突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語




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第2部 突然始まるポケモン娘と夢を見る物語
第11話 姉妹の亀裂



真っ白な草原だ。
それは雪原にも見える。
でも違う、色褪せた脱色した世界が広がっている。
俺はここでは身体を動かせない。
いつもいつも、俺はただ虚無的なこの真っ白な草原を眺めている。


 「何を見ているの?」

その声はいつも唐突にやってくる――。



***




 「お兄ちゃん! 朝だよ!?」

悠気
 「……あと5分」


 「もう! そう言って5分で起きれた事なんて無いでしょう!?」

朝がやってきた。
俺は掛け布団を被り直す。
当然宵はそれを引っぺがしに掛かって来ていた。

悠気
 (またあの夢を見た……)

夢の内容は殆ど覚えていない。
それでも覚えていないその夢を見た朝だけは、何故か何もしたくなくなる。


 「おーきーなーさーい!」

ついに掛け布団が宙を舞った。
俺は仕方なく、目を開けた。

悠気
 「全く、兄が裸だったらどうする気だ?」


 「え!? ど、どうするって……!?」

宵は俺の布団を強奪したのはいいが、俺の全裸を妄想し顔を紅くした。
なんというか初心である、昔は一緒に風呂に入った事もあるというのに。

悠気
 「起きるから出て行ってくれ」


 「う、うん! お母さん待ってるからね?」

宵はそう言って綺麗に掛け布団を畳むと、部屋から出て行った。
俺は大きく欠伸をしながら、起き上がると制服に手を掛ける。

悠気
 「……学校、か」

人間誰だって行きたくない日って言うのはあるだろう。
でも本当のところ、そういうのを我慢して人間ってのは生きている。
正に今の俺はそういう状態。
嫌だと思ってもそういう訳にもいかず、妹も待っている事から俺は制服に袖を通した。

悠気
 (全く、不登校には精神的ストレスによる障害もあるってのに、どうしてこの国は我慢比べを好むのかね?)

皮肉を言ってても仕方がないか。
俺は適当に身嗜みを整えると、部屋を出た。
階段を下ると、ダイニングに二人はいた。


 「やっときた、お兄ちゃんったら」

育美
 「ふふ、悠気おはよう」

母さんはアルセウスという第一世代PKMだ。
宵と比べても、姉妹の姉で通用しそうな程若々しく、美人でスタイルも良い。
おまけに人当たりも良いからか、この周辺ではそれなりに頼られている。
俺はダイニングテーブルの前に腰掛けると、いつも通りの朝食が並んでいた。

育美
 「それじゃ、いただきます」


 「いただきます」

悠気
 「いただきまーす」

朝ご飯はシンプルにお米と沢庵と味噌汁のみ。
ウチでは割と定番で、漬物の種類が変わったり、味噌汁の具材が変わるのが殆どだ。
母さんも宵もどっちかって言うと小食だし、俺もそれ程食う方じゃない。
なんだかんだ家で漬けた漬け物は絶品だし、俺は満足している。

育美
 「ああ、そうそう! 二人ともしばらく留守番頼むわね?」

悠気
 「父さんの所?」

育美
 「ええ、1週間位になりそうなんだけど」


 「1週間ですね? 分かりました! 全力でお兄ちゃんの面倒を見ますから! 安心してください!」

宵はそう言うとガッツポーズをした。
相変わらずの世話焼きで、これではいけないと思いながら俺は流されるんだよな〜。

悠気
 (それにしても父さん……今度は何処へ行ってるんだ?)

父さんが最後に日本にいたのって10年前か。
丁度、宵がウチの養子になってその時期と重なるように父さんは日本を発った。
母さん曰く心配はいらないと言うが、俺は兎も角、宵には顔を見せてやってほしい。
宵は本当に幼い頃事故で両親を失っている。
それ故に宵は父性を正しく受けられていない。
俺には父親代わりは無理だ、ちゃんと会って欲しいと思うんだが。

悠気
 「それでいつ?」

俺は日本を発つ日を聞いた。

育美
 「今日なの、結構突然でね?」


 「今日ですか」

相変わらず急だな……と流石に俺も呆れてしまう。
父さんは海外でそれなりに儲けているらしく、具体的な仕事は俺も知らないが、家庭にはそれ程影響はしない。
少なくとも直ぐに生活が困窮することも無いだろう。

悠気
 「ご馳走様」

俺は先に食べ終えると、食器を洗い場に持っていく。
それを見た宵は、慌てて食べ始める。

悠気
 「別に急がなくても、俺は置いてかないぞ?」


 「そ、そうだけど……!」

宵は俺に本当に遠慮する奴だ。
昔から宵は俺の後ろについてきていた。
何かと俺に合わせて、食べるのも合わせるのが習慣だ。
俺のことなんか気にせず、自分のペースで食べれば良いのに、なんとか俺に合わせようとする。
どの道男の俺の方が食べるのが早いのにな。


 「ご馳走様っ!」

宵は食べ終えると、慌てて食器を運ぶ。
コイツは自分本位という価値観が薄いんだよな。


 「それじゃ、お兄ちゃん行こう!」

鞄を持つと、宵はそう言って玄関に急ぐ。
何かとズボラな俺に合わせてか、随分しっかり者に育ったが、これで良いのだろうか?
結局俺も鞄を背負うと。

悠気
 「母さん、行ってきます」

育美
 「ええ、行ってらっしゃい♪」


 「行ってきまーす!」

俺達は並んで家を出ると、空は快晴だ。


 「うーん♪ この天気が続いてくれたら、お洗濯も楽ちんね!」

そう言って宵は笑っていた。

悠気
 「……だるい」

俺は思いっきり倦怠感を出した。
快晴だろうが、なんだろうがテンション上がらない日は上がらんのだ。


 「もうー! お兄ちゃんったらー!」

宵はそう言うと、俺の腕を引っ張り上げる。
本当によく出来た妹だよ。
正直俺には勿体ない位だろう。

悠気
 (……でも、なんなんだろうな、なんで満足感がない?)

ギャーギャー喧しく喚きながら、俺をシャキッと立たせようとする宵を背に、俺は空を見上げた。
どうして空はそんなに蒼いんだろうか……。



***



結局学校には着いてしまった。
学校には俺のように気怠そうな奴は見当たらなかった。
学校が嫌いな奴ははっきり言って、学校になんて来ないだろう。
俺みたいな気分的に来たくはないけど、それを顔に出す奴はいないな。
いや、正確には違うが、なんでいるのか分からん奴はもう一人居たな。

悠気
 「……」

俺は教室に入るとゴミ箱に何かを捨てる彼女を見た。
山吹瑞香だ、瑞香が自分の席に戻ろうとする所で顔を合わせた。

瑞香
 「……なに?」

悠気
 「いや、おはよう」

俺はただそれだけ言って席に座る。
瑞香は言葉を返さない。
ただ黙して席に座った。

悠気
 (瑞香の奴……なんで学校に来てるんだろうな)

瑞香は昔からこの性格ではなかった。
中学の頃はもっと明るくて、一匹狼にはなっていなかった。

悠気
 (そう言えばさっき何を捨てていたんだ?)

ふと、どうでもいいことに気付いてしまう。
後ろを振り返りゴミ箱を見たが、それで疑問が解決はしない。

悠気
 (……なんだろうな、妙な感じだ)

俺自身霊感だとか、そんな力は持っちゃいない。
それでも何か気になる物を感じていた。
俺自身瑞香の事をどう思っているのだろう?
瑞香のことは嫌いではない、ただ付き合いが長いかと言われれば微妙なのだ。
瑞香と初めて出会ったのが中学1年の時、4年を長いと見るか短いと見るか。

悠気
 (しかし瑞香は俺を寄せ付けないし……)

俺は心の中で溜息を吐く、あくまで顔には出さない。
瑞香がそもそもこうなった原因を俺はユズちゃんから教えて貰った程度しか知っていない。
瑞香が家に帰っていないこと、元々両親との不仲は俺も知っている。
それでも俺には力になってやれる事なんて無かった。
俺自身宵を護ってやる事で手一杯で、それ以上を抱えられる程器用じゃない。

悠気
 (あの日の繰り返しだけは、絶対に駄目だ……!)

俺は10年前の記憶を思い出す。
ある不思議な力を使う女に襲われた時、俺は宵を護るのに必死だった。
だけど俺は無力で、母さんが来なかったら今頃俺達はどうなっていただろう?

悠気
 (あの時の記憶は曖昧だ、強いショックで記憶が混濁しているって医者の先生も言ってたっけ)

それでも、俺にとって宵を護るのは、無力だった子供の頃の反省だ。
俺自身、それだけが生きる目的だ。

キーンコーンカーンコーン。

やがてチャイムが鳴った。
雑談に華が咲く教室も一気に静寂に包まれると、担任の教師が入ってくる。


 「ガキ共ー! 今日も元気かー!?」

相変わらずの問題のある言動を使う御影先生は今日も上機嫌の様子だった。
教育委員会には受けが悪いと噂だが、生徒からの人気は高い。
美人PKM先生のホームルームは始まった。



***



キーンコーンカーンコーン。

放課後、最後のチャイムが鳴った。
今日はやる気も半減の日だったが、それでも平穏に過ごすことが出来た。
だが帰る途中で俺はアイツを見つけてしまう。

悠気
 (瑞香……?)

それは3階の廊下での出来事だった。
宵は夕飯を買いに行くと、先に学校を足早に出て行ってしまい(夕飯は楽しみにしてね♪ と、張り切りながら)、俺は少しゆっくりしていた時だ。
丁度帰り道とは真逆、担任室の前で俺は御影先生と瑞香を発見してしまう。


 「……どうしても帰れないの?」

瑞香
 「……」


 「教師としてはせめて卒業までは……と言っても無駄か、私も理解出来るし」

瑞香
 「ごめんなさい」


 「ううん、いいのよ。でも一度ご家族とは話をした方が良いと思うわ」

瑞香
 「私……もう行きます」

御影先生が瑞香を呼び出したのだろうか?
瑞香のことはクラスメイトである以上に考えさせられる。
担任として御影先生は余計に瑞香のことを心配しているのだろう。
やがて彼女たちの会話も終わりを告げると、遠巻きに見ていた俺に瑞香が気付いた。

瑞香
 「聞いてたの?」

悠気
 「見ていただけだ、聞いてはいない」

実際終わり頃の会話が聞こえた程度で、その内容は殆ど把握していない。
それよりも随分珍しく、普通に会話しているな。
俺は今ならいけるかと思い、彼女と会話する。

悠気
 「何かあったのか?」

瑞香
 「別に……悠気には関係ないことよ」

予想通り突っぱねてくる。
これ位は想定通りだ。

悠気
 「素行不良で、呼び出されたのかと思ったぞ」

そう言うと、瑞香は苦笑した。
瑞香自身自分をある程度客観的に判断できているのだろう。
このままで卒業できるのか、瑞香自身どう考えているのか。

瑞香
 「アンタも大概でしょう? 平気で授業中寝るし」

悠気
 「真面目じゃない事は理解している」

俺自身成績も悪く、大学を目指している訳でも無い。
それでも落第しない程度には頑張っているし、卒業後は就職するつもりだ。
少なくとも瑞香よりはまともなプランを組んでいるつもりだがな?

悠気
 「お前こそ、卒業できるのか?」

瑞香
 「……御免、このままだとバイト遅れるから」

瑞香はそう言うと、会話を切った。
俺は足早に歩く瑞香についていくと。

悠気
 「お節介かとは思うが、俺も一応心配しているんだからな!」

瑞香
 「ふん! 半端な覚悟で首を突っ込まないでくれる!?」

瑞香はそう反論すると、更に歩を早めた。
俺もそれに負けず追いつこうかとも思ったが、そこで諦めた。
瑞香が拒んでいる以上、これ以上踏み込めば今は逆鱗に触れるだけだろう。
瑞香がなにゆえ他者を拒絶するようになったのか、俺には分からない。
俺自身その代償を払ってまで、瑞香を追いかける良心はなかった。
もし妹が……宵がいなかったら俺は瑞香を追いかけていたかも知れない。
俺自身瑞香をどうしたいのか、逡巡は止まなかった。
無視すれば、何事も平穏無事に終わる。
でも、その拒絶が俺にとって納得いく答えなのかが見えてこない。

悠気
 (……ち、俺はこの程度か)

誰かを救う代償を払えない俺はその程度、ちっぽけに思えた。
理想の自分には遥かに届かず、現実の俺はこの程度……いや、大半がそんな物だろう。
真実はヒロイックとは程遠い。
俺では瑞香までは手が届かない。



***



カツカツカツ。

リノリウムの床は普通のゴム靴でも良く歩く足音が鳴る。
私は悠気に追いつかれないように足早に歩いていた。

瑞香
 (あの馬鹿……なんで私の心配なんかしてるのよ!?)

私はそれが嬉しかったと同時に、拒絶しないといけない感情だと理解していた。
もう少し私が無邪気でいられたら、きっとコロっと悠気に甘えていたかも知れない。
でも悠気だけは駄目だ。
悠気は妹のユズのお気に入りだ。
私は何が何でもユズだけは幸せにすると決めた。
ユズが悠気が好きと気付いた時に私は身を引くことを決意した。
なんの甲斐性もない私は、自分の幸せを放棄したのだ。

柚香
 「ねぇ、お姉ちゃん?」

廊下を早足で歩き、もうすぐ下駄箱という所で、横から聞き馴染んだ声がやってきた。
私はゆっくりとそちらを向くと、妹のユズが心配そうに私を見ていた。

柚香
 「お姉ちゃん、お家に帰ってくる気はない?」

瑞香
 「分かりきった事聞くんじゃないわよ、あの家に私の居場所なんてないでしょうが!」

気が付けば私は自分の声に驚いていた。
なるべく感情を殺してきたのに、今日に限って怒気を強めてしまう。
柚香は驚いた様子だが、少し安心もしているように思える。

瑞香
 (くそっ! 何やってんのよ私!?)

柚香
 「お姉ちゃん、無理しなくて良いんだよ?」

瑞香
 「……ッ!」

私は苛立っていた。
それは不甲斐ない自分に大してだろうか?
それとも、まるで心を見透かしたかのようで、それでも姉の想いを踏みにじる妹に対してか。
多分両方だ、自分に苛立って、妹に苛立っている。

瑞香
 「……これ以上私に関わらないで!」

私はそう言うと、その場から逃げ出した。
どんなに思っても、ユズは大切な妹なのだ。
私は情けなかった……もっと私が妹に誇れる姉だったならば……。

瑞香
 (現実って残酷よね……私なんて所詮家畜以下なのに)



***



悠気
 「……」

俺はそれを見たくて見た訳じゃない。
ただ瑞香に追いついてしまって、姉妹でいる姿を遠目に眺めてしまったのだ。

悠気
 「山吹姉妹……か」

その呟きを聞く者も誰もいない。
瑞香は走り去り、ユズちゃんは胸に手を当て不安そうに別の方角に歩き出していた。

片や優等生、片や出来損ないの不良。
それでも二人は両者を不器用に愛している。
だけど妹の声は姉には届かず、姉はその不満を妹にぶちまけない。
それは徐々に姉妹に亀裂を生み、いつか取り返しのつかない事になるのではないだろうか?

悠気
 (俺は一体何なんだろうな……)

あの姉妹の持つ負は、並大抵ではない。
迂闊に手を出せば、火傷じゃ済まないことは俺自身承知しているってのに。

悠気
 (諦めろ俺……俺はそんな器用な人間じゃないだろうが)

しかし俺の手は無意識の内に痛い位握られているのだ。
心が感情を律せれても、肉体が納得していないように。



『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』

第11話 姉妹の亀裂

第12話に続く。


KaZuKiNa ( 2021/11/26(金) 18:23 )