第30話 親父達の挽歌、宵月の下で
道理
「えー、それでは我らおっさん同盟、久し振りの再会を祝って!」
茂&慎吾
「「かんぱーい!」」
それは居酒屋での出来事だった。
俺は久し振りに顔を合わせた常葉と夏川に対してビールジョッキを掲げる。
慎吾
「いやぁ、来ないんじゃないかって心配だったよ」
茂
「でも、良かったよ……何があったか知らんが、お前の元気な顔を見れて」
二人は本当に俺の事を心配してくれていたんだろう。
俺はどれだけ二人に迷惑を掛けていたのか、改めてそれを実感する。
道理
「確かに奏を失ったのは苦しかった……それでも俺には琴音がいたからな……いつまでも甘えてられんさ」
慎吾
「うんうん、家族を持つ身だからね」
茂
「俺達はもう自分一人の責任で生きてる訳じゃないからな」
俺達は結婚した身分だ。
夏川は子供こそいないが、今も奥さんと一緒に甲斐甲斐しく働いているみたいだし、常葉は娘が琴音といつも仲良くしている。
二人とも真っ直ぐ突き進んだ結果、俺じゃ絶対届かない位置まで行っちまったんだな。
道理
「そう言えば、夏川は今は何してるんだっけ?」
慎吾
「ああ、教えてなかったね……今は宇宙開発公団っていう事業のパトロンかな?」
茂
「JAXAを前身とする民間の開発事業だっけ、ウチも内部機器の開発しているな」
今現在、宇宙旅行は夢の時代を終えて、民間で可能になった。
未だ軌道エレベーターは完成しないが、月の開発も進み、宇宙が第二の母なる大地になるのは、もしかしたらそう遠くもないのかもしれない。
そうか、夏川も今じゃそう言う世界に入ったのか。
だが夏川は苦笑していた。
慎吾
「はっ、俺はあくまでパトロンで、常葉みたいに事業に噛んでいる訳じゃないからね、特に頑張ってるのは天海さんだからさ」
夏川の奥さんは夏川天海というソルガレオのPKMだ。
何度か会った事があるが非常にパワフルな人だった事を覚えている。
慎吾
「大城こそさ、男手一つで高校生の子供を育てるのは辛くなかった?」
道理
「ははっ、そりゃお前らと違って俺は課長止まり、給料も厳しいからな……でもそれを辛いとは思わなかったな」
茂
「お前らしいな……でも、そろそろ再婚しても良いんじゃないか?」
慎吾
「わぁお! 確かに死別してもう6年だもんね……奥さんも許してくれるんじゃない?」
道理
「テメェら言いたい放題しやがって……!」
悪いが俺は奏を愛し続ける!
琴音は絶対に育てきるし、俺は再婚は考えていない。
道理
「はっ! 俺の再婚より常葉の不倫の方が先じゃないか?」
茂
「ちょ!? それスキャンダルになるから!?」
慎吾
「えっ? 常葉……まさか?」
茂
「するかボケぇ!!? 俺は生涯茜を愛し続けます!」
道理
「怪しい、めっちゃ怪しい!」
茂
「うおー! くあーっ! ざけんなー!?」
道理
「ふはは!」
ああ、なんだか久し振りだな。
俺は今心から笑っている。
親しい友人達と久し振りに盃を交わし、馬鹿な事を言って笑い合う。
もう何年もこの幸せな時間を否定し続けていた。
そんな馬鹿な俺をこいつらはいつまでも我慢して待っていてくれたんだな。
道理
「二人とも……本当にありがとう」
慎吾
「ん? なんか言った?」
道理
「いや、何でもない……お姉さーん! 焼き鳥のネギま追加で!」
茂
「あ、後皮も!」
フライゴン娘
「はーい! オーダー入りまーす!」
エプロンを着たフライゴン娘は笑顔で近寄ると、オーダーの確認をして、厨房へ向かっていった。
慎吾
「おお、人化してもなお美しい尻尾に、鳥とは異なる翼……良い!」
道理
「お前……結婚した身でまだ?」
慎吾
「それはそれ! ポケモン娘を愛するというのは、俺の使命なのさ!」
茂
「相変わらずポケモンマニアだな……」
普通結婚したら控える物だが、夏川のそれは清々しいまでに潔かった。
愛する対象として妻とは別にポケモン娘があるのだろう。
そういう意味では俺とは真逆だな、コイツは。
道理
「夏川って、人生エンジョイしてるんだな、天海さんいなくなっても知らねぇぞ?」
慎吾
「ははっ、寧ろ一生尻に敷かれてますよ……ははは」
茂
「天海さん、なんだかんだで絶対夏川放す気ないだろうしな」
道理
「それもそうか」
まぁ間違いなく天海さんは慎吾より長生きするだろうな。
この夫婦は間違いなく人生楽しんでいる。
一方で常葉はというと。
茂
「俺も茜なしではいられないからな……」
道理
「お前は寧ろよく茜ちゃんを選んだよな」
慎吾
「うんうん、普通なら寧ろ保美香ちゃんを選んでそうだけど」
常葉はなにせハーレム野郎だ。
全盛期には7人もポケモン娘を囲っていたが、その中で選ばれたのが常葉茜ちゃんだった。
今じゃ半分がいなくなっていたと思うが、それでも茜ちゃんを選んだ理由があるんだよな。
茂
「まぁ運命って奴なんだろうな……俺が心に決めたのが茜ってだけなんだから」
そう言うと常葉はビールを一気に呷った。
運命という言葉、それは俺も信じられる。
俺が奏を選んだのは、きっと運命だ。
少なくとも俺はそう信じている。
フライゴン娘
「焼き鳥お待ちしましたー!」
道理
「おお、きたきた!」
茂
「今日は特別だ、俺が会計しよう!」
慎吾
「おお、社長太っ腹!」
道理
「それじゃ、ゴチになりまーす!」
決して高い店という訳ではないが、貧乏会社員の俺には、割り勘は結構キツい。
こういう時は素直に肖ろう。
道理
「そういや、常葉は仕事の方はどうなんだ?」
茂
「あん? 順調だよ、心配されるまでもなくな!」
慎吾
「とは言うけど、魔の5年だからねぇ」
魔の5年と言うのは俗に言われる事だが、新興の中小企業は5年で赤字になると言われている。
それを越えられれば長く生き残ると言われるが、それを越えられなかったしくじり企業も多いからな。
茂
「ウチは中小企業だが、実質マサラの傘下だからな……それもあってとりあえず問題は起きてないよ」
マサラエンジニアリングは日本を発祥とした大企業だ。
近年急激に成長した感じもあり、不安もなくはないが、常葉はそんな中で頑張っているんだよな。
慎吾
「まぁでも常葉は不祥事さえやらかさなきゃ、問題ないと思うけどね」
茂
「まだ言うか、ウチは社員が優秀ですからっ!」
そう言うと常葉は焼き鳥を一気に頬張った。
俺も皮を頂くが、タレの味が染みてビールに合う。
茂
「大城も、ウチにくるか? 新人として雇ってやるぞ?」
道理
「冗談じゃねぇぞ、今更新人ってやってられるかよ! お前のところ若い子多いだろう?」
茂
「まぁ今年は新卒が2人かな?」
慎吾
「俺達30代が20歳位の子と一緒に働くのって、神経使うよね〜」
道理
「ああ、確かに。今時の子の常識まじで分からねぇ」
これは琴音にも言えることだが、なんで琴音が怒るのか分からない事しばしばあるんだよな。
俺達くらいの年齢になると、そういうジェネレーションギャップがキツいわ。
道理
「ああもう、仕事の話禁止! もっと楽しい話にしよ!」
慎吾
「あ、そう言えば華凛ちゃん、次の出演は?」
茂
「ヒミツ、俺とアイツの関係はヒミツだからな」
華凛ちゃん、花月華凛は常葉の元家族だ。
今や知らぬ者はいない大女優になったが、俺たちはその努力の歴史を少なからず知っている。
道理
「確か、年末に特集を組まれてなかったか?」
茂
「ああ、半年余り取材に付き合ってたみたいだな」
慎吾
「時の人だねぇ」
茂
「アイツは自由に何処までも走って欲しいもんだ……」
等と言って常葉は微笑む。
なんだかんだで、常葉の奴今でも皆を愛しているんだろうな。
道理
「……プハァー! まだ酔えねぇな!」
そう言って俺じゃ一杯目のビールジョッキを飲み干した。
まだ二人は半分も飲んでいない。
道理
「常葉、相変わらず制限か?」
茂
「ま、家内が煩いからな」
慎吾
「俺はそもそも酔うほどは飲まないし」
道理
「ウチも酔っ払うと琴音が煩いが……今日は無礼講だー!」
茂
「ははは、そうだな。無礼講!」
慎吾
「おーっ!」
こうして俺達は、楽しい酒の席を過ごしていく。
明日にはまた平凡な一日が繰り返されるのだろう。
だが、俺はもうかつての俺ではない!
***
宵
「遅くなっちゃった! こっち通れば近道だけど……やだなぁ」
夜、私は暗い夜道を走る。
バイトが長引いてしまい、仕方がなく近道を選ぶ。
だが、そのルートはなんと集団墓地、霊園の傍なのだ。
私は幽霊を信じる方じゃないが、だからと言って恐怖心が無いわけじゃない。
特に急に霧が出たりしたらさ?
宵
「て……霧?」
気が付けば、私の周りには霧が立ちこめる。
私は不審に思い、足を止める。
万が一のため、制御装置はオフにした。
宵
(誰かいる?)
私は周囲に気配を感じ取った。
霧の正体はポケモン?
宵
「空が……!」
気が付けば、空さえも霧に覆われてしまった。
一体この現象はなに?
攻撃のようには思えないけれど……。
宵
「霧を出してる奴! 姿を見せなさい!」
私は声を張り上げた。
相手の正体は依然として不明だが、何かを仕掛けて来ている。
やがて濃霧の先に私は影を見つけた。
宵
「え? 子供……?」
その少女は……美しい月の羽を持っていた。
見た目は5、6歳の小さな少女が私の前に現れる。
少女
「……」
宵
「あなたも、クレセリア……なの?」
その羽は、身体から独立しており、僅かな光でも集めて、美しく輝く。
しかしその美しさとは正反対に少女の顔は凍り付いていた。
ただ、私をじっと見ている、それだけだ。
宵
「あなた誰? あなたがこの霧の正体?」
少女
「……」
少女は何も答えない。
いや、それ所か少女の姿が薄らと消えていく。
宵
「っ! 待って! 貴方誰!? どうして私の前に現れたの!?」
少女
「―――」
宵
(え? いま、なんて?)
少女が何かを口にした。
しかしそれを確認する間もなく、少女は濃霧と一緒に消えてしまった。
気が付けば私は、薄暗い霊園の傍に立っていた。
空には月が優しく大地を照らしている。
宵
「今のって……」
?
「私の能力です……」
突然、私は後ろに振り返った。
そこには美しい青い髪をした肌の黒い少女が立っていた。
宵
「貴方は?」
?
「私の名前はカプ・レヒレ……常世とあの世を繋ぐもの……」
宵
「あの世……ですって?」
カプ・レヒレと名乗った少女は、大人しそうな外見で、ただペコリと頭を下げた。
それじゃ私は今、何を見たって言うの?
宵
「ねぇ答えて……あの子は一体?」
カプ・レヒレ
「私には分かりません……私は繋ぐことは出来ても、視ることは出来ませんので……」
宵
(あの少女はなんて言った? そうだ……たしか)
『なぜ、そこに居るの?』
***
悠気
「月代の奴、遅いな……」
俺は家でアイツの帰りを待った。
折角今日はアイツの好きな肉じゃがを用意してやったって言うのに、遅れるというメールを最後にまだ帰ってこない。
みなも
「月代様、なにかあったんでしょうか?」
悠気
「まぁどうせ、寄り道でもしてるんだろ」
家には俺とみなもさんがいた。
母さんは今、親父の元にいる。
近頃は殆ど家にいない気もするが、なんだか寂しいもんだ。
悠気
(月代の奴……どんどん先に進んでるな)
最初は何も出来ない、心配な子だった。
だが、気が付けば一人でも生きていけるようにアイツはなってきている。
だけども、それが喜ばしいと同時に俺は一抹の寂しさを覚えていた。
かつては、アイツはこの家を騒がしく賑やかにしていたな。
俺やみなもさん、母さんが笑って見守っていた。
悠気
「……月代、宵……か」
『当然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語』
第30話 親父達の挽歌、宵月の下に 完
第31話に続く。