第一部 世界征服を目指す物語
第十章 デスリーの危機、狙われた山田美陽 Part1

当夜
 「はっ、はっ!」

8月も終わり9月が来た。
デスリー夏の強化合宿も終わり、僕も二学期が始まる前だった。
今は日も明ける前の早朝、僕は町内ランニングに勤しむ。
僕のペースは遅い、身体を機械化して鈍重な筈の風子さんよりもだ。

風子
 「はっ、はっ! 当夜様、スタミナは大丈夫ですか?」

一緒に並走する風子さんも息を切らしていたが、僕よりは大分元気そうだ。
僕は息を乱しながら頷いた。
本当は自転車とかで付き合った方がいいんだけど……、今回は風子さんの特訓というより僕の問題だった。

当夜
 (ちょっとでも、ちょっとでも……強くならないと!)

僕は今、いつになく真剣だった。
それは初めてデスリー総統として実戦を経験した時、僕は思い知った。
僕はスーツのお陰で戦うことが出来た、でも僕はスーツに振り回されるだけで、全然その真価を発揮できているとは言えないんだ。
だから僕はこれまでよりもっと強度のあるトレーニングをして、身体を苛める事にした。
デスリー総統として、より強く相応しくなるために。

モアナ
 「ヘイヘーイ! ユーのガッツはその程度デスカー!?」

そんな言葉を吐き捨てたのは僕たちを後ろからあっさりと抜き去ったモアナさんだった。
モアナさんも僕や風子さんの特訓に律儀に付き合ってくれるのだが、彼女はとってもマイペースだった。

風子
 「モアナさん、相手に合わせるって事を知らないのですね……」

凄まじく爆走するモアナさんに呆れたのは風子さんだった。

当夜
 「モアナさん、もう3周位抜いてますよね?」

僕たちは河川敷を中心に町を一周するコースを走っている。
大体1周4キロ位で、プロのランナーやPKMからすれば大した距離ではない。
だがモアナさんの無尽蔵な体力に僕達は呆れるばかりだった。

風子
 「当夜様、当夜様は当夜様のペースで頑張りましょう」

なんて風子さんはまるでモアナさんを基準みたいに言うが、僕だって流石にいきなりパワーアップなんて出来ない。
人はいきなりスーパーマンにはなれないし、バッドマンみたいに努力でなるしかない。
ただ、全ての努力に対しては人は均等に見返り等ないのだ。
悔しいが努力の天才はいる。
僕がどれだけ努力したって、僕はその見返りに肖れる事なんてなかった。
身長だって光輝君なんてぐんぐん伸びたのに、僕はずっとそのままだ。
この細い腕だって、誰もが勘違いする僕の女の子のような顔も、僕が望んで得た訳じゃない。

神様が僕を創ったのならなんて残酷なんだろう。
僕もすっかり諦めていたけど、やっぱり男らしくなりたいって野望は捨てられない。
そして、それが頼れるデスリー総統に繋がる筈だから。

当夜
 「うん……大丈夫、僕は……変わる!」

僕は自分にマインドセットをするように、頷くと歩を速めた。



突然始まるポケモン娘と世界征服を目指す物語

第十章 デスリーの危機、狙われた山田美陽



モアナ
 「ハグハグ!」

風子
 「もぐもぐ!」

美陽
 「……」

早朝トレーニングを終えると僕は直ぐにシャワーを浴びた。
その後は朝ごはんだ、トレーニングに付き合った事もあり今日はモアナさんも朝ごはんを家で食べている。
風子さんを上回る大食いっぷりには配膳する美陽さんも呆然だった。

うしお
 「……全くこいつらは」

うしおさんは呆れながら朝ごはんを食べていた。
モアナさんがいる事ももはや突っ込まくなっていたが、そもそも想定外の来客でご飯足りなくなったら、突っ込むんだろうなぁ。

当夜
 「もぐもぐ」

うしお
 「当夜様のように落ち着いて食べられないのか……?」

当夜
 「……ま、まぁ元気があって良いんじゃないかな?」

僕はそう言うとから笑いを浮かべた。
でも内心ではあれだけ運動したのに僕の食欲は増えていなかった。
いつも通り少食で、何故僕はこれ程変わらないんだろう。

睦美
 「ふむ……空間湾曲実験に成功か」

一方、周りの騒がしさとは無縁の睦美さんはタブレットPCでニュース記事でも見ている様子だった。

当夜
 (睦美さんでも僕の事は分からないんだよね……)

超が付く天才の睦美さんだけど、そんな睦美さんでも僕の特異体質(?)は解明できなかった。
僕って本当になんなんだろう?

当夜
 「あの、うしおさん……ちょっといいですか?」

うしお
 「ん? なんですかな? 当夜様」

当夜
 「僕のお父さんとお母さんって、普通の人間なんですよね?」

僕は当時を知るうしおさんに両親の事を聞いた。
うしおさんは「ふむ」と頷くと、僕に教えてくれる。

うしお
 「少なくとも鈴(べる)様は、デスリーとは関わりのないごく普通の出自です、裏取りもしていますが、間違いなく普通の人間ですな」

母親の上乃子鈴、僕の姓は母親の姓だ。
だけど問題は父親、緋扇時夜は?

うしお
 「時夜様は……正直分かりません」

当夜
 「分からない?」

睦美
 「遺伝子学に言えば見事なまでに普通のホモ・サピエンス・サピエンスだよ」

ふと、目線をタブレットPCから動かさなかった睦美さんが言った。
僕たちは睦美さんに注目すると。

睦美
 「デスリーに残っていた遺伝子バンクに緋扇時夜氏のDNAは残されていたよ……しかし、当夜君が疑問に思うような怪しい点は無い」

当夜
 「そう、なんだ……」

僕はそれを喜んでいいのか分からなかった。
つまり、生物学で言えば両親とも健常で、僕だけが異常だと言える。
アルビノとか、そういう有り触れた遺伝子異常じゃないなんて、僕の特異体質は何なんだろう?

モアナ
 「もぐ? それってそんなに大切なんデスカー?」

ふと、この中では一番デスリーから縁遠いモアナさんが箸を留めてそう言った。
口元には米粒がついており、随分急いで食べていたようだ。

美陽
 「お口にお米がついていますよ?」

美陽さんはそう言うと、モアナさんの顔についたお米を取った。

モアナ
 「オゥ、センキュー♪ 美陽ー♪ それでそれで! ワタシ当夜さんはとってもキュートでステキだと思うデース!」

当夜
 「キュート……」

また微妙な褒め言葉だなぁ。
まぁモアナさんに悪気ないのは分かっているから、誰も目くじらは立てないけど。

モアナ
 「皆違うのって当たり前じゃないデスカー? それは当夜さんの個性デハ?」

うしお
 「ふむ、モアナの言うとおり、やはり個性でしょう……あまりお気になさらずとも?」

当夜
 「……うん」

僕は暗い顔で頷いた。
そう、個性だ……光輝君や常葉さんにだって言われてきた。
分かってる……それが個性なんだ、僕が望まなかった個性。

当夜
 (僕、個性って決めつけて、未来を決めるのって嫌いだ)

僕は華奢だから、力仕事は無理とか、可愛いから甘やかされるなんて、当然とは思わない。
個性だって、変えられる筈だ……個性で全てが決定するなら、そんな世界は糞だ!

当夜
 「……はぁ、ご馳走さま」

僕はそう言うと、食器を洗い台に運んで部屋へと戻る。
早く学校へ行く準備しないと。



***



美陽
 「……当夜様」

美陽は呆然と当夜が2階へと登っていく姿を見送った。
美陽が当夜に仕えて早4ヶ月、美陽は当夜の事が分からなくなってきていた。
少し前まで、少なく回想しても夏前までは当夜の事はなんでも分かった。
当夜は見栄っ張りで、実力が伴わないのに無茶ばかりする。
それでもその根底には当夜の優しさが前提にあった。
当夜自身が弱かった事もあり、制御は容易であり、当夜に快適な生活を保証できた。

でも、今はその自信が欠片もない。
美陽の鉄面皮の裏には暗い影が射していた。

睦美
 「うん? どうしたんだい美陽君? よかったら相談してくれ給え」

睦美はタブレットPCから目を話すと、美陽の僅かな異変に気がついた。

モアナ
 「ホワイ? 美陽さんに何かあったんデスカ?」

モアナには美陽の些細な変化は分からなかった。
寧ろそんな些細な変化をフィーリングだけで感知する睦美が異常なのだが美陽は戸惑った。

美陽
 「私は正常です」

風子
 「心拍、脳波パターン、自我の揺れ含めても正常です」

睦美
 「ふむ、流石は旧世代最強の怪人君だ」

睦美はそう言うと熱いコーヒーを口に含んだ。
睦美からすればこの状況は予想内と言ったところか。
それよりも旧世代、その言葉にほんの僅かだが表情を引き攣らせたのは美陽だった。


(ゲノセクトエース
 「憤怒のペレ、山田裕次郎の事は覚えているか?」)


朦朧とする意識の中、美陽はゲノセクトエースからいくつか質問をされた。
記憶は曖昧だが、嫌に言葉は美陽に突き刺さった気がする。

美陽
 (山田裕次郎……私と同じ姓……)

だが、山田裕次郎なる男の事は全く知らない。
しかし、美陽にはいくつか記憶に齟齬が存在する。
恐らくは感情制御の際に、記憶に障害でも出たのだろう。
今までは些細な問題だった、記憶など任務遂行の余計な邪魔になる不純物に過ぎない。
しかし、それでは答えは得られなかった。

美陽
 (旧世代……そう、私は旧世代最後の怪人……だった?)

美陽には分からない。
自問自答しても無駄な問題だと、切り捨てる事は簡単だがそう簡単には捨てられない問題でもある。

美陽
 「うしお様、山田裕次郎という名前に覚えは?」

美陽はある決断をすると、デスリーの古参であるうしおに聞いた。
山田裕次郎、その名前を聞いたうしおは目を見開く。

うしお
 「山田裕次郎……! どこでその名前を!?」

美陽
 「……知っているのですか?」

睦美
 「知っているなら、出来れば私も聞きたいな」

睦美は海で一連の会話を傍受していた。
山田裕次郎、それに山田紫穂か。
あのゲノセクトエースの話が本当なら、山田美陽はゲノセクトエースの姉という事になる。
直接聞くにもダイレクト過ぎて影響は計り知れないが、美陽自身が聞くのなら都合がいい。

うしお
 「ううむ……いや、これは私が扱えるレベルのセキュリティではない……」

うしおはそう言うとモアナを見た。
モアナは「ホワイ?」と、飯盒から白ごはんを掬いながら不思議な顔をした。

風子
 「なる程、つまりここでは」

風子は納得した。
つまりそれはモアナがいる中では話せないという事。
いや、そもそもモアナがいなくとも軽々しく扱える情報セキュリティではないのか。

モアナ
 「えとー? ワタシ、お邪魔デシタ?」

うしお
 「……すまんなモアナ」

モアナはデスリーに所属するとはいえ、所詮は清掃員に過ぎず、殆ど表側にいるのと変わらない人物だった。
それ故にモアナは軽々しくデスリーの機密に触れられる立場ではないのだ。
もっとも、本来ならこの場にいるだけでも問題はあるし、上乃子当夜の正体を知っている等、ここまで放置されているのが疑問なのだが。

当夜
 「美陽さーん、そろそろ学校行くよー?」

気がつくと当夜が制服に着替えて降りてきた。
美陽は気がつくと慌てて台所に向かう。

美陽
 「申し訳ございません当夜様、これお弁当です」

美陽はお手製の小さなお弁当を持ち出すと、それを当夜に差し出した。

当夜
 「え? 今日は始業式だから、お弁当いらないよ?」

美陽
 「え?」

それは美陽が見せてはならない顔だった。
誰もが完璧と認める美陽の明確なミスだ。
しかし、それを見た当夜は。

当夜
 「ふふ♪ 美陽さんも慌てん坊だね♪ 可愛い♪」

当夜はそう言うと微笑み、美陽からお弁当を受け取った。

当夜
 「それじゃ、学校行ってきまーす!」

当夜はお弁当をバッグに入れると玄関を出て行った。

風子
 「当夜様、警護します!」

うしお
 「ほれ! モアナもいつまで食べておるか! さっさと出るぞ!」

モアナ
 「ん!? も、もう一杯だけ〜!?」

うしおはモアナをキッチンから引き摺るとモアナは泣く泣く離れる。
次々家を出ていく中、うしおはのんびりしている睦美を見た。

うしお
 「睦美、お前は残るのか?」

睦美
 「……いや、私も行くよ」

睦美はコーヒーを飲み切ると、気怠げに家を最後に出て行った。



***



ガチャリ。

鍵を正式に預かる美陽は全員が家を出たのを確認すると鍵を掛けた。
この家の鍵を持つのは当夜と、そのスペアを持つ美陽だけだ。
当夜はやや離れた所でそんな美陽を待っている。

美陽
 「お待たせしました当夜様」

当夜
 「それじゃ、行こうか?」

当夜はそう言うと学校へと向かって行った。
その後ろを風子と美陽はいつものように追いかける。

睦美
 「ろとぼん、今日もよろしく頼むぞー」

ろとぼん
 「ポーン! 勿論です、当夜様の事はおまかせください」

ろとぼんは透明化したまま回答した。
そのままろとぼんは音も無い静かな制動で当夜を追跡する。

うしお
 「私は直接デスリーに向かうが、お前はどうする?」

睦美
 「お供させて頂こう」

モアナ
 「モアナも出社シマース!」

モアナはそう言うと走り出した。
バイトをいくつか掛け持ちしているモアナは、早速元気にそれに向かった。

睦美はうしおの所持する車に乗り込むと、うしおは車を走らせる。

睦美
 「……なあうしお君、山田の姓はそんなに重要なのかい?」

うしお
 「お前には関係ないだろう? 何故そんなに気にする?」

睦美
 「私は単純に美陽君が好きなのだよ、そして当夜君がね?」

睦美はゆっくりと流れる風景を眺めながらそう言った。
うしおの運転は丁寧だ、そんな辺りも見た目に沿わない繊細さがある。

うしお
 「……基地についたら教えてやる」

睦美
 「山田紫穂の事も聞いていいのかい?」

うしお
 「山田紫穂?」

うしおが知らない名前だった。
とすると、あの女はデスリーと関係はないのか?
何れにせよ睦美には興味深い会話だった。

うしお
 「一つ言ってやる、私とてデスリーの全てを知っている訳ではない……未だ亡き時夜様、鈴様の正確な死因すら分からんのだ……!」

うしおはそう言うと憎悪に歯を軋ませながらハンドルを強く握り込んだ。
睦美は会ったこともない相手だが、緋扇時夜と上乃子鈴がうしおにとってどれだけ重要な人物なのか知っている。
先代デスリーだった時夜は初めてうしおを見出し、将軍に推薦してくれた方だった。
うしおにとって恩師であり、初めて忠誠を誓った相手だった。
上乃子鈴はそれ程顔を合わせた訳ではない、それでも何度か世話になった事もあった。
この両名にうしおは多大な恩義がある。
だからこそうしおも知らなかった遺児、当夜にはそれだけ想いがある。

睦美
 「2年前6月24日未明、成田発ニューヨーク行の便は謎の空中爆発を起こした、死者336名……そこにその二人はいた。偶然当夜君は乗り合わせてはおらず助かったが、それは彼を天涯孤独にした、か」

うしおはギリと歯を合わせた。

うしお
 「……そこまではあくまで一般に公開されている情報だ……、果たして時夜様の乗り合わせた飛行機に何があった? 時夜様の命を奪ったのは偶然か? それとも狙われたのか?」

睦美
 「狙われた、そう思っているのだね?」

睦美はうしお程感情的にはなれない。
だが、当夜を悲しませる真似は絶対にしないことを誓う。

うしお
 「分からんのだ……時夜様はともかく鈴様は特に殺意を抱かれる理由は無いのだぞ……? 時夜様にしたって……!」

睦美
 「ゲノセクトエース……」

うしお
 「……否定は出来ん、しかしあり得ない」

矛盾だ、うしおは矛盾した事を言っている。
ゲノセクトエースはその時からデスリーと敵対していた。
ゲノセクトエースならば、時夜を暗殺する動機はある筈だ。
しかし、それでもうしおは否定した。

うしお
 「やつは恐らく暗殺などという汚い手段は使うまい……まして民間人を巻き込んでなど」

睦美
 「……直接戦った者の勘か」

睦美は微笑を浮かべた。
科学者である睦美は全てを計算で暴く理系の女だ。
だが、持論として直感で得た物を信じるという持論も睦美は持つ。
案外勘というのは馬鹿には出来ないものだ。

うしお
 「それに……アレは違和感がある」

睦美
 「違和感、だと?」

うしお
 「ふ、これこそ荒唐無稽さ……俺はあの飛行機事故は作為だと思っているが、それに正義のヒーロー気取りの奴らは関わっていないと思っている」

睦美
 「……ふむ」

睦美は正面を見た。
気がつけば、周囲は森に覆われ山間を登っていく。
デスリー秘密基地はすぐそこだった。



***



光輝
 「よぉ当夜! 久し振り!」

当夜
 「光輝君こそ! 肌焼けたね〜」

学校へ行くと久し振りの旧友と挨拶する。
光輝君は肌が真っ黒に焼けており、非常に充実した顔だった。

光輝
 「おう! インターハイも終わったしな!」

光輝君は相変わらずサッカーに人生捧げているなー。
とはいえサッカーは個人技じゃない、いくら光輝君が凄くても学校自体が強くなければ勝てない。
それはそれとて、日本代表選抜なんかにも選ばれたり、充実した夏を過ごしたみたい。

里奈
 「おはよう二人共♪」

当夜
 「あ、おはよう常葉さん♪」

光輝
 「常葉も肌白いなー」

いつもの3人が揃った。
相変わらず常葉さんは日焼けしておらず、海水浴場で出会ったにも関わらずバッチリ日焼け対策しているようだ。
しかし当の常葉さんはというと、その細い二の腕に触れると。

里奈
 「これ見てよ……少し日焼けしてるの、バッチリUVケアしたのによ?」

そう言うと、常葉さんは袖を捲くって、僅かな日焼けの跡を見せた。
うは、そういう際どい事されると僕は顔を真っ赤にしてしまう。

光輝
 「おいおい、いくら俺たちが人畜無害たって、生腕見せたりするのは良くないんじゃねぇか?」

里奈
 「えっ?」

常葉さんはそんな人畜無害の意見を聞いて意外そうな顔をした。
その言葉の意味を理解した常葉さんは顔を真っ赤にすると。

里奈
 「やだもう! 光輝君のエッチ!」

常葉さんはそう言うと、光輝君の頭を叩いた。

光輝
 「あで!?」

里奈
 「もう……上乃子君はいつも肌が綺麗よね、羨ましいわ〜」

当夜
 「あ……いや、僕の場合肌が弱いから……」

常葉さんの意見に多数の取り巻き女子たちが共感して頷いた。
僕は恥ずかしくなって小さくなる。
うぅ、本当に肌が弱いからしっかり日焼け対策いるだけなんだけどなぁ。
でも肌が綺麗って言われるのは少し嬉しいかも。
本当は光輝君みたいに小麦肌になってみたいけど、昔低温火傷で死にかけたからね。


 「おーい、ガキ共〜、席に付け〜」

気がつくとチャイムが鳴った。
それと同時にやけにやる気のない杏先生が教室に入ってくる。
そのテンションの低さ、それは高校3年間で何度か見たことがある物だった。

光輝
 「センセー、また婚活失敗したんすか?」


 「それがね!? もう最悪なのよ!? お見合い相手の野郎いきなり来れないってボイコットしやがって!? ざっけんなー!?」

里奈
 「うわぁ、未だにお見合いってあるんだ……」

常葉さん、結構辛辣な事言ってるよ……。
今は自由恋愛の方が普通だけど、婚活頑張っている人だっているんだから。
常葉さんって、第一世代PKMだけど、考え方は第二世代とそんなに変わらないよね。


 「あーもう気分最悪ー、早退したいけど、そんな甘え許される訳ないしー」

光輝
 「その、ご愁傷さまです」

御影先生は教壇で項垂れると、ホームルームは開始した。
僕たちは席につくと、出席を取る。


 「おーし、皆いるわね、分かってると思うけど、すぐ始業式だから体育館移動よー」

当夜
 (ふぅ、今日はともかく明日から本格的に授業か〜)

僕は学業も遅れている。
頭は良くない、頑張ってはいるがそれも僕の限界だ。

当夜
 (僕はデスリー総統なんだ、頭だって良くならないとなぁ)



***



ゲノン
 「司令長官殿、お呼びでしょうか?」

その日、ゲノセクトエースこと、ゲノン・セッターは自身の所属する組織のトップの元を訪れていた。
そこは都内にある一等地ビルの最上階。
日本で起きる未曾有のテロに対して、日本国が秘密裏に設立した防衛組織だ。
司令長官の名前は山田裕次郎、そうゲノンの正体、山田紫穂の養父である。

裕次郎
 「うむ、紫穂……折言っての話だ」

ゲノン
 「お父様……それは」

ゲノンは驚いた、普段プライベートでも滅多に養父は本当の名で呼んでくれる事はない。
それはそれだけ危険だからだ、ゲノンの正体はある危険に繋がる。
だからなるべく、裕次郎は血縁さえ隠してきた。

裕次郎
 「構わん……紫穂にも関わる事だ」

ゲノン
 「……お姉様、ですよね?」


厳つい50台の男は静かに頷いた。
山田美陽、憤怒のペレと呼ばれる怪人についてだった。

裕次郎
 「美陽は生きていた……それは本当に良かった……しかし」



***



タキオン
 「つまり、山田裕次郎は憤怒のペレの怪人育成者だった?」

同時期、デスリー秘密基地ではシャーク将軍のオフィスでタキオンは山田裕次郎の事を聞いていた。

シャーク
 「ああ、デスリー切っての優秀な科学者だった、特に機械工学に優れており、いくつもの機械怪人を生み出したものだ……そんな中に二人の異なるコンセプトで開発された怪人がいた」

タキオン
 「二人の怪人……一人はペレか?」

シャーク
 「そう、憤怒のペレは産まれながらにして高い資質を持っており、特に改造などが必要無いほどパーフェクトな個体だった」

それは分かる、今見てもペレは心技体全てにおいてパーフェクトだと言える。
だが、本当の恐ろしさは憤怒の二つ名が示す通り激しい激情だろう。

シャーク
 「しかしまだ幼少のペレは感情の制御が苦手で、しばし暴走し手を焼く怪人だった」

タキオン
 「もう一人は?」

ドクタータキオンはもう一人を伺う。
裕次郎が開発した怪人は2体、シャーク将軍はそう言ったのだ。

シャーク
 「もう一人は機械化に高い親和性を示す怪人だった……紫色のパワードスーツに身を包み、ペレに勝るとも劣らない素晴らしいスペックを誇る怪人だった」

タキオン
 「待て、紫の怪人だと? それはまさか……」

タキオンは目を細めた。
そのまさかなのだ。
だが、辻褄は合う、ゲノセクトエースはペレを姉だと言っていた。

シャーク
 「そうだ、怪人パープルシャドウは、今ゲノセクトエースを名乗っている」

タキオンは絶句した。
顔面を覆い、ただその言葉の意味を精査した。

タキオン
 「つまりか? デスリー上層部は、脱走兵の存在を隠していた訳か?」

シャーク
 「この事実を知るのは私と、幹部陣位だ……指揮に関わるからな、裏切り者の情報は抹消されたのだ」

シャーク将軍はそう言うと皮肉げに笑っていた。
という事は、ゲノセクトエースはそれを理解した上で戦っていたのか。
デスリーの天才科学者山田裕次郎の最高傑作パープルシャドウが巡り巡って最強の難敵になろうとはな。

シャーク
 「話を戻すぞ? 山田裕次郎はペレに非常に愛情を注いでおり、それこそ我が子のように接していた。山田美陽という名前も裕次郎と時夜様が一緒に考えてお決めになさった程だ」

タキオン
 「先代デスリー総統も関わっているのか」

シャーク
 「だが……ペレには怪人としては深刻な問題があった。感情が爆発すると制御不能の怪物と化すのだ……お前も海で見ただろう?」

タキオンは腕を組んで頭を上げた。
今でも鮮明に覚えている、ペレが怒れる炎の女神と化したあの浜辺の戦いを。
当夜が傷ついた結果、ペレのリミッターが外れ、感情を爆発させた結果、周囲を光の熱で溶かし砂浜を結晶化させる程の熱を放ったのだ。

タキオンはそんな高レベルの炎タイプのポケモンを見たことがない。
10年ほど前、中国重慶を火の海に変えたストライキで活躍したヒードランだって、そこまでの火力は持っていなかっただろう。
制御装置を付けざるを得なかった究極兵器、それが憤怒のペレだった。

シャーク
 「時夜様は感情を制御する事を決定すると、裕次郎はそれに反発した……そしてデスリーに忠誠を誓っていた筈の男にデスリー最大の禁忌を侵させてしまった……」

シャークは震えながら頭を抱える。
そこから先はシャーク将軍でさえ、おいそれと触れていい領域の話では無い。
だが、入念にオフィスのセキュリティを確認し完全にシャーク将軍とドクタータキオンだけのプライベート空間なのを確認すると、シャーク将軍は語りだす。

シャーク
 「……裕次郎は、裕次郎の奴は! 幼いペレとパープルシャドウを連れて脱走をしたのだ! 追撃の手はなんとかペレを取り返す事は出来た! しかしパープルシャドウ、なにより山田裕次郎を見失ってしまった……今から8年も前の事だ」

タキオン
 「……そしてペレは感情制御を受けた、ま……同時に記憶操作までされているようだが?」

シャーク
 「時夜様にとっても苦渋の決断だったのだ! しかし父のように慕っていた男が組織を裏切り、自分を見捨てた! まだ当時子供のペレはいつ怒りを爆発させて、全てを灰燼に帰すか分からない状態だったのだ!」

タキオン
 「ペレ君に、それを教えるのかい?」

タキオンは親友の事を思った。
ペレ君は無感情無表情の鉄面皮が標準搭載された娘だ。
初めて会った時、タキオンはこの異様な少女に興味を持った。
組織の中では若いなりして、そこそこの古参扱い。
訓練ではいつもトップ成績で、最優秀の怪人と呼ばれていた。
そんな女がある少年が見つかった時、その身辺警護と奉仕活動が決まった時、ペレは大真面目に花嫁修業を開始した。
食堂のおばちゃんやデスリー中にいる色んな女性に手解きを受け、ペレは立派な主婦に成長した。
けれどもその顔は変わらず鉄面皮。
いざ、上乃子当夜確保に行った時もあの鉄面皮は案の定当夜君を涙目でガクブルさせてしまう。
こんなので本当に務まるのか、タキオンも心配したものだ。
しかし、今は上手く回っている……筈だった。

タキオン
 「ペレ君、自分の過去に疑問を持っていたようだよ?」

シャーク
 「分かっている……話せる範囲で話してやるつもりだ」

あの鉄面皮も流石に事の真相を知れば少なからず表情を変えるだろう。
問題はそれが当夜にプラスになるかだ。
もし、記憶でも取り戻して裕次郎の下にでも走ろうものなら、タキオンは絶対にペレを許さないだろう。
当夜君を簡単に傷つけられる女なら、タキオンは容赦しない。
だが、同時にペレがそんな不誠実な女ではないと信じてもいる。
まだ短いがそれでもタキオンはペレを親友だと思っているのだ。
それはペレも同じようにタキオンを信頼している。
ペレが唯一敬語を使わないのはタキオンだけなのだから。

タキオン
 「となると山田紫穂、案外安直な名前だな」

シャーク
 「パープルシャドウだから紫穂か……裕次郎め」

シャーク将軍もゲノセクトエースがパープルシャドウである事は気付いていた。
しかし、山田紫穂の名前は知らなかった。
恐らく脱走後につけられたからだろう。

タキオン
 「一つ気になったのだが、何故ゲノセクトエースはそんな簡単にデスリーへの忠誠心を捨てられる?」

ペレを見れば分かるように、デスリーは怪人に忠誠心を作らせられる。
タキオン自身は洗脳はあまり好みではなく、当夜への忠誠心は自然と発生した物で充分だと考えている。
しかし必要ならばペレのように洗脳は必要だろう。
恐らくはパープルシャドウも脳を弄くられていると考えられるが?

シャーク
 「私は当時はただのいち怪人に過ぎない、詳しい事は知らんが……恐らく裕次郎が解除した、あるいは逆に洗脳したか」

何れにせよ、裕次郎という男は洗脳する技術を有する程の天才なのだろう。
もし当夜君の正体を知ったらゲノセクトエースはどうするだろうか?
元はデスリーで開発された改造怪人、それが脱走して正義のヒーローなどアニメや特撮ヒーローじゃないんだから滑稽だな。
だが、現実驚異の相手だということは変わらない。
海での一戦で見ても、正面からゲノセクトエースに勝てそうなのはペレ位なのだから高い戦闘力だ。
あれがパワードスーツのアップデートだけで、最新型の怪人にも勝ってしまうのだから、裕次郎という天才科学者にはタキオンも頭が下がる思いだ。
最もタキオンの専攻は人体科学で、機械工学は片手間で学んだだけなのだが。

タキオン
 「なんにせよ何故ゲノセクトエースが尽くデスリーに牙を向くのかもやっと分かった」

シャーク
 「恐らくゲノセクトエースのバックには裕次郎も居るはず、俺はそう睨んでいる」

最大の裏切り者山田裕次郎、二人の山田の姓を持つ女性たちは今、敵と味方に別れている。
紅き女神のペレ、紫の影のヒロインゲノセクトエース、美陽と紫穂……それは元を辿れば、同じ場所で怪人として育てられた二人。
そしてある悲劇が二人を離してしまった。

タキオン
 (だが疑問だ、脱走前に裕次郎は既に美陽君に自分の姓を与え、名前を与える程溺愛していた筈だ……しかし山田紫穂はそれ程でもない、何故脱走するとき美陽君ではなく、紫穂君を選んだんだ?)

いや、それ以前にだ。

タキオン
 「なぜ山田裕次郎は裏切った?」

シャーク
 「む? それはペレの感情制御に反対してでは?」

タキオン
 「考えてみろ、先代デスリーの決定だぞ、納得がいかなくても受け入れる、その程度の忠誠心も奴には無かったのか?」

シャーク
 「あ……」

シャーク将軍も今まで気づかなかった。
裕次郎が感情制御に反対していた事は覚えていたが、確かにシャーク将軍の記憶の中では裕次郎は時夜に心酔する程忠誠心が高かった。
そんな裕次郎が時夜を裏切るとはシャーク将軍も到底思えない。
だからこそ当時は現実が信じられず、ただ脱走した二人を憎んでいたのだが。

タキオン
 「やはり妙だな……裕次郎が裏切るのはリスクが高すぎる、更に先代デスリーとの関係も良好だったならば、尚の事裏切るとは考えられない」

シャーク
 「し、しかし……現にゲノセクトエースは尽くデスリーの計画を邪魔してきた! 奴は本気でデスリーを壊滅させる気だ!」

タキオン
 「だが、それなら何故直接攻撃してこない!? 奴らは基地の中を知り尽くしているだろう!?」

シャーク将軍は言い返せなかった。
そうだ、相手が山田裕次郎ならば奴は誰よりもデスリーを知っている。
ゲノセクトエースもここで過ごしていた時期があったんだ。
あれだけの高い能力があるならば時夜が死んだ時、あの混乱の時期に何故直接攻撃してこなかった?



***



裕次郎
 「私は時夜様に深く感謝している……それは今でも変わらない」

裕次郎のオフィスではゲノンがいた。
いや、今は山田紫穂という方が適切か。
裕次郎は紫穂にある内の思いを伝えようとしていた。

紫穂
 「ちょっとだけ覚えてます、おじ様私にも優しくしてくれたから」

裕次郎
 「そう、時夜様は子供に優しかった、怪人にされてしまう子供にも我が子のように接してくれるお方だった」

紫穂
 「でも、お父様は脱走した」

裕次郎
 「ああ……あれは時夜様の命令だった、美陽と紫穂の二人を連れて逃げろ、そう命令された時私は訳がわからなかった……だが、あの命令があったから私達はこうしている」

紫穂
 「でも美陽お姉様は……」

紫穂は小さく俯いた。
美陽は紫穂と同い年だが、裕次郎の子供になった順では美陽が先だった。
幼い紫穂が裕次郎に手を引かれ、必死に夜の山道を逃げた記憶、その中に姉の姿が映っていた。
美陽は何度も炎を吹き出して、感情を制御するのに必死だった。
元来感情豊かで、力のあった美陽は制御する必要がある程だった。
もし、もしもだ……あの時裕次郎が握っていた手が紫穂ではなく、美陽だったならば……それは紫穂にはゾッとする話だった。

紫穂
 「お姉様は脳を弄られてああなったんですよね?」

裕次郎
 「……正直生かされているとは思わなかった、美陽は上層部には危険視もされていたからな、だが生きていたならこれ程嬉しい事はない」

裕次郎はそう言うと涙ぐんだ。
それを見て紫穂は内心嫉妬してしまう。
裕次郎が最も愛した子の名は美陽、紫穂ではなく美陽なのだ。
紫穂は自分をついでとは思っていないが、裕次郎から充分な愛情を受けたとは言えない状態だった。
だが裏切る事などない、名の呪縛を持つ紫穂が裕次郎に反感を抱く事などないのだから。

紫穂
 「美陽お姉様さえ取り戻せば、美陽お姉様はもう一度笑えるのよね?」

裕次郎
 「ああ、私ならばデスリーの洗脳を解ける」

紫穂はかつて自分に優しい笑顔を向けてくれた美陽を思い出した。
美陽は今、デスリーに洗脳されて忠誠心を強制的に植え付けられている。
そんな事は間違っている……!
デスリーは必ず叩き潰す、そう……姉妹の力で!
紫穂は手を握り込んだ。

裕次郎
 「紫穂……いや、ゲノセクトエース、君に新たなる使命を与える!」

紫穂
 「っ!? は! なんなりと司令長官!」

紫穂は直様ゲノンの顔に戻った。
今や子供時代はとっくの昔のように思え、この父親には愛情よりも忠誠心が働いている。
紫穂は背筋を立て、敬礼すると裕次郎はある指令書を手渡すのだった。



***



美陽
 「お疲れ様です、当夜様」

当夜
 「いつもいつも悪いね」

僕は始業式が終わり、午前中の間に下校になると直様美陽さんの下に向かった。
美陽さんは毎日同じ場所に待機しているから場所が覚えやすい。
意外と美陽さんはルーチンワークを大事にするからかな?

当夜
 「風子さんは?」

僕は風子さんを探す。
美陽さんと違い臨機応変に行動を変える風子さんは遠くで手を振っていた。
今日も一日十善、張り切ったのだろう。

当夜
 「ふふ、風子さん今日も頑張ったんだろうなぁ」

美陽
 「……」

ん? 僕はふと美陽さんの横顔を見た。
美陽さん鉄面皮だから殆ど分からないんだけど、今は少しだけ悲しい顔に見えた。

当夜
 「美陽さん、どうしたの?」

美陽
 「なにがでしょうか?」

当夜
 「いや、なにか悲しそうっていうか……僕なにかやっちゃったかな?」

僕がそんな事を言うと美陽さんは鉄面皮をきっちり維持すると、ゆっくり歩き出す。

美陽
 「私は正常です、それより風子さんと合流しましょう」

当夜
 「あ、う、うん……」

僕は美陽さんの後ろを追いかけた。
やっぱり美陽さん絶対様子が変だと思うんだよね。
また僕が変な事しちゃったのかなと思ってしまう。
けれど美陽さんは結構意地っ張りというか、そういうの教えてくれないんだよね。

当夜
 「ね、ねぇ美陽さん!」

美陽
 「? 何でしょうか当夜様」

当夜
 「美陽さん、なにかしてほしい事とかってない?」

美陽
 「……っ、いえ、特にありません」

あれ? 美陽さん一瞬なにか言おうとした?
けれど美陽さんは直ぐに言い直すように特にないと言う。

当夜
 (うーん……僕は美陽さんに何かしてあげられないんだろうか?)

風子
 「お二方、如何なさいました?」

当夜
 「その、何でもないよ?」

やがて目の前まで合流した風子さんは不思議そうに首を傾げた。
これはやっぱり僕と美陽さんの問題だしね。
とは言っても、もう少し美陽さんも欲求とか見せて欲しいなぁ。

当夜
 (風子さんや睦美さんなら、凄く分かりやすいのに)

結局の所僕は美陽さんの事、分かっているようで全く分かってないんだと思う。
頑張って美陽さんの事一杯理解したい。
そうすれば美陽さんが不安な時、僕がなんとかしてあげられるかもしれないんだから。



Part2に続く。


KaZuKiNa ( 2022/01/18(火) 18:34 )