第36話 幸せの納得
悠気
(さて、どうしたもんか)
凡そこの世界の終わりまでのタイムリミットは後1週間という程度か。
俺は改めて幸太郎救済という問題の定義について考える。
幸太郎にとって吹寄女子は取るに足らない相手である。
しかし幸太郎は良かれと思って彼女の覚悟を踏みにじり、吹寄は自殺に追い込まれた。
ここで2点、幸太郎救済に繋がりうる問題がある。
一つは吹寄の自殺を止める事だ。
悠気
(一見すれば簡単そうに聞こえるが)
宵
『実際本当にそれが解決に繋がるか……それは解らないよね』
宵の言う通り、吹寄の自殺阻止する事ですべてが解決するかは解らない。
というか、それを幸太郎が自覚出来なければ救われたことにはならないんだ。
であるならば……必然的に幸太郎が吹寄を受け入れるように誘導する……なんだが?
宵
『もっと無理ー! 第一幸太郎には常葉さんがいるんだよ?』
俺は溜め息を吐いた。
最近いつも学園の屋上でどうすればいいか頭を悩ませていた。
悠気
「とするならば……幸太郎の納得、そこに鍵があるか」
俺はそう呟くと立ち上がった。
幸太郎は恋愛を望まない、悲しい話だが、吹寄の悲恋は覆せそうにない。
だが、幸太郎と吹寄が良き友人になる可能性なら有る筈なのだ。
未来は誰にも解らない、だからこそ俺達は可能性に賭ける。
悠気
「とりあえず行動開始!」
宵
『えいえいおー!』
俺は屋上から校舎に戻ると、直ぐに早歩きである人物を探す。
目当ての相手は吹寄だ、一先ず何故吹寄が幸太郎を好きになったのかも知らなければならない。
***
吹寄はあくまでも普通の地味な女の子だ。
これと言って友達はいない、なにか目立った経歴もなく、かと言って下から数えるようなタイプでもない。
気弱そうな性格は、悪い印象を植え付けるのかイジメの噂もあるが、肝心のその証拠も見つからず、これに関しては噂の息を出なかった。
悠気
「……ビックリする位、コウタと接点がないな」
宵
『そもそも幸太郎に浮ついた話なんて聞かないもんねー』
世の健全男子なんてそんな物だろうが、それならそれでどうすれば吹寄は告白まで至るんだ?
いや、そもそも告白は結果だ、果たして本当にそこに全ては集約するのか?
宵
『疑問なんだけど……幸太郎って、逆にどう思ってるんだろう?』
悠気
(誰だこいつ以上になるとは思えない……)
宵
『でもでも! やっぱりそれで吹寄さんが毒になるなんてやっぱりおかしいよー!?』
……確かに、冷静に思えば幸太郎は誰よりも大人な奴だ。
やさぐれていた頃の俺にも気配りが出来る男で、誰よりも先に大人になったって感じだった。
確かに不幸な事故だったが、幸太郎が自分で処理出来ないなんて普通じゃないな?
悠気
(なら、幸太郎は吹寄に好意とは違うなにかがあったと?)
宵
『分かんないけど……でも、そうじゃないやっぱり納得行かないもん……』
ふむ、納得、納得か。
今回重要な要素は納得、奇しくもそれは俺達も納得の答えを見つけないといけない。
宵
『あ、吹寄さん動くよ』
時間は放課後、各々の生徒が動き出す中、吹寄は少し遅れて教室を出た。
俺は吹寄を尾行し、彼女の事を探る。
宵
『吹寄さん、真っ直ぐ帰るのかなー?』
俺は何も答えなかった。
俺の勘だが、吹寄を俺は白だとは思っていないからだ。
あくまでも勘に過ぎないが、俺はどうして文学少女の彼女が体育館裏にいたのか気掛かりだった。
実はそこがお気に入りポイントだったとか、そこから幸太郎を覗いていたとか、事情は色々考えられるが、俺はどうしても噂が気になっていた。
宵
『いじめの噂? でも確証取れなかったじゃんー』
悠気
「そう、だな……そうなんだが」
やがて吹寄は踊り階段を降りて行く。
その途中、彼女は足を停めた。
眼の前には金髪不良が立っていた。
金髪不良
「よぉ、ちょっと協力して欲しいんだけどさー?」
吹寄
「ヒィ!? あ、あ」
吹寄は怯えていた。
不良はニヤニヤと笑っている。
宵
『た、助けないと!?』
悠気
(いや、少し様子を見る)
宵
『ええ!? 吹寄さんこのままじゃ!?』
宵は批難するが、俺にとってこれは好機だった。
遂に俺が求めていた疑問に対する答えが分かるかも知れない。
勿論不良が吹寄に暴行を仕掛けるなら、俺は迷わず飛び込むが、今は泳がせている方が都合が良い。
金髪不良
「へへへ、なに痛くはしねぇよ!」
金髪不良はそう言うと強引に吹寄の腕を取った。
吹寄は悲鳴を上げる、俺は冷静に状況を見極め、その後ろから様子を伺う。
金髪不良は吹寄の腕を引っ張ると、強引にどこかへと連れて行った。
宵
『た、大変だよ!? これ、本当に大丈夫なの!?』
悠気
(目的を知りたい、そこまではな)
俺は少し冷酷な対応だが、これで不良共と吹寄の立ち位置を確定出来るのは大きいと踏む。
そのまま尾行すると、金髪不良は体育館裏に向かった。
金髪不良
「聞こえるか百代ー!」
金髪不良は吹寄の首を腕でホールドすると、そう叫んだ。
吹寄は恐怖でガタガタ震えている。
体育館では今も盛況に部活に励んでいるだろう。
そんな中からコウタは姿を表した。
幸太郎
「貴様は……、なんの用だ?」
コウタは柔道着姿で険しく金髪不良を睨んだ。
金髪不良
「へへへ、テメェとそろそろ決着をつけてーんだ」
幸太郎
「俺としてはお断りだと言っている」
金髪不良
「だが、テメェはこの状況で腑抜けている腰抜けかあ?」
吹寄
「あぐ!?」
金髪不良は吹寄の首を絞めた。
吹寄は呻き、幸太郎は前に出る。
幸太郎
「貴様!? 無関係な者まで巻き込んで!?」
金髪不良
「それがいやならタイマンだ! いい加減決着つけようぜ!? なぁ百代!?」
コウタは迷っていた。
武を極めんとする男が無益な喧嘩を良しとはしない。
まして柔道部のエースがとなれば、それは決して出来る事ではなかった。
幸太郎
「いいだろう……! 貴様の性根、ここで更生させてやろう!」
コウタは前へと踏み出す、だが俺はもうこれで充分だと把握した。
悠気
「コウタ、お前が出る幕じゃない」
俺は金髪不良の真後ろでそう言った。
コウタは驚くが、不良はそれ以上だ。
金髪不良
「テメ!? いつの間に後ろに!?」
魔術によって気配を薄くしていた俺は容易に後ろをとれた。
間抜けな顔を見せる不良に俺は無言でまず、吹寄を掴んだ右腕を捻った。
金髪不良
「ぐわあああ!?」
吹寄はその隙に金髪不良から離れた。
コウタはすかさず吹寄に駆け寄った。
幸太郎
「大丈夫か君!?」
吹寄
「は、はい」
織れは吹寄の無事を確認すると金髪不良に振り向く。
腕を逆関節に決められた金髪不良は意地と根性で俺を睨んだ。
金髪不良
「テメェ上等だ!?」
悠気
「黙れ」
俺は金髪不良を地面に押さえつけた。
そのまま四肢を拘束すると、金髪不良はお手上げだった。
幸太郎
「誰か! 先生を呼んでくれ!」
金髪不良
「ち、畜生……! ここまでか」
やがて、教室がやってくると、金髪不良は拘束された。
俺も連行されるが、私闘は未然に防がれたのだ。
***
吹寄
「あ、あの……百代さん、ありがとう御座います」
幸太郎
「気にするな、それより何故あんな奴に?」
幸太郎と吹寄の縁、それはどこから始まったのかは分からない。
ただ、吹寄に恋心が芽生えたのは事実だった。
***
あれから1週間、あれ以来事件らしい事件はなかった。
というか主犯格の金髪不良が捕まった事は、その後の展開に大きく好転した可能性がある。
そんな通学中の朝。
幸太郎
「よお、おはよう悠気」
悠気
「おう、コウタ、今日は朝練は無しか」
幸太郎
「うむ、こうやって通学時間に会うのも久し振りだな」
コウタとは仲は良いとはいえ、四六時中つるんでいるような関係でもない。
ただ、コウタの表情はいつも通りで落ち着いていた。
幸太郎
「今日は山吹の姿はないな?」
悠気
「アイツも朝練があるなら現れないからな」
俺と違い、部活で忙しいコイツらとは事情が違う。
そんな他愛もない会話をしながら俺達は学園の校門を通り抜けると下駄箱に向かう。
幸太郎
「む?」
ふと、幸太郎は下駄箱を開くと静止した。
そして幸太郎は下駄箱から上履きではなく、一通の手紙を取り出した。
幸太郎
「ふ、古風な事だ」
悠気
「果たし状か?」
幸太郎
「かもしれんな?」
俺は間違いなく、コウタが手に持つのがラブレターだと確信した。
宵
『ど、どうするの? このままじゃ!?』
宵は物凄く焦っている。
というのも、コウタも吹寄もこれまで進展らしい展開は何もなかったのだ
つまり、ほぼ告白は失敗になる、それが分かっているからだ。
悠気
「で、人気者はどうするんだ?」
幸太郎
「さぁな……どうするべきかな?」
悠気
「俺が唯一言える忠告だ、コウタは納得の行く答えを見つけろ、そうじゃなければお前は何も残らない」
幸太郎
「時々……悠気は分からない時がある」
幸太郎は上履きに履き替えると、そう言った。
それは少し幸太郎が寂しそうな姿だった。
幸太郎
「教えてくれ悠気、納得の行く答えとは? お前は何を知っている?」
悠気
「ふ、こればっかりはな……」
俺はそう言うと、先に教室に向かった。
幸太郎は手紙を握りしめ、しばしその場に立ち止まった。
***
昼休み、中庭には人の姿は少なかった。
まだ日差しが暑く、この環境を好まないのも事実だろう。
そんな中、俺はある二人が現れるのを待っていた。
幸太郎
「この手紙は君か、吹寄」
吹寄
「は、はい」
やはり幸太郎にラブレターを送ったのは吹寄だった。
吹寄は緊張しており、顔を赤くしていた。
幸太郎
「今更古風な事だ、手紙を下駄箱になど?」
吹寄
「ご、ごめんなさい」
コウタは首を振ると、微笑を浮かべ否定した。
幸太郎
「気にするな、俺も些か時代錯誤な人間だ」
悠気
(そういう自覚あったのか)
幸太郎
「で、俺になんのようだ?」
コウタはここまで、殆ど俺の知っている史実通りと同じ動きをしている。
それは勿論吹寄もだ。
宵は露骨に不安を募った。
宵
『ほ、本当にこれでいいの?』
悠気
(俺はコウタを信じる、コウタに必要な切欠は与えた)
コウタという男はそこで止まる男では無いはずだ。
本来なら俺の助けも必要がない筈である。
俺にできるのは精々露払いだ。
吹寄
「っ! 好きです! 付き合ってください!」
吹寄は精一杯の勇気を出しているだろう。
そして俺は結果を知っている、そこにある答えは残酷だろう。
幸太郎
「……すまん、俺はその好意を受け取れん」
吹寄
「あ……ぅ」
吹寄は泣いていた。
その顔を手で覆うと、吹寄は幸太郎に背を向けた。
だが、そこで幸太郎は史実と違う動きをした。
幸太郎
「だが! 俺は君を放っておけん!」
吹寄
「えっ?」
幸太郎
「見ての通り俺は古臭い男だ、いきなり付き合ってくれと言われても無理だが……友人としてからなら付き合おう」
幸太郎はそう言うと微笑んだ。
吹寄は泣きながら、しかし優しく微笑んだ。
吹寄
「は、はい! 迷惑じゃなかったら、よろしくお願いします!」
俺はそれを見ると満足して、その場を去った。
宵
『なんで? どうして結果が変わったの?』
悠気
「コウタはな? 俺とは違って完璧な男なんだよ、ただ不器用な男だ……それでも幸太郎は優しさを忘れない男さ」
幸太郎のとって、配慮というのはあって当然の感情だった。
だがその配慮が傷心の女性には間違った配慮となってしまった。
幸太郎の想い全てが他人に伝わる訳じゃない。
だが伝える努力を忘れれば、この世界は不和と不信の世界になるだろう。
悠気
「ここにいちゃ野暮だ、若葉悠気はクールに去るぜ」
俺はそう言うと、その世界から消え去る。
俺は満足して夢の世界へと帰還するのだった。
***
ワイワイガヤガヤ!
夢の世界の拡張は進んでいる。
今では空は青く、おかしなオブジェクトの姿ももう無い。
それでもまだ完成という訳ではなく、所々未完成な部分も残していた。
悠気
「まぁ成るには成ったな」
宵
『悠気〜、満足したみたいだけど』
悠気
「忘れちまったぜ……満足なんて言葉」
宵
『チームサスティファクション!?』
俺はそう言うと、ある男を見た。
ここは街中だ、まだ行き交う人の数はそれ程多くない。
しかし……。
幸太郎
「こっちだ、吹寄」
命
「早く! 吹寄先輩!」
吹寄
「ま、待ってください二人共〜!」
人混みを掻き分け、相変わらず仲の良いコウタと常葉。
そしてそんな二人に受け入れられた吹寄は、必死に後ろをついていった。
宵
『結局吹寄さんって……』
悠気
「彼女は不幸だったかも知れない……でも、これから幸福が待っているかも知れないだろう?」
吹寄はただの被害者だった。
結局噂も噂でしかなかったし、真剣にコウタを愛しているのも彼女だろう。
コウタにとって、今はただの友達かもしれない。
でも数年後も同じとは限らない……だろう?
『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』
第36話 幸せの納得 完
第37話に続く。