第8話 希望を託して
宵
「う〜ん♪ ミックスオレも美味しい♪」
悠気
「………」
宵
「ねぇこのミックスオレだって悠気が創った夢なんだよね?」
悠気
「……そうだ」
悠気はさっきから元気がない。
やっぱり悠気にとって夢は夢に過ぎないからなのかな?
宵
「もしかして、私といると退屈?」
悠気
「どうしてそう思う?」
宵
「……さっきから、ずっと暗い顔だから」
少なくとも悠気が楽しそうにしていないのは確かだ。
この夢の世界にとって悠気は文字通り神様、なんでも思い通りになるって退屈なのかな?
宵
「もしかして平和にも飽きたからって、世界を乱す者を産み出したりしないよね!?」
悠気
「……は?」
宵
「そしてそれにも飽きたら、今度は楽園の噂を広めて、塔を登らせたりしないよね!?」
悠気
「……褒美が欲しいなら、どんな願いでも叶えてやる……」
宵
「私達は物じゃない!」
悠気なりに気を遣ってノってくれたのかも知れないけど、今の悠気には不謹慎すぎるネタかも知れないわね。
冗談抜きにチェーンソーでバラバラになるとか、今の悠気ならやりかねない。
宵
「悠気……私は悠気のことを信じてるよ?」
悠気
「……逆にこれっぽっちも疑わないのか?」
悠気にとって私が悠気を信じることも、悠気にとっては仕様なのだろう。
だからこそ余計に私の言葉が全く通じない。
宵
「それじゃ、こう言って欲しいの? なぜ創った? 何故望んでもいないのに産み出した? これは宣戦布告でも復讐でもない、逆襲だ……なんて」
悠気
「ミュウツーの逆襲か……その方がまだマシなのかもな」
悠気が皮肉めいて笑った。
宵
「忍者レッグラリアート!」
私は思いっきり太ももで悠気の顔面を蹴る。
当たれば即試合終了の必殺技を受けた悠気はそのまま後ろに仰け反った。
悠気
「……」
宵
「悠気、これで満足?」
悠気
「……分からん」
悠気は仰け反ったまま、動かなかった。
元から暴力慣れしている性か、私程度ではやはり悠気を動かせない。
宵
(討希さん……これ意外と難易度高いです)
とはいえ諦める訳にはいかない。
悠気が夢は夢だと諦めて、現実に戻ればこの世界は消滅する。
悠気にとっては夢に過ぎなくても、私にとっては本物の世界。
それに悠気はまた、少し歳を重ねて同じ事を繰り返すだけ。
宵
(結局現実の悠気を救えないと、結末は変わらない、か)
悠気は今も現実では討希さんや育美さんに迷惑を掛けているのだろう。
一杯心配もしていると思う。
宵
「ねぇ、悠気! 私にして欲しい事は無い?」
悠気
「お前にして欲しい事なんて……」
宵
「何でもするよ!?」
私は必死だ。
きっと悠気からすれば滑稽な事だろう。
でも創られた私自身、一体どうしたいんだろう?
私は世界の真実を知った。
ここが悠気の創り出したおもちゃ箱であること。
私はオリジナルではなく、悠気のために産み出されたレプリカだと言うこと。
私の願いってなんだろう?
悠気を救うこと?
勿論その通りだ、悠気がこんな哀しい顔のまま過ごすなんてあっちゃいけない。
でもそれは現実の悠気に起因する問題。
そしてそれこそがオリジナルの月代宵に関与する問題。
それを解決すること……でもそれって。
宵
(夢に逃げないって……こと)
もう一度考える、私の願いってなんだろう?
悠気を救うことは全ての夢の世界を無かった事にすること。
私を悠気の思い出にすること……なんだよね。
悠気
「どうした、宵?」
宵
「悠気……貴方の願いは今でもオリジナルを救うこと?」
悠気
「そうだ……しかし不可能な願いだ」
悠気の力は主に未来に働く。
未来を好きな風に弄くれても過去は何一つ変えられない。
だからこそ、彼は幼少にとどまれず、ちょっとずつ歳を重ねてきた。
宵
(……そう、だよね、やっぱり正しい事をするしかないのなら)
私は悠気を救うことに変わりはない。
そしてそのために必要な事も把握した。
改善、改善あるのみ。
悠気のこの口癖は、私に情報を整理することを教えてくれた。
宵
「悠気、私は絶対に悠気を救うよ」
悠気
「救う? お前がどうやって?」
宵
「私一人じゃ無理だと思う……でも幸運な事にここに悠気がいる……そして」
私の懐に入れていた携帯端末が鳴った。
十中八九HOPE49こと討希さんだ。
討希さんの姿は見えないけど、あの人は常に私達を観察している。
そしてそれは好機である。
宵
「悠気、過去は変えられるわ! いえ、変えてみせる!」
その瞬間、私は光に包まれていた。
悠気
「宵!? おまえ、一体何をする気だ!?」
悠気が手を伸ばす。
私はその手を掴んだ。
やっぱり暖かい、悠気は優しい心をしていた。
宵
「悠気、私は貴方を愛しています! これは断じて創られた感情じゃないんだから! そうだと否定されても、絶対認めないんだから!」
悠気は気付いていないかもしれない。
この世界の主人公は私だ。
私は神にはなれないが、夢の中の中心にはなれる。
今、ある意味デバッグルームにいる討希さんは、きっと私の決意を汲んでくれたことだろう。
これは理論上は可能なはずだ。
悠気は私にある物を預けている。
それこそが私を形成するのに使われたから。
悠気
「宵!? 分かるように説明しろ! 何をする気だ!?」
宵
「過去にも未来にも私は存在する、正しそれは別個の存在として……でもそれを並列で繋げる事が出来れば私ってどの時代にも存在するのと同じよね?」
私は今、タイムパラドックスを起こそうとしている。
悠気という大きな現実改変者と討希さんという小さな現実改変者がこの場に揃った今だから、私はある意味神に近い存在になりつつある。
私は視界を黄金の光で捉えながら、二つの気配を感じ取る。
悠気とHOPE49、二人は私の前後にいる。
HOPE49
「……バグを連鎖的に使用して、各夢の世界の月代宵を同時レベルアップ」
悠気
「何をしているんだ!? お前の存在格が持たないぞ!? いいか!? お前は世界から逸脱するようには創っていない!」
二人の声が同時に聞こえた。
悠気は私のことを本気で心配してくれている。
そしてHOPE49は粛々と私のするべき事を叶えてくれている。
私は満面の笑顔を悠気に向けた。
悠気を幸せにすることは、私という存在が不必要だという事がやっぱり分かった。
悔しいけど偽物がオリジナルに勝てるわけがない。
だったら、私の存在格を極限まで利用する。
HOPE49
「レヒレの霧、強制展開」
悠気
「宵! お前は―――」
その瞬間、全ての気配が遠退いた。
全てが虚無に包まれる中、気が付くと私は始まりの場所に立っていた。
宵
「ここ……この出発点、そうか……ここに」
HOPE49
「そうだ、ここで月代宵は死んだ」
目の前には黄金の光を放つHOPE49がいた。
凄く寂しげな古寺、私の始まりはここだった。
しかし10年前、私のオリジナル……当事者はこの廃寺で命を落とす。
それは討希さんや育美さん、まして悠気には絶対に防げない歴史の一点だ。
でも、本当に歴史って変えられないんだろうか?
HOPE49
「可能か?」
宵
「霧として顕現すれば、あるいは」
私自身この作戦は無茶苦茶だとは思っている。
カプ・レヒレというポケモンが存在する。
彼女は偶発的だが、夢の世界のデバッグルームに繋げる能力を有していた。
彼女自身も勿論現実に存在し、そして夢の世界に再現された存在だといえる。
それこそが、そもそもバグを産み出し、今の私を形成した原因だ。
だけど私にとっては幸運だった。
このバグがなければ悠気の異変には一生気付かなかったし、私もなんとかしようなんて考えなかった。
HOPE49
「今、全てのレプリカを君と連結している……気分はどうだ?」
宵
「……そんなに違和感はない、きっと皆同じ思いっきりだからだよね?」
私は今全能感を感じていた。
悠気が無数の時間帯で数多くの月代宵を創った。
その全てが二週目を初めて、世界の秘密をしればどうなるのか?
少なくとも、私は全ての月代宵と繋がっている、皆同じ想いなんだ。
私はその想いの代表者になる……少しずつ奇跡の粒を集め、こうやって奇跡が形になったんだ。
さぁ、もうすぐ夢が終わる。
でもきっと目覚めた先に、また新しい希望があるはずだから。
宵
(もっとも、私に居場所なんてないんだけど)
苦笑するしかないわね。
創られた命の宿命だけど、どの道私は限られた命だし……この身を悠気に捧げられるなら、一番マシな結果だろう。
HOPE49
「悠気が君に仕込んだのは……」
宵
「多分これよね……」
私は自分の胸に手を差し込む。
それをゆっくりと引き抜くと中から複雑な多面体で構成された不可思議な箱を取り出す。
それは悠気が現実改変魔術をアルセウスの力の源である17枚プレートで封じ込めた、一種の擬似魂魄と謂えるもの。
七色の光を讃え、時折その表面は脈打っている。
この七色の核が、私に自己推論を促し、生命体らしさを演出しているのだろう。
まぁ所詮幻想殺しの右腕で一発で消滅させられるような安っぽい魂だ。
HOPE49は私の核に触れると、私はビクンと震えた。
HOPE49
「触媒としては充分な力だな」
宵
「んんっ!? ちょ、ちょっと息苦しいかな?」
HOPE49
「この力があれば、私が時間を加速させることでタイムゲートを乱す事も出来そうだ」
現実改変が未来を変える力なら、未来では途方もない力が渦巻く可能性もある。
寧ろそれを意図的に誘発して、時渡りを再現する。
HOPE49は魔術を詠唱した。
その瞬間、世界は七色に輝いて、私の思考を無限大に延長する――。
***
悠気
「一体何を……?」
俺は宵の予想外の行動に戸惑っていた。
同時に宵の言葉がフラッシュバックする。
俺のことを愛している、それは誰にも否定させない……か。
悠気
(俺だってお前が好きだよ……でも、所詮これは夢なんだよ……)
俺はどんな宵だって創れる。
誰よりも天才な宵でも、誰よりも強い宵でも、性格さえも自由自在だ。
でも、それは夢に過ぎない。
俺が夢から目覚めれば、そこに宵は存在しない。
誰も救われない非常の現実がただ待っているだけ。
悠気
「全部クソなんだよ……!」
現実に何も救いがないから、夢の世界を創り出した。
でも人は歳を取るから、いつの間にかここまで来てしまった。
悠気
(宵……なんで俺のことを嫌いになってくれない?)
それだけで救いがあった気がするんだ。
好きではなく、嫌いと言って貰えれば……俺は彼女を創った甲斐が見いだせそうなのに。
悠気
(お前は……本当にお前だけの気持ちなのか?)
俺には分からない。
命を生み出せても、命を理解できるとは限らない。
アルセウスのプレートより産み出しし力はハードウェアで、現実改変魔術はソフトウェア。
それらを内包することで、擬似魂魄は創られた。
アイツは推論の末にあそこまで辿り着いた。
創った俺自身が驚いた結果だ。
悠気
「俺はどうすれば……」
アイツは俺なんかよりずっと真っ直ぐ突き進んでいった。
俺が後ろめたさの中で生きていたのとは正反対に。
『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』
第8話 希望を託して
第9話に続く。