第30話 幸福と安心
悠気
「切っ掛けか……」
俺は瑞香を救う方法、その切っ掛けを求めていた。
とはいえそんな物が簡単に現れるのなら救うのは楽じゃない。
暗くなる時刻、俺はファミレスを眺められる場所で瑞香が出てくるのを待っていた。
宵
『正にストーカーの行為!』
悠気
(なんとでも言え)
我ながら自分のやっていることがキモいなとは自覚している。
所詮俺には女心など分からん。
不器用でも俺はこういうやり方しか出来んのだ。
宵
『瑞香ちゃんは貴方を嫌いじゃない……ただ、好きって簡単じゃないんだよね』
宵はその点素直だった。
麻理恵さんも素直な性格だったが、その点瑞香はかなりの意地っ張りだ。
瑞香がもう少し素直だったら、これほど俺も苦労はしないさ。
悠気
(ん? 動いたか?)
俺は瑞香側からは見えない場所からファミレスの入口を見た。
すると瑞香が学生服で出てきたのだ。
宵
『今更だけどそれ意味あるの? 透明化するなり、認識阻害するなりすれば楽じゃない?』
悠気
(そうやって楽な方に甘えていると、いつか痛い目見るぞ)
宵
『改善だよ、改善あるのみ!』
改善か……彼の口癖のような言葉だったな。
宵も座右の銘のようにしており、彼らにとって大切な心掛けだったのだろう。
悠気
「忘れるな? 俺は魔術師じゃない……」
俺はそう言うと歩き出す。
夢を護る事は俺には大切な事だ。
改善、改善あるのみと言うならその通りしよう。
***
瑞香
「はぁ……」
瑞香は疲れたのか、元気もなく気怠げだった。
コンビニに入ると彼女は迷わずドリンクコーナーに行き、そして次に惣菜コーナーに向かった。
宵
『うわぁ……瑞香ちゃん』
宵も思わず絶句した、どこぞの草臥れた独身サラリーマンの晩飯じゃないんだぞ、と思わずツッコミたくなるな。
そのまま瑞香はレジに向かうと精算し、コンビニを出た。
俺は迷わず瑞香の前に出る。
悠気
「瑞香……!」
瑞香は俺を見て驚いたように目を丸くした。
瑞香
「悠気……どうしてアンタが?」
悠気
「お前、それはなんだ?」
俺は瑞香の持っていたコンビニ袋を指摘すると、瑞香は顔色を険しくした。
瑞香
「関係ないじゃない! アンタなんかに!」
瑞香は予想通り難色を示した。
俺は目を細め、この少女の本質を正確に見極める為言葉を選ぶ事にした。
悠気
「それで良いのか?」
瑞香
「な、何がよ……?」
悠気
「お前、そんな生活してて身体が保つと思っているのか!?」
瑞香は無茶な生活を送っている。
傍目に見て、ここまで酷いとは思わなかった。
ダンボールハウスで河川敷の橋の下に住み、学校が終わったら生活費の為に遅くまでバイトして、そして食生活はこのザマか。
俺は呆れ果て首を横に振った。
瑞香は涙目になると、癇癪を上げた。
瑞香
「煩い! 煩い煩い煩い!? アンタに私の何が分かるのよ!? アンタなんか……アンタなんか大っ嫌い!!」
瑞香はそう言うと逃げ出すように走り去った。
俺はその小さな背中を目で追って、その目を細めた。
宵
『え? えーと? コミュニケーション大失敗?』
悠気
(もう女心とか、空気を読むとか知らん!)
宵
『ちょ!? それで瑞香ちゃんどう救うっていうの!?』
宵は流石にいつものような冗談を挟む余裕は無いようだった。
俺は静かに瑞香を追いかけながら、宵に言った。
悠気
「言っておくが宵よりも、俺は瑞香の事の方が知っているつもりだ」
宵
『悠気……』
宵はそれを聞くと何も言わなかった。
そう、俺は瑞香の事を知っている。
無論何もかもでは無かったが。
悠気
(瑞香……お前こそ俺の何を知っている? 俺はお前が大好きだぞ!)
***
瑞香
「ヒック! うぅ……!」
瑞香は住処である河川敷まで走った。
がむしゃらで何も見えていなかったが、その顔には涙が溢れていた。
悠気に責められたこと、それは瑞香にとって辛かったが、それ以上に辛かったのは悠気に嫌いって言った事だった。
悠気がどうして自分の前に現れるのか、何故悠気は瑞香を心配しているのか。
瑞香の心は既に限界寸前だった。
瑞香が何もかもを無価値にした時、彼女が無敵の人になる寸前なのだ。
理性がそれを杭止めていたが、悠気には甘えられない。
自分の問題は自分で解決する、そんな瑞香の想いが簡単に彼女を追い詰めた。
瑞香
「馬鹿……悠気の馬鹿ぁ」
瑞香は意気消沈したまま、橋の下に向かった。
しかし……そんな彼女が自分の寝床を見た時、彼女は顔を青くした。
瑞香
「え……? 無い? 寝床は!?」
瑞香の前にあった筈のダンボールハウスは撤去され、彼女の前にはただ鬱蒼と生える雑草だけだった。
瑞香はその最後の一線さえも失うと、遂に膝から崩れ落ち号泣した。
瑞香
「なんで! なんでこの世界はクソなのよぉー!?」
瑞香はまるで恨みを放つように慟哭し、叫んだ。
だが、そんな彼女の後ろにいた少年は決意の眼差しで瑞香を見ていた。
悠気
「だから俺はお前を連れ出す……!」
***
……俺は考えた。
考えて、考えて……無茶苦茶考えた。
けれどそれは失敗だった、人生経験がまるで足りない俺には考えてもその思考が実際には役に立たない事を経験した。
だから俺はシンプルで野蛮とも言える行為を実行する事にした。
悠気
「だから俺はお前を連れ出す……!」
瑞香
「え?」
瑞香は今にも死にそうな顔で振り返った。
俺はそんな瑞香を見て、自分が許せなかった。
俺には瑞香を救える力がある、なのに俺は出し惜しみしていた。
瑞香の何もかもを知るには不十分だった。
悠気
「瑞香、俺はお前の事好きだ、だから俺はお前を許せない!」
瑞香
「ゆ、悠気……?」
俺は迷わず瑞香を抱き締めた。
瑞香は少しビクッと震えるが、俺はそのまま瑞香を持ち上げた。
瑞香
「きゃ!? ゆ、悠気? こ、これなに?」
悠気
「黙っていろ、舌噛むぞ?」
俺はそう言うと瑞香をお姫様抱っこのように持ち直すと、神速で走った。
瑞香は悲鳴を上げる間もなく、俺は街を駆け抜け自宅へと向かった。
自宅に辿り着くと俺は立ち止まる。
瑞香は震えて俺にしがみついていた。
瑞香
「あ、アンタ一体何者なの?」
悠気
「お前の知っている男だ」
俺はそう言うと彼女を抱えたまま、玄関を入った。
幸い鍵は開けていた、こういう予想は持っていたからな。
玄関を抜けると、俺は家の灯りを点ける。
瑞香
「きゃ!? ちょ、ちょっとこのままで!?」
瑞香は嫌がるようにジタバタするが、俺は構わず抱えたまま瑞香を風呂場に運んでいく。
俺はそこで瑞香を降ろした、瑞香はキョトンと目を丸くした。
悠気
「風呂入ってろ、俺はお前の飯を用意する」
俺はそう言うとその場を離れた。
瑞香
「な、なによそれー!?」
瑞香の絶叫も俺は何処吹く風、迷わずキッチンに向かうのだった。
悠気
「とりあえず簡単に作れるのがいいか」
俺はまず炊飯ジャーに使う分のお米を研いで入れる。
醤油を少々、更にゴボウがあったので、笹掻きにして混ぜる。
混ぜご飯という奴だが、例によって彼の記憶からの再現だ。
こうやって俺自身も学び、改善してくのか。
悠気
「よし、瑞香の様子を見てくるか」
俺は炊飯ジャーを起動させると、俺は先ず母さんの部屋に向かった。
瑞香も着替えがないと困るだろうからな。
俺はそんな女物を適当に見繕うと、風呂場に向かった。
悠気
「瑞香ー! ちゃんと風呂入ってるかー!?」
瑞香
「覗くな馬鹿ー!」
うむ、どうやら風呂場にはいるようだな。
最も風呂沸かしていなかったから精々シャワー位だろうがな!
***
瑞香
「……」
瑞香はシャワーを浴びていた。
正直どうしてこうなったのか、まだ理解していなかった。
ただ、久し振りにシャワーを浴びた心地は気持ち良かった。
瑞香
「こんなの本当に久し振りよ……なんで」
瑞香は顔からシャワーを浴びて、涙を洗い流した。
その胸にあった想いが不可解であり、どうして悠気がこんな事をするのかまるで分からなかった。
瑞香
「私のこと好きって……そんなの……」
嬉しかった、瑞香は悠気に好きって言われた事に心が震わされた。
言葉では嫌い、そう言っても瑞香の本当の気持ちは好きなのだ。
だが瑞香はまだ顔を明るくする事は出来なかった。
瑞香の中には自分が幸せになってはいけないとでも言うかのようなどんよりとした暗い顔があった。
そしてそれはあの月代宵も危惧していた。
宵
『瑞香ちゃん……どうして? 夢の中と何が違うの?』
宵はそんな弱い瑞香に疑問を思う。
現実の瑞香を殆ど知らなかった宵にとって、瑞香はほんの上辺を知っていただけなのだ。
そしてそれは悠気が希望だった。
宵の知らない瑞香の本質を本当に受け入れられるのは悠気だけなのだ。
宵
『お願い瑞香ちゃん……笑顔一杯の頼れる瑞香ちゃんが帰ってきて……』
宵は祈る様に手を合わせた。
自らが神のような存在でありながら、宵もまた運命を見定められぬただ無知な理でしかない。
そんな彼女の姿をただ移ろう者である定命者の瑞香は認識する事さえ出来なかった。
***
トントントン。
瑞香
「この臭い……」
俺はキッチンで味噌汁の準備をしていた。
更にグリルでは今焼き魚も着実に完成を待っていた。
悠気
「おう、もうすぐ晩飯だから待ってろ」
俺はそう言うと、瑞香は少し戸惑った顔をした。
無理もないが、何故俺がこんなに積極的になるのか瑞香は分からないのだろう。
瑞香
「アンタ……料理なんて出来たの?」
悠気
「まぁな、母さんがいないなら俺がやるしかないだろう?」
瑞香
「そういえば……悠気、お母さんは?」
悠気
「さぁな、父さんの所に行っているんだろうさ」
家の中には今は俺と瑞香しかいない。
ある意味当然だが、こっちにはみなもさんや麻理恵さんはいないし、なによりも妹が存在しない。
この部分は宵が空気を読んでくれたという具合だが、だからこそ俺も気兼ねなくやれるのだ。
悠気
「瑞香、綺麗になったな!」
俺は風呂上がりの瑞香を見て、そう言うと瑞香は顔を真っ赤にした。
艷やかなエメラルド色の長髪は、久し振りに洗われて艶を取り戻していた。
瑞香
「ば、馬鹿じゃないの!? な、何よ突然……その」
瑞香は顔を真っ赤にしたまま、モジモジと身体を揺らした。
恐らく満足に銭湯にも行っていなかったろう、女子が身嗜みに注意するなんて当然だからな。
瑞香
「そ、その……替えの服ありが、とう」
悠気
「ああ、と言っても母さんのだがな」
今瑞香は私服に着替えていた。
母さんは身長が高いから瑞香が着ると少しぶかぶかだが、男物よりマシだろう。
悠気
「よし……あとは米が炊けたら完成だな」
俺はそう言うと家事をテキパキと熟していった。
彼の知識から得られた経験は本当にこういう時はありがたい。
そんな俺を見た瑞香はポカンとする。
瑞香
「アンタ……普段と全然違うじゃない……いや、そもそもアンタ何者?」
悠気
「俺は若葉悠気、それ以上でもそれ以下でもない!」
宵
『そんな悠気! 粛清してやる!!』
宵が突然茶化してくるが、瑞香は殴りかかってはこなかった。
いや、暴力女の異名を持つ瑞香が本気でグーパンしてきたら、俺も「これが若さか」と言わざるを得ないが、今の瑞香にそんな余裕はない。
悠気
「ま、座って待っていろよ」
瑞香
「アンタPKMよね? 騙してたの?」
俺はそれを言われると、少し沈黙した。
瑞香の前で俺は瑞香より弱いただの人間だった。
両親が俺の診断書を偽造して俺は陰性だとされているが、事実は陽性のアルセウスのPKMだ。
瑞香もPKMのハーフであり、陰性だ。
それだけに俺達は陰性同士仲良くなれたのも事実だが、それが彼女にとっては裏切りになったのだろうか。
悠気
「瑞香、俺を信じてくれ……瑞香の思う者が俺だから」
瑞香
「な、なによそれ?」
瑞香は怪訝な顔をするが、それ以上は追及しなかった。
だがしこりにはなってしまった。
それに関しては必ず彼女に説明する必要があるだろう。
ピーピーピー!
やがて、炊飯ジャーが完成した事を知らせると、俺は全ての料理を最終チェックした。
俺は結果に満足すると、瑞香に振る舞う為に料理を並べていった。
瑞香
「……ほ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
瑞香は目の前に並べられていく料理を見て、ゴクリと喉を鳴らした。
肉体的に言っても、瑞香はもう体力の限界だろう。
それだけに俺はなんてことのない和食を提供したが、彼女にはご馳走に映った事だろう。
悠気
「安心しろ」
瑞香
「い、頂きます……」
瑞香は遠慮しつつ、箸を手に取った。
瑞香
「これ、混ぜご飯?」
瑞香はお茶碗に盛られたご飯に驚いていた。
コンビニ等で売っているそれと大して材料等は変わらないが、瑞香は驚きつつそれを軽くよそって口に入れた。
瑞香
「美味しい……!」
瑞香は顔を朗らかにすると、目を丸くした。
俺はそんな瑞香の反応を見て、一先ず安堵した。
瑞香は夢中に俺の料理を食べてくれた。
悠気
「ふ、気に入って貰えて何よりだ」
瑞香
「……ひっぐ」
俺は思わず顔を上げると驚いた。
瑞香が突然泣き出したのだ。
それも原因が分からない、どういう事だ?
悠気
「ど、どうした瑞香!?」
瑞香
「ご、ごめんなさい……ただ、私……なんでこんなに幸せなの?」
瑞香は自分が感じる幸福感に戸惑っていた。
瑞香は何故ここまで自分が幸福になる事に忌諱感があるのか?
いや、その答えは恐らく俺は知っている。
悠気
「ここにユズちゃんはいない、幸せになって良いんだ」
瑞香
「ッ!? ユズ……!」
瑞香は更に泣き出した。
やはり瑞香にとってユズちゃんが明確に重りになっている。
そしてそれはユズちゃんが求めない答えなのは明白だった。
悠気
「ユズちゃんの幸せって! そのユズちゃんが瑞香を不幸にしたいって思っていると思うのか!?」
俺は二人の夢への願いを受け取っている。
この姉妹はまるで傷つけ合うかのような歪な愛し方しか出来なかった。
本当に真摯に姉妹は互いの幸せを願ったのに、世界はそれを許さなかった。
いや、その矛盾を世界が受け入れられなかったのだ。
悠気
「瑞香……俺がお前を、いやお前達を必ず幸せにするって約束する! だからもう……もう楽になっていいんだよ」
その時瑞香はまるで憑き物が落ちたような顔をしていた。
瑞香は呪いなんて求めてはいない、それでもユズちゃんの幸せを願う事は自分への呪いになっていたんだ。
瑞香
「そう……私は」
瑞香は涙を拭うと、ただ何かを納得した。
その後瑞香は黙々と夕飯を食べていく。
俺はそれを優しく見守るのだった。
***
瑞香
(もう楽になっていい……か)
その日、悠気の用意した夕飯を食べ終えた瑞香は、そのまま悠気に押し切られるように家に泊まる事になった。
瑞香は久方振りに布団の柔らかさを背に受けながら、悠気の言葉を思い出していた。
夢心地で、本当にこれで良いのか逆に不安になる。
ただずっと辛かった、柚香の為には自分が邪魔だと思っていた。
柚香は悠気を好いているし、自分が居なくなればそれも好都合だった。
だけども悠気は違った……それでも頑なに瑞香は悠気を近寄らせないようにしたが、それも限界だった。
止めになったのはあの楽になって良いという言葉だった。
瑞香
「悠気の馬鹿……あんなの言われたら、私……甘えちゃうんだから」
瑞香はそう呟くと寝返りを打った。
ダンボールハウスと違い、寝返りを打っても身体は布団が優しく受け止めてくれる。
この安心感は、孤独と不安に苛まれた瑞香を安眠へと導く。
幸せを受け入れた瑞香の顔は……もう心配いらないだろう。
宵
『瑞香ちゃん、一杯悠気に甘えてね? 悠気は瑞香ちゃんの事大好きなんだから♪』
そんな瑞香の幸福そうな寝顔を見て、宵は笑顔だった。
理としては異端だろうが、この神の如き存在であっても、瑞香は親友なのだ。
『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』
第30話 幸福と安心 完
第31話に続く。