突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語




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第2部 突然始まるポケモン娘と夢を見る物語
第7話 壊れた少年の関心



世界線が凄まじいスピードで駆けていく。
まるで私は光速を越えた世界にいるかのような気分だった。
Hope49さんの魔術は現実改変、と言っても出来るのは小規模で悠気のような大規模展開は出来ないらしい。
でもそれでも同質の魔術に違いはない。
現実にいる若葉討希さんはそうやってこの世界に干渉したのだ。
やがて1時間は1分に、1分は1秒に、そうやって時間が加速した先に……彼はいた。


 「悠気?」

悠気
 「……」

光は全てを置いていくらしい。
光速の世界で見える物は暗闇だ。
しかし光速を越えれば何が見えるのだろうか?
ただ真っ暗闇な世界に彼は座り込んでいた。

私は胸に手を当て、思いっきり息を吸い込んだ。


 「悠気ー!!!」

悠気
 「……」

私は思いの丈を込めて叫んだ。
それでも悠気は無反応だった。
まるで壊れた人形だ。
きっと、もう精神をすり減らしきってしまったのだろう。
私はこんな廃人じみた悠気なんて見たくなかった。


 「……ひぐ、ヒック! うぇぇぇん! 答えてよ悠気ぃ……!」

私は泣いてしまった。
それでも悠気は微動だにしない。
きっと飽きるほど私を弄くった事だろう、だから私にもう飽きてしまったのだろう。
所詮悠気にとって私はオモチャに過ぎないの?


 「答えてよぉ! 私って悠気のオモチャなの!? 遊んだ後はただ棄てられるだけの存在なの!?」

悠気
 「……」


 「私だけじゃないよね……悠気、討希さんも育美さんも、それだけじゃない! 瑞香もみなもさんも、琴音や幸太郎だって創ったのは悠気でしょ!? 皆要らない物なの!?」

悠気
 「……っ」

悠気が顔色を変えた!
私は迷わず悠気に抱きついた。


 「ゆ、悠気にとっては私を抱くなんて飽きてるでしょうけど、わ、私は別なんだからね!?」

私は顔を真っ赤にすると、正直凄く恥ずかしいけど、悠気の反応は依然薄い。
というか、私を見ようともしない。


 「どうしてオリジンではなく、私なの? あの世界に唯一矛盾があるのは私だけ……それってどういうこと?」

悠気
 「……かった」


 「えっ?」

悠気が私の胸で何か呟いた。
私は悠気の顔を見る。
悠気は震えていた。

悠気
 「助けたかった……、でも無理だった……だからせめて君が幸せになれる世界を……!」


 「助けたかったのはオリジナル?」

悠気
 「……!」

悠気はコクリと頷いた。
悠気にとってはそれだけオリジナルは大切な存在だったのだろう。
でも5歳の悠気には無理だった。
だから生きているかも知れない世界を産み出した。
でもそれさえも悠気には完全には産み出せなかった。
きっと何回も試行したんだろう。
その度に出来損ないの私が産まれていったんだろう。
どんなにオリジナルに忠実にしても、私はオリジナルにはなれない。


 (オリジナル……か)

どうやったらオリジナルに敵う?
いや、端から天秤に掛けること自体が間違っている。


 「悠気? 現実はそんなに辛かった?」

私はなるべく優しい声を出した。
悠気を少しでも安心させるため、そして傷つけないために。
この悠気を見て私でも分かった、悠気は心を5歳のまま置いてきたんだ。
普通の人ならきっと忘れることだって出来たはず。
そうやって人は克服して、強くなれるから。
でも悠気の場合は違った。
なまじこの世界を生み出せるような力があったばかりに、そっちに逃げ続けた結果、こんな弱っちくなってしまった。


 「悠気……私ね、悠気を恨んだりなんかしてないよ? 寧ろ産んで貰って感謝してる」

悠気
 「……それが、創られた感情でも?」


 「そう、例え創られた感情でも……今の私はきっと貴方が知らない私だから」

悠気にとってどれ位が想定の範囲内だろう。
悠気自体は私よりずっと聡明だ。
例え私の見てきた悠気が、悠気が創った役割だとしても、私よりずっと出来ているのは確かだろう。
なにせ私はまだ産み出されて1歳、向こうは最低でも5歳なんだから。


 「悠気、一体何が恐いの?」

悠気は震えていた。
その姿は怯えているようなのだ。

悠気
 「人はいつか夢を忘れる……ずっと夢を見ることなんて出来ない!」


 「……っ」

私は夢の存在だ。
現実の私は死んでいるし、私という存在はこの1年の中にしか存在できない。
悠気が未だここにいるのは、その先に進むことに未練がある他ない。
それでも悠気は夢は醒めると言った。
いつか現実の悠気は私さえも過去の彼方に捨て去るんだろう。
でも、私は悠気を信じることにした。
これは討希さんとの約束だし、なにより私の本音だから。


 「悠気♪ 3年生の私も大切にしなさいよね!」

悠気
 「嫌だ……! 目覚めたくない!」

悠気は首を振った、そして顔を上げた。
私よりずっと情けない顔で涙を流して。
本当は私も悠気とずっと一緒にいたい。
だけど私は年を越えられないから、そこで次の私とバトンタッチするしかない。
これだけは私には変えられない現実だ。

悠気
 「君のことずっと追いかけた! でも俺には分からなかった! また宵をリセットしろっていうのか!?」


 「悠気は男の子だもんね、女の子は分からないよね」

悠気にとっていくら大切でも、オリジナルの月代宵は分からないことだらけだったろう。
しかも時が過ぎれば過ぎるほど、私はきっと劣化している。
3年生の私はもっとオリジナルから遠ざかり、大人の私はもはやオリジナルとは比べる部分さえないほど乖離しているかもしれない。
悠気にはそれがどうしようもなく、恐ろしいんだ。

悠気
 「ごめん……俺は弱い、だから君を創ってしまった」


 「私がオリジナルのレプリカだったのは衝撃通り越してたけどね、でも産まれなかったら悠気を好きになることも出来なかった」

悠気
 「違う……それはシナリオだ、初めから君は俺に好感を持つように設定されている!」


 「それじゃ今の私をエミュレート出来ているの? ダミーデータが混ざった事で、バグが多発し、私はここに到達した、そして悠気も知ってしまったのよね?」

悠気
 「そうだ……あの世界は狭い、本当は若葉討希なんて存在もしないし、色んな部分を曖昧にして産み出した」

あの世界ではそれが法則だから誰も気付かなかった。
地球は丸くないし、空は宇宙には続かない。
極めて限定的に設定された箱庭の世界、それが私にとっての現実だ。


 「ねぇ、私にどうして欲しいの?」

私は悠気から離れる。
今目の前にいるのは現実の悠気の記憶を持ったアバターのような存在だろう。
それでも完全に設定されて、その通り動いている悠気じゃない。
この世界ではお互いバグまみれだ。
だからこそ、現実の悠気に干渉できる。


 「私を思い出にするのはそんなに恐い?」

悠気
 「……っ!」

悠気は何も答えなかった。
でも逡巡しているようにも思える。
私ではオリジナルには勝てないけど、レプリカなりに彼の記憶になりたい。

悠気
 「無理だよ……これを知った上で、次の地獄を開けと言うのか?」


 「……確かに地獄かも知れないね、でも現実も悠気にとっては辺獄なのよね?」

悠気
 「……!」

夢も地獄なら現実も変わらない。
だからこそ悠気は記憶をリセットし続けてきた。
でも、悠気も強くてニューゲームしちゃったから、この世界がどれだけ異常か分かってしまったんだ。


 「ここ、殺風景! どこかでお茶でもしない? 悠気なら出来るでしょ?」

とりあえずこの暗闇空間は私は落ち着かない。
暗色は気分を暗くするだけだ。
こんな所で独りぼっちでいるから、心だって病むのだろう。

悠気
 「……定義上書き」

悠気が何か呟いた。
恐らく現実改変魔術という物を行使したのだろう。
その瞬間まるで世界が01還元されるかのように変化していくと、私と悠気はファミレスにいた。


 「わぁ〜、凄いね〜……これが魔術かぁ」

悠気
 「現実改変魔術は使い辛いが応用が利きやすい、それにアルセウスの産み出す17枚のプレートを触媒にすれば……この程度は可能だ」


 (まさに神様ね……でも変ね? 確か討希さんはアルセウスは命すら創り出すって……)

悠気
 「ははっ、なんでこの力でオリジナルを助けなかったって考えてるだろ」

悠気は私の考えを察すると、自虐的に笑った。


 「ええ、なんでなの?」

悠気
 「俺がこの力に気付いたのは翌年だった……その時点で既に手遅れで、現実改変魔術は未来を修正できても過去は変えられない、そしてアルセウスの力も死者蘇生には至らない」

そのどちらもが、強大で恐ろしい力だけど、同時に悠気は無力さを思い知った訳か。
アルセウスの力で創れるのはあくまでも新しい命でしかない。
そんなレプリカを受け入れられなかったから、この世界が生まれたんでしょうね。


 「それにしても悠気がPKMって方が驚きよね」

悠気
 「現実でも母さんが俺の戸籍データを改竄して人間ってことにしてるからな……」

それだけアルセウスという存在が危険なのだろうか。
討希さんは護れなかったと言っていた。
つまり戦いがあったんだ、そして私のオリジナルが命を落とした。
もしかしたら私は巻き添えだったのかな?


 「10年前の記憶が無かったのって、意図的だったんだね」

悠気
 「矛盾だからな、だからそれを知る萌衣姉ちゃんからも抹消している」

その割には初対面から、萌衣先輩が親しげだったのって、そういう事だったのね。
意外と悠気らしいと言うか、案外抜けているわね。
とはいえこの世界が正常だったら、そういうことに意識を向けることも不可能なんだろうけど。


 「この世界は全部悠気が創ったの?」

悠気
 「……そうだ、母さんでさえも」

育美さんの何処までがエミュレートされているのか気になるわね。
しかしそうだとすると少し気になることもある。


 「みなもさん、どうして存在が変わったの?」

もしエミュレートされているなら、なぜ登場人物が変わったのだろうか?

悠気
 「……この世界の基本プログラムは救済をベースにしている、現実で……特に救われなかった奴らがピックアップされるようになっている」


 「……え?」

悠気
 「みなもさんは本来日本にこない、皆死ぬから。瑞香は兼ねてより親との不仲から父親を刺し殺して学校を退学した。大城は謎に病で本来学校になんて通えない……」


 「そんな……それじゃ」

現実じゃ悠気の周りには誰もいないってこと?
それでも私は微笑んだ。
結果としては悠気は夢の世界とはいえ、皆を救ったことになる。


 「良かった、悠気……無関心にはなってない」

それは少しでも周りに関心があったから、そんなプログラムを仕込んだんだろう。
私は些細だけど垣間見える悠気の善性に安心した。


 「飲み物でも頼もっか?」

私は一時そこで会話を切るのだった。



『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』


第7話 壊れた少年の関心 完

第8話に続く。

KaZuKiNa ( 2021/10/29(金) 18:00 )