突ポ娘短編作品集 - 短編集
春風と伴に

ロシア西部、サンクトペテルブルク。
ここはアジアの端、気候はロシアの中では確かに暖かいが、しかし寒冷気候に変わりはない。
その発祥は不凍港を求めた故である。
しかしそんな春のサンクトペテルブルクに異例の寒波はやってきた。

レシラム
 (……今年も現れたか)

PKMの中には、ごく稀に気候を変えるレベルの者がいる。
それはこのレシラムも同様だ。
ある老夫婦を護るために、その力を使っている。
だが、その力を持ってしても今回の相手は分が悪いのか、彼女の周りには雪が積もっている。
なぜ彼女がサンクトペテルブルクにずっと滞在しているのか。
この雪の国が彼女の故国となっているのか。
その理由は今や様々だ。
ただ、一つ言えるのは……奴が来たと言うこと。

レシラム
 (キュレム……今年もやり過ごすしかないのか)

レシラムとゼクロムはキュレムを監視し続けている。
最初はその危険性故だったが、いつの間にかレシラムの中で理由は変わっていた。
キュレムは毎年住み家を変えている。
今年はシベリア方面から恐らくフィンランド方面に向かっているんだろう。
キュレムは神の十柱ではないが、その力はレシラムの力を上回る。
このような規格外は決して、例外ではない。
キュレムの他にもこのような災害級の規格外は少なからずいるのだ。
チェコ共和国のデジプラハからやってきた自称魔術師共が氷付けで放置されていた事もあった。

レシラム
 「進路次第では奴と一戦交えなければ、ならないか」

レシラムは腰から生える異形の尻尾、『ターボブレイズ』を常に動かして周囲を熱する。
レシラムの尻尾は赤熱し、その高温が覗い知れるかも知れないが、その熱量さえキュレムの放つ寒波は確実に蝕んでいる。
レシラムは舌打ちをした。
彼女はある老夫婦と一緒に暮らしているが、その老人達も老い先は短い。
一過性の風邪ひとつで亡くなるリスクとてあるのだ。

レシラムはなぜ老夫婦に入れ込むのか?
それは彼女自身よく分かっていない。
ただ言えるのは彼女も『毒』されているという事だ。
神の十柱というのは、殊の外純朴な者が多い。
見た目こそ十柱は異形な者が多いが、それだけ精神性はヒトよりも幼いのかもしれない。
PKMの大半は一見すると人間と区別がつかない。
ある学説ではPKM化は進化の途上であり、ホモサピエンスサピエンスへの合流こそが真の到達であるという。
第二世代や第三世代に至れば、逆にポケモンである要素が相当に薄くなるだろう。
しかしその分だけ、そういったPKMは精神性も人間に近づいている。
言ってみれば、レシラムはそれだけ子供であるという事だ。

神の十柱、幼い者でも300年。
永い者なら数億年生きている者もいるが、精神が育つような機会はなかった。
怠惰な程の平穏をレシラムも1000年味わい、その力を使うことも久方ぶりだった。

やがて憤怒の表情を作ったレシラムの尻尾に内蔵された内燃機関が青く輝き始める。
レシラムの体温が最高度に達したのだ。
この『青い炎』こそがレシラム最大の力。
万物を焼き尽くす炎だ。
僅かだが、寒波が弱まった。
この状態をあと何日、何十日続けなければならないだろうか?
キュレムという歩く低気圧は非常にゆっくりと北上している。
その気になれば海も凍らせて、そのまま北極を目指すような規格外だ。

グラードンならいざ知らず、レシラムでは気候を変える程の力はない。
せめてその翼で包める範囲を護るだけ。

レシラム
 (ゼクロムはどうしてるかな?)

理想の神、ゼクロムは今頃ローマだろうか?
ゼクロムはレシラムよりも頭が回る。
今は世界遺産を巡りながら、自分のしたい事を探しているに違いない。
実際ゼクロムは理想の体現を追求している。
エレクトロマスターと呼べるほど電気を扱った才はゼクロムは群を抜いている。
彼女は現代社会を今もエンジョイしているだろう。
デジタル文明は彼女にとっては楽園に等しいだろう。
レシラムは所詮産業革命がもたらしたスチームパンクの夢のような物ならば、ゼクロムは電子の海のサイバーパンクの夢。
ゼクロムならば、キュレムとどう付き合うのだろうか?
所詮不器用なレシラムでは、己の力を振り絞ってこの老夫婦が住む湖一帯を暖める事しか出来ない。
これをゼクロムは電子レンジも使えない馬鹿だと言う。

レシラム
 (俺が出来る事なんて所詮この程度だろう……それ、でも!)

レシラムは額から汗を流した。
今彼女の体温は何度あるだろうか?
恐らく1000度では収まらないだろう。
完全なポケモンの姿でならともかく、人化したPKMの肉体で長時間維持し続ければ、伝説のポケモンといえども、オーバーロードしてしまう。

徐々に掠れゆく意識の中で、それでもレシラムはあの老夫婦の事を想い続けた。
少しでも気が緩めば、この湖は底まで氷つく。
気力と死力だけが、もはや彼女を支えるのだった……。



***




 「ターニャ、大丈夫?」

レシラム
 「……う?」

気が付けば、レシラムは気絶していた。
彼女は前のめりに倒れ、その背中をさする感覚に気が付いて目を覚ますと、老婆の姿があった。

老婆
 「良かった、無事なのねターニャ」

老婆はレシラムが目を覚ますと嬉しそうに目を細めた。
ターニャ、レシラムをそう呼ぶのはこの老夫婦だけだ。
その名は老夫婦の子供の名、今はもういない者の名前だった。
出会いは本当に偶然であり、レシラムがなぜ自分の事をターニャと呼ぶのか分からない。
ただそれでも彼女は老夫婦の惜しみない愛を感じていた。

老婆
 「見て、ターニャ。春が来たのね」

老婆は湖を指差した。
そこには色とりどりの花が芽吹き、新緑が大地を賑やかにしている。
レシラムは立ち上がると、空気を吸い込んだ。
暖かな空気が辺りを包み込む。

レシラム
 「あ……」

レシラムの髪を風が撫でた。
レシラムは空を見上げると、空は快晴だった。
キュレムは既に領域を立ち去り、このサンクトペテルブルクに春がやってきたのだ。

そう、春風と伴に―――。


『突ポ娘外伝 春風と伴に 完』



■筆者メッセージ
2019年2月28日執筆。
元々レシラムとゼクロムの立ち位置は確定していた。
両者伴にヨーロッパ圏内にいるのはキュレムが原因だ。
最もゼクロムは護るべき物もなく自由人で、レシラムは一カ所に留まり冬と戦う。
あまりに不器用なレシラムは誰に頼るでもなくキュレムのもたらす寒波から老夫婦を護るのだ。
この作品の核はレシラムの性格確定が不可欠であった。
またゼクロムは一切描写しなかったことも意味がある。
キュレムも勿論だが、彼女は今も極北を目指して歩き続けるだろう。
伝説のポケモンといえども、その力は神話の神々のようにはいかない。
それでも己が力を振る舞い、何かを成し遂げるのだ。
レシラムはちっぽけな感情に戸惑いながらも、打算なく戦ったのだ。
KaZuKiNa ( 2021/01/05(火) 12:56 )