第7話 病院の怪 前編
日差しが部屋に差し込む。
清潔な部屋、ベッド以外には殆ど私物も無く、無駄に広い空間。
ここは病室だった。
緑色の髪の少女
「ラーラララ、ラ、ラーラ、ラ、ラーラララン、ラララッラン♪」
病的な程白く、細すぎるほど虚弱な少女が唄うと、木漏れ日が少女に差す。
まるで陽光がダンスをするように幻想的な唄だった。
古の唄、少女が物心着く頃から、代々母親から継承してきた旧き詩は、今更なんの意味があるかも分からない。
ただ、少女の腕に抱かれた赤ん坊は優しく微笑んでくれた。
ガララ。
病室の扉が開かれる。
少女は振り返ると、微笑んだ。
男性
「奏、お待たせ♪」
男の名は大城道理、この少女は大城奏、二人は夫婦だった。
そしてその幼き妻に抱かれる赤子こそ、二人の愛の結晶、琴音なのだ。
突ポ娘シリーズ外伝
霊視家政婦セローラちゃん!
第7話 病院の怪
セローラ
「あーかーねーちゃーん!!」
病院でベッドに横たわる茜ちゃんに、私は迷わず飛び込んだ。
茜
「きゃ! セローラ?」
茜ちゃんは先週産気づき、病院で出産準備に入った。
かくして無事に赤ちゃんを産んだ茜ちゃんのお見舞いに私はわざわざ病院までやってきたのだ。
既に茜ちゃんのお腹は引っ込んでおり、元通りの茜ちゃんに戻ってセローラちゃんも安心だ。
ついでに私は茜ちゃんのおっぱいに顔を埋めると、その感触を全力で味わった。
茜
「ん、ちょ、と! セローラ、だめ!」
セローラ
「んんー! これだけはやめられませんなー! やはり茜ちゃんのおっぱいは世界一ィィ!」
茂
「貴様ぁ……いい加減にしろ!」
セローラ
「え? えひゃい!?」
突然後ろに憤怒の顔の茂さんがいた。
私が振り返ると、即座に拳骨が振り下ろされる。
セローラ
「あ、あはははは、今の嘘、ほんの冗談ですよ?」
私は激痛の走る頭を抑えながら、笑ってご主人様の機嫌を取る。
しかしご主人の表情は固い。
あ、やばいと思った私は更に茜ちゃんのおっぱいに埋まる。
茜
「そう、殴っていいのね、ありがとう」
セローラ
「え? 茜ちゃ……ギャース!?」
いい加減堪忍袋の尾が切れた茜ちゃんは私の顔をグーパン殴り抜けた。
私の断末魔が病室に木霊する。
***
セローラ
「痛い!? 痛みが遅れてやってくる!? やめてくれー、このままじゃ死んじまうー!?」
茜
「……べつに、そこまでした覚えはないけど」
あれから私は茜ちゃんから引っ剥がされると、茜ちゃんに付き添い院内を移動する。
なんでも茜ちゃん、この病院に茜ちゃんのお友達が入院しているらしく、私も興味があった。
改めて、茜ちゃんってどういう人付き合いしているのか、気になるしね。
セローラ
「茜ちゃん、初めて出会った頃は自分から友達作るタイプじゃなかったですよね?」
茜
「うん、今でも多分そう……、今から会いに行く人とも、本来ならきっと接点も無かったんだと思う」
セローラ
「うん?」
なんか回りくどい言い方ね。
茜ちゃんは時々不思議な事を言い出したりするけど、結局その人は何者なんだろうか?
茜
「セローラこそ、友達いるの?」
セローラ
「酷い! 茜ちゃん友達でしょ!?」
茜
「え?」
セローラ
「え?」
茜ちゃんは何故かポカンと口を開けた。
私もその反応に黙ってしまう。
ああ、これは火傷じゃすまない奴だ。
セローラ
「……まぁ、友達、というか知り合い事態殆どいませんね」
私は話を切り替えると、真面目に答えた。
私は行動する広さが、きっと茜ちゃんと比べても何倍も狭い。
生まれた頃からそうであり、奉公人としてお城でメイドとして働き初めてからも、私にとって世界はとても狭い物だった。
けれども、私はそれに不満を持った事はない。
衣食住が安定していればそれで問題なかったし、人付き合いも最低限で充分だった。
茜
「ん、セローラは慎重派」
セローラ
「は? 私が?」
茜
「セローラはまず相手を見る、その上で判断する、計算は殆どしてないかもだけど、少なくとも無謀じゃない」
セローラ
「うぅ……茜ちゃん、たまに大真面目に私の事話すよね?」
私は少し顔が赤くなった。
茜ちゃんがなんだかんだ大好きなのは、ちゃんとセローラとして見てくれるからなのかもしれない。
私はあんまり難しい事を考えるのは苦手だ。
だから自己分析もそこまで細かくした事はない。
他人から見たセローラちゃんの真面目な分析は、流石に恥ずかしかった。
茜
「見えた、ここ」
茜ちゃんが足を止める。
病院の5階、一般病棟とは異なる特別室のようだ。
セローラ
「大城奏?」
ネームプレートにはそう書かれていた。
茜ちゃんは扉を小さく叩くと。
?
「はい、どうぞー」
柔和な少女の声が帰ってきた。
茜ちゃんは静かに扉を開くと、異様に広い病室だった。
茜
「奏さん!」
茜ちゃんはベッドに腰掛ける線の細い少女を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。
私は少し遠目に二人を見る。
奏
「ふふふ、久しぶりね茜ちゃん?」
茜
「うん、琴音も久しぶり」
赤ちゃん
「……うぅ」
琴音、と言われたのは赤ちゃんだった。
幸太郎よりも少し年下かな?
奏と呼ばれた少女の腕に抱かれて安らかに眠っている。
セローラ
(ママ友って事かな?)
茜ちゃんの子供である命ちゃんはまだ保育器の中で、退院するにはもう数日掛かる。
とりあえずセローラちゃん的には。
セローラ
「犯罪臭がしますなー」
奏
「あれ? 貴方は?」
今更だが気づかれた。
とりあえずいつものようにセローラアイはこの線の細い美少女を判定する!
身長は茜ちゃんより少し上、ツルペタヘタレと同じ位ですかね?
肉感たっぷりムチムチボディの茜ちゃんとは対極の虚弱ボディ。
しかし顔は超一級品、エメラルドグリーンの髪が陽光を受けて輝き美しい。
評すれば、茜ちゃんは可愛いだが、奏氏は美しいか。
セローラ
「30点!」
とりあえず論外ね。
襲っても抵抗しなさそうな所はかなり高評価なんだけど、如何せん細すぎる!
当然胸も無く、セローラちゃんが楽しめる要素が殆どない!
ちょっと強めに抱きしめたら折れそうなのは流石にマイナスです!
茜
「セローラ、貴方また意味の分からない事を」
いきなり点数化された事で奏さんも戸惑ったようだ。
このセローラ、相対評価などどうでもいい、ようは私が満足できればそれでいいのだ!
茜
「セローラ、挨拶」
セローラ
「はーい♪ 永遠の16歳、プリティランプラーのセローラちゃんでーす♪」
そう言うと私はその場でクルリと一回転し、ウィンクも決めて、アイドルっぽくポーズを取る。
しかし奏さんはというと、真顔でフリーズすると。
奏
「魔法少女とか、その類のお方?」
茜
「断じて認めない、魔法少女がこんな腐った存在の筈がなく」
セローラ
「色々酷いけど、茜ちゃんそれより魔法少女について熱く語らないで!? ああもう、百代セローラ! 茜ちゃんのお友達で、家政婦してますっ!」
茜ちゃんは魔法少女の話になると、○リキュアについて熱く語った。
正直魔法少女とか、全然興味ないんですけど、奏さんも戸惑ってしまう。
奏
「あ、あはは……どうも、大城奏です、メロエッタという種族で、専業主婦をしています」
セローラ
「エロエッタ?」
茜
「ご覧の有様だよ?」
奏
「め、メロエッタです!」
茜
「魔法少女と陵辱の関係は長く、相性が良いから今日まで……!」
セローラ
「茜ちゃん! 正気に戻って!」
私はさっきから様子のおかしい茜ちゃんの肩を揺さぶる。
茜ちゃんは普段は物静かでお淑やかなどこぞのお嬢様って感じだが、好きな事を語る時は饒舌で暴走しがちだ。
とりあえず茜ちゃんがボケに回るとツッコミが不在過ぎるから、意地でも戻さないと!
茜
「は!? 神は言っている……ここまでにしろと」
セローラ
「全く、茜ちゃんがボケ始めたら私じゃ手も足も出ないんですから」
ていうか、私もどっちかと言うとボケなのに、最近ツッコミの方が多い気がする。
奏
「うふふ、茜ちゃん、今日も元気いっぱいね」
セローラ
(それで済ますんだ……この人、意外と大物かも?)
奏というPKMは一見すると、中学生位の少女に見えるが、PKMは見た目がアテにならない。
もしかすると相応の年季を持った大人の女性なのだろうか?
少なくとも、この人が微笑むだけで、女でもコロッと落ちちゃいそうな魅力があるわね。
茜
「今度私の赤ちゃん、命を紹介するね」
奏
「ふふ、大きくなったら琴音とどういう付き合い方をするのかな?」
セローラ
(……幸太郎坊ちゃんも、か……あんまり想像は出来ませんがね)
新しい生命達でも、幸太郎坊ちゃんが少し年長だろう、命ちゃんが一番下、小学校とかでも一つ学年が下になっちゃいますね。
幼馴染という関係になるのかと想像しても、セローラちゃんの貧相な経験では幼馴染の関係って言うのも全く思いつかなかった。
なんとなく、幸太郎は少し大人びて、少しだけ小さな茜ちゃんと奏さんの子供を引っ張る、そんな姿を思い浮かべる。
セローラ
「クス、多数に無勢かも」
茜
「うん? どうしたの? 突然笑ったりして」
セローラ
「いえ……なんでもありません」
結果はどうあれ、幸太郎坊ちゃんは大きくなっていく。
今はまだ幼子だが、後数年もすれば自我も発達し、よく喋りよく遊ぶ子になる。
セローラちゃんは、身寄りの無い孤児院出身だから、子供の在り方は正直分からない。
むしろ奉公人になれたセローラちゃんは幸運だったと思うの。
幸太郎坊ちゃんは、出来ればもっと幸せになってほしい、それが私の純粋な願いだった。
茜
「変なの……また変な事考えたの?」
セローラ
「変とは失礼な! セローラちゃんはいつも大真面目ですよ!」
茜
「なお悪い……」
ぐぬぬ、今は自重しているが、本音を言えば茜ちゃんに抱きつきたい。
流石に今日は既に一回お叱りも受けているし、我慢するが。
奏
「仲が良いのね」
なお、事情を知らないであろうこの美少女さんはそうやって儚げに笑っている。
なんていうか、セローラちゃんの空気に巻き込みにくい人ですね。
茜
「腐れ縁みたいなもの」
セローラ
「そう! 勿論セローラちゃん、墓場まで茜ちゃんにお供しますよー!」
茜
「それは流石に嫌、セローラより長生きする」
セローラ
「ガガーン! そこまで嫌い!?」
茜
「嫌いというか、キモい」
私はその場にガックリと項垂れてしまう。
まさか茜ちゃんにキモいと思われていたなんて……そんなのショック過ぎる、けれど!
セローラ
「ヒャッハー! それならセローラちゃんも考えがありますよー!? とりあえずおっぱいだー!」
私は即座に飛び上がると、茜ちゃんに飛びかかる!
キモいだなんだ、もう関係ねぇ! セローラちゃんは欲望のままに生きると決めたのです!
しかし、その直後!
ガコン!
セローラ
「んが!?」
突然何かが私の側頭部に直撃した。
馬鹿な!? この技はまさか!?
私は驚愕と共に振り返る、ドサリと茜ちゃんに襲いかかるのは不発で終わり、それよりもセローラちゃんを正確に捉えた主に注目した。
女医
「セローラ、アンタ変わらないねぇ!」
セローラ
「メイド長……じゃ、ない?」
そこにいたのは目つきの悪い白衣の女医だった。
セローラとは幸太郎坊ちゃん出産の時から付き合いのある産婦人科の医者、紫苑菊子だった。
菊子
「メイド長だぁ? 一体誰と勘違いしたのか知らないけど、院内ではお静かにね!」
私は足元に転がった物を見た。
コーヒーの空き缶だった。
あまりに正確な投擲技術、そしてタイミングが良すぎたそれは否が応にもメイド長を想起させる物だった。
(こら! またサボって!)
セローラ
「……っ」
菊子
「たく……じゃれつくなら家でやりな、大城さん、お身体の方は?」
菊子さんは空き缶を拾うと、奏さんに近寄った。
奏さんはにこやかに笑う。
奏
「ええ、お陰様で♪」
菊子
「私は専門じゃないから、安易な事は言えないけど速く良くなると良いわね?」
セローラ
「……奏さん、病院生活長いんですか?」
私はそっと茜ちゃんに尋ねた。
茜ちゃんはコクリと頷くと。
茜
「もう3ヶ月になるって、琴音ちゃんを産んでからずっと身体の調子が悪いみたい」
セローラ
「ふ……ん」
私はそっと霊視の視界に変えて世界を見た。
病院は普通の場所よりも遥かに血と魂の匂いがこびり付いている。
無理もないが、重傷者が運び込まれた後なんかは、所謂悪い物が憑きやすいのは宿命だ。
もしかすればそれが原因ではないか、そう思ってレイヤーを奏さんに合わせるが。
セローラ
(ッ!? なにこれ……魂が黒く濁ってる?)
それは初めて見るものだった。
奏さんの魂は穢れている。
純白の魂は黒く染まりきっており、私はそのおぞましさに身震いした。
すぐに霊視を切り替えると、そこには陽だまりの中で微笑むだけの優しい少女がいる。
セローラ
(訳、わかんない……)
それは例えるなら魔物の魂だ。
初めからそのように産まれた魔物ならば魂は大きく変質した物になる。
しかし、奏さんは魔物ではない、その魂は初めから黒かった訳ではないだろう。
私は改めて奏さんを見る。
奏さん……一体何者なの?
菊子
「そういや、あの純愛馬鹿はどうした? もう薄情にも帰っちまったのか?」
奏
「道理さんなら、今屋上に……」
菊子
「屋上? たく……こんな可愛い奥さん放置するなんて、これだから男は〜」
茜
「多分、ご主人様と一緒ね」
セローラ
「ご主人様と?」
私は頭上を見上げた。
霊視の世界では無数の魂がグリッド状の視界の中で見える。
凄く見慣れた安心する魂は一番高い場所にあった。
セローラ
「セローラちゃん、ちょっと呼んできますね!」
茜
「待って、私も行く」
私たちはそう言うと立ち上がり、部屋を出た。
セローラ
「ねぇ、茜ちゃん、奏さんなんだけど」
茜
「なに?」
部屋を出ると私は奏さんについて茜ちゃんに質問した。
直接奏さんに聞くという選択肢もあったけれど流石に遠慮する。
セローラ
「奏さんは……その」
茜
「セローラ?」
私は意を決する。
多分おかしな目で見られるだろうが。
セローラ
「奏さん、悪魔契約でもしました?」
茜
「はい? 悪魔契約?」
予想通り、茜ちゃんは頭に?を浮かべた。
うん、分かっていたよ?
一般人にオカルト語っても、まぁ信じて貰えないって!
でもこちとら、チンケな妖怪から、旧き悪神まで色々戦いましたとも!
そうなればもう奏さんの異常事態、オカルトだって思うじゃない!?
茜
「分からないわ……奏さんはね? 気が付いた時にはこの病院の中庭に倒れていたんだって、気がつけば人の身体、ポケモンの時の記憶は殆ど無いんだって」
セローラ
「なるほど……」
茜
「詳しい話は私より奏さんか、奏さんの専属医に聞いた方がいいと思う」
セローラ
「そうですね」
気がつくと私たちは屋上の前にたどり着いていた。
少し重たい扉を開くと、何人かが屋上で一息ついている。
この病院の屋上は公園みたいになっていて、中央にはビオトープ、緑の屋根の下にはウッドデッキもあり、この病院に勤務する人達の憩いの場になっているようだった。
***
道理
「出産おめでとう」
茂
「ああ、そっちこそ大変じゃないか?」
二人の男は、フェンスに寄りかかりながら、大人の会話をしていた。
常葉茂は大城夫妻と付き合いがあり、当然奏の事も知っている。
原因不明の病で、いつ死んでもおかしくないって言われている奏。
茂は力になりたいとは思っているが、それは到底一般人にどうにか出来る物ではない。
それが分かっているからこそ、道理は首を振った。
道理
「大変だよ、でも三人で背負っていくって決めたんだ、特に琴音は」
茂
「琴音ちゃん、大きくなると大変だもんな」
道理
「クハハハ! お前こそ命ちゃん、今は可愛いけど、すぐに辛くなるぜ!?」
琴音は生まれてもう9ヶ月、去年の年の瀬の産まれだ。
その間に道理は育休を取得していたが、琴音の夜泣きは酷いものだったという。
茂
「はは……まぁ、家族と一緒に頑張るよ」
道理
「ま、保美香ちゃん達もいるんだし、常葉の方は大丈夫か」
茜と茂だけではどうなっていたか分かった物じゃない。
それを自分と茜の分析から茂は苦笑してしまう。
茂
「俺はさ、確かに何も出来ねぇ、それでも俺は何かできるなら大城、お前と奏さん、護りたい!」
道理
「常葉……気持ちは嬉しいよ、でもさ……」
茂
「でも……なんだ?」
道理
「俺さ……奏に格好つけたいんだ、だからさ……嬉しいけど、この問題はなるだけ俺と奏で頑張るよ」
道理はそう言うと、少しだけ微笑んだ。
そして手に持っていた缶コーヒーを喉に流し込む。
茂
「……そっか、まぁそれでも俺はなるべく助けられるようにしとくからさ、覚えていてくれよな?」
道理
「ああ」
二人はそれから少し押し黙った。
同じ職場に勤める同僚で、話す言葉は元より多くない。
元々二人は同期入社と言う事もあり、友人というより親友のようだ。
だからこそか? いやそれ以上の意味が大城道理にはある。
道理
(常葉はさ、お前、格好良すぎるんだよ、俺もお前みたいに格好良くなりたい、そして奏と琴音の自慢の父ちゃんになりてえんだ)
セローラ
「あ、いましたー!」
ふと、聞き慣れた声に茂は振り返った。
***
茜
「ご主人様♪」
茜ちゃんは、屋上の端っこの方で二人を発見すると嬉しそうに尻尾をブンブンと振って茂さんの元に駆け寄った。
茂
「茜、どうしたんだ?」
茜ちゃんはご主人様に、頭を撫でられると気持ちよさそうに目を細めて、身体をもたれ掛かさせる。
茂さんはそんな幼妻を優しく抱きとめた。
うう、あれ羨ましいなぁ。
道理
「茜ちゃん、今日も可愛いねぇ♪」
茜
「ん♪」
あっちの茜ちゃんに嫌らしい目線を向ける男が奏さんの夫ですかね?
なんだかご主人様と比べると軽薄そうというか、頼りない感じね。
取り立ててイケメンでもないし、セローラちゃん的には特に媚びる必要は無いですね。
茂
「で、どうしたんだ?」
茜
「帰りが遅いから、迎えに来たの」
茜ちゃんがそう言うと、もうひとりの男性はハッとなる。
道理
「俺、そろそろ奏の元に戻るわ!」
セローラ
「そうしてあげてください、なるべく一緒にいてあげるべきですよ、彼女とは」
道理
「え? 君は?」
セローラ
「……ただのしがない茜ちゃんのお友達です」
私はこの人に奏さんの容態を忠告するべきか悩んだ。
けれど、仮にあの状態を説明してなんになる?
私には視えても救う方法なんてない。
せめて介錯し、あの穢れた魂を焼き洗う位しかランプラーでは出来ないのだ。
だから、なるべく接点を減らす事にした。
私はこの人には病院で偶然会話した程度のPKMでいい。
そうすれば私は無関心でいられるし、この人や奏さんも気を揉まない。
茂
「セローラ、お前……何かあったのか?」
おや、ご主人様が私を心配してくださっている?
セローラ
「うふふ〜♪ そうですよ〜♪ 今もどうやってご主人様に取り入ろうか画策中で〜♪」
なんて、猫なで声を上げて私は茂さんに擦り寄ると、ご主人様は後ろへ退いた。
うぬぅ、奥さんの前とはいえ、そういう露骨な反応は傷つきますね。
茂
「あのな? 俺はお前の冗談に付き合うつもりは」
茜
「ご主人様、セローラを甘えさせちゃ駄目、もっと厳しくしないと」
セローラ
「あん♪ ご主人様の調教なら喜んで受けますわ♪」
茂
「もうやだ! この変態!?」
茜
「セローラを調教するなら、先に私も」
茂
「茜さん! 保美香みたいな事言うんじゃありません!」
茜
「しょぼん」
茜ちゃんは本気でガックリした。
この反応見るに、なんとなく二人の夜の営みが想像できるわね。
セローラ
「ご主人様、ベッドの上では茜ちゃんが上位でしょ?」
茂
「な!? 何故それを!? はっ!?」
どうやらマジらしい、偶然とはいえ当てられるとご主人様はしまったというように口を塞ぐ。
ふはは、もう遅い! バッチリ聞いちゃいましたから!
対して暴露させた巨乳ロリ妻は。
茜
「ご主人様、バックからが精々で、全然変態行為してくれない……」
茂
「ちょ!? ご不満のようですけど、セローラの前でそれ言わないで!?」
セローラ
「ほほぅ? バックからズボズボと?」
私はそう言うと腰を前後に振る。
顔を真っ赤にしたご主人様は私の顔を鷲掴みにすると、憤怒の表情を浮かべながら。
茂
「いいか? 絶対言いふらすなよ? 特に保美香とか華凛には!」
セローラ
「ちょ!? 痛い痛い!? 分かりました! 胸のうちに秘めておきますから!?」
ご主人様の火事場のクソ力から放たれるアイアンクローは、正真正銘の痛みで私は即ギブアップした。
ご主人様は手を離すと、私は痛みに暫く悶絶する。
ご主人様、キン肉○弓の生まれ変わりじゃないでしょうね?
セローラ
「痛た、ご主人様本当に馬鹿力出すんだから……ん?」
私はふと、顔の輪郭を擦りながら、ある集団を見た。
いや、正確にはその後ろだった。
若い医師たちが雑談するその後方で、紺色の顔の見えないフード付きのコート、ていうか古風なローブを纏った若い男性がいた。
よく見ると凄く浮く恰好なのに、何故か全然目立たず、あたかも自然に融けたように、そこにいた。
おそらく近くにいる医者達も気付いていないのでは?
茜
「何見てるの? セローラ?」
セローラ
「あの人、病院なのに変な格好ですよね」
私は指差す、茜ちゃんは目を細めてその指先を追った。
茜
「医者?」
セローラ
「いや、その後ろ、紺色の」
茜
「いないよ?」
え!? 私は慌ててあの紺色のローブに身を包んだ顔の見えない男性を探した。
でも、そんな目立つ格好の男性は既に屋上には無かった。
そんな馬鹿な……一瞬で消えたっての?
茂
「どんな奴だったんだ?」
セローラ
「紺色のローブで顔を隠してて、背丈はご主人様より低い男性」
茜
「まるでゲームに出てくる魔術師ね」
茜ちゃんのゲーム知識、でもなんだか言い得て妙な気がした。
あれはまるで此方の世界の住人には見えなかった。
あそこまで存在が希薄化していて、それでいて何か不穏な気配が身に纏っていた。
セローラ
(なんだろう? なんか嫌ーな予感がしますよ?)
霊視家政婦セローラちゃん! 第7話後編に続く!