第16話 保健室での告白
琴音
「う、ん? ……あれ?」
優しい温かさを感じた気がした。
私はゆっくりと目を開けると、見慣れない天井が飛び込んできた。
自分に一体何があったのか、ゆっくり整理すると、ここが何処だか分かってきた。
琴音
「私、倒れたんだ……」
そう、そしてここは保健室だ。
どことなく病院に似ているが、あの病院特有の臭いはしなかった。
琴音
「私……何しているんだろ?」
私は悔しくて泣いてしまった。
自分は大丈夫だ、少し身体も良くなったから。
ここまでずっと誰かに迷惑を掛けて、そんな重しでしかない私をお父さんはずっと笑顔で支えてくれて。
私は無価値じゃない、私だって生まれてきた意味があるってずっと自分を鼓舞してきたけど、それももう限界だった。
琴音
(やっぱり私……無価値なんじゃ?)
?
「あ、先生」
琴音
「?」
暗幕の外、男の子の声が聞こえてきた。
薄っすらと映るシルエットは。
琴音
「わ、若葉君っ?」
悠気
「お、気がついたか」
杏
「大城さん、お身体は? 大丈夫?」
暗幕が開くと、御影先生と若葉君の姿があった。
二人とも心配そうにしている。
琴音
「えと、どうして若葉君が?」
悠気
「倒れたことは覚えているか?」
琴音
「う、うん」
そういえば、倒れる瞬間なんだかホッとするような感覚があった。
そうだ、若葉君がいたんだ。
悠気
「あの後、保健室に運んだんだが、肝心の先生がいなくてな」
杏
「それで、留守番してもらったって訳、大城さんもうすぐお医者さんもくるから、しばらくは、ね?」
琴音
「は、はい……」
またやってしまったこと、それは私にとって最悪だった。
学校生活に支障が出るとなったら、間違いなくまた病院に逆戻りだ。
お父さんは仕事で忙しいから、家でなにかあったら不味いと、私はずっと病院で生活してきた。
もうあそこには帰りたくない。
杏
「それじゃ、後は先生が見ているから若葉はもう帰りなさい」
悠気
「はい、分かり……え?」
琴音
「あ……あの」
私は立ち上がる若葉君の上着の袖を掴んだ。
それに気づいた若葉君が振り返る。
私は気恥ずかしさに顔を真っ赤にした。
琴音
「も、もう少しだけ……一緒にいてください」
若葉君に行ってほしくなかった。
私は若葉君が好き、若葉君にとって私はきっとどうでもいい存在かもしれない。
きっと身勝手だから、私は言えない。
でも、好きっていうのは安心感を得るためなんだ。
だから、若葉君には一緒にいてほしかった。
杏
「あら〜? あらら〜? ウフフ♪ そういう事なら♪ 続きはお若いお二人で〜♪」
悠気
「ちょ!? 御影先生!?」
御影先生は口元に手を当てると、そそくさと保健室を出ていってしまった。
うぅ〜、ああ言われると気まずい。
私は顔を真っ赤にして、目線を適当に動かした。
悠気
「はぁ……」
若葉君は諦めると、ゆっくりと腰を下ろす。
琴音
「ご、ごめんね……引き止めちゃって」
悠気
「……今にも死にそうな顔してよく言うぜ」
琴音
「そ、そんな顔してた……?」
私は慌ててしまう。
うわぁ、それじゃ私痛い子みたいだよぉ〜。
ただ、本当に若葉君がいれば安心だから、そんな気持ちだったのに。
悠気
「俺も、お前を放っておける程、無慈悲無頓着にはなれんらしい」
若葉君はそう言うともう一度ため息をついた。
なんだか苦労しているみたい。
そういえば、保健室には保険医の先生以外にもう一人見当たらない人がいた。
琴音
「そういえば、妹さんは?」
悠気
「宵なら先に帰ってもらった」
琴音
「え? いいの?」
悠気
「どういう意味だ?」
……私はジト目で若葉君を見た。
本当に理解していない?
本当に? じゃあ無自覚なの?
琴音
(どう見てもカップルなのに……本当に?)
若葉君は本当に宵さんを意識していないみたいだった。
無自覚であんなイチャイチャ出来るなんて、逆に凄い。
もし私にお兄ちゃんがいたとしても、1日中べったりしてるとか、絶対無理だと思う。
あれは絶対もうヤッてる、キスとかもうとっくに通り過ぎたものかと。
悠気
「大城、俺はな……確かに宵の事は最優先する、それは俺がアイツの兄ちゃんになった時からの誓いだ、だけどそれだけで、優先する事があるなら、俺はそれを選ぶ」
恥ずかしくないのかな? 若葉君は堂々とそう言った。
そう言えば血が繋がってないだっけ、それじゃ義兄妹?
あれ? それじゃ近親相姦には当たらない?
て、なんでそんな大人な関係で私は二人を見ているの!?
琴音
「そ、そうなんだ……♪」
悠気
「なにが嬉しい?」
琴音
「ううん、なんでもない♪」
若葉君は頭に?を浮かべると何も言わなかった。
私は、その優先すること、若葉君の特別になれた事が嬉しかった。
琴音
「ね、ねぇ! じゃあ、若葉君ってどういう女性が好きなの?」
悠気
「はぁ?」
私はすごく気になった。
宵さんを特別な相手として想っていないなら、どういう女性が好みなんだろう?
琴音
「ち、因みにね? わ、私は……若葉君が、好き、です……」
私は耳まで真っ赤にして、後ろの方なんて聞き取れない程小声にしてそう……言っちゃった。
そう、私は若葉君が、若葉悠気君が好きなんです。
その言葉が伝わると、若葉君は顔を真っ赤にした。
悠気
「な、なんで!? なんで俺なんだ!?」
琴音
「な、なんでかな? 一目惚れ? ううん……多分若葉君の全てに惹かれたんだと思う……」
うわぁ、言っちゃったよ!?
私は恥ずかしさに身を捩りたい思いだったが必死にそれを堪えた。
こ、これって告白、告白になるの!?
琴音
「あ、あの……ゆ、悠気君って呼んでも……」
ガラララ!
突然、保健室の扉が開かれた。
私達は慌てて、入り口を見るとそこにはお父さんがいた。
道理
「琴音ッ! お前、倒れたって!?」
琴音
「お、お父さん!?」
お父さんは急いでいたみたいだった。
息も切らして、スーツも髪も乱れに乱れていた。
多分仕事の途中で中退したんだ。
道理
「琴音、大丈夫なのか!?」
琴音
「わ、私なら大丈夫……ほら?」
私は上体を持ち上げると、胸に手を当てて微笑んだ。
道理
「無理するな、ほら、お父さんと帰ろう?」
琴音
「う、うん」
お父さんは心配のあまり、私を抱きかかえた。
私は恥ずかしくて顔を赤くする。
悠気君は、ゆっくりと立ち上がると私から離れた。
悠気
「大城、それじゃ俺は」
道理
「ん? そう言えば君は?」
琴音
「ゆう、若葉君は友達! 友達だから!」
私は更に顔を真っ赤にする。
お父さんに関係を勘繰られたりしたら、もう一生お父さんの顔見られないよ!?
悠気
「そう、友達です」
悠気君は微笑むと、保健室を出ていった。
***
(琴音
「ち、因みにね? わ、私は……若葉君が、好き、です……」)
悠気
「……ち」
俺は保健室を出ていくと、頭を掻き舌打ちした。
それは大城が面倒な女だからとか、そういう意味ではない。
むしろ逆だ、なんで俺なんだ?
宵の事で手一杯で、目の前で苦しんでいる奴を誰も救えない。
俺には結局、何も出来やしないんだ。
俺はただ拳を強く握り込んだ。
何度も、何度だって大城の言葉が反芻する。
悠気
(どう答えれば良かった? 俺は大城を受け入れるべきなのか?)
大城がはっきりと俺に好意を見せた時、偶然彼女の父親がやってきて、有耶無耶になった。
もし後10分、いや5分あったら、俺はどうしてた?
彼女の事、可哀想だと思ったか?
あの細い体、異常にも思える軽い体重。
俺は彼女を心配した、その儚い命を。
このまま彼女を無視できるか?
いや、不可能だ……俺は自分が誰でなにものか分かっている。
そんな器用に生きられやしないんだ。
悠気
「俺に何が出来る? 大城に何をしてやれる? 考えろ、考えろ……俺!」
俺は校舎を出ると、その校舎に振り返った。
この世界はクソみたいだ、何も悪くない奴にどうして不幸が訪れる?
大城もそうやって詰まらない不幸に踏み潰されるのか?
悠気
「巫山戯るなよ……! ウンザリだ、誰かの不幸を見て、自分の幸せを選ぶのは」
それは俺の決意だった。
***
琴音
「ねぇ? お父さん?」
私はお父さんに背負われたまま、夕闇の中を進んでいた。
お父さんは私を本当に大切にしてくれている。
正直それは、私が重しなっているはずなのに。
道理
「お? どうした? もしかして身体痛いか!?」
琴音
「そ、そうじゃないの! その……」
私は言葉を淀ませた。
お父さん、私好きな人出来ました。
そんな事どう話せばいいだろう?
まだ悠気君に返事も貰ってないのに。
琴音
「お父さんって、どうしてお母さん好きになったの?」
道理
「奏か? そりゃ一目惚れだな! あんな可憐で美しい人だぞ! 俺が護らなきゃってな!」
一目惚れ、か。
後はお父さんらしい、お母さんは最後まで幸せそうだった。
唯一の憂いは、私にお母さんの症状を引き継がせた事みたいだった。
生まれつき病弱で身体が弱い、そんな自分がいつも嫌になる。
自分は無価値じゃない、何度もそう自分に言い聞かせて、自分が誰かに迷惑をかける度に、自分が嫌になる。
道理
「なんだ? お前……好きなやつでもいるのか?」
琴音
「ッ!? ど、どうして分かったの!?」
道理
「何!? まじか!?」
ちょ!? なんでお父さんの方が驚くの!?
お父さんいつも通り考えもしないで変な事聞いたわけ?
鈍感なお父さんにしては珍しいと思ったら……!
琴音
「〜〜〜!」
私は顔を真っ赤にして、身体を震えさせた。
道理
「誰だ!? イケメンか!?」
琴音
「お父さんには関係ないでしょ!?」
道理
「馬鹿野郎! 俺は父ちゃんだぞ!? 最後までお前の父ちゃんなんだ!」
琴音
「……私、好きな人いる、一目惚れ」
私は、顔を真っ赤にすると大人しくそう言った。
お父さんの何を受け継いだかって言えば、多分性格だと思う。
お父さんは思いついたら真っ直ぐな人で、理屈より感覚で動く。
それは私も同じ、結局感情で動いちゃう。
道理
「……そうか、その感覚大切にしろよ?」
琴音
「え? お父さん?」
それは、ちょっと予想外の反応だった。
お父さんは絶対反対するって思ってた。
でもお父さんは。
道理
「お前を泣かせるような奴なら、勿論ぶん殴る! でもお前が俺と同じ感性で選んだんなら、後悔はするな、感情のまま行動しろ!」
琴音
「感情のまま……」
道理
「はは! 母ちゃんな、お前と同じ位虚弱でもお前産んだんだぞ!? だから俺はお前を信じる! お前は俺の二番目に大切な物だからな!」
琴音
「もう、そこは一番じゃないの!?」
道理
「ふはは! 奏が一番だからな!」
お母さんが亡くなって5年、お父さんは一途にお母さんを愛し続けた。
それは死者の呪縛にしか思えないのに、お父さんは笑っていた。
琴音
「お父さん、再婚したいって思わないの?」
道理
「思わんな! 俺はお前を最期まで支えるぞ!」
琴音
「ふ、ふんだ! お父さんより長生きしてやるんだから!」
道理
「ハハハ! おう! 120歳位までは生きてくれよ!?」
それじゃもう妖怪かなにかだよ……。
お父さんは馬鹿みたいに笑った。
きっと、辛いこと一杯あるのに笑ってみせた。
そんなお父さんの事が私は大好きで、そして私は生きたいと思った。
『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』
第16話 保健室での告白 完
第17話に続く。