突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語




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突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語
第3話 卵焼きと改善

育美
 「母さん少し宵ちゃんの所に行ってくるわね?」

悠気
 「ん? ああ……了解」

晩ご飯前、母さんは粗方の用意を終えるとエプロンを外して、月代の家に行くという。
母さんは月代と知り合いらしく、俺よりは月代のことを知っているのだろう。
俺はふと、アイツの家庭事情を思い浮かべ、母さんに聞こうかと思ったが、止めた。

悠気
 (もしかしたら嫌がるかもしれない、俺みたいに)

俺は家庭事情を聞かれるのが嫌いだ。
それは誰にでもある事情だろう。
アイツがなんで家族と一緒にこの街に来なかったか、もしかしたらアイツは聞かれたくない事情があるかも知れない。

育美
 「もし遅く感じたら、先に食べて良いからね?」

悠気
 「いいよ、母さん待つから」

俺はそう言うとキッチンの確認だけは怠らないようにして、母さんを見送る。

悠気
 「さて……何かテレビでやってるかな」

俺はテレビでも見ながら待つことにした。



***



育美
 「どう宵ちゃん? 学校は楽しい?」


 「……少しだけ、私に酷いことする子はいないし」

夜になると、育美さんがやってきた。
私はリビングで育美さんと話す。
育美さんはいつもと同じように優しく微笑んで、私を見てくれた。

育美
 「そっか、ウチの悠気はどう?」

悠気……彼の名前を聞くと、複雑な気持ちになる。
でも育美さんの前で変な事は言えない。


 「その……彼とはあんまり、でも今日卵焼きを貰いました」

そうだ、とても美味しい卵焼きだった。
それを聞いた育美さんは益々ニコニコ笑顔になる。

育美
 「そっかそっか♪ 悠気が卵焼きをね〜♪」


 「とっても美味しかったです」

育美
 「うふふ、卵焼きは悠気が一番好きなおかずなの、それを貴方にね?」


 「……」

そう言えば、彼は私に意地悪なんて1回もしてこなかった。
それどころか、私を見かねて卵焼きをくれた。
私って、何してるんだろう……。

育美
 「ねぇ? 良かったら今日はウチで食べない?」


 「育美さんのお家で、ですか?」

育美さんは頷く。
私はその言葉に迷った。
今更彼にどんな顔して会えば良いんだろう……。


 「ごめんなさい、私は……」

育美
 「そっか、それじゃ後でお裾分けするわね?」

育美さんはそう言うと立ち上がった。
私は育美さんが帰るのを玄関まで見送ると、そのままその場で立ち尽くした。
寂しい……やっぱり一人は寂しいよ。

私は段々泣きたくなってきた。
今まで泣かないように堪えてたのに、なんだか無性に哀しかった。
だけど、入口に立っていると、ドアは向こうの方から開いた。

悠気
 「おい、母さんに言われてお裾分けに来たぞ」


 「っ!?」

予想外にお裾分けを持ってきたのは彼だった。

悠気
 「どうした月代?」


 「な、何でもないんだから!」

私は目を拭いて、彼からタッパーを受け取った。
タッパーの中身はシチューで、まだタッパーは温かかった。

悠気
 「シチューは完全栄養食と言われるからな、一人だからって偏食するなよ?」


 「子供じゃないんだから!」

私は恥ずかしくて背中を向ける。
彼はタッパーを渡し終えると、玄関を出て行く。

バタン。

玄関の扉が閉まると、再び静寂が包んだ。
寂しい……でも今は温かい。
私は涙がこぼれ落ちると、それを拭いて食卓に向かった。



***



悠気
 「アイツの部屋、電気ついてるのか……」

俺は食後、部屋に戻ると月代の部屋の灯りに気が付いた。
アイツ……ちゃんとシチュー食べたかな。
突然母さんに渡してきてと言われた時は戸惑ったが、いい加減ちゃんと会う必要もあると思った。
アイツは相変わらず生意気というか、素直じゃなかったが母さんのシチューは受け取った。


 「ねぇ……いるの?」

カーテンの向こう、俺の部屋に灯りが灯ると向こうは声をかけてきた。
俺はカーテンを開けようとすると。


 「待って! カーテン閉めて!」

悠気
 「おっと」


 「そ、その……今着替えてるから」

カーテンの向こうにはシルエットだけが映る。
俺はベッドに腰掛けると、少しだけ会話してみようと思う。

悠気
 「母さんのシチュー、美味しかったか?」


 「う、うん。シチュー美味しかった」

そうか、やっぱり母さんには素直なんだな。
俺は改めて母さんの人徳を褒めるしかない。


 「あの、卵焼き……ありがとう」

悠気
 「おっ、そうか。母さんの卵焼きは絶品だからな! 何度挑戦しても中々同じ物が作れん!」


 「え? 料理するの?」

悠気
 「……ウチもさ、時々母さんが何日か家を空けるときがあるんだ。そうなると御飯作れないと困るだろう?」


 「! ひとりぼっちなの……?」

悠気
 「ま、慣れたがな」

月代はそれっきり黙ってしまった。
もしかすると今の自分と照らし合わせたのかも。


 「ねぇ……ゆ、悠気」

悠気
 「!」

月代はかなり躊躇うように、俺の名前を使った。
確かに若葉では母と混同するため、仕方がないが月代くらいの年齢の女の子に名前呼びは勇気が必要だったろう。
もしかして、月代の方から変わろうとしているのか?


 「あの……迷惑ばっかりかけてごめんなさい!」

シルエットが土下座するように謝った。
俺は苦笑を浮かべてしまう。
初めてのありがとう、その次はごめんなさい……か。

悠気
 「別に気にするな、それよりパンチラは冤罪だからな!? ただ羽が目が行っただけだ」


 「羽?」

悠気
 「いや、光を受けたら綺麗だからさ」

昔のポケモンの情報を調べたが、クレセリアの羽は三日月の羽と言うらしい。
月光のような弱い光を受けても輝く美しい羽。
月の化身とも言われる所以のようだ。


 「綺麗……」

ふと、月代は部屋の灯りを消した。
すると、カーテンには月代の羽が模様のように照らされる。
それは幻想的という他なく、現代に現れたニンフのようだ。


 「ど、どう? 綺麗?」

悠気
 「あ、ああ……俺、ちょっと席離すぞ!」

俺はそう言うと部屋を出た。
扉を閉めると長い溜息を吐いた。

悠気
 「くそ……マジで可愛いじゃねぇか……!」

俺は顔を真っ赤にして頭を抑えた。
駄目だ……これ以上あの空気はティーンの俺には無理だ。
一度風呂に入って落ち着こう。



***



次の日、俺はいつものように家を出た。
俺は一応月代の家を見た。
昨日見る限り、登校は結構ギリギリだったし、弁当もまともに用意出来なかったらしい。

ガチャリ。


 「あ……」

丁度月代が出てきた。
俺は月代と顔を合わせると背を向けた。
なんか意識すると急に恥ずかしい感じがして、相手を見れなくなったんだ。

悠気
 「同じ教室だ、行こうぜ?」


 「う、うん!」

月代は俺の少し後ろをついてくる。
俺たちは特に何も会話せず、ただ離れすぎない微妙な距離感で一緒に登校する。
それは妙と言えば妙だと思う。
だけど、そこまで親しくもなく、かといって他人とも言い難い俺たちには丁度良い距離感だった。

瑞香
 「おっはよ―悠気! て、月代さん?」

柚香
 「おはようございます」

いつものように途中で山吹姉妹と合流すると、姉の瑞香が月代を見て驚いた。

悠気
 「おはよう、二人とも」


 「お、おはよう……えと、山吹さん?」

月代もまだクラス全員の顔を覚えてはいないだろう。
その中で良く瑞香の事を覚えていたもんだ。
瑞香は最初こそ驚いたが、直ぐに笑顔を取り戻す。

瑞香
 「ええ、おはよう月代さん」

瑞香は月代に挨拶すると、俺に身体を寄せて耳打ちをする。
気になるのは当然月代のことだろう。


瑞香
 「で、なんで一緒にいる訳?」

悠気
 「たまたま遭遇した」

瑞香
 「それだけなら歩調合わせるの変じゃない? 仲直りしたの?」

悠気
 「まぁな……」

瑞香はそれを聞くと「ふーん」と言って、距離を離した。

幸太郎
 「おはよう……うお!? 月代?」


 「おはよう……えと……万代さん?」

幸太郎
 「百代だ、百代幸太郎」


 「ご、ごめんなさい」

まだまだ全員の名前は無理があったか。
それを見て面白がった瑞香が俺を指差すと。

瑞香
 「じゃあコイツの名前は?」


 「若葉悠気でしょ?」

幸太郎
 「悠気のことをよく知ってるようだな」

悠気
 「……ただ単純に覚える順番の問題だろう」

瑞香
 「覚える順番ねぇ〜」

瑞香はニヤニヤすると、俺と月代を交互に見る。
あ、これはよからぬ事を考えている時の顔だ。

瑞香
 「でさ? パンチラ事件は示談?」

悠気
 「冤罪だ!」


 「うん……羽綺麗って……」

柚香
 「羽?」

俺は照れくさくて頬をポリポリ掻くと、さっきから瑞香がおばさんみたいに口元に手を当ててニヤニヤしていた。
どうにも状況の変化をギャラリー感覚で楽しんでいる節があるな。
まぁいいか、平穏が一番だもんな。



***



お昼休み、昨日と同じように母さんが作ってくれた弁当に舌鼓を打つと、昨日と同じ弁当箱を持って月代がやってきた。


 「悠気……これ、昨日のお返し」

悠気
 「え?」

そう言うと真っ黒になった卵焼きが俺の白ご飯の上に載る。
俺は最初何か分からなかったが、黄身の断面から推測し、月代の弁当箱を見ると、それは色々と酷い物だった。

悠気
 「それは人類の食い物か?」


 「う……ちょっと失敗しただけよ!」

ちょっとってレベルじゃない……。
俺も母さんほどじゃないが、料理は出来る。
だけど、最初から出来た訳じゃない、その最初の練習の段階でもここまで酷くなかった。
つまりコイツは俺より才能がないという事になる。

悠気
 (コイツ、これで1週間持つのか?)

少なくとも月代は涙目になって苦いと呟き、我慢しながら食べていた。
見るに見かねた俺は、幾つかを月代の弁当箱に載せた。

悠気
 「やる」


 「で、でも……」

悠気
 「母さんの料理だ、安心して食え」


 「あ、ありがとう……!」

この3日で月代の事は色々分かった。
一つ、料理の腕が死んでる。
二つ、本当はそんなに気の強い子ではない。
三つ、彼女も等身大の女の子だ。

悠気
 (……改善か、改善だよな)

俺はある決意をすると、この月代との関係の改善を誓う。
俺は改善がモットーだ。

悠気
 (うむ、不味い! 砂糖が焦げてやがる……)

俺は月代の弁当を見て、なんとなく月代が作りたかった弁当の正体を探った。
そしてそれを頭の中で組み立てる。

瑞香
 「おお〜、月代さん。お弁当なんだ?」


 「あ、山吹さん……」

瑞香
 「瑞香で良いわよ! その変わり宵って呼んでいいかしら?」

普段は妹と適当にどこかで食べてる瑞香が珍しく教室に残っていると、亜r俺の前に座って弁当箱を広げる。

悠気
 「なんで月代の方じゃなくてこっちなんだよ」

瑞香
 「もう一人来るわよ」

悠気
 「え?」

柚香
 「あの、お邪魔します!」

ユズちゃんだった。
ユズちゃんは中学の頃はよく一緒に食べていたが、校舎が変わってからは教室で食べることはなくなった。
それがエスカレーター式に高校に上がって、再び以前のようにやってきたか。

瑞香
 「ユズちゃん、悠気と食べたいってね〜?」

柚香
 「お、お姉ちゃん! それ言わないで!」

悠気
 「まぁいいや、ちょっと狭いけどどうぞ」

柚香
 「ありがとうございます!」

俺の席に流石に弁当が3つ並ぶと凄まじく狭い。
しかしそこに瑞香は一計を講じると、月代の席をくっつけた。

瑞香
 「一緒に食べましょ?」


 「う、うん」

瑞香のペースは誰にも止められない。
月代も巻き込んで、四人は談笑しながら弁当を突く。

柚香
 「わっ、先輩それって……?」


 「うぅ……火加減間違えて」

瑞香
 「驚いた、美味しそうならオカズ交換しようと思ったのに」


 「それって自分で用意したの?」

瑞香とユズちゃんの弁当箱は中身が同一だ。
これは同一人物が作っているという現れだ。
そのレイアウトは実に女の子らしく可愛らしい。
瑞香は手を振ると、隣のユズちゃんの肩を叩いた。

悠気
 「相変わらずユズちゃん料理が上手だな」

柚香
 「あ、ありがとう御座います」


 「妹さんなんだ、凄い……」

瑞香
 「いい宵? 料理なんて出来る奴に任せれば良いのよ!」


 「ぼ、暴論じゃないそれ?」

間違いなく暴論だ。
とはいえ、初めから出来る奴はいない。
出来ないなら出来るまで、任せるのは当然だと言える。
しかし月代は一人だ、何をするのも一人で熟さなきゃならない。
俺はその大変さを知っている、そして今の月代の限界も。

柚香
 「悠気さん、今日はお母さんですか?」

悠気
 「ああ」

瑞香
 「意外かも知れないけど、コイツ料理が上手いのよ」


 「うん……知ってる」

瑞香
 「あれ? 知ってた?」

瑞香はは随分意外そうだが、言ってないとはいえ、家が隣だからなぁ。
まぁ料理も数を熟せば必然的に改善する。
月代だって1年も繰り返せば、必ず上手になる。

悠気
 「ご馳走様っと」

瑞香
 「あれ? アンタそんなに食べるの速かったっけ?」


 「あ、その……」

月代は申し訳なさそうに何かを言おうとする。
しかし水筒からお茶を注ぐと、俺は遮るように言った。

悠気
 「高校生だぞ? そりゃ食べるのも速いさ」

瑞香
 「そっか〜、そりゃ食べ盛りだもんねぇ〜」

瑞香はそう言って疑いもせずに納得する。
実際は月代に半分くれてやったせいだが。
俺はお茶を飲むと一息つく。

瑞香
 「ユズ〜、私もお茶〜」

柚香
 「あ、はいお姉ちゃん」

ユズちゃんの水筒はピンクの花柄の少し小さめ物だった。
ただ、中身が少し変わっている。


 「なに? この匂い」

柚香
 「アプリコットティーです」

それは熱いアプリコットだ。
緑茶でも麦茶でもなく、その一風変わった物に宵も興味津々だった。

柚香
 「良かったら先輩も飲みますか?」


 「え? それじゃ遠慮なく……」

ユズちゃんは替えのコップを幾つか持っている。
そのうちの一つを取り出すと、アプリコットを注いで月代に渡した。


 「美味しい! これってお茶なの?」

柚香
 「はい! 杏子のお茶なんですよ」


 「杏って先生?」

悠気
 「字は一緒だがな」

俺は苦笑した。
本人が聞いたら盛大に突っ込むだろうな。
杏子は、中国ヒマラヤが原産らしい。
糖度が高い物はジャムが有名だが、紅茶に混ぜる事もある。
ユズちゃんのアプリコットティーは後者のそれだ。

ユズちゃんを起点に話が弾むと、三人の女子は姦しくお喋りを楽しんだ。
俺は少し距離を離して、三人を静観する。
月代も最初は緊張していたのか、遠慮がちだったが、山吹姉妹にも徐々に心を開いていく。



***



放課後になると、俺は家とは真逆に街へ向かう。
そしてスーパーに寄るといくつか見繕っていく。

悠気
 「ミニトマト、鶏肉、お、レタスが特価か」

俺は買い物籠に必要な物を入れていく。
普段から買い物慣れしていると、自然と安い店も覚え、買い物も迷わず進む。
とりあえず必要な物を買い揃えると、俺はレジで清算し家へとまっすぐ帰る。


***



育美
 「お帰りー、てあれ? 今日は買い物は頼んでないけれど」

家に帰ると今日は母さんがいる。
リビングでゆっくりしていたが俺を見て不思議そうに首を傾げた。

悠気
 「母さん、明日弁当は俺が作るから」

育美
 「え? お母さんがいるウチは甘えてもいいのよ?」

母さんは俺が母離れしようとしているかのように勘違いしているが、俺は首を振った。

悠気
 「別に、ただそういう気分なだけだから」

俺はそう言って食材を冷蔵庫に入れていく。

育美
 「ん? 悠気にしては妙ね?」

母さんは冷蔵庫に入れていく食材に目敏く気がついた。
そう、俺が選んだ食材はあくまで俺の好みではない。
この時点で母さんも流石に察したのか、口元に手を当てた。

育美
 「あらあら? そういう事なのねぇ〜♪」

食材の時点で俺用じゃないと気付いたのは流石だけど、まだ全部はバレていないはず。
とはいえ母さんはニヤニヤが止まらないようだ。
我ながらお節介は自覚しているがな……。


***



そして次の日。

ガチャリ。

朝、俺は家を出ると同時に月代も家を出た。

悠気
 「よっ、おはよう」

月代
 「お、おはよう」

俺は月代を確認すると、鞄の中から弁当箱を月代に突きつけた。

月代
 「??? これは?」

悠気
 「俺が作った、昼に食え」

俺はそのために早起きし、弁当の用意をしたのだ。
母さんは「宵ちゃんのかぁ」と笑いを堪えられない様子だったが、隣で食ってる物が炭化した物ばかりじゃまるで笑えない。
それなら自分の分も月代の分も作った方がまだ精神的に良い。
改善だ、食の改善。

悠気
 「ほら、行こうぜ月代?」


 「う、うん! ありがとう悠気!」

月代は弁当箱をバッグに入れると、嬉しそうに俺の横に並んだ。
昨日より更に近い距離、だけど会話は殆どない。
今は、これが俺たちの限界かな?



『突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語』


第3話 卵焼きと改善

第4話に続く。


KaZuKiNa ( 2021/01/23(土) 18:01 )