第一部 世界征服を目指す物語
第八章 真夏の恋と夢は少年を大人にする? Part1

風子
 「はぁ、はぁ!」

本格的に夏が始まった。
夏休みに入り、僕は本格的に風子さんとの特訓を強化していく。
今日も僕はジバボーグさんこと、渚風子さんの走り込み特訓を見守った。

当夜
 「そこまで!」

僕は風子さんが規定量の走り込みを終えると、彼女を止める。
風子さんは息を吐きながら、僕の目の前で止まった。

風子
 「はぁ、はぁ!」

風子さんは激しく汗をかいていた。
僕はすかさずタオルとスポーツドリンクを手渡す。

当夜
 「はい、どうぞ」

風子
 「あ、ありがとうございます」

風子さんはスポーツドリンクを一口含むと、汗が頬から垂れ落ちた。
音に耳を向ければ、蝉が煩く鳴く。
時刻は朝6時だった。



***



風子
 「はむはむはむ!」

朝軽い(怪人としては)ランニングを終えると、家へと帰ってくる。
家に帰ると、いつものようにペレさんこと山田美陽さんは朝ご飯を用意して待っていてくれた。
風子さんはお腹が空いていたのか、今日も食べっぷりは凄かった。

睦美
 「やれやれ、有機物からエネルギーを得られるシステムは想定通りとはいえ」

風子さんの食いっぷりは改造怪人ジバボーグの生みの親であるドクタータキオンこと牧村睦美も苦笑いを浮かべていた。
本来の仕様書なら風子さんは油と電力があれば充分な筈だった。
ジバコイルというポケモン自体が有機物からエネルギーを所得する仕組みをしていない。
ところが風子はそんな生みの親の想定もどこ吹く風か、スポ根魂を燃やし、機械怪人にあるまじき肉体訓練を集中的に行っているのだ。

睦美
 「科学的にいえば、ナンセンスなのだがな?」

美陽
 「非効率か?」

睦美
 「……いや、面白いよ」

睦美はコーヒーを飲むと、微笑を浮かべた。
ジバボーグが産まれた理由はあくまで正義のヒーロー、ゲノセクトエースを倒すためだ。
色んな怪人がいる中で、この単純な目的を持って生み出されたのもジバボーグだけ。
風子さん自身は誰よりも優しく礼儀正しい。
少しでも世界を善くするために、一日十善を心掛ける。

風子
 「ご馳走さまです!」

当夜
 「あはは、早いなー」

そして、こんな皆を見守る僕は、そんな中知れっと別の事を考えていた。

当夜
 (皆で海に……!)

夏休みに入り、3年生は進路を考えなければいけない時期。
少し早いが、もう進路を決めている人もいて、僕は早く進路希望を提出しないといけない立場なんだけど、そんな事よりもどうしても浮ついてしまうイベントがあった。

当夜
 「ふふふ……♪」

睦美
 「む? 当夜君が奇妙な笑いを浮かべたぞ?」

美陽
 「何か想像中でしょうか?」

当夜
 「おっと」

いけないいけない、顔に出てしまったか。
僕は皆の水着姿を妄想してしまう。

さて、なんでいきなり海とか水着なんて話になっているのか?
その切っ掛けは先週にまで遡る。



第八章 真夏の恋と夢は少年を大人にする?



うしお
 「当夜様、夏季集中特訓は如何しましょうか?」

夏休みもあと少しという時期の夜。
相変わらずの熱帯夜で、僕はアイスを食べていると、相変わらずタンクトップに短パンというラフで目のやり場に困る格好をする鮫島うしおさんが笑顔で話してきた。

当夜
 「夏期集中特訓とは?」

うしお
 「毎年8月始めから終わりまで、海辺で訓練を行うのです!」

美陽
 「軍隊式ブートキャンプです、デスリーで有志参加者を募っているんです」

美陽さんが補足すると、要するに怪人向けの特訓期間みたい。
参加費は無料で、毎年ある海辺の旅館を拠点に夏期集中特訓を行っているようだ。

うしお
 「折角だ! 美陽と牧村も参加したらどうだ!?」

うしおさんはもちろん参加する気だ。
というか、間違いなく主催者だろう。
女体化して1ヶ月、もう馴染んだなー。

美陽
 「折角ですが遠慮します、当夜様のお世話が最優先ですので」

睦美
 「私も頭脳労働者だよ〜? 何故汗臭くならないといけない? 当夜君に臭いで嫌われたらどうする気だい!?」

当夜
 「えっ!?」

睦美さん式ジョークだろうか。
僕は思わず睦美さんの汗の臭いを想像し、顔を真っ赤にしてしまう。

うしお
 「何を馬鹿なことを言っておる? 全く……とにかく来週からデスリー夏期集中訓練が始まる、参加したいならなるべく早く申請しろよ?」

風子
 「それ! 私参加したいです!」

風子さんは真っ先に手を上げた。
うん、風子さんは参加する意義は大いにあるよね。
睦美さんと美陽さんは不参加、僕はどうしようかな?

当夜
 「それ、僕も参加できるの?」

美陽
 「当夜様、それはオススメしかねます……おそらく当夜様の体力では」

うしお
 「うむむ……参加して頂きたいのは山々だが、確かに……」

ええっ!? そんなに厳しいの!?
僕は地獄の特訓を想定すると顔を青くする。
しかし睦美さんは呆れ顔で補足した。

睦美
 「いやいや、当夜君の体力じゃついていけないってだけで、訓練そのものは普通だよ?」

当夜
 「そうなの?」

うしお
 「はい、多少厳し目ではありますが1ヶ月間の集中訓練ですから」

どうやら、僕の考える地獄の特訓とは違うみたい。
しかし夏合宿みたいで楽しそうでもあるよね。

当夜
 「一般参加ならOKかな?」

睦美
 「ふむ、風子君が汗水流している間に、当夜君は優雅に過ごすか、いいご身分だ」

うしお
 「牧村!? 言い方という物があるだろうがっ!?」

うしおさんは睦美さんに拳骨をかますと、睦美さんは舌を出して戯けた。
風子さんは苦笑しているが、僕は気不味くして仕方がないんだけど。

風子
 「あの、当夜様も来てください、当夜様が見ていてくれるなら、何倍も頑張れますから」

風子さんはそう言うと微笑んだ。

当夜
 「う、うん……僕も行きたい、かな?」

僕は照れくさくなって、顔を赤くした。
風子さんの頑張りに付き合ってきた僕は、風子さんの眩しさに少しついていけない。
でも、その背中をずっと見守りたい、そう思えた。

睦美
 「さて、そうなると水着が必要になるな」

美陽
 「そうですね」

当夜
 「え? 水着?」

風子
 「まあ大変です! 持っていません!?」

うしお
 「ぬぅ、そう言えば忘れていた……」

み、み、水着!?
僕は皆の水着を想像すると、頭を沸騰させた。
普通に長身でスタイルも良い美陽さん、普段だらしないけど、肉感柔かそうな睦美さん。
僕はいけない想像をして、頭をパンクさせる。

当夜
 「ぼ、僕部屋に行っているから!?」

僕はそう言うと皆の集まるキッチンから逃げ出した。
でも、内心ではニヤついてしまう。
皆の水着姿、楽しみだなぁ♪



***



さて、そんな男の子の夢を乗せた海は直ぐ側にまで迫っていた。

当夜
 「うわぁ〜!」

いつものように僕は美陽さんの運転するクラシックカーの助手席に乗り、僕たちはデスリー夏期集中訓練の行われる浜辺を目指す。
僕は窓から見える水平線に感嘆の息を上げた。

睦美
 「当夜君、海は好きかい?」

後部座席に座る睦美さんはそう言うと、僕は後ろを振り返り苦笑いだ。

当夜
 「好きと言えば好きだけど……僕あんまり良い縁無いんだよね」

風子
 「良い縁が無いとは?」

気になったのか、睦美さんの隣にやや狭そうに座る風子さん。
僕は仕方なく少し自分の不幸話をする。

当夜
 「僕って泳ぐのが苦手でさ? 溺れたことはしょっちゅう、友達と海に遊びに行っても変な人によく絡まれるし、あんまり良い経験がないんだ」

僕の不幸話は言えばキリがないが、ようするに海は嫌いじゃないけど、苦手な場所でもある。
それを聞いた美陽さんは、ハンドルを握りながら少しだけ怖い気配を晒した。

美陽
 「させません……! 絶対に当夜様を危険には晒しません!」

相変わらず鉄面皮な美陽さんの静かな闘志だった。
僕は少しだけその気迫に飲まれてしまう。
はは、遊びって雰囲気じゃないね?

睦美
 「まぁまぁ! 今日は私も見ている! そんなに気を張るもんじゃない!」

風子
 「そうです美陽さん! それに私だって常に目を光らせています! 当夜様の身に危険が迫るなら、私だって駆けつけます!」

美陽
 「……皆さん」

感動的な話になってきたけど、僕は冷静に考えれば凄い過剰戦力な気がしてきた。
僕がやっぱりデスリー総統だからなのかなぁ?
怖くて聞けない事だけど、僕は上乃子当夜ではなく、デスリー総統なのだろうか?
美陽さんは本当に僕の危機には身を挺するだろう。
でも、それは上乃子当夜に対してじゃない。
僕は少しだけ、その事情が複雑だった。



***



当夜
 「うーん……!」

僕たちは目的地に辿り着くと、まず旅館にチェックインする。
デスリーの合宿組ではないので、僕と美陽さん睦美さんは自費参加だ。
唯一風子さんだけ、デスリーの経費で参加できるが、そのため部屋割りでは風子さんだけ別となった。
とりあえず宿泊する部屋に荷物を預けると、僕は海へとやってきた。
日差しは強く、既に海には他の客もちらほら見える。
ここは一般的な海水浴場だから、時期に人で一杯になるだろう。

当夜
 「ろとぼん、潮風大丈夫?」

僕は空を見上げると、ろとぼんはミラージュスキンを解除し、姿を表した。

ろとぼん
 「ポーン! 問題ありません。私の設計は台風の日であろうと活動可能なように設計されています」

睦美
 「……とはいえ、それは定期的なメンテを受けての前提だ。加えて、万が一海中に没すれば為すすべはない。その辺りは改良ポイントだね」

当夜
 「あ!」

僕は女性陣を待っていると睦美さんがやってきた。
睦美さんはシンプルなビキニスタイルの水着に上から上着を羽織っていた。
やっぱりスタイルが良いからなのか、水着姿の睦美さんに僕はドキドキしてしまう。
やっぱり、新鮮な姿は刺激が強い……。

睦美
 「なぁ、それより当夜君? 私にオイルを塗ってくれないかい?」

睦美さんは妖しく笑うと、胸の谷間を寄せて、前屈みになった。
お、オイル? 日焼け止めの?
僕は顔を真っ赤にさせ、心臓をバクバクさせた。
睦美さんにオイルを塗る……つい、考えてはいけないと思いながらも、僕はイケない妄想をしてしまう。

美陽
 「当夜様、日焼け止めは不要です、既にタキオンはUVカット済みです」

睦美さんの後ろから現れた美陽さんはそう言うと、市販のスプレータイプのスキン剤を見せた。

睦美
 「ち……折角のイチャイチャタイムを……!」

美陽
 「失敗を前提にスキンケアをする計算高さは不要では?」

睦美さん、UVスキンの上から、オイル塗らせようとしたの?
因みにスキンケアは僕と同じ物を使っていたみたい。
僕肌が弱いから、紫外線があんまり良くないんだよね。
だから子供の頃から、僕はスキンケアが必要だった。
今は男性がスキンケアしても訝しまれないから、良い時代だよねぇ。

当夜
 「美陽さんも、その……す、素敵ですね」

さて、僕は当然美陽さんの方も見てしまう。
美陽さんは競泳水着のような、全身を覆っているタイプの水着だった。
とはいえ、それは美陽さんのスタイルが良くでており、自信がある人だけが映える水着だった。
美陽さんの事だから、多分意識した選択じゃないんだろうけど、僕は美陽さんから目を逸らした。

睦美
 「ふふふ〜、美陽君、当夜君が目を逸らしたぞ〜? 存外君もエッチだな?」

美陽
 「……当夜様、欲情されたのですか?」

当夜
 「ぶっ!?」

僕はとんでもない事を言い出す美陽さんに吹き出してしまった。
睦美さんもどういう意図があって、そんな事を言い出すのか。
ただ睦美さんはケラケラ笑い、美陽さんは大真面目に鉄面皮を崩すことはなかった。

当夜
 「も、もう! 欲情なんて卑しい目で美陽さんを見る訳ないでしょう!?」

僕は顔を真っ赤にすると、大声で反論した。
僕は僕の目指す男の道がある。
断じて女性を卑しい目で見るなんてあってはならない!

美陽
 「そう、ですか……」

当夜
 「え?」

あれ? 美陽さんはなぜか悲しそうな声を上げた。
心なしか、顔まで暗くなった気がする。
サイボーグよりサイボーグしている美陽さんが悲しんでいる?

睦美
 「あー……まぁ、その、気を取り直したまえ美陽君? 当夜君は悪気があった訳じゃ……?」

美陽
 「気にしてません」

睦美
 「え?」

美陽
 「気にしてません」

美陽さんは無表情で二度言った。
僕、美陽さんを傷つけちゃった?

当夜
 「……」

僕は顔を俯かせてしまう。
美陽さんは表情こそサイボーグのような鉄面皮だけど、その内にしっかりと感情はある。
僕が美陽さんを傷つけた、直ぐ謝らないといけないけど、どう謝ればいいんだろう?

美陽
 「当夜様、風子さんを見に行きましょう」

当夜
 「え? あ、う、うん……!」

美陽さんの事が僕には分からない。
結局僕って美陽さんのなんなんだろう?
僕は美陽さんに嫌われたくない、嫌われるのが怖い。
僕には結局人の顔色を見てしか生きられないのだろうか。



***



デスリー戦闘員
 「「「カー○ィちゃん! カー○ィちゃん!」」」

うしお
 「声が出とらんぞ!? もっと腹から声を出せー!」

僕たちは人気の無い浜辺に向かうと、お馴染みの人達が隊列を組んで、砂浜の上を走っていた。

当夜
 「……なにこれ?」

僕は美陽さん達と共に見学に来ると、想定の斜め上の訓練が行われていた。
うしおさんは僕に気付くと振り返る。
今日のうしおさんはスポーツブラに短パンという格好だった。
水着選びの段階では恥ずかしがっていたのに、いざとなると堂に入るのは流石うしおさんだねぇ。

うしお
 「おお、当夜様! 見学ですか!?」

当夜
 「う、うん……想像と違うね」

うしお
 「そうですか? これで良い訓練になるんですぞ!」

どうやらうしおさん発案の訓練法らしい。
いや、声出ししながら走るのは肺活量と脚力を同時に鍛えて悪くない訓練とは思うけど、問題は叫んでいる内容だ。

デスリー戦闘員
 「「「母ちゃん達には内緒だぜー!」」」

当夜
 「……」

やっぱりおかしい……なぜなんだ?
誰も気にしている節がないが、僕がおかしいのか?
デスリー戦闘員の皆さん達は当たり前にも叫びながら汗を流し、浜辺に足跡を刻む。
どうやら、やはりここでは僕の方がおかしいらしい。

うしお
 「よーし! 後10周!」

うしおさんが木刀を片手に叫ぶ。
僕は集団の中に見えた小柄な女性に注目した。

風子
 「はぁ、はぁ!」

風子さんだ、やはり他の皆より息が荒い。
風子さんは厳密には怪人ジバボーグの擬態した姿だ。
本当の姿は身体を高度に機械化したサイボーグポケモン。
見た目は光学迷彩で安定のビキニ姿だが、実態はあくまで怪人なのだ。
重量も重く、本来持久力や速度に難がある風子さんはやはり特訓が効いているんだろう。

深雪
 「ひぃ……ひぃ!」

美陽
 「? アレは?」

睦美
 「おや、経理部の深雪君じゃないか」

よく見ると、明らかについていけていない女性が混じっていた。
デンチュラの吾妻深雪さんだ。
戦闘員でもないのに、なんで経理部の人が参加しているんだろう?
案の定、全くついていけていないけど。

うしお
 「ああ、吾妻か。これは本来秘密なのだが、ダイエットが目的だそうだ」

当夜
 「えっ? ダイエット?」

僕は深雪さんをよく見る。
水着ではなく、半袖短パンのラフな格好。
二の腕もお腹も特に太っているとは思えないけど?

睦美
 「全く……、無理をしてなんになる? たかが3キロ太った程度で」

うしお
 「全くだ! その気になれば10キロ増量して、パンプアップするのも普通だぞ!?」

美陽
 「うしお様の普通を本当に一般人の方に当て嵌めるのは如何かと思いますが……?」

うん、うしおさんも鍛えることが人生みたいな人だから言える事で、それを文系や理系の人に言っちゃいけないよね。
うしおさんは腹筋も割れており、筋肉の塊だ。
女性的な脚線美も備えているが、やはり二の腕は太い。
それに比べたら深雪さんはあくまで経理部の人、筋肉質な所は欠片もない。

深雪
 「ちょっとー!? なんか勝手な事言われてる気がするんですけどー!? て、えひゃい!?」

地獄耳か、深雪さんが怒り顔で振り返った。
しかし、僕を見ると急に顔を真っ赤にして変な声を上げる。

深雪
 (や、ヤバイヤバイヤバイ!? な、なんで当夜様がいるのっ!? あ、あわわ!? へ、平常心、平常心!? 私は仏! 私は仏陀よ!? 心は明鏡止水!?)

当夜
 「?」

僕は首を傾げる。
やっぱり深雪さんはよく分からない。
なぜか僕、彼女に敬遠されている気がするけど、なんで顔を逸らされるんだろう?

睦美
 「フフフ、当夜君、声援でも送ってみたらどうかな?」

うしお
 「なる程、良い励みにもなりましょう! 私からも是非お願いします!」

当夜
 「え? ああ、それじゃ……皆ー! 特訓厳しいだろうけど! 頑張って下さーい!!」

僕は精一杯の声を張り上げた。
普段ならハーイルデスリー! って帰ってくる所だけど、流石にここはお偲び、返事は無かった。
でも皆にやる気と元気を与えられたらいいな。

風子
 (当夜様が見ている! もっと努力しなければ!)

深雪
 (は、はわわ〜!? 美少年の声援とかもう駄目ぇ〜!? 萌死んじゃう!? うほほ〜!?)

当夜
 「これでいいかな?」

僕は皆の様子を見て、振り返る。
睦美さんはバッチリという風に笑顔で、うしおさんも腕を組んでうんうんと頷いていた。

うしお
 「当夜様、訓練を見ていても退屈でしょう、海で遊んでは?」

当夜
 「別にそんな事はないけど……そうだね、じゃちょっと行こうか?」

美陽
 「仰せのままに」

睦美
 「ま、元々私達は遊びに来たんだからな♪」

僕はそう言うと、二人を連れてその場を離れる。
それじゃ3人で海で遊ぼう!



***



ゲノン
 「ふう……」

ゲノン・セクターは水着姿で海水浴場にその姿はあった。
普段とは違い、白いパレオ風の水着を着て、それが休日なのだと分かる。
しかしヒーローゲノセクトエースに休日など無い。
いつでも変身出来るように備えてはいた。

とはいえ、それはあくまで緊急時。
海水浴場でテロ行為を行うような不届き者が現れれば、ゲノセクトエースは問答無用でその力を振るうだろう。
しかしそれは想定していない。
それよりも今は……。

里奈
 「お待たせしました♪ ゲノンさん♪」

ゲノンに後ろから声を掛けたのはアグノムの常葉里奈だった。
なんの因果か、同じ場所に里奈と当夜はいた。
里奈は家族と一緒に海へと来ていた。
里奈にとっては毎年恒例であり、アルバイト先の同僚であるゲノンを誘ったのだ。
最初はゲノンも遠慮したが、結局押し切られるように海へと来てしまった。

ゲノン
 「里奈ちゃん、私の事は放っておいて、家族と遊んできたら?」

里奈
 「駄目ですよ、誘ったのは私なんですから」

ゲノンはこの少女を嫌ってはいない、寧ろ好感さえ持つ。
とはいえ、ヒーローとして生きるゲノンはなるべく孤独であるべきだ。
万が一を考えると里奈の存在は弱点にも成り得る。

里奈
 「ほら、家族にも紹介しますから、行きましょう♪」

里奈はそう言うと、ゲノンの手を取った。
ゲノンは少しだけ戸惑ってしまう、里奈は今が活発な高校生だ。
活発と言っても高校生としては良識を持ちおとなしい性格だが、身内と認めた相手にはこれだけフレンドリーになる。

ゲノン
 「ちょ、ちょっと引っ張らなくても!」

 「そ、そんな引っ張らなくても!?」

誰かと偶然にも言葉が被った。
被った二人は、声の方を見る。
すると、「あっ!」と驚いた。

ゲノン
 「あ! 君お店で!?」

そこにいたのは少女のように細く可愛らしい少年だった。

当夜
 「あ! マリアンルージュの店員さん!?」

なんと、上乃子当夜だ。
その姿を見て、一緒にいた里奈も驚いた。

里奈
 「上乃子君!? 上乃子君も海に来てたんだ」

当夜
 「え? 常葉さん!? わ、わわ!?」

睦美
 「落ち着き給え少年」

雑踏の中、その気配はゲノンに突き刺さった。
当夜より背の高い女性は当夜の頭を撫でた。
当夜は恥ずかしそうに女性の手を跳ね除けると、女性は少しだけ顔を上気させた。

当夜
 「も、もう睦美さん!?」

睦美
 「ははは、美陽君も待っているよ?」

ゲノン
 (美陽、山田美陽もいるのか?)

二本に枝分かれした尻尾を持つ女性はエーフィだろう。
デスリー関係者か? ゲノンは警戒感を強めた。

里奈
 「え、えと……」

当夜
 「あ、その常葉さん! ぼ、僕たちはここで!」

当夜は笑顔で手を振ると、雑踏の中へと消えた。
「やれやれ」と睦美は首を振ると、その小さな背中を追いかけた。

里奈
 「びっくりした」

ゲノン
 「え?」

事情を何も知らない里奈はそう言うと、ゲノンはキョトンとした。
里奈は最後まで当夜の背中を追い、その姿が完全に見えなくなると。

里奈
 「あんな綺麗なお姉さんとどんな関係なんだろう?」

思わずゲノンはズッコケそうになった。
どうやら睦美にビックリしたらしい。
まぁどう考えても里奈より年上であり、ゲノンと同じ位はあるだろう。
当夜は年齢の割には幼く子供っぽい、不思議と女性を惹きつけるのかも。

ゲノン
 (まさか上乃子君もデスリーの関係者……いや、ありえないわね)

ゲノンはそんな思いを否定した。
きっと偶々知り合ったのだろう。
里奈も当夜を信用している、決して不義理な人物には見えない。

ゲノン
 「私達も行きましょう、ご家族が待っているんでしょう?」

里奈
 「あ、いけない!」


里奈は慌てて思い出すと、遠くから手を振る人達の姿があった。
ブンブンと茶色い尻尾を振る中学生位の少女と、白人モデルのような、白いクラゲのような帽子を被った女性だ。
あそこに里奈の家族がいる。
片方が里奈の母親になるのだが……初見ではまず勘違いするであろう。



***



当夜
 「ハァー、ビックリした」

僕は常葉さんと別れると、完全に姿が見えなくなった所で息を吐いた。
まさか偶然にもクラスメイトに会っちゃうなんて。

睦美
 「フフフ、意中の娘だったのかな?」

睦美さんはそういった高校生の恋事情を知りたいのか、腕を組んで、いつものように妖艶に笑っていた。
僕は顔を赤くすると否定する。

当夜
 「ち、違うよ!? 常葉さんはただのクラスメイトで!?」

とは言うが、僕は常葉さんの水着姿が目に焼き付いていた。
睦美さんや美陽さん程じゃないけど、常葉さんはスタイルも良く、水着が似合っていたなぁ。
勿論やましい気持ちはない、けれど男の性というか、ニヤついてしまう。
だけど、今回はそれが事情じゃない。

当夜
 「僕は今は普通の高校生だからね」

睦美
 「どういう意味だい?」

如何に超天才の睦美さんでも、高校生の意味は簡単には推し量れないらしい。
僕は改めて溜息を吐いた。

当夜
 「睦美さんの事、どう説明すればいいか……?」

それを聞くと睦美さんは「ああ!」と合点がいったように手を叩いた。

睦美
 「つまり私が美人過ぎたのがいけないのか! ふふ、なんなら婚約相手とでも説明すればいい♪」

当夜
 「こ、婚約!?」

僕は心臓が口から飛び出すかと思うほど驚いてしまう。
いつもそうだが、どうして睦美さんはこうも突拍子もない事を言うのだろう。
天才過ぎて、僕には理解不能なロジックがあるのだろうか?

美陽
 「ふたりとも……一体何をやっているんです?」

少し遠く、波打ち際で僕たちをじっと見つめていたのは美陽さんだった。
なんだか怖い顔をしているけど、今不機嫌なのかな?

睦美
 「ああ、すまんすまん♪ ちょっと結婚の段取りをだな?」

美陽
 「結婚? 結婚するのか?」

睦美さんは突然僕の二の腕に抱きついてきた。
身長差があり、僕の首に睦美さんの胸が当たっているんだけど。
睦美さんは事もあろうに、覆い被さるように抱きつくととんでもない事を言い出す。

睦美
 「ああ! 当夜君とな!」

当夜
 「アイエ!? ナンデ!? なんでそうなるのっ!?」

美陽
 「当夜様がご結婚を……」

美陽さんは鉄面皮のまま呟いた。
あれ? もしかして睦美さんのいつものジョークだと気付いていない?

当夜
 「美陽さん、ジョーク! 睦美さんの質の悪いジョークだから!?」

美陽
 「……分かっています」

美陽さんはそう言うと、バッサリと切り捨てた。
あれ? それじゃ美陽さんから感じた暗い感じは何だったんだろう?
美陽さんは一度振り返った。
海を見て、僕たちに背中を向ける。
美陽さんの水着は背中がある程度空いていて、白い背中が剥き出しだった。

美陽
 (当夜様の結婚……当然の事、それなのに何故、悲しくなる?)

睦美
 「やれやれ、物の道理を知り給え? 心に余裕が無ければ何も楽しめんぞ?」

睦美さんは僕から離れると、今度は美陽さんに抱きついた。
僕より断然美陽さんの事を理解しているのは睦美さんだ。
僕にはまだ美陽さんの全ては分からない。
そして僕は臆病にもそんな美陽さんに何もしてあげられない。
僕は悔しかった、だけど美陽さんに掛ける言葉がまるで思いつかなかった。

当夜
 (僕やっぱり美陽さんを傷つけているんじゃ? それなのにどうして僕はこんなに臆病で……!)

僕は暗い顔をしたまま、俯いてしまう。
拳を強く握り、なんとかしたいと思うものの、その勇気の無さを呪った。

睦美
 「ほら、機嫌を直し給え? 盗らないよ、当夜君の心はね?」

美陽
 「……意味がわからない」

睦美さんは微笑を浮かべた。
普段から気怠げで、どこか覇気が無く、それでいて突拍子もない事をしでかし、面倒見の良い女性はだからこそ美陽さんの内面に触れられる。

睦美
 「ほら? 当夜君を困らせるのか?」

その言葉を聞いた瞬間、美陽さんの背筋がピンと立った。
美陽さんは直ぐに振り返ると、鉄面皮のまま僕をじっと監視した。

美陽
 「私は当夜様の護衛、充分承知しています」

当夜
 「み、美陽さん……」

その時の顔、確かに悲しみとか暗さとか全くないけど、たった一つだけ分かった事があった。
今の美陽さんは怪人ペレだ。
いや、これは間違っている。
いつだって美陽さんはプライベートを見せた事はない。
つまり、美陽さんにプライベートはないんだ、ずっと怪人ペレだから。

当夜
 (……どうして? どうしてこんなに苦しいんだろう?)

僕は胸が痛かった。
理由ははっきりしている、僕が美陽さんの事が好きだからだ。
だからこそ美陽さんにとって僕はデスリー総統であり、僕にとってペレさんは山田美陽なのが悲しい。
僕にとって必要なのは怪人ペレじゃなくて、泣いたり笑ったりしてくれる山田美陽さんなんだ。
逆に美陽さんに必要なのは、怪人ペレの求める理想のデスリー総統。

僕たちの想いはまるで噛み合っていない。
だからこそ、僕は笑うことさえ今は無理だった。

睦美
 「ほーら、二人共! 湿気た面するより、パッションを楽しみ給え!?」

そう言うと睦美さんは僕の手を引っ張った。
同時に美陽さんの手も空いた手で握る。
そのまま睦美さんは海へと駆け出した。

当夜
 「わわ!? 睦美さん!?」

美陽
 「睦美!? いきなり何を!?」

ザッパァァン!

睦美さんに無理矢理引っ張られ、僕たちは顔面から海に飛び込んだ。
僕は慌てて、顔を上げる。
ここはまだ腰くらいまで浸かる程度の浅瀬だ。
僕は睦美さんを見ると、手を離して「ハハハ!」と笑っていた。

当夜
 (パッションを楽しみ給え……か)

僕は睦美さんがどんな想いをしていたか少しだけ想像した。
きっと、睦美さんがなんとかしたいって思えるほど、僕たちはなっちゃいなかったのだろう。

美陽
 「プハ!」

僕は美陽さんを見た。
美陽さんは海面から顔を上げる。

当夜
 「美陽さん大丈夫?」

美陽
 「なにがでしょうか?」

美陽さんは平然としていた。
その、一応炎タイプだし、海って厳しいんじゃないかって思ったけど、案外そうでもないみたい。

美陽
 「当夜様こそ、どこかお怪我は?」

当夜
 「それは大丈夫、ここ浜辺だし」

下は砂地だ、岩とかあったら危ないけど、そんな心配はない。
それを聞いた美陽さんはホッとした。
美陽さんにとって、僕はそれだけ大事なんだな。
でも、それは僕だって同じだ。

当夜
 「あの、美陽さん」

美陽
 「? なにか?」

僕は意を決した。
ずっと言えそうで言えなかった言葉。

当夜
 「ごめんなさい! なんだか今日は僕美陽さんを傷つけたような……!」

僕は頭を精一杯下げ、謝罪した。
僕は女性の機微が分かるほど敏感じゃない。
時として、心無い言葉が相手を傷つけてしまうことだってある筈だ。
だけど、美陽さんはキョトンとしていた。

美陽
 「仰る意味が分かりません、何故私が謝罪をされているのでしょうか?」

睦美
 「さぁな? ただ分かることは当夜君はそれだけ優しい少年だと言うことだよ! 大切しないとな!?」

当夜
 (あれ? これってまるで僕だけが空回りしてる?)

それは言うなれば、雲を掴むような手応えだ。
美陽さんはまるでピンと来ておらず、睦美さんは「ハハハ」と笑っている。
まるで僕が変に美陽さんを意識しまくって、空回りしたみたいじゃないか!
僕は急に恥ずかしくなると、海に潜った。
顔を真っ赤にしながら、冷静になると僕はずっと美陽さんばっかり見ていた事に気がつく。

当夜
 (うわぁ〜!? 恥ずかしい知ったかしちゃった〜!? 美陽さん全然気にしてない!? 僕の勘違いだった〜!?)

美陽
 「当夜様の様子がおかしい、睦美、どうすれば良い?」

睦美
 「放っておけ、年頃の少年なんだ、浮ついた気持ちなんていくらでもあるさ」

浮ついた気持ち。
僕は心当たりがあり過ぎた。
今日はちょっと皆が扇情的過ぎて、女性として美陽さんを意識し過ぎたのかも!?
美陽さんはオロオロしながらも、じっと僕を見ていた。

睦美
 (やれやれ……本当に見ていられない、好きって気持ちに嘘なんてないのにさ)



第八章 Part2に続く。


KaZuKiNa ( 2021/12/21(火) 18:30 )