な彼女ならば、一旦引くことも選択肢に入れた筈だ。
しかしやはりまだなお怒っているのだろうか?
なんとか解法がないか、その天才的頭脳で高速演算をしていた。

パワーイエロー
 「とりあえず後ろの怪人を!」

タキオン
 「むう、せっかちな事だ、落ち着き給え!」

等と敵に忠告するも聞いてくれる訳もなく。
まぁタキオンには分かりきっていた事だが。

タキオン
 「ふむ、仕方ない、アレを使うか」

ジバボーグ
 「アレ? ですか?」

ジバボーグはパワーイエローの放った10万ボルトを磁力で自分に向け、タキオンを庇うと平然そうに振り返った。
タキオンはやや、後ろに落としたハドロン粒子加速器を持ち出した。

ジバボーグ
 「え? それって?」

ジバボーグは目を点にした。
決まれば凄まじい威力を誇る非人道兵器だが、そのハドロン砲には欠点がある。

タキオン
 「ハッハッハ! もう少しお痛たが必要なようだね!? ならばこのハドロン粒子加速器で、灰も残らず消し飛ばしてやろう!」

パワーピンク
 「!? まさかさっきの謎の光!?」

パワーイエロー
 「や、やばい!? 狙い撃ちされたら俺たちは!?」

タキオン
 「そうさ! 遺灰も残らないなんて悲しいねぇ! さよならバイバイの準備は出来たかい!?」

やたらテンションの高いドクタータキオンに、大慌てのパワーピンクとパワーイエロー。
そんな三人を表情には出さないが、ジバボーグは怪訝にしていた。

ジバボーグ
 (あのハドロン砲、一回使うと壊れる筈じゃ?)

事実、ハドロン粒子加速器からはなんのエネルギーも検出出来ない。
つまり一度の使用でスッカラカンなのだ。
とどのつまり、今ドクタータキオンがやっているのは。

タキオン
 (ハッタリだ、あまり理想的ではないがね!)

だが、タキオンには自信があった。
相互確証破壊は相手を危険と認識して初めて成立する。
相互確証破壊の真髄は、不可侵状態に持ち込むことで、双方の壊滅的被害を免れる。
そして、敵の本命は単なる破壊工作に非ず、それをドクタータキオンは優れた頭脳で解析していた。

タキオン
 「アーッハッハッハ! さぁそのチンケな命を散らしたいのはどっちだい!?」

パワーピンク
 「この……悪魔!」

パワーピンクは口では罵りつつもその腰は退いていた。
パワーイエローはパワーピンクの手を掴むと頷く。

パワーイエロー
 「目的は既に達成した、引くぞ!」

パワーピンク
 「わ、分かったわ!」

二人はそう言うと直様その場から撤退した。

タキオン
 「ハッハッハ! 釣りはいらないよ! とっておきな! ズドォォン!」

タキオンの脅しにビクつく二人、実にタキオンは楽しげだ。

ジバボーグ
 「正に悪魔ですね、口先の悪魔」

タキオン
 「ふ、こう見えても口頭弁論では負けた試しがないのでね!」

それはドクタータキオンの性格が生んだ勝利だった。
とはいえ、ハッタリに応じなかった場合どうする気だったのかは、ジバボーグにはわからなかった。
あるいはこの超天才も考えているようで、考えていなかったのかもしれない。

ジバボーグ
 「私、他の場所の救援に向かいます」

タキオン
 「うむ、後は君にとっては雑魚ばかりだろうが、無理はしないようにな」

敵の大半はロボット軍団、それならばジバボーグの敵ではない。
しかし問題もある、残るVファイブはパワーレッドのみ。
Vファイブのリーダー格パワーレッドはジバボーグ君一人では厳しいかもしれない。



***



パワーレッド
 「……ふむ、素通りか」

パワーレッドは山頂、Cブロックから侵入を果たしていた。
山頂は開けており、小さなヘリポートの姿まである。
航空写真には映らない徹底した偽装、悪の組織らしい。
しかし、パワーレッドは想定よりも敵の数が少ないと感じていた。
今回は山田裕次郎の直々の命令としてこの陽動作戦に参加した。
今頃、本命はゲノセクトエースが熟している頃だろう。
パワーレッドは静かに秘密基地を侵入していく。
他の場所からは戦闘音が聞こえる、たまたま空白地帯に入ったか?
パワーレッドの任務はあくまで陽動、敵にはまるでデスリー壊滅を狙っているかのように思わせる必要がある。
そのためにはパワーレッドも戦いに参加しなければならない……しかし。

シャーク将軍
 「そこまでだ、若いの」

突然パワーレッドの前に白い海軍コートを着た爆乳美女が大きな棒を持って、目の前に立ちふさがった。
鋭い眼光、ギザギザのノコギリのような歯、術中間違いなく最近新しく確認された怪人、二代目シャーク将軍だ!

パワーレッド
 「シャーク将軍!? 噂には聞いていたが……本当に代替りしたのか?」

それを聞いてシャーク将軍は「チッ!」と舌打ちした。
パワーレッド、全身を赤に染めたヒーロースーツを纏った変身ヒーロー。
その力の源は超存在より地球を守る為に託された力だという。

シャーク将軍
 「やってくれるなヒーロー共、だが此処から先は一歩も行かせん!」

パワーレッド
 「……光栄だな、デスリーのナンバー1と評される怪人と戦えるとは!」

そう言うとパワーレッドは両腕から炎を吹き出した。
それを凶悪な目で見ていたシャーク将軍は冷静だ、静かな闘志で相手の正体を探る。

シャーク将軍
 「バシャーモか」

パワーレッド
 「そういう貴女はサメハダーだろう!? 怪人とはいえ女性を殴るのは遠慮したいが!」

パワーレッドは呆れる程の好青年っぷりだった。
だが女扱いされてシャーク将軍が黙っているはずがない。

ブオン!

シャーク将軍が持つ鉄の棍棒は空気を切り裂いた。
ただ風圧がパワーレッドを襲うのみ。
だが、シャーク将軍はそんな舐めた態度を取るパワーレッドに激しい感情をぶつけた。

シャーク将軍
 「巫山戯た事を言っておると、貴様死ぬぞ?」

並の男ならこれだけの気迫を放つシャーク将軍の前では恐ろしくて立っていられないだろう。
だがパワーレッドは違う、静かに拳を振り上げ、戦う意思を見せた。

パワーレッド
 「まだ死ぬわけにいかないん……でね!」

パワーレッドも瞬間的に踏み込んだ。
強烈な蹴り技がシャーク将軍を襲う!
しかし、シャーク将軍はそれを見切り、刹那的に回避した。

シャーク将軍
 「はぁ!」

シャーク将軍は射程距離に入ったパワーレッドに棒を振り下ろした。
顔面を狙った一撃、パワーレッドはすかさず後退する。

シャーク将軍
 「ち、外したか」

シャーク将軍は鉄の棍棒を軽々持ち上げると、ゆっくりパワーレッドに接近する。
達人同士の戦いだ、二人には周囲の戦闘音は徐々に小さく遠ざかった。

パワーレッド
 「凄い俊敏性、目もいい……!」

シャーク将軍
 「次は外さん……!」

シャーク将軍は再び棒を構える。
さっきは当てられなかった、しかし次は当てる。
そう気迫がオーラとなってシャーク将軍から溢れた。
パワーレッドは緊張して拳を握った。
格闘タイプの性か、強い相手を見ればワクワクする困った性分もパワーレッドにはある。
一歩、二歩、シャーク将軍はにじり寄った。
お互いの射程を探る。

先に仕掛けたのは棒を持つシャーク将軍だ、横薙ぎの一撃がパワーレッドを襲う!
だが、パワーレッドもそれに合わせた!
シャーク将軍よりも速く、その蹴りを合わせる!

パワーレッド
 「とった!」

シャーク将軍
 「甘い!」

突然シャーク将軍の棒が水を纏った。
そして水を噴出して、棒が加速する!
先に一撃を貰ったのは……パワーレッドだ!

パワーレッド
 「ぐは!?」

パワーレッドは吹き飛ばされた。
シャーク将軍が使ったのはアクアジェット、低威力だがスピードのある水タイプの技だ。

パワーレッド
 「ぐっ!? まさかあそこから加速するなんて!?」

パワーレッドは当たる瞬間、身を捻っていた。
恐るべき動体視力だ、ダメージを最小限に押さえてきた。
パワーレッドは再び距離を放すと、三度目の差し合いとなった。

シャーク将軍
 「……」

シャーク将軍は無言でパワーレッドを推し量る。
個としての実力は敵ながら素晴らしい。
その実、パワーレッドの本当の強さは洞察力と分析する。
恐らく先程のような小細工は2度は通用しまい。

シャーク将軍
 「ならば!」

シャーク将軍が棒を頭上に振り上げた!
すると、棒に渦を巻くように水が纏わりつく!
パワーレッドは警戒した。

パワーレッド
 「先程の技か!? いや、違う!?」

シャーク将軍
 「受けよ! 我が渾身の一撃! アクアブレイク!!」

シャーク将軍は一気に踏み込んだ。
そしてその強烈な一撃をパワーレッドに振り下ろす!
しかしパワーレッドは!

パワーレッド
 「その奥義に応えよう! ブラストバーン!!」

パワーレッドは両手を前に突き出した!
そこから放たれる超高温の炎、今両者の一撃が炸裂する!

ズガァァァン!!

デスリー秘密基地が揺れるほどの一撃、両者は爆炎の中から後ろへと吹き飛んだ。

シャーク将軍
 「ぐっ!?」

パワーレッド
 「ぐわ!?」

シャーク将軍は、なんとか踏みとどまった。
恐ろしい一撃だ、アクアブレイクでいくらか威力を減衰出来たが、正にパワーレッドの奥義だった。

一方パワーレッドは片膝をつく。
技の威力で上回ったが、タイプ相性の悪さは覆せなかった。

パワーレッド
 「はぁ、はぁ! やっぱり……貴女は強くて美しい!」

シャーク将軍
 「ええい! さっきから貴様言わせておけば! 美しいは余計だ!」

パワーレッド
 「ハハハ! 謙遜することはない! 少なくとも俺は貴女のような凛々しくも強く気高く、美しい女性は見たことがない!」

シャーク将軍
 「な、なななな!?」

シャーク将軍の顔は見る見る赤くなっていった。
パワーレッドは大真面目にシャーク将軍を『女性』として褒めているのだ。
いや、それ以上……かもしれない。

パワーレッド
 「貴女に惚れた! ここは引かせてもらうが! 貴女は必ず俺が悪の手から救うぞ! さらば!」

シャーク将軍
 「ふ、ふふふふ、巫山戯るなぁ!!?」

シャーク将軍は鉄の棍棒を地面にぶん投げた。
パワーレッドは速やかに撤退した。
見事な引き際だとシャーク将軍もパワーレッドを褒めようが、今は女扱いされた事への憤慨が大きかった。



Part2に続く。


KaZuKiNa ( 2022/02/08(火) 18:08 )