第一部 世界征服を目指す物語
第九章 怒りと哀しみの跡にあるものは Part1



ゴポ、ゴポゴポ……。

そこは暗い闇だった。
僅かに漏れる気泡が音を立てる。
そこは深い海の底、光の見えない暗い闇の中に人工物の姿があった。
それは巨大なタコのような姿をしている。
全身は金属で出来ており、深海の強力な水圧にもまるで屈しない強固なボディだ。
一目には建造物のような印象もある。
実際それは間違ってもいない、何故なら中には二人のPKMがいたからだ。


 「ククク……もうすぐ完成だ」

配線だらけの狭い空間、その中にイカのような姿をした男がいた。
何かしらの超能力を操るのか、複雑に絡み合ったコード達は勝手に動きながらプラグを接続していく。
少し奥、イカ男のいる狭い空間よりはやや広い場所に一人の女がいた。
こちらは頭に猫耳が生えており、紫色の尻尾が腰から生えていた。
なんらかの猫ポケモンだろう。
そんな猫女はイカ男に言う。

猫女
 「本当に完成させちまった……はぁ」

猫女の呆れたような溜息にイカ男は目を血走らせ、猫女に叫ぶ。

イカ男
 「何を言うか!? これを完成させ世界を変えてみせる! 全ては5年前から始まったのだ!」

イカ男の狂気に、猫女は涼やかに受け流した。
まるでどうでもいいという雰囲気もあるが。

猫女
 「もう後戻りは出来ないかもよ?」

イカ男
 「元より不退転の覚悟! これの建造を始めた時から退路は絶っている!」

その奇妙な二人のPKMは何をしようとしているのだろう?
ただ、狭い空間の光が明滅した照明設備がヘタれているのだ。
猫女は器用に柔軟な身体を捻じりながら、頭上を見上げた。

猫女
 「はぁ、付き合った私も私か」



突然始まるポケモン娘と世界征服を目指す物語

第九章 怒りと哀しみの跡にあるものは



次の日、朝早くからデスリーの訓練は始まった。
僕は遠くからそれを邪魔しないように観察する。
訓練が終わると朝食を頂いた。
ホテルの朝食だけあって絶品だったけど、僕には美陽さんのご飯が一番美味しいと思えた。

そして、ご飯の後充分な休憩を得て、再び訓練を再開する。
訓練は昼過ぎまで続き、一旦休憩に入ると僕たちは風子さんとうしおさんに合流した。

うしお
 「お待たせしました当夜様!」

風子
 「当夜様! 今日も精一杯頑張りました!」

風子さんは水着を着られないから相変わらず光学迷彩、うしおさんは着の身着のまま夏服短パン姿だった。

当夜
 「お疲れ様です」

僕はなるべく笑顔で出迎える。
でも、欲を言えばうしおさんの水着も見てみたかったなぁ。

睦美
 「心の声がダダ漏れだぞ当夜君? うしお君の水着を見たいなど」

後ろから嫌らしい顔をした睦美さんが囁いてきた。
僕とうしおさんは二人同時に顔を真っ赤にする。
風子さんは苦笑しながら、説明した。

風子
 「あ、あはは……うしお様は一応水着は着ているのですよ? ただ……」

うしお
 「あんな破廉恥な物、お前たちは兎も角、当夜様や一般人に見せられる訳がないだろう!?」

うしおさんはそう言って顔を真っ赤にして弁明した。
てか、一応服の下に着てきた訳か。
昨日もスポーツブラは兎も角、下は短パンと水着っていうよりスポーツマンのそれだったしねぇ。

風子
 「因みに水着は……」

うしお
 「うおおおお!? 言うな!? 絶対に言うなよ渚!?」

うしおさんは必死に顔を赤くして風子さん口を塞ぐ。
一体どんな水着を選んだんだろう、なんだか逆に気になるが、無理矢理聞いたらパワハラになるよね、いやこれはセクハラか?
何れにせよ、関わらない方が身のためだろう。

当夜
 「えと、それじゃこれからどうしようか?」

とりあえず僅かな休み時間だ。
皆の監督役をしているうしおさんにも無理してもらった事だろう。
せめて今くらい気を楽にして頂きたい。

風子
 「私は遊ぶのは兎も角、海は無理ですし」

うしお
 「私は水ポケモンだ、海も歓迎だが……周りに合わせるとかなり手加減がいるしな」

ううむ、PKMってある程度人間に近いって言ってもやっぱり、かなり人間とは個性が違うよね。
サメハダーのうしおさんは寧ろ水場こそが本領、逆にバクフーンの美陽さんや、ジバコイルの風子さんは水場が苦手だ。
特にサイボーグとして改造が施されている風子さんは原種よりも適性が落ちていると言えるだろう。
電気タイプが水タイプに有利でも、水場で過ごせるかは別問題なんだよね。
逆に水タイプだからって、いくら炎に強くても、燃え盛る炎の中では生きられない。

睦美
 「ふむ、個性様々なこの5人でもできる事か……」

その時だった。

ザッパァァァン!!

突然水柱が上がった。
かなり大きい、それが遠洋に起きたのだ。

うしお
 「な、なんだ!? 魚雷か!?」

爆発? 大きな音と衝撃波はビーチを襲う。
誰もが言葉を失い、海を見た。
そこには謎の物体があった。

当夜
 「え? なにあれ?」

それは銀色の丸い物体だった。
ただ距離がある、にも関わらずかなり大きく見えた。

睦美
 「嫌な予感がする……当夜君!」

突然睦美さんが僕の腕を引っ張った。
直後、何かが海底から迫る!

ドッパァァァン!!

何かが爆発した!
僕は腕を引っ張られ、難を逃れたが何人かが爆発に巻き込まれた!
僕は困惑する、周囲は一気にパニックになった!

当夜
 「な、なにが!?」

悲鳴が木霊する。
次々と観光客は海から遠ざかるが、果たしてそれは正解なのか?
ただ、突然の事態にうしおさんは激しく鋭い牙を剥き出しにしながら、怒りを顕にする。

うしお
 「こんな場所でテロだと!? ふざけるなっ!」

風子
 「対象サーチ、先程の爆発には金属反応がありました!」

睦美
 「ろとぼん! あのふざけた奴をスキャニング!」

ろとぼん
 「ポーン! 了解しました、直ぐに情報を収集します」

美陽
 「当夜様、ここは危険です……避難を」

美陽さんは変わらず危機感を感じさせない鉄面皮だ。
僕の手を掴むと引っ張る。

当夜
 「う、うん……!」

僕は避難しながら海を見た。
うしおさん達は応戦する気のようだ。
だが、相手は正体不明の丸い巨大なロボットだ。
デスリーにも高い科学技術はある、けれどあんな巨大なロボットは見たことがない。
何より、こんなただ遊ぶだけのレジャースポットでテロを起こすなんて正気じゃない!

当夜
 「み、美陽さん、皆は大丈夫かな?」

美陽
 「……申し訳御座いませんが、確証を持てません」

僕は顔を青くした。
美陽さんは嘘を付くタイプじゃない。
つまりうしおさん達はそれだけ危険だと言うのだ!

当夜
 「た、助けないと!?」

美陽
 「容認出来ません、私には当夜様を護る任務があります」

僕は逡巡した。
しかしそうやっている間にも事態は刻一刻と変わっていく。
美陽さんも海の方を一瞥した。
睦美さんは無言で頷いた。

美陽
 「さぁ行きましょう」

美陽さんが引っ張る手の力が強くなった。
僕は辛くなる、何故いきなりこんな事になった?
僕は無力だ、ただ彼女達を見守るしかないのか!?



***



風子
 「当夜様、領域離脱」

うしお
 「それでいい、あの方を失う訳にはいかないからな」

うしおさんはどこからか拾ってきた木の棒をズドン! と砂浜に突き刺す。
そして声を張り上げた。

うしお
 「ここを絶対死守防衛線にするぞ!?」

風子
 「了解しました!」

睦美
 「やれやれ、援護支援位はやってみせるさ」

ろとぼん
 「ポーン! 敵急速接近!」

巨大な球体が迫る。
それは予想以上に大きく、浅瀬に乗り出す事で周囲に津波が起きる。
うしおはそのまま津波を受けるが、風子は電磁浮遊で睦美を受け止めながらろとぼん共々浮遊して難を逃れた。
銀色のそれは浅瀬に乗り出すと、ようやくほぼ全身が明らかとなった。
銀色の上半身に無数の多脚で構成された巨大ロボット。
一見するとタコのようなユーモラスさだが、間違いなく先制攻撃をしてきたのだ。

突如、ロボットの頭頂部から誰かが出てきた。
それはカラマネロ男のPKMだった。

カラマネロ
 「ハーッハッハッハ! どうだ!? 我が科学力!」

睦美
 「あれが首謀者か?」

ロボットの全長は30メートル前後、かなりの巨体で風子と睦美はその上からカラマネロ男を俯瞰した。
カラマネロ男は草臥れた40代程の男だった。
白衣に身を通しており、頭髪はイカの触手のようでその見た目は気持ち悪い。
だが、憎悪に満ちたその念を睦美は捉える。

睦美
 「っ!? アイツの邪念か?」

風子
 「タキオン博士?」

睦美は偏頭痛に襲われると、頭を抱えた。
エスパータイプで無い者には分からないだろうが、睦美は強力な念波を受けたのだ。
同時にカラマネロ男も空を見上げた。
睦美を、ドクタータキオンを捉えたのだ。

カラマネロ
 「私はこの世界を破壊する! そうして馬鹿共に教えてやるのだー!?」

カラマネロ男はそう吐き捨てると、ロボットの中へと戻っていった。
直後、ロボットが動き出す!
その一本で20メートルはある触腕が持ち上げられた。
それが振り下ろされる!
大きな振動が周囲を襲った!

睦美
 「む、シャーク将軍は!?」

砂煙が起きる。
砂浜にいたうしおの姿が見えなくなった。
だが、何も見えない中から、うしおの叫び声が聞こえた!

うしお
 「イヤーーー!!!」

うしおは2メートルはある木の棒を振り回すと、触腕に振り下ろした。
しかし、触腕は金属製であり、更に柔軟性まであるのか、うしおの馬鹿力を持ってしても破壊には至らない。

うしお
 「ち!?」

うしおも舌打ちする巨体、どうやら敵の目的は純粋な破壊らしく、このままでは市街にまで被害が及びかねん。
うしおは闘志を燃やす、今ここにはデスリー総統がいるのだから!

うしお
 「おおおおお!」

うしおは今度は横に木の棒を振り回す。
だが、うしおでは一本は兎も角、巨大なタコ型ロボットには後10本のアームがある!
無警戒だったアームが頭上からうしおを襲った。

ズドン!

うしお
 「ぐうう!?」

風子
 「あ、不味いです!? 援護を!?」

睦美
 「いや待て!?」

うしおはその巨大なアームの一撃を受け止めるが大ピンチだった。
巨大ロボットの一撃を受け止められるうしおも大概だが、もっと大概な奴は、この事態を放ってはおけないらしい。

ゲノセクトエース
 「ゲノセクトキーック!」

ズガァァン!

うしおを押しつぶそうとするゲノセクトエースが得意のキックでそれを容易に破壊した。

ゲノセクトエースはキックの反動で砂浜を滑りながら、うしおを一瞥した。
一方うしおは敵意をむき出しでゲノセクトエースを見た。

うしお
 「ゲノセクトエース……!」

ゲノセクトエース
 「……やはりデスリーか」

ゲノセクトエースの静かな闘志、うしおは負けじと睨みつける。
正に一触即発の状態だった。
だが、その内心は若干異なる。

ゲノセクトエース
 (シャーク将軍、の娘さん、かしら? いえ妹?)

うしお
 (ぬうう、今更だが宿敵にこの姿を見られるのは凄まじく羞恥心が……)

しかし、馬鹿をやっている時間はない。
カラマネロ男はアームの一本を早々とやられた事に驚愕するが、まだ闘志は衰えていない。
無事なアームが再び持ち上がる、しかし今度は先端が違う!
アームの先端はアタッチメントになっているのか、バルカン砲が装備されていた。
強力な銃撃が地上の二人を襲った。

うしお
 「ハッ!」

ゲノセクトエース
 「イヤー!」

二人は未だ互いに心を開かないまま、銃撃を回避した。
直後、バルカン砲を備えたアームの先端が爆発する。
それは頭上に浮遊するジバボーグの姿を顕にした風子のマグネットボムだった。
金属に強く吸着するマグネットボムは吸い込まれるように銃口に向かった。

ゲノセクトエース
 「あれはジバボーグ!?」

ジバボーグ
 「どうやら、相性は悪くないようです」

ゲノセクトエースは驚いた。
ジバボーグが生きている、再生怪人か?
しかし、空中から戦うジバボーグはゲノセクトエースを見て、声を上げる。

ジバボーグ
 「大丈夫ですかっ!?」

ゲノセクトエース
 「っ!?」

彼女からは敵意は見えない。
以前戦った時も、デスリーの怪人にしては違和感があったが。

ジバボーグ
 「今は協力してください!」

風子はあくまで真摯だった。
ゲノセクトエースは宿敵だが、今は争うべきではない。
それよりもこの巨大なタコ型ロボットだ。

ゲノセクトエース
 「……」

ゲノセクトエースはジバボーグ、そしてうしおを見た。

ゲノセクトエース
 「一時休戦だ!」

ゲノセクトエースがそう言うと、うしおはニヤリと笑った。
巨大な木の棒をうしおはロボットに投げつける!

うしお
 「ずえぇぇえりゃあああ!!」

木の棒はロボットをぐらつかせる、しかし木の棒は粉砕した。



***



カラマネロ
 「ぬうう!? なんなんだこいつらは!?」

カラマネロはコックピットにいた。
コックピットには特殊なコンソールが敷き詰められており、カラマネロの念動力を受けて、このロボットの複雑な操作を可能にしていた。

カラマネロ
 (く!? このままで私の目的は破綻してしまう! しかし諦める訳には!?)

カラマネロは焦っていた。
彼に今原動力を与えたのはこの世界への憎悪だ。
かつてカラマネロはある組織に属していた。
世界征服を企む秘密結社であったが、突如首脳部は入れ代わり、ギラティナというPKMの女に乗っ取られた。
それはまだいい、だがなし崩し的に組織は崩壊、ギラティナも行方を晦ましてしまい、末端の多くが露頭に迷った。

カラマネロもそんな組織の末端の一人だった。
生来カラマネロは本来頭脳労働者だった。
組織では同期でバディを組むことになったレパルダスの女PKMとは今でも腐れ縁だ。

しかしあるギルガルド娘に破れた後、彼には奈落の底に落ちたように思えた。
露頭に迷ったカラマネロは当面をやりくりするため、仕事を探したが、社会の反応は冷たく、ただでさえ見た目も性格も最悪なカラマネロは社会の爪弾きにされてしまった。

カラマネロ
 「許せん……! 腐った果実は必ず切り落とし、その上に新世界を誕生させるのだ!」

カラマネロは結果的に、歪んだ組織の野望を成就するため、組織の持っていた科学技術を結集して、この巨大ロボットを創り上げた。

睦美
 『ふぅん……中はこうなっているのか?』

カラマネロ
 「なに!?」

突然だった。
一度、念波が混線した相手がもう一度やってきた。
カラマネロの念波がジャックされ、コックピット内が覗かれている。

カラマネロ
 「貴様先程のエーフィか!?」

睦美
 『やぁやぁやぁ! 初めましてだね? 私はドクタータキオン、君と同じ科学の申し子さ、まぁ不本意だがね?』

ドクタータキオンを名乗る女は饒舌だった。
サイコパワーにおいては上回られているのか、声だけが届き逆を捉えられない。
幸いにもカラマネロは悪タイプ、直接自分が攻撃を受ける事はないがドクタータキオンは狡猾だった。

睦美
 『ふむふむ、コンソールはそうなっているのか?』

カラマネロ
 「なにを!?」

ドクタータキオンは、ただ念動力を強める。
それは予想だにしない出力で、カラマネロの操作をジャックした!



***



ロボットが暴れ狂う。
原因は高台の上で目を瞑る睦美だ。
睦美はエーフィというエスパータイプのポケモン。
器用な真似は得意ではないが、念力を扱うことに掛けては超一流だ。
目を閉じ、薄紫色のサイコオーラを放出する睦美は、ロボットの操作権を奪ったのだ。

うしお
 「動きがおかしくなった! チャンスだ!」

ゲノセクトエース
 「わかっている!」

うしおとゲノセクトエースはチャンスと見て、突撃した。
一方で空の風子も同様だ。
しかしただ一人、睦美だけはその状況に危機感を募らせた。

睦美
 「待て! まだ早い!?」

睦美はテレパシーを周囲に放出した。
しかし、先程も言ったが睦美は器用な事は苦手だ。
そのテレパスは想定外の方向にまで届いてしまった。



***



当夜
 「え? まだ早い?」

突然だった、街へと避難する僕たちに睦美さんの声が脳に響いた。
切迫しているのか、声は僕たち以外にも届いていた。

一般人A
 「今の声って?」

一般人B
 「それより警察はまだなのかしら?」

一般人C
 「警察っていうより自衛隊だ!?」

ザワザワ、ザワザワ!

当夜
 「ねぇ美陽さん、睦美さんは……?」

美陽
 「睦美なら問題ないでしょう……何よりリスクを嫌います」

僕は睦美さんに何かあったんじゃないか嫌な予感がした。
美陽さんはバッサリと僕の意見を切り捨てるが、嫌な予感はまるで収まらない。

女の子
 「えーんえーん」

ふと不安と焦燥感の中、僕は泣き止まない水着姿の女の子を見てしまう。
小学生だろうか、近くに親や友達の姿も見えない。
僕はたまらず屈み込み、女の子に笑顔で接した。

当夜
 「君、どうしたの?」

女の子
 「えぐ! お姉ちゃんだぁれ?」

当夜
 「うぐ!?」

見ず知らずの女の子にまで女性扱い!?
流石に慣れているとはいえ、偏見が無さそうなこの年頃の少女に言われるとなると、相当やばいよね。
僕は気を入れ直すと、女の子に何故泣いているのか聞いた。

当夜
 「どうして泣いてるの?」

女の子
 「怖いの……アレなぁに?」

女の子が指差す先、銀光りする巨大なタコ型ロボットだ。
周囲の人たちも苦々しく思う中、恐怖が伝播している。
僕はこれが良くない流れだと思った。
その内暴動になるかもしれない。
そうなったらこの子はどうなってしまう?

里奈
 「あれ? 上乃子君!?」

当夜
 「あ、常葉さん!?」

突然だった、私服に着替えた常葉さんが僕たちを発見する。
どうやら常葉さんも避難していたみたいだ。

当夜
 「常葉さん、家族は?」

僕は真っ先に彼女が一人でいることを疑問に思った。
すると常葉さんは困った顔で、胸に手を当てた。

里奈
 「実はゲノンさんがいなくなったの……それで探しているんだけど」

美陽
 「ゲノン……」

当夜
 「それって……ゲノセクトエース、だよね?」

僕は小さな声で美陽さんに耳打ちした。
美陽さんは小さくコクリ頷いた。
マリアンルージュでバイトするゲノン、しかしその正体は正義のヒーローゲノセクトエース。
僕たちにとっては宿敵であり、天敵だ。

里奈
 「もう……どうしよう!? このまま何かあったら私……!?」

常葉さんは強い責任感の持ち主だ。
正直僕は常葉さんに強い憧れと好感がある。
でも今の常葉さんは見たこともない程.弱気だった。
僕は常葉さんの事をよく知っている、それだけに今の常葉さんの弱さが意味するものも理解した。

当夜
 「……大丈夫」

里奈
 「え?」

僕はゆっくりと立ち上がった。
そして満面の笑みを浮かべた。

当夜
 「大丈夫! 必ず無事さ! 正義のヒーローがいるからね!」

女の子と常葉さんはポカンとした。
きっと馬鹿にされているのだろうな、でもそれで良い。
僕は至って真剣だ。
僕は美陽さんの腕を掴むと走り出す。

当夜
「美陽さん、こっち!」

美陽
 「当夜様?」

僕は人気の無い場所まで、行くと迷わず右手に巻いたスマートウォッチに触れる。
すると、そこにはもう僕はいない。
上乃子当夜はいなくなり、デスリー総統が出現した。

美陽
 「当夜、様?」

デスリー総統
 「口を慎め、ペレ」

僕はあえて威圧的に言った。
美陽さんはピクリと表情を少しだけ変え、直ぐに怪人ペレに戻った。

ペレ
 「ハ! 申し訳御座いませんデスリー総統!」

デスリー総統
 「ペレ、お前の任務は僕の護衛だったな?」

ペレ
 「はい、その通りです」

僕はゴクリと喉を鳴らした。
はっきり言って、デスリー総統はかなり作った設定のキャラだ。
いきなり僕が上乃子当夜からデスリー総統に入れ替わるとか、正直無理!
それでも僕はこうなる事を選んだ。
正義のヒーローじゃなくてもいい、それでも僕に去来したのは、無力な自分だった。
あの泣きじゃくった女の子を、不安で押しつぶされそうな常葉さんを、僕はただ笑顔にしてあげたい。

だから、これはやけっぱちだ。
蚤の蛮勇に過ぎないと理解しつつ、それでも僕はもう無力なただの少年であることを辞める。

デスリー総統
 「出陣する! ペレ、随伴しろ!」

ペレ
 「お言葉ですがデスリー総統! 危険性は未知数で!?」

デスリー総統
 「だからなんだ? 僕が求めているのはそうじゃない、怪人ペレ、その性能を示せ」

ペレさんは一瞬暗く固まった。
だが、直ぐに復唱する。

ペレ
 「任務了解、怪人ペレ、その性能を示します」

僕は飛び上がる。
怪人スーツの影響で僕の身体能力は3倍以上になっている。
全身を覆う漆黒のスーツの中は思ったよりは快適だ。
僕は一瞬で2階建ての建物を飛び越えた。

ペレ
 「は!」

一方で、ペレさんもその高い身体能力で僕についてくる。

デスリー総統
 (お願い皆、無事でいて!)



***



カラマネロ
 「ぐう!? 操作が効かん!? ならば!」

一方、睦美に操作をジャックされたカラマネロは緊急事態に陥っていた。
操作をアナログに切り替えて、手動操作に変えるもパフォーマンスの低下は否めない。
だが、カラマネロには秘策があった。

カラマネロ
 「諸刃の剣だが!? 対PKM用緊急波動発生装置、起動!」

カラマネロは左手の側にあったハンドルを引いた。
すると、機内が赤く染まる。
その周囲数百メートルに、現在義務化されているPKMの能力を制限する制御装置と同じ機能の波動が放たれた!
それはかつて組織が開発したモンスターボールの内部構造と同様のギミックであり、現在空間物理学の権威、御影白がこの装置の開発者として知られている。



***



睦美
 「くあ!?」

睦美はフィードバックに呻いた。
嫌な予感が当たった。
巨大ロボットから放出された不可視の波動によって、強制的にエーフィとしての能力を封じられた睦美は念が逆流してきたのだ。
自分の強力な念動力の反動は備えていたとはいえ強烈で睦美は後ろにばったりと倒れる。

睦美
 「はぁ、はぁ……これだから、直接戦闘は嫌なんだ……ん?」

睦美は目を疑った。
視界がぼやける。
元々視力の弱かった睦美は念視で視力を補う癖があり、眼鏡を使わない。
エスパーとしての力を奪われた結果、世界は酷くぼんやりとした物だった。
だが黒い漆黒の何かが睦美の視界を横切った。

睦美
 「あれは、デスリー総統!? て、当夜君!?」

睦美は慌てて上半身を起き上がらせた。
視界が霞む中、必死に睦美は当夜の背中を追う。

睦美
 「なんで当夜君が!?」



***



うしお
 「くう!? なんだ、急に力が抜けて……?」

ゲノセクトエース
 「……っ、身体が重い!?」

一方、ロボットの足元組も窮地だった。
PKMとしての能力を強く制限された結果、うしおは見た目通りのパフォーマンスに、そしてゲノセクトエースはサイボーグとはいえ重たい自重が響いていた。

一方でロボットの方も動きはおかしい。
当然だ、なぜこれが緊急事態の秘密兵器なのか?
それは機体内部にまで、その効果が及ぶ為だ。
だが、それを見越してこの複雑な機械を手動操作出来るよう改造したのだ。
今や巨大ロボットは触手型アーム一本を動かすのが限界だが、目の前の二人を排除する程度余裕だった。

カラマネロ
 「ふ、ふははは! 今目の前の驚異をやれば、もう何者も私を止める事など出来ん! 抑止波動の効果が切れる頃には街は火の海よ!」

だが、カラマネロはまだ知らない。
真のダークホースがまだ控えていた事を。

カラマネロ
 「死ねぇ! 邪魔する者達!」

巨大ロボットはアームの一本を持ち上げた。
その大質量がうしお達を踏み潰そうとしている。

うしお
 「万事休すか!?」

ゲノセクトエース
 「くっ!?」

しかし、アームが振り下ろされる刹那、漆黒の影は一瞬で踏み込んだ。
ゲノセクトエースは驚愕した。
自分をお姫様抱っこで窮地を救ったのは、全身漆黒のスーツに染めた異様な格好の少年だった。

デスリー総統
 『……間に合った』

謎の少年の声は造られていた。
だが、ゲノセクトエースは顔を覆うバイザーの下で顔を真っ赤にしてしまった。

ゲノセクトエース
 「きゃ、きゃあ!? と、突然何っ!?」

随分可愛らしい悲鳴にデスリー総統も困惑してしまう。
デスリー総統はペレを見ると、ペレもまたうしおを間一髪で救出している所だった。

ゲノセクトエース
 「あれは山田美陽!?」

デスリー総統
 (ゲノセクトエース、何故か美陽さんに強い拘りがあるみたいだけど……)

しかしペレとゲノセクトエース、この両者の関係など今のデスリー総統、上乃子当夜には分かる筈もない事だった。
ただ、デスリー総統は距離を離して、砂浜に着地するとゲノセクトエースを優しく降ろした。

デスリー総統
 『お怪我はありませんか?』

ゲノセクトエース
 「え? あの、その? な、ない……です」

ゲノセクトエースはキョトンとしてしまった。
思わず誰にも見せたことのない女の子の部分が素で出てしまう。
しかしそれに気がついた時には羞恥心で頭が沸騰していた。

ゲノセクトエース
 (うわあああ!? な、何を言っているんだ私は!? 相手はデスリーだぞ!? なにときめいているゲノセクトエース!?)

しかし、デスリー総統はゲノセクトエースに対して紳士的で、そして二人は仮面越しに想いを通づる……訳もなく。

ゲノセクトエース
 「わ、私の事よりも奴だ!」

ゲノセクトエースは重たい身体を立ち上がらせると、巨大ロボットを見た。
巨大ロボットもまた、動きが重い、パイロットもまたPKMだからだ。

デスリー総統
 「……」

一方でデスリー総統こと上乃子当夜は巨大ロボットを見上げた。
絶望的な体格差だ、まるで歩兵がティラノサウルスのような恐竜と戦うかのような絶望感。
ただ、戦うことさえ知らず、その覚悟さえ持たない少年は必死に震えを隠しながら、それでも拳を握り込んだ。

デスリー総統
 (どうして? どうして皆を傷つけるの? そうしなければ世界は変えられない? あのいたいけな少女や、常葉さんを悲しませなければ、世界は変えられない?)

デスリーは世界征服を企む秘密結社である。
その理念はデスリーの下で恒久の平和を築くこと。
並大抵の想いじゃない、酷く独善的で、だからこそ悪の組織なんだと思う。
それでも、世界を変えたいって強く思うから、上乃子当夜はデスリー総統になる道を選んだ。

そう、それは断じて悪に落ちる事にあらず、ただ当夜は拳を強く握りながら、恐怖を義憤で塗りつぶした。

デスリー総統
 『お前に……! お前に世界を変える権利なんてあるのか!?』

当夜が吠えた。
それはうしおも風子も驚く姿だった。
一番衝撃的だったのは美陽かもしれない。

デスリー総統
 『お前なんかに! 皆を傷つける権利なんてあるのか!?』

モニター越しから、映像と音声を拾うカラマネロは目を見開いた。
漆黒のスーツを着た正体不明の人間がそう叫んでいるのだ。

カラマネロ
 「な、なにを……!?」

カラマネロは震える身体を押さえつけて、レバーを握り込む。

カラマネロ
 「なにを今更ー!?」

カラマネロはその漆黒の人間にマニピュレータの一撃を振るう!
しかし漆黒の人間、デスリー総統の動きは素早い。
一瞬で砂浜を蹴ると、砂が爆発するように爆ぜた。

デスリー総統
 (身体は軽い……! まるで羽のようで……そして!)

デスリー総統は空中に飛び上がる。
すると空中で反転した。

デスリー総統
 『はあああ!!』

デスリー総統は天地を逆さまにすると、空気を蹴った。
それも一度や二度ではない、空気が爆ぜる音が7度程すると、真っ逆さまに加速した!
そのままデスリー総統は巨大ロボットを突き刺すように蹴った!
巨大ロボットは装甲を歪ませ、その巨体が後ろに傾き……そして!

バッシャァアァアン!!

巨大ロボットが横転した。
巨大な水柱が上がり、それを見た避難民達は。



一般人A
 「見ろ! 様子がおかしいぞ!?」

一般人B
 「え? 巨大なロボットが倒れて……?」

里奈
 「今……とても暖かい『意志』が流れ込んだような……」

当夜達が姿を消したあと、親と逸れた少女と一緒にいた常葉里奈は不思議そうな顔をした。
意志を司るアグノムのPKMである里奈は制御装置を右腕につけているにも関わらず当夜の念を感じ取ったのか?

少女
 「ヒーロー?」

里奈
 「え?」

少女は海を指差し、笑顔を浮かべた。
里奈はよく目を凝らすが分からない。
ただ、少女は……。

少女
 「ヒーローが、正義のヒーローが来たんだ!」



それはそんな些細な笑顔を護りたい、そう思ったから決意出来た。
上乃子当夜は虫も殺せない程穏和で、本来争いを好まない。
自分に自信もなく、ただ羨んでばかりで、卑屈な人生だった。
はっきり言って悪の首領なんて向いていない、散々そう思った。
だからこそ……心の何処かでデスリー総統を否定していた。



Part2に続く。


KaZuKiNa ( 2022/01/05(水) 18:26 )