第一部 世界征服を目指す物語
第十章 デスリーの危機、狙われた山田美陽 Part2

Part2



美陽
 (私……また、嫉妬した?)

私は当夜様の下校を校門前で待っていた。
そこまでは私の精神は正常だった。
しかし当夜様が出てくると、私の心拍数が上がるのが分かった。
その意味は喜びなんだと思う。
でも、当夜様が風子さんに目を向けると私は少しだけ胸がズキリとした。
私はそれを嫉妬なのではと認識した。
でも、何故当夜様が私以外を見た時、そんな風に思ってしまったのだろう?

美陽
 (私は当夜様の警護が任務内容だ、私情を挟む訳にはいかない……でも)

(当夜
 「美陽さん、なにかしてほしい事とかってない?」)

私は心が動かされた。
感情を制御しているのに、喜びが制御を振り切った気がした。
本当は当夜様と手を繋ぎたかった。
指と指を絡めて、俗に言う恋人繋ぎをしたい。
それだけ……そんな些細な望みだった。
しかし私はそれを否定してしまった。
私が当夜様に望む物などあってはならない。
私は当夜様、そしてデスリー総統にただ尽くすだけの存在。
寧ろ当夜様の望みはなんだろう?
いや分かりきっている事だ、当夜様の望みは男らしくなること。
しかしそれは私には叶えられない。
果たして私には当夜様に何をしてあげられるのだろうか?
普段の日常生活のサポートではない、それでは意味がないのだ。

美陽
 (あの海での失態……私はこれ以上ミスは許されない)

私に今も強く後悔が残っていたのは海での一件だった。
当夜様を護らなければならないのに、本来ならば危険地帯に絶対に近づける訳にはいかなかった。
しかしデスリー総統の命令は絶対だ、私は押し切られてしまった。
その結果、あの惨事を招いてしまった。
私は感情を爆発させ、テロリストを殺そうとしてしまった。
本来の私ならばありえない、だが極限状態が私のリミッターを外してしまったのだ。
私は不安定で危険な力があるからこそ精神制御を受けて安定させている。
酷い失態はもう出来ない、でなければきっと私は当夜様に嫌われてしまうだろう。

美陽
 (っ、嫌われたくない……もっと、当夜様と一緒にいたい)

私は横を歩く当夜様をチラリと見た。
しかし、直ぐに目を離した。

当夜
 「うん? 今なにかあった?」

だが、当夜様は私の些細な動きもよく見ていらっしゃる。
私はそれが嬉しかった、しかしこれではいけない。
私は何事も完璧に熟さなければならない、些細なミスも許されないのだ。

美陽
 「いえ、なんでもありません」

私はそう言うと平常心を取り戻した。

風子
 「……」

しかし……風子さんはじっと私を見てきていた。
風子さんは見た目こそ普通の少女に偽装しているが、その中身はあくまで怪人ジバボーグだ。
ジバボーグの性能は素晴らしい、隠蔽力はゲノセクトエースにさえ通用したし、なにより探知能力は群を抜いている。
そんな怪人ジバボーグが本気で私を感知している。
私は全てをコントロールしてみせる、弱みはあってはならない。

風子
 「……残念ながら私では美陽さんの感情揺れの最小値を検出できません……ですが、これはジバボーグではなく、渚風子として直感します、美陽さんなにかあったんですか?」

風子さんまでそんな事を言ってきた。
風子さんは明確に私の思考や感情をデータに出来る訳ではない、私の脳波や心拍音からその変化をデータとして変換し、それを記録している。
この方法では私は追えない、でも風子さんまで当夜様や睦美みたいな事を言い出すとは。

美陽
 「……なんでもありません」

私はそう言うと風子さんは心配そうな眼差しを向けたあと、仕方なく当夜様に向き直った。

風子
 「あ、そうだ当夜様、今日の特訓なのですが?」

当夜
 「ああ、お昼ごはん食べたらすぐ行く?」

風子さんは当夜様といつも放課後に特訓をしている。
当夜様は専らコーチング役で、それにたまに今日のようにモアナさんが混じる事もある。
普段の日常的な光景だ、でも風子さんが楽しそうに当夜様と話すその姿を私は少しだけ羨ましいと思った。

美陽
 (風子さんは当夜様と色んな事を共有出来る、話題だって尽きない、本当に仲が良くて羨ましい)

私は少しだけ拳を握った。
でも私は風子さんじゃない、風子さんのようには決してなれない。
当夜様と楽しく会話することも、話題にできるような話も私は何も持ち合わせていない。
当夜様と共有出来る趣味も無い私はこんなにも当夜様と遠かったのか……それを風子さんと当夜様の仲の良さから嫉妬してしまう。

美陽
 「あの、当夜様」

当夜
 「えっ? ど、どうしたの美陽さん?」

突然私は二人の会話に割って入ってしまった。
それに当夜様は驚かれてしまう。
私はしまったと思ったが、感情から言葉が出てしまったのは仕方がない。

美陽
 「そ、その……今日のご夕飯は、いかが致しましょう?」

……私は何をやっているんだろうか?
私から話しかけておいて、結局内容はこんな当たり障りのない話。
しかもこんな時間から?
私は自分が嫌になった。
こんなのは完璧な私とは言えない。

当夜
 「あー、うーん……そうだねー」

当夜様もきっと戸惑っている。
晩御飯をどうしようなど、こんな正午前に言ってどうする?
見ると風子さんは頬に手を当てクスクス笑っていた。

美陽
 「風子さん、なにか?」

私は気になって風子さんに聞いてみた。
しかし、風子さんは笑顔を絶やすことなく言う。

風子
 「頑張ってください、応援します!」

……意味がわからなかった。
何を頑張れと? 応援と言われても何を応援されているのだろう。

風子
 「当夜様も! 美陽さんをもっと構ってあげて下さいね?」

当夜
 「えっ? 僕も!?」

当夜様は私の顔を上目遣いで覗くと、顔を赤くして頭を掻いた。
当夜様は小さくて可愛らしい、それに私と違い喜怒哀楽も豊かで、だけどそれがとても不安になる。
私は一時も当夜様を視界から外したくない。
でもそうすると当夜様は迷惑がる、私の想いとは裏腹にそれは許されないのだ。

当夜
 「うう〜、そ、その美陽さん?」

当夜様は照れて耳まで真っ赤にしていた。
私は当夜様の言葉を待つ。

当夜
 「美陽さんは……」

私は……?
しかし、その直後「ブー!ブー!」と胸元に装備されたピンバッチに偽装した通信機が鳴り出す。
私達はそれに言葉を詰め、デスリーからの緊急指令なのだと実感した。

美陽
 「タキオンどうした? 一体なんの用だ?」

ピンバッチは私とタキオンを直通で繋げてある。
つまりピンバッチに連絡が入ったのはタキオン直通の証だった。
しかし、通信の向こう側はそんな平穏な状況ではなかった。

タキオン
 『ペレ! デスリー秘密基地が何者かに攻撃を受けている!』

美陽
 「っ!? 貴方は!? 無事なのですか!?」

タキオン
 『今の所はな! それよりもだペレ君! そこにデスリー総統はいるな!?』

私は当夜様を見る。
当夜様は事態を察して緊張の中頷いた。

美陽
 「いる、それで連絡は?」

タキオン
 『ふ……ならペレ君は役目を果たし給え! デスリー総統と一緒に逃げろ!』

美陽
 「っ!?」

衝撃的だった、でもそれが当然でもある。
今デスリーが攻撃を受けているなら、当然狙いは当夜様の筈だ。
戦場から真逆に遠ざかる、当夜様を警護するなら当然の考えだろう。

風子
 「はい、分かりました。直ぐに救援に向かいます!」

一方、風子さんにも別命が下ったようだ。
風子さんは偽装を解きジバボーグの姿を現すと、私と当夜様を見て。

ジバボーグ
 「私は緊急用テレポーターで秘密基地に直行します、ペレさんはどうかお気を付けて!」

当夜
 「ま、待って! そ、そんなにデスリーはやばいの?」

当夜様が顔を青くする。
これは良くない傾向だ。
そして経験がある。
しかしジバボーグは極めて笑顔で。

ジバボーグ
 「安心してください♪ 私は凄く強いんです! それにデスリーはそんなヤワじゃないです!」

ジバボーグはそう言うと内蔵したドクタータキオン謹製テレポーターで瞬間移動した。

美陽
 「当夜様、私は当夜様をお守りします!」

私は当夜様の腕を握った。
だが、当夜様は動こうとしない。
やっぱり……これでは海の時と同じ?

当夜
 「ぼ、僕達は助けに行かなくていいの?」

美陽
 「お言葉ですが、当夜様あってのデスリーです、この段階で秘密基地を襲撃されたならば、その意味は当夜様……」


 「……じゃ、ないとしたら?」

突然だった。
空から紫色の全身スーツを纏った女性が私の目の前に降り立った。
それはゲノセクトエースだった。

ゲノセクトエース
 「山田美陽、いや怪人憤怒のペレ、お前に用がある」

美陽
 「ゲノセクトエース!?」

当夜
 「そんな!? 何故美陽さんに!?」

ゲノセクトエースは当夜様に一瞥した。
私は当夜様を庇うように、ゲノセクトエースの視線を遮った。

ゲノセクトエース
 「その様子……そうか、そうだったのか、君がデスリー総統だったんだね」

当夜
 「……!」

美陽
 「違う! この方は無関係だ!」

ゲノセクトエース
 「そうね……今のところは」

ゲノセクトエースは当夜様への興味を失せたのか、今度は私を見る。
私は緊張した、当夜様を守りきれるのか?

美陽
 「当夜様、私がゲノセクトエースに仕掛けると同時にお逃げ下さい」

当夜
 「で、でもそれじゃ美陽さんは?」

私は小声で当夜様に逃げるように忠言する。
しかし当夜様はお優しくも甘い、私の心配をしてくださった。

美陽
 「私は当夜様をお守りする、それが私に下された任務ですから」

私は一瞬前屈みになる。
ゲノセクトエースは油断なく構えた。
私は一気に飛びかかると、右ストレートパンチをゲノセクトエースに放った。

ガキィ!

しかし、ゲノセクトエースはそれを両腕でブロックする。

ゲノセクトエース
 「くっ!? 予想以上に重い!? だけど!」

ゲノセクトエースは直ぐに反撃してくる。
彼女は私の腕を取ろうとしてきた。
だが私は構わない、後ろを見て当夜様に叫ぶ!

美陽
 「当夜様! 速く!」

当夜
 「っ……!」

当夜様は後ろに駆け出した。
私は安堵する、当夜様は我が身を顧みない所があるからいつも肝を冷やしてしまう。
でもこれでいい、これで気兼ねなく戦える。

ゲノセクトエース
 「そんなにあの少年が大切なの? お姉様?」

ゲノセクトエースは私の腕を掴むと、凄まじい力で私を拘束する。
私は表情を歪めながら言った。

美陽
 「貴様に姉呼ばわりされる謂れはない!」

ゲノセクトエース
 「そう、やっぱり記憶も都合の良いように弄くられているのね! お姉様!」

ゲノセクトエースは私を押し倒した!
私が下でゲノセクトエースは私が逃げられないように上から抑え込む。
私はゲノセクトエースに蹴りを入れるが、ゲノセクトエースは動じない。
その表情の映らないヘルメットの内側でどんな顔をしている?
山田紫穂……朦朧とする記憶の中、その名前が浮かんできた。
私と同じ山田の姓を持つ女。

山田裕次郎、私の中でノイズ混じりの映像が、記憶の中にこびりつく。
私は壊れてしまったのか?
記憶の奥底に眠る不安。
私は感情を制御されて初めて完成された怪人だ。
いくら強い力があっても、それを制御できないのであればそれは失敗作と同じ。
私の不安はまるで死神が微笑むように私を蝕んでいた。

ゲノセクトエース
 「お姉様、貴方の忠誠心は造られたもの! それは紛い物の記憶と感情なの!」

美陽
 「だ、黙れ……! 私の忠誠心を侮辱するな……!」

私はゲノセクトエースに全力で抵抗した。
だがゲノセクトエースの力は凄まじく、私はゲノセクトエースを返せないでいる。

ゲノセクトエース
 「もし脳をかき混ぜられて、その苦しみに囚われているなら……私が!」

ゲノセクトエースが拳を振り上げた。
私は瞬時に頭部を護る。

ゲノセクトエース
 「止めてみせる!」

まずい、ゲノセクトエースが本気ならばたとえ防御してもゲノセクトエースの一撃は容易に私の頭蓋さえ砕くだろう。
だが、突然ゲノセクトエースの背中に影が差した。


 「うわああああああ!」

それはやけっぱちの悲鳴めいた声だった。
そしてそれは私が酷く聞き覚えのある声でもあった。

美陽
 「当夜様!?」

当夜
 「美陽さんから離れろー!?」

それは当夜様だった。
当夜様は必死の形相で木製バットを持ってゲノセクトエースに振りかぶる。
しかしゲノセクトエースは素早い、当夜様は木製バットをゲノセクトエースに後ろから振り下ろすも、ゲノセクトエースは右腕一本でそれを破砕、当夜様は衝撃で後ろに吹き飛ばされた。

当夜
「くう!?」

ゲノセクトエース
 「少年、君では役不足だ」

美陽
 「く!? 貴様ぁー!?」

私はゲノセクトエースに殴りかかる。
ゲノセクトエースが身を引くと、その隙にゲノセクトエースの拘束を脱して立ち上がった。

当夜
 「うぅ、美陽……さん?」

美陽
 「当夜様!? ご無事ですか!?」

私はゲノセクトエースを無視して、直様当夜様を介護しに向かう。
当夜様は頭を抱えて朦朧としていた。
当夜様、貴方は逃げたはずでは……?

美陽
 「当夜様、何故……戻って来たんですか?」

当夜
 「なんでって……そんなの当然じゃないか、僕達家族みたいな物じゃないか」

当夜様はそう言うと、私の腕の中で笑った。
家族? 私は家族なんて知らない。
産まれた頃から両親なんておらず、デスリーで戦闘員として過ごしてきた。
そんな私を……当夜様は家族と?

美陽
 「そ、そんな理由で……!」

当夜
 「そんなじゃない! それが大事なんだ!」

私は優しく当夜様を放すと、もう一度ゲノセクトエースと対峙した。
ゲノセクトエースは強い、恐らくあれでも手心を加えている。
本気なら私は何回死んでいただろうか?
そんな強敵に私が出来る事なんて少ない。
だが当夜様だけは必ず守り切る。

美陽
 「……ありがとうございます、当夜様……こんな私を、家族と言ってくれて」

当夜様
 「美陽さん?」

美陽
 「……当夜様、どうかお許しを!」

私は当夜様の不意をついて、首の裏に手刀を放つ。
すると小さな悲鳴を上げて当夜様は気絶してしまう。

美陽
 「当夜様……こんな駄目な私をお許しください、当夜様一人、いえ私一人守れず当夜様の警護など……」

私は道の端に優しく当夜様を寝かせると、ゲノセクトエースと向き合う。
ゲノセクトエースは両腕を下ろし、戦闘態勢ではなかった。
いや、そもそも必要がないのだ……私ではゲノセクトエースを本気にさせる事もできないのだから。

ゲノセクトエース
 「本当に大切なのね、その少年が」

美陽
 「はい、命よりも」

ゲノセクトエース
 「だが、その愛情さえも作られた物なら?」

美陽
 「愛情?」

私は自身が持つ当夜様への想いを知らない。
いや、正確には説明できない。
それではこれが愛情なの?

ゲノセクトエース
 「……愛情さえ知らないのか、デスリーはそこまでお姉様を……!」

美陽
 「……私は何故、お前がそんな事に怒るのか分からない……それでもお前や当夜様には重要なんだな……?」

私はきっと悲しい顔をしたんだろう。
だって私は愛情さえ知らない。
デスリーでは愛情は教えてもらえなかった。
私は完璧な怪人である事がただ求められていた。
でも当夜様とゲノセクトエースはそれを知っている。

ゲノセクトエース
 「山田美陽! お前をお父様の下に連れて帰る、それが私の任務だ!」

美陽
 「……従わないと言ったら?」

ゲノセクトエース
 「力づくで連れて帰る!」

美陽
 「……一つ約束してください。当夜様には手出し無用……それを約束していただけるなら私は投降しましょう」

ゲノセクトエースは一度だけ気絶した当夜様を見た。
私にはもはやゲノセクトエースから逃げる術はない、元よりゲノセクトエースの目的が私である以上、私と当夜様が一緒にいる事自体が当夜様の危険に繋がるのだ。
だから……後はゲノセクトエースの善性を信じるしかない。

ゲノセクトエース
 「約束する。もし彼が上乃子当夜として普通の少年として生きるなら、私が君の代わりに彼を守ろう」

美陽
 「……」

私は抵抗しなかった。
ゲノセクトエースは私の腕を掴むと。

ゲノセクトエース
 「こちらゲノセクトエース、目標の確保に成功、帰還する」

ゲノセクトエースがヘルメットの内側に内蔵されているであろう通信機にそう言うと、上空に2機のローターを持つ航空機が出現する。
恐らくゲノセクトエースを支援する航空支援機だろう。

私は最後に当夜様を見た。

美陽
 「さようなら、当夜様……」

その時不思議なことに私の瞳から一筋の涙が流れ落ちた。



***



当夜
 「う……く? 美陽さん!? 美陽さん!?」

僕は気が付くと気を失っていた。
ある時目を覚ますと僕は道すがらで気絶していた。
意識にあるのは美陽さんの顔。
今にも泣き出しそうで、僕はなんとかしなきゃって必死だった。
僕は必死にゲノセクトエースに立ち向かったけど、まるで敵いっこない。
ただ僕の目の前には美陽さんもゲノセクトエースさえもいなかった。

当夜
 「……美陽さん、どこ? 帰ったの……?」

僕は呆然としながら立ち上がった。
そのまま僕はフラフラと家路を辿る。
やがて僕は家に帰ってきた。
中に入れば美陽さんや風子さん、睦美さんが出迎えてくれる……そう、妄想して。

当夜
 「ただいまー」

ガチャリ。

僕は玄関を開けると中は暗かった。
そして恐ろしい程静かで、そこはまるで僕の孤独な心のようだった。
僕はリビングに向かう。

当夜
 「ねぇ? 誰もいないの?」

しかしリビングにも灯りはなく、ただ静寂があった。
皆がいると狭くて騒がしかったリビング、でも今は僕の声が虚しく響く一人には広くて薄暗い空間だった。
僕は無性に嫌な予感がした、直ぐに両親の寝室、今は美陽さんの部屋へと向かう。
だがその中は驚愕する事に、美陽さんの存在が抹消されたようにかつてのままだった。

当夜
 「あ…あ、うぅ……ぐす! ああああ!」

僕は自然と涙が溢れた。
なんでだ? 僕が情けないからか?
もっとしっかり身体を鍛えて、デスリー総統として力をつけていれば?
ただ、僕は泣き崩れた。
全てを失ったんだ……それはまるで、罰であるかのように。



***



ガチャリ。

僕は自分の部屋に戻った。
僕は睦美さんの部屋や風子さんの部屋も覗いたが、やっぱり彼女たちはいない。
それどころか、あったはずの彼女たちの私物すら消えていた。
そう、それは僕の右腕に巻いてあった変身グッズさえも。

僕はベッドに倒れ込むと色々考えた。
もしかすれば僕は夢でも見ていたんだろうか?
本当はずっと孤独で、寂しさを紛らわせたくて、あんな妄想を現実と錯覚していたとか。

当夜
 「おーい、ろとぼん、いないのろとぼん?」

いつも僕を監視している筈のろとぼんはいなかった。
やはりろとぼんでさえも、僕の前から消え失せていた。

当夜
 「うく……! 訳、わかんないよぉ、ああっ!」

僕は両手を瞼を覆った。
涙はいつまでも枯れなかった。
やがて、僕は疲れたのか簡単に眠ってしまった。



***



当夜
 「はぁ、はぁ、はぁ!」

僕は暗闇を走っていた。
僕は見えない闇の中を我武者に走った。

当夜
 「美陽さん!? 睦美さん!? 風子さん!? うしおさん!?」

僕は必死に有りもしない幻想にしがみついているのか?
彼女たちの顔を思い浮かべながら、必死に叫ぶも闇は泥のように重く、僕は前にも進めなくなっていた。

当夜
 「はぁ、はぁ……どうして?」

気がつけば僕は断崖絶壁の前にいた。
身体は泥のように重く、息も苦しい。
だが僕の目の前にはある異様が立ちふさがっていた。
それは巨人だった、有に100メートルはあるかという老人が恐ろしい顔で僕を見下ろしていていた。

当夜
 「何故!? 僕が何をしたって言うんですか!?」

巨人
 「黙りなさい、貴方は裁かれなければならない!」

当夜
 「何故!? 僕は普通の高校生ですよ!?」

どこかで記憶にある……その既視感の意味を探しながら僕は巨人を見上げた。

巨人
 「いいえ、貴方は……デスリー総統なのだ!」

当夜
 「っ!?」

僕は驚愕した。
そして忘れていた、僕はデスリー総統。
高校生は表の顔、裏では世界征服を目論む悪の秘密結社の総統なんだ!
巨人がハンマーを振り下ろす。
僕は咄嗟にジャンプしてそれを回避する。
僕の目の前には今、デスリー総統として過ごしてきた色んな記憶が駆け巡っていた。

無理矢理美陽さんに拉致られた時、僕はおっかなびっくりで泣きそうだった。
家族の知らない顔を初めて知って、それが正しいのか間違っているのかさえ分からないのに、僕はデスリー総統になった。
そしてドクタータキオンや、ジバボーグ、シャーク将軍、ペレさん……皆と出会い過ごしてきた。
怒った事もある、泣いたことだって……でもそれ以上に嬉しかった。

当夜
 「もしも、まだ僕がデスリー総統なら、やれることは残っている筈だ!?」

巨人
 「いいえ! ありません! 貴方は弱くて情けない存在なのだから!」

当夜
 「例えそうだとしても!! そんな弱くて情けない僕はもうおしまいにするんだっ!!」

僕は巨人の目の前に飛び上がると拳を握った。
そうだ、僕は弱くて情けない、いつも皆に迷惑かけてそして叱られて。
そんな『これまで』は今更変えられない、それでも僕はデスリー総統なんだ。
だから僕は覚悟を決める、まだ『これから』は決まっていない!

当夜
 「僕はもう誰も悲しませない! 僕はデスリー総統なんだーっ!!」



***



当夜
 「はっ!?」

僕は目を覚ました。
気が付くと寝ていたらしい。
外を見ると既に夕方だった。

当夜
 「そうだ、行かないと……!」

僕は直ぐに起き上がった。
僕は各部屋を見て回るが、やっぱり眠る前から変わらない。
まるで僕に忘れろと言わんばかりに、皆の私物が消え去っている。

でも、たった一つ……たった一つだけそれはあった。
学生鞄の中に仕舞っていた小さなお弁当だ。
それは今日美陽さんが間違えて用意してくれた物だ。
美陽さんがどうしてそんな初歩的なミスをしたのか分からない。
でも僕は弁当箱を開くと、そこにあったのは美陽さんの愛情が詰った物だった。

僕は空腹を覚える、外の風景を見ても結構時間が経っていた。

当夜
 「美陽さん、頂きます……」

僕は手を合わせ、今はいない美陽さんに感謝した。
そして僕はそのいつもの味になった弁当を頂くと、意思をはっきりさせた。

当夜
 「行くんだ! デスリー秘密基地に!」

僕は我武者羅に家を出ると走り出した。
秘密基地の場所なら知っている。
今の僕になにが出来るのか、それはさっぱり分からない。
でもやらなければ何も出来ない、それならばやるしかない。



***



当夜
 「はぁ、はぁ……はぁ! やっとついた!」

時間は既に深夜を迎えていた。
僕はひたすら走った、それでも結局体力が持つ訳もなく秘密基地の前に辿りついたのはこんな時間になってしまった。
後は基地の中に向かうだけだ。
僕は疲労で頭も身体もおかしくなりそうな中、気力で足を動かし入り口に向かった。
山間に隠された入り口、僕は真っ直ぐ迷うことなくトンネルに入る。
そして暫く進んだ後、異変に気が付いた。

当夜
 「隔壁が……」

デスリー秘密基地は山間に隠れている上に、トンネルの奥に隔壁や複雑な階層構造を持つ。
だが、今その第一の防壁とも言える隔壁が無残にも破壊されていた。

当夜
 「……お邪魔しまーす」

僕は部外者という訳では無い筈だけど、ついそう言ってしまう。
隔壁を乗り越えると中は相変わらず無骨な通路だ。
僕は誰かいないか探しながら暗い通路を歩く。

モアナ
 「あれー? 当夜さん? あ、いけない! ハーイル、デスリー!」

最初に遭遇したのは清掃員のモアナさんだった。
もしかして、モアナさんこんな状態でも清掃しているの?

当夜
 「あ、あはは……こんな時間に掃除、ですか?」

モアナ
 「アハハ〜、後始末は自分でするもので〜、あ!」

モアナさんはそう言うと何故か慌てて口を塞いだ。
あれ? なにかまずい事言ってたかな?
まぁとりあえずモアナさんが無事で良かった。

当夜
 「モアナさん、基地襲撃があったって聞いたんですけど?」

モアナ
 「そーなんデス! よく分からん不届き者が一杯きましたー!」

モアナさんはそう言うとプンスカプンと興奮気味に両手を上げた。
どうやら襲撃があったのは本当のようだ。

シャーク
 「これ、モアナ! さっきから何を騒いでおる!?」

当夜
 「シャーク将軍!?」

通路の奥からシャーク将軍が出てきた。
シャーク将軍は僕を発見すると、思いっきり驚いていた。

シャーク
 「と、当夜様!? 何故ここに!?」

当夜
 「えと……なんとか辿り着きました」

僕はなるべく笑顔を浮かべた。
でも正直涙が出てきそうで、僕は我慢するので一杯だった。

シャーク
 「当夜様……まだ、デスリー総統であらせられるのですね……」

シャーク将軍はそう言うと複雑そうな顔をした。
その顔……やっぱり、あの家の状態を作ったのは。

当夜
 「僕の家から皆の痕跡を消したのはシャーク将軍なのですね?」

シャーク
 「……その事、これまでに何があったか……それは総統室でご説明しましょう」



突然始まるポケモン娘と世界征服を目指す物語

第十章 デスリーの危機、狙われた山田美陽 完

第一部 最終章に続く。


KaZuKiNa ( 2022/01/26(水) 20:30 )