第5話 裁かれし者―judgment―
討希
「……」
深夜、雨がしとしと降る時間、俺は傘も差さずにある場所を目指していた。
羽黒芸知巣という共通の標的を得て、俺は石蕗大護と共闘する事になった。
現在大護は近くにはいなかった、だがそれは大護の提案する作戦に乗ったまでだ。
俺は大護の協力者紅恋葛の情報を得て、羽黒を追跡している。
あの羽黒が、一度の襲撃で恐れ慄いてこの街から逃亡するなんて事は考えられない。
あの男はどこか奇妙な所で筋の通った狂人だった。
やがて俺はピッチリしたスーツでまるでビジネスマンに偽装した羽黒を発見した。
羽黒は俺に気がつくとゆっくり振り返った。
羽黒
「やっぱりきた♪ フフフ、待っていたよ」
討希
「わざわざ殺される為にか?」
俺はそう言って拳銃を取り出す。
俺は問答無用で銃口を羽黒の頭部に向けた。
羽黒
「その前に、君は生きるってどういう事だと思う?」
討希
「?」
俺は表情は変えなかった、確固たる殺意を緩める事なく羽黒に向け、羽黒はヘラヘラとなにか語りだした。
羽黒
「私はね? 生きるって言うことには大して意味は無いと思うんだ、何故なら人は永遠に生きる訳じゃない、いつかは死ぬんだ……そうして生きた証さえも忘れられて、やがて無になる」
羽黒は一息置いた。
俺は銃口は外さない。
命乞い? いやそんな小物染みた事をする奴じゃない。
羽黒
「じゃあどうして私達は生きているんだろう? それは……こういう事じゃないかな!?」
羽黒は突然スーツを脱いだ。
俺は無言でトリガーを引く。
バァン!
銃声が雨の中響いた。
羽黒は脱いだ上着に隠れ、銃弾は上着を貫いた。
しかし……!
キィン!
銃弾が金属質の何かに弾かれる音。
俺は目を見開いた。
羽黒は機械化された右腕で頭部を守ったのだ。
討希
(こいつ、この身体……!)
羽黒
「ふふふ、驚いたかね? 前回の反省だよ、私もむざむざ殺されるつもりはない!」
羽黒の全身は銀光りするサイボーグだった。
だがそれは既存のサイボーグではない。
討希
「メルトとかいうPKMの姿が見えないな……?」
その言葉に羽黒の右腕は鞭のように形を変えた。
羽黒
「ふふふ、ちゃんといるさ……私と一体化してね!?」
羽黒はそう言うと液体金属の鞭を振るった。
俺はすかさず詠唱する。
討希
「『無駄』だ」
液体金属の鞭は俺に当たる直前見えない魔術の障壁に弾かれた。
俺はその隙に銃を乱射する。
羽黒
「ハハハ! 無駄だよ! そんな物では!」
羽黒は全身の液体金属を自由自在に操ると、まるで蜘蛛のように縦横無尽に銃弾を回避する。
だが、俺は構わず羽黒を追い込むように銃弾をばら撒いた。
羽黒
「ハハハ! 懲りないな! 君も楽しいおもちゃだ!」
羽黒は手近にあった看板を掴むと、それを投げつける。
俺は回避すると、走り出した。
羽黒
「戦術的撤退かな!?」
羽黒は両手両足の液体金属を伸ばすと、頭上から襲いかかってくる。
俺はそれをなんとか回避しつつ、奴に銃弾を放つ。
だが、捉えられない。
今や羽黒は凄まじい立体機動で俺の放つ銃弾を見切っていたのだ。
俺はそれらの結果から、『想定通り』という答えを得た。
やがて雨が強くなる中、俺は波止場にまで逃げ込んだ。
羽黒は余裕の笑みで俺を追い込んだ。
羽黒
「もう諦めたのかい?」
討希
「ああ」
俺は振り返ると頷いた。
羽黒は驚いた顔をした後、やがてがっかりと失望した。
羽黒
「なんだ君は……もう諦めたなど興醒めも……」
討希
「大丈夫、想定内だ」
羽黒が顔を上げた。
俺は羽黒に言葉を返したんじゃない。
この強雨に紛れて気配を隠していたあの男にだ。
羽黒
「一体誰に……!?」
ズキューーーン!
突然だった、羽黒の後頭部を貫いたのはライフル弾だった。
俺はフードの裏に隠していたインカムで大護と情報のやり取りを行っていた。
大護
『おし、ナイス誘導、100点満点だ』
俺はインカムから聞こえる大護の音声に頷いた。
この作戦は今から3時間前に決定したものだった。
***
大護
「サイボーグだぁ?」
葛
「せや、羽黒芸知巣……裏の世界ではそれなりに名の通った殺し屋やな、しかし評判はすこぶる悪い! 奴は腕は確かやが自分勝手な奴や!」
羽黒芸知巣は馴れ合いを好まず、一匹狼で仕事を熟す殺し屋だった。
基本的に他人を信用しない、そこで羽黒は頭部以外を機械に置換していたと言う。
大護
「そうなると豆鉄砲じゃ期待出来ないな」
討希
「弱点は?」
葛
「頭部や、せやけど頭蓋骨を鋼鉄製に置換してるかもなぁ?」
大護
「アーマーピアッシング弾がいるか」
討希
「狙ってみれば分かる、守れば大した装甲じゃない」
俺達はそんな会話を交わしながら、羽黒芸知巣を必ず抹殺する為の方策を練ったのだ。
そして結果は実った。
芸知巣は頭を撃ち抜かれて即死だった。
***
大護
「あばよ……羽黒、このクソ野郎」
大護は事前に下調べした最適な狙撃ポイントで、防水シートに隠れながら、その一仕事を終えて感慨に耽っていた。
スコープにはゆっくり血潮を吹き出しながら倒れる羽黒が映っていた。
葛
『大護……その、実は言い忘れてた事が一つあんねん』
大護
「なんだ?」
葛
「羽黒芸知巣の正体な? お前の姉ちゃん……」
大護
「知ってらぁ……流石にな」
大護は少しだけ悲しそうな顔をした。
インカムからは葛の驚いた声が聞こえた。
大護は羽黒芸知巣という男を徹底的に調べ上げた。
暗殺に必要な奴の習性は全てを暗記していた。
その中に大護は羽黒の手口にある共通点に気がついた。
大護
「なんで今更なんだろうな……しかもこんな簡単に」
大護は家族を全て羽黒に奪われていた。
大護は復讐を誓い今日まで生きてきたが、その復讐はあまりにも呆気なかった。
さて、後は撤収するだけか、そう思った大護は立ち上がろうとした時、背後で大きな振動に気がついた。
大護
「一体なにが!?」
***
メルト
(マスター……私、マスターの為に)
羽黒が死を迎える時、メルトはそこにはいなかった。
羽黒は常々この世界を憂い、刺激の足りない人生に辟易していた。
そんな羽黒はメルトを最高のおもちゃだと刺激的に愛でて、そしてある壮大な計画を立てた。
もっと殺したい、もっともっとこの世界を滅茶苦茶に!
そんな歪みそのものな羽黒のネジ曲がった欲求をメルタンのメルトは受け止めた。
彼女は日々、羽黒の計画を成就させる為に働き、液体金属は至る所に撒かれていた。
メルトは今、そんな切れ端達に指示を送ると、メルトは次々と液体金属を取り込み、体積を膨れ上がらせた。
これこそが羽黒計画の最終段階!
メルトは30メートル級の巨人にまで成長すると、周囲を見渡した。
メルト
「まずはケジメをつける!」
メルトは巨大な右手を振り上げる、その標的は大護だった。
***
ズドオォォン!!
討希
「くうう!?」
俺はその振動に倒れかかった。
改めて顔を上げると、目の前には超巨大な金属の巨人がいた。
俺は苦笑する、つくづくPKMっていうのは滅茶苦茶だ。
討希
「大護……無事か? ……死んだか」
大護
『生き、てる……』
俺は大護は死んだと思っていたが、死に体ではあるが大護の声は返ってきた。
悪運の強い奴だ。
討希
「とりあえず回収まで堪えろ?」
大護
『ち……、呑気なこって』
俺は確かメルトというPKMだった筈の巨人を見上げながら大護の下に向かった。
一度羽黒を振り返るが、死んだふりという様子はない。
液体金属は羽黒の身体から抜け落ち、地面に吸われていった。
討希
(あの巨人……よくまああそこまで巨大に)
恐らくだが、メルタンというポケモンは金属を捕食、あるいは吸収するポケモンなのだろう。
とはいえ普通の生物なら食べただけ巨大化するなんて事はない、消化吸収した後、排泄物として放出するからだ。
だがあのメルトというPKMはどうやらそういう生物の括りとは少し異なるようだ。
馬鹿げているが、そのまま体積を増大するとはな!
討希
(さて、とはいえどうする?)
このままではメルトという女は破壊の限りを尽くすだろう。
あの女からは羽黒の意思を継ごうという確固たる決意を感じた。
***
メルトの巨大化、メルトは手近の民家を踏み潰しながら何処かへと進撃していた。
メルトの目的はもはや目に見えている物全てを破壊する事だった。
羽黒芸知巣の求める刺激的な世界を迎える為に、メルトは力を示さなければならなかった。
混沌と退廃が渦巻く魔の世界はもうすぐだ。
メルトの胸中には羽黒の幻影が映っていた。
だが、それを好ましく思わない者もいた。
イスカリオテ機関の魔術師イリアナは、その馬鹿げた光景に舌打ちをした。
イリアナ
「ち!? なんなんだあの巫山戯た怪物は!?」
イリアナは炎の魔術を行使した。
イリアナ
「燃やし尽くせ! はぁああ!」
イリアナの炎はメルトを襲うが、あまりのサイズ差にその効果は薄かった。
しかしメルトはその魔術の炎に焼かれてある異様を感じた。
メルト
(く!? この痛み……まるで魂が傷つくような!?)
魔術の意味、メルトはその理解不能な痛みこそ、羽黒の求めていた物だと解釈する。
メルトは足元にいた魔術師にラスターカノンを放った。
ズドォォォン!
その強大なビームが地表を舐めると、破壊の限りが尽くされた。
肝心の魔術師はというと。
ヨハネ
「何故勝手に戦闘を開始したのです?」
ヨハネは遠くのビルの上から片翼の天使の羽根を広げ、イリアナを足元に転移させていた。
一瞬でも遅れていたらイリアナは跡形もなく消滅していただろう、それ程の大怪獣にイリアナは心から震えていた。
イリアナ
「はぁ、はぁ! PKMは害獣だ! 駆逐するのは、当たり前だろう!?」
イリアナは気丈にもヨハネに噛み付くように言った。
しかしヨハネは表情一つ変える事はなかった。
まるでこれも些細な顛末であるかのように。
ヨハネ
「放っておきなさい、アレは時代に乗り遅れた者です」
イリアナ
「なんだって?」
メルトは破壊を繰り返す。
もはやその異様は誰が止められるのか?
軍でも、戦車でも戦闘機でもアレを止められるのか?
イリアナはこんな街がどうなっても構わないと考えているが、同時にあのPKMが目障りだとも思った。
イリアナ
「あの怪獣がどうにかなるのか? ヨハネ……どんな未来を見た?」
ヨハネは僅かなら未来を見通す力を持っていた。
そんなヨハネが見た未来は。
ヨハネ
「ふふ」
イリアナはキョトンとした。
あのヨハネが笑ったのだ。
普段から穏やかな表情を崩さない男だが、その実喜怒哀楽が欠乏した男が笑ったのだ。
イリアナ
「ヨハネが笑った? な、なにが起きるんだ?」
ヨハネ
「見ていれば分かりますよ」
ヨハネがそう言うと、イリアナはメルトを注視した。
これからなにが起きる、なにがヨハネを笑わせたのだ?
***
巫山戯ていた。
まるで街が積み立てられた積み木のおもちゃのように破壊されていく。
至る所で火が上がり、人々は異常事態だと痛感した。
そんなパニックになる街で、逃げ惑う人々とは真逆に彼女はいた。
育美
「全く……お痛が過ぎる」
育美は胸元で腕を組むと微笑んだ。
目の前には30メートルはある怪獣メルトが迫っていた。
育美
「格の違い、教えて上げましょう!」
育美は冷徹に赤い瞳を光らせた。
その瞬間、彼女は一瞬でメルトの巨大な顔面に蹴りを入れた。
ズドォン!
メルトの身体が仰け反った!
その規格外の体重をいとも簡単に崩したその女にメルトは驚愕した。
しかし相手はこの世界を単体で破壊出来ると言われる神々の十柱その座長と呼ばれた女だ。
神たるアルセウスにとって、これは神罰だった。
メルトは身体を持ち上げると、育美を殴り抜く!
だが、メルトはなんの感触も得られなかった。
育美の手にはもののけプレートが奇妙な波動を讃え、育美のタイプをゴーストタイプに変えていた。
メルト
「な!?」
育美
「強めに行きますよ!?」
育美はもののけプレートをこぶしのプレートに持ち変えると、育美のタイプは格闘タイプになった。
そのまま強大なオーラを纏った育美はメルトを殴り抜く!
ドォォン!!
衝撃波が周囲を吹き飛ばした!
メルトはまるで大砲で打ち上げられるように宙を舞った!
そのままその巨体は海へと落ちたのだった。
バッシャァァァン!
メルトは信じられなかった。
自分にはこの世界の全てを破壊出来ると信じていた。
だがたった一人の女を破壊するどころか、こうまで圧倒された。
メルト
「あ……あ」
育美
「ここまでです、小さき者よ」
育美はゆっくり防波堤の上に着陸すると、メルトはよろよろと立ち上がった。
圧倒的だ、圧倒的戦力差。
何故だ、この女ならば羽黒の願いもメルト以上に叶えられた筈なのに。
メルトは悔しかった。
その時産まれて初めて、怒りを覚えていた。
メルト
「お前に、は……!」
メルトは立ち上がると憤怒の表情で育美を睨みつけた。
メルト
「お前にはマスターを奪わせない!!」
メルトは拳を握り込む!
その強烈な一撃を育美に放った!
渾身の一撃だった、メルトの全てを込めた。
しかしメルトが見たのは非情な現実だった。
育美
「お見事です……ですが」
育美は17枚のプレートで円陣を組み、プレートがメルトの拳を受け止めた。
育美はこの少女をもはや恨んではいなかった。
だが彼女が一線を越えた以上、育美は踏み込まなければいけなかった。
育美
「あなたにお見せしましょう、我が究極の極地」
育美はそう言うとプレートが宙を舞う。
プレート達はまるで育美の周囲を飛び交う電子のように激しく公転し、やがて17枚のプレートは育美に吸収されていった。
育美の色が、赤に青に緑に黄色に紫にと瞬時に切り替わり、やがて全てのプレートを合一した育美は形容の出来ない七色に光り輝いていた。
育美
「これが創造と調律の力! 裁きの礫!」
育美が手を振り上げると、形容の出来ない力が形成されていた。
育美は手を振り下ろす、その瞬間メルトの視界は光に包まれた。
メルト
「な、に……これ?」
メルトは痛みを感じることは無かった。
無数の裁きの礫はメルトの身体を完全消滅させるべく食い散らかすが、メルトの胸中には何故か穏やかさがあった。
メルト
「私は……一体どうなって?」
?
「創造の力はね? 貴方を転生させるの」
メルトは光の中で声に振り返った。
そこには背中を向けた小さな少女がいた。
その背中を見たとき、その少女こそがこの世界の理なんだと理解した。
?
「浄滅は終わりじゃない、始まりなの……貴方の罪も苦しみも、私が受け止めてあげるわ」
メルト
「かみ、さま……ああ」
その時メルトは涙を流していた。
まるで悪い夢から醒めたように、穏やかに微笑んでいた。
少女は振り返ると、小さく微笑んでいた。
メルトが死ぬ間際に見た不思議な光景、それは神々の王と呼ばれる存在がメルトを迎えた瞬間だった。
***
討希
「……終わった、な」
俺は大護を回収すると、育美があの巨大なPKMを消滅させる瞬間を目撃していた。
大護
「おいおい……アンタの奥さん化け物かよ?」
討希
「自称神だ、俺にとっては普通の女だがな」
気がつくと雨は止んでいた。
育美の力で雨雲が吹き飛んでしまったのだ。
大護
「なぁ、ちょっとタバコとってくんねぇか?」
討希
「タバコだと?」
大護
「いや、怒らねぇでくれ? ただ身体が動かねぇんだ……胸ポケットに仕舞ってるから、さ?」
俺は大護に目くじらを立てる。
だが、大護が腕も動かせない程ボロボロなのは確かだった。
俺は舌打ちすると渋々、タバコを取り出す。
討希
「ほら」
俺はタバコに魔術で火を点けると、大護に咥えさせた。
大護
「サンキュ……ち、目が染みらぁ」
俺は無言で立ち上がった。
大護の症状を見て俺はそれを慈悲だと考える。
大護の下半身は潰れており、血塗れだった。
当然と言えば当然だった。
メルトに押しつぶされた大護が無事の筈がない。
応急措置はしたが、それも限界だった。
そのまま、大護はタバコを咥えたまま気を失っていた。
無理に血管をタバコの効用で締め付けたからだろう。
俺は空を見上げると、朝日が昇り始めていた。
討希
「大護……ありがとう」
俺はそのままそこを立ち去った。
『突然始まるポケモン娘とあの夏の運命の物語』
第5話 裁かれし者―judgment― 完
第6話に続く。