第36話 月代宵
悠気
「ふう……!」
遂に全ての準備が終わった。
今年のクリスマス会は大宴会になった。
並べられた料理の数々はどれも会心の出来だ。
俺の料理の腕もここまで上がったんだなと、我ながら自画自賛している。
悠気
「みんな、出来たぞ!」
萌衣
「お〜、お腹空いたわ〜」
宵
「ふぁ〜! まるで夢みたい〜!」
みんなはリビングでワイワイしており、どうやらトランプで遊んでいたようだ。
俺が晩餐の準備が出来たと大声で言うと、腹ペコ女子たちは皆キッチンに集まりだす。
悠気
「みなもさん、ユズちゃんもお疲れ様」
柚香
「はい……やりきりました」
みなも
「最高のお持てなしが出来ると思います」
二人とも7人分のご馳走を用意するため、奮起してくれた事を俺は称える。
それだけ重労働であり、実際料理人を職業とするならこの労働の覚悟がいるのだろう。
大凡ユズちゃんなら、料理部だしそういう経験も活きるだろう。
俺はまだ確定はしていないが、やはり選ぶならこの道なんだろうな。
瑞香
「ハァ〜、お腹空いた〜」
皆がリビングから顔を出して、席に座っていく中、1人2階から瑞香だけが降りてきた。
悠気
「お前なんで2階に……まさか!?」
まさかこいつ俺の部屋を物色したんじゃないだろうな!?
実際その通りのようで、瑞香はどうでも良さそうに俺の脇を越えて、テーブルに着く。
瑞香
「別に覗かれて困るものなんてないんでしょ〜? そんな事より早く食べましょう?」
悠気
「ヌゥー!」
俺の秘蔵の品はみなもさんが来てから全て処分したので、見られて困る物がないのは事実だ。
とはいえ、それとこれは別問題だ。
全く、プライバシー保護の権利を主張するぞ!
宵
「悠気〜、ごはん〜……」
もう宵は限界なのか、机に項垂れる。
椅子が足りなかったので何人かは代用の椅子で我慢して貰うが、一先ず宵も限界そうなので、俺は席に付くと号令を放つ。
悠気
「みなさん、頂きます!」
宵
「頂きま〜す!」
宵は号令がでると、早速フライドチキンを手に取る。
それを貪ると、至福の表情を見せた。
宵
「美味しい〜♪」
悠気
「とても女子高生とは思えんな」
琴音
「ふふ、確かに♪」
そう言って大城はどうやら切り分けられたローストビーフを皿に取る。
バランス良くサラダも食べる大城は宵とは正反対で上品だ。
作法なんかは流石に抑えていないようだが、それでも流石学園のアイドルと信仰されるだけの振る舞いと風格がある。
瑞香
「ねぇこの丸ごと鶏って感じのは?」
悠気
「本来は七面鳥を使うんだが、流石に高いし、近場じゃ手には入らんからな、だから鶏で代用して作った香草焼きだ」
鶏の腹を裂いて中に香草類等を詰め込み、オーブンでひたすら2時間もじっくり焼く大作だ。
焼くと言っても低温で、決して焦げないように、肉が固くならない限界の65度を維持するフランス料理由来の技法で作った。
俺はナイフで切り分けて、それを瑞香の皿に載せると、彼女はゆっくりとそれを口に運んだ。
瑞香
「んん!? なにこれ……こんな柔らかい鶏料理初めて!」
悠気
「会心の出来だからな」
萌衣
「はぁ〜、私もやっぱり自炊出来るようにしないとな〜」
萌衣姉さんはそう言うと、フライドポテトを食べていた。
副菜なんだが、昔から萌衣姉さんはジャンクフードみたいなのを好んでいたよな。
柚香
「高雄先輩、料理は?」
萌衣
「全然! ウチは父さんお母さんが海外に出張に行っててね、お姉ちゃんと一緒に住んでいるんだけど、全部お姉ちゃんがやってくれるのよね〜」
確か萌衣姉さんには姉が2人いたと思う。
長女は既に社会人でとある有名会社に就職しているらしい。
次女が今は大学生で、確か料理はあの人が上手かったな。
末っ子の萌衣先輩はそういう意味では自由人だ。
昔はお互い子供だったから、そういうのは出来なくて当然だったんだけど、お互い生活環境の差が出たな。
俺は父親が家にいないし、母さんもパートで働きながらだったから、自然と母さんの手伝いをしていたからな。
家事スキルが上達したのも、結局はそういう環境だったからに過ぎない。
柚香
「あの、悠気さん、これよかったら食べてみてください」
そう言って柚香ちゃんは自分の作った料理を勧めてきた。
柚香ちゃんにはフライ系を担当して貰ってい筈だが、一品オリジナルの創作料理を作っていたらしい。
俺はそれを受け取ると、その出来を吟味する。
柚香
「ど、どうですか?」
悠気
「うん、その場にある材料だけで、よくここまでの物を作ったね」
それは余った鶏のササミを使った物だった。
何分油物も多くなりがちで、だからこそユズちゃんの気遣いの分かるさっぱりとした一品だった。
瑞香
「へぇ、ユズの奴もーらい♪」
宵
「私も〜」
みなも
「ふふふ、皆さん笑顔ですね」
それを少し年上のみなもさんは喜んでいた。
俺もみなもさんと一緒にそれを優しく見守る。
悠気
「クリスマスケーキもあるんだから、余裕は残しとけよ?」
俺はそう言うと疲れた身体を自分で労る。
こいつらの元気さは、まだまだ持続しそうだな。
***
楽しい食事会だった。
俺は本当にそう思う。
クリスマスケーキを出した後、皆でそれを食べ、そして雑談に華を咲かした。
ここまで生きてこんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれない。
俺はそれだけ無意味な人生を送ったのだろうか。
違う……そうじゃない、ただ俺が充実を知らなかっただけなんだ。
これはまだ終わりじゃない、きっともっと充実した未来があるはずだ。
瑞香
「それじゃ、帰るわね」
悠気
「ああ、夜道に気を付けてな」
柚香
「はい♪ どうしても危なければテレポートしますので」
琴音
「今日は大切な思い出になりそうです、ありがとう若葉君」
萌衣
「私はもう、卒業だし同じようには付き合えないだろうけど、感謝するわ」
夜が更けると、皆も帰っていく。
やがて家には俺とみなもさんだけになった。
カチャカチャ。
家は再び静かな空間に変わる。
ただ、食器が重なり合う音が妙に響いた。
みなも
「ユウさま、後は私がやっておきますので、今日はもうお風呂に入ってお休みください」
悠気
「……ん、分かった」
7人分の後始末はそう簡単に終わりそうにない。
キッチンも決して広い訳じゃないし、後1時間は終わらないだろう。
俺はみなもさんの性格を考えて、素直に風呂場に向かい、先に休ませて貰う。
悠気
(正直かなり疲れた……でも充実した疲労だ)
今日は終業式、短いが冬休みが始まる。
暫くはアイツらにも顔を会わす事が少なくなるだろう。
俺は宵を選んだ、その結果はもう少しかかるか。
***
宵
「楽しかったなぁ〜……」
クリスマス会が終わった後、私は電気を消してベッドに腰掛けた。
普段はもう眠っている時間だけど、今日は起きていた。
今は月が美しく地を照らしている。
私は月の光を浴びて、そのエネルギーを身体に注ぐ。
クレセリアである私は本来この瞬間が最も心地良い。
だけど私は朝型だから、夜が苦手。
それはクレセリアであると同時に人間だからなんだろう。
ガチャリ。
ふと、月を見ていたら悠気の部屋で動きがある。
悠気はお風呂上がりの格好で部屋に戻ったようだ。
宵
「悠気」
悠気
「宵? まだ起きていたのか?」
悠気は私が起きていたことに驚いていた。
普段から早寝だから、それが珍しいのだろう。
私は悠気の部屋の方に寄ると、じっと悠気の顔を見た。
悠気
「一体どうしたんだ?」
宵
「ふふふ、悠気変わったね」
私は悠気を見て微笑んだ。
ここ最近、悠気は様子が変わっていた。
私の中で悠気は色んな表情を見せてくれたけど、今の悠気はとても落ち着いている。
なんて言うか、最初はピリピリしていて、私にもあんまり口を利いてくれなかった。
それが9月位になると、今度は顔を真っ赤にしたり、挙動が変になったりおかしくなった。
でも今はそんな事もないし、一番穏やかで幸せそうに見える。
私はそれがとても嬉しかった。
悠気はいつだって私を見捨てず助けてくれた。
そんな悠気に私はいつだって恩返ししたいと思っていた。
でも、私は悠気に比べて何にもなくて、何もしてあげられなかった。
宵
「悠気……ありがとうね」
悠気
「ん? そんなに楽しかったのか?」
宵
「それもだけど……これまで全部にだよ?」
悠気
「全部?」
そう、私はこの1年の全てに感謝している。
もし悠気がいなかったら、私は友達もいなかったかもしれない。
悠気がいなければ、こうやって笑うこともなかったかも知れない。
でも……もう違う。
私は学習した、悠気の言う改善、改善あるのみを実行してきた。
今じゃ私は悠気の力を借りなくても、大丈夫な位成長したのだ。
宵
「悠気、大好き♪」
悠気
「つ、月代……!お、俺もお前の事、宵の事好■□■」
その瞬間だった。
宵
「えっ?」
私は目を疑った。
時刻は丁度深夜0時を迎えた瞬間、私の目の前は全てが『変わって』しまった。
空に月はなく、太陽が輝き、そこは私の家じゃない。
まるで猫の額のようなお寺の境内で、空気は冷たいどころか暖かい。
ワイワイガヤガヤ!
境内の下には通学する学生達の姿があった。
でもおかしいわよ?
今は冬休み、なんで皆当たり前のように制服を着ているの?
宵
「なに、が……起きたの?」
The new world order……reboot。
『突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語』
第36話 月代宵
第一部 突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語 完
第二部 突然始まるポケモン娘と夢を見る物語に続く。