第29話 奏の奇跡
道理
「寒ぃ〜っ!」
15時、この時期は暗くなるのが早いので、私達は早めに家を出た。
大掃除もなんとか終わって、私達は厚手のコートを羽織って、お母さんの眠る霊園に向かう。
琴音
「暗くなる前に帰らないとね」
この時期は日の入りが早い。
なんとか夕方前に出ることが出来たけど、お父さん本当に嫌がるんだもんな〜。
琴音
(未だお母さんの死を受け入れられないなんて……私だっていつかは怒るんだよ?)
お父さんにとってそれだけお母さんの存在は大きかったんだろう。
だけどその結果お父さんは笑わなくなった。
いつも辛そうな顔ばっかりしていて、私は心配である。
私が居なくなったらお父さん一体どうするんだろう?
道理
「……琴音」
琴音
「なに? お父さん?」
ふと、お父さんが小さな声で呟いた。
道理
「お前は……幸せか?」
琴音
「……」
私が幸せか……か。
私は直ぐには答えられなかった、でも若葉君の事が思い出されると。
琴音
「幸せだよ」
道理
「そうか……良かった」
お母さんが死んでずっと私も不幸だった。
暗い子で、そんな私を心配するのも命ちゃん位だった。
だけど1年前、私は若葉君と出会って、重要なのは私を変えることだと気が付いた。
今は友達だって一杯いるし、不幸なんかじゃない。
だから幸せなんだ。
琴音
「さぁ、もうお墓だよ」
道理
「ああ」
私達はお墓を掃除する道具や、お供え物の確認をした。
やがて霊園を進むと、遂にその場所に辿り着く。
大城奏の墓、お母さんの遺体の眠る場所だ。
琴音
「お母さん、琴音だよ? 今お墓綺麗にするからね?」
私は早速墓石を磨いていく。
ウチは貧乏だから、そんな上等な物は用意出来なかったけど、大事なお母さんだからね。
道理
「……奏、俺は……」
一方でお父さんは辛そうに立っていた。
私は居たたまれなかった。
だけどお父さんに私の声は聞こえない。
私は無性に悲しくて、泣きそうになったけど、泣かなかった。
琴音
「……あれ、霧?」
ふと、気が付くと足下に霧が発生していた。
道理
「な、なんだ? この時間帯に霧なんて……!?」
?
「貴方の哀しい気持ちはなに?」
琴音
「え!?」
それは知らない女性の声だった。
霧の向こうから聞こえ、やがて濃霧は全てをかき消した。
琴音
「お父さん? お父さん!?」
?
「ふふ、どうしたの奏?」
琴音
「え……うそ、なんで?」
私は愕然とした。
だって濃霧の先から現れたのは……。
琴音
「お母、さん?」
***
トン、トン、トン。
道理
「う……?」
突然濃霧が発生すると、あっという間に琴音が姿を消してしまった。
直前に聞こえた女の声は一体?
しかしそれよりも、今非常に聞き覚えのある音がしたぞ?
包丁がまな板を叩く音。
徐々に霧が薄くなるとそこは自宅だった。
道理
「琴音か?」
?
「クスクス、道理さんったら、もう忘れちゃったの?」
道理
「え?」
霧が薄くなると、そのシルエットがハッキリと浮かび上がった。
それは華奢過ぎる身体、エメラルドグリーンの美しい髪が腰まで伸び、俺に温和な笑みを浮かべてくれる。
道理
「奏……?」
奏
「そうですよ、道理さん」
それは俺の愛する人、奏だった。
俺は嬉しさのあまり彼女に抱きつく。
華奢な奏の身体は気を付けないと折れそうな程で、だけどその温もりは本物で、俺は涙した。
奏
「きゃ、危ないですよ……道理さん?」
道理
「奏……奏ぇ……っ!」
奏
「道理さん、もう少しだけ待ってくれます?」
奏は優しく俺を引き剥がすと、包丁で豆腐をサイコロ状に刻んだ。
ネギや豆腐を鍋に入れると、それは味噌汁だった。
奏の得意料理で、琴音が一番得意としているのも味噌汁だ。
奏
「ラーラララ、ラ、ラーラ、ラ、ラーラララン、ラララッラン♪」
それは彼女の歌だった。
懐かしく、よく一緒に歌った記憶が蘇る。
奏
「ふふ、後ろで見ていたら照れちゃいます、居間で待っていてください♪」
道理
「あ、ああ……」
俺はそう言われて、居間に向かう。
道理
(これは夢か? だって奏は……!)
奏はもう死んでいる……だけど、俺は怖くてそれを口に出来ない。
奏を忘れるのが怖くて、ずっと二人の時間が続けば良いとさえ思った。
奏
「はい♪ お待たせしました」
味噌汁が完成すると、彼女はそっとそれを差し出してきた。
俺に食べろ、そういうことなのだろう。
道理
「いただきます……」
俺は味噌汁を口に運ぶと、懐かしい味がした。
間違いなく奏の味噌汁だ。
だけど、それは琴音の味でもある。
奏
「道理さん? 迷っているのね?」
道理
「……え!?」
奏はそっと俺に身を寄せると、そう言った。
心を見抜かれたようで俺は戸惑う。
奏
「私はね……道理さん、貴方のことを誰よりも愛してます、それと同時に琴音のことも愛しているわ」
***
琴音
「それじゃ……やっぱりお母さんは」
奏
「そう、死人……どうやら不思議な力で引き合わされたのね」
私の目の前に現れたのは間違いなくお母さんだった。
お母さんは死んでいる、それは覆しようもない事実でも、これは奇跡の会合だった。
奏
「ごめんね、お母さんもっともっと琴音と一緒にいたかったわ」
琴音
「そんなの、私もだよ……!」
私はお母さんに抱きついた。
お母さんも私を受け入れてくれる。
琴音
「私ね、頑張ったんだよ? お母さんがいなくなって辛いこと一杯あったけど、それでも頑張ったんだよ?」
奏
「そうね……偉い偉い」
琴音
「お父さん……だって、頑張って……」
奏
「道理さん……あのね奏、道理さんはね、とてもしっかりした人よ?」
琴音
「お母さん?」
奏
「そりゃ普段はグータラしてたり、洗濯物を放置したりとかしちゃうけど、家族のこと……貴方のことを、絶対に見捨てたりなんてしない!」
それはお母さんの強い意思だった。
そうか、お母さんだってお父さんのこと心配してたよね。
私はお父さんのことが心配で仕方がなかった。
だって、お父さんいつも生気が無いし、家でもグータラしてるし。
琴音
「……く、ふふ! 私お母さんと同じ事思っちゃった」
奏
「なら、私の言いたいこと分かるよね?」
琴音
「……うん」
私は頷くと、2歩後ろに下がった。
そして母さんの目をしっかりと見て。
琴音
「お母さん、私を産んでくれてありがとう。私を育ててくれてありがとう、私をいつも励ましくれてありがとう、お父さんのこと、心配してくれて……ありがとう」
奏
「……」
お母さんの姿が徐々に薄れていく。
だけどお母さんは動じずに聞いてくれた。
琴音
「ありがとう……本当にありがとう……! お母さん、さようなら」
奏
「ふふ、お父さんをお願いね――?」
そう言って彼女は光になって消えていった。
琴音
(お父さん、死んだお母さんをこんなに心配させて、承知しないんだから!)
***
奏
「道理さん、貴方は琴音のことを愛している?」
道理
「琴音? 当たり前だろう! 俺だって琴音のことは世界一愛してる!」
奏
「ふふ」
奏は目を細めて微笑んだ。
奏
「正直言うとね、私も道理さんと一緒、道理さんと二人っきりの時間が永遠に続けばいいと思った、だけど無理だった」
道理
「俺達には琴音がいる」
俺達の愛娘、琴音はここにはいない。
だから俺はこの世界を拒絶してたんだな。
奏もきっと分かっている。
この甘い関係がいつまでも続かないって。
琴音
『お父さん!? 聞こえないの!?』
奏
「呼んでるわよ?」
道理
「やれやれ……」
俺は立ち上がると、自宅だった場所は光になっていく。
奏
「お願い道理さん、私の最後のワガママです」
道理
「なんだ? なんだって俺は叶えてやる、奏の願いならな!」
奏
「琴音を泣かせないで」
道理
「……っ! そう、だな。分かった、誓う!」
奏
「道理さん! ん……!」
奏は俺に飛びかかると首に手を掛けて、熱いキスをする。
俺もそれを受け入れて、キスを仕返した。
奏
「ん、愛して、ます……だから、悲しまないで」
道理
「俺も、愛してる……!」
やがて、彼女もその姿を光に変えていった。
道理
(ごめんな、奏……俺は永遠を望んでいない)
***
琴音
「お父さん?」
道理
「ここは……俺達一体?」
気が付くと目の前には琴音がいた。
夕暮れ時、冷たい風が霊園に吹く。
霧は消え去っていた。
琴音
「私、お母さんに会った」
道理
「え? 琴音も?」
琴音
「て言うことは、夢じゃ無いんだ……ねぇお母さんなんて言ってた?」
道理
「俺達のことを愛しているって、それと琴音を泣かせるなって……」
あれは夢でも幻でもなかった。
確かに俺は彼女の温もりを今でも覚えている。
琴音
「そう、なら私もお母さんの言う通りお父さんを信じるよ、歯を食いしばって」
道理
「えっ? 歯を食いしばる?」
次の瞬間、俺の顔面がぶん殴られていた。
ドシャッと俺は地面に倒れると、何が起きたのか分からず目をパチクリとさせていると。
琴音
「しっかりしなさい大城道理! 母さんはそんなアンタを見たいんじゃないでしょう!? 昔はいい男だった、だけど今は見る影もない、そう言われたいのか!?」
道理
「……っ!」
琴音
「はぁ、はぁ! ……ごめん、お父さん顔面殴ったりして……」
それは琴音がそれまで抱え込んでいた不満そのものだった。
琴音はそんな情けない親をずっと見ていても、文句一つ言わなかったんだ。
きっと奏だな……アイツが琴音に言う勇気を与えたんだ。
道理
「いや……良い。確かに今の俺の姿は絶対に奏には見せられねぇ!」
俺はそう言うと立ち上がる。
そして墓と琴音を交互に見ると。
道理
「ありがとう琴音、奏。俺はもう……行くよ」
そうだ、いつまでも後ろばかり見ていては二人を悲しませるだけなんだ。
本当は心のどこかで分かっていた。
ただ認めたくなかったんだ。
道理
「琴音、さっさと掃除を終えるぞ!」
琴音
「うん!」
***
掃除を終えて、お供え物をすると日は暮れていた。
霊園を出ると、ある男から電話があった。
茂
『もしもし、大城か?』
道理
「……久し振りだな、常葉」
常葉茂、俺とは真逆の人生を歩んだ男。
いつもなら、常葉の声を聞くのが嫌だった。
常葉はイチイチ正論を言うし、誰とも関わりたくない俺には一番嫌な相手だった。
だが、もう違う。
俺は前を見て歩くと決意したんだ。
茂
『その、余計なお世話かもしれねぇけど……』
道理
「は! 何が余計なお世話だっつーの!」
茂
『大城?』
道理
「常葉……いつもの酒場でな!」
俺はそう言うとこっちから電話を切った。
常葉は本当に良い奴だ。
正直常葉や琴音にどれだけ心配をかけたか、それを考えると情けなくて仕方がない。
琴音
「お父さん……」
道理
「という訳だ! 晩飯はいらん!」
琴音
「はぁ……お酒は程々にね?」
琴音は溜息をつくが、その顔は嬉しそうだった。
一番俺を心配してやきもきしていたのは間違いなく琴音だもんな。
だけどもう心配いらん、琴音の大好きな父さんは今帰ってきたんだからな!
『突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語』
第29話 奏の奇跡 完
第30話に続く。