突ポ娘短編作品集


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短編集
終わりの色、始まりの色 後編


 「う……く?」

最初に俺に訪れたのは浮遊感だった。
だが直ぐに重力に囚われた俺は、地面を踏みしめた。
目眩のような感覚から少しづつ脱していくと俺は目の前の光景を見た。


 「ここは……?」

空が黒い。
明るいと暗いとかじゃなく、まるで全天を光を通さないカーテンで覆っているかのようだった。
俺はそれに言いしれぬ畏怖を感じてしまう。

ジガルデ
 「ここが……私が生まれ育った世界だ」

隣には漆黒の甲冑に身を包んだ女性が立っていた。
ジガルデだ、その声は少し物悲しい。


 「なんていうか……不気味な世界だな」

俺は空が無い世界に畏怖感を感じながら、改めて周囲を見渡してみる。
ここは街の中のようだが、日本とは随分様相が異なる。
中世ファンタジーのような街並み、しかし随分大きな街に思えるが、人の気配はない。


 「誰もいないのか?」

ジガルデ
 「かつてここに住んでいた人たちは既に滅んだ、今この世界にいるのは極僅かだ」


 「そうか……南無三」

俺は手を合わせ、黙祷した。
異なる世界、異なる文化に対してこれが正しいかは分からないが、俺は誠意が必要なんだろうと思う。


 「……それで、俺はどうすればいい?」

ジガルデ
 「とりあえず彼処に向かおう」

ジガルデが指差す先、そこには白亜の宮殿が聳えていた。
遠目からも分かる巨大さ、そして荘厳さは他とは抜きん出ている。


 「なんだ? 王様でも住んでるのか?」

ジガルデ
 「当たらずとも遠からず……だな」

ジガルデはそう呟くと、真っ直ぐと歩きだした。
俺は黙ってその背中を追いかけながら、少しでも情報を集めようと努めた。


 (世界の理が違うって、茜は言ってたが、何が違うのか正直分からんな)

重力にしろ、大気にしろ、おそらく物理法則は殆ど変わらないんじゃないだろうか。
人間は地球の保護なくしては簡単に死ぬ脆弱な生き物だ。
月や火星は人間には過酷すぎるように、人は地球に保護されている。
今俺はその地球の保護から離れた訳だが、意外となんとかなるもんだ。

ジガルデ
 「……!」

突然ジガルデが足を止めた。
宮殿は目の前であり、どうしたのか。


 「何かあるのか……あ」

宮殿の入り口には一人の女性が門番のように立ち塞がっていた。
蒼い髪を三編みで結んだ美しい女性は、ボロボロの甲冑に身を包み、その手に持たれた剣は錆びていた。
蒼の女性は俺たちに気づくと、ゆっくりを目を開ける。
その目は金色に輝き、瞳孔は黒く威圧感を感じる。

蒼の騎士
 「……ジガルデ、今更何用ですか?」

ジガルデ
 「ザシアン、私の目的は何も変わらない、何一つだ」

ザシアン
 「っ! 貴方に何が出来る!?」

ザシアンと呼ばれた女性は剣を構えた。
ジガルデに対して強い憎悪を抱き、対してジガルデは涼しくそれを受け流す。

ジガルデ
 「貴様こそ何をしている? かつて剣の英雄と讃えられた者が、無人の宮殿の門番か?」

ザシアン
 「貴方には関係ないっ!」


 「姉さん……そこまでにして」

突然脇から、大きな盾を携えた赤髪の青年が現れた。
姉と呼んだという事は、ザシアンっていう人の弟か?

ザシアン
 「ザマゼンタ……」

ザマゼンタ
 「ごめんなさい、姉も気が立っているんです」

ジガルデ
 「フン、負け犬の遠吠えなど気にはしていない」

ザシアン
 「貴様っ!!」


 「どおどお! 辞めい! ジガルデも火に油を注ぐな!!」

俺は堪らず仲裁に入った。
ジガルデさん完全に喧嘩売ってますよね!?
ここでバトルする理由無くない!? 少しは空気読もうよ!?

ザマゼンタ
 「人間? 貴方は?」

話が出来そうなのはザマゼンタ位か。
あの物騒なネエチャンは正直俺でもキツイ。
とりあえずこの良く出来た弟さんに取り次ごう。


 「俺の名は常葉茂! 異世界からやってきたサラリーマンさ!」

ザマゼンタ
 「異世界から? ではジガルデは本当に……?」

ザシアン
 「人間……トキワシゲルです、か……失礼しました」

ザシアンはそう言うと、剣を鞘に戻した。
黙っているとスゲー美人なんだけど、ちょっと短気っぽいのが難なんだよなぁ。

ジガルデ
 「茂様、中へ」


 「お、おう……」

ジガルデはマイペースにも、ズカズカザシアンの脇を通り宮殿へと入っていく。
その間思いっきりザシアンに睨まれていたが、本当に気にしてないんだな。

ザシアン
 「ジガルデ……一先ず逃げなかった事は評価しましょう! しかし貴方のことは!」

ジガルデ
 「好きにならなくて結構、元よりお前と友好を築くつもりは無い」


 (犬猿の仲ってか? 第三者が入るにはハード過ぎるだろ……)

俺は泣きたくなりながら、宮殿を進むジガルデを追いかけた。

カツン、カツン。

大理石を思わせる廊下を進むと、直ぐに見えたのは美しい中庭だった。
相変わらず不気味な程静かなのに、不自然なほど綺麗に思える。


 「この宮殿維持するのは相当の人件費が掛かりそうだが、誰が維持してるんだ?」

ジガルデ
 「その必要はない、この世界は既に時間が終わっている」


 「それって……?」

ジガルデ
 「神に捨てられたんだ、時も空間も既にない、辛うじて狭い世界が維持できているだけだ」

時間も空間もない、か。
それは酷く虚無的だ、だがそれが本来は正しいのかも知れない。
茜はこの世界を消した筈だったが、これはミスの産物。
それでも終局の世界にほんの僅かな生があるのか。

ジガルデ
 「……入るよ?」

ジガルデがある扉の前で止まった。
優しい声、俺は意外に思いながら、ジガルデは豪奢に彩られた扉を優しく開いた。

中を覗くと、中には一人の少女がいた。

少女
 「……」

脱色したかのような真っ白な髪と瞳をした少女は椅子に座り、目だけを動かしジガルデを見た。


 「えと、その子は?」

ジガルデ
 「この子こそが、私がどんな無茶をしてでも救いたかった子だ!」

ジガルデはそう言うと、少女の手を取った。
少女はまるで人形だ、ジガルデに対して何も起こさない。


 「お前の言っていたの、女の子だったのか」

てっきり男かと思ったら予想外にも可愛らしい少女であった。
長身のジガルデと比べると、二回りは小さく、茜以上美柑以下と言ったところか。


 「どうなってるんだ? 植物人間、とも違うか?」

ジガルデ
 「彼女の名前はミト……この国の王女であり、私の全てだ……!」

ミト
 「……」

ミトと言う王女は何も反応を示さない。
瞬きすらせず、これを生きているというのか疑問である。
だが死んではいない、か。


 「えと、ミトちゃん? 俺が分かるかな?」

俺は少女の目の前で優しく笑うが、少女はやはり何も反応しない。


 「失礼します」

俺は意を決して、少女の手を握った。
でも少女は何も変わらない、これじゃ駄目なのか?


 「ジガルデ、これはどういう事だ? 生きてるのか?」

ジガルデ
 「生きている……生きているが……」

ジガルデは俯くと、苦々しい声を上げた。

ジガルデ
 「ミトは神の座から堕ちた私を匿ってくれ、そしてとても仲良くなった子だった。私は全てを賭して恩返しをしたかった……でも、浄化の光を受け、彼女の精神が破壊されたんだ」

浄化の光、茜が最終的に世界を消すアレか。
ジガルデが全身全霊を掛けたお陰なのか、辛うじて肉体は残った訳か。


 (茜……これ、俺には無理難題じゃねぇか?)

茜は俺に可能性があると言ったが、そもそも浄化された精神とかどうすりゃいいんだよ!?
茜が無理と言った理由はこういう事か?
ていうか、浄化されたものって、もう残ってるものなの?

ジガルデ
 「茂様、お願いだ……ミトを、助けて、ください……っ!」

ジガルデは俺に泣き縋った。
俺はいたたまれず、なんとかしてあげたかったが、ミト王女はなんの反応も示さない。


 「ジガルデ……すまん、俺ではこれは……」

俺はただ首を振るしかなかった。

ジガルデ
 「そんな……そんな事言わないで! ミトが助かるなら私はなんだってする! 茂様に全てを捧げても良い!」


 「ジガルデ、少し落ち着け!」

ジガルデの必死さは危うさを孕んでいた。
ジガルデが茜の前に現れた決意の重さは充分に理解出来る。
だが、泣き喚けば事態が解決する訳じゃない。


 (茜……お前もこんな気分で、俺を救おうとしたのかよ)

茜がなんであんな必死に世界を何巡させても、俺を救おうとしたのか、ある意味ジガルデが反面教師になっている。

ジガルデ
 「っ……私は、本当に……これだけ、しか」

ジガルデはゆっくりと起き上がった。
そしてジガルデは病人のようにフラフラと部屋を出ていく。


 「あ……どこへ!?」

ジガルデ
 「……」

ジガルデは何も言わず出ていった。
俺はジガルデの想いを汲みながら、現状の無慈悲さを感じた。
しかし、俺自身滅入ってる状態はちと不味い。
俺も外へ出ようかと思い、部屋の出口に歩く。


 「それじゃ俺も失礼……い?」

ミト
 「……」

ミト王女が俺を見ていた。
え? 反応してる?


 「よ! ほ!」

俺は試しに奇怪なダンスをその場で踊ってみる。
しかしミト王女は全く動じない。


 「俺に反応した訳じゃない? だが……!」

俺は改めてミト王女の正確な視線を分析する。
ミト王女が反応したのはジガルデ、か。


 「ジガルデに対して反応がある……これって可能性は0じゃない?」

それは奇跡の可能性だったのかもしれない。



***



ジガルデ
 「……くそ、私は何をやっているんだ!」

私はただ、無力さに打ちひしがれるしかなかった。
危険な橋を渡って、神々の王に会い、なんとか助力を得て戻ってきたのに、ミトは帰ってこない。
いや、本当は分かっていたのかもしれない。
この世界に希望はもうあり得ない。
神々の王が見捨てた地に希望などある筈もない。
本来ならば、こうやって世界が存在する事がありえないのだ。

ジガルデ
 「世界が静止して、どれ程の時が経った……?」

それは私の持つメモリーか。
どうして世界が滅びる時に抗ってしまったのだろう。
王に敵うわけもない、いや向こうは私を認識すらしていなかった。
抗った結果、本当に護りたかった者が笑顔を忘れ、私はこの荒野のような何もかもが荒んだ世界に立ってしまった。
そして永い時は、徐々に人々を虚無へと旅立たせてしまった。

ジガルデ
 「ミト……私はどうすればいい?」



***




 (とりあえずジガルデを探さねぇとな)

俺はミト王女がまだ完全に壊れた訳じゃないと判断し、そのためにはジガルデこそが重要だと判断した。
ジガルデは気づいてなかったのかもしれないが、ミト王女はジガルデをずっと捜していたんだと思う。
どういう状態かなんて、俺にも分からないが、0じゃないなら奇跡でもなんでも引き出すしかない。


 「だー! しかしこの宮殿デカ過ぎだろう!?」

この世界、いくら走っても何故か疲れないんだが、それでも王族の住む宮殿ってのは規格外だった。
表から見えていた宮殿は氷山の一角に過ぎないらしく、俺は半ば迷子になりながら、あの漆黒の騎士の姿を探し続けた。


 『クスクス……』


 「あん?」

俺は足を止めて周囲を伺った。
女の笑い声が聞こえたのだ。
周囲は宮殿外周を丸く取り囲む廻廊。
でっかい大理石のような柱が目立つが、人の気配はない。


 (一体……なにがいやがる?)


 『あの子の事が知りたい?』


 「あの子の事だと!? ジガルデの事か!?」

声はどこから聞こえているのか分からない。
ただ、相手の正体が分からない以上、俺は警戒するしかなかった。


 『あの子の事を知りたければ、ここに来なさい』

その瞬間だった、俺の視界に真っ白な有機的な奇妙な建物が浮かぶ。
その周囲は蠢く黒に囲まれ、あまりの悍ましさに吐き気を覚えた。


 「うぐ!?」

俺はち立ち眩みし、その場に手をついてしまう。
視界は元に戻った、女の声ももう聞こえない。

ジガルデ
 「茂様! 大丈夫か!?」

突然漆黒の騎士がガシャンガシャンと足音を立てて、後ろから追いかけてきた。
いつの間にか追い越していたのか?
ジガルデは俺の側まで来るが、俺はまだ少し立ち上がれそうになかった。

ジガルデ
 「どうした!? 何があった!?」


 「……妙な声を聞いた、真っ白な建物で……」

ジガルデ
 「真っ白な建物? まさか奴ら!?」


 「心当たりがあるのか?」

俺はようやく意識が正常になると、ゆっくりと立ち上がった。
ジガルデは顎に手を当て、思案した。

ジガルデ
 「……ついてきて、茂様」

ジガルデはそう言うと、宮殿の外へと案内した。



***



宮殿を出て数百メートルだろうか?
兎に角そんな遠くはなかった、ただそれでも俺はそれを見て驚愕するしかなかった。


 「なんだこれ、コールタールの海みてぇな」

ジガルデ
 「虚無だ、神の保護が無くなった事で、虚無がこの世界を侵食しているんだ」

それは永遠が夢で見た恐怖、それは絶対的な不可侵の領域だった。
純黒の海は波打ち、世界を徐々に削っていく。
俺はその意味を改めて理解した、この世界は孤島なんだ。
そしてそれは後どの位保つ?
ジガルデやあの物騒なネエチャン、ミト王女はこんな根源的恐怖と戦っていたのか?

ジガルデ
 「気を付けて、虚無は全てを無へと分解する」


 「全て……ね、これが茜が一切合切浄化する理由か」

悍ましいなんてものじゃない、産まれてきた事が不幸であるかのような、絶対的な存在なんだ。
茜がいる意味って、こういう物から護るって事でもあるんだな……。

ジガルデ
 「遠く、見えるかな?」

ジガルデが指差す先、そこには白い何かが見えた。


 「あれは?」

ジガルデ
 「ジガルデシティ、彼女たちはそう言うな」


 「ジガルデシティ? て、なにか来る!?」

それは緑色に燐光する橋だった。
物凄いスピードで生成され、橋が俺たちの前に架かった。

ジガルデ
 「お前達が……この人になんの用がある……!」


 「ジガルデ?」

それは怒りだろうか?
ジガルデはただ、あの真っ白な街並みに憎悪を向けているように思えた。

ジガルデ
 「……行こう、恐らく向こうも茂様に用がある」


 「俺に?」

ジガルデはそう言うと橋に登った。
俺は多少躊躇ったが、渋々橋を登ると、橋は突然動き出す。


 「うお!?」

橋は生成と逆再生するかのように俺たちを巻き込んで都市へと引きずり込んだ。
そのスピードはやはり凄まじく、白い近未来的な都市が直ぐに俺たちに迫ってきた。


 「これが、ジガルデシティ!?」

俺は減速を始める橋から降りて、その有機的だが規則的な純白の都市へと降り立った。


 (なんだ? 明らかに文明が違う? まるで生物の胃の中にでもいるかのよう?)

俺はジガルデシティにそういう感想を抱くとジガルデを見た。
ジガルデは真っ直ぐ、大きな塔か龍の長い首のような建物向かう。


 「ジガルデ?」

ジガルデ
 「茂様、恐らく迎えが来る、それまでそこに」

迎え? それだけ言うとジガルデは行ってしまった。
俺は仕方なく、頭を掻くと、本当に俺の目の前に迎えは現れた。
黒地に緑のヘックスが発光する小さな少女だった。

少女
 「お待ちしておりました、茂様」

少女は無表情だが、そう言うと頭を垂れた。
この子もジガルデか?


 「えと、君は?」

少女
 「失礼致しました。私はジガルデ8192分の1」


 「は?」

少女
 「8192とでも呼んでいただければ結構です」


 「……」

俺は唖然とするしかなかった。
なんだよ8192分の1?
ていうか、これもジガルデなんだよな?


 「えとジガルデ……いや、あの漆黒の騎士風のジガルデとは?」

8192
 「彼女はジガルデ64分の1、私達の中ではコアジガルデに分類されます」


 「やばい……流石の俺も脳がパンクしそうだ……」

俺はそう言うと、頭を抱えて首を振った。
さっきから表情を変えないチビジガルデは、ただ礼儀正しく俺をある建物へと誘導した。

8192
 「どうぞ、こちらへ」


 「もう、どうにでもなれ……」

俺はおとなしくチビジガルデの後を追うと、ある建物に入った。
四角い豆腐にも見える建物は、窓もなく自動ドアが上へとスライドした。


 「なんだ?」

建物に入ると、そこはまるで何かの研究所か工場のようだった。
そして無数のチビジガルデが俺に無感情な目を向けた。


 「これ、全部ジガルデ?」

8192
 「厳密にはジガルデミニオンに分類されます」


 「ミニオン?」

8192
 「ミニオンはコアを持ちませんので」

コアの無いジガルデって言われてもなぁ?
ジガルデたちは大きさも顔も皆様々だった。
ただ共通して小さく、無感情なのだ。

チビジガルデB
 「始めまして、ジガルデ16384分の1です」

チビジガルデC
 「始めまして、ジガルデ4096分の1」

チビジガルデD
 「ジガルデ8192分の1です」


 「待て待て待て! そんなの一度に覚えられるかぁ!?」

しかも、一人、ダブってたよね!?
8192分の1二人いたら、紛らわしいですけど!?


 「おい、まさかと思うがお前ら名前ないのか?」

俺の前に集まってきたチビジガルデたちは無感情に首をかしげた。

8192
 「仰る意味が分かりません、名前とは、必要なのでしょうか?」


 「お前ら、どうやって互いを見分けるんだよ……」

8192
 「見分ける……、我々は役割が決まっています、見分ける必要はありません」

見分ける必要がない……。
この機械的な対応、あるいはまるで蟻のよう生態。
こいつらはまるで社会性昆虫のようだった。


 「だーもう! それじゃ俺が分からねぇんだ!」

チビジガルデたちは互いに顔を見合わせ、困った(?)ような顔をした。
だが、彼女たちにはそれを解決する手段がないようだ。


 「はぁ……よし、ならばお前たちをこう呼ばせてもらおう! 先ずお前! お前は16384だったな! だからイロハ」

イロハ
 「!」


 「お前はシク! こっちはイクニ! 最後に8192はヤイア!」

俺は周囲に集まったチビジガルデになるべく覚えやすい名前を与えた。
これも大分アレなんだが、少なくとも数字の羅列で識別されるよりマシだろう!


 「ていうか、俺はなんでここに呼ばれたんだ」


 「クク……呼びかけに答えてくれた訳か」

突然頭上から声が聞こえた。
それは宮殿で聞いた声に似た声だった。

ヤイア
 「ジガルデ32分の1、お連れしました」

32
 「結構、お前達、作業に戻れ」

イロハ
 「了解」

チビジガルデがそれぞれ持ち場に戻ると、頭上から円筒状のエレベーターが降りてきた。

32
 「乗るが良い」


 「……」

俺は声に促され、エレベータに乗るとエレベーターは上階に俺を運んだ。
上階は漆黒の空間で、いくつもの緑に発光するサイバーラインの走る不可思議な空間だった。
そして俺の目の前には建物の埋め込まれ女性がいた。


 「アンタがおれを呼んだのか?」

32
 「左様、見ての通り迎えに行けぬでな」

32分の1はあのジガルデと似ていた。
茶髪は地面に掛かり、腹より下は建物と融合しており、見えないが妙齢の女性で妖しく笑う姿は妖艶だ。
そして何よりも俺が感じたのはチビジガルデとは明確に違う存在感。


 「……差詰、コアジガルデってやつか」

32
 「ほお? 人間もう理解したのか? 我らの関係を?」


 「まだ分からない事の方が多いけどな、それで俺に何のようだ?」

32
 「クク、久しぶりに話しの分かる相手だ、話し相手が欲しいだけさ」

そう言うと、コアジガルデは手元に指を当て、妖しく笑った。
今の所、あんまり信用する要素もないが、どうしたものか。

32
 「お主は恐らくこう思ってるじゃないか? 私が信用できない、と」


 「……っ」

32
 「ククク……! ポーカーフェイスのつもりか!? 死んだ魚のような目でも、意外に顔に出とるぞ?」


 「……アンタ何者だ? ここは何なんだ?」

俺は何もかもお見通しなんだと理解すると、地を出した。
ていうか、信用されてないって分かってたのな。
あの騎士ジガルデとは随分違うようだが。

32
 「私はジガルデ……と言っても、実は正確ではないんだがな」


 「正確ではない?」

32
 「秩序ポケモンジガルデ、この世界では秩序の神としても知られるが……私達はオリジナルジガルデから複製されたジガルデだ、そして私はオリジナルジガルデの32分の1」

複製、オリジナルジガルデ?
いきなりそういう事言われてもパンクしそうだが、俺はその意味を推敲する。
確か秩序の神は神堕ちしたことで、茜に制裁されたんだったな。
だが実際はジガルデは生き残った、でもそれはオリジナルジガルデではなかった?

32
 「少し、歴史を見せてあげよう」

コアジガルデはそういうと、部屋の中がスクリーンに切り替わった。
俺は戸惑うと、頭上に神々しきなにかがいた。


 「まさか!? 茜!?」

顔は見えなかった。
ただ足元に映る一人のボロ布を纏った女性がそれを見上げ、驚愕する。
頭上の神々の王と思しき存在はただ、光を放ち、ボロ布の女性は浄化されるように光へと変わっていく。

32
 「王は無慈悲だった……でも奇跡的にオリジナルのコアが僅かに残ったのさ」

しかし、それは到底再生ができる状態ではなかった。
蒼い欠片が再生するには多大な年月を要し、それは英雄譚の時代から1000年も時を要した。
だがコアは異常をきたしたのか、二人のジガルデを生み出した。
一人は見たこともない白い女性、もう一人はよく見たことのある女性だった。
黒いジガルデはボロボロの姿で、それを王族のような格好をした少女が発見し、それを匿った。
黒いジガルデは徐々に元気を取り戻し、やがて王女に深い忠義を覚え、自らを漆黒の甲冑に身を包んだ。
一方で白いジガルデは山野に隠れ、ただ眠りについた。
そこで……映像は終了した。


 「オリジナルは完全再生出来なかった、か」

32
 「元よりオリジナルはコアを一つしか持っていない、初めからハーフの神様だった、まぁそれでもクオーター以下のわたしたちとは歴然とした差があったろうね」

コアジガルデはそう言うと、自嘲気味に笑った。


 「この後どうなったんだ?」

32
 「この世界の物語が終わった……神が世界を滅ぼす時が……」



***



ジガルデ
 「……」

巨大な生ける頭、それは龍の首のようでもあり、そしてアイツがここに鎮座する。
暗闇の中、私は頭上を見上げるとそこにな私とは相反した色をしたジガルデが鎮座していた。

白ジガルデ
 「……まだ諦めないの?」

ジガルデ
 「そう簡単に諦められるか、ジガルデ4分の1《クォーター》」

私はそう言って兜越しに睨みつける。
だが所詮64分の1でしかない私の威嚇など、相手には通じるわけもなかった。

白ジガルデ
 「哀しいわねぇ、元は間違いなくオリジナルのコアなのに、私の方がよりオリジナルに近いなんて」

64分の1と4分の1、私達はオリジナルが浄化された際の切れ端だ。
異常な再生力を持つジガルデであっても、神々の王の逆鱗に触れることは凄まじかった。
オリジナルが愛した時代も飛び越し、遠い時代に一つのコアから私達は産まれた。
でも産まれは不平等でオリジナルの力の殆どはこの白いジガルデが持っていったのだ。

白ジガルデ
 「この世界に救いはない……辛うじて存在できるのは、私達ジガルデがこうやって黒からこの世界を保護しているからよ?」

ジガルデ
 「分かっている……そんな事は」

白ジガルデ
 「一緒になりましょ? 私達が融合すれば限りなくオリジナルに近づくわ」

ジガルデ
 「断る! 私は既にミト王女に全てを捧げた身だ!」

白ジガルデ
 「もうあんな生ける屍になんの価値もないのに」

ジガルデ
 「貴様に何がわかるっ!!?」

私は吠えた、例え意味がないと分かっていても、王女を侮辱された事を許せなかった。

白ジガルデ
 「クスクス♪ まるで犬ね、ワンワン鳴く犬みたい♪」

ジガルデ
 「……犬は一匹で充分だ」

正真正銘犬のザシアンを思い出すとそう愚痴を零した。
ザシアンも元は王家を護る者だった。
しかし神々には敵わず、何も護れなかった負け犬だ。
だが恐らくクオーターを前にすれば、意見は一致するだろうな。

白ジガルデ
 「まぁいいわ、それより最終勧告よ、もうまもなくここは完成するわ」

ジガルデ
 「ジガルデシティが!?」

クオーターは妖艶に笑うと、身体を前に乗り出させた。
私にそっくりと言えばそっくりな姿、だが決定的に違うのはまるでラミアのような姿、シュルリと太い蛇のような下半身がクオーターの背中で揺れた。



***




 「ここは研究所か何かか?」

32
 「少し違うな、実験室という方が正しいか」

あれから、もう少しコアジガルデと会話したが、コアジガルデは本当に話し相手が欲しかっただけなのかもしれない。
俺はとりあえずジガルデシティについて聞いていた。


 「実験ってなんのだ?」

32
 「仮想の実験、意味があるかないかは分からないけど」

コアジガルデがそう言うと、ある一角が透明になり、階下の様子が見えた。
すると下で、ちゃぶ台を囲んで数人のチビジガルデが食事をしていた。
しかしそれはよく見るとまともじゃない、ガラス越しにモニターするチビジガルデたちに、ちゃぶ台を囲んでいる奴らも金属のような何かを食べる振りをしていた。


 「なんだぁ? おままごと?」

それは子供がする遊びにしか見えなかった。
いや遊びしても狂気を感じるが、アイツラ大真面目に何やってんだ?

32
 「ククク、だから言っただろう? 意味があるかないかは分からないと」


 「何を想定してるんだよ?」

32
 「フフ、今は時も空間も意味をなしてないけどね、でもそれらが機能したらきっと必要な儀式だからさ」


 「……それはまるでこの世界から脱出出来るみたいな言い方だな」

32
 「……出来るよ、ジガルデシティはまだ未完成だが、列記としたリージョンシップだからさ」


 「リージョンシップ!?」

コアジガルデは冗談で言っている様子はなかった。
この街の正体が船?
それもリージョンを渡る。

32
 「我々もいつまでもこの危険な世界にいるつもりはない、いつかは次元の壁を超えて安住の地へと旅立つ」


 「……そうか」

確かにそれは必要かもしれない。
でもその言葉の裏にはまだ生き残っている人達が含まれてない気がした。
俺はそれがどうしてもやるせなさを感じてしまう。


 「まだこの世界には生き残りがいるんだろう? 助けないのか?」

32
 「残念だがそれを決める決定権は私にはない」


 「決定権……か」

コアジガルデの様子では助ける気はないようだな。
それじゃ俺はどうなんだ?
なんでこの世界のやつじゃなく、俺に興味を抱いたんだ?


 「最後に教えてほしい、話し相手が欲しいだけなら俺である必要はない、なぜ俺なんだ?」

32
 「……」

コアジガルデが目を逸らした。
それは言えないという事なのか?

32
 「クオーターは、貴方を必要している……恐らくは道標……」


 (クオーター? 4分の1か? こいつより上位って事か?)

32
 「なに、君は気にしなくてもいい、きっとクオーターも君に危害を加えるつもりは無いだろう……」


 「信用できん!」

俺はキッパリと腕を組んでそう言った。
コアジガルデはびっくりしたような目を丸くする。
しかし、クオーターの話をするとき、コアジガルデはどうしようもなく不安そうな顔をしていた。


 「お前、クオーターを信じれてないだろう? だからクオーターの話をする時だけ不安がる」

32
 「っ!? そ、そんな事は……私は……クオーターを……」


 「お前に隠し事は無理そうだが、俺も言ってやる、お前の今の感情は丸わかりだぜ!」

そう言ってビシっと指を突きつけると、コアジガルデは身体を縮こませて震えていた。


 「すまん、追い込むつもりは無いが……俺はやはりお前達を信用しきれない」

俺はそう言うとエレベーターに向かった。
もうコイツと話す理由はなさそうだ。

32
 「ま、待って! わ、私は!」


 「未来で会おう! イタリアで!」

俺はそう言うと、エレベーターに乗って階下に降りた。

ヤイア
 「終わりましたか?」

下に降りると、チビジガルデたちが一斉に無感情な瞳で俺を見つめてきた。
うーむ、コアジガルデは感情豊かだが、こっちは本当に人形みたいで扱いに困る。


 「なあ、ヤイアはあのおままごとをどう思う?」

ヤイア
 「何も思いませんが?」


 「うーむ、なんていうか……じゃあ質問変える、ヤイアお前が本当にしたいことってなんだ?」

ヤイア
 「本当に……したいこと……」

ヤイアは答えを出せなかった。
無いとは言えず、だが見つからない。


 「ヤイア、それを考えると言う、例え答えが見つからずとも思考せよ、それが重要なんだ」

ヤイア
 「本当にしたい事を見つける事が重要なのですか?」


 「そうだ、そしてそれを考える事も重要だ」

ヤイアはそれを聞くと俯いた。
俺は他のチビジガルデ達にも同じ事を言う。


 「皆も本当にやりたい事を考えろ、考える事自体が重要なんだからな!」

チビ達も一斉に考え出した。
無思考ではなく、論理的でもなく、それがどんな妄想や夢でも良い。
チビジガルデが機械じゃないなら、考えるって事に意味はあるはずだ。
これはある意味でミト王女にも通じるだろう。


 「そうだ! ミト王女! ジガルデに言う事あるんだった!?」

ヤイア
 「64分の1ならば、もうすぐ出てきます、案内致します」

ヤイアはそう言うと、恭しく頭を垂れ、再び道案内をしてくれた。
建物を出ると、例の漆黒の騎士は既に俺を待っていた。


 「ジガルデ!」

ジガルデ
 「茂様、ご無事でしたか」


 「まぁ向こうに危害を加える気はないみたいだからな」

ジガルデ
 「そうでしょうね、ここのジガルデは行動を起こそうとさえほとんどしない」

ジガルデはそう言うと首を振った。
同じジガルデなのに、やはりジガルデはこの街のジガルデに良い感情を抱いてない。


 「ジガルデ、ミト王女について話がある」

ジガルデ
 「!? それは!?」


 「その前に! ヤイア! 本当にしたい事! 次会うときの宿題にするからな!」

ヤイア
 「はい、いっぱい考えます」

俺はそう言うと、目の前に現れた橋に乗り込む。
その横にはジガルデもいた。

ジガルデ
 「茂様、ミニオンと一体何を?」


 「なに、ちょっとした宿題を出したのさ♪」

橋は高スピードで僅かに残った孤島のような世界へと俺たちを運ぶ。
この滅びかけの世界、そこに俺がいる意味、俺はそれを少しだけ理解した気がした。



***



この世界に滞在して結構な時間が経過した。
いかんせん正確な時間は分からないが、少なくとも俺はそれを10日に相等すると思っている。



ジガルデ
 「ミト……私だよ?」

ジガルデはずっと王女に語り掛けた。
俺は王女の視線がジガルデを追っている事を教え、決して王女が全てを失った訳じゃない事を伝えた。
それからはジガルデも精気を取り戻し、懸命に王女に語りかけている。


 「王女、俺の声は聞こえなくてもいい。でもジガルデの声は聞いてやってください」

俺もなるべく付き合いながら、ただ我慢強く奇跡を信じ続けた。



***




 「……はぁ、成果がないか」

とはいえ、ミト王女の容態が急激に快復するなんてあり得ない。
文字通り奇跡を信じるしかないのだ。
しかし流石にそれを続けるのも疲れる。
俺は少し息抜きに、宮殿の入り口で溜め息を吐いていた。


 「や! は!」


 「……?」

ふと、俺は中庭に目をやると、黙々と素振りをする女性を見つけた。
ザシアンだった、そう言えば彼女たちも一応この宮殿を護ってるんだよな。
まぁ侵略してくる存在なんてないんだが。


 「精が出るね」

俺は少しだけ興味を持つと、ザシアンに近づいた。
ザシアンは俺を認めると、素振りを止めた。

ザシアン
 「人間、私になんの用ですか?」

うーむ、距離感があるなぁ。
ザシアンはどうも俺にあんまり良い感情を抱いてない様子だ。
やっぱりジガルデに起因するのか?


 「なぁ、なんでジガルデの事を嫌っているんだ?」

ザシアン
 「っ!」

ちょっとストレート過ぎたか、ザシアンは顔を険しくした。

ザシアン
 「……彼女は、傲慢なんです」


 「傲慢、か」

ザシアンは「はぁ」と溜め息を吐くと剣をおろした。
ジガルデの傲慢さ、でもそれも必死さだろう。
例えばザシアンには誠実さはあるかもしれない、でもそれはジガルデからしたら愚鈍に思えるかもしれない。


 「ザシアン、それでもジガルデは王女を救いたい一心なんだ、それも傲慢な行いだと思うのか?」

ザシアン
 「……私は、王家を護るべきでした……ですが私は無力だったのです……ジガルデの行いは、私だって理解してます……それでも」


 (嫉妬かもな……)

ザシアンから感じたのは嫉妬のような感情だった。
あまりヒステリーさは感じないあたり、自分の中に溜め込んで爆発させるタイプだな。


 「ザシアン、あれでもジガルデは欠点だってあるが、信じるに値する奴だと俺は思ってる、完全に肯定しなくてもいい、でも少しジガルデを信じてやってくれ」

ザシアン
 「信じる……誓い、ですか?」


 「そこまで重くは言えねぇよ、物騒なネェチャン微妙に感覚が合わないよなぁ」

ザシアン
 「す、すいません……」

第一印象はやたら物騒な印象だったが、実際はそれなりに可愛い部分もあるようだ。
だが根底の考え方がどうも違うらしく、どう話せば良いのか分からねぇな。
だが決して分かり合えない相手でもなさそうだ。


 「そうだ、これよかったらお近づきの印」

俺は思い出したように腰の裏に付けたポーチからクッキーの入った透明な袋を取り出すと、クッキーを数枚ザシアンに差し出す。

ザシアン
 「え、えと……」


 「家族の作ったクッキーでな、味は間違いないぜ?」

ザシアンは恐る恐るという動きで、クッキーを一枚手にとった。
ゆっくりと口に運び、それを咥えると、彼女は、頬を綻ばせた。

ザシアン
 「お、美味しい! こんな柔らかくてしっとりしたクッキー初めて!」


 (おーし、保美香、お前の味は異世界でも通じることが証明されたぞ!)

まぁこの世界特に腹が減る様子はないんだが、それでも人間性を失う事は避けなければならないからな。
ザシアンは涙しながらクッキーを頬張る、どうやら彼女によっぽど久しぶりの甘味なのだろう。

ザシアン
 「ワフ♪ ありがとうございます」

ザシアンは、犬のような仕草で手を舐めると素直に笑顔で感謝した。
元がかなりの美人さんだけに、その顔が見れただけでお釣りは取れるな。
クール美女も良いが、やはり個人的にはクーデレも良い!
……茜達には絶対言えないけどな!

ザマゼンタ
 「姉さん! 大変だっ! 境界が!」

ザシアン
 「ッ!」

突然慌てた様子でザマゼンタが中庭に現れた。
その言葉は中途半端だったが、ザシアンは目付きを鋭くして、剣を携え走った。


 「あ、おい!?」

ザマゼンタ
 「貴方は危険です!」


 「危険!? 一体何が起きてんだ!?」

ザマゼンタ
 「今は事情を説明している暇はありません!」

ザマゼンタはそれだけ言うと、俺を置いて姉を追っていった。


 「あ、おい!? ……なんなんだよ一体」

俺はこの世界の事をまだ全然知らない。
境界とか言っていたが、街の端の事か?
あの波打つ黒、虚無とか言うのは少しづつ街を……いや世界を削っていると言っていたが、関係があるのか?

ジガルデ
 「茂様、貴方はそれ程気にしなくていい、これはこの世界の生きとし生ける者の問題です」

突然後ろから、全身を黒い甲冑に身を包んだジガルデが現れた。
そうは言うが、俺も今はこの世界に生きているわけで、無関係って訳でもないだろう。
その釈然としない思い、俺はジガルデにぶつけた。


 「危ないんだろ!? だったらあの姉弟も同じじゃないか!?」

ジガルデ
 「あの二人は強い、ですがそれでも心配だと言うのなら」

その言葉の後、ジガルデの身体が分解され、緑の渦が俺を取り囲んだ。


 「ジガルデ!?」

視界が渦巻くジガルデ・セルに覆われる。
俺は何もできず、しかしそれは一瞬で俺は別の場所に転移していた。


 「っ!? ここは!?」

俺はすぐ目の前に見えた物に目を奪われた。
そこには波打つ混沌の瀬戸際から次々と現れる異形の怪物達がいた。
そしてそれをあの姉弟が、異形の怪物達へと切り込んでいく。

ザシアン
 「はああっ!」

ザシアンは類稀な剣術で異形の怪物を切り裂き、油断無き構えで次の敵を見定めた。
対して弟のザマゼンタは凄まじい体術で怪物を薙ぎ払う。
二人共凄まじい強さだが、異形の怪物はそれよりも速い速度で増えていた。


 「なんなんだ!? あの怪物は!?」

俺は少し高い場所から、それを俯瞰し、そして恐れた。
その根源的恐怖、あの二人は大丈夫なのか!?

ジガルデ
 「世界を外側から覆う虚無……その圧倒的力の流れに、本来神の加護を失った世界は飲み込まれるのみ」

俺の横にはジガルデが再び集合し、立っていた。
ジガルデの言うイメージは正に、真空の空間になだれ込む空気の流れをイメージする。
だが、あれはそんな生易しいものじゃないだろう!?


 「虚無ってなんなんだ!? 襲ってくるものなのかよ!?」

ジガルデ
 「虚無の正体は分かりません……虚無は世界を等しく満たすために、あのような姿に行き達つのです。かつて神の浄化を逃れた民は1000人はいました……しかし、ある者は世界に絶望し虚無へと飛び込み、ある者はあの異形たちに引きずり込まれ、残ったのは私達だけ」


 「黙って見ているしか、ないのか?」

ジガルデ
 「……何れ全ては飲み込まれるでしょう……ですが!」

ジガルデは剣を抜くと、戦場へと飛び込んだ!


 「ジガルデ!?」

ジガルデ
 「そこで大人しくしていてください!」

ジガルデは手近にいた怪物に一閃すると、怪物は切り裂かれて消滅した。
そのままジガルデは戦場の中心で突き進む。

ザシアン
 「ジガルデ! 貴方の手は!?」

ジガルデ
 「やはり犬だな、無駄口を叩くな」

ジガルデはそう言うと、剣を槍へと変化させ、周囲を薙ぎ払う。
戦場の中心でザシアン達と合流するも、相変わらず喧嘩を売ったような態度はどうなのか?

ザシアン
 「お前達ジガルデ族の魂胆は分かっている! さっさと消えればいいだろう!?」

ジガルデ
 「奴らと私を一緒にするな、私は姫の騎士だ」

ザマゼンタ
 「姉さん! 喧嘩はやめてください!」

ザシアン
 「っ、私はお前を騎士とは認めない! 例えこの世界を護ろうとも!」

ザシアンはそう言いながら、怪物数体を一度に切り払った。


 (ザシアンとジガルデの確執、俺には分からん……でも、お前たちはそれでいいのか?)

俺は素直にあの戦場の三人を心配した。
そして同時にジガルデが姫様に対する想いも分かる。

戦いは30分は続いたか?
群がる怪物を薙ぎ倒すジガルデたち、やがて怪物も打ち止めとなり再び瀬戸際は静かさを取り戻した。
さしもの3人も疲れたか、戦闘後の無駄口はなかった。

ジガルデ
 「……終わりました」


 「あ、ああ。怪我はないか?」

ジガルデ
 「問題ありません」

ザシアン
 「あ……」

ザシアンは俺に気づくと顔を反らした。
ジガルデと友好的な人間はやはり複雑という事なのだろうか。
だがそんな姉にも弟がいる。
ザマゼンタは姉の肩を叩くと。

ザマゼンタ
 「戻ろう、姉さん」

ザシアン
 「う、うん……そうね」

ジガルデ
 「……」

ジガルデはそんな姉妹をただ、無言で見ていた。
気にならないと言えば、嘘なのかもしれないな。



***



ミト
 「……」

王女はただ佇む。
戦場から遠き場所で、瞬きすらせず。
だが、その眼球はある出来事に、僅かに揺れた。
それを茂もジガルデも知ることは出来ない。
ただ一人、『この者』を除いて。


 「クスクス、あの子も薄情よねぇ、一番大切と言っておきながら、こんな寂しい場所に放置だなんて」

それは驚くべきほど白い姿だった。
ラミアのような姿のジガルデ、ジガルデ4分の1と呼ばれる個体だった。
音もなく、ただその場に顕現する絶対者、神に最も近い存在は薄ら微笑む。

白ジガルデ
 「ねぇ、私と行きましょう? こんな寂しい場所で一人なんて嫌でしょう?」

ミト
 「……」

ミトに反応はない。
この壊れた人形に、白ジガルデにとってさしたる価値はない。
だが、彼女はその歪んだ目的のために、王女の美しい手を取った。

白ジガルデ
 「うふふ……さぁ」

白ジガルデは、セルを分解させた。
セルは渦を巻き、王女を飲み込む。

ミト
 「……ぁ」

その時、王女が何かを呟いた?
だが、それも一瞬で王女と白ジガルデは音もなくその場から消え去った。



***



ジガルデ
 「っ!?」


 「ジガルデ? どうした突然?」

宮殿に戻ると、直様王女の元へ戻る俺たち。
だが、途中でジガルデが足を止めた。

ジガルデ
 「今、なにか? ミト!?」

ジガルデは突然走り出した。
俺は訳が分からず、兎に角ジガルデを追いかけた。
ジガルデは王女の部屋を前にすると、半開きになったドアの前で、呆然と立ち止まった。


 「どうしたんだジガルデ!?」

ジガルデ
 「王女が……いない」


 「なに?」

俺はジガルデの後ろから、部屋を覗き込んだ。
いつもそこにいたミト王女は確かにいなかった。
ジガルデは膝から崩れ落ちると、甲冑越しからその悲哀を滲ませた。

ジガルデ
 「ミトーー!!?」


 「一体、どこへ……っ!?」

突然俺は目眩に襲われた。
この感覚、前にも怯えがあった。

32
 『久しいな、人間よ』


 (コアジガルデか!?)

32
 『うむ、そちらにいる64分の1と共にジガルデシティに来るのだ』


 「なに……っ!?」

再び頭痛のような目眩が来ると、コアジガルデの気配は消えた。
俺は頭を振ると、ジガルデを見た。


 「ジガルデ……ジガルデシティに来いと」

ジガルデ
 「……そうか、お前か……」


 「ジガルデ?」

ジガルデ
 「貴様の仕業か4分の1ーー!!!」

ジガルデは激昂し、その身体を分解させて瞬間移動した。


 「ジガルデ!? 早まるな! くそ!?」

ジガルデは怒りに我を忘れていた。
シティのジガルデ達がミト王女をどさくさに紛れて拐った可能性がある。
というか、ジガルデはそう断定したようだが、もしそうなら罠に決まっている。
64分の1と4分の1、元を辿れば秩序の神ジガルデをベースとした半身達。
俺には彼女たちの想いは分からない。
でも、嫌な予感だけは俺の背筋を凍らせた。

ザシアン
 「何事です!?」

ザマゼンタ
 「叫び声が聞こえましたが!?」

流石に聞こえたのか、姉弟も駆け込んできた。
俺は溜め息を吐くと、彼女たちに言った。


 「王女がジガルデシティの連中に拐われたらしい」

ザマゼンタ
 「な!? ミト王女が!?」

ザシアン
 「ジガルデは? アイツがそれを許すわけ……」


 「だから取り戻しに行く!」

俺はそう言うと歩き出す。

ザシアン
 「貴方が行くの!?」

ザマゼンタ
 「危険です! あの街のジガルデ達は得体が知れない!」

二人はそれを止めようとした。
見ず知らずなのに、そういう気持ちは嬉しいが、もしもの時ジガルデは俺にしか止められないだろう。
そして彼奴等は何故か俺まで求めてきた。
一体どういう事だ?


 「助けてくれとは言わない……、だが邪魔も辞めてくれ!」

ザシアン
 「っ!? 人間……いえ、シゲルと言いましたか。あなたの意思分かりました、ですが私は騎士です、力を貸しましょう!」

ザマゼンタ
 「姉さん……」

ザシアン
 「ザマゼンタ、貴方は……」

ザマゼンタ
 「俺も行くよ……無人の王宮を護っても意味がないだろう?」


 「二人とも……」

ザシアンは微笑を浮かべると頷いた。

ザシアン
 「これが私の誓いなのです」

弱き者を助け、強き者を挫く、ぞれは正に騎士然とした面構えだった。


 「分かった、なら3人で行こう!」

俺がそう言うと、二人は頷いた。
この姉弟が力を貸してくれるならこれ程心強い者はいない。
俺達は安心して歩を進められる。
ジガルデシティ、果たしてその目的は?
今何が起きているのだ?



***



ジガルデシティで最も大きな龍の首を模した塔。
それは管制室のような役割もあるが、その中は空洞で、ただ真っ白な柱が高く聳える。
その柱の上には何やら楽しそうな様子の4分の1(クォーター)ジガルデがいた。

その真下、柱の側に憤怒のジガルデは顕現した。

ジガルデ
 「ミトは何処だ……!?」

私は頭上でいつも偉そうにする私の半身に問い質した。

白ジガルデ
 「うふふ、あんな小娘何がそんなに良いの?」

ジガルデ
 「貴様には関係ない!」

ミトはジガルデシティとは無関係だ。
そしてクォーターにとっても無価値な存在の筈だ。
ただ、ミトは私のエゴの存在であり、私だけの自己満足だ。

白ジガルデ
 「関係ない……クスクス、本当にそうなのかしら?」

ジガルデ
 「どういう意味だ……?」

クオーターがその身体を迫り出すと、彼女は気味の悪い笑顔を浮かべた。
私はその姿を見上げ、クオーターの姿に違和感を覚える。

ジガルデ
 「なんだ? 大きい……? クオーター……お前?」

白ジガルデ
 「アハハハ! それはね!? さぁ、見せなさいミト王女!」

クオーターの腹が縦に裂けると、クオーターの中からミト王女の上半身が迫り出した。
そのゾッとする光景に、私は我も忘れて叫んだ!

ジガルデ
 「ミトー!? 貴様ァ!! 何をしているんだ!?」

白ジガルデ
 「アハハ! 取り込んであげたのよ! 感謝しなさい! ミトは私が救済してあげる!」

ジガルデ
 「巫山戯るなー!!」

私は直様飛び上がった。
そして強く拳を握り込むと、クオーターに向けて振りかぶる!

白ジガルデ
 「ウフフ! 貴方はこの子の何が分かるの?」

ジガルデ
 「ミトは私の全てだ!!」

白ジガルデ
 「違うわね! 今は私のモノ!」



***




 「なんだ……妙だぞ」

以前と同じ方法でジガルデシティに訪れた俺たち。
だがジガルデシティは不気味な静けさがあった。
静かな事自体はジガルデシティでは普通。
だが、この異様な精気の無さは?


 「ヤイア! イロハ! シク! イクニ!?」

俺は以前送迎をしてくれたヤイアを探したが、その姿は見つからなかった。


 「コアジガルデ! 奴は!?」

俺は何か嫌な予感を覚え、以前入った実験棟に向かった。
だが、実験棟に入った俺はその異様さに気づき、愕然とする。

ザマゼンタ
 「? 無人ですね」

ザシアン
 「シゲル、ここは?」


 「……くそ! 何が起きたんだ!? っ!?」

突然目眩がした。
意識が重なるような感覚、そして視界が塗りつぶされる。
だが今回は声がない、そして塗り潰された視界は酷くノイズまみれだった。
だがノイズの酷い世界にはこの実験棟とジガルデミニオン達が映っている。
視界はあるジガルデミニオンにフォーカスすると、コンピュータのような機械が映った。
その機械には謎の文字が表示されていた。


 「っ!? 今のは!?」

酷く厄介な視界ジャックは突然に切断されるように消え去った。
俺は頭を振ると、映像と現実を照らし合わせる。


 「これか!?」

俺は映像の最後辺りでジガルデミニオンが触れていた機械に向かった。
機械にはモニターはあるが、あの謎の文字は映っていない。
俺は訝しみながら、モニターに触れると、モニターは光を放った。


 「タッチパネルか」

ザシアン
 「一体何を?」

後ろから、黙って見ていたザシアンがモニターを覗き込んだ。
画面上には謎の文字が表示されていたが、俺には読めないんだよな。


 「ザシアン、これ読める?」

ザシアン
 「正しい暗号を求める、とあります」


 「暗号……まさか!?」

俺は記憶を確かに、タッチパネル上にある仮想キーボードにある文字列を入力した。
すると、画面の表示は切り替わる。
あの映像はパスワードを教えていたのか。


 「しかし、一体これは……?」

パソコンと同様の機械のようだが、俺にはその先が分からない。
プログラムを打つのは得意だが、異文明のコンピュータは流石にお手上げである。


 「……ああもう、なんかファイルっぽいの!」

俺はドキュメントファイルっぽいのをタッチすると、何か映像が始まった。
映像には上階、コアジガルデのいる部屋が映された。
コアジガルデは何かと話をしていた。

32
 『……船は大体完成した、試運転が必要だ』


 「完成? リージョンシップはそこまで出来ていたのか?」

32
 『融合か……戻る時が来たのだな……いや、それは必然だろう』


 (? 映像の端、何か映っている?)

コアジガルデが誰かと会話する映像、その端には実験室が映っていたが、そこにいたミニオンが何かを映していた。


 「ザシアン、これ、分かるか?」

ザシアン
 「リージョンシップの概要?」

それはリージョンシップの概要を示すものらしい。
恐らくアドレスか何かを表示しているんだろう。
俺は画面を戻ると、同じ文字列を探した。

ザマゼンタ
 「読むの手伝おう」


 「ああ、悪い戻る……助かる」



リージョンシップの概要。
秩序の神と同等のボディを有するジガルデは虚無に対して抵抗性が認められる。
神に見捨てられた世界の完全な消滅は時間の問題だ。
クオーターは自らのセルを増殖させ、セルの死骸を骨格にリージョンシップの建造を開始。
大凡の概念は完成したが、リージョンの狭間を飛ぶリージョンシップには目標を定める指標が足りない。
手始めに異界からの召喚者は必要で、召喚者を道案内としてリージョンの地図を作成する必要がある。
対象者常葉茂、常葉茂をーーーーー。

ザマゼンタ
 「……ここで途切れてる」


 「……俺が餌、か」

俺はザマゼンタが読んでくれ内容に戦慄しながら、思い出した。
コアジガルデは俺を方位磁石にしたいみたいだった。
このジガルデシティ、その正体は増殖したジガルデ・セルの死骸か。
神の器たるジガルデならば、リージョンの闇に耐えられる。


 「融合……つまり、建造に必要なジガルデは、もう必要ないって事か……それじゃ、ヤイアたちは!?」

ズガァァン!!

その瞬間、建物が振動した。
物凄い音が外から聞こえ、俺達は直ぐに外に出る。
すると見えたのは……!



***



ジガルデ
 「ああああ!?」

白ジガルデ
 「アッハッハ! その程度なの!?」

クオーターの力は圧倒的だった。
私はクオーターを殴り抜こうとしたが、相手はそれより速く私を殴り飛ばした。
私は塔の壁を突き破り、外に放り出された。
相手の一撃は、私の甲冑を砕き、顔の半分が外気に晒された。

ジガルデ
 「く……!」

私は立ち上がると、目の前の巨大なクォーターを睨みつけた。
今のクォーターは4.5メートルはある。
圧倒的な大きさで私を見下ろした。

ジガルデ
 (パワー、スピード、全て規格外だ……!)

私とて秩序の神の半身である筈にも関わらず、同じ半身がどうしてここまで強い?
何故ここまで歪な存在になったのだろう。
私は秩序の神の記憶を継承している、だからこそクオーターの力がそれに近いのが分かった。

白ジガルデ
 「さぁ、貴方も私と一つになりなさい! そして遥かなる世界へ!」

ジガルデ
 「勝手に一人でいけ! ミトは返して貰う!」

私は強気に吐き捨てた。
クオーターは私との融合に強いこだわりがある。
なぜそんなにも力を求めるのか?
私達が融合したところで、完全な秩序の神には戻れないのに。

白ジガルデ
 「強情ね! でもそんな貴方も嫌いじゃないわ!」

しクオーターが上から襲いかかってくる。
直ぐに迎撃しなければ、そう思ったが、身体は重く、直ぐには反応してくれない。

ジガルデ
 「しま!?」

ザシアン
 「はああ!」

白ジガルデ
 「!?」

突然ザシアンが後ろから、聖なる剣でクオーターの斬りかかった。
完全に不意をついた一撃が、クオーターの背中を切り裂く。
だが、 クオーターは!

白ジガルデ
 「子犬が! 邪魔をするな!」

クオーターはすかさず、蛇のような下半身を振り回し、ザシアンに叩きつける。
ザシアンは地面に叩きつけられる瞬間、受け身をして、致命ダメージは逃れた。

ザシアン
 「何をしているジガルデ!!」

ジガルデ
 「っ!! おおおおおっ!!」

ザシアンの叱咤、私は吼えるように全身に力を行き渡らせ、隙だらけのクオーターに腹に手刀を突き刺した。

白ジガルデ
 「なに!?」

ジガルデ
 「ミト! 聞こえるか!? 助けに来たぞ!!」

私は強引にクオーターの腹を引裂きミトを探す。
ミトの顔が見て取れた、私はそれに安堵し、すぐ引きずり出そうとするが……!

白ジガルデ
 「馬鹿ね! そのまま取り込んであげる!」

ジガルデ
 「くっ!?」

クオーターの肉が蠢くと、私を取り込もうとする。
私は全力で抗うが、そのパワーに勝てない!

ザシアン
 「ジガルデ!?」

白ジガルデ
 「這いつくばれ駄犬が!!」

大地が揺れる、クオーターの放ったグランドフォースがザシアンを押し潰した。

ザシアン
 「あああっ!?」

ザマゼンタ
 「姉さん!?」


 「ザシアン!? ジガルデー!!」

ジガルデ
 「茂、様……!?」

私の体は殆どクオーターに飲み込まれていた。
だが、それでも私はミトに触れ、そして諦めなかった。

ジガルデ
 (諦めるか! 私は、絶対に! 泥を啜ってでもミトを救う!!)



***



白ジガルデ
 「はは、やった! 遂に一つになった! これで秩序の神は一つとなった!」


 「あ、あ……」

巨大な白蛇のようなジガルデは愉悦の表情で笑った。
ジガルデは完全に白ジガルデに飲み込まれた。

白ジガルデ
 「さて、餌も一緒に来てくれるなんて重畳ね! 貴方も取り込んであげる!」

ザマゼンタ
 「させるか!」

白ジガルデは標的を俺を定めると、直ぐに向かってきた。
だが、ザマゼンタは立ちはだかり、白ジガルデにアイアンヘッドを放つ。

白ジガルデ
 「鬱陶しいわね!」

白ジガルデは背中から突起物を生やすと、それを高々と打ち上げた。


 「不味い!? 気をつけろ!?」

俺はそれがある技だと確信する。
だが、それは予想以上に恐ろしい技であった。

ズドドドドド!!

サウザンドアロー、緑に輝く矢が視界を埋め尽くし、ザマゼンタを襲った。

ザマゼンタ
 「う………あ」

ザマゼンタはそのまま倒れてしまった。

ザシアン
 「ざ、ザマゼンター!?」

ザシアンは這いつくばりながら、弟を助けようと手を伸ばした。
ザシアンもボロボロだ、すでに戦える状態じゃない。
それでもザシアンはその目に闘志を見せた。

白ジガルデ
 「なに? 鬱陶しいわね? 醜いワームになってまで何をすると!?」

白ジガルデは腕を振り上げた。
そしてそれを這いつくばるザシアンに振り下ろす!
だが、その手は寸前で止まった。
俺が前に出たからだ。


 「いい加減にしろ……!」

ザシアン
 「し、シゲル……?」

俺は憤怒の表情で白ジガルデを睨みつけた。
白ジガルデは俺を見て、ニヤニヤと妖艶に微笑んだ。

白ジガルデ
 「あーら? それでどうするつもり? 何か策はあるの?」


 「生憎だが、そんな物はねぇ……だが、お前にこの姉弟は殺させない!」

白ジガルデ
 「アハハ! もう目標の半分は達した! 今更そんな奴ら興味もないわ! 貴方さえ頂ければね!」

白ジガルデの身体から触手が伸びる。
それは俺を取り込もう、絡みつけてた。

ザシアン
 「だ、駄目! 逃げて!」


 「ぐう!? 言っておくがな! タダで食えると思うなよ!? 腹痛で泣いても知らねぇからな!?」

白ジガルデの力は凄まじい。
俺程度では抵抗も出来やしない。
だが、俺は不敵な態度は忘れなかった。
そしてそのまま、俺は白ジガルデの中に取り込まれてしまう。



***



ザシアン
 「あ、ああ……そんな」

眼の前でシゲルまで消えてしまった。
白ジガルデはシゲルを取り込むと大きな声で高らかに笑った。

白ジガルデ
 「アハハハ! 準備は揃った! リージョンシップを起動する!」

その瞬間、街が激しく揺れだした。
私は必死にザマゼンタを護るように覆いかぶさる。

ザマゼンタ
 「ね、姉さん」

ザシアン
 「ザマゼンタ、貴方だけは……私が」

ザマゼンタは必ず護る。
全てが崩壊したあの時、私は護るべき女王を浄化から護れなかった。
あの浄化の光は全てを奪う一方、ジガルデは独力でそれに抗って見せ、王女は生き残った。

私はそれに嫉妬してしまった。
ジガルデは強く、そして一途で誇りたかった。
どんな餌が釣られようとも、決してミト王女だけは裏切らない。
その姿に私は嫉妬し、対抗心を燃やした。
でもそれを見抜かれて、ジガルデには相手にもされずいつも喧嘩ばかり。
本当は仲良くしたかった。

信じたかった。
ジガルデの盲言を信じてあげたかった。

ザシアン
 (ごめんなさい、シゲル、ジガルデ……私はあなた達を)

私は悔いるしかなかった。
そうしてこの世はこうもままならないのか。
剣の英雄と讃えられた私も、激しい戦いの末、剣も鎧もボロボロになり、いつしか英雄としての輝きは失せてしまった。

ザシアン
 「それ……でも!」

私は、食いしばった。
口元から血を零し、折れたであろう肋の痛みに苦しみながら立ち上がった。
手が痺れて剣が握れない。
だから私は、剣を咥え込んだ。

白ジガルデ
 「なに? まだ抵抗する?」

ザシアン
 「フー! フー!」

白ジガルデ
 「アハハ! 正に犬じゃない! フーフー息荒くして!」

ザシアン
 「ウルゥー!!」

私は、動かない身体を強引に動かして、白ジガルデに斬りかかった。
だが、もはや刃は白ジガルデの身体を切り裂く事も叶わなかった。

白ジガルデ
 「そんなに死にたいのね、本当に愚かなこと」

白ジガルデは私の頭を無造作に掴んだ。
凄まじい握力が私を襲う。
このままでは私の頭はトマトのように弾け飛ぶ、か。
だが、剣は落とさない!

ザシアン
 (私は剣の英雄だ……! 錆びようと、折れようと! 絶対!)

白ジガルデ
 「さぁこのまま……っ!?」

突然、白ジガルデの握力が失せた。
私は解放されると、白ジガルデの血相を変えた表情を見た。

白ジガルデ
 「がっ!? な、なんだ? か、らだ……が!?」

ザシアン
 (これ、は!?)

私は、まさかと思った。
シゲルの言葉が今更思い出される。
まさか本当に?



***




 (……融ける?)

白ジガルデに取り込まれた俺は、意識を微睡ませた。
啖呵を切ったのはいいが、本当に無策だったからな。
だが、なんか変じゃないか?
何故か意識がハッキリする。
そして声が聞こえた気がした。


 「茂様? 目を開けて、茂様」


 「う?」

俺はゆっくりと目を開けた。
そこは真っ白な空間だった。
そこに見覚えのある姿があった。


 「ヤイア?」

ヤイア
 「はい、ヤイアです」

そこにはジガルデミニオンのヤイアがいた。
いや、ヤイアだけじゃない、イロハも、シクも、イクニもいる!


 「お前たち!? ここは?」

シク
 「ここはジガルデの中間、内なる精神世界とも呼べる場所です」


 「精神世界? なんで俺がそんな所に? それにお前たちも」

イクニ
 「私達コアを持たないミニオンには思考は排除されています」

イロハ
 「ですが、茂様の宿題をずっと考えていました」

宿題……そうだ、俺は彼女たちにある宿題を出した。

32
 「ククク……意志無き人形に考えろとは酷な宿題だ」


 「コアジガルデ……て!?」

目の前にコアジガルデが現れた……が、俺はすぐに目を背けた。
コアジガルデはしっかりとした足があり、前のように下半身が埋め込まれてなどいなかった。
それはいいのだが、コアジガルデは何も履いていないのだ。
つまり丸見えな訳で、とてもそれを見てはいられなかった。

32
 「ククク! そんなに魅力的か? 私も捨てたものじゃないわねー♪」

そう言って色々強調するコアジガルデを俺はなるべく無視してヤイア達を見た。


 「それで、本当にやりたい事は見つかったか?」

ヤイア
 「……ずっとずっと悩みました、考えるって難しくて、それでもずっと考えました、そして見つけました」

32
 「ミニオン達は、クォーターに従わないと決めたのさ」

コアジガルデが指を鳴らすと真っ白な世界に色がついた。
それは映像だ、下半身を埋め込んだコアジガルデの周囲をミニオン達が取り囲んでいた。

ヤイア
 『クォーターのやろうとしていることには納得できません』

イロハ
 『私達は再融合に反対します』

32
 『そんなこと出来ると思っているのかい? クォーターが許すはずがない』

ヤイア
 『はい、勿論承知しています。事実私達の意見は通らないでしょう』

32
 『じゃあどうする?』

シク
 『私達は茂様だけは護りたい』

イクニ
 『クオーターの目的はリージョンマップの入手です、であれば茂様を吸収するのは必定』

ヤイア
 『そこで、反逆します』

32
 『どうやって?』

ヤイア
 『気合』

シク
 『友情』

イロハ
 『根性』

イクニ
 『熱血』




 「お前ら……」

映像の中のミニオンたちは顔も見た目も同じのまるで規格統一された工業製品のようにも見える。
それでもコアを持たない筈のミニオンが、自我のような物を見せたのだ。
俺はそれがどこか嬉しかった。


 「それじゃ、コアジガルデは何故ここに居るんだ」

32
 「10機のコアジガルデの内9機はクオーターに従った……だが私もクオーターのやろうとしていることに危険性は理解している、だが同時に私一人では止められないと諦観していた……だが、ミニオン達が本気でやる気なのでな……流石に心配で乗ることにした」

そうか、結局コアジガルデもなんだかんだミニオンに母性を与えてたんだな。


 「それじゃこれからどうする? 文字通りアイツの腹を壊すのか?」

32
 「ククク! それも面白そうだが、我々の計画は少し違う」



***



秩序の神ジガルデは自分のすべきことに自信があった。
神々の王より座長を任され、そしてその仕事に誇りを持っていた。
調和は美しい、常に地上に均衡をもたらすため、地上の勉強は欠かせなかった。
そんな中で、神は一人の男を見初めてしまった。
愛してしまったのだ。
だが、それは禁断の愛、赦されなかった。
王の了承が得られぬ中、それでも心に毒を宿らせた秩序の神は、2つのコアを分割し、半身(ハーフ)を地上にもたらした。

私はそんな地上のジガルデの欠片だ。
だが、浄化の光を受け、不完全な形で復活したジガルデは、2つに別れた。
私とクォーターだ。
私とクォーターはそれぞれ歪だった。
どちらも神たるジガルデとは異なる存在。
クオーターは神の力を受け継ぎ、私は神の記憶を受け継いだ。

それ故に、クオーターは神の持っていた感情を理解できなかった。
私との融合を強く求めたのも、空っぽの記憶を求めたに過ぎない。

ジガルデ
 (私は今更神に戻ろうなどとは思わない……ただ、ミトの側にいたいだけ)


 「そうね、私もそう思うわ」

突然物凄く覚えのある声が聞こえた。
目を見開くと、目の前には腰に手を当てクスクス笑うミト王女がいた。

ジガルデ
 「ミト!? ここは?」

ミト
 「ここは精神世界、あの白いジガルデの中で溶けてしまったの」

ジガルデ
 「そんな……それじゃ」

私は絶望した。
もうミトに触れることは出来ないのか?
だがミトに悲壮感はない。

ミト
 「私ね……ずっと見てたんだよ? ジガルデの事も、ザシアンやザマゼンタの事だって、勿論茂さんの事もだよ?」

ジガルデ
 「そ、それは本当なのか!?」

ミト
 「そう、でも……私の体は動かなかった、こうやって……抱きしめてあげたかったのに」

ミトはそう言うと、腕を首筋から背中に回し抱きついた。
ミトの身体は……魂はとても暖かかった。

ジガルデ
 「ミト、すまない……私は!?」

ミト
 「ううん、いいの……私嬉しかったよ? 私のためにあんなに頑張ってくれて」

ミトの言葉、それは私をここまで安らげてくれる。
同時に闘志は燃え上がる。
私が私であるために、それを証明するために。

ジガルデ
 「ミト、もう離さない」

ミト
 「私もよ♪ でも……そのためにあの人たちの力がいる」

ジガルデ
 「あの人たち?」

ミト
 「来たわ」

突然、真っ暗闇の空間に光の裂け目が現れた。
光の中から現れたのは複数のジガルデミニオンを引き連れた茂様だった。



***




 「ここにジガルデが……」

精神世界を移動すると、今度は真っ暗な世界だった。
真っ暗だが、虚無のような怖さはない、ジガルデの黒に似ていた。

ジガルデ
 「これは一体どういう事だ!?」


 「お! ジガルデ!」

ミト
 「初めまして茂さん、ジガルデがお世話になりました♪」

ジガルデがずっと離さない少女、それはミト王女だった。
俺はどうしていいか分からず、とりあえず平伏した。


 「ハハー! こちらこそ!」

32
 「ミト、準備の程は?」

ミト
 「後少し……」

くそ! 土下座したのに無視された!?
うん! やっぱり真面目にやるべきだよね!
空気読むべきだよね!?


 「……で、こっからどうするんだ?」

俺は起き上がると、頭を掻きながらそう言った。
あの白ジガルデに食われた結果、俺達どうなってんのかも分からない。
一体どうすれば逆転出来んだ?

32
 「なぁに、簡単さ。クォーターを乗っ取る!」


 「乗っ取る、だと?」

ミト
 「かなり分が悪い賭けだと思います、しかしあの白いジガルデは異物を抱え込んでしまいました」

ヤイア
 「クオーターは原初のジガルデに戻る究極目的はありますが、あくまでもその目的で必要なのはジガルデの肉とクオーターの人格のみです」

イロハ
 「そこに付け入る隙があります」

その説明を聞いた俺は呆然とした。
だがジガルデは別だった。
彼女は内容を聞くと、深く頷く。

ジガルデ
 「大体分かった、つまり私達で人格の主導権を握るのだな」

32
 「そういう事だ、勿論賭けだ、私達はクオーターの総量より遥かに劣っている」


 「……議会とかで考えれば、言ってみれば俺達は議席数って事か、だが向こうは与党、こっちは野党……ね」

ジガルデ達はジガルデコアとセルによって構成されたポケモンだ。
基本的に人格はコアに依存するようだが、コアが複数存在する場合、身体の主導権は誰の物だ?
それを簡単に説明するのが、主導権の過半数なんだろう。


 「おっしゃ! こうなりゃ俺も野となれ山となれだ! 全力で手伝うぜ!」

俺はそう言って気合を入れる。
しかし、ヤイアは首を振った。

ヤイア
 「いいえ、茂様は脱出してもらいます」


 「なに? 俺じゃ役に立たないのか?」

シク
 「そうではありません」

イクニ
 「私達は貴方を助けたいのです」

それは分かった。
だが、それならミト王女はどうなんだ?
俺はミト王女を見るが、ミト王女は少し悲しそうに、でも笑顔で首を振る。

ミト
 「私は……いいんです」


 「なんで!? ジガルデだって王女を!?」

ミト
 「私は……手遅れなんです」


 「……なっ!?」

俺は唖然とした。
もう手遅れ? 俺は思わず隣のジガルデを見る。
だが、ジガルデの苦々しい表情はそれを肯定している物であった。
俺はそれに俯くしかなかった。

だが、そんな俺を慰めるためなのか、ジガルデミニオン達が俺の手を握ってきた。

イロハ
 「茂様、貴方だけは絶対に救いたいのです」

ヤイア
 「それが私達のやりたいこと」

シク
 「何よりも優先したいこと」

イクニ
 「そしてどうか」

ミニオン達は一斉に無垢なる表情を俺に向けた。

ミニオン達
 「「「「私達の事を信じてください」」」」

俺は涙が出てきた。
もう泣かないだろうと思っていたが、涙は枯れていなかった。

ミト
 「……そろそろ仕掛けましょう」

32
 「64分の1、お前にも協力してもらうぞ」

ジガルデ
 「無論だ、もうミトは離さない」

ミト
 「ジガルデ……♪」

ジガルデはミトの手を握りしめた。
その顔は悲壮さはなかった。
むしろ嬉しさが籠もっていた。
ミトはジガルデの側に要られることが、何よりも嬉しいのだ。


 「皆……分かった。お前らの幸運を祈る!」

俺がそう言うと、彼女たちは光に溶けていくように消えていった。
俺は静寂に包まれたその空間でただあいつらの無事を祈る。



***



白ジガルデ
 「う、く、あああ!?」

ザシアン
 「な、何が起きて……」

死にかけのザシアンを目の前に藻掻き苦しむ白いジガルデ。
ザシアンにはその理由が分からなかった。
だが、その男は白ジガルデの中から弾き出された!


 「ぐえ!?」

突然はじき出されるように俺は地べたに這いつくばる。
俺は目を見開くと、そこはジガルデシティの一角だった。
いや、正確には甲板になるのか?

白ジガルデ
 「お、おのれぇぇ……!?」


 「ジガルデ!」

俺は直ぐに振り返り、白い大きなジガルデに叫んだ。
正確にはクォーターと呼ばれるジガルデにではない、中にいる64分の1と呼ばれるジガルデや、ミニオン達にだ。

白いジガルデ
 「ど、どうなって……ああ!?」



***



白ジガルデ
 「なぜ、融合を拒む!?」

32
 「拒んでいるんじゃない、ただ気に食わないのさ」

白ジガルデの中、コアたちを繋ぐシナプスの精神世界。
白ジガルデはまさかの反逆者に驚愕した。

白ジガルデ
 「9体のコアジガルデは既に手中に収めている! 何故それを分かっていて再融合を拒む!?」

32
 「ハ……! 確かに多数決なら不利だね、そもそもクォーターを更に分割した私じゃ、どうにもならないんだろうけどね」

白ジガルデ
 「それが分かっていて何故!?」

32
 「……だけど、それとこれは別、そしてそれがアンタを必要以上に苦しめている」

白ジガルデ
 「なん……だと!?」

今白ジガルデの周囲には取り囲むように10体のジガルデコアがいた。
ジガルデたちも知る由はないが、これは神の十柱を表す円陣である。
そしてコア達は皆思い思いの表情で白ジガルデを見た。

白ジガルデ
 「お前たち!? その顔はなんだ!?」

32
 「コアジガルデは人格を有する、どのコアジガルデが主導権を握るかで、ジガルデとしての性質は大きく異なる……」

しかし32分の1の言、それはここにいる全てのコアジガルデに別々の意思や個性があるという証明でもあった。
そんな事はあり得ない、クオーターは歯ぎしりする。
全ては1個のジガルデから分裂したのがそもそもの始まりだ。

白ジガルデ
 「原初のジガルデ! 秩序の神へと戻ること、それは我々の悲願だったでしょう!?」

ジガルデ
 「……そうだろう、失われた半身を求め彷徨う……それはジガルデというポケモンの持つ性質だろう」

白ジガルデは自分と対比するように漆黒の姿のジガルデを見た。
11体目のコアジガルデであり、白の半身。
欲してやまない、記憶の大部分を有した存在。

白ジガルデ
 「お前か!? 64分の1!? お前が!?」

ジガルデ
 「違う……私は切欠だ、お前の本当の誤算は、お前が見もしなかった者たちだ」

その時、白ジガルデは漆黒のジガルデの後ろにある何かを幻視した。
それは夥しい数のミニオンたちだった。

白ジガルデ
 「そ、んな……馬鹿な!?」

コアジガルデと無数のジガルデセル達。
コアは人格であり、個体、性格、特性、あらゆるジガルデの中心である。
一方ミニオン達は肉であり、肉が主に反逆するなどあり得ない。
だが、白ジガルデはその現実を直視してしまう。

白ジガルデ
 「ミニオンが何故ぇぇぇ!?」

ジガルデ
 「最弱の存在が、最強を覆す……民主的じゃないか」

ジガルデは皮肉った。
白ジガルデの傲慢さ、力を持つ者の愚かさ。
そしてだからこそ有象無象の存在意義を無視し続けた。
ジガルデはゆっくりと円の中に歩み寄った。
32はそれを見て、薄っすらと笑う。

ジガルデ
 「さぁ、お望み通り融合だ」

今、白と黒のジガルデが溶け合うように混ざり合う。
そしてそれを追って10体のコアジガルデ達も融合をしていく。
その最後。

ミト
 「ジガルデ……これで私達はもう永遠に……」

最後に、ジガルデではない者。
ミト王女がその中へと飛び込んでいった。



***


白ジガルデ
 「ああああ!? 消える!? おのれぇぇ!? な、ならば……!」

白ジガルデは暴れまわった後、ギョロリと俺を見た。


 「なんか嫌な予感!?」

白ジガルデ
 「貴様を標にぃぃ!」

白ジガルデは黒い涙を流しながら這いながら俺に向かってくる!

ザシアン
 「う……く! こ、この人だけは!」

ザシアンは既に死に体なのに、白ジガルデを止めようとした。
それは誰の目に見ても無茶だった。


 「無茶だザシアン!」

ザシアン
 「わ、私の事は気にしないでください! それよりザマゼンタを!」

俺は血塗れで横たわるザマゼンダを見た。
意識不明の重体で、こっちはこっちで急がないとやばい。
俺はザシアンとザマゼンタを交互に見る。

白ジガルデ
 「おおおお!?」

ザシアン
 「く!? ジガルデェェェ!!」

ザシアンは白ジガルデの巨体を押し止める。
だが既に白ジガルデはザシアンを見ていなかった。
いや、気付いていないんだ。
既に白ジガルデは変質をきたしている。
恐らくジガルデ達が主導権を握りにいっているんだ。


 「やめろジガルデ! 無意味だ!!」

白ジガルデ
 「っ!?」

白ジガルデが静止した。
その瞬間、ジガルデの表皮が剥がれ、そこから小さなジガルデが外に出てくる。
それはジガルデミニオンだった。

ミニオン
 「茂様、脱出します……付いてきてください」


 「お、お前は!?」

ミニオン
 「私は、ヤイアであり、イロハであり、イクニであり、シクであり、またその他大勢のミニオンです」

ミニオンは無表情にそう説明すると白ジガルデの様子を見た。
白ジガルデはまだ止まっているが、それが何を意味しているか分からない。
だが、チャンスはチャンスだろう!
俺はそう思うと迷わずザマゼンタを背負った。


 「ザシアン付いてこい!」

ザシアン
 「っ!」

俺はザシアンに声掛けを行うと、ミニオンを追いかける。
ミニオンはやや足早に複雑なジガルデシティの中へと入っていった。

白ジガルデ
 「にが、さん……!」

しかし、白ジガルデは再び動き出した。


 「ちっくしょう!? なんでアイツ俺狙いなんだ!?」

ミニオン
 「白ジガルデはこの世界の脱出方法を求めています、世界を破る力と虚無虚空の世界に存在できる外殻を備えたリージョンシップはすでに完成しました。ですが肝心の地図がないのです」


 「それで俺が道標になるってか!?」

別の世界から渡ってきた俺は、それだけでそれ程魅力的なのだろう。
だが、ミニオンは更に言葉を続ける。

ミニオン
 「ですが逆に言えば、茂様は道を逆走すれば、この世界から脱出できます」


 「それはいいが! お前たちやあの這いずりジガルデはどうすんだ!?」

白ジガルデは今も遅々としてだが、追いかけてきている。
正に蛇の執念ってか!?

ミニオン
 「実は……この世界はすでに限界を越えているんです」


 「なに?」

ミニオン
 「神の寵愛を失ったこの世界は虚無に飲まれる中、神の肉体を持つジガルデの膜で覆うことで維持してきました、ですが白ジガルデがこの世界を脱出すると、この世界は均衡を保てず虚無は雪崩込みます」


 「ちょ!? それってザシアン達は見殺しってことかよ!?」

ミニオン
 「もとより白ジガルデは、このリージョンシップを持って数多の世界を侵略するつもりでした」


 「はぁ!?」

衝撃的な事実だなおい!?
それだと、絶対にここで食い止めないといけないだろ!?

ミニオン
 「ですが……そっちは多分大丈夫です」


 「どうして?」

ミニオン
 「白ジガルデは新たなジガルデに変質しつつあります、白ジガルデの野望は時間の問題です」

ミニオンは後ろを振り返った。
白ジガルデは真っ黒な目でこちらを除き、怨嗟の呻き声を上げているようだ。

ミニオン
 「この部屋です!」

今リージョンシップの中心へとやってきた俺達はある一室に飛び込む。
中に巨大な真空管のようなシリンダーがあった。


 「これは?」

ミニオン
 「空間転移装置の中心です、茂様はこちらに」

ミニオンは無数のケーブルに繋がれた計器を両手に持つと、俺を招き寄せた。

ミニオン
 「ジガルデを貴方の世界に送った方法と同じ方法を用います」


 「それで帰れるのか?」

ミニオン
 「恐らく」


 「よし、兎に角脱出だ! 準備はいいかザシアン! ザシアン?」

俺はドタバタする中、ザシアンに気が付かなかった。
ザシアンは部屋の中にいなかったのだ。



ザシアン
 『私は時間を稼ぐ……奴が入ってきたら問題だろう?』

ザシアンは扉の向こうにいた。
白ジガルデを足止めする気だ。


 「っ!? どれ位で終わる!?」

ミニオン
 「10分……いえ、5分以内には」

ミニオンは大忙しで用意を進めた。
俺は無数のケーブルに繋がれた装置を全身に装備させられた。
背中に背負うザマゼンタの事もある、急がないと……!



***



ザシアン
 (ふ……私はこんな所で何やっているんでしょうね)

本来ならば絶対に相容れないジガルデ族の街の中。
いや、本当の姿は船だそうだ。
そんな風には外観からは見えないが、得体も知れなさはいかにもジガルデ族らしい。

ザシアン
 「ここは通しません……!」

私は剣の柄を精一杯の力で握り込んだ。
そうしなけれ落としてしまいそうだからだ。

白ジガルデ
 「おおおお……」

白いジガルデはその巨体を蠢かせながらゆっくりと這いずってきていた。
目も機能しているようには見えないが、しかし正確にこちらに向かってきている。
いや、シゲルを狙っているのか。

ザシアン
 (私の力なんて微微たるもの……それでも!)

白ジガルデ
 「ああ、あ……!」

ザシアン
 「やああ!」

私は大きく振りかぶった。
白ジガルデの背中に錆びた剣を叩きつける!

白ジガルデ
 「あ、お、あ」

しかし、白ジガルデは意に返さない!
ダメージがあるのかないのかさえ分からない。
だが白ジガルデが無造作に振った腕に私は弾き飛ばされた!

ザシアン
 「かはっ!?」

口から血が吐き出された。
痛みが再び全身に悲鳴をあげさせる。
だが、倒れない……後ろにはシゲルと弟がいる!

ザシアン
 「と、通しません……!」

私は意識を朦朧とさせながらも、決して剣は捨てなかった。
白ジガルデは私を介さない、いまや私は路傍の石なのだろう。
だが、せめて足止めはする。
これは私の最後の意地だ。

ザシアン
 (ジガルデ……お前に、私は……勝ちたかった)

ゴゴゴゴゴ!

船が大きく振動しだした。
なにかが、動き始めている。



***




 「準備ができたのか!?」

突然空間が揺れるような感覚に囚われた。
この感覚は今次元が開こうとしている気配だった。


 「ザシアン! 行くぞ! お前もこい!!」

俺は外にいるザシアンに叫んだ。
だが、ドアは開かれない。
俺は直ぐにドアに駆け寄った。


 「ザシアン!? どうした!?」

ザシアン
 「これで、良いんです……」


 「お前!?」

ザシアン
 「クッキー……美味しかったです、ありがとう」

ミニオン
 「時空間変動! 次元の扉開きます!」


 「待て!? まだ……!?」

時空が歪んだ。
その瞬間、全てが消し飛んだ。
ミニオンもザシアンも、船も。



***



ザシアン
 (ああ、消える……私も、結局あなたは越えられなかったわね)

今振動は最高潮になり、空間が真っ白に変色しだした。
白ジガルデは目の前だ。
もはや抵抗する力もなかった。

ザシアン
 (私は何を守れたろう……信じられる物はあったか? もし次が許されるなら、次は自分の信じる道を……)

私は、ゆっくりと目を閉じた。
それで……終わりだった。
時空の扉が開き、そして世界の均衡が崩れ去った。
黒が……虚無がなだれ込む。

白ジガルデ
 「お……あ、し、げ、る」



***




 「っ!? はぁ、はぁ!?」

次元に穴が開いた時、俺は抗えなかった。
ただ気持ち悪かった。
まるで何度も休みなくジェットコースターに乗せられたかのような気持ち悪さであり、吐きそうになる。
しかし、誰かが俺の肩を優しく叩いた。


 「あ、かね……?」

茜だった。
気がつけば小さな公園に立っていて、俺の妻の茜は優しく微笑んでいた。


 「お帰りなさい……ご主人様」


 「俺……帰ってきて?」

俺は周囲を伺った。
俺の周囲にはミニオンもザシアンもいない。
だが、俺の背中には静かに息をするザマゼンタだけがいた。


 「ご主人様……何があったかは聞かない、でも……ここには私がいる、私が貴方を支えます」

茜はそう言うと優しく抱擁をしてくれた。
俺は自然と涙を流してしまう。


 「本当に、あれで良かったのかな?」


 「貴方は神じゃない、ただのお節介さん、そして私の最愛の人」


 「俺も、茜を愛してる……でも」

ザシアンを救えなかった。
本来なら、俺を助ける義理なんて彼女にはなかったのに。
ただ一枚のクッキーで、なんて……。


 「ジガルデ……お前は?」

俺は空を見上げた。
冬の寒空は晴天だった。
時空の先、そこにはジガルデの世界があるはずだ。



***



そこは暗黒空間だった。
何者の存在も許さない虚無の空間。
虚無の間には数多の神が愛する世界が佇んでいるだろう。
だが、まだ眠る彼女はそれを知覚できない。

白いジガルデ、それはクォーターに似ているが、クオーターではない。
64分の1に加え、半数のコアジガルデ、そして大多数のミニオンに反逆されたクオーターは遂に敗北した。
しかし主導権を握った64分の1が選んだのは、誰も主導権を握らないという選択だった。
その結果、全てのジガルデの意思は混ざり合い、そこにいたのはかつて秩序の神と呼ばれた存在と同質の肉体を持つ、新たなジガルデだ。

その姿はミト王女にも似ていて、まるで大人へと成長したミトのようだった。
今は胎児のように丸まり、下半身はクオーターのように蛇のようで、自らの身体を巻いている。

この名もなき新たなジガルデは奇跡の結晶だ。
だが、世界を混沌に落とす者になるか、秩序の守護者として無慈悲な刃を振り下ろす者になるかは今は分からない。
それは誰でもない、今ここから新たなパーソナリティを獲得しなければならないのだから。

ジガルデ
 「わたしは……ジ、ガ、ル、デ」

やがて、ゆっくりと目を開いた彼女に光が差し込んだ。
その優しき双眸が捉えたものは……。



突然始まるポケモン娘外伝
終わりの色、始まりの色 完


■筆者メッセージ
執筆日2020年1月2日、本来は2019年の締めとして構想した作品。
突ポ娘外伝も佳境という時期に同時進行で描いたため、遅れる形になってしまいました。
本作はそのため、かなり特別仕様となっており、かなり長くなってしまいました。
ジガルデの物語は、様々なキャラが彩り、そして終わりの色は始まりの色を迎える事が出来ました。
ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。
KaZuKiNa ( 2021/01/02(土) 13:05 )