突然始まるポケモン娘とみんなの物語 後編
部長
「おーい常葉ー」
茂
「はい? なんすか?」
始業時間、常葉茂は部長に声を掛けられた。
珍しい事だ、普段は影のようにひっそりと仕事に励む茂にとって、これは想定外のトラブルと言えよう。
そんな風にネガティブに考え、茂は部長を見るが様子がおかしい。
部長
「お前、PKMの事、詳しいよな?」
茂
「は? そりゃまぁ保護責任者ですから多少は……でもそれなら夏川の方が……」
茂がそう言い切るよりも早く、部長は言葉を遮った。
部長
「いや、ちょうど良かった! PKMの就労支援って奴でさ! 一人面倒見てくれ!」
茂
「て、はぁ!?」
PKMの就労支援政策、突如顕現したPKM達をそのまま放置出来ない政府は、箱を作って収監したまではいいものの、万単位のPKMを養うのは無理がある。
そのために練られたのが、PKMの就労法の成立だ。
労働力として認められれば、PKMには日本人として証明書が発行される。
これは外国人に比べて、遥かにPKMは日本国籍を取りやすくなったと言えるのだ。
そういう訳で、この政策は当然推し進められた。
茂の会社もそんなPKMを受け入れる事になったのだ。
部長
「七島さん、入って」
予め、応対室で待ってもらっていたのか、扉を開けてオフィスに入ってきたのは特徴的な甲羅を背負った優しげな笑みが特徴的なスーツ姿の女性だった。
七島
「七島栞那(ななしまかんな)です、よろしくお願いします先輩」
茂
(結構デカい……ラプラスか?)
七島栞那は身長180センチ、特注のスーツを着込み、突起が幾つも伸びた甲羅はカルシウム質で出来ている。
青い髪、額の角など合致する部分は多い。
そんなラプラスのPKMは誰もがドキッとするであろう温和な笑みを浮かべたのだ。
茂
「えと、七島さん、俺たちの仕事って分かる?」
栞那
「それは……その」
栞那は困った顔をした。
恐らく殆ど分からないのだろう。
要するにこれは新人教育と同レベルだな、茂は想像以上に大変そうだと予感する。
茂
「それじゃ、最初は俺が仕事の面倒を見るから、一緒に頑張ろうか?」
俺はそう言って、部長を見た。
部長は面倒事を丸投げ出来たとグッと笑顔でガッツポーズ。
思わずイラッとしたが茂は自由にやって良いという暗黙の了解を得られた事で栞那を仕事場に連れて行くのだ。
茂
「えーと、開いてるパソコンは」
大城
「常葉ー! また新しい女作ったのか!?」
夏川
「なに!? しかも美人! リア充爆発しろ!」
オフィスに戻って、最初に冷やかしてきたのはいつも馬鹿ども、大城道理と夏川慎吾の二人だ。
それらとは別に、苦笑いを浮かべたのは上戸紅莉栖と紅蓮葛の二人だ。
紅蓮
「ただの新人教育やろ……」
紅莉栖
「あの三人相変わらず仲が良いですね」
紅蓮
「仲が良すぎる位やけどな」
通称三馬鹿、それに含まれているのが誰もが不本意であるが茂達三人が仲が良いのは事実だった。
PKMについて詳しくはないが、誰よりもPKMの妻を愛する大城、PKMには詳しいが奥手すぎる夏川、そんな二人となんだかんだで付き合う茂は、きっと傍目から見ればとても不思議だろう。
事実、栞那はキョトンとしていた。
栞那
「私は手籠にされたのですか?」
茂
「ちょ!? 七島さん!? 俺たち今会ったばかりだよね!?」
夏川
「手籠だと!? こいつはメチャ許せんよなぁ!?」
大城
「謝れ! 茜ちゃんに謝れ!」
茂
「事実無根だ! ああもう! まずはキーボードに慣れよっか!?」
茂は苛立って、栞那ちゃんの手を掴んだ。
つい癖だった、それに茂が気付いた時には少し遅かった。
栞那
「あっ……」
茂
「ご、ごめん、癖で」
茂は慌てて手を離す。
栞那は少しだけ頬を赤らめた。
茂
「え、えーと、まず席に座って」
栞那
「はい♪」
茂は少し照れくさかった。
職場にPKMが配属されたのも、予想外だったが、栞那がそれ以上に茂にとってアウトだった。
茂
(この人、たまにドキッとする顔するな……)
妻がいる身としては反応に困るが、栞那は家族にはない大人の笑みが籠もっていた。
栞那
「……あの」
茂
「え? なに?」
栞那
「椅子に、座れません……!」
栞那は椅子に座ろうとしたが、出来なかった。
原因は甲羅だ、一般的な背もたれのある椅子は甲羅が巨大過ぎて、椅子に座れない。
茂は思わずズッコケそうになった。
それと同時にPKMを雇うことの難しさを知る。
茂
(こりゃ、バリアフリーレベルの労働改善が必要だな)
茂はおとなしく、背もたれの無い椅子を持ってくるのだった。
***
杏
「あっつー……」
アリアドスのPKM、御影杏は今日も大学に通っていた。
今は夏期講習を受けており、彼女は足りない物を埋めようと必死だった。
今は大学のテラスで日陰に隠れながら、杏は際どいTシャツの裾を上げながら、風を送って涼をとっていた。
女A
「海行きたいよねー」
女B
「分かるー! 来週辺り行く?」
杏
「……」
ふと、脇に目を向ければ、大学生だというのに、高校生とほとんど変わらない同輩達だ。
杏に遊んでいる暇はない、それ程遅れているのだ。
ただ卒業するだけなら、大学に通う意味はない。
高い授業料を払ってるんだから、それこそ自分の夢を叶えないといけないのだ。
?
「はい、ちゃんと水分取らなくちゃ駄目だよ?」
突然、杏の頬に冷たい感覚が走った。
後ろを振り向くと、そこには梔子杏子の姿があった。
杏子は笑顔を見せると、頬に当てられた物の正体を知る。
キンキンに冷えたスポーツドリンクだった。
杏
「杏子、アンタも大学来てたんだ」
杏子
「うん、杏さんに触発されてね」
杏子は杏と同じく、教育学部に席を置く、同級生だ。
この背の低い少女とも取れる少女は杏にとっては数少ない人間の友人だった。
あくまでも友人であり、それ以上にはならないけれど、いれば気になる程度の存在。
杏
「アンタも真面目ね、教師目指すってんなら当然か」
杏は杏子からスポーツドリンクを受け取ると、口に運ぶが、その味に顔を顰めた。
杏
「不味っ!? アンタ……こんなの飲んで平気なの?」
杏子
「えー? 普通だよ? ていうか杏さん、放っておいたら甘いものばっかり買ってるよね?」
杏
「良いじゃない、糖分は重要なの!」
大の甘党の杏とは対照的に、苦味を好む杏子は食の点では相容れないなと杏は感じた。
よく見たら、スポーツドリンクに貼られたラベルは不味い事で有名な奴だった。
杏
「はぁ……」
杏はため息を吐いた。
それにしても暑い、今年は猛暑だと言っていたが、虫タイプである杏にとっては深刻さが異なる。
人間は38度でも死なないが、多くの虫はそこがデッドラインなのだ。
杏は生態的に言えば、恒温動物だ。
暑さの耐性は人間と然程変わらない。
だが、アリアドスとしての人生では、ここまでの猛暑と付き合う必要はなかった。
PKMだからこそ、その人間の不便さと付き合わなければいけない。
苦しいが、辛いが、それでも杏は顔を上げるのだ。
杏子
「そういえば、杏さん出掛ける予定はないの?」
杏
「特にないわねー、単位さっさと取っておきたいし」
杏子
「海に行ったりは? 杏さん肌白いし、スタイル良いから水着は映えると思うなー」
杏
「はぁ!? あり得ないし! 海とかマジ無理だから! もう潮風無理!」
杏子
「え? ええ?」
杏の慌てよう、それは相当な物だった。
PKMは少なからず原種の影響を受けている。
杏もアリアドスであるため、その生態は森のポケモンだ。
特に彼女は泳げない、潮風は浴びるだけでも嫌であり、まして水着など正気の沙汰ではない。
杏
「はぁ……森林浴したい」
杏子
(杏さん、やっぱり変わってるなー)
そう思う杏子であるが、周りの目はどっちもどっちの奇人扱いなのを両者は知らない。
***
カランカラン♪
小気味良いカウベルが鳴り響いたのは金剛寺晃が経営するメイド喫茶ポケにゃんだ。
一等地ではなく、住宅街にひっそりと佇む喫茶店は今日も賑わいを見せていた。
晃
「いら……あら、お帰りなさい♪」
巨漢のスキンヘッド店長晃はいつもように、カウンターの奥で食器を磨いていた。
入口から入ってきたのはニャスパー娘の団子とミミッキュ娘の照だった。
二人は汗だくになりながら、その両手は荷物で塞がっていた。
団子
「にゃー……暑い」
照
「この暑さ、蒸せる……うふ、ウフフ」
晃
「お疲れ様、重かったでしょ? ごめんなさいね急に買い出しにいかせちゃって」
晃は二人を迎えると、その丸太のような二の腕でその荷物を受け取った。
団子
「ママのお願いにゃ」
照
「それが生き甲斐、それが我が人生……うふ」
晃
「少し裏で休んでいて頂戴、冷蔵庫に入ってるの食べても良いから♪」
メイド喫茶ポケにゃんは彼女たちの住居も兼ねている。
バックヤードは普通の古民家であり、ここは家なのだ。
既に汗だくの二人は直様裏へと向かった。
星火
「買い出しなら私の方が適任だと思うんですけど〜?」
そう愚痴ったのはキッチンで忙しそうに作業をするズガドーン娘の星火だ。
晃
「駄ー目♪ 星火はちゃんとキッチンの仕事覚えるの♪」
ポケにゃんの経営はもうすぐ2年になる。
晃が養う5人のPKMも、それぞれに才覚を見せ始めていた。
晃
「そろそろ必要なら2号店も開いてもいいかもねぇ」
星火
「え? 誰に任せるんですか?」
星火はその言葉を聞いて目を輝かせた。
星火は人を使う才能はあるかもしれない。
今は店長をやるのに必要な技術を晃直々に叩き込まれているのだ。
晃
「そうね、星火は夢ってある?」
星火
「そりゃ、もっとビッグにっしょ!? ズガドーンとしては天まで上がれってね!?」
星火の向上志向は晃も評価する物だ。
きっと星火は本来この小さな店に収まる器ではないのだろう。
だが、それは皆それぞれだ。
店内を見回せば、華凛が今日もお客の御主人様達を喜ばせている。
だが、彼女も近々この店を去る手はずだ。
晃
(そりゃびっくりよね……でも華凛ちゃんはやりたいことが一杯だもんね)
そしてそれは凪も一緒だ。
凪も予備校に通いながら、大学に進もうとしている。
それぞれ、皆自分の物語を描いているのだ。
希望
「店長、オーダー通ります!」
ジグザグマ娘の希望(のぞみ)が伝票を届けに来た。
晃はそれを確認すると、聖火に言う。
晃
「オムライス! 作れるわね?」
聖火
「大丈ー夫! 伊達に店長に2年も仕込まれてないからね!?」
聖火はそう言うと、早速オムライスに必要な素材をキッチンに並べていく。
晃は聖火を信じて、コーヒーの準備を進める。
晃
「ねぇ希望?」
希望
「? なんでしょうか店長?」
晃
「貴方、今の仕事楽しい?」
希望
「えっ? ま、まだ新しいご主人様は怖いけど、お仕事は楽しいですよ?」
希望は本当に甲斐甲斐しく働いている。
晃にとっては一番最初に引き取った子であり、晃にとっては本当の意味で養子なのだ。
無論、聖火も団子も照も、今この場にはいないがドラミドロ娘の流花も皆大切な子供だ。
晃
「ありがとう希望」
希望
「ほえ?」
希望にはまだ分からない。
晃にとってこのポケにゃんの経営は賭けだった。
晃にとってこの2年は運命の2年なんだと思う。
PKMがどうやっても人間とは異なる異文明の存在から、今日の共に歩む人類となるには、試練があった。
人間が持つPKMに対する偏見と、PKMが人間に持つ偏見は晃にとって充分な危機感だったのだ。
結果的には大きな事件もなく、世界は泰平だ。
晃
「そう言えば、流花は上手くやってるかしら?」
希望
「で、デートですか? 流花お姉さんちょっと奥手な所あるから……」
今日流花だけが休みをとっていたのは、ある男性とのデートのためだった。
晃
(なんだかんだで、男と女だもの、惹かれるのに理由はいらないわよね?)
流花は奥手だが、真面目な子だった。
ポケにゃんでは一番の年長者だが、自らの野暮ったさはコンプレックスであり、だがそんな彼女に真剣に交際を申し込む男性がいた。
ずっと流花を目当てに来ていた常連のお客だったその人は、遂に流花にプロポーズ、流花は答えを濁したまま、今その男性と付き合っているのだ。
カランカラン♪
希望
「あ! お帰りなさいませご主人様♪」
新たな来客も、もはや希望に隙はない。
完璧にプロの顔に切り替えて、笑顔で来客を出迎えた。
***
保美香
「あら、お疲れ様茜」
帰ってきた。
茜は今日も回る回る日常に、時に振り回されながら、時に振り回しながら平穏は過ぎている。
茜
「はい」
茜は荷物をキッチンで保美香に渡すと、保美香はにこやかに微笑んだ。
保美香
「ごめんなさいね、急に買い物に行かせて」
茜
「ううん、気にしてない」
美柑
「何事も経験ですか」
先に帰っていたのか美柑と永遠は二人でゲームをしているようだ。
伊吹は何かを膝に広げながら、それを後ろから眺めている。
永遠
「ぐは、またマイナス駅〜?」
伊吹
「あはは〜、大恐慌の時は安全なエリアに避難する方が無難だよね〜」
茜
「何してるの?」
茜は伊吹の広げている物を見た。
それは何かの参考書のようだったが。
伊吹
「いつまでも〜、茂君に甘えられないからね〜、資格でも〜、取ろうかな〜って」
保美香
「世の中生涯勉強なんて方もおりますしね」
保美香は茜から受け取った荷物を整理すると、トレイに冷たい麦茶を乗せて運んできた。
保美香
「はい、ちゃんと水分補給、ですわよ?」
茜
「ん」
保美香
「伊吹も」
伊吹
「ありがとう〜♪」
保美香
「お二人、ゲームに熱中するのも構いませんが、ちゃんと水分補給するのですよ?」
保美香は最後にそう言って美柑達の下にコップを置いた。
茜
「手伝えることある?」
保美香
「今の所は」
保美香はそう言うと、キッチンを片付け、小休止に入った。
伊吹
「茜ちゃん、頑張るのも程々にね〜? お母さんになるんでしょう〜?」
伊吹は相変わらず細目で微笑み、茜を見た。
保美香
「そういえば最近の茜、酸っぱいのがお好みになって来ましたわね……」
美柑
「えっ!? それってまさか!?」
茜
「ん……内緒……♪」
茜はそう言うと口元に手を当てウィンクした
時間が経つのは速い。
それぞれに変化の時は訪れ、それが新たな物語を呼ぶ。
誰かが主人公何じゃない、誰もが主人公なんだ。
そう、これは突然始まるポケモン娘と皆みんなの物語である……。
突然始まるポケモン娘とみんなの物語 完。
追記、というか後書き。
本編終了後2年目というちょっと短編にしても珍しい時間軸を描きました。
イメージとしては、茜の歩みの中で、それぞれがその時代をどう生きているのか。
街のPKM達が時に悩み、時に喜び、そして新たな挑戦をしていく。
これは過渡期であり、始まりは脱した、けれど終わりではない。
あえて言えば新たな始まり。
これは未来への伏線。
因みにロコンは外伝からのスペシャルゲストになります。
というか、この世界にもクイタランやロコンは存在するので当然なのですが。