突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語


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突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語
SP05




 「……くっ!?」

俺達はゆっくりとネクロズマを警戒して近づく中、月代は何度も頭を抱えて立ち止まった。
流石に見かねて御影さんが肩を支えるが、それでどうにか出来るわけじゃない。

真莉愛
 「大丈夫? 月代さん……」


 「大丈夫……それより、近いよ……」

月代は羽を輝かせると、臨戦態勢を整える。
本来なら禁止されている制御装置の解除だが、今回は特例だ。
月代はある建物の奥を睨みつけると、そのまま先頭を歩いた。

悠気
 (月代の話が正しければ、月代がキツいならネクロズマもキツいはず……だが、大丈夫か?)


 「マスター、お待ちしておりました」

突然、闇の中から声が響く。
俺達は不審がると、地面から女性が迫り出してきた。

真莉愛
 「愛紗、どうネクロズマは?」

ニア
 「見たことないポケモン……」

愛紗
 「皆様初めまして、ダークライのPKMで愛紗と申します。PKM管理局特殊任務担当官になります」

愛紗と名乗った女性はそう言うと恭しくスカートの丈を持ってお辞儀する。
大半が初めて見るPKMだが、以上に細いウエスト、それに反比例する巨乳で異様なアンバランスさを持っていた。
黒いドレスの下からはこれまた異様に細い足が覗いており、人型としても些かアンバランスさを感じる。
その顔は端正で、相応に生きた年齢の深みを感じるが、それでも第一世代PKM特有の若々しさがある。

真莉愛
 「愛紗は私の最初のパートナーなの、まぁ私の右腕ね」

愛紗
 「勿体ないお言葉です、それとネクロズマですが、この先の倉庫にいます」

ニア
 「様子は?」

愛紗
 「何やら苦しんでいるようですが、警戒が必要です。私の『ナイトメア』も通用しておらず、正しく規格外でしょう」

ニアさんはそれを聞くと、透明化する。
ゾロアークのPKMだからこそ出来る芸当で、彼女は透明化すると一言手短に言った。

ニア
 「先行して奇襲を仕掛ける!」

そう言うとニアさんは気配を完全に消し去った。
イリュージョンの恐ろしい所は、ただ単純な透明化じゃない。
ただ極端に存在感を消すところだ。
俺達はそれを見て全員覚悟を決める。

真莉愛
 「若葉さん、貴方は巻き込まれないように後ろで隠れていてください!」

悠気
 「……分かりました、でも月代に何かあったら俺は絶対に助けますから……!」


 「悠気……ありがとう」

月代はそう言って微笑むと、揚力を得て飛び上がった。
決戦だ、ここでネクロズマを倒して光を取り戻す。

悠気
 (結局雫ってのはなんだったんだ? 俺がニアさんに狙われた理由……それが一体何なんだろう?)

俺にはどうにもそれだけが不可解であった。
今回の事件で出てきた単語『雫』を俺達は知らないのだ。
ただ、月代に俺達は命運を掛ける……!



***



ネクロズマ
 「うく……! 対象を捕捉……照合結果個体名ニアと判断……!」

ニア
 『お前の目的は知らないし、知りたいとも思わない……ただ、返してもらうぞ!』

ネクロズマは苦しげに蹲る中、ニアは透明なままネクロズマの正面に対峙する。
イリュージョンを持ってしても、ネクロズマはニアを認識しているが、もうニアには関係ない。
ただ、持てる力を振り絞ってネクロズマを襲う!

ニア
 『ナイトバースト!』

ネクロズマ
 「プリズム、アーマー……展、開」

ネクロズマの声は弱々しい、だが迫り来る悪のオーラをただ片手を前に出して、六角形の幾何学模様が生み出すプリズムアーマーで防ぐ。

ニア
 (やはり正面突破は難しいか! だけど!)

ニアは炎をイメージした。
それはあの男、ネクロズマの脅威にただ抗おうとしたネオというゾロアークを想起させ、ニアには気分が悪かったがイメージしやすい技だった。

ネクロズマ
 「火炎は偽装? いや……!」

ニアは巨大な火炎龍を生み出すと、炎の龍はその顎を広げ、ネクロズマに食らいつく!
だがネクロズマはそれが幻影ではないと判断した。
そう、それは『火炎放射』だ、龍は偽装だが、炎は偽装じゃない!

ニア
 『おおおっ!』

炎は直接ネクロズマには効かないが、倉庫は炎上を始めた。
燃え盛り、ネクロズマの苦々しい顔が炎に照りつく中、ニアは短刀を右手に走り込む!

ネクロズマ
 「調子に、乗るな……!」

ネクロズマは右手を掲げた。
その掌が輝くと、ニアは横にステップする!
直後、ニアのいた位置にミラーショットは着弾した!

ニア
 「何度も通用すると思うな!」

ニアは透明化を解除すると、横から一閃する。
辻斬り、悪のオーラを纏った一刀はネクロズマを捉える!

ネクロズマ
 「!」

だがネクロズマはそれさえも嘲笑うように、ニアの後ろに瞬間移動していた。
ニアと自分の位置を入れ替えると、ニアはその反応が一瞬遅れた!

ニア
 「しまっ!?」

ネクロズマ
 「はぁ!」

ネクロズマの蹴りがニアの背中を捉える!
それは技ではない、だが体格で上回るネクロズマの蹴りがニアに突き刺さったのだ!

ニア
 「ぐぅ!?」

ニアはコンクリートの地面に叩きつけられる。
このままではまずい、おそらくミラーショットがくる!
だが、ニアの警戒とは余所にネクロズマは天井を見上げた。
既に倉庫は炎上が進み、元々放棄されて久しいのか、雨漏りがして久しいボロボロのトタンの屋根は既に大きな穴を開けている。

そこに炎の輝きとは異なる光があった。
ほんの僅かな輝きでも、その身に受ければ美しく輝く者、クレセリアだ。


 「ネクロズマ……!」

ネクロズマ
 「月代宵か……!」



***



私は悠気と別れると、空からネクロズマを目指す。
頭痛はさっきから止むことがなく、それはネクロズマも同じはず。
どうして私達はこんな苦しい思いをしないといけないのだろう。
そう考えると、なんだかネクロズマが可哀相だと思えた。
だけど、今は憐れんではいられない。
私達は生存競争をしているのだ。
ネクロズマにどんな理由があろうと、他人の命をもて遊んで良い理由にはならない!


 「ネクロズマ……!」

私は焼けたオンボロ倉庫の上から、ネクロズマを見る。
ネクロズマはニアさんを蹴り倒した後、私を見上げて忌々しそうに睨みつけた。

ネクロズマ
 「月代宵か……!」

私は僅かな光でもそれを増幅出来る。
そして燐光が輝くほど、四枚の三日月の羽を輝かせると、あの技を撃つ!


 「ムーンフォース!」

四枚の羽はまるでXを描くように光り輝き、一転そのエネルギーを集約させた。
私のムーンフォースはそこまで強力ではないけど、三日月ポケモンの象徴的技だ。

ネクロズマ
 「私をこれ以上穢すな! お前は私のノイズなんだ!」


 「勝手な事を! アンタがこの世界に来なきゃ、こんなに苦しむ必要なんてなかった!」

ネクロズマはゆらり、鈍い動きでムーンフォースを避ける。
私達は互いに憎悪をぶつけ合う。
だけ、私達の憎悪は正しいのか……?
それだけが疑問として残り続ける。
私が彼女の闇に触れるたびに、彼女の闇が少しずつ晴れる気がした。
その中に彼女の感情がある気がして、私は躊躇ってしまう。

ネクロズマ
 「く……止めろぉ。お前はどうして私に触れるんだ? 私は独りが良い……皆怖い……!」


 「はっ?」

それはネクロズマの涙だった。
彼女は子供染みて泣いているのだ。
私はその姿に戸惑ってしまう。
だが、ネクロズマの後ろで彼女は立ち上がる。

ニア
 「……くっ!?」

ニアさんは立ち上がると、ネクロズマを羽交い締めした。
そして私に向かって叫ぶ。

ニア
 「今よ! 私ごと撃って!」

ネクロズマ
 「き、貴様!?」


 「ニアさん!?」

ニア
 「私だってネクロズマの足止めくらいは出来る! だから今こそ! ネクロズマを倒すの!?」

ニアさんの捨て身の戦法、ネクロズマは抗うがニアさんは意地でも離さない気迫だ。
私は逡巡してしまう。
本当にネクロズマを討つ事が正しいのか?


 「くっ!? ごめん!」

私はもう一度ムーンフォースを溜める。
今度は倒せるだけのエネルギーを収束させて。


 (ごめんなさい! 恨んでも構わない! ただ皆には空が必要なの!)

私は彼女に謝罪した。
きっと私の心の声は彼女に届いている。
だからこそ、私達に空が必要なことを伝えなくちゃいけない。
何故ならそれが戦う理由だから!



***



ネクロズマ
 (く……あ!? 何よこれ!? 憎悪じゃない!? どうしてそんな!? 私はこんな感情知らない!?)

私は宵が次々と送り込む怒濤の感情に、ただ戸惑った。
私はずっと、負の感情だけが知的生命体だと学んだ。
だって皆私に怒り、憎しみ、悪意、絶望、恐怖……皆怖いことばかり教えてくる。
私はそれが知的生命体なんだと学んだ。
だから私は、知的生命体に彼らのやり方で応え続けた。

だが月代宵は違う、私を憐れみ、私を心配し、私を暖かい物包んでくれる。
私はその感情の名前を知らない。
だが、それは矛盾の刃となって私を責め立てる。

ネクロズマ
 (私は誰だ……? こんな所で死ぬのか!? 嫌だ……)

私は無意識に願った。
それは雫が敏感に反応してしまう。
元は蒼穹言えるほど美しかった雫を大きく濁らす程に!

ネクロズマ
 「嫌だーっ! 皆嫌いだーっ!?」



***



悠気
 「これは!?」

俺達は後から戦場へと辿り着いた。
だが、その直後ネクロズマが叫び声を上げた瞬間、ネクロズマから闇が広がっていく!

ニア
 「な、何が!?」


 「きゃあ!?」

愛紗
 「ニアさん!」

ニアさんは素早く愛紗さんが回収すると、広がる闇から逃れた。
だが月代が……月代が!

悠気
 「月代ーっ!?」

真莉愛
 「若葉君危険よ!?」

俺は後ろから御影さんに羽交い締めにされながら月代に叫ぶ!
月代の身体は半分が闇に飲まれていた。
もはや手遅れと感じたのか月代は俺を見ると。


 「悠気……私はネクロズマを信じる! 彼女はきっと―――!」

月代は笑顔だった。
しかしその言葉は最後まで続かず、ネクロズマからドーム状に広がった闇に飲まれてしまう。

真莉愛
 「危険よ! 若葉君ここは退いて!」

悠気
 「……く!?」

巨大な半球状のドームは半径100メートル近くまで大きく育つと、そこから広がりは止まった。
だが闇の表面は微妙に模様が蠢き、黒いマーブル模様を描いている。
それが何で出来ているのか、月代はどうなったか……俺は絶望しかけていた。
だが……状況はそれを許してはくれないらしい。


 「ここが常世か……」

それは闇の中から迫り出してきたのだ。
その姿は全身が筋肉の塊で一切毛髪のない男だった。
ただ眉が片側だけ剃られており、そして体色は青みがかっている。
特徴的な道着こそ着ていないが、十中八九ダゲキのPKM。
だが、なぜネクロズマの作り出した闇から出てくる?

真莉愛
 「そ、そこの貴方止まりなさい!? 一体何者なの!?」

ダゲキは足を止める。
しかしその眼差しは鬼のような目付きを持って我々に答えた。

ダゲキ
 「我が名はヴァイオレンス(暴力)、我らが滅びの王より産み出されしミニオン!」


 「同じくジェラシー(嫉妬)、滅びの王より産み出されしミニオン!」

ニア
 「ふ、増えた!?」

それは更に遅れて現れた。
大きく灰色の翼を羽ばたかせるバルジーナの女。
その姿はボロを纏っただけで、毛はガサガサで顔は隈が目立つほど。

そして最後に……。


 「我らミニオンはネクロズマ様の願いにより産み出されし、ミニオン。我が名はヘイト(憎悪)なり。ネクロズマ様の願いは汝らの滅びなり!」

それは全身を土気色の布で目元以外塞いだ中東風の姿の存在だ。
声はくぐもって聞き取りづらく、男女の区別も分からない、そして布の隙間から砂がこぼれ落ちる。
おそらくだが、カバルドンだろう。

愛紗
 「なんなの……? 貴方たち何を言って?」

ジェラシー
 「クスクス、頭の回転が悪い奴がいるねぇ! それじゃ最初の得物はお前だ!」

ジェラシーと名乗った女はその場で灰色の翼をはためくと、風が渦を巻く。

ジェラシー
 「切り刻め! エアスラッシュ!」

愛紗
 「っ!」

風は一気に刃と化すと愛紗さんを襲う!
だが、瞬時に愛紗さんは闇の中に沈み込み、回避した。
エアスラッシュは地面を切り裂くと、愛紗さんは少し離れた場所に現れる。

ジェラシー
 「ち……その端整な顔立ち、鬱陶しいねえ……!」

愛紗
 「攻撃意思を確認、マスターどうしますか?」

愛紗さんはあくまでPKM管理局のエージェントだ。
正式な手続きがなければ、相手に反撃も出来ないのだろう。

だが、相手は一人ではない。

ヴァイオレンス
 「小娘……我が暴威を受け止められるか!?」

ニア
 「ち……筋肉ダルマは嫌い」

ニアさんは短刀を構えて体勢を低くする。
ヴァイオレンスは筋肉を膨張させて、恐ろしい膂力を見せる。
差し詰め言葉通りの筋肉お化けだろう。
ニアさんとは二回りは大きさも違い、その一撃はニアさんの身体を容易に砕くことが予想される。

ヘイト
 「さぁ滅び行く者どもよ、戦慄せよ」

ヘイトは両腕を上げると、砂嵐が巻き起こる。
それは無尽蔵にヘイトの身体から吐き出された砂だった。

真莉愛
 「く……まだ相手の能力は未知数! 皆退くわよ!」

御影さんはそう言うと俺の腕を引っ張った。

愛紗
 「イエス、マイマスター」

ニア
 「……だそうよ。じゃあね」

悠気
 「……く、月代、絶対助けるからな!」

俺はこいつらが闇の中から出現した事から、おそらく月代は無事だと判断する。
だが今は多数に無勢、相手の力も分からず、こっちは役立たずがいる状態では、愛紗さんたちも満足に戦えないだろう。
俺は自分の顔を叩くと、走り出す。

悠気
 「アイツらの目的は、この世界を滅ぼすって事ですけど、どうするんですか!?」

真莉愛
 「とりあえず情報が必要ね! ネクロズマ程の無茶振りだとこっちも困るけど、なんとなく勘だけど対処は出来そうじゃない!?」

俺達は全力で逃げるが、相手は追ってこなかった。
一度振り返るが、何故か三人とも立ち止まっている。

愛紗
 「若葉さん! 車に!」

悠気
 「ああ!」

俺達は一斉に車に乗り込むと、御影さんは素早くバックに走らせる。
そのまま荒っぽい運転でその場から離脱するのだった。



***



ジェラシー
 「いいの? 逃げちゃったわよ?」

ヘイト
 「今は構わん……我らの役目はヘイトを集めること、さすれば滅びの王は真なる姿を持って世界を滅ぼさん」

ヴァイオレンス
 「我らもまだ産まれたばかり……その力は十全ではない」

ネクロズマが雫に願った結果産まれたのは、この負のミニオンたちであった。
更に闇の中からミニオンは産まれる。
そのミニオンはのそりのそりとまるで匍うように現れた。
全身を燃やし、その背に固まった溶岩の殻を背負ったミニオン。
それはマグカルゴだった。

マグカルゴ
 「俺の名はアンガー(怒り)、ヒヒ、ぶっ壊してえ」


 「ククク……テラー(恐怖)も誕生」

更にまるで影のような男もアンガーの後ろから現れた。
その姿は特徴的な歯並びからゲンガーだと分かる。

ヘイト
 「これで残す上級ミニオンは後一人か」


 「ライ(嘘)……誕生」

ヘイトの後ろ、まるで初めからそこにいたかのようにその男は立っていた。
その姿は常闇を思わせるローブを纏った、顔の見えない長身の男だった。
ヴァイオレンス(暴力)、ジェラシー(嫉妬)、ヘイト(憎悪)、アンガー(怒り)、テラー(恐怖)、ライ(嘘)。
6人のミニオンたちは、全て滅びの王ネクロズマの望んだ形たちだ。
ネクロズマがこれまで学んだ知的生命体の持つ負の感情を凝縮したミニオンたちは皮肉にもPKMに似た容姿をしている。

ヘイト
 「全員集ったな……みなの者よ、憎悪をかき集めろ!」

顔の見えない中東風のヘイトは言う。

ヴァイオレンス
 「暴威に怯えよ!」

ジェラシー
 「嫉妬に狂え!」

偉丈夫の男、見窄らしい女も叫んだ。

アンガー
 「ふふ……アーハッハ! 怒りを燃やしてやるぜぇ!」

テラー
 「ククク……恐怖を知らしめてやろう」

ライ
 「……」

それぞれのテンションは異なる。
しかし何れもネクロズマから産まれたものなのだ。
それらは今、明確な悪意となって世界に広がろうとしている!



***



――闇の中、そこに二人の女がいる。


 「何時までそうしてるの?」

それは月代宵だ。
彼女は目の前で蹲って震える女を見た。

ネクロズマ
 「放っておいてよ……私は……もう嫌だ」

その弱々しい姿を見せたのは、今や滅びの王となってしまったネクロズマだ。
これは全てネクロズマが望み、雫が叶えた結果だ。


 「子供ね、なんでも知った気でいる」

ネクロズマ
 「だって知らなかったんだもん! 私は誰!? どうして産まれたの!?」


 「それに答えられる奴なんていないわよ、その答えは自分自身にしか出せないんだから」

宵はネクロズマの傍でずっと佇んだ。
今は彼女になんの恨みもない。
強いて言えば、この泣き虫大人子供を更生させようと思っている。


 (改善、そう改善よ……悠気の口癖)

もはや全てに絶望して、自暴自棄のネクロズマと、自分自身で解さえ出せない宵。
この奇妙な二人は、闇の中に佇み続ける。



***



育美
 「……っ」


 「ふぅ……」

私は今の現状にただ震えていた。
しかし茜様はのんびりとお茶を飲んでいる。
今は都会から離れた温泉宿、茜様はのほほんと旅行を楽しんでいらっしゃる。

育美
 「……本当に良いのですか?」

私は身体を震わせながら茜様に聞いた。
茜様はロッキングチェアに揺られながら、湯飲みをテーブルに置くと答える。


 「もう少し世界を信じてみたら?」

育美
 「そうは仰いますが……!」


 「育美、余裕を持ちなさい」

育美
 「……はい」

私はそれに従うが、茜様は余裕がありすぎる。
茜様は確信がある訳ではないはずだ。
にも関わらず何故こんなにも余裕があるのだろう。
だが、もう一度お茶をズズっと飲むと、茜様は言う。


 「私はこの世界があんな弱い子供一人護れないとは思っていないわ」

悠気
 「確かに世界は彼女を受け入れられるかもしれませんが、その前に彼女がこの世界を見限るかもしれませんよ?」


 「かと言って、十柱でもあんな弱々しい子一人に敵わない訳だし、静観するしかないわね?」

そう、雫を使う彼女にはレシラムの青い炎でも、永遠の時の咆哮でも傷つけられないだろう。
願いは必ずそれらを上回ってしまう。
例外は月代宵だけだ、月代とネクロズマは同調している。
つまり宵の願いもまた雫は受け入れている。
だからこそ宵はネクロズマにあらゆる意味で干渉出来る。


 「それにしても奇跡よね、同じ魂の持ち主が混在するなんて」

育美
 「ええ、共鳴石抜きであそこまでの同調を発揮するなんて、かなりのレベルで魂が一致しているのですね」

それは極めて偶然だろう。
或いは、どこかに必然があるのか?
あの二人はある意味で同一人物、本来なら同じ世界線に存在する筈がない二人。
同じく女で、同じエスパーで、同じ年齢で、同じ心で、同じ輝きを持つ。
奇跡的な程、二人はリンクしている。

育美
 「彼女はどうやら人間の悪い部分ばかりを吸収してしまったんですね」


 「でもそんな物は一側面、だからこそ優しさという感情に戸惑った」

育美
 「もし、最初に触れた者が優しさならば、こんな事にはならなかったでしょうに……」

しかし彼女に我々は手を差し伸べられなかった。
彼女は産まれた世界線が違う。
それは神のテリトリー外だ。
一体彼女がどんな世界で生まれたのかさえ我々には分からない。


 「コギトエルプサイ……だっけ?」

育美
 「は?」

茜様は本質は神々の王だと言うのに時々ボケた事を言う。
昔から愚鈍な人だったが、何を言っているんだ?


 「我思う故に我あり」

育美
 「ああ、Cogito. ergo sum。コギトエルゴズム、ラテン語で我思う故に我あり、ルネ・デカルトの言葉ですね」

真理の探究を指す言葉だが、おそらく自分とは何か、その答えを求めるネクロズマに言っているのだろう。
茜様はゆっくり天井を見上げると。


 「私は世界を創り、秩序を産み出した。だけど私を産んだのは誰だろうね?」

育美
 「造物主ですか、私とて虚無の中に観測者がいるフラスコの中の実験動物ですからね」

神は人を産むなら、神を産んだのは誰なのか。
それは王とて答えることは出来ない。
ただ分かっていることは。


 「哲学だね、終わりのない探究の学問だよ」

茜様はそう言って立ち上がった。
その手には着替えとタオルの入った桶が握られている。


 「とりあえず私としては美人の湯で美とはなにか探求したい」

育美
 「茜様は充分美しいですよ」

私は呆れながら、茜様の後ろを追う。
茜様の肉体はあくまでもモータルのそれだ。
普通にイーブイ娘として老いて死ぬ身体。
だが、茜様の肌は中学生のように瑞々しい。
これほどの綺麗なお母さんはそうはいないだろう。


 「こう見えても、ご主人様が浮気しないか不安なんだよ」

育美
 「茂様が? まさかと思いますが……」


 「サトーちゃんなら、まだ許せるけど、あの会社美人が多いし……」

育美
 (彼女なら許せるんだ……)

茂様はアレでも妻一筋のお方だ。
決して、浮気などしないと思うが、人間だから分からない所だ。
特にトキワコーポレーションは女性が比較的多い上に、茂様はモテる。
妻として心配されるのも無理ないか。


 「寧ろ育美の方は大丈夫?」

育美
 「討希さんは他の女に現を抜かす人ではありません」

これは信頼だ。
無論あの人が不器用すぎて、恋愛なんて成功しないのを知っているからだが、万が一にも疑うことはあり得ない。
それが完璧の神の自負だ。


 「ま、話は後で。今は温泉」

育美
 (悠気、御免ね)

私は心の中で悠気に謝る。
これは神が介入するべきじゃない。
だからこそ、私はあの子を信じるしかない。
茜様は女湯の暖簾を潜ると、私もその後ろを着いていく。
それともう一つ、ごめんなさいだけど入浴シーンはないので悪しからず。



突ポ娘USP #5 完

#6に続く。

KaZuKiNa ( 2021/06/01(火) 19:15 )