第4話 消えたみなも、現れたみなも
5月を迎えた。
多少の観測ズレはあったものの、今の所大筋は私の記憶通り進んでいる。
とはいえ、どうやっても同じにはならない。
私が寸分狂いなく同じ事をすれば、結果も同じになるのかも知れないが、それは不可能だ。
宵
(料理一つとって、昔と今じゃ違うもんね)
私はそう言ってフライパンを振るう。
私は今焼きそばを炒めていた。
この過去の世界でも1カ月が過ぎて、私も最初の頃に比べると落ち着いたと思う。
今では過去と違って既にバイトを始めているし、自分のことは自分でやっている。
宵
「育美さん出張中だからなぁ〜」
ゴールデンウィーク期間、毎日晩ご飯に誘ってくれた育美さんは海外に出張してしまった。
お陰で私も一人寂しくお昼ご飯を作っていた。
宵
「悠気でも誘おうかな〜?」
とはいえ、悠気を誘おう物ならどんな辛辣な言葉を掛けられるか分かったもんじゃない。
悠気の料理の腕はプロ級、その上結構厳しいから、私の小手先なんてボロクソ言われるのがある程度読めるんだよね〜。
悠気の場合、それは成長を願っての叱咤なのは分かるんだけどね……。
宵
「完成!」
まぁそれでも働いている喫茶店ではナポリタン程度なら任せて貰っている。
あくまで、悠気級が無理なだけだ。
私はお皿に焼きそばを盛ると、テーブルに移動してそれを食べ始める。
宵
「ん、美味しい♪」
私は焼きそばを食べながら、テレビを付ける。
当たり前だけどお昼ってゴールデンウィーク特集と韓国ドラマしかないわね。
宵
(前のゴールデンウィークってなにしてたっけ?)
私は食べながらうーんと頭を捻った。
そして思い出すと、思わず鬱になる。
宵
(勉強しかした記憶ない……)
あの頃の私はハッキリ言って授業について行けてなかった。
杏先生が気を遣ってくれて問題集を貸してくれたり、ずっと悠気に勉強見て貰ってたんだ。
宵
(あの頃はどんどん頭良くなるの実感できて、凄く嬉しかったっけ)
今の私は中間テストなぞ、ものの数ではない。
焼きそばを食べ終えると、洗い物を流し台に置き、自室に向かう。
ガチャリ。
ドアを開けると、殺風景な私の部屋だ。
この時期にはまだパソコンもなく、結構暇を持て余す。
私は窓の向こうを見ると、カーテンが掛けられている事に気が付いた。
宵
「悠気、出かけてるのかな?」
悠気は出掛けるときは必ずカーテンを閉めて、いない事を表す。
むぅ〜、ただでさえ休日って暇なのになぁ〜。
宵
(パソコンあれば、まだやってないゲーム結構あったよね)
私はRPGが特に長く遊べて好きだ。
私自身ライトゲーマーだから、アクションとかは難しくてクリア出来ない物も多い。
そうなると、技量関係なくいつかはクリアできるRPGばかりプレイするんだよね。
宵
「それじゃ……ん?」
ガチャリ。
悠気の部屋から音がした。
悠気が帰って来たんだろうか。
宵
「悠気っ!」
私は窓から身を飛び立たせんばりに乗り出す。
窓を叩いて、主を呼んだ。
しかしカーテンを開いたのは。
メイド服のPKM
「不敬者! ユウ様に対し、呼び捨てとは何者だ!?」
宵
「……え?」
それは間違いなくメイド服だった。
みなもさんが毎日着ているビクトリア調のメイド服。
その人は目付きが鋭く、手が翼のようになっている。
胸は普通で、その様相はジュナイパーを連想させた。
とりあえず……。
宵
「誰だお前は!?」
ジュナイパー
「貴様こそ何者だ、狼藉者!」
ドタドタドタ!
この女性と一悶着を起こしていると、突然慌ただしい音が悠気の部屋の奥から聞こえる。
ガチャン!
悠気
「みなもさん! ストップ! ストーップ!」
みなも?
「はっ! 仰せのままに!」
ジュナイパーの女性は悠気が現れると恭しく跪いた。
私は未だ混乱の最中にあった。
悠気は確か『みなも』と呼んでいた。
でも、それはあり得ない。
何故ならみなもさんはアシレーヌで、この人に比べてずっと大人しく臆病な人だった。
宵
「あの、その怖い人は〜?」
悠気
「えーと、なんて言えば良いのか」
みなも
「ジュナイパーのみなもだ、育美様討希様より、悠気様のお世話を申しつけられている」
宵
(なに? どういうことなの? この人もみなもさん? それじゃ私の知っているみなもさんは?)
いない、存在しない。
私は何をしてしまったんだ……?
みなもさんがいなくなった……これが歴史改変なの?
悠気
「その、なんだ? 家政婦って奴だよ、住み込みで働いている」
みなも
「何分不慣れな身ですが……」
宵
「ね、ねぇ悠気?」
悠気
「なんだ?」
宵
「その人私の知っているみなもさんじゃない……」
悠気
「なに?」
宵
「私の知っているみなもさんはアシレーヌ、おっぱいが凄く大きくて、おっとりしていて大人しいの、髪もいつもパールの髪留めで……」
その時だった。
みなも
「貴様っ!」
突然女性が激しく私を睨みつけると、私は首を捕まれる。
私は苦しさに呻いた。
女性は厳つい顔で私に問う。
みなも
「13号を知っているのか!?」
宵
「じゅ、13号……!?」
悠気
「みなもさん!?」
みなも
「……っ!」
女性は手の力を緩めた。
私は「ケホケホ!」と新鮮な空気を吸い込み、涙目で女性を見た。
女性は沈んだ顔で語り出す。
みなも
「13号はアシレーヌの奴隷だった、だが死んだ……アイツだけじゃない、皆死んだ……私だけが運良く生き残れた」
宵
「……死んだ?」
私はその言葉に驚いてしまう。
私の知っているみなもさんは既に死んでいる。
それは余りにも衝撃的だった。
悠気
「みなも、という名前は?」
みなも
「討希様に与えられました……しがない暗殺者でしかなかった私はあの方に救われました……」
宵
(こんなのって……でも)
もしかすれば、本当はこんなこと考えちゃいけないんだと思う。
でも想起せざるを得ない、もしあのみなもさんがいた世界では、この人はこの世にいないんじゃ……?
宵
「う……くっ!?」
私は口元を抑えると部屋の外に走り出した。
途中悠気の声が聞こえたが、私は真っ直ぐ洗面台に走った。
宵
「ああああっ!」
私は内容物を吐いてしまう。
それでも私は気持ち悪さが最悪のままだった。
宵
「私が殺したの……? みなもさんを……うぅ!」
また吐いた。
さっき食べた焼きそばも無駄にして、私はそんな事も気にする余裕はなかった。
私は改めて、この世界に恐怖してしまう。
2周目とは言っても、結局は特に危険とかそんなの無いって思っていた。
でも違った……私の知らない所でみなもさんは死んだんだ。
そして違うみなもさんがやってきた。
もしかしたら1周目では今のみなもさんが死んでいたのかも知れない。
所詮神の見えざる手だけど、なんで私はこの場に立たなくちゃいけないの!?
悠気
「月代っ!?」
宵
「う……悠気?」
突然後ろから悠気が現れた。
悠気は真剣な顔と不安な顔を綯い交ぜにしていた。
悠気
「すまん、お前の様子がおかしかったから、窓から侵入してしまった」
宵
「なんで? なんで……私なの!?」
本来悠気に当たるのは間違っているだろう。
でも私一人ではこんなの絶対耐えられない!
宵
「知りたくなかった! どうして2周目なんてあるのよ!? なんで私が……っ!?」
正に最悪だ。
悠気にこんな私は見せたくなかった。
でも私は弱い……どうしようもないんだよ。
悠気
「俺には宵の知っているみなもさんは分からない……でもお前が気を病む必要なんてあるのか? 知っていれば助けられたのか!?」
宵
「そ、それは……」
悠気
「お前が本当に優しい子だって事は分かった……。でも、だからって何でも出来る気になるな、お前は神様じゃない」
宵
「ううう……うわぁぁぁん!」
私はその瞬間、涙腺が崩壊した。
そして悠気の胸に飛びつく。
悠気は最初驚いたが、直ぐに私の肩を抱いてくれた。
悠気
「泣いて楽になるなら、好きなだけ泣け」
宵
「うん……ごめん、なさい! ありがとう……悠気ぃ」
私は悠気の胸で泣いた。
悠気の言っている事が正しいのは頭で理解できている。
それでも、なんとか出来なかったのか、そんな諦めの悪さが痼りとして残るのだった……。
***
みなも
「……それでは、月代様、私はこれで」
あの後、私は悠気の家の方に案内された。
ジュナイパーのみなもさんは、それまでのことを水に流したように、ただ平然とメイドの仕事を熟していた。
宵
「……」
悠気
「気になるか?」
宵
「やっぱり、ね?」
私は遂に無意識にみなもさんの背中を追ってしまった。
どうしてもアシレーヌのみなもさんの仕事姿が脳にこびりついており、ギャグみたいなギャップの違いに戸惑ってしまう。
それでも私は、彼女を『みなもさん』と認めなければならない。
宵
(みなもさん、悠気の許嫁だって言ってたっけ)
一体どんな思いだったんだろう。
アシレーヌのみなもさんも、本当は必死だったんだろうか。
今のみなもさんも、同じなんだろうか?
悠気
「厄介だな……1周目の記憶か」
宵
「なんで私だったんだろう……私が何をしたんだろう?」
私はただのクレセリア娘、今でも出来ないことは無理だし、普通の女子高生として生きているだけだ。
断じて、このような奇妙な体験は望んでいない。
それでも見えざる手はそれを望んでいるのか?
宵
「ねぇ? もしこれが誰かが仕組んだなら、一体誰なんだろう?」
悠気
「俺に分かる訳がないだろう」
宵
「それじゃ目的は? なんのメリットがあるの?」
悠気
(メリットか……確かにこれが仕組まれた物なら、仕込んだ者の意図があるはずだ。なにか見えないか……第三者から片鱗は)
私はコップに注がれが麦茶を飲むと、「はぁ……」と溜息を吐いた。
はっきり言って忘れる方が良いんだろう。
前のみなもさんを忘れるなんて絶対に無理だけど、今のみなもさんを受け入れて、運命の奴隷になるしかない。
悠気
「……宵、1周目の出来事、出来るだけ話せ」
宵
「え? 悠気?」
突然悠気はテーブルに両肘を付いて、手を組んだ。
その顔は真剣で、なにか確信でも得たのだろうか?
悠気
(俺の勘が正しければ、観測者は1周目の時点で存在していたはずだ……!)
『突然始まるポケモン娘と夢を見る物語』
第4話 消えたみなも、現れたみなも
第5話に続く。