突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語




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第2部 突然始まるポケモン娘と夢を見る物語
第38話 空想の先にあるもの



夢の世界、萌衣姉ちゃんの願いを叶えた事で更に完成度は上がってきた。
上空から地上を覗くと、家を出発する萌衣姉ちゃんに忙しなくパンを加えたまま出社する萌美さんがいた。
視線を水平線に向ければ、乱立する高層ビルが無数に見えた。

悠気
 「かなり広範囲まで描画されているな」


 『もう本当に頑張ったんだよ〜、でもそのお陰で遂に願いの欠片は最後だね』

宵の姿は見えない。
でもきっと彼女は俺の側にいるんだろうな。
ふと、俺は妹を思い出した。
本当の月代宵であり、今は若葉宵という名前の女だ。
俺は自分の家を見るも、家にはみなもさんと麻理恵さんはいても宵の姿はない。
家の玄関から出たのは瑞香と柚香だ。
二人は仲良し笑顔のまま通学路を行く。


 『少し、休む?』

宵は俺を心配してくれた。
しかし俺は首を振ると、今は妹の事は忘れる。

悠気
 「俺の心配はされても、お前は心配されない……考えてみれば理不尽だよな」


 『仕方ないよ……私は理だもん。私がいないと夢の世界は演算が止まっちゃう……それじゃこれまでの頑張りが全部無駄になっちゃうもん』

宵は魔術とアルセウスの創造の力を融合させて誕生した世界を創造出来る唯一の概念だ。
親父はこれを究極の魔道具と評していたようだが、魔術師からすれば正にあらゆる願いを叶える願望器なんだろう。
だが、彼はそんなどれ程の魔術師でもなし得なかった偉業を成しても実際にやったのは怠惰な諦念の世界の創造だった。
本来なら宵の理としての演算機能は独立していたが、宵が俺の世界に歴史改変の為に介入したことで変異してしまったようだ。
宵はこれをバグだと評するが、それほど困っている様子もない。


 『それにね? 悠気が幸せになってくれたら、それで私は満足だから♪』

悠気
 「それは機能か?」


 『え? それは……』

俺は苦笑する。

悠気
 「すまない、今のは意地悪だった。宵は機能で俺の幸せを願っている訳じゃない」

俺はそう謝罪する。
しかし、言ってみれば宵がとんでもなく凄い超AIなのも事実だ。
人工知能に論理は宿るか、この未解決問題に対して俺が答えを出すのは早計だ。
それでも俺は宵を信じる、宵こそが今の俺を形作ったのだから。

悠気
 「さて……最後は琴音か」

俺は携帯端末を取り出すと残るタスクは大城琴音だけだった。
これさえ完了すれば長かった夢の世界は完成する。
そうすれば、俺はこの世界を見守りながら一生を終えるつもりだ。
このどんな神にも見初められない夢の世界、そこに理不尽はない筈だ。

悠気
 「琴音を救う! 宵! 力を貸してくれ!」


 『うん! 悠気なら出来るわ、頑張って!』

宵は俺に激励を送ると、俺の目の前は真っ白に染まった。
琴音の可能性世界線に移動するのだ。



***



悠気
 「……っ」

俺は目を開くと校門にいた。
2連続でここか。
前回の場合はどうやら彼の世界ではいつも会うのが朝の校門だからだったようだが、今回はどういう意味だろうな?

琴音
 「私は価値がある……よし」

俺は隣にいた少女に驚いた。
まさかこのパターンは流石に初めてだぞ!?

悠気
 「琴音?」

琴音
 「えっ? 若葉君!? え? 琴音って、ええ!?」

しまった。
いつもならまず宵の説明から入るのだが、いきなり琴音がいた性でつい終わり際の感覚で反応してしまう。


 『はわわ〜!? えと悠気なら説明不要かと思うけど、琴音は魔素汚染って病を疾患してるの! お陰で常に死にかけ! なんていうか! 命を大事に!』

宵は慌てて解説を行うが、こっちはそれどころじゃない。
琴音はいきなり名前呼びに激しく動揺している。
元々下の名で呼ぶのは俺の方が嫌っていたのに、立場は逆転していた。

琴音
 「キュウ〜……」

琴音は顔を赤くして混乱したように動揺を見せると、後ろに倒れかかった。
俺は慌てて、その軽すぎる琴音の身体を抱き抱えた。
琴音は目を回して気絶したようだ。
やれやれ、いきなりハプニングとはな。

俺はそのまま琴音を背負うと、学園に歩き出す。
とりあえず保健室だな。



***



琴音
 「……うーん?」

琴音が目を覚ました。
気絶していた時間は1時間程、保健室で眠っていた琴音はゆっくりと上半身を持ち上げた。

琴音
 「ここは……そっか」

琴音は見慣れた風景に何か納得すると、物凄く落ち込んだ。
俺の見てきた琴音は強かった、でも本当の彼女はこんなにも弱い。
一体どっちが正しいんだろうな。

悠気
 「目を覚ましたな、具合は?」

琴音
 「て!? え!? 若葉君!?」

俺は琴音の直ぐ横にいたのだが、琴音の奴全く気づかなかったな。
メロエッタというノーマルエスパータイプのポケモンにしては鈍感だ。
いや、琴音にとってエスパーもオマケか。

悠気
 「落ち着け、また倒れたいのか?」

琴音
 「はう!? あうう」

琴音はそれを突っ込まれるとシーツを持ち上げ、顔を隠した。
照れているのだろう、まぁいきなり不意打ちで琴音と下の名で言った俺も不注意だったが。

琴音
 「わ、若葉君、ずっとそこに居たの?」

悠気
 「一応な」

琴音はそれを聞くと更に顔を隠した。
大体予想がつくが、どうして女子ってのは。


 (琴音は淑女だからねぇ)

悠気
 (ある意味琴音が一番俺には分からん)

まぁ女性の事なんて誰も分からんのだが。
分かっている方の瑞香や萌衣姉ちゃんでも、意外と理解出来ない部分もあるからな。
それが琴音となると本当に理解出来ん。

琴音
 (うぅ、恥ずかしいよぉ〜)

悠気
 「とりあえずもうすぐ先生が戻ってくる。駄目そうなら早退するんだぞ」

琴音
 「だ、大丈夫……大丈夫だから」

琴音は少し強がった。
俺は顔には出さなかったが、琴音の大丈夫が大丈夫じゃない事を勿論知っている。
とりあえず俺は先に教室に戻る事にした。

悠気
 「俺は教室に行く、お大事に」

琴音
 「う、うん」

俺は礼をすると、保健室を出て行った。
扉を閉めると、俺は琴音について考える。

悠気
 (琴音の願い……か)


 『もっと走り回って、元気に生きて、一杯恋をしたい……』

俺は掌を握り込んだ。
そんな少女の当たり前さえ琴音には存在しない。


 『一応猶予の話をするけど、琴音のデットラインは5日よ……』

宵もそれは苦しそうな言い方だった。
宵は琴音とは仲が良かったようだし、明確に立ち塞がる死の境界線を苦渋の目で見つめていた。

悠気
 「原因は……魔素か」

魔素汚染、PKMの身体は魔力の源と言われる魔素を吸収しても、放出出来ない特性がある。
PKM以上に魔術師の数の絶対数が少なくて、俺も彼の知識から魔素汚染の実態を知った。
というか、彼は魔術を俺とは遥かに違う次元で習得していたんだろうな。

詳しい事は俺にもよく分からん。
そうなるとやはり専門家の力が必要か。

悠気
 (一つ聞くが俺の魔素は?)


 『勿論こっちでは有毒だよ、夢の世界では摂理の上書きで無毒化してるけどね?』

やはり俺は近づくだけで琴音に負担になっているんだな。


 『一応補足しておく、悠気は今はある程度コントロール出来てるけど、悠気の魔術は基本的に常に放出されているの』

微弱だが、魔力を精錬し、俺は常に放出していた。
というより、これは一種の自衛策だった。
俺は父親から魔素に強い魔術師の血肉を受けて産まれた反面、母親はPKM、全く耐性を持たない血を俺は半分受け継いでいる。
魔素を体内で魔力へと精錬し、魔術として放出する事は、魔素への耐性が常人より低い俺にとって身体を守る為だった。

悠気
 (なんともならんよな……俺自身が不幸のタネになるとはな?)


 『不幸と思えば不幸になる……』

俺の魔術、まだ魔法名は無いが……仮に付ければ現実改変か。
これが兎に角厄介だ、思った事が勝手に暴発するリスクがあった。
というか、俺の周りの不幸は大体この暴発だと言える。
下手にコントロール出来ても危険なこの力は正直言えば今でも疎ましい。

悠気
 (宵はなんにも影響無いんだよな?)


 『そりゃ私魔力で出来ているしね?』

悠気
 (じゃあ妹は?)


 『彼女も勿論魔素に冒されていると思う……けど、なんか不思議なんだよねー?』

悠気
 (不思議?)


 『多分私がこっちに干渉した影響……かな?』

悠気
 (つまり宵が護っていたと?)

宵は「ううん」と言葉を濁した。
その様子から確証は取れないらしいな
宵も魔術の理をある程度把握はしているみたいだが、その全てを解き明かすには知識が足りないと言った所か。
宵は自己成長型故に、まだ不完全なのだな。

悠気
 (とりあえず専門家に会わなければ、な)

俺はとりあえず真面目に授業を受けるのだった。

悠気
 (つーか、幾ら何でも過去に受けた授業を何度も受けるのつまらねー)



***



2時間目の授業に琴音は教室に現れた。
一部が驚く中、俺は迂闊に近寄る事も許されない状態に目を細めた。
そしてその日も特に問題の無いまま放課後まで進んでいく。


 「それじゃガキ共気を付けて帰るのよー!」

俺は迷わず立ち上がると、琴音を見た。
琴音は周囲から少し遅れるように動き始めた。
彼女の処世術、団体行動は少しずらすだな。
ああする事によって、混雑を見事に避けているのだから琴音は見事だと思う。

悠気
 (今日は大丈夫そうか?)

俺は琴音の脇を越えると、教室を出て行った。



***



俺は真っ直ぐ家に帰ると、家には母さんがいた。
以前はいなかった筈だが、ここには妹もいないなら、その埋め合わせか?

育美
 「あら、お帰りなさい悠気♪」

悠気
 「ただいま母さん」

母さんはリビングで新聞を読んでいた。
だが新聞の字面は日本語ではなく、英字だった。
相変わらずハイスペックな母親だと俺は呆れるのだった。

育美
 「? ねぇ悠気、なにか悩みでもある?」

悠気
 「吝かだね、まぁあるけど」

それを聞くと母さんは子供のように赤い瞳をキラキラ輝かせると前のめりになった。
いつものおちゃらけた母親の姿に俺は少し苦笑いした。

育美
 「なになに!? 好きな娘でも出来た!?」

悠気
 「相変わらず機が早い!! つかなんでいつもいつもラブコメを求めるんだ母さん!?」

育美
 「えー? だったらベッドの下のエッチな本が最近増えてないけど、好みのシチュが見つからないとかー?」


 『え? ……悠気?』

ものすっごく不穏な気配を俺は真後ろに感じた。
俺は冷や汗を垂らす。
つーか、なんで母さん息子の前でそれを暴露するかな!?

育美
 「悠気ったら意外とむっつりさんだものねー? あ、母さんは駄目よ♪ 母さんお父さん一筋だから♪」

母親はコミカルに表情をコロコロ変えると、ウィンクしてそう言った。
これだけはどの世界線を観測しても母さんは父さん一筋だったな。

悠気
 「……母さん、父さんと一緒になれて幸せ?」

育美
 「え? ふふ……そうね、無邪気になっちゃう位、討希さんの事は愛しているわ♪」

母さんは父さんの事を語る時は今でもまるで乙女のようだった。
この表情は母さんの貴重な本当の顔の一つだろうな。
普段は頭良すぎて、なんでキャラ作りしてるのかさっぱり分からない事も多いから、息子の俺でもキャラを作ってない母さんは貴重だ。

悠気
 「でも、それは母さんをある病魔で苦しめているよね?」

母さんはピクリと眉を潜めた。
深紅の瞳は少し悲しそうに細めた。

育美
 「魔素汚染ね……そうか、悠気気づいてしまったのね?」

まるで一生知らないで欲しかった、そんな言葉だった。
おそらく俺が父親になっても、両親と同じ決断をする気がする。
魔術なんて一生知らなくて良いんだ。

育美
 「確かに私はもう全盛期の力は無い……でも、この毒がなければ私は討希さんをここまで愛せなかった」

悠気
 「愛を代価抜きでは求められなかったの?」

母さんはクスリと笑う。

育美
 「愛は無償じゃなかった、私にとってそれは当然だったわ」

俺は少し納得出来なかった。
この世界が平等じゃないのは当たり前かもしれない。
神様は人間を画一化した統一規格の製品にはしなかった。
だからこそ、愛は代償を伴うと考えるのかも知れない。
だが、それなら琴音は愛を受ける事も許されないのか?
何故愛する事に代価が伴わなければいけないのか!?

育美
 「悠気、お父さんに似たわね?」

悠気
 「父さんに?」

母さんは俺を見て、穏やかに微笑んだ。
身長や体格なら確かに似てきたかも知れない。
だけど……母さんの言葉は違った。

育美
 「討希さん、諦めの悪い人だったわ、魔術界の異端者なんて云われる位効率の悪い人だった」

悠気
 「父さんが……」

育美
 「貴方も諦められない事があるのね?」

俺は頷く、もう覚悟は決めた。
俺が諦めの悪い男だと言うなら、世界一諦めの悪い男にだってなってやろう。

悠気
 「俺は魔術の専門的知識が欠けている、父さんに教えて欲しいんだ」

育美
 「そう……それが貴方の道になるのね?」

母さんはそう言うと、掌に光を集めた。
それはアルセウスの持つ創世の力だった。
母さんはその創世の光を操ると、その側に俺の父親、討希は顕現したのだった。

討希
 「育美……どういうつもりだ?」

恐らく母さんが召喚した。
だが父さんはそれを怒っているようだ。

育美
 「ごめんね討希さん? でも息子の為なの」

討希
 「悠気……?」

父さんは俺に振り返った。
俺は「ゴクリ」と喉を鳴らした。
相変わらず父さんの表情は不自然なほど紺のローブに隠れて見えない。
これ程現代社会で不自然な姿をしているにも関わらず、その魔術のベールは見事な程機能していた。
ここまで低コストな気配遮断の魔術を扱える父さんは間違いなく天才だ。

討希
 「魔術、か?」

父さんの気配は読めない。
父さんの魔術のベールを剥がす事は可能だが、俺はそれを望まない。

悠気
 「ああ、俺は魔術に対してまだ無知過ぎる」

討希
 「……」

父さんは静かに俯いた。
この人の感情は何も見せない、まるでそれを弱みだと語るように。
父さんの見えない顔はまるで深淵だ、覗いた者は魂を砕かれるかのような畏れさえ抱く。

育美
 「悠気、ファイト♪ 討希さんは悪い魔法使い?」

……違う、母さんは俺の背中をそっと声援で押してくれた。
父さんは悪い魔法使いじゃない。

悠気
 「……だからって正義の魔法使いでもないよな?」

討希
 「……それ以前に魔『法』へと至った者は頂点を超越した者、そんなもの天使か悪魔でしかない」

父さんの的外れな返しに、俺は呆れ母さんはクスリと微笑む。
母さんは比喩で魔法使いと使っただけなのに、父さんは魔術師の目線で魔法使いの偉大さを語る。
だが、それも読んで母さんは振ったのだろうか?
気持ち父さんの見え方が変わった。
今は少し柔らかく感じる。

悠気
 (そうだ、父さんも感情を殺している訳じゃない、見えない畏怖は暗闇に対する原初的恐怖)


 『それでも私からしたら討希さんめっちゃ怖かったけどね……』

宵は父さんの介入によって誕生したバグだったな。
どうしてもうちの父さんは不器用過ぎる、もう少し父親としての厳格さは欲しかった。

悠気
 「父さん、魔術とは?」

討希
 「その前に……育美?」

育美
 「はいはい、言葉は『毒』だものね?」

母さんはテーブルを立つと、リビングを離れた。
二人っきりになると父さんは俺と向き合う。

悠気
 「……今のは?」

討希
 「本来育美は俺の側にいてはならない」

それは呆れる程不器用な父なりの気遣いだった。
父さんの魔術は希望、魔法名はHope49、推定射程距離は2メートル、その範囲内に限り父さんは思った通りの現象を発生させる。
非常に射程が短いように見えるが、父さんはその分魔素を放出する機会が多い、母さんはまるで静かに被爆するように魔素に汚染されていた。

悠気
 「愛し方が不器用過ぎる」

討希
 「お前は俺のようになるな、いや正直言えば俺を目指すな」

悠気
 「心配しなくても俺は魔術師になるつもりはない、ただそれでも知識は必要なんだ」

父さんは俺の覚悟を聞くと、少し黙考した。
やがて、父さんは少しだけ顔を上げると厳かに言った。

討希
 「魔術は言葉に宿る……これが原初の魔術だった」

悠気
 「だから言葉が『毒』?」

討希
 「そうだ、元々魔術というのは土着の民族に宿る風習のような物だったのだ」

それは例えればブードゥーの魔術のような物か?

討希
 「魔術という奇跡は代償が必要だ」

悠気
 「それが魔法名?」

魔法名、彼の記憶にもそれがあったのかは正直分からない。
宵と接触する事で彼の知識を引き継ぐ事は出来たが、それでも全く解読出来ないのが、魔術に関しての部分だった。
あくまで俺が扱っている魔術は物凄く表層の一部なんだろう。

討希
 「魔法名は契約だ、本当の代償は魔素に対する耐性」

悠気
 「どういう意味?」

俺は怪訝な顔で眉間に皺を寄せた。
魔素への耐性が代償だと?

討希
 「元々人間が不老不死の存在だったというのは知っているか?」

悠気
 「旧約聖書に出てくるアダムとイヴ?」

討希
 「エジプトにおけるファラオも、マヤ文明やアステカ文明における神官もそうだな」

不老不死の代償が魔素耐性?
ならば今の人類が有限の命を得たのは?

討希
 「馬鹿なと思うか? だがその馬鹿みたいな奇跡とは、想像の外にある理に触れる事だ」

俺はゾッとした、父さんは皮肉を効かせたつもりかも知れないが、父とて闇の眷属だという事を思い出した。
彼の記憶にあった魔術師の真相はすべからく闇の眷属だということ。
父さんならその気になれば直接宵に接触出来るかも知れないのだ。

討希
 「空想を現実に抽出する、それが魔術だ」

悠気
 「だ、だが実際は魔素を用いるんだろう?」

討希
 「ふ、そう……大地や空気に含まれる全ての魔力の元、魔素だ……特別な者は魔術を扱えない、扱う事は死を意味するからだ」

世界各地に残る神話伝説、そこには荒唐無稽な世界が広がるが、現代で神話を起こすのは不可能だ。
それこそが魔術の代償なのだろう。

悠気
 「お、教えてくれ……! 魔素ってなんなんだ? 魔素に冒された大切な女性がいるんだ! 救う方法はないのか!?」

俺は琴音を想う、けれど本来ならば想う事でさえ『危険』なのだ。
だが想わなければ何が出来る、俺はそんな妥協の道を選ぶつもりはない!

討希
 「救いたいのはPKMか? ならば方法は存在しない」

悠気
 「……く!? 本当に!? なにも無いのか!?」

俺は食い下がった。
父さんは首を振る、しかしそれは見捨てるような態度でもなかった。

討希
 「現状では方法は存在しない、魔素を放出出来ないPKMはそのまま聖遺骸に近い性質の物体に変化する……」

悠気
 「そんな……それじゃ!?」

討希
 「……あるいは、創り直せれば」

父さんの言葉に俺は顔を上げた。
創り直す? しかしそれは……。

討希
 「簡単じゃない、倫理の問題もあるだろう」


 『私にしたのと同じような事、かぁ』

俺は自分の手を見た。
アルセウスの力、そして創造の魔力。
もし琴音を救う方法があるとしたら、琴音を創り直す?

悠気
 (出来るのか? 本当に……?)

俺はそれを全力でシュミレートした。
人間一人を創る事、だが俺は何度シュミレートしても、結果は失敗だった。
主観が入ると駄目だ、似ているだけで全く違う生き物になるだけだ。
それは妹の若葉宵と今俺を支援してくれている月代宵の差を如実に表していた。
そうだ、10年を夢の世界に費やした彼でさえ、本当の宵を生み出す事は出来なかった。
それはあまりにも残酷な現実だった。

討希
 「……悠気、お前は育美に似て聡明だ、俺のように無駄を重ねはしまい」

悠気
 「そんな事はない……俺はやっぱり不出来だよ、どうすれば救えるか全く分からないんだ」

討希
 「悠気……」

ふと、父さんは俺の肩を叩いた。
その視線は至近距離でも見えない。
ただ、父さんは温かかった。

討希
 「悠気……魔術の極みとは知識の先にある」

悠気
 「どういう意味?」

討希
 「知識に限界はある……だが空想はその先を行く……魔術とは空想を具現化する事に他ならない、ならば悠気、お前は何を見る?」

何を見るだと?
それは魔術師としての知見だった。
俺はまだ魔導に踏み込めた訳ではない。
父さんの言葉を俺は冷静に判断し、その意味を考える?
何を見る? 知識の先にあるのは空想だけなら……?

討希
 「……ここまでだ」

父さんはそう言うと、踵を返した。
相変わらず凄まじく不器用な人だが、決して非情ではない。
俺は父さんを見つめると拳を握る。

討希
 「悠気……俺はお前の見る物を知らない、同様に悠気も俺や育美の見ている物を知る事は出来ない」

父さんはそう言うと夜闇を生み出し、消えてしまった。
入れ替わるように母さんはリビングに戻ると、呆れるように頬に手を当てた。

育美
 「あれま? 帰っちゃった? もう少し一緒にいてくれても良いのにー」

母さんは父さんに逃げられて心底残念そうだった。
多分に演技を含める人だから何処まで本音か分かりづらいが。

育美
 「……それで、なにかヒントは得られた?」

悠気
 「多分……」

俺は確証は取れなかった。
専門家の判断は非情で、琴音を救う手立ては無いという。
だが創造は似て異なるフェイクを産み出すにすぎない。
俺は琴音の贋作を産みたい訳ではない。
だが父さんは言った、俺は何を見るか。
そこにヒントはある、その筈だ。



『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』


第38話 空想の先にあるもの 完

第39話に続く。


KaZuKiNa ( 2022/09/23(金) 17:57 )