第11話 水着を買おう
瑞香
「ふんふんふ〜ん♪」
柚香
「お姉ちゃん、上機嫌だね」
私達は小旅行の日程も決まって、その前に必要な物を買うため街に出ていた。
住んでいる街は不便はないけど、今日びの若者が満足できる街ではない。
という訳で久々の遠出で、私はスキップしながら歩道を歩いた。
瑞香
「ユズはもう水着は決めた?」
柚香
「まだお店に着いてもいないのに決まるわけないよ」
瑞香
「あら? それでも悠気が喜ぶような水着を選ぶんでしょ?」
私はそう言って妹をからかうと、ユズは一瞬でタコのように顔を沸騰させた。
悠気は気付いているか微妙だけど、ずっと憧れの先輩の前でひっそりとお洒落しているのよね。
まぁユズは超奥手だから、たまに髪型をさり気なく変えたり、お気に入りの髪留めを少しずらしたり、本当にさり気ないアピールをしている。
とはいえそんなの姉の私位しか気付かないわよって位些細だから、まず悠気は気付かないのよねぇ。
瑞香
「誤算と言えば、悠気は自炊出来る奴って事だったわね!」
ユズは家事が得意で、家庭的な子だ。
古来より男にモテるのは家庭的な子だと相場は決まっている!
しかし相手が家事完璧のパーフェクト主夫の場合、自慢のユズのスキルがなんの役にも立たないのだ!
お陰で、先輩私の弁当食べてください戦術が取れないのはユズにとって大きなディスアドバンテージ!
柚香
「悠気さん凄いよねぇ、家事何でも熟せるんだもん、憧れちゃうな〜」
しかしまぁ、本人がいない時は堂々惚気る物ね。
悠気のこと本気で好きなのに、本人の前に出たら超奥手何だから、姉としてはやきもきするわ。
瑞香
「そうだ! ユズ! これから駄目女になりなさい!」
柚香
「ええっ!? だ、駄目女ってどういうこと!?」
私はユズに顔を近づけ、人差し指を立てると彼女に力説する。
瑞香
「いい? 悠気は間違いなく世話好きよ? 口では嫌がってるけど未だに宵のお弁当を用意しているんだから間違いないわ! そこでアイツの保護欲を掻き立てるの! そうすりゃこっちのもんよ!?」
我ながら完璧な組み立てだ。
悠気がグダ子になったユズを見て、ほっとく訳がない!
明日から私の弁当作って〜と、猫なで声でも出せば間違いなくイチコロ!
そしてグダグダ付き合っていれば、気が付いたら結婚しているって寸法よ!
瑞香
「即ち! 出来の良い夫は駄目女を甘やかすの法則!」
柚香
「それ、もうお姉ちゃんが当てはまってるよね?」
瑞香
「はっ!? て、誰が駄目女よ!?」
私は言われてハッするが、断じて駄目女じゃない……はず!
しかしユズは姉を見る目とは思えない冷たい目で私のことをつらつら言い始める。
柚香
「勉強も駄目、料理も駄目、掃除も駄目、その癖に人付き合いは良くて、悠気さんの優しさにダラダラ何年も甘えてる……もうお姉ちゃんがその法則当てはまってるよね」
瑞香
「なん、だと……?」
私は驚愕した。
それはユズの屑を見るような目だけじゃない。
まるで私が私の為に用意した計画みたいに言われて、そして自分の駄目さに精神的ショックを覚える。
柚香
「大体座右の銘が頑張らない事の時点で、お姉ちゃんは既にグダ子だよ……はぁ」
溜息をつかれた!?
そりゃ、運動以外あらゆる点で妹にスペック負けしているのは認めるわよ!
でもグダ子になったつもりはないし!
柚香
「お姉ちゃん、2学期から弁当作らないって言ったらどうする?」
瑞香
「そりゃ、悠気にたかる……あ!?」
柚香
「はぁ……で、悠気さんは学食奢らされる位なら毎日お姉ちゃんのお弁当を作ってくれるよね?」
完全に私の法則、当てはまってるし!
やばい……これでは姉の威厳が保てない!?
このままじゃ本当に暴力女という特徴だけが残ってしまう!?
柚香
「結局悠気さんが好きなのってお姉ちゃんだもん……私なんて」
瑞香
「な、何言ってるのかしら!? あはは! わ、私は別に悠気なんてどうでも〜……」
そう言って私は目線をユズから逸らす。
ユズはまた溜息をついた。
ユズはどうしても性格的に弱気だ。
怒ると凄く怖いけれど、普段は菩薩の微笑みをもつ妹だ。
だが、その性で自分に自信を持てないユズは、私に劣等感を抱いている。
私が悠気と知り合ったのは中学1年生の時。
なんか他のガキ臭い男子ばっかりの中、一人だけ大人びた男子がいて興味を持ったのが始まりだった。
当時から悠気は生意気で、その癖見るとこで見ている面倒見の良さとしっかりとフォローする優しさがあった。
私が少なからず惹かれたのは事実だけど、それよりも惹かれたのはユズの方だった。
小学生だったユズにとって、中学生は皆途方もない存在で、きっと怖かったに違いない。
でも悠気は妹にも優しくしてくれて、妹の憧れが恋慕に変わるのにはそんなに時間が掛からなかった。
瑞香
(思えば悠気って柚香に対してはやたら優しいのよねぇ)
妹を大切にしてくれているのは感謝しているけど、同時に少し妬いちゃうのも事実。
その性で余計に悠気を蹴る事が多くなって、悠気とは友達以上になれていない。
はは、普段なら考えもしないのに、今日に限って自分が情けないよねぇ。
友達で満足じゃない? 妹が本気で恋してるんだから姉としてはそれを応援したい。
ただ、たまたま相手が悠気だったってだけでしょ。
瑞香
「もうやめ! この話は無し!」
私はそう言って気分を切り替えると、目の前のデパートを見上げる。
今日の目的地はここ、水着コーナーで流行を抑えないとね!
***
デパートに入るとまず感じるのは冷房の冷たさだ。
外を歩いている間にも汗をかくから、余計に寒く感じる。
柚香
「お姉ちゃん、4階だって」
瑞香
「結構込んでるわねぇ」
私はエレベーターの前を見て、客の多さに驚きつつ呆れた。
皆考えることは同じなのか、若者の姿が多く、カップルらしき姿まである。
瑞香
「エスカレーター、使いましょ?」
柚香
「そうだね、エレベーターじゃ混むし」
私達は意見を一致させると、エスカレーターの方に向かった。
とはいえこっちも人混みは多く、エレベーターよりはマシだが渋滞気味だった。
瑞香
「あーもう! 階段に変えましょ!」
私は3階に辿り着いた時点で、エスカレーターから脱出する。
慌ててユズも出てきたが、後ろに脂ぎっしゅな中年男性がいて、少し怯えた様子もある。
瑞香
「もしかして痴漢された?」
柚香
「さ、されてないけど……怖かった」
ユズは臆病だから、きっとお尻を触られても悲鳴一つあげられないだろう。
私なら容赦なく蹴り倒すけど、ユズにはそんな芸当は不可能だ。
PKMと言ってもユズは父とは違いサーナイトのPKMだから、身体能力は低い。
逆に私は人間なのに父がエルレイドの性か、格闘技のセンスを受け継いでしまったらしい。
因果な物だが人間の私がPKMの妹を守るという不文律は小さいときから出来上がっていた。
瑞香
「あっちから階段で登れるみたい、行くわよ」
柚香
「うん……あ」
階段へ向かおうとフロアを移動すると、不意にユズが足を止めた。
私は振り返ると、アクセサリー屋に足を止めたようだ。
瑞香
「なにか、欲しいの見つけた?」
柚香
「そうじゃないけど……これ」
それはチョーカーだった。
黒いチョーカーで、ナマコブシをモチーフにした物だった。
瑞香
「ふ〜ん、色白の柚香には良いアクセントじゃない。買ってみたら?」
柚香
「でも、予算を考えると……」
瑞香
「げっ!? これ8000円もすんの!?」
よく見ると値札にはそう書いてある。
8000円ここで使うと、水着の予算が厳しいわねぇ。
店員
「ああ、それねぇ〜、所謂デザイナーグッズって奴なのよ〜、同じのが二つと無いから高いのよね〜」
私達を見かねたのか、やけにカラフルな女性がマニキュアでネイルアートをしながら現れた。
右腕にはやけにデコられた制御腕輪に、背中には赤い翼。
メラメラのオドリドリのPKMだった。
柚香
「あ、本当だ……よく見ると一つ一つデザインが違う」
瑞香
「なるほど芸術品みたいなものか、それで高いのね」
店員
「市販品の安いのなら店内にあるよ〜」
瑞香
「どうする?」
私はユズに聞くと、ユズはう〜んと唸り、やがて答えを出す。
柚香
「このデザイナーさんのチョーカー、欲しいけどそれじゃ予算オーバーだもんね、うん! 諦めるよ!」
ユズとて女の子だ、お洒落したい。
まして高校生にもなってお下がりばかりの地味子なのもユズには耐えがたいだろう。
とはいえしっかりさんのユズは、諦めるときはきっぱりだ。
柚香
「行こう、お姉ちゃん」
瑞香
「うん……」
私はもう一度ナマコブシのチョーカーを見た。
それは私目線でも可愛らしいものであった。
***
瑞香
「へ〜、これが今年のトレンドかぁ」
私達は4階の海水浴グッズ専門店に行くと、様々な種類の水着が並んである。
特に気になったのが、競泳水着のような最新の物だった。
それは素材からして通常の水着ではなく、強化PVC樹脂とかいう素材で、光の当たり方で模様が変わる凄い水着だった。
ただ高い……一着で余裕で予算オーバー!
泣く泣く断念し、普通の水着を探す。
柚香
「う〜ん」
ユズはというと、さっきから無難に露出控えめばかり選ぶわねぇ。
まぁ性格的に難しいのは理解しているし、ここはお姉ちゃんが人肌脱ごう!
瑞香
「ユ〜ズ〜♪ 貴方こういうのが良いんじゃない?」
そう言って私はユズの前にセレクトした水着を見せる。
最初、ユズは呆然としていたが、すぐに顔を紅く沸騰させた。
柚香
「お、お姉ちゃんそれ紐じゃない!? そんなの恥ずかしくて着れないよ!?」
そう、私が見せたのは所謂マイクロビキニ。
局部を隠す布はほぼ無いに等しく、私も正直着るのは躊躇われる一品だ。
ぶっちゃけて私達が着ても魅力が引き出しきれない気がするし、これ完全にスタイルに自信がある人向けよねぇ。
命
「むむ〜? 今セ〜ガ〜♪ と聞こえました! どこです○ガ信者!?」
柚香
「あ、命ちゃん!?」
突然、訳の分からない事を言う中学生位のちびっ子が現れるが、あの子は今年学園に入学した超新星常葉命ちゃんであった。
柚香とは入学初日に知り合ったらしく、凄い子が来たと言っていたけど、確かに凄いわね!?
瑞香
「中学生にしか見えないのに……なんだこのロリ巨乳は!?」
命
「え〜? 私なんてまだまだだよ〜♪」
柚香
「まだ成長するの!?」
あのユズが突っ込んだ!?
この命ちゃんだが、実際凄いのスタイルだけじゃない。
中学時代に出した成績は多くの運動部が勧誘を試みた。
かく言う私のいる陸上部でも勧誘したが、彼女が入部したのはEスポーツ部。
そう言えば良く行くゲームセンターに時々イーブイのPKMがいるけど、あの子命ちゃんの妹かしら?
柚香
「命ちゃんも水着を買いに?」
命
「はい! お父さんと一緒に来たの!」
瑞香
「うわ、高校生の娘の水着買いに同伴〜? 言っちゃ悪いけどキモくない?」
命
「お父さんは素敵です! 寧ろ私のために時間作ってくれたんだからー!」
そう言って怒る命ちゃんは全身の毛を逆立てた。
うわ……この子ファザコンかぁ……ま、まぁ人それぞれよね?
命
「この人柚香ちゃんのお姉さん? ちょっと失礼です!」
柚香
「ご免ね、お姉ちゃん空気読めないから」
瑞香
「誰がKYよっ!? はぁ……私は山吹瑞香、一応上級生なんだから」
命
「常葉命です……先に馬鹿にしたのはそっちです」
瑞香
「ごめんなさい、もう仲直りしましょ?」
命ちゃんは間違いなくファザコンだ。
反抗期はともかくとして、ここまで父親ラブを拗らせると、私も噛みつき損である。
命
「良いです、分かってくれたのなら」
柚香
「命ちゃん、一緒に水着選びましょう?」
命
「了解! 一緒に選ぶのです!」
そう言って二人は仲良く店の奥へと入っていった。
瑞香
(やれやれユズも随分個性的な子を友達にしたわねぇ)
私はそう言ってポリポリ頭を掻きながら背中を見送った。
さて、ちゃっちゃと水着選びますかね。
***
瑞香
「ユズはまだ店か」
アレから私は水着をちゃっちゃと選ぶと買い物袋を片手にテナントの外に出た。
あの子は私と違って選ぶときは結構真剣で、時間が掛かる傾向にある。
まぁお金は二人で別々に持ってるから、あの子も一人で問題ないはず。
瑞香
「うーん、そうだ! ユズをビックリさせちゃおう♪」
私は余った時間を計算すると、あの子には連絡を入れずに3階に向かった。
向かった先はあのアクセサリー屋。
あのナマコブシのチョーカー目当てにやってきたのだ。
瑞香
「良かった、まだあった!」
まぁすぐに売れることはないと思うけど。
私は早速ナマコブシのチョーカーが飾られたラックに手を伸ばすと。
?
「おっと」
瑞香
「あっ」
取ろうとした瞬間、背の高い男性と手が重なってしまう。
お互い慌てて手を引くと、相手は40代位のおじさんだった。
目つきがやけに鋭いが、スーツ姿の似合うダンディーなおじさまね。
おじさま
「失礼」
瑞香
「いえ、その、貴方もこのナマコブシのチョーカーを?」
おじさん
「いや、その隣のニンフィアのチョーカーをだな」
私はナマコブシのチョーカーの隣に、随分ファンシーで可愛らしいチョーカーがあった。
どう見ても男性には似合わないが、プレゼントかしら?
瑞香
「もしかして奥様にですか? ちょっとファンシー過ぎるかと思いますけど……」
おじさま
「い、いや……娘になんだが」
瑞香
「ああ! なるほど中学生位ですかね?」
娘なら納得だ。
それにしてもこのおじさま随分苦笑しているけど、私なにか変な事言ってるのかな?
おじさま
「今娘が4階で水着を選んでてね、驚かそうと選んでたんだよ」
瑞香
「あれま! 私も同じなんです! 妹にサプライズを!」
なんと全くの偶然だが、同じ事考えてる人がいたのね。
しかも同じメーカーのチョーカーって辺りに因果を感じるわぁ。
しかしそれにしてもこのおじさま何者かしら?
このクソ暑い日に、完璧にスーツを着こなしており、それなりに身なりもいい。
どこぞのお金持ちっぽいが、もしかして仕事中だったり?
おじさま
「ん? なんだい?」
瑞香
「もしかして仕事中だったりします?」
おじさま
「ギクッ!」
おじさまはあからさまに肩を奮わせると、周囲を見渡す。
とりあえず何もないと理解するとホッと、息を吐いた。
おじさま
「実はそうなんだよ、どうしても娘との約束を守りたくてね……」
瑞香
「あはは♪ 娘さん想いなんですね」
おじさま
「これは口封じも兼ねて、このチョーカーの代金出させて頂こうか」
瑞香
「え? 良いんですか!? 高校生が生意気かもしれませんが、結構高いですよ?」
おじさま
「ふふ、プレゼント用なんだったな、すまない! このチョーカー頂こうか!」
あらら、このおじさま素敵ねぇ。
名前も知らない私にプレゼントなんて、絶対モテるわね!
店員
「はいは〜い♪ 2点お買い上げ〜」
おじさま
「すまないが、チョーカーはそれぞれ別々に包装してくれ、それとプレゼント用なので、包装の仕方はそのように頼む」
おじさま、会話は結構ビジネスライクね。
やっぱりどこぞの社長様?
店員は手慣れたもので、チョーカーは別々の袋に丁寧に包装されていく。
おじさま
「支払いはこのクレジットで」
店員
「は〜い♪」
瑞香
「? ゴールドカード?」
おじさまはなんとゴールドクレジットを取り出した。
やばい、マジモンの金持ちだ。
私高いとか、結構失礼な事言っちゃったかな?
お金持ちってプライド高そうだしなぁ。
おじさま
「さて、これは君の分だね、これで私は見なかった事に」
おじさまはそう言うと口に人差し指を当てて、ウインクをする。
まぁ本人の好意だし、素直に貧乏女子高生は肖ろう。
瑞香
「ありがとうございます、えーと、私は山吹瑞香――」
その時だった。
ジリリリリ!
おじさま
「警報!?」
それは悪夢を告げる警報だった。
『突然始まるポケモン娘と学園ライフを満喫する物語』
第11話 水着を買おう
第12話に続く。