突ポ娘短編作品集


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霊視家政婦セローラちゃん!
第7話 病院の怪 後編


道理
 「奏、身体は大丈夫か?」


 「道理さん……はい、私は元気ですよ♪」

屋上から戻った大城道理は奏に近寄ると、奏はにこやかに笑った。
たしかにそれは道理の目から見ていつもより元気な妻の姿だった。
やっぱり友達と一緒にいられた事が嬉しいんだろうか。
だが、はしゃぎ過ぎればどうなるか分からない、道理はこの愛する妻の身を心配した。

道理
 「おかしいよな、出産してからどんどん身体弱っていってる気がするし……俺」


 「道理さん……そんな顔しないで、私なら大丈夫」

奏の身体の衰弱は実際深刻だった。
入院初めの頃は歩いていつものお気に入りの場所にだって行っていたのに、最近は歩く姿を見なくなった。
いつも健気に笑っているが、正直道理は悩んでいた。

道理
 (もしも……もしもこのままもっと身体を悪くして、目を覚まさなくなったら、俺……どうすればいいんだ?)

ふと道理の脳裏に茂の言葉が過ぎる。
だが、道理は首を振った。

道理
 (駄目だ、弱気になっちゃ駄目だ)

道理は茂の助けを否定した。
そうだ、道理は奏と琴音の為に頑張ると決めたのだ。

道理
 「奏、今日は俺、病院に泊まるから」


 「え? でもそれじゃ仕事は……?」

道理は笑った。
無理があるのは分かっている。
だがそれよりも奏の側を離れる事が辛かった。

琴音
 「パ〜パァ〜」

道理
 「ふ、琴音は嬉しいみたいだぞ」

琴音は普段道理と一緒に家に帰っている。
道理はなるべく琴音の為に頑張っているが、それでもなるべく母親の元にいさせてあげたい。

琴音
 「マ〜マァ〜」

琴音は奏に小さな手を伸ばした。
奏はその小さな手を握ると、琴音は満面の笑みを浮かべた。
琴音は大人しい子だ、同じ年齢の子でも、感情表現は乏しい。
それを道理は心配もしたが、母親とは違い元気にすくすく育っている事には安心もしている。

しかしそんな夫婦の姿を見ている者がいた。

紺色のローブを纏った男
 「……あれか」

その顔の見えない男は病室の外から、扉の僅かな隙間から夫婦を眺め呟いた。
果たしてこの男は何者なのか?
不穏を巻き起こす者か、それとも?



***



セローラ
 「……」


 「セローラ、どうしたの?」

あれから茂さんと茜ちゃんと一緒に病室に戻った私は、ただ上の空だった。
ご主人さまはコーヒーを買いに少し席を外して、部屋には私と茜ちゃんしかいない。
茜ちゃんは検査もあり、もう少し病院生活をしないといけないのは、やっぱりストレスなのか、しきりに足を動かしたり、目線を泳がせていた。

セローラ
 「茜ちゃん、茜ちゃんは知り合ったばかりの相手に危機が迫っているとしたら、どう行動します?」


 「? 私はご主人様に従うだけ……でも、そうね。だから私は助けるでしょうね」

セローラ
 「どうして?」


 「だって、ご主人様が放っておかないもの」

茜ちゃんはそう言うと困ったように笑った。
笑ってはいるが、同時に誇らしそうでもある。


 「ご主人様は困った人なの、困っている人は誰だって放っておけないし、オマケに一人で突っ走る、人の気も知らないで」


 「異議あり! 茜こそ、理由もなにも説明せずに突っ走るだろう!?」

ご主人様様が帰ってきた。
ご主人様はビシッと茜ちゃんを人差し指で突き刺すと、茜ちゃんはキョトンとした。


 「セローラ、これお前の分」

茂さんは人差し指を降ろすと、コーヒーの缶を渡してきた。

セローラ
 「あ、ありがとうございますご主人様」


 「ああ、茜……俺も文句は言うつもりはないけどな? 時々お前の事分からないんだよ、せめて何かやる時は説明をだな?」


 「むぅ〜! ご主人様だって永遠の事隠してたし! 今でも何か隠し事してるでしょ?」

あ、珍しい事に茜ちゃんがちょっと怒っている。
これは夫婦喧嘩って奴ですか?
犬も喰わないって言うんで有名ですけど、そもそも犬じゃなくても喰えないと思うんですがそれは。


 「か、隠し事ってなんのことだよ?」


 「女の人の匂い……」


 「違!? 栞那さんは仕事の同僚で断じて浮気等は!?」


 「栞那って誰?」

茂さんは「はうあっ!?」と口ずさみ墓穴を掘った。
ご主人様、茜ちゃん達では飽き足らず新しい女を?


 「家に帰ったら、説明してね?」


 「はい……ちゃんと説明させていただきます」

茜ちゃんに叱られた茂さんは切ないなぁ。

セローラ
 「あーあ、さっさと離婚してくれたら、私が優しく茂さんのママなってあげますのに」


 「それは伊吹だけで充分だ! あと離婚とか言うな!?」


 「離婚しないし、ご主人様の事、愛してるもん」

結局これだ、茜ちゃんがご主人様愛し過ぎて、口喧嘩程度ではビクともしない。
それでもまぁ、茜ちゃんが怒るところすっごい久し振りに見たわね。
多分人生で2回目? それ位激レアよね。

セローラ
 「はぁ、ラブラブでいいなぁ……」

私は缶コーヒーのプルタブを開けると、一気にそれを喉に流し込む。

セローラ
 「て!? 甘い!? なにこれ!?」


 「○ックスコーヒー、茜は好きだよな?」


 「ブラックは苦手、甘いのは好き」

茜ちゃんって甘党のイメージはないけど、ブラックコーヒー苦手なんだ。
私は超甘い事で有名なコーヒーを涙ながら飲むのだった。

セローラ
 (それにしても、茜ちゃんはご主人様次第、でもご主人様はそれだけの理由で助けるから茜ちゃんは助ける、か)

私はどうだろう?
私は絶対に嫌だ、私は茂さんや茜ちゃんみたいな正義のヒーローになんかなれっこない。
身内に害が及ぶなら、なんでもするが、今日会ったばかりの人を助けるのは割に合わない。

セローラ
 (奏さんの事……やっぱり私は)

ふと、その時あの少女が腕に抱いていた赤子を思い出す。
確か、琴音って言う名前だっけ。
もしかすれば幸太郎と同じ学校に通って、友達になるかもしれない相手。
ふと、そんな少し未来の幸太郎坊ちゃんの隣にいる友達が一人減る、それを想像すると居ても立ってもいられなくなった。

セローラ
 「あーもう! これは先行投資! 先行投資なのよ!?」

私はコーヒーを飲み切ると立ち上がった。


 「一体なんだ!? セローラ、お前今日変だぞ?」

セローラ
 「セローラちゃん! 病院なんて大っ嫌い! 霊とか見えるし、変なの集まってくるし!」

セローラちゃんはそう言うと、病室を出る。
とりあえず先ずは屋上だ、あの紺色のローブを纏った男を探そう!
ぶっちゃけ、あんな怪しい奴がいて、無関係ですって方が無理があるってもんでしょ!?
私はそう思うと、あの怪しい魔術師風の男を探すのだった。



***




 「……なんだったんだ?」

セローラが支離滅裂な事は珍しくないが、今日のセローラは特に珍しかった。
茂はセローラが内に抱える物を推し量ろうとするが、セローラの損得勘定だけでは理解しきれなかった。


 「先行投資って、言ってたね」


 「一体何に……?」

ガララ。

そんな二人の前に新しい来客はやってきた。
それ高身長で真っ白い髪を腰まで伸ばした超美人の女性だった。
背中に赤ちゃんを背負いながら、部屋に入ってきた。


 「アルセウス……育美、で良いんだっけ?」

育美
 「お邪魔します♪ ええ、今は若葉育美と名乗らせて頂いています」

それはかつて神々の十柱を従えた神々の座長アルセウスだった。
神々を統率する立場にありながら真っ先に茜、神々の王を欺き堕天した存在。
茂と茜はかつて、このアルセウスの暗躍によって壮大な時の戦いに挑むことになった。
茂は確信は出来ないが、今も永遠がアルセウスを憎んでい事は知っている。
茂には言うべき事はなにもないが、永遠の様子を見る限り、まだ解決した問題ではないのだろう。


 「一体なんの用で?」

茂は一応警戒はした。
無論モータルの浅はかな考えなど神の前では無意味だろう。
だが、この神の為に無垢な神々が踊らされたのは事実だ。

育美
 「息子の定期検診に、その序に茜様がこの病院にいると聞いたのでご挨拶にと」


 「そう、その子供の名は?」

育美
 「若葉悠気と言います」

悠気
 「あ〜」

悠気という赤子は名前を呼ばれると、小さな手を伸ばし、育美の後頭部を撫でた。
その幼子の顔を見ると、茜は顔を綻ばせる。


 「そう、元気な子ね」

育美
 「ふふ、元気すぎる位で」

悠気は年齢で言えば幸太郎と同じくらいか、琴音よりは少し上のようにも思える。
茜はそんな赤子を見て、命の成長と照らし合わせた。

育美
 「茜様こそ、ご出産おめでとうございます」


 「ありがとう」

悠気
 「う〜、おかあ〜!」

育美
 「あ〜、はいはい♪ お母さんよ、どうしたの?」


 「突然ぐずりだした?」

悠気は母親が楽しそうにしているのが気に入らなかったのだろうか?
突然ぐずりだした、自我がはっきりし始める頃合い、悠気が何を思ったかは推し量れない、特に男性には。


 (神って言っても人間なんだな……赤子にてんやわんやなんだから)

茜もそうだが、神々は存外幼い。
育美を見ても、決して超次の存在とは思えない。
やはりそうか、茂は確信して微笑んだ。

育美
 「おや? 如何なさいました?」


 「いえ、永遠もいつまでも子供じゃないんだなと」

育美
 「……!」

永遠は明確に育美を憎んでいる。
神々の一柱、時の神ディアルガである永遠は、ギラティナとパルキアの姉になる。
しかし、育美の計画に利用されて永遠はパルキアと無意味な戦いを繰り広げ、ギラティナと敵対せざるを得なかった。
それを今でも永遠は根に持っている。
でもこの二人を見れば、いずれ雪解けを見るだろうと確信できた。
一方育美は永遠の名前が出た事にドキリとした。
それに気付いた茜は目を細めると。


 「育美、永遠とはまだ?」

育美
 「お恥ずかながら」


 「確かに、時間を要するかもね」

もし今永遠に連絡を入れたら、今すぐ病院に殴り込み、そんな大人修正してやる! と育美を殴りかねない。
そんな永遠と面と向かって話し合えとは茂も言い辛い。

悠気
 「おかあ〜さ〜!」

育美
 「ああっ! ごめんなさい! 悠気〜! いい子だから〜♪ ね?」


 「ああもう! いないない……」

茂は赤子に近づく顔を隠し。


 「ばあ!」

変な顔を見せた。
赤子はそれを見ると「キャッキャ♪」と微笑んだ。
ようは、構ってちゃんだ。

育美
 「あ、ありがとうございます……」


 「そういえば育美、貴方夫は?」

育美
 「ああ、夫なら病院にいますよ……一仕事あるとか」


 「仕事?」



***



セローラ
 「これで連絡よし、と」

私は屋上にたどり着くと、家に連絡を入れた。
今日は帰りが遅くなる、それだけ伝えると、セローラは視界を霊視に変えた。

セローラ
 「普通の見え方じゃ、あの男は追えない」

あのローブの男は異常なほど存在感が希薄だった。
多分よほど意識しなければ、目の前に立っていても気づかないかもしれない。
ゴーストタイプの持つ存在の希薄化とは違う原理だ。
どちらかといえば、妖怪とかそっちに近い。

セローラ
 (奏さんの魂……嫌でも目立つわね)

霊視の視界はブラックアウトした視界に緑のワイヤーフレームが格子状に並ぶように表現される。
さながら視界はかなり昔のパソコンのモニターのようだ。
こうして物質的な障害は取り除かれ、魂だけがグリッド上に表示される。
病院には勤務する看護師や医者達、来客や入院客と様々だが、非常に密集している。
それに余計な霊魂なんかも混ざるから面倒だ。
ランプラーは本来、この目を使って効率的に狩りをする。
故に最適化された目だ。

セローラ
 「見つけた! 普通じゃない魂!」

私はゴーストタイプの特性を発揮して、一気にその魂の元に向かう。
その魂は黒い邪悪なこびりつきをまるで鎖状に精錬し、魂を縛っていた。
ちょっと普通じゃない、更に鎖状になった魂には文字が刻まれていた。

セローラ
 「……PE…9?」

些か読むには難解だった。
やがて、私は病院の中庭に着地する。
視界を霊視から現実の目に切り替えると、目の前には紺色のローブで顔の見えない男がいた。

セローラ
 「ビンゴ!」

紺色のローブを纏った男
 「……PKMか?」

男は驚いているのか、一歩後ずさった。
本当に不思議だけど、どの角度から見ても顔の見えない男ね。
兎に角怪しい、ていうか普通じゃない。
今回はセローラちゃん、義理じゃない、損得勘定でもない、ただ茜ちゃんや幸太郎坊ちゃんの未来の為に、頑張るわよ!

セローラ
 「答えなさい! 貴方が大城奏の魂に何か穢れを与えたの!?」

紺色のローブを纏った男
 「ッ! 魔素汚染か」

セローラ
 「魔素汚染? それは?」

紺色のローブを纏った男
 「忠告しておく、アレをなんとかしたいと思うなら手を引け、PKMには身に余る……」

セローラ
 「どういうこと……あ!」

それを言うと、紺色のローブの男はジャンプした。
ジャンプというが物理法則を無視したジャンプだ、まるで無重力かのようにひとっ飛びで病院の屋上を飛び越えてしまった。

セローラ
 「こんにゃろー! ゴーストタイプ舐めんなー!?」

私は顔を上気させ、霊体化して最短距離で男を追った。
男は病院の反対側の駐車場に着地したが、私は壁を無視して男に追いつく。

紺色のローブを纏った男
 「……ち、拒絶する、我が魔力に従い、闇を払え……!」

セローラ
 「ふえ? ふんぎゃ!?」

私は突然見えない壁に阻まれた。
なにこれ? リフレクター? それとも光の壁?

紺色のローブを纏った男
 「諦めろ」

セローラ
 「なにが諦めろですか! こうなりゃ容赦しませんから!」

私は煉獄を掌に溜め込む。
男はそれを見るとため息を吐いた。

紺色のローブを纏った男
 「俺は別に彼女に何もしていない、あえて言えばお前と同じ目的だ」

セローラ
 「同じ?」

紺色のローブを纏った男
 「その炎を抑えろ、そうすれば話くらいしてやる……」

むぅ、この男信用してもいいものか……。
しかし私より奏さんの症状には詳しいみたいだ、話を聞く価値はあるかもしれない。

セローラ
 「……分かりました、従いましょう」

私は煉獄を収めると、これ以上の抵抗は示さなかった。
男はそれを確認すると、口を開く。

紺色のローブを纏った男
 「まずあのPKMが冒されている症状は魔素汚染だと言われる」

セローラ
 「なんなんです? 魔素汚染って?」

紺色のローブを纏った男
 「魂の中、そして大地の精髄にある魔力の元、魔力へと精錬される前の力を魔素と言う」

セローラ
 (魔力……それじゃあなたの魂が変なのってもしかして……)

男の魂は不自然に加工が行われていた。
魂に文字が刻まれているのも不思議だったけど、あれが魔力の残症?

紺色のローブを纏った男
 「この魔素は有毒だ、適正のない人間が魔術を行使すれば、相応の報いがあるように」

セローラ
 「もうなにが出てきても不思議じゃありませんね……ならば、貴方は悪い魔法使い?」

男は沈黙した。
やや冗談も含めたが、半分以上はマジだ。
私はまだこの男を信用はしていない。

紺色のローブを纏った男
 「……そうだな、悪い魔法使いかもしれない」

セローラ
 「あら? 認めますの?」

紺色のローブを纏った男
 「事実は覆せん……それと今回の問題は別問題だからな」

セローラ
 「それじゃどうして、奏さんは魔素汚染されているの?」

紺色のローブを纏った男
 「魔術を行使したのさ、ある存在によって」

魔術を行使した?
ポケモンが魔術を?
その代償が今の姿だと?

セローラ
 「誰? 奏さんに魔術を教えたのは!?」



***




 「……」

私は夜ベッドに横たわりながら、窓の外を見上げた。
月が大きく部屋を照らしている。
ベッドの下では道理さんと琴音が敷かれた布団で眠っている。


 (嬉しいな、道理さんと一緒にいられる、琴音とも♪)

身体は弱っていく一方、それでも私はこんなに幸せになれた。
あの『人』が私に幸せをくれた。



***



夜、満月に雲が横切り、朧月が病院の屋上を照らす。
屋上にはセローラとローブを着た魔術師がいた。



紺色のローブを纏った男
 「本当にいいのか?」

セローラ
 「お構いなく」

私はこの自称魔術師の少し後ろにいた。
これからこの自称魔術師は、奏さんに重い後遺症魔素汚染を引き起こした張本人を呼び出すと言う。
彼の目の前には『触媒』と呼ばれる、謎の鉱石が置かれた。
そしてその鉱石を中心に真っ白い粉で描かれた円陣を描く。

紺色のローブを纏った男
 「我、HOPE49……この地に巣食う汝召喚せん」

自称魔術師が祝詞のような言葉を紡いだ、すると触媒を中心とした円陣が紫色に変色し、輝き始めた。
やがて触媒が融けた、大量の煙を吐き出すと、煙の中から人型のシルエットが浮かび上がって行く。


 「あ〜? 誰だぁ〜? この俺を召喚するのは?」

紺色のローブを纏った男
 「俺だ、名もなき悪魔」

悪魔
 「あん? 魔術師か? 魔力は小せえが……?」

それは悪魔だった。
人間態だったが、赤いコウモリのような翼を背中に生やし、頭には山羊の角のような突起もある。
腰の尻尾は細長く先端は鏃のようだ、正直驚きのテンプレ的な悪魔だった。

紺色のローブを纏った男
 「一つ聞く、階下にいるPKMに悪魔契約を持ちかけたのはお前か?」

悪魔
 「あん?、契約だ?」

悪魔は空中を浮かびながら、下を見た。
透視能力でもあるのか、悪魔は顔を上げると手を叩く。

悪魔
 「ああ! あの異界のガキ! 確かに力をくれてやったぜ!」

紺色のローブを纏った男
 「……そうか」

自称魔術師の気配が変わった。
私は少しだけ気圧され、一歩後ろに下がった。
悪魔は私を歯牙にもかけた様子もない。

紺色のローブを纏った男
 「その契約を解消しろ」

悪魔
 「あん? どういう意味だ? なんで異界のガキと魔術師に関係がある?」

紺色のローブを纏った男
 「そのPKMは魔素汚染に苦しんでいる……」

悪魔
 「だからどうした? それが契約だ! あの異界のガキはな! この世界に落ちた時すでに衰弱していた! 神にも縋る位で俺に言いやがった! 『幸せになりたい』と!」

セローラ
 (……それが!)

幸せになりたい、誰だって当たり前に持つ感情だ。
奏さんがどんな生い立ちなのかは知る由もないが、その当たり前の幸福が悪魔に利用された。
奏さんは今幸せかもしれない、でも本当に幸せなのか。
あの少し情けない感じの夫さんや、まだ幼い赤ちゃんも、幸せなのか?

紺色のローブを纏った男
 「契約は解消出来ない?」

悪魔
 「嫌だね! あいつの魂は美味い! そうはいないご馳走ってやつだ!」

紺色のローブを纏った男
 「そうか……」

自称魔術師の声のトーンが落ちた。
落胆した様子はない、ただ覚悟を決めただけだった。

紺色のローブを纏った男
 「ならば死ね、駆逐されるべき存在よ」

自称魔術師はその時、懐からハンドガンを取り出した。
て、なんでそんなもん魔術師が持ってんのよ!?
自称魔術師は無造作にハンドガンを向けると、悪魔に向かって放つ。

ダァン! ダァン! ダァン!

悪魔
 「ああん!? 悪魔にそんなもん通用する訳が……!?」

一発が翼に被弾した。
悪魔は顔を歪めると、その翼の部分が紫色に発光しだした。

紺色のローブを纏った男
 「ああ、普通のやり方では勝てまい、人間が逆立ちしたって悪魔には勝てない」

悪魔
 「ぐうう……! それが分かって! 覚悟出来ているんだろうな!?」

悪魔は口から牙を顕にした。
目が赤く染まり、悪魔の存在感が上がった。

悪魔
 「人間風情が! 悪魔に勝てる訳ねぇだろ!!」

ダァン! ダァン!

悪魔は素早く襲いかかる、しかし魔術師は冷静にハンドガンのトリガーを引いた。
悪魔は警戒し、横に飛び退く。

紺色のローブを纏った男
 「……」

ダァン! ダァン! ダァン!

弾幕だ、魔術師にも関わらず鋼の弾丸が悪魔を近づかせない。
まぁ実際のところ、銃も弾丸も普通じゃない気がするけど。
悪魔が嫌がるのも、何か悪魔に通用する要素があるからだろう。

悪魔
 「おい魔術師!? 何度も言うけどお前じゃ俺には敵わねぇ! 俺だって別に魔術師一匹殺しても腹は膨れねぇんだよ!!」

紺色のローブを纏った男
 「そうか」

悪魔
 「だからな!? 手打ちにしねぇか!? お前だってそんなハイリスクな事したくないだろう!?」

弾幕が止んだ。
自称魔術師は悪魔を視線から外さないが、ハンドガンを下ろした。

悪魔
 「そ、そうそう! 痛い思いしたって良いこと無いって!」

悪魔はホッとした様子だ、存在感は凄まじいが、好戦的ではないらしい。
まぁ最も人間を見下している節はあり、犬と喧嘩するのが馬鹿らしいという位の感覚かもしれないが。

紺色のローブを纏った男
 「我が名は討希、我が意味希望、宵月に、遥かな気に、我が魔術、行使する……世界は合一なり」

再び魔術師が祝詞を紡いだ。
すると、周囲が燐光を放ち始めた。


セローラ
 「燐光……? あ!」

それは周囲に散らばった薬莢だった。
薬莢が周囲に転がり紫色に光り、燐光を放ったのだ。
屋上全体に輝く魔法陣が出現する。

悪魔
 「ぐあああ!? この魔術はなんだ!? 貴様の魔術は一体!?」

紺色のローブを纏った男
 「……異端者だよ、お前を殺す為に力を注ぐ」

悪魔
 「何故だ!? なんのメリットがお前にある!?」

悪魔は動けないのか、地面に足をつける。
燐光は悪魔に絡みついた。
もしかして悪魔の力も吸い取っている?

紺色のローブを纏った男
 「……さぁな、俺にも分からん」

ただ、それでも自称魔術師は止まらなかった。
男は懐から銀に輝くナイフを取り出し、悪魔に近づいた。

紺色のローブを纏った男
 「お前をこの世界から滅ぼせば、少しだけ世界は良くなるかもしれないし、何も変わらないかもしれない……」

悪魔
 「それでな、ぜ……?」

紺色のローブを纏った男
 「納得したいんだよ、こんなクソ野郎でも、世界を良くできるんだって……!」

狂気だ、自称魔術師が戦う気力にしているものは、とてつもなく強大な狂気だった。
魂がとても穢れていたのは、きっと彼の不完全さの現れだったのだ。
自称魔術師はナイフを構える。
そして悪魔の目の前まで歩み寄ると。

悪魔
 「くそ! こうなれば形振り構うかー!」

悪魔の何かが膨大に膨れ上がった!
悪魔の全身が真っ赤に染まり、より禍々しい悪魔の姿に変わる。
そして、全方位に魔力とでも言える可視化したオーラを放った!

紺色のローブを纏った男
 「……!」

自称魔術師は少しだけ吹き飛ばされたが、直ぐに態勢を立て直した。
悪魔は薬莢を吹き飛ばすと、燐光が消えさった。

悪魔
 「嫌に実践慣れしてやがるが、結界ごときで悪魔が抑えられると思うなよ!?」

紺色のローブを纏った男
 「元より本職のエクソシストのような効果は期待していない」

悪魔
 「分からねぇ! てめぇは人間としても3流の魔力しか持ってねぇ! なんでこんな割に合わない馬鹿げた事をやりたがる!?」

紺色のローブを纏った男
 「……!」

今度は走った、自称魔術師はナイフを掲げる。
悪魔はそれを見て、魔素を精錬し、赤いレーザーが複雑な軌道を描いて魔術師に襲いかかった。
自称魔術師はナイフを振り払うと、レーザーを打ち消す。

悪魔
 「ち!? やっぱりおかしい!? てめぇ周囲に固有結界を張ってんのか!?」

紺色のローブを纏った男
 「半径2メートルだがな……!」

自称魔術師から半径2メートルには、不可思議なギミックがあるらしい。
それがどうも致死ダメージから魔術師を守っているらしかった。
どんな原理の働いた結界か、分からないがその些か頼りない力でも、悪魔に白兵戦を仕掛けているのだ。
私は、なんだかこの自称魔術師が分からなくなった。
正義のヒーローとは言えないが、だからといって悪魔みたいでもない。
ただ、抗っているんだ……私には到底分からない領域で。

悪魔
 「なら! こういうのはどうだ!?」

悪魔は両手から炎を放つと、自称魔術師が炎に取り込まれた。
炎は生きているのか、魔術師に喰いかかるが、何かがそれを弾きなんとか炎の中でも魔術師は無事だった。
しかし動けない、このままでは不味い!
そう思った私はなぜか、動いてしまった。
はっきり言って私が彼を助けるメリットなんてそんなにないはず。
何より、悪魔に近寄るなんて絶対に嫌だった。

セローラ
 「自称魔術師! 援護くらいしてあげますから、さっさとケリつけなさい!」

私はその意志を持つ炎に触れると、それを吸収する。
私の特性貰い火は、魔術師を喰らおうとする魔術の炎を逆に喰らった。

悪魔
 「な!? 悪魔の業火が喰われただと!?」

紺色のローブを纏った男
 「感謝する……!」

魔術師は駆けた!
悪魔は戸惑いながら、爪を振るう!
爪は魔術師のローブを切り裂いた。
すると、不自然に隠れていた顔が表出する。
アジア人顔の若い男だった。

紺色のローブを纏った男
 「我希望、我希望を踏み躙る物を討つ、汝魔を討て、希望の元に!」

ナイフに文字が浮かび上がる。
紫色の光で描かれた文字から燐光はナイフを覆った。

ザシュウ!

悪魔
 「ぐうう!?」

袈裟懸けで悪魔は斬られた。
しかし私はまだ、致命傷じゃないと直感する、すかさず鬼火を放った!

悪魔
 「やっ、やってられるか!? 俺は逃げる!」

悪魔が魔術師の狂気に押され、遂に敗走を選ばせる。
だが、翼を広げて飛び上がった瞬間、私が放った鬼火に触れた。

悪魔
 「ぐおお!? これは異界の力かぁ!?」

鬼火は直接的なダメージは殆ど無い。
だが、どんな程度が違えど等しく火傷を与え、力を削ぐ。
悪魔が怯んだのを魔術師は見逃さない。

紺色のローブを纏った男
 「終わりだ」

カチ!

魔術師がナイフの柄のスイッチを押した!
するとナイフはバネ仕掛けで飛び、悪魔の胸部に突き刺さった!

セローラ
 「て!? スペツナズナイフ!?」

なんで魔術師がソ連の暗殺ナイフなんか使ってんのよ!?
色んな意味でこの魔術師、魔術師っぽくないわね……!

悪魔
 「あ、ありえ、ねえ……たかが、モータルが、悪魔を、討……つ、だと……?」

悪魔はナイフから発せられる紫の燐光を傷口から吸収すると、その姿が徐々に朧げになり、やがて煙を爆発のように吐き出し、消滅した。

セローラ
 「……死んだの?」

紺色のローブを纏った男
 「悪魔に死の概念はない、浄滅も不可能、それが悪魔だ……。だが、これで当分地上に顕現は出来まい」

セローラ
 「これで奏さんは助かるの?」

紺色のローブを纏った男
 「……いや、契約は無効に出来ただろう、しかし……」

魔術師は首を振った。

紺色のローブを纏った男
 「身体に蓄積した魔素は死ぬまで彼女を苦しめるだろう……」

セローラ
 「そう、なのね……」

それは奏さんが背負わなければならない咎なのか。



***



大城奏、メロエッタのPKMは顕現した時点で半死半生だったという。
その時極めて偶発的な奇跡が起きた。
メロエッタは悪魔の前に現れたのだ。
メロエッタはその時の事を朧げに覚えていたが、相手が悪魔などとは知りもしない。
ただうわ言のように神に縋り、幸せになりたいと願っただけなのだ。
それが契約として成立してしまった。
悪魔は願いを叶える為に、メロエッタの魂を手を入れた。
メロエッタはこうして大城奏となり、幸せな家庭を手に入れられた。

だが……それは悪魔に頼って手に入れるものなのか?
大城奏は自力では幸せになれないのか?
それは今はまだ誰にも分からないだろう。



突ポ娘外伝

霊視家政婦セローラちゃん!

第7話 病院の怪 完



次回予告!




 「今回ってタイトル詐欺?」

セローラ
 「どうなんでしょう? 一応病院内で解決しましたし?」


 「それより今回のセローラ、ちょっと変わってたね」

セローラ
 「そうですかー? 普通だと思いますけど?」


 「ううん、セローラ、少しづつ変わっていってる?」

セローラ
 「あのそれよりもそろそろ次回予告……」


 「そうね、それで次回は?」

セローラ
 「もしもし、セローラちゃん今ね、貴方の後ろにいるの」


KaZuKiNa ( 2021/05/23(日) 20:11 )