第37話 高雄家の願い事
宵
『もう大分夢の世界は完成に近付いてきたねー』
俺は宵の言葉に頷くと、改めて空から地上を見下ろした。
徐々に現実と違和感の無い世界になっていっているが、それでも頭上を見上げれば、そこが偽物の空なのも事実だ。
悠気
「彼の優しい想いも、宵には必ずある筈だ、その為にも早く完成させないとな」
宵
『で、次はどうする?』
俺は携帯端末のタスクを確認した。
そこに俺は高雄萌衣の名前を確認した。
悠気
「萌衣姉ちゃんか」
俺は確かに萌衣姉ちゃんの願いも受け取っている。
その願いの欠片を無視は出来ないだろう。
悠気
「萌衣姉ちゃんにする」
宵
『萌衣先輩だね? じゃあ可能性世界線へと案内するわ、頑張ってね悠気♪』
***
宵に案内されたのは夏休みが終わったばかりの頃だった。
俺は校門に立っており、何か違和感を覚えた。
悠気
「……何か、忘れている?」
宵
『忘れてるって何を? 一体どうしたの?』
俺は頭を抑えるが、正直何を忘れているのか、よく分かっていない。
ただ萌衣姉ちゃんについてだと思うんだが。
悠気
(宵は萌衣姉ちゃん知っているのか?)
宵
『うーん、実を言うとあんまり……私の事何故か可愛がってくれる先輩って感じかなー?』
萌衣姉ちゃんが宵を可愛がる理由はなんとなく分かる。
俺達が幼い頃、近所に住む萌衣姉ちゃんは頼れる人だった。
引っ越した後、再会したのは中学生に上がった時だったが、急に大人っぽく成長した萌衣姉ちゃんには驚かされた。
宵
『あ、それとねー、悠気私の知ってる世界だと萌衣先輩と一緒にゲーム作ってるんだよー?』
朧げだが、記憶にある。
だが、それはあくまで彼の記憶、しかしそこに今回の核心があるのか。
悠気
「萌衣姉ちゃん……」
俺はふと、後ろを振り返った。
だがそこに萌衣姉ちゃんは勿論いない。
どうやら俺が朧気に忘れているのは、ここに関係するようだ。
悠気
「とりあえず放課後からか」
俺はそう思うと、校舎に向かうのだった。
***
悠気
(確か、萌衣姉ちゃんの願いは家族に認められたいんだったな)
萌衣姉ちゃんのいる高雄家はここまでの悲惨過ぎた奴らに比べたらビックリする位普通の家庭だ。
そんな中で萌衣姉ちゃんは末っ子の三女である。
陸上部で活動する活発な性格で、それでも優秀な姉達の陰に隠れている。
宵
『正直萌衣先輩の事は私もあんまりアドバイス出来ないなー、夢の世界でもあんまり関わらなかったし』
そうなると、俺だけで答えを見つけないといけないな。
ていうか、元々宵のアドバイスなんて大して役に立っていないだろう?
偶に俺に発想の転換を促してくれるが、基本は驚き役じゃないか。
なんて授業を適当に流しながら俺は窓の外を見る。
兎にも角にも、まず萌衣姉ちゃんに会わないとな。
***
キーンコーンカーンコーン。
放課後が訪れると、俺は直ぐに3年の教室棟に向かった。
改めて学年が違うと、接触出来る時間も減ってしまう。
俺は萌衣姉ちゃんのいる教室に向かうと、彼女は丁度鉢合うように教室を飛び出してきた。
萌衣
「え? きゃあ!?」
萌衣姉ちゃんは勢いよく飛び出してきた為、俺とぶつかった。
俺は大丈夫だったが、萌衣姉ちゃんは後ろに尻もちをついていしまう。
萌衣
「痛た……! もう、誰?」
悠気
「大丈夫萌衣姉ちゃん?」
萌衣
「あ、ゆ、悠気!?」
萌衣姉ちゃんはまさか俺が上級生の教室前にいるとは思わなかったのだろう。
俺は萌衣姉ちゃんに手を差し出すと、萌衣姉ちゃんはビックリしていた。
萌衣
「ど、どうして悠気が3年生のいる階に?」
悠気
「萌衣姉ちゃんに会いに来た……て言ったら信じる?」
萌衣姉ちゃんは「え!?」と戸惑うと嬉しそうに顔を赤らめた。
知っていると少し複雑だが、俺は萌衣姉ちゃんの想いさえやっぱり踏み躙っていたんだな。
宵
『萌衣先輩って、夢の世界でも好意を隠す方だったから仕方ないよ』
悠気
(でも、蔑ろにしたのは間違いなく俺だ)
俺にとって萌衣姉ちゃんはある意味で特別な人だった。
だからこそ恋愛感情で見るべき相手じゃなかったんだ。
だけど俺はその責任を取らなければならない。
悠気
「萌衣姉ちゃん、少し時間いい?」
萌衣
「う、うん!」
萌衣姉ちゃんは顔を真っ赤にすると、何度も首を縦に振った。
本当に……ここまで感情が分かりやすい人なのにどうして俺は無視し続けてしまったのだろう……。
***
萌衣
(悠気と二人っきり、悠気と二人っきり、悠気と二人っきり!)
二人は校内を歩いていた。
だが萌衣の顔は真っ赤であり、その丸まった大きなパチリスの尻尾もビクビクと震えている。
萌衣にとって悠気とは、守るべき対象だった。
幼い頃の悠気は本当に可愛らしく、萌衣はお姉ちゃん振るには充分な理由だった。
しかし悠気が引っ越した後、再会したのは中学校に悠気が入学したその日だった。
桜並木で再会したとき、萌衣は驚いた。
あの頼りなかった子供が自分と同じように成長していたのだ。
そして何よりも嬉しかったのは。
(悠気
「あれ? もしかして萌衣姉ちゃん?」)
萌衣はその時どんな顔をしたのか。
悠気が自分を覚えていてくれた事はとても嬉しかった。
でも彼は知らない間に随分成長していたのだ。
身長も悠気に抜かれ、彼の周りにはお友達も増えていた。
萌衣は寂しかった、でも安心した。
悠気はもう心配が要らないんだ。
もうお姉ちゃんは必要ないんだ、と。
だから萌衣はなるべく悠気に対して姉のように接するのは止めた。
でも悠気にとって萌衣はやはり姉のような存在だったのかも知れない。
何年振りかに再開した幼馴染ではもういられなかった。
或いは……それが萌衣の求めた物だったのかもしれない。
萌衣
(悠気、私に話ってなんだろう……わざわざ会いに来たんでしょ? それってやっぱり?)
萌衣は顔を赤くして悠気の横顔を覗き込んだ。
いつの間にか凛々しくなっており、それだけでも萌衣は顔を反らした。
悠気
「図書室……」
ふと、悠気が図書室前で止まった。
萌衣も足を停めると、悠気は中へと入室を促した。
***
宵
『図書室……そういえば一度も利用した事ないな〜』
悠気
(お前読書とか全然しなさそうだもんな)
宵
『漫画は大好きだけどね♪ そういう悠気だって殆ど漫画しかなかったじゃない』
宵の言うとおり、俺もそこまで読書家じゃない。
漫画の蔵書はそこそこだが、あくまで高校生のレベルでだ。
妹は色々読んでいたようだが、趣味は俺とそれ程変わらない。
母さんは世界中を旅していた性か、時折日本語じゃない雑誌が家にあったりはしたがな。
萌衣
「あ、悠気……端の方空いてるよ?」
さて、意識を萌衣姉ちゃんに戻すと、俺達は薄暗い図書室にいた。
俺達は部屋の奥で適当に座ると、まず萌衣姉ちゃんを観察する。
萌衣姉ちゃんは顔を赤くしながらモジモジしていた。
気持ちどこか嬉しそうで、時折こちらの顔を覗いてきた。
萌衣
(これってデートかな? 図書室デートかな!?)
宵
『まー、何考えているか、この人一番分かり易いかもねー』
宵が呆れたように突っ込んだって事は、やはり萌衣姉ちゃんはそういう想いがあるんだな。
悠気
「萌衣姉ちゃん、何かここ最近困った事とかない?」
俺は両手を組むと、優しく萌衣姉ちゃんに質問した。
萌衣姉ちゃんは「え?」と不思議そうに目を丸くすると、顎に手を当てた。
萌衣
「えー、最近困った事、な、なんことかなー? 心当たりないなー?」
萌衣姉ちゃんは上の空のまま、どこか目が泳いでいた。
俺は「はぁ」と溜め息を吐くと、敢えて核心をつくことにした。
悠気
「お見合い、順調?」
それを聞いた時、萌衣姉ちゃんは全身の毛を逆立てた。
萌衣
「ど、どどど、どうしてそれを……?」
萌衣姉ちゃんはあからさまに挙動不審を見せた。
俺は目を細め、彼女の本当の想いを確認する。
悠気
「萌衣姉ちゃん、結婚を望んでいるの?」
萌衣
「う……そ、それは」
萌衣姉ちゃんは決して腹芸の出来るタイプじゃない。
基本的に真面目な乙女なのだ。
そんな萌衣姉ちゃんが気まずい顔をしたのは、自ずとその感情を晒すような物だった。
悠気
「嫌、何だね?」
萌衣
「うん……私、卒業したら結婚する事になっているの。お相手さん、まだ会った事はないけど、良い人らしくて」
宵
『お見合いかぁ、少し憧れもするけど、女の自由って難しい問題だよねー』
宵の意見は兎も角萌衣姉ちゃんのお見合いは、決して望んだものではない。
萌衣
「私ね? やりたい事があるの」
悠気
「やりたい事?」
萌衣姉ちゃんは深刻な顔で頷いた。
萌衣姉ちゃんのやりたいこと、それは。
萌衣
「私ゲームの製作者になりたい! そして結果さえ出せればお父さんだって……!」
それが萌衣姉ちゃんの本音であり、そして願いだった。
願いの欠片にあった大きなウエイトは萌衣姉ちゃんの持つコンプレックス。
中学までは体格にリスクがあっても、結果を残せた。
しかし高校に上がってからは萌衣姉ちゃんは徐々に成績を落としていた。
優秀な家族を持つ萌衣姉ちゃんはそれをコンプレックスにした。
父親に自分の自由を認めて貰いたい、それが萌衣姉ちゃんの願いなんだな。
悠気
「ならやろう!」
俺は快活にそう言った。
しかし萌衣姉ちゃんは拒否反応を示す。
萌衣
「いや、無理無理無理!? あくまでこれは願望であって! 出来るとは!?」
図書委員
「コホン! 図書室では静粛に」
気がつくと、図書委員の男子生徒が近くにいた。
萌衣姉ちゃんは苦笑いを浮かべると謝罪した。
萌衣
「あ、あはは〜、ご、ごめんなさい〜!」
萌衣姉ちゃんは席を立つと、そのまま逃げるように図書室を飛び出していった。
相変わらず萌衣姉ちゃんの性格なのか忙しない。
俺はゆっくり席を立つと、萌衣姉ちゃんを追いかけるのだった。
***
悠気
「萌衣姉ちゃん!」
校門前で俺は萌衣姉ちゃんに追いついた。
萌衣姉ちゃんは振り返ると、目が赤かった。
もしかして泣いているのか?
萌衣
「悠気……」
悠気
「萌衣姉ちゃん、なんでも無理じゃないんだ」
萌衣
「でも、私なんて本当に落ちこぼれで……」
悠気
「俺からすれば萌衣姉ちゃんは素敵な人だよ!」
俺は大声でそう言うと、周囲が俺達を注目した。
萌衣姉ちゃんは顔を真っ赤にすると、オロオロする。
俺は迷わず萌衣姉ちゃんの手を掴むと、そのまま引っ張った。
萌衣
「は、はわわ〜!? ゆ、悠気皆見てる〜!?」
悠気
「萌衣姉ちゃん? 萌衣姉ちゃんは自己評価がどうしてそう低いんだ?」
萌衣
「それは実際であって……」
萌衣姉ちゃん、意外とそこは頑固だな。
こうなれば後はもう最後の手段だ。
悠気
「萌衣姉ちゃん、久し振りだけど、萌衣姉ちゃんの家寄らせてもらうよ?」
それを聞いた萌衣姉ちゃんは口をポカンと開いた。
そのまま顔を真っ赤にした萌衣姉ちゃんは。
萌衣
「えええええーー!?」
***
俺が5歳の時までは少なくとも、俺は高雄家の近所に住んでいた。
それは月代家も同様で、あの頃は幼い子供同士で遊んでいたものだ。
そんな久し振りの地区に来た俺は少し懐かしさを覚えていた。
萌衣
「ううう、本当に来るの?」
悠気
「萌衣姉ちゃんの悩みに決着をつけるならこれが一番だからな」
俺は臆する事はなかった。
やがて高雄家は見えてきた。
ここは住宅街だが、とりわけ良い家、それが萌衣姉ちゃんの実家だった。
萌衣姉ちゃんは何度も俺の顔を振り返るが、やがて意を決めた萌衣姉ちゃんは玄関を越えるのだった。
萌衣
「ただいまー!」
萌衣の姉ちゃんの元気な声を聞くと、バタバタと中から足音がしてきた。
すると中から現れたのは萌衣姉ちゃんより少し身長の高いパチリスの女性だった。
全体シルエットは萌衣姉ちゃんに似ているが、金髪に近い芦毛で常に目を細めた笑顔が板についた女性は次女の萌花(もえか)さんだった。
萌花
「お帰りなさいー、萌衣ちゃん♪ あら、あららー?」
悠気
「どうもお久しぶりです、萌花さん」
萌花さんは大学生で萌衣姉ちゃんの一つ上の人だ。
大凡PKMのハーフとしては最初期の一人だという。
その上に萌美さんがいるが、この人は母親が違う連れ子だ。
そんな萌花さんはおっとりした雰囲気で、萌衣姉ちゃんの後ろにいる俺の顔を覗き込んだ。
やがて俺が誰か気付いた萌花さんは笑顔で手を叩いた。
萌花
「もしかしてー、ユウちゃん? 大きくなったわねー? まぁー、身長も抜かれちゃったわねー♪」
萌花さんもパチリスのPKMの性か身長は平均よりも低い。
俺より2等身は低く、萌花さんは本当に嬉しそうに背比べを始めるのだった。
そんなマイペースな萌花さんに、半ば呆れる萌衣姉ちゃんは萌花さんに割り込むのだった。
萌衣
「はいはい! 悠気は今日はお客様なの!」
悠気
「はい、お邪魔します」
萌花
「まぁー、そうなのー? ウフフー♪ 歓迎するわねー♪」
萌花さんはそう言うと、パタパタとご機嫌に中へと向かった。
俺は靴を脱ぐと玄関を上がらせてもらうのだった。
萌衣
「えと……うぅ、なんだか恥ずかしい」
悠気
「別に気にすることはない、俺も初めてじゃないし」
萌衣
「いや!? 何年前よ!? もうお互い子供じゃないんだしさ!?」
悠気
「だが、半分は子供です」
萌衣姉ちゃんも俺も既に大人の階段を登っている。
一方でそれは途上であり、まだ半分は子供なのだ。
俺はこれからそれを萌衣姉ちゃんに教えないといけない。
そして同時にその願いの意味を解く。
萌衣
「ただいまー」
萌衣姉ちゃんはリビングに向かうと、先程走って行った萌花さんと一緒にキッチンに彼女達の母親の高雄萌(もえ)がいた。
萌さんは萌花さんと会話していたらしく、俺を見るとニッコリ微笑んだ。
純血のパチリス娘の萌さんはとりわけ小さく150センチあるかないかだった。
萌
「あらまぁ♪ ユウちゃんいらっしゃい♪ 大きくなったわねー♪」
萌花
「お母さん私と同じ事言ってるよー?」
性格は萌衣姉ちゃんより萌花さん寄りで、萌さんも穏やかな人だった。
萌衣姉ちゃんはどちらかと言うとは忙しない印象だが、萌さんも同じような習性はあるんだろうか?
悠気
「お久しぶりです萌さん」
萌
「あらあら、こんなおばさんに丁寧に、イケメンさんになっちゃって♪」
萌さん、仕草こそおばさん臭いが容姿は萌花さんや萌衣さんよりも幼い。
純血PKMは老化し難いらしく、ある種の逆転現象が起きているようだな。
?
「ほう? 悠気君か、随分久し振りじゃないか!」
部屋の奥には非常に身体の大きな偉丈夫がいた。
高雄家の大黒柱正輝(まさき)さんだ。
正輝さんはボディビルダーのように身体を鍛えあげており、俺はその変わらぬ姿に苦笑いを浮かべた。
正輝
「それで育美殿はお元気か!?」
悠気
「お久しぶりです、母は元気ですよ」
正輝さんはそれを聞くと、暑苦しい笑顔を浮かべた。
この人豪快な髪型といい、まるでPKMみたいだが、列記とした人間だ。
正輝さんは俺が産まれる前から母さんと仕事上の付き合いがあり、正輝さんは今でも母さんを尊敬している様子だった。
母さんの謎の人脈、こういう所にあったりするんだよなぁ。
正輝
「ガッハッハ! そうかそうか! ところで今日は一体どうしたんだ!?」
俺は正輝さんが家にいるなら早いかと思い、迷わず彼の下に向かった。
そして俺は正輝さんの前で正座すると、本題を話す。
悠気
「正輝さん、萌衣姉ちゃんの結婚、延期してもらえませんか?」
萌衣
「っ!? 悠気!?」
正輝さんはそれを聞くと「ほお?」と目を細め、丸太のように太い剛毛に覆われた二の腕を組んだ。
俺は極めて真剣な態度、そして敬意を持ってこの人に向かった。
正輝
「何故君が萌衣の結婚を止めるのかね?」
正輝さんは正面に迎えるとまるで王のような威圧感があった。
いや、この王の威圧感は決して冗談じゃないのだ。
正輝さんは高雄商事という大きな会社を一代で築き上げた豪傑だ。
世間は魔更の奇跡の方を取り上げるが、この人とて時代を築き上げた真の覇王。
悠気
「萌衣姉ちゃんには束縛よりも自由を与えてやって欲しいのです」
俺がそう言うと、一番苦しそうにしていたのは萌衣姉ちゃんだった。
萌花さんや萌さんも身体を寄せ合い心配そうだった。
正輝さんは俺を威圧的に見下ろすと、厳かに言った。
正輝
「束縛よりも自由? 自由とは如何に?」
悠気
「自由は無法ではない、だけども今萌衣姉ちゃんに縁談を与えても、萌衣姉ちゃんの将来を閉ざす事を俺は許せません」
正輝
「ふむ……そういう事か」
正輝さんはそう言うと俯いた。
俺は息を飲む。
正輝
「ガーハッハ! そこまで娘の事を想ってくれたとは! この正輝感無量ー!! 悠気君! そこまで萌衣の事を想ってくれるなら縁談など破棄じゃー!!」
正輝さんは豪快な笑いを飛ばすと、俺は安堵した。
後ろを振り返ると、胸を抑えた萌衣姉ちゃんは驚きのあまり一筋の涙を零していた。
萌衣
「悠気……そんなに、私の事を?」
正輝
「して? そこまで想って直訴すると言うには、勿論理由があるよな?」
悠気
「はい、1年でいいんです、萌衣姉ちゃんの本当にやりたい事をやらせて貰えませんか?」
正輝
「萌衣のやりたい事?」
正輝さんは萌衣姉ちゃんを見た。
萌衣姉ちゃんは一度怖じ気づくも、自分に活をいれると正輝さんに言った。
萌衣
「私ね? ゲームクリエイターになりたいの!」
「ゲームクリエイター?」と萌さんと萌花さんはキョトンとしていた。
そしてそれを直接聞いた正輝さんは。
正輝
「ほう? 陸上一直線のお前がか? しかしそんな事可能なのか?」
萌衣
「うぐ!? そ、それは……」
急に弱気になる萌衣姉ちゃん、こういう所は等身大の女性だな。
悠気
「可能です、俺が可能にします」
俺は自信満々にそう言うと、野次は「キャー♪」と黄色い声を上げる。
当然それを聞いた萌衣姉ちゃんは耳まで真っ赤だった。
正輝
「ガッハッハ! 二人三脚でか!? 結構!」
そう二人三脚だろう。
でもきっとその足はこの先幾らでも増えていくだろう。
今は途方も無い夢かもしれないが、夢は必ず叶えてみせるから。
宵
『萌衣先輩の願い……これだったんだね』
宵は穏やかな声でそう言った。
きっと今敏感にその優しい願いを受け止め、それを夢の世界に反映しているのだろう。
正輝
「して悠気君! 1年と言ったな?」
悠気
「はい? 言いましたが……」
正輝さんは暑苦しい顔を近づけると、俺は少し戸惑った。
ここまで暑い人は逆に発想が突発的過ぎて予想し辛い。
正輝
「君もゆくゆく社会へと歩む身、社会の厳しさを学ぶにはまたとない機会! 納期は一年! 見事俺を満足させる作品を萌衣と共に俺に見せるがいい!!」
萌衣
「っ! やるよ! 私! 悠気となら絶対やってみせる!」
正輝
「ガッハッハ! よく言った我が愛娘よ!! そしてだ」
正輝さんはそこで予想外の正座を俺の前で行った。
その顔は厳かに真剣で、その鋭い眼光が俺を捉えた。
正輝
「悠気君……いや悠気殿、俺は悠気殿こそが高雄家に相応しいと思っている。どうか萌衣との縁談お受けしてほしい!」
正輝さんは土下座するとそんな事を言った。
すると萌衣姉ちゃんは耳まで赤くすると、全力で走り込み正輝さんに渾身のドロップキックを放った!
萌衣
「高校生にする話かー!!?」
ドグシャア!! というような音がした正輝さんは顔面を凹ませ後ろに倒れる。
周囲はその光景にドン引きした。
いや、一番驚いたのは俺なんだが。
宵
『うわ、死んだ?』
悠気
(萌衣姉ちゃんを殺人者にするな! 縁起でもない!)
萌衣
「はぁ、はぁ、はぁ!」
正輝
「ぐふ!? 愛娘よ……前が見えねえ」
萌衣
「いい!? 悠気とは!! もっと、健全な関係でいたいのー!!」
萌
「誰もそんな事聞いてないと思うけれど?」
萌花
「お盛んねー♪ ウフフー♪」
女性陣の反応は様々だが、少なくとも男性陣とは決して相容れない何かがある気がした。
萌衣
「悠気!? お父さんの言ってた事本気にしなくていいからね!?」
悠気
「は、はい! 了解であります!」
俺はそう言うと恐れ慄いて敬礼をした。
フラフラと顔を抑えた正輝さんはゆっくり巨体を起き上がらせると。
正輝
「むぅ……萌衣よ、強くなったな?」
萌衣
「そりゃお父さんの子供だからね!? でも暑苦しいのいい加減鬱陶しいんだよ!?」
萌
「それが良いのにー?」
奥さんはそう言うが、萌衣姉ちゃんは無視した。
一方で娘の反逆に驚いたのは正輝さんだった。
正輝
「まさか萌衣……お前にそんな我があったのだな」
萌衣
「私お父さんの期待に応えたくて、陸上部で一杯頑張ったよ? お父さん自慢の子でいたくて……でも、もう無理なの、私なんて何も才能なんてないし、お父さんの期待になんて応えられない」
萌衣姉ちゃんは自己評価が恐ろしく低い。
確かに高雄家の人々はいずれもハイスペックだ。
正輝さんは会社をまとめ上げるカリスマ経営者であり、萌花さんは大学生で既に文学の分野で賞を頂く程の人気作家だ。
それに対して確かに萌衣姉ちゃんはこれといった結果を出していない。
だが、俺は安心して微笑んだ。
その答えは周囲の顔にあった。
萌
「えー? 萌衣ちゃんは立派な自慢の萌衣ちゃんよー?」
萌衣
「お母さんはそう思うかもしれないけど」
悠気
「いや、萌さんだけじゃない、萌花さんは?」
俺は萌花さんに振った。
萌花さんはニッコリ微笑むと、勿論という風に萌さんに賛同した。
萌花
「勿論萌衣ちゃんは立派よー♪ だってだってー♪ 私なら萌衣ちゃんみたいに頑張れないよー♪」
萌衣
「萌花姉さん……」
?
「ただいまー、あー疲れた……て、なにこれ?」
突然この状況でスーツ姿の女性が現れた。
黒髪の美人女性で身長は180近くあり、俺よりデカイ。
高雄家長女の萌美さんだ。
萌美
「ちょっとちょっとー? なにこれ? 誰か説明してよー?」
悠気
「萌美さん、お久しぶりです」
俺は萌美さんに頭を下げると、萌美さんは驚いた。
やっぱり萌美さんも俺を覚えていたんだな。
萌美
「え!? もしかして悠気!? あれま、こんな立派になっちゃって」
皆同じ事を言うな、やっぱり親子か。
俺は萌美さんに一部始終を説明するのだった。
***
萌美
「はぁー? そりゃ100%お父さんが悪いでしょ!?」
萌美さんは堅苦しいスーツを脱ぐと、タンクトップ一枚という開けた姿でビール缶を開けると、議論に参戦した。
女性4人対して如何に覇王といえど正輝さんの立場は弱かった。
正輝
「いや、萌衣も嫌とは言わないし?」
萌美
「あの子はお父さんとは違うの!! それ位気付け!!」
ズドン! とテーブルを叩く萌美さんは確実に正輝さんの子だと感じる気性の持ち主だった。
思わず正輝さんも怯むが、萌美さんはさらに叩き込む。
萌美
「大体高校生の内にお見合いってのが早すぎるっての!! 今どきそんな早さで婚活する女がいるかー!!」
正輝
「も、勿論それはキャンセルしたぞ!?」
萌美
「で? もっといい男見つけたから悠気に切り替えたと? そっちの方がありえないでしょーが!!? 悠気高校生よ!? お相手の親御さんになんて説明するのよ!?」
俺は思わず想像すると、母さんは笑顔で「OK!」する姿が脳裏を過ぎった。
親父は……分からん、親父も俺似で絶対押し倒される側だろうな。
萌美
「いい!? 萌衣! アンタは好きに生きればいいのよ! 大体今更子供の道を親が決めるとか時代錯誤なのよ!!」
正に滅多打ちだった。
俺は初めからこの家に悪い人がいない事は知っていた。
あったとすれば、些細なすれ違いだったのだ。
こうやって、それをちゃんと確認し合えばこの家庭は間違いなく大丈夫だ。
少し羨ましい位、家族仲は良いもんな。
萌美
「ああそれと、ゲームクリエイターだっけ? 萌衣丁度いいわ! うちの会社来なさい! 資本金はいくらいるかしら?」
正輝
「それならこれ位」
正輝さんは身体を乗り出すと、なにやら計算機を叩き始めた。
つか資本金って……?
萌衣
「ちょっと萌美姉さん? お父さん? なにを?」
萌美
「会社立ち上げなさい! とりあえず良いペナント見つけて、会社としては高雄商事の子会社として」
正輝
「うむ、それなら良い場所があるぞ!」
萌衣
「いや、いやいやいや!? 気が早すぎ!? ゆ、悠気二人を止めて!?」
改めて根っからビジネスマンになった萌美さんは、萌衣姉ちゃんを置いてけぼりで話を進めていた。
俺は微笑ましく見ていたが、流石に助け舟が出されたか。
悠気
「案外上手くいくかも」
萌衣
「ちょっと悠気ー!?」
萌
「はいはい♪ 皆揃ったんだから晩御飯ですよー♪」
萌花
「ユウちゃんの分もあるからねー♪」
悠気
「ご馳走になります」
俺は安心した。
これでもう萌衣姉ちゃんは心配いらない。
何かあれば必ず俺は手を貸すし、勿論この家族も同様だ。
萌衣姉ちゃんの必要なのは、本当は結果じゃなかった。
本当に必要なのはこういった暖かさの方だったんだろう。
『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』
第37話 高雄家の願い事 完
第38話に続く。