突ポ娘短編作品集


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短編集
終わりの色、始まりの色 前編

カツン、カツン。
大理石の廊下を歩く音が静かな世界に響いた。
そこには誰もいない、誰も存在しない、まるで全てが終わった後のように静かなのだ。

では、足音はなんだ?
足音の主は……その身を有機的な漆黒の鎧に身を包んだ女性は、ただゆっくりと歩みを進める。
鎧の女性の顔は見えない。
まるで全てを拒絶するかのような表情を見せる甲冑は、彼女の意思を映さない。
だが、波打つように蠢く有機的な鎧からは、何か決意のような物が滲み出ていた。

彼女が歩んだ先は行き止まりだった。
それはまるで彼女の運命を暗示するかのように。



突然始まるポケモン娘シリーズ外伝
終わりの色、始まりの色



私はエムリットと呼ばれるポケモンだ。
私は40年前の記憶が無いこの街で必要な仕事をしている。

エムリット
 「キング・ゴルーグ! ショータイム!」

デデン♪
ザキン、ザキン、ザ、キングゴルーグ♪
ザキン、ザキン、ザ、キングゴルーグ♪



***




 「……で、これが今の茜のオススメな訳?」

いきなりなんだって思われるかも知れないがすまん、俺もよく分からないんだ。
俺の名は常葉茂、家族を養う為にこの家に必要な仕事をしている者だ。
うん、さっきのね、俺の妻、常葉茜っていうロリっ娘イーブイ娘が持ってきたアニメ作品なんだ。
なんでも最近ハマッているらしく、録画して貯めたらしい。


 「主人公はね、魔法少女なの、そして毎話巨大なメガポケモンが現れて、それに立ち向かうのがキングゴルーグなの」

保美香
 「饒舌ですわね……それではだんな様も困ってしまいますわ」

そう言ってキッチンでお茶を入れているのは保美香と呼ばれるウツロイドのPKMだった。
うん、ごめんな、PKMって何? てなるよね。
PKMっていうのは、この世界に現れたポケモンと人間の中間みたいな種族の事なんだ。
ていうか、一応外伝なんだから、細かいことは突然始まるポケモン娘と歴史改変する物語編読んでね!


 「これ面白いんだよ? 主人公の相棒になるアグノムがミステリアスで、ライバルはユクシーなんだけど、実はすごい秘密があったりして」


 「分かった、分かったから!」

というか、さっきから微妙に馴染みのある名前が出てくるな。
アグノムってウチには里奈がいるでしょうに。
あ、里奈ってのは養子でな、アグノムのPKMなんだが。

永遠
 「ふわ〜! おはよう〜」


 「おっと、遅起きだな、永遠!」

日曜日の朝、やや遅くディアルガのPKM永遠が起床した。
永遠は最後だ、大体好きなだけ寝ている奴だが、今日は特に遅かったな。

永遠
 「なーんかねー夢見てた」


 「夢?」

永遠はまだぼんやりしているのか、目を細めながらゆっくりとキッチンに向かった。

保美香
 「もう皆食べ終えた後ですが、よかったらどうぞ」

永遠
 「ありがと♪」

保美香は小皿を差し出して、永遠は有り難く朝食を頂く。
それにしても駄女神様の見る夢、ねぇ?


 「夢ってどんな夢なんだ?」

永遠
 「うーんなんていうのかねー? 世界が真っ黒に染まるの………どんなに逃げても黒が追いかけてきて、いつかは捕まっちゃう、そんな怖い夢……」


 「怖い夢、か」

永遠
 「えーん、だから今日は一緒に寝てー!」

永遠はそういうと態とらしく甘えてくる。
この駄女神様の駄女神様たる所以がこういう世俗的な所だよな。
まぁ神は死んだ、そう言っても良さそうな神々の王がこうしているんだから、永遠が神様でいる必要はないんだが。


 「……」


 「茜?」

気がつくと、茜が押し黙ったまま、自分の席に座った。
保美香は何も言わず熱いお茶を差し出す。
茜はボソッと言葉を零した。


 「世界の限界……?」


 「え?」

茜はそんな言葉を呟くと、熱々のお茶を口にして。


 「っ!?!?」

思わず尻尾を逆立て、顔を真っ赤にして涙した。
我妻ながら、普段はおっとりしているくせに、時々抜けてらっしゃる。
俄には信じられないだろうが、熱々のお茶で口を火傷する世界の造物主なんて、茜くらいだろうな。

保美香
 「あらあら、気をつけませんと!」


 「ご、ごめんなさい……」

茜は熱いお茶に息を吹きかけ温度を冷ますと一気に呑んだ。
そして席を立つと。


 「ちょっと出かけてきます」


 「一人でか?」

茜はコクリと頷いた。
こういう時、茜って何かあるんだよな〜。
とはいえ付き合いもあるし、何でもかんでも俺が突っ込むのは野暮だしな。


 「行ってきます」

保美香
 「お昼までには帰ってらっしゃい」

バタン、そう音を立てて茜は家を出ていった。

永遠
 「案外愛想が尽きて出ていったのかも」


 「冗談にならねぇから止めろ!」

俺、茜に見捨てられたらどうしようもない駄目男だぞ!?
そんな自分想像したくねぇ!

保美香
 「フフフ! 心配せずともどんなだんな様であってもわたくし誠心誠意ご奉仕させていただきますわっ!」

妄想力豊かな保美香は既に茜が出ていく事を前提に推し進めているようだ。
まぁ茜がいなくなったら間違いなく保美香に靡くだろうな、俺ってダメ人間。


 「だーもう! 俺は絶対茜を離さんぞー!」

保美香
 「まぁそれでこそだんな様ですわね」

永遠
 「ゾッコンよねぇ、こちとらハーレムでも良いっていうのに」


 「それ、絶対揉めるし、里奈が困るから!」

里奈の母親は一応戸籍上は茜となっている。
ハーレムになると、その辺ややこしくなるから駄目だ。

永遠
 「まぁ〜、茜様も色々溜まってるんでしょ? 例えば茂くんが早漏とか〜」

保美香
 「夜の相性って、離婚理由になるって聞きましたわよ?」


 「下の話はやめぇい!」

どうしてこの二人は何かと生々しい話ばっかり振って来るんでしょうか!?
これなら、茜のアニメ談義のほうがよっぽどマシじゃないか!?


 (はっ!? まさか茜の趣味についていけなくなった俺は既に用済み!?)

まさかと考えてしまうが、結構した夫婦って趣味が同じだと続きやすいって聞くし、俺茜の趣味なんも分からねぇ……。
アニメの話とかされても昔のアニメしか分からねぇよ……。

保美香
 「永遠、だんな様を追い詰めすぎですわよ」

永遠
 「わ、私の性!? もう! 分かったわよ! ちょっと茜様着けてみるから! どうせ茜様だって茂君にゾッコンでしょうよ!?」

永遠はそう言うと、指をパチンと弾き、その場から消えた。

保美香
 「わたくしも永遠と同意見ですわね、茜に限ってだんな様を捨てる訳がありませんわ」

そう言って、頭を抱える俺に保美香はお茶を出すのだった。
うん、駄目だね……憂鬱になると根がネガティブ思考だからさ。



***



永遠
 「さってと」

時間を操作して、外に出た私は早速茜様を探した。
空から茜を探すと、直ぐに見つかる。

永遠
 (一見間の抜けた小娘だけど、中身はマジモンの王だからね、尾行は慎重にしないと)

私はそう思うと、ゆっくりと音もなく茜の少し後ろに着地した。
茜は無言でただ歩く。

永遠
 (散歩? いえ、ルートが違うわね)

茜はゲームセンターに立ち寄るため、街に向かう散歩コースがある。
普段暇なのだろうが、一見すると中学生位の少女がレトロ格ゲーやってるんだから、人目も集めやすい。
だが、今回は歓楽街に向かうコースじゃないわね。
別の住宅街を目指すコースであり、私は時間を加速させて、茜の目的地を探る。


 「……」

やがて、茜はある公園で立ち止まった。
私は看板を見ると『ダイヤモンド小公園』とある。
小公園というだけあって、本当に小さな公園ね。
ていうか、遊具一つありやしない! これ存在意味あるの?

永遠
 「一体なんの用が……は!? まさか浮気現場!?」


 「そんなの無いから、それとバレバレ」

突然茜様はいつも能面っぷりで顔を近づけていた。
うは……流石、時空神でさえ、この人の前では子供か。

永遠
 「……ここなんですか? ダイヤモンドって名乗る割にはショボいし」


 「一応プライドあるんだね」


 「クスクス♪ むしろその子はプライドばかり大きくて」

突然、公園の中に白い仕立ての良いスーツにシルクハットを被った女性が顕現した。
その姿は大変見覚えがあり、私はアチャーと頭を抱えてしまう。

永遠
 「チェーンソーでバラバラにしたい」


 「一応お母さんでしょう?」

そう、母親だ。
血縁的には母親であるが、私の記憶にはこの女に母親らしい姿など欠片もない。
むしろ私達を都合の良い道具として扱い、ギラティナやパルキアにしたことを私は忘れない。

永遠
 「アルセウス……! アンタには顔も合わしたくなかったわ!」

アルセウス
 「やれやれ……相変わらずですか」

私とアルセウスはきっと水と油だ。
絶対に分かりあえない、少なくとも私は分かりたくもない。


 「永遠がいるなら都合もいいわ、育美、貴方にも相談したい」

育美、アルセウスの人間としての名前は若葉育美と言う。
隣町でひっそりと暮らしている事は知っていた。

育美
 「お呼びが掛かった事は驚きでしたが、何でしょうか?」

永遠
 「私も関係あるの?」

茜はコクリと小さく頷いた。
もしかして私が見た夢と関係あるの?


 「世界の限界……育美はどう思う?」

育美
 「少なくとも10年や20年ではないですね」

世界の限界?
そういえば、家でも茜が呟いていたっけ。


 「でも、本来はもう通り過ぎてる……」

茜が世界に設定した寿命、それは殊の外短かった筈だ。
事実私は茂君を利用して、その終焉を何度も見ながら改変を繰り返してきた。
茜自身ずっと延命措置を繰り返してきたが、それでも伸ばせたのは何時間だったのか。

永遠
 「……私に見えている未来のラインは少なくとも100年以上は大丈夫よ?」

私は時の神様だから、世界の始まりから終わりまで見える。
欠点はパラレルワールドは観測出来ないし、世界線を改変されると、私の未来視は無意味となってしまう。
そして茂君と一緒に走り抜けた世界線は、そうやって私が観測出来る、観測限界を元に走ったのだ。


 「……永遠、世界の終わりはどんなものだと思う?」

永遠
 「世界が真っ白に染まる……」

そう、何度も見てきた。
まるで砂で出来た城を崩すように、光の粒子に全ての存在が還元され、真っ白な終わりが訪れる。
だが、茜様は首を振った。


 「不正解、それは私が仕掛けたセーフティに過ぎない」

永遠
 「セーフティ?」

育美
 「世界の根源は黒だそうですよ」

育美が補足した。
黒……そういえば私が見た夢は黒だった。
それじゃアレが本当の終わり?
あんな恐ろしくて悍ましい物が?

永遠
 「ねぇ? どういうこと? セーフティって」

私は自分の身体を押さえ、震え上がった。
茜様はゆっくりと語りだす。


 「世界って不安定なの、常に多くの世界が想像され、そして泡沫のように消えていく……世界は根源的黒の上に生み出していくの……黒はね、世界を侵食するのよ」

永遠
 「それが……世界の寿命?」


 「そう、黒は全て同化を果たし、放っておけば、全てが無くなってしまうわ」

それこそが虚無……!
じゃあ茜様の施したセーフティって?


 「世界を白く染め上げるってね、黒に侵食されないように護ってるの、そうすれば誰かが再利用できるから」

茜は世界を劇場で、私達をキャストだと例えた事があった。
じゃあ真っ白な世界は逆に言えばキャンパスであり、神々の王のような存在が、自分の好きなように描くために?


 「私は徹底した、必ず世界の終わりには、神さえも例外なく白へと還元してきた……でも、胸騒ぎがするの」

育美
 「胸騒ぎとは……?」

茜様の胸騒ぎ、茜様は世界を創造した造物主であり、世界を劇場に例え、自分を監督であり脚本家と言う。
私達神は舞台装置だ、本来はその世界の物語が終われば、舞台装置は意味を無くす。
世界は劇場であり、茜様はただ怠惰な脚本家として、物語を曖昧に描いている。


 「もし、過去の劇場に何らかの不備があったならば……」

育美
 「黒がこの世界にまで押し寄せる?」

永遠
 「馬っ鹿じゃないの!? 私はそんな未来観測してない! 杞憂よ! 育美だって茜の本質は理解しているでしょう」

育美
 「……」

育美はシルクハットの鍔を掴むと、黙考してしまう。
考えるまでもなく、茜様の本質は、砂場の王様だ。
どれだけ精巧に世界を作り上げて、次の日にはそれを崩してしまう存在。
こんな小娘の姿になっても、自らキャストになって、恋を楽しんでも、最後にはこの世界を消すのも茜の仕事だ。
それは冷酷であり、無慈悲であり、そして完璧だ。
神々の王はしばしば機械的でさえあるその姿を神々に晒していた。
正直に言えば、今の茜様を見て、あの機械みたいな王の中にこんな初々しい物が潜んでいたというのが驚きだが、それでも彼女は最後の責任を取らなければならない。

育美
 「そう、ですね……永遠の言う通り、貴方様の働きは完璧ですよ、でなければこんな長くは続きません」


 「そう、だといいけど」

茜様は曖昧に頷いた。
この世界に神は居なくなった。
必要が無くなったというのが正解だけど、それでも一人だけ超常の存在は必要であった。
それが茜様であり、最後に天使となり、世界を白に染め上げるのだ。


 「うん……ごめんね、こんな事に時間を使っちゃって」

育美
 「きっとナーバスになっているんですよ、お腹に赤ちゃんを抱えているんですから」

茜様は頬を染めると小さく頷いた。

永遠
 「そう言えばアンタ子供……」

思い出したが、私には弟がいる。
というか出来てしまったというか、異父兄弟なのだが。

育美
 「ふふ、あの子は今月代さんに………おっと」

育美は慌てて口を詰むんだ。
フゥン、すごく態とらしい仕草だけど、一応付き合いあるんだ。

永遠
 「弟が出来たって、私すごい複雑だけど、子供に罪はないからね……でもちゃんと大切にしなさいよ!?」


 「ふふ、永遠はいい母親になれるよ、きっと」

茜様はそう言うと優しく 主婦の目で微笑んだ。
うぅ、神様の言う事だから一応当たっているんだろうけど、そういう事言われると恥ずかしい……。


 「さて、一緒に帰ろうか永遠?」

永遠
 「……りょーかい」

茜様の杞憂も吹き飛んだのか、すっかりいつもの茜様に戻ったわね。
とりあえず茂君にいい報告が出来そうで良かった。
私達は踵を返して、家路に帰ろうとする。
だが、公園を出ようとした時。

ドドドドド!


 「っ!?」

永遠
 「地震!? いや、時空振動!?」

育美
 「これは!?」

時空振動、普通ならありえない現象だ。
特にこの世界なら普通あり得ない。
時空振動は異なる世界からの干渉だ。
だが、普通異なる世界からの干渉は時空の渦となって顕現する。
言ってみれば時空振動は、渦を作らない荒っぽい干渉方法だ。
そして、そんな馬鹿げた事が出来るのは神々クラスよ!?

時空振動は数秒間、世界を揺らした。
私達は身動ぐと、目の前に異変は起きた。

永遠
 「な、なに?」

突然目の前に漆黒の鎧を着た騎士風情の存在が顕現した。
世界を無理やりこじ開けて、入ってきた異世界人だ。
漆黒の鎧の表面は有機的に蠢いており、明らかに違う文明の臭いがする。

育美
 「茜様、後ろに」

永遠
 「アンタ何者!?」

漆黒の騎士
 「……先ずは謝罪しよう、貴様を傷つける事を!」

突然、漆黒の騎士の見えない兜の奥から聞こえたのは女性の声だった。
女性は有機的に蠢く黒と碧の剣を取り出すと、私に切りかかってくる!

永遠
 「っ!?」

私は時間を弄り、漆黒の騎士の後ろを取った。
何が先に謝罪するよ!?

永遠
 「通り魔なら容赦しないわよ!?」

私は漆黒の騎士の背中に蹴りを放つ!
だが、漆黒の騎士に蹴りは当たらなかった。
私の蹴りが漆黒の騎士をすり抜ける!?

育美
 「これは!?」

漆黒の騎士
 「ほお、これは運が良い! 神々の王へと最短で至れそうだ!」


 「っ!?」

永遠
 「なんでその名を……ぐっ!?」

突然、剣が投網に変化すると、私は網に捕らえられてしまう。

漆黒の騎士
 「察するに、時間能力者だろう? これならば対処できる」

永遠
 「くそう! アンタ何者よ!? 茜様なんの用がある訳!?」

私は網に抵抗しながらジタバタする。
私も察したが、コイツの武器、生きてるわね。
無機物っぽく見えて有機物。
時折碧の発光が見えて、コイツの特異性が見えてくる。
とりあえず絶体絶命だ。

漆黒の騎士
 「茜様……だと? 貴様神々の一柱か?」

育美
 「元、ですよ……今代に神はいません。空席です」

漆黒の騎士
 「なに? 貴様は……?」

育美はシルクハットを深めに被ると、優雅に会釈した。
神々の座長アルセウス、単体でも創造する能力を有する神々のナンバー2は漆黒の騎士に芝居がかった動きを見せる。

育美
 「私は若葉育美、そして此方が貴方の求める神々の王」

そう言って、育美は茜を紹介した。
それに狼狽したのは漆黒の騎士の方だ。

漆黒の騎士
 「な!? ふ、ふざけるな!? 王が玉座から降りてくるなど!?」


 「図に乗るな」

漆黒の騎士
 「っ!?」

茜様のプレッシャーが漆黒の騎士を襲った。
いや、それは存在格のレベルが違いすぎて、私までもピリピリするものだった。
茜としてではなく、神々の王として放ったアトモスフィアは漆黒の騎士の膝を折るには充分だった。

漆黒の騎士
 「ほ、本当に……王が、こんな小娘に?」

膝から倒れ、両手を地面に付けた漆黒の騎士は顔を上げられなかった。
きっと恐怖に襲われ、必死に抵抗しているのだろう。
誰だってこれだけ存在格が違えば恐ろしい。
普段こそ抑えているが、これこそが王なのだ。


 「お前、ジガルデか?」

漆黒の騎士
 「は……! 神々の座長、ジガルデでございます」

永遠
 (神々の座長!? それって育美じゃ!?)

私は思わず育美を見た。
育美はクスリと笑っている。
私は訳がわからなかった。
育美も神々の座長だけど、このジガルデって奴も神々の座長!?

育美
 「何代か前、と察しますが」


 「私の記憶が確かならば、最後にジガルデを座長任命したのは4代前ね」

永遠
 (え!? それじゃこいつ過去の世界から来たってこと!?)

茜様の言が確かならば、育美はコイツの後輩になる。
て、有り得んでしょう!?
どう考えても座長としてのキャラ違うし!?


 「その方、この世界に侵入し、あまつさえこの狼藉、その目的は?」

茜様は冷酷にジガルデを見下した。
ジガルデは震えていた。
茜様を怒らせる、それは確実な死とも呼べる。
それだけの狼藉をしてまで、ジガルデの目的は?

ジガルデ
 「……ください」

永遠
 「え?」

ジガルデの全身は震えていた。
だが確固たる意思は、恐怖を跳ね除け、拳を握り締め、その場で土下座した。

ジガルデ
 「私の世界を助けてください!!」


 「……」



***




 「……それで、連れて来たと?」

ジガルデ
 「……」


 「ん、詳しい事情を聞かせて」

突然茜が永遠と一緒に帰ってきたかと思うと、見知らぬ女性を連れて来た。
漆黒の有機的な全身鎧を来た女性はジガルデのようだ。
ジガルデと考えると、鎧は実際にはジガルデ・セルをそのように結合させているだけと考えられる。
そう言う意味ではジガルデって胸を盛りたい放題だな!
まぁ結局偽乳なんだが!

なんて、邪な事を考えるが、どう見てもこの女性なんか雰囲気が重たいんだよな。
いかにもクッ殺が似合いそうな女騎士なのに。

保美香
 「どうぞ、粗茶ですが」

保美香は突然の来客にも関わらず、いつものように応対していた。
なんていうか、保美香も肝が座ってるよな。
あからさまに怪しい相手だってのに。

ジガルデ
 「……どうも」

ジガルデは保美香に頭を下げると、コップを手に取った。
しかし、なんでこの人フルアーマーなんだ?
それこそファンタジー系のRPGゲームで大ボスとかやってそうな格好だが。

ジガルデ
 「……なにか?」


 「おっと」

俺がしげしげ見ているのに気付いたのか、ジガルデは振り返った。


 「いや、どうやって飲むのかなって」

ジガルデ
 「……そうか、そうだったな」

ジガルデはそう言うと、顔の部分の装甲がパカっと観音開きにスライドした。
俺は一瞬それ自体が顔なんかじゃないかと思ったが、意外と見目麗しい女の顔が姿を見せた。
まぁそれでも凛々しく、ボーイッシュにも思える。
茶色い髪、エメラルドの瞳は共に美しい。

ジガルデ
 「ずず……」


 「ん、暖まる」

ジガルデと一緒に茜も熱いお茶を啜ると、茜はジガルデを見た。
ジガルデはそれだけで萎縮し、顔を強張らせる。
一体全体俺にはよく分からんのだが、これから何が起きるんだ?


 「……で、助けるって?」

ジガルデ
 「……っ!」

ジガルデはガタガタと震えていた。
一体何を恐れているのか、俺の知らない茜って奴なのか。
俺は頭の中で逡巡した末、結局彼女、ジガルデの肩を叩いた。


 「落ち着けよ、先ずは深呼吸」

ジガルデ
 「え? あ……」

ジガルデは驚いたように俺に振り返った。
茜の姿は少なくとも俺目線では変わらない。
神々の王だったか……まぁ訳のわからない存在だってのは俺も漠然と分かっているが、それでも俺は常葉茜という女の事はよく知っているつもりだ。


 「茜はアンタを責めちゃいないだろう? とりあえず訳を話せよ?」


 「……」

茜は何も言わない。
まぁ、ちと茜にしてはピリピリしているって感じか。


 「茜」


 「ご主人様? ふぁ!? ふぁにするににょ!?」

俺は茜を振り向かせると、その小さな口に指を突っ込み、無理やり口角を上げさせた。


 「やっぱりなー、茜も無愛想っつーか、もう少し笑ってみろよ? 折角こんなに可愛いんだからさ」

俺は指を引っこ抜くと、茜は涙目で頬を擦った。
うむ、そういう顔も可愛いのだが、個人的にはもっと笑って欲しいものだ。


 「むきゅ〜……」

ジガルデ
 「……」(唖然)

保美香
 「あらあら、お客様が困ってますわよ? 所でだんな様、次はわたくしですよね!? お口ジュポジュポしてくださるんですよね!?」


 「三密を避けるため、半径20メートルから離れてください」

保美香
 「ガッデム!? 嫌われた!?」

俺は欲求不満で危険な保美香を避けると、ジガルデを促した。
ジガルデはまだ動転している様子だが、緊張している様子はない。


 「ほら、茜も大丈夫だからさ」

ジガルデ
 「……っ、お願いします、私の世界を助けてください」


 「それ、公園でも聞いたね」


 「世界を救ってくれって、どういう事だ?」

ジガルデ
 「それは……」


 「私が説明する。彼女の世界は既に滅びた後、本来なら彼女も既に存在しない、だけどイレギュラーが起きた」

ジガルデ
 「私は生き残ったのです……神々の王の浄化を逃れ、世界は滅びなかったのです……ですが」


 「黒が侵食している?」

ジガルデは深刻そうな顔でコクリと頷いた。
黒が侵食する?
そう言えば、永遠が見たっていう夢も、近い印象だったな。
茜はお茶をゆっくりと飲むと、目を閉じ黙考した。
ジガルデは顔を俯かせ、ただ祈るように膝に手を乗せて両手を握り締めた。


 「……私には無理ね」

ジガルデ
 「!? 王、何故ですか!?」


 「理由は単純、イレギュラーを一つ見逃せば、それだけで全てが崩壊する、故に私がその尻ぬぐいをする事はあり得ない」


 「茜……」

俺はそうやって辛辣に跳ね除ける茜がらしくないと思った。
神々の王ってのが、どれだけの重責なのか、俺には推し量れない。
神様が世界を運営するって、どれだけストレスの溜まる事だろうか?


 「ご主人様、冷たいって思うかもしれないけど、これはそんな簡単な事ではないの」

ジガルデ
 「ど、どうしても……ですか?」


 「何故今更なの? 貴方が私を裏切ったこと、私は忘れない……」

ジガルデ
 「っ!?」


 「裏切った? どういう事だ?」

ジガルデは顔を青くした。
一方で茜は悲しい顔をする。


 「ジガルデ、神々の王として貴方に出来るのは、この地にその骨を埋めなさい……今更貴方の罪は問いません」

ジガルデ
 「う……く!?」

ジガルデは泣いていた。
ただ震えて、泣くしかなかった。



***



永遠
 「……どうするの? 要するにアイツって反逆者でしょ?」

育美
 「そうですねぇ」

私は家には帰らず、マンションのすぐ近くで育美と事の成り行きを見守っていた。
ジガルデ、過去の神々の座長。
だけど、過去なんてあり得ない、神々の王は世界を2つは創らない。
ジガルデの世界は、その物語は既に終わっているのだ。
だけども、彼女が存在している、それは由々しき事態だ。
神々の王が描いた脚本から外れた存在がどれだけ危険なのか。

育美
 「まぁ、永遠もその点で言えば反逆者ですしね」

永遠
 「ちょ!? それ今言う!?」

育美はシルクハットを手で回しながら、クスクス笑った。
まさか今更神堕ちの件を蒸し返されるとは思わなかったわ。
あれは茜様が無かった事にしたんだから、罪状なんてないでしょうよ!?


 「だが、危険だ」

私は咄嗟に後ろを振り返った。
Yのシルエットをした赤黒の女性が降り立ったのだ。

育美
 「来ましたか……イベルタル」

永遠
 「死の神……イベルタル!?」

神々の中でも、殺し屋として異端者狩りに特化した神イベルタルは冷酷な青い瞳でマンションを……いや、そこにいる異端者の命を視た。
こいつがここに現れたって事は……!

イベルタル
 「やるか?」

育美
 「さて」

育美はシルクハットを被り直すと、そうやってはぐらかした。
イベルタルはただ冷酷なマシーンのような表情で育美を見る。

育美
 「貴方に出来ますか?」

イベルタル
 「さぁな、だが出来る出来ないじゃない、やれと言われれば、例え負けるとわかっててもやる、それだけだ」

恐るべき矜持ね。
あいつは元神々の座長、単純な戦闘力だと私でも敵わない。
育美と同レベル、いや戦闘力だけなら上回っているかもしれない相手だ。
だがイベルタルは鉄砲玉になる覚悟が出来ている。
イベルタルは死の神と恐れられるが、彼女の中にある徹底された正義によってそれは執行されるのだろう。

育美
 「……確かにジガルデは危険だ、ですが、そのために貴方を失うのは損ですね」

イベルタル
 「今更損得勘定か? はっきり言え、私の命なんて安い、この世界に比べればな」

永遠
 「イベルタル……アンタ」

育美
 「必要ありませんよ、第一命の価値に安いとか高いとかありませんから、それに……あ」

全員がマンションに注目した。
漆黒の騎士が部屋から出てきたのだ。
漆黒の騎士……ジガルデは意気消沈した姿でトボトボ歩くと、突然空へと飛び出した!

育美
 「……!」

永遠
 「消え!? あ、育美!?」

突然育美も神速で消えてしまう。
置いてけぼりを食らった私は仕方なくイベルタルを見るが。

イベルタル
 「何故だ……どんな些細な事でも、この世界の毒は除くべきではないのか……?」

永遠
 「私が言うのもなんだけどさ? アンタもう少し頭柔らかくしたら?」

イベルタルは冷酷な女だ。
だが、それはどちらかと言うと不器用さに起因する。
神々の殺し屋として生きてきた人生は、逆に言えば王への忠誠の証でもあった筈だ。
だが、茜様はすでに宣言している。

永遠
 「アンタ、もう神でも殺し屋でもないんだから、そんな重たく考えたって仕方ないわよ」

イベルタル
 「……どうなっても知らんからな」

イベルタルはそう言うと飛び立った。
ていうか、今更だけど。

永遠
 「アンタ! 日本の空は自由に飛べないわよ!? 理解してるの!? ちょっと!?」

イベルタルは法律なぞ知るかと言わんばかりに飛び去ってしまった。
あとで捕まっても知らないんだからね!?
まぁどうせ捕まえようとしても強行突破するんだろうけどさ!?

永遠
 「もう! 育美ったら何処に行ったのよ!?」

私はイベルタルは忘れ、育美を探すが既に見当たらない。



***



育美
 「お待ちなさいな、お嬢さん」

私はジガルデが動くの見ると直ぐに追いかけた。
幸い理解の出来ない程の化け物という訳ではないようで幸いだった。
漆黒の鎧に身を包んだジガルデはすっかり意気消沈して後ろを振り返った。

ジガルデ
 「お前は……若葉育美だったか?」

育美
 「ええ、元神々の座長、創生のアルセウス……しかしその正体はただの主婦です♪」

ジガルデ
 「ふ……巫山戯た女だ、私のいた世界の神々とはまるで違う」

ジガルデはそう言うと苦笑した。
うーむ、どうやら相当お硬いお人のようですね。

ジガルデ
 「特に色が気に入らん、全身白で染めるなど」

育美
 「おや、それならば全身黒尽くめの方が悪趣味では?」

私がそう返すと、ジガルデは前を向いた。
私を無視して歩きだしたのだ。

育美
 「……その様子、失敗したのですね?」

ジガルデ
 「……っ!?」

ジガルデが足を止める。
私は何があったのか聞いた。

育美
 「王はなんと?」

ジガルデ
 「ここに骨を埋めろ……と!」

ジガルデはそう言うと、拳を握り込んだ。
そう、ですか……。
私は王の言葉の意味を考え、そして納得した。

育美
 「王は断罪しなかったのですね」

ジガルデ
 「そう、だ! 私を……赦すと!」

王にとって、過去の遺産は全て浄化し、清算する。
一つでも取りこぼしがあれば、それは周辺の世界にさえ害を与えかねない、だから徹底する必要があった。
本来ならば王はその場でジガルデを浄化出来た、にも関わらず王はそれを良しとしなかった。

育美
 (本当に茜様となったのですね、甘くなった事です)

神々の王でさえ、地上の毒には敵わなかった。
私と同様に毒の沼と分かっていても、抜け出せなかったのだな。
今や、あの方に王の冷酷さはない、それこそが常葉茜である印なのだろう。
それでもいつかは王に戻らなければならない、それこそが常盤茜が死ぬ時だろう。

育美
 「ならば従いなさい、王が恩情与えられるなど、滅多にないこと」

ジガルデ
 「……だが、出来んのだっ!!」

ジガルデは泣き叫んだ。

育美
 「出来ない……やはり貴方も」



***




 「神堕ち……か」


 「そう、ジガルデは神堕ちしたの」

ジガルデが死にそうな顔で去っていった後、茜は事情を説明してくれた。
ジガルデは4代前の世界で活躍した秩序の神らしい。
この世界から一体どれ位過去なのか、人の目線では分からないが宇宙が4度産まれる前と考えれば、凄まじい事だな。


 「ジガルデは……そう、とても誠実で正義感の強い子だったわ。皆を率いるリーダーシップもあった、だから私は神々の座長に任命した」

神々の座長、今代はアルセウスなんだっけか。
永遠のお母さんで、パルキアやギラティナの母でもある。
この世界が存在するのも、元を辿ればアルセウスの謀略が元なんだっけか。
俺はそういう前提知識から、ジガルデを考える。
茜の様子を見るに、随分と信頼してたみたいだが?


 「だけど、あの子少し、ううん……かなり地上に入れ込みすぎてたの」


 「入れ込みすぎてた?」

地上、神々の座から見て、この世界を指す。
別に物理座標で空にある訳じゃないが、まぁ物の例えだろうな。


 「ある時、地上で未曾有の混乱があった……ジガルデは地上に英雄を産むため、援助するべきと主張したの」


 「……華凛が起こした戦争みたいな、か」

茜はコクリと頷いた。
神様が地上に手を差し伸べてくれるなんて、随分と優しい世界だな。
そう思えば現実は非情である、神様は助けちゃくれないからな。


 「神々も割れた、神が不必要に干渉するべきではないという派と、ジガルデに賛同し、地上に救いの手は必要だと主張する派」


 「茜は……?」


 「私は……干渉するべきではない、その論は今でも変わらないわ」

そうか、実際茜にその気があるなら、こんなクソみたいな世界は産まれなかったろうな。
どんな世界であれ神はそれを愛するし、同時に平等に接するため、神は地上に干渉しない。
だからこそ、人々は見えない神を信仰するのだろう。


 「一時はジガルデも納得した、そう思っていた、けど」


 「ジガルデは諦めてなかった……」


 「うん、秘密裏に一人の英雄に入れ込んで、力を貸していた。それは神々の決定を覆す許されざる行為だった、結局ジガルデは私の目の前で、私に意見しながら、裏で地上に入れ込んでいたの」


 「少し分からないんだが、どうやってジガルデは茜や神々の目を盗めたんだ?」


 「……コアを分離させたの、ジガルデは特殊なポケモンでね、複数のコアを持っていたの、だからジガルデは自分の特異体質を利用して、半身を地上に降ろしていたの」


 「はぁ……あの子がそんな小細工をねぇ」

俺は目を瞑り、ジガルデの顔を思い出した。
少し天然が入っていたが、決して悪い子には見えなかったんだが。
いや、ある意味善悪論じゃ測りきれないのかもなぁ。


 「私は、ジガルデを断罪した。ケジメは必要だったから、地上のジガルデも浄化した……はず、だった」


 「……だが、現実は」

茜は首を振った。
まるで悪夢を振り払うように、ただジガルデを想う。


 「ジガルデは浄化されていなかった、ひっそりと生き延び続けた」


 「うん……多分そう」

茜は自信なさげに頷いた。
こんな弱々しい顔した茜は久しぶりに見たな。
普段はもっとふてぶてしいというか、滅多に動じない女なんだが。
それだけジガルデの登場は茜にとって衝撃的だったんだな。


 「……実際私はあの子以来、神の列席としてジガルデを産み出していない……あの子の後任はずっとアルセウスに任せていたから」


 「また裏切られるかもしれないって怖かったからか」


 「分からない……今となっては、王の本当の気持ちは」

俺はそんな不安そうな茜の頭を優しく撫でた。
茜は不思議そうに顔を上げる。
俺はニカッと笑うと。


 「よしよし♪ 茜は茜だ、王だとか神だとか、そんな崇高な物じゃなくて、俺、常葉茂の妻なんだろ? それなら茜は不安になる必要はない、茜は正しい道にいる」

俺はそう言って茜を励ました。
神がその権利さえ捨てて、彼女らが一番忌み嫌う堕天を成し遂げてまで、ここにいる茜は、もうそれだけ無慈悲な神々の王からは変質してしまっている。
元は一緒でも、今は茜のキャパシティの方が大きいんだ。
だから王の基準じゃない、茜の基準で選択した事を俺は褒めたい。


 「ジガルデ、茜だから許したんだろ?」


 「だって……あの子、私と一緒だったから」


 「一緒、か」

それは多分、大好きな事にのめり込み過ぎて、自己破滅に追い込んだって部分だろうな。
そういう不器用さは永遠も同様だが、茜も大概か。
自分がドツボに嵌って、相手だけ批難する程邪智暴虐にはなれないわけか。


 「ご主人様、私間違ってた?」


 「んー、いや、茜、多分だけどな、その選択に正解はない」

この世界は善悪二元論やゾロアスター教のようなシンプルな世界ではない。
茜の心情でジガルデを見逃せば、ジガルデはまた同じことを繰り返す恐れだってある。
だが一方で王の心情でジガルデを断罪しても、きっと茜の心は晴れるどころか、ずっとしこりになって暗い影を落とすだろう。
あの選択に正解はなかった、俺はそう思ってる。


 「じゃあ、ご主人様ならどうしてた?」


 「俺はまだジガルデの事を全然知らない、先ずはアイツの本音が引き出せなければ、採決には至れんよ……ただ」


 「ただ?」

俺は一拍置くと、窓から見える青空を見た。


 「多分助けちまうんだろうな……俺は」

そう言って俺は自分に呆れて、笑ってしまう。
俺という人間を変えちまったのが茜だとすれば、これも茜の責任かね?
俺は死人見てぇな目をしたPKMを見捨てられる程人間出来てない。
特にジガルデの目は、絶望に濁っていたのに、まだ生気はあった。
そう、そしてその目には見覚えもあった。
だから何が起きるか大体予測も出来ちまうんだ。


 「ま、ただの人間が口を挟むのも限界があるからな……さてそろそろ美柑達も帰ってくるぞ」


 「ご主人様?」

俺はゆっくり立ち上がるとキッチンに向かった。
今保美香も買い物に出掛けちまったし、皆が帰ってきたらまた騒々しくなるだろう。


 (茜……俺は神々の王としてのお前の事は全く知らん、でもな……俺の嫁茜の事はよく理解しているつもりだぜ?)

茜はジガルデを自分と同じだと評した。
茜がそう感じたならば、俺もジガルデの次の動きが読める。
そしてその通りになった時……さて、茜はどうするのかね?



***



ジガルデ
 「……いつまで付いてくる?」

育美
 「さて……? たまたま同じ道を歩いているだけかも知れませんよ」

行く宛もなく、ただ彷徨うジガルデ、私はその後ろにピッタリとくっついた。
少々メンタルに不安を感じる女性だが、復帰するのも中々速い図太さがあった。
王にボコボコに言い包められて、子供みたいに泣き叫んだと思ったら、直ぐに涙を拭いて、こうなったのだ。
気丈と言えば気丈ですね。

ジガルデ
 「いい加減付き纏われるのは迷惑なんだが?」

育美
 「いえいえ、お気になさらず、私は空気のような物ですから」

ジガルデ
 「……」

ジガルデはそれ以上は何も言わなかった、ただ前を向き歩き出す。
間違いなく、ここがどこだか、どんな世界かも分かっていないであろうに。
それでも、歯を食いしばり歩み続けられるその強さ、子供っぽさもありながら、どこか憂いを帯びているようにも思える。

育美
 (いやはや、扱いやすいやら、扱いにくいやら)

この複雑なメンタルはまるで反抗期のティーンのようでもある。
ずっと観察しているが、一体何が目的なのでしょうね?

ジガルデ
 「……!」

ジガルデは突然砂のように分解された。
そしてそれは風に乗るように消えてしまう。

育美
 「なる程……!」

ジガルデ、私も初めて見たポケモンですが、そういう事も出来るのですね!
ですが、私も元神々の座長、舐めてもらっては困ります!

育美
 「そっちに行きましたか!」

私は微細な空気の流れ、そして極めて希薄だけど異質なその気配を察知し、直ぐに神速で追いかけた。
ジガルデの移動は速い。
風に流されているのかとも思ったが、明確な意思を持って高速でビル群を抜けていく。
だが、私も並のポケモンではないと自負している!

育美
 「っ!」

私はあるビルの屋上に着地した。
私の目の前にはジガルデが再構成され立っており、私に振り返って驚愕の顔を浮かべていた。

ジガルデ
 「貴様……!?」

育美
 「フフ、いかが致しました?」

私はあくまで余裕の笑みで軽く、髪を掻き上げた。
表面上は余裕を繕っているが、実はタイミングは結構ギリギリだ。
しかしこれを全く悟らせないのが、完璧なレディですからね。

ジガルデ
 「……はぁ、結局お前の目的はなんなんだ!?」

ジガルデはずっと付き纏われ、監視される事にいい加減頭に来たのだろう。
癇癪を起こすが、私はあくまで涼やかにそれを流す。
だが、そろそろ核心を突いてもいいですかね。

育美
 「では聞きたいのですが、何故諦められないのですか?」

ジガルデ
 「……!」

ジガルデは一瞬顔を険しくし、そして哀しげな顔に戻った。
その顔である程度予想はつくが、出来れば言葉にして欲しいですね。

ジガルデ
 「どうしても助けたい奴がいるんだ」

育美
 「なる程、それ程愛しているのですね」

ジガルデ
 「愛しているかは……いや、愛しているのだろうな……兎に角私だけでは救えない奴がいる……それをどうしても!」

ジガルデの顔は真剣だった。
世界を助けてほしい、それはやはり本音ではなかった。
ジガルデが本当に助けてほしいのはたった一人の個人なのですね。

育美
 「それは、王に伝えましたか?」

ジガルデ
 「? いや……」

私は溜め息を吐くと首を振った。
ジガルデはそれを見て眉間に皺を寄せる。
やれやれ、どうしてこの子はいちばん大切な物が見えていないんでしょうね。

育美
 「王が何故、貴方を断罪しなかったと思いますか?」

ジガルデ
 「何故だと……それは」

ジガルデは言葉を探した、だが見つからないだろう。
だから目的を外して、こうやって迷走している。
私にははっきり分かる。
私も愛する人がどうしても欲しくて、神々の法が邪魔だから、神々の黄昏を起こす為に暗躍した。
たった一人のちっぽけな人間を愛してしまった時から私は、王も娘も全てを利用したのだ。
一体どれだけ娘たちには恨まれた事だろう、だがその覚悟があるからこの世界を導いてみせたのだ。
冷酷な仮面は外し、娘たちに優しくしたい、例え酷い母親だと罵られても私は否定しない。
それが覚悟の代償だったからだ。

育美
 「貴方は王と同じなのですね、地上に毒された生娘です」

ジガルデ
 「私が、生娘……だと?」

私は微笑した。
そうだ、どれだけ醜くても、必死に抗い、だけど結果が実らない。
どんどん必死になって、どんどんのめり込んで自分が嫌いになって、辞めたくなっても辞められない。
愛するって事の罪深さ、恋するってことの残酷さ。
ジガルデと茜様は同じだ。
ジガルデを否定することは、自分を否定することになる。
茜様はそれが出来なかった、そんなちっぽけな小娘になってしまわれたのだ。

育美
 「王にもう一度会いなさい、そして今度こそ包み隠さず、貴方の全てを晒しなさい! 例え泥を啜ってでも成し遂げたいのでしょう!?」

ジガルデは驚いた顔で固まった。
なぜ私にそんな事を言われているのだろう、そう疑問に思っているのだろう。
だが、直ぐにジガルデの目は決意に輝いた。

ジガルデ
 「そうだな……諦められんから、私はここにいる、あらゆる危険を侵す事も躊躇わず!」

ジガルデはもう一度空を見捉えた。
それは王を認めるひと睨み。
ジガルデは駆けた、ビルから跳び上がると、その身体が再び分解される。
私はそれを見送った。
ただ満足に思いながら、そして彼女の未来に想いを馳せて。

育美
 「ふぅー、それにしてもどうして皆不器用なんでしょうねー、もっと頭を使って賢くやればいいですのに」

それはジガルデ然り、茜様然り。
だけど、後ろからある声に突っ込まれた。

パルキア
 「アルセウス様はやる事容赦が無さすぎるんだと思います」

育美
 「おや、パルキア」

突然空間を裂いて現れたのは私の娘パルキアだった。
相変わらずボーイッシュな格好で、女らしさは永遠より薄い。
それでも地上になれたのか、昔よりは柔らかく感じる少女になっていた。

パルキア
 「……大丈夫なんですか?」

育美
 「大丈夫ですよ、生娘のやる事はいつも極端で無茶苦茶ですが、アレはもう道を間違えはしないでしょう」

パルキア
 「随分気に入ってますね……かなりの危険人物だと思いますが」

パルキアは空間の神だ、世界線の壁を超えて、異物が侵入すれば彼女が、気付かない訳がない。
それでもここまで口出ししなかったのは警戒感だろうか。
確かに私は身勝手な者は気に入りません、この世界に易々と侵入して我が物顔で動くならば私も制裁に動くでしょうが、アレはその心配もいらない子供でしたからね。
何より茜様が許したのだ、それを私が否定することはない。

育美
 「まぁ、世界が平和なら良いって事です」

パルキア
 「やっぱり僕はアルセウス様の考えは分かりません」



***




 「……」

美柑
 「フッ! フッ! どうしました茜さん?」

昼過ぎ、アルバイトでまだ帰ってこない凪さんと華凛、そして何処をほっつき歩いているのか分からん永遠を除いて家族は帰ってきた。
少し遅めの昼ごはんの後、茜はなんだかぼんやりしており、リビングの端で剣の素振りを行う蜜柑が様子を尋ねた。


 「なにが?」

美柑
 「何がって……」

伊吹
 「な〜んだか、茜ちゃん〜、変だよ〜……って」

おっとり散歩後、日向ぼっこに勤しむ伊吹は、相変わらず鋭い洞察力で茜に切り込む。
茜に去来しているのは十中八九今朝現れたのあの女だろう。
茜にとって、あの女性は結構な意味と確執がある。
それが分かっているから、俺と保美香は何も言わない。

里奈
 「なにか、あったんですか?」

里奈はそう言うと、心配そうに茜の横に座った。
アグノムの里奈なら、もしかすると茜の心理も分かるかも知れないが、茜は俯いて口を開かない。

保美香
 「まぁ、そういう日もありますよ、ささっ、お菓子でも食べましょう♪」


 「そうだな、ほら茜も」


 「うん……」

保美香はオーブンから鉄板皿を取り出すと、その中身を別の皿分けていく。
どうやら今日はクッキーらしい。

里奈
 「保美香さんのクッキー……」

保美香
 「里奈はクッキーが得意ですものね、ですが師匠として洋菓子の真髄、教えて差し上げますわ!」

里奈
 「は、はい!」

里奈は保美香に師事して、お菓子作り学んでいる。
既にいくつかは保美香も合格を出すプロ級の腕前だが、ここで本物との格の差を見せる気だろう。
まぁそんな暑苦しいのは他所に、素振りを終えた美柑はサッとクッキーを手に取ると。

美柑
 「ハム! ん〜、運動の後の糖分補給は最高ですね〜♪」

伊吹
 「はい♪ 茂君も〜、あーん♪」


 「おいおい、そういうのはよせって」

いつも通りほんわかお姉さんの伊吹は、こうやって世話を焼こうとしてくるが、今や結婚している身、流石に控えて欲しい。


 「ご主人様……私も、あーん」


 「茜目が笑ってない! 圧倒的無表情! 怒ってる!? ちょっと怒ってます!?」


 「怒ってない」

保美香
 「嘘はいけませんわよ〜、少し嫉妬したでしょうに」


 「う〜」

茜は珍しくヘソを曲げるようにしかめっ面を浮かべた。
やっぱり、茜も普通の女だよな、神様だって言うが、嫉妬するのは人間の証だろう。

伊吹
 「ウフフ〜、だいじょーぶ〜♪ 取らないよ〜♪」

伊吹はそう言うと、後ろから茜に抱きついた。
誰よりも平和や調和を貴む伊吹が自ら不和を招く気はないだろう。
本当は茜を刺激する気もない、ただ少し吹っかけたといったところか。


 「伊吹、お前茜を試したな?」

伊吹
 「ん〜? なんの事〜?」

伊吹はゆっくりと首を傾げて惚けてみせた。
一番頭悪そうで、一番頭の良い伊吹、なんのかんの真剣に茜を心配しているんだろうな。


 「無駄に言葉少ないんだから、突拍子もない事しでかすのは勘弁だぜ」

俺はそう言うとクッキーを一枚頂く。
しっとり目の柔らかいクッキーにはチョコが練り込まれているらしく、その割には優しく甘い。


 「ん、流石だな保美香」

保美香
 「お褒めに預かれて光栄ですわ」

里奈
 「なる程、これこうで……うん」

ご満悦の保美香を他所に、里奈はクッキーを食べて、その美味しさの秘密を探っていた。
保美香の腕前は絶品だ、特に他人を気遣う気配りが凄い。
最初こそ無難な味が多かったが、いつからか保美香の料理は家族の味になっていた。


 「私も、頑張らないと……」

保美香
 「茜はもう充分に出来るでしょう?」


 「でも、最高の妻でありたいから」

美柑
 「うは、惚気ますねぇ〜ボクには甘すぎる!!」

美柑はそう言って顔を背けた。
本当に美柑はこういう惚気が苦手だな。
まぁだからこそ俺もコイツは嫁として無いなと思ったんだがな!

美柑
 「なんか失礼な事思われた気がする!?」


 (ち、相変わらず勘の良いやつめ)

保美香
 「フッ、馬鹿にされたと思うこと自体、自分に負い目がある証! それを悔しく思うのなら、変わりなさい!」

美柑
 「う、うぐ!? 痛い所突いて来ますね……おや?」

美柑が何かに気がついた。
入り口? 誰かの気配を感じた美柑は玄関を訝しむ。

美柑
 「誰か、来てます?」

伊吹
 「セローラ?」

保美香
 「あの雑菌が、丁寧に玄関で待つはずありませんわ!」

そう断言されるセローラは哀れでしかないが、でも実際そうなのだからあの女の信憑性が知れる。
ちなみの今回登場はしないから、覚えてもらう必要はないがセローラってのは1階に住む百代家で家政婦をするランプラーの少女だ。


 「……まさか?」

ドンドン!

扉が叩かれた。
インターフォンがあるにも関わらず、ドアを叩くのは誰だ?

保美香
 「はいはい! 叩かないでも大丈夫かしら!」

保美香は急いで玄関に向かった。
美柑は未だに不思議そうに首を傾げている。

保美香
 「あら、貴方は?」

保美香は玄関を開くと、一人の女性が立っていた。
それは、数奇な運命の始まりだろうか……。

ジガルデ
 「……王に、王に面会を頂きたい」

保美香
 「貴方は今朝……」


 「通して、保美香」

保美香は茜に振り返った。
そして少し考えると、ジガルデを迎え入れた。

保美香
 「どうぞお入りくださいかしら?」

美柑
 「うわ!? すごい格好の人が来た!?」


 「こら、美柑。見た目で物差しするんじゃない」

伊吹
 「PKM〜?」

里奈
 「ヒト、ではないですね……」

ジガルデがリビングに入ってくると、その反応は様々だった。
茜は諦めたように目を瞑り、溜め息を吐いた。


 「要件は?」

ジガルデ
 「助けてほしい」


 「それはもう聞いた、そしてその答えも出した」

茜はキッパリと拒絶した。
だがジガルデは引き下がらなかった、以前ならすごすご引き下がったのに。

ジガルデ
 「それでも! 助けたいヒトがいるんですっ!」


 「……!」


 (クソ厄介だぞ茜……かつてお前と同じなんだからな……簡単に諦められるかよ)

俺がジガルデから感じた既視感、それに確証が得られた。
間違いなくジガルデは茜と同じだ。
力のスケールは違うかもしれない、でも想いの力は同じなのだ。

ジガルデ
 「簡単じゃない! 私じゃなにも出来なかった! それでも諦められないんだ! 何が何でも助けたくて! ここに来たんだ!」


 「……私は」

茜が揺れていた。
ジガルデの言葉の意味、それが茜には大きく重いのだ。


 「茜、完全じゃなくてもいい、何か切欠は与えられないのか?」

ジガルデ
 「え?」


 「ご主人様?」

茜が予想外という顔で振り返った。
茜が完全無欠な奴じゃないのは知っている。
そして0か1かでしか答えの出せない極端野郎で無いことも。


 「お前は妥協でこの世界を選んだか? そうじゃないだろ? ならもう分かってるはずだ」

茜の終わりない旅路、その完結がこの世界ならばその結実とは何だったのか。
妥協で諦めた世界線ならば、茜はキッパリとジガルデを見捨てられたろう。
でもそうではない、神さえも利用して自らのエゴを貫き通そうとする相手が如何に厄介か、それを知っている筈だ。


 「……何度も言うけど、私じゃもう何も施せない」

ジガルデ
 「本当に何も、なのですか?」


 「……だけど、可能性なら提示出来る」

ジガルデ
 「可能性!? それは!?」

茜は深い溜め息をついた。
まるでそれだけは教えたくなかったように。
そんな不安そうな顔は家族にまで伝播し、茜は皆を見渡した。
そして、俺をじっと見て、ジガルデに可能性を提示する。


 「ご主人様なら、何かを変える事が出来る、かもしれない」

ジガルデ
 「そのお方が!?」

美柑
 「ちょ、ちょっと茜さん!? それって、もしかして!?」


 「……うん、ご主人様を送るの、ジガルデと一緒に」

保美香
 「それで良いのですか? 話だけ聞いていましたが、そもそも安全なのですか?」


 「……平気なわけがない! 終わった世界! もう終わらせた! 何が起きるか予測不可能な場所にご主人様を送るのなんて、嫌に決まってる!!」

茜は悲鳴に近い声で怒鳴った。
凄まじく珍しい光景で皆も思わず黙り込む。


 「ふぅ……参ったね」


 「勿論、ご主人様が嫌なら私は絶対協力しない」

ジガルデ
 「……!」

ジガルデはじっと俺を見てきた。
鋭い目で睨みつけるようで、しかしその目の奥底は震えて幼い少女のようだった。
俺は頭を掻くと、答えを決めた。


 「オーケー、俺に何が出来るか分からんが、俺で良ければ協力してやる」

俺がそう言うと、ジガルデの顔は少しだけ明るくなった。
と、同時に茜は諦めたように俯く。


 「分かってた……ご主人様がそう言うの」

伊吹
 「ま、そうじゃなきゃ〜、こんなにアタシ達ここにいないよねぇ〜」

里奈
 「お養父さんらしい……」

保美香
 「……はぁ、だんな様がそう言うのであれば、わたくしはそれを支えるだけですわ」

美柑
 「む〜……分かってます、主殿だもん」

それぞれ不満も若干出ているが、誰も否定はしなかった。
ジガルデは俺の前に近寄ると手を握り。

ジガルデ
 「お願いします……助けてください……」

ジガルデはそう言って握った手に額を当てた。
それ程まで切実で、そして必死なんだ。
やっぱり俺には、ジガルデと茜は同じようにダブって見える。


 「俺は常葉茂、しがないIT系サラリーマンだ、まぁよろしく」



***




 「なぁ茜?」

あの後、茜の手筈で俺はジガルデのいた世界に行くことになった。
出発は1時間後、俺は寝室で茜と二人っきりになった。
茜はずっと俺の手を握っていた。


 「なに? ご主人様?」


 「正直良く分からんのだが、俺に何が出来るんだ?」

俺は神様じゃないからな、人間は脆弱な生き物だ。
正直未だに俺が可能性ってのが釈然としない。


 「私はここを離れられない……私が彼女の世界にいけば、確かに何か出来るかもしれないけど、その間この世界を放置する訳にはいかないの」


 「だからって、俺より頼りになる奴だっているんじゃないか?」


 「……多分無理、理はそれ程甘くない。そして既に理が存在しない世界はそれ程に危険」


 「理、ねぇ」

世界の常識とでもいうのか、どうして空は蒼いのか、どうして世界は回るのか、とかそういう宇宙の法則って奴か。
凡人にはまるで想像出来ないが、神様が作ったステージのルールだもんな。


 「なぁ? 何度も聞いたが終わった世界ってのはそんなに危険なのか?」


 「危険………だけど、多分それは大丈夫」


 「危険だけど大丈夫って?」

随分曖昧で矛盾した言い回した。
危険なのに安全ってどういう事だ?


 「ご主人様はね? 言ってみれば主人公なの」


 「ああ? アニメの話か?」


 「アニメでもゲームでもそう、私がご主人様を主人公にしてしまった」


 「……ふむ」


 「何度も死の運命を捻じ曲げて、少しずつ私の力をそういう風に注いで……世界線を変えられるだけの力を」

それまでに、茜はそれだけ俺の死を見てきたって事か。
直接的ではないかもしれないが、それでも今の俺は無数の常葉茂という屍の上に立っているんだろうな。


 「ご主人様は多分なんとかなる、多分」


 「随分要領を得ないんだよなぁ〜」

茜は曖昧な表現を嫌うのか、殆ど使わない。
でも今回は妙に多分って言葉を使ってるんだよな。
確信が得られないってのは、茜にとっては不安なのだろう。


 「あれか、肝心な時に命中95%は外す的な?」


 「命中100でも外す事もあるけどね」

うむ! 昔はスピードスターも必中では無かったからな!
つまりそれ位些細な不安なのだろう。


 「ご主人様、ジガルデは悪い子じゃない……でも、彼女は壊れている」


 「壊れている?」


 「彼女にとってもはや秩序はどうでも良くなっている、かつての秩序の神としての面影はもう……」



***



ジガルデ
 「……」

私は屋上で風に当たっていた。
王から助力を得ることに成功すると、急に視界が広がった気がした。
そうするとこの世界が改めて見えてくる。

ジガルデ
 「美しい世界だ……」

これが新しく神々の王が創った世界なのだな。
空は青く、緑が茂り、人々の、営みが何処までも広がる。

育美
 「貴方の世界は美しくないのですか?」

真後ろ、気が付かない一瞬で、さもずっとそこにいたかのようにその真っ白な女は立っていた。
アルセウス、ずっと私に付き纏っているな。

ジガルデ
 「終わった世界だ、それより何故貴様は私に構う?」

私は振り返るとアルセウスを睨みつける。
アルセウスは微笑を浮かべていた。

育美
 「気になるのですよ」

ジガルデ
 「何故だ? 何が貴様の知的好奇心を刺激する?」

育美
 「フフフ、放っておけないんですよ、子供みたいで」

私は更にアルセウスを睨みつけた。
アルセウスに子供扱いされるのは心外だが、そう言われる理由はある。
だからといって過保護に世話を焼かれるのは迷惑だ。

ジガルデ
 「消えろ、私はお前の世話になることはない」

育美
 「本当にそうですかね?」

ジガルデ
 「……どういう意味だ?」

育美
 「ふ」

アルセウスは、被っていたシルクハットを投げつけてきた。
シルクハットは円弧を描き、私に降りかかる。
だが、その直後!

育美
 「ふ!」

ジガルデ
 「なに!? ぐっ!?」

突然アルセウスは目の前に出現し、ハイキックを放ってきた。
私は両腕でガードするが、そのキックは芯に響くようだった。

ジガルデ
 「いきなり何をする!?」

育美
 「鍛えてあげましょう、貴方の軟弱さ」

ジガルデ
 「鍛える!? 軟弱だと!?」

アルセウスは一旦距離を離すと、幻惑的にステップを踏んだ。
私は鞘から剣を抜くと、アルセウスを注視する。

ジガルデ
 「舐めるなよ……!」

育美
 「貴方こそ、ね!」

アルセウスが動く!
その動きは神速、目で追うのは不可能。
だが、私が放つオーラブレイクの特性が、相手との反発を私のセルに伝えてくれる。
相手にオーラブレイクの特性に意味はない、だが無能でもないのだ!

ジガルデ
 「はあ!」

私はセルを固形化させた剣を振るう。
ジャストミート、そう思わせたが。

育美
 「フフ!」

ジガルデ
 「増えた!?」

剣が当たる刹那、3つの残像が現れた。
3つの残像は同じ動きをして、私に襲いかかる。

ジガルデ
 「ぐっ!?」

育美
 「クスクス、どうしましたか?」

再び、アルセウスは距離をとる。
手玉に取られた……。

ジガルデ
 (強い、流石だな……だが!)

私はもう一度構えた。
アルセウスは速度を変幻自在に操ってみせた。
目では追えない神速と、目で追える程度の残像が出る程度の速度。
私の目がその減速に追いつかなかった。
アルセウスは戦巧者だ、それを認めよう。

育美
 「全く残念ですね」

ジガルデ
 「舐めるなよ……半端な理由でここにいるんじゃないんだ!」

育美
 「ならば! その力! 見せなさい!」

アルセウスが再び動き出した。
だが、今度は此方が先だ!

ジガルデ
 「はぁぁ!」

アルセウスの動きはあくまでも直線!
リズムを崩すのはこちらではなく、相手だ!

ジガルデ
 「はぁ!」

機先を制し、私の剣がアルセウスを捉えた。
だがアルセウスは直ぐにそれを神業のような速度で切り抜けた。

ジガルデ
 (分かっている! これが当たらないのは!)

だから私は仕込んだ。
既に剣は再び柔らかいセルに変化している。
そしてそれは分解された。

アルセウス
 「っ!? はぁ!」

危険を察知した、アルセウスは直ぐに私と距離を詰め、キックを放つ。
だがアルセウスは驚愕に目を見開いた。
アルセウスが蹴ったのは堅い外骨格のような機能を持つ鎧だけだった。
私はアルセウスのキックの瞬間、アルセウスの後ろに中身を分解して、再構築した。
そしてセルに分解された剣は網になり、アルセウスを絡め取る。

アルセウス
 「しまっ!?」

ジガルデ
 「はぁ!」

私は未動きの取れないアルセウスに蹴りを放つ。
今度は捉えた、アルセウスは身体をくの字に折る。

アルセウス
 「ふふ」

ジガルデ
 (笑った……っ!?)

なにかやばい、そう思った瞬間私は身を引いた。
その瞬間、空気の刃が周囲を切り裂き、網がズタズタに細切れとなった。
アルセウスの手には見たことのない蒼穹のプレートが浮かんでいた。

アルセウス
 「お見事です、私から1枚とはいえ、プレートを使わせるとは」

ジガルデ
 「……っ!」

私は丸腰だが、アルセウスを睨みつけた。
得体が知れないっていうのは、これ程厄介な事はない。
神が異界の神と出会う事はまず無い、未だに私はあのプレートが放つ謎の力を理解できていない。

ジガルデ
 (もう、あのような虚を突いた方法は通用しないな……!)

育美
 「ふう、ここまでにしましょう」

アルセウスはそう言うと、プレートは虚空に消え去り、地面に落ちたシルクハットを拾うと、パタパタと振るって埃を落とし、被り直した。

育美
 「そんなあられもない姿の貴方とは戦えませんからね」

ジガルデ
 「なに、どういう? っ!?」

私は思わず自分を見た事で、急に羞恥心が働いてしまう。
私は、普段鎧として着込む硬質化させたセルアーマーを着込んでいたが、その下はなにも着ていなかったのだ。
戦いの最中、そんな事にも気付かず私は戦っていたのか!?

育美
 「下着くらい着なさい」

ジガルデ
 「〜〜〜!! 戻れ!」

私はセルを再び集合させ、鎧を形成する。
私は顔を真っ赤にしながら、アルセウスに文句を言った。

ジガルデ
 「元はと言えばお前がいきなり襲ってきたからだろ!」

育美
 「クスクス♪ やはり子供ですね」

ジガルデ
 「っ」

育美
 「まぁ良いでしょう、やや物足りないですが、及第点という事で」

ジガルデ
 (く……!)

アルセウスはまだ底が知れない。
子供扱いされたとは言えるか。

ジガルデ
 (やはり……私では)



***



1時間、それはあっという間であった。
家を少し出た場所、とある小さな公園で俺は茜と共にジガルデと再会する。


 「……ご主人様、準備は良い?」


 「おう、俺の方はな」

ジガルデ
 「王……」


 「茜、常葉茜よ……ジガルデ、ご主人様を傷付けたら、私は一生貴方を許さない」

ジガルデ
 「はっ! その御身王と同じと思い、この身を賭して守護する次第!」

ジガルデは恭しく膝を突いた。
茜はもう一度俺に向かう。


 「ご主人様、貴方ならきっと大丈夫」


 「おう、晩飯用意して待ててくれな?」

俺はそう言うと、茜の頭を撫でた。
茜は目を細め、顔を優しく朗らせる。


 「うん、美味しい晩御飯期待してね?」

茜はそう言うと、背を伸ばし、俺と口づけした。


 「ん……ふたりとも行ってらっしゃい」

茜がそう言うと、俺から離れて視界がホワイトアウトした。
俺の側にはジガルデがいた。

ジガルデ
 「茂様、よろしくお願いします」


 「そんなにかしこまらなくても良いぜ?」

やがて、真っ白な世界は、急速に暗黒の世界へと変わっていった。
世界が変わる、それは神の恩寵を喪った世界。
果たして終わった世界とは……そしてジガルデが助けたいってのは。



突然始まるポケモン娘外伝

終わる色、始まりの色

後編に続く。


KaZuKiNa ( 2021/01/02(土) 12:58 )