突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語




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第2部 突然始まるポケモン娘と夢を見る物語
第40話 夢を見る物語



悠気
 (魔術を……か)

琴音と昼飯を食べた後、俺は下校時まで宵の考案した方法を考えていた。
宵は同じ陽性のPKMなら、俺の方法と同じやり方魔素を放出出来るのではないかとの事。
理論的には可能かも知れない、だがリスクがあり過ぎる。
PKMの身体は魔素を除染出来ない、まして魔術など、身体にどんなリスクがあるのか分からないのだ。

そう、分からない……実に恐ろしい言葉だ。
俺は魔術の入口で中途半端にウロチョロしているだけなのか。
しかし魔を侮ってはいけない、魔は決して明るい物ではない。
魔は畏れられる存在なのだ、魔は侮れば容易くその牙を向ける。
魔を扱う魔術師は須く闇の存在に身を落とすのだ。


 「悠気ー!」

ふと、下校中顔を上げると、長身女性が手を振っていた。
母育美だった、遠くから見たら女子大生みたいな見た目で手を振っている。

悠気
 「母さん、どうしたの?」

俺は急いで母さんの下に向かった。
とりあえず母さんは目立つ、少しは控えめになって欲しいものだ。

育美
 「お仕事早く終わってねー? 一緒に帰りましょ?」

母さんは地元のスーパーマーケットでパートで務めている。
本人にとって娯楽に近い様子だが、楽しく働いてきたようだ。

育美
 「悠気、どう? お父さんのお話は役に立ったの?」

母さんは隣を歩くとそう聞いてきた。
俺は難しい顔で頷いた。
だが母さんは流石に気付いた。

育美
 「その様子じゃ簡単じゃないか」

悠気
 「うん……どうすればいいんだろうな」

育美
 「そういう時は他人を頼ってみるものよ?」

母さんはそう言うとウインクした。
まさかと思うが母さんに相談しろと?

育美
 「ほーら、言ってみなさい♪ こう見えてもお母さんは凄いのよー!」

母さんが凄いっていうのはなんとなく分かる。
いつもはこうやっておちゃらけていて、もう少し大人しくなって欲しいって思える位明るい人だ。
でも本当は責任感というか、超然とした何か、或いは名伏し難い存在感。
調律と創造を司る神様アルセウス、そんな凄い人なんだ。

悠気
 「母さんが凄いのは理解るさ、でも母さんでも答えられるとは思えない」

俺はそう言うと首を振った。
確かに隔絶した人だが、その問題は別だ。
母さんが魔術をどの程度把握しているのかは知らないが、母さんも魔素中毒者だから、な。

育美
 「うーん……お母さんじゃ難しい? それとも思春期な話とか〜?」

母さんは何が嬉しいのか、嫌らしく笑った。
まるで思春期の到来を待ち望んでいるかのような顔は流石に俺でも困る。


 『この際相談するだけしたら? 育美さん結構しつこいよ?』

知っている! 母さんは面倒事に楽しそうに首を突っ込む少し困った性を持つ。
責任感が強い一方で、なんでも完璧にこなせるものだから世の中を玩具で遊んでいるかのような無邪気さで生きているのだ。
家族として振り回されがちだが、どうせ計算の内なんだろうが。

悠気
 「はぁ……母さんは魔術は使える?」

育美
 「魔術? 無理ね。理が違うの、私は限りなく魔素に適合できない不浄の身体……」

母さんはそう言うと自分の胸にそっと触れた。
まるでそれが悲しい事のように。
いや実際悲しいんだ、父さんが魔術師であったが故に、父さんは母さんの天敵だった。
もし魔素に弱いなんて性質がなければ、或いは父さんが普通の人なら、きっと見ていてウザいと思えるほどラブラブな夫婦でいられただろう。

悠気
 「じゃあ聞き方を変更する、PKMは理論的に魔術を行使出来るか?」

育美
 「……可能よ、でもそれは多分魂が耐えられない」

悠気
 「魂が……」

育美
 「魔術師はね? 魂を加工するの、そうやって魔術の行使に耐えられるように、身体を構築するそうよ? 高度な魔術師ほど魂はドス黒く、その異形は肉体にも現れるって討希さんが言っていたわ」

俺には魂を見る事は出来ない。
潜在的にはプレートの力でゴーストタイプになれば可能かも知れないが、魂の加工という言葉は嫌でも悍ましさを感じずにはいられなかった。
だが、俺はそれを直視しなければならない。
少なくとも宵はそうやって、理として機能しているのだから。


 『悠気……私、人工魂魄は黒かった?』

宵は不安げだった。
別の世界線の彼が創り上げた宵の構造は魔術を前提として組み込まれている。
だがそれを宵自信が直視は出来ないのだ。
俺は夢の残骸の世界で見た、宵の人工魂魄を思い出す。

悠気
 (いや違う、俺が見たのは七色の光)

そう幻想的な無限に変化する七色の光は一見無秩序に見えるが、全く無駄のない完璧な芸術品のようであった。
宵の人工魂魄は確かに改良された末かも知れない。
でも宵はとても綺麗な人だ。

育美
 「魔術、か……討希さんの話じゃ、使うのは簡単だそうよ」

悠気
 「でも代償が……」

魔術をなんのデメリットもなく使える訳ではない。
未知の奇跡を起こす代償は相応に己に返るのだ。

育美
 「代償、でも貴方はそんなへなちょこな覚悟でそれを学ぶの?」

悠気
 「んな!? 俺がへなちょこ!?」


 『クスリ、育美さんの前ではやっぱり形無しだね?』

宵にまで笑われた。
俺は内心ショックだった。
俺の覚悟がへなちょこ……俺はその程度だったのか?

育美
 「悠気! 貴方は何を見るの? そこにあったものは!?」

悠気
 「母さんまで!?」

何を見るのか、それは父討希に投げかけられ、そして今母育美に投げかけられた。
しかしその言葉の意味する所を俺はまだ理解出来ていない。

悠気
 「理解らない……まるで理解出来ないんだよ!? 何を見るって? その答えはまだ………!?」

俺は悔しかった、このままではまた母さんに八つ当たりしてしまう。
もうそんな弱い俺じゃいたくないんだ。
全てを救う、それが俺の贖罪なのだから。

育美
 「いいえ違うわ、悠気は見えている、ただ気づいていないだけ」

悠気
 「気づいていない? だって?」

俺はその意味を考えた。
だが不意に父親の姿が脳裏を過ぎった。

悠気
 (思い出せ、本質は父さんが既に述べているはずだ! 魔術のルールか、それとも本質か!?)

その時、俺の口元は勝手に動いた。

悠気
 「空想の先にある世界」


 『悠気?』

悠気
 「俺……え?」

訳が分からなかった。
何も感じないのに、勝手に出てきたその言葉には確かに記憶にある。

育美
 「空想の先……そう、貴方は何を見ていたの?」

母さんは優しく問うてきた。
俺は出てきた言葉から、本質を抽出を試みる。
空想の先にある世界……魔術の意味で問えば?

悠気
 「『夢を見る』って事?」

それが答えだった。
魔術は知識の先にある物であり、それを空想という。
だが魔術の先にあるのはもはや夢でしかなかった。

悠気
 「母さんもしかして答え知ってたの!?」

育美
 「うふふ、まさか全然! でも息子が変なんだもん、多分そうだろうなーって思った!」

俺が変……それもそうだろう。
俺は本来根暗で誰とも関わらないように必死な男だった。
誰かが不幸になるのを見ていられなくて、それでも諦めたくなくて、俺には絶望を振りまく力があるから、希望だけを必死に考えた。
彼の創った夢の世界を一から創り直してもう一度初めたのも、皆に救いを与えたかったからだ。
だから今の俺は必死過ぎて母さんには悪目立ちしてしまっただろう。

育美
 「母さん今の悠気は格好良いと思うわよ? うふふ♪」

格好良い、馬鹿みたいで今じゃまるで笑えない。
でもそんな陳腐な格好良さを確かに俺は求めたんだ。

悠気
 (そうか! 俺の見るものが夢であるならば……俺はこの力で琴音を救えと!)

俺は自身の魔力、希望の力を確認した。
父から受け継いだ同質の魔力は、近い効果を作用させた。
即ち願う事がそのまま反映されてしまうという諸刃の剣な魔術だ。

悠気
 (神様マジでサディストだな!? 俺に魔術を躊躇うなと!?)

だが、俺は今までにない確信を取れた。
それには宵の力も不可欠だが、俺にはもうこの選択しかなかった。



***



琴音
 「え? 私の身体、治るの?」

翌日、昼飯の時間中庭で俺は琴音にある説明をしていた。

悠気
 「正しくは治るんじゃない、でも症状は軽くなる筈だ」

琴音
 「でも……その方法、魔術って」

琴音でも流石に魔術は荒唐無稽だろう。
にわかには信じられないという表情だったが、俺はやさしく彼女を導いた。

悠気
 「大丈夫、願えばいい、俺は見捨てない」

琴音はそう言われると、表情を赤くした。
俺は至って真面目に琴音を見つめる。

琴音
 「うん、分かったよ、私の命悠気君に預ける!」


 『琴音の魔術を私が調整すればいいのね?』

悠気
 (ああ、宵じゃなければこれは無理だ)

理として可能性世界を見守る宵は、あらゆる事象をエミュレート出来る筈だ。
俺では至らない部分は目立つ筈、だからこそ宵のフォローは不可欠だった。

悠気
 「琴音、まずは深呼吸だ、目を瞑って」

琴音
 「すぅ……はぁ」

琴音は言われた通り目を瞑って深呼吸をした。
俺は彼女を瞑想状態に導く。
魔術とは己との対話だ、琴音はこれから身体に溜まった魔素を魔力に編んで貰う必要がある。

悠気
 「俺は希望となる……!」

俺は魔術『希望』を行使した。
普段のセーフティ状態ではなく、現実改変を可能とする状態だ。
俺が望めば物理法則は上書きされ、ここは夢の世界へと変貌するだろう。
だが俺はこの力を琴音の為にだけ使用する。

悠気
 「琴音、ゆっくりとでいい、願え、君の想いを」

琴音
 (悠気君の言葉が響く……私の願い、もっと元気いっぱい普通の女の子に……)


 『魔力確認! 琴音が魔力を編んでいるわ!?』

それは可視化された紫の光だった。
琴音は完全にトリップしており、瞑想状態の中、足元から紫色の魔力で編んだ不安定な魔法陣を形成していた。
本来ならここで魂に魔法名を刻む。
だが俺は琴音にそこまでは望んでいない。
後は編んだ魔力で魔術に加工する。

悠気
 「琴音、言葉にしろ……そこにお前の願いがある!」

琴音
 「ラーラララ、ラ、ラーラ、ラ、ラーラララン、ラララッラン……」

悠気
 (歌? この歌前も琴音が歌っていた)


 『古の詩? でもこれって……』

それは正しく魔術だった。
しかしとても幻想的で、そして摩訶不思議な魔術であった。
歌声は翆の歌声として放たれ、やがて世界を金色の光に満たした。
魔術は本人の本質のペルソナの内にある集合無意識を抽出した部分と言われる。
もし琴音が知識の先にあるものを空想したら、その結果がこの金色の光なのか……?


 『この魔術……なんの効果もない? 琴音魔術は使えている……でも』

悠気
 (いやそれでいい、琴音が魔術師になる必要はない、どんなに言い繕っても魔術は外法だ)

やがて、ずっと古の詩を詠う琴音は魔力が尽きる、そっと前のめりに倒れた。
俺はそんな琴音を優しく抱きかかえた。
世界を金色に満たした光は消え去ると、琴音はそっと瞼を開く。

琴音
 「あれ、私今……?」

悠気
 「琴音、気分はどうだ?」

琴音は俺の胸で気がつくとゆっくりと顔を上げた。
すると琴音は不思議な事を言い出す。

琴音
 「あのね? 私お母さんと会ったの……とても懐かしい匂いだった」

悠気
 「匂い……だって?」


 『そうか! あの金色の光って、母への抽象的イメージだったんだ!』

なるほど、人型をしていなかったから気づかなかったが、あれが母親のイメージならば、匂いとは金色が指すもの陽だまりか。
懐かしい匂いとは陽だまりを浴びた匂いだったのだろう。
琴音の魔術とは古の詩の意味なのかもしれないな。

琴音
 「うふ……なんだか凄く気分がいい、これで私も魔法少女?」

魔法少女と来たか。
随分子供っぽいイメージだが、俺は琴音の空想をなるべく壊さないよう尊重した。
父さんなら魔術と魔法は違うと盛大に突っ込むだろうな。

琴音
 「て……あれ? え!? 私なんで悠気君に抱きついて!?」

今更だな、どうやら今までまだトリップ中だったようだ。
ようやく意識が完全に覚醒したようだな。

琴音
 「わわわ!? ごめんなさい!? 悠気君!? て、あれ?」

琴音は俺から飛び退いて離れる。
その動きは猫のように素早く、やがて琴音もそんな俊敏な動きのできた自分に驚いていた。

琴音
 「あれ? 軽い……うそ!? 本当に軽い! こんなに! 動けちゃう!?」

琴音は自分の変化を実感すると、何度もぴょんぴょん跳ねて、羽のように軽い自分の身体を楽しんだ。
しかし激ガリの体重がいきなり増える訳じゃない、そんな風に調子に乗ると。

琴音
 「て!? わわ!?」

琴音は慌てるあまり、ぶっ倒れそうになった。
しかし俺はすかさず琴音の肩を抱き止める。
琴音は顔を真っ赤にすると恥ずかしそうに「にはは」と笑った。

琴音
 「ごめんなさい、でも本当に治ったの?」

悠気
 「治ってはいない、しばらくしたらまた身体が重くなるだろう、時間は掛かるが魔術を定期的に使っていれば、段々良くなっていくはずだ」

琴音に16年分溜まった魔素はそう簡単には使い切れない。
琴音の一度に編める魔力もたかが知れているし、これは長期的に見た除染療法だ。
琴音が半分人間の血を持っていたから、魂も耐えたな。
人間でも適正が無いと、深淵を覗いたショックで発狂死するからな。
琴音の場合俺と宵でセーフティも掛けたし、何より琴音を護る何かがあった気がする。
当面はこれで問題ないだろう。

琴音
 「あ、あの悠気君……その、こういうの恩着せがましいと思うけど、私悠気君の事を好きです!」

悠気
 「知ってる、俺も好きだ」

琴音
 「ふえ!? 知ってたの!? それに好きってええええ!?」

残酷だが可能性世界の彼女は俺が片想いされているという事を周知しているのも全く知らない。
俺は琴音と付き合っていたようなものだったからな。
そこに恩着せがましいような想いはまるで無い。


 『これでもう安心だね?』

俺は頷いた。
琴音は意味が分からないだろうが、顎に手を当て首を傾げた。
ああ……ようやく全ての願いが叶った。
悲しい事があるとすれば現実は何も変わらない。
夢の中でそれぞれ個人に起きる現象をシュミレートし、夢の世界限定であるが、その願いを反映させた世界で唯一の救われた世界が完成する。


 『でもやっぱり……悠気が一番好きなのは』

悠気
 (それはお前だ、宵)

俺は心の中でそう言う。
すると顔を真っ赤にした宵を俺は幻視した。
そのまま少しテンションのおかしい宵の声が返ってくる。


 『ば、馬鹿じゃないの!? 私を好きになったって私じゃキスもしてあげられないんだから!?』

悠気
 「はっはっは!」

琴音
 「ゆ、悠気君?」

俺は思わず爆笑してしまった。
笑いを抑えると俺は琴音を手で制した。

悠気
 「すまん、それよりそろそろ教室戻ろう?」

琴音
 「あ、うん! 折角だから手を繋ごう!」

琴音はそう言うと手を絡めてきた。
臆病そうで、実際は全くヘタレどころか豪胆でさえある琴音は、瑞香や萌衣姉ちゃんでは絶対に出来ない積極さを見せた。
俺達はそのまま教室に向かうのだった。



***




 「もう……悠気の馬鹿」

宵はそう言うと真っ白な世界で自分の身体を抱きしめた。
でも同時に嬉しくも悲しくもあった。
理である自分が悠気を愛する訳にはいかない。
理は誰かを贔屓にしては、本来はいけないのである。
己を幼き運命の神と認識しておきながら、宵は悠気に恋い焦がれた。
悠気が望めばどんな姿にでもなれる無貌の人造神は、何故少女であり続けるのか?

しかし宵は自らが築き上げた夢の世界に希望を見出していた。
宵が理であり続ける限り夢の世界は演算され続ける。


 「そう……これでいいの、この温かが私が欲しかったものだから」

宵の慈しむ優しき心は、夢の世界を包み込んだ。
微睡みの中、そこに見る胡蝶の夢に希望はあるはずだから。


 「夢を見る物語……物語はもう始まっている」



『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』


第39話 夢を見る物語 完

第40話に続く。


KaZuKiNa ( 2022/10/02(日) 18:25 )