突ポ娘短編作品集


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短編集
突然始まるポケモン娘とみんなの物語 前編

この世界には不思議な出来事が一杯ある。
ポケモンっていうゲームをご存知だろうか?
ピカチュウ? イーブイ?
そんなポケモン達が人間のような姿になって皆の前に現れたんだ。
そんなポケモン達……PKMと共に暮らす世界。


突然始まるポケモン娘とみんなの物語



***



スーツ姿の男
 「それじゃ、行ってきまーす!」

そこは駅も近い、家族向けの賃貸マンションだ。
今日も変わらぬ日常の中、それぞれが慌ただしく動き出している。
扉を勢いよく開けたのは、目つきが異様に悪いスーツ姿の男だった。
扉の内側では、耳をピョコピョコ、尻尾をフリフリしたイーブイの少女が立っていた。
彼女の名前は常葉茜、今出ていった男、常葉茂の妻である。
彼女はほぼ無表情で感情の起伏はそれ程なく、非常に大人しい少女だ。


 「ご主人様、行った」

茜はそう呟くと、リビングに向かった。
日課のヒーロー番組の鑑賞の為だった。

モデルのような女性
 「茜、少しお使い頼めますかしら?」

リビングに戻り、テレビの前に戻るとキッチンから、家族の保美香が茜を呼んだ。
保美香は非常にスタイルが良く、一見すれば白人モデルのようだが、その正体はウツロイドのポケモン娘で、その見た目も言い換えれば、人間に気に入って貰い易いという寄生ポケモンの生態の現れかも知れない。


 「何を?」

保美香
 「商店街にこの紙を渡していただければ」

保美香は予めメモ書きを用意していたようで、それを茜に手渡した。
茜は周囲を見渡す。
この家、特別PKMが多いが、今はその大半が不在である。
ギルガルド娘の美柑は再び外へランニング、ディアルガ娘の永遠とアグノム娘の里奈は学校に行った。
今は夏休みだけど、プール授業があるとの事だ。
アブソル娘の華凛とピジョット娘の凪も今日は午前中からアルバイトだそうだ。
残っているのは……。

長身巨乳の女性
 「あはは〜、録画〜、しとくね〜?」

ヌメルゴン娘の伊吹はそう言って笑うと、テレビのリモコンを弄った。
普段はのんびりのほほんとしていて、行動がイチイチ遅いが、本当の伊吹は聡明で頭の回転が速い。
茜は伊吹と自分を見比べて、そして諦めた。


 「録画、間違えないでね?」

茜は大のヒーロー好きだ。
毎朝のヒーロー番組は子供向けであり、その薬指に光る指輪には似合わないが、それが趣味であり、人生なのだ。


 「それじゃ、すぐ、行ってくる」

伊吹
 「車には気をつけてね〜?」

茜は買い物鞄を手に取ると、直ぐに玄関を出た。
部屋は4階にあり、エレベーターもあるが、彼女は階段を選んだ。
階段を降り、エントランスに入ると、入り口で揉めている2人を発見した。

白人の美人女性
 「ヘイガール! 大人を舐めちゃいけないな!」

メイド服の少女
 「お願いです! 一緒に茜ちゃんをですね!?」


 「私が、なに? セローラ?」

二人は、下階に住む白人のルザミーネと1階に住むランプラー娘のセローラだった。
セローラは茜に気がつくと、オーバーアクションで驚きを表す。

セローラ
 「げぇー!? 茜ちゃん!? おっぱい揉ませて!?」

ルザミーネ
 「やめなさい! ちょっと!? 聞いてるの!?」

ルザミーネはセローラの腕を掴むと、セローラの暴走を阻止した。
だがこのセローラという少女、少々チキンでセコい性格をしているが、この暴走を止めるのは並大抵の事ではない。
何せ欲望に忠実に生きすぎた女なのだ。

セローラ
 「ええーい! 邪魔をしないでください! 行き遅れのおばさんの癖に!? えひゃい!?」

セローラの頭が歪んだように見えた。
それ程の憤怒の一撃は、普段温厚で優しいルザミーネから放たれたのだ。
あまりの光景に茜も思わず目を覆った。
今ルザミーネはそれ程の顔をしているのだ。

ルザミーネ
 「アンタねぇ……! 少し教育が必要?」

セローラ
 「あ、あはは〜、ルザミーネさん魂が煤けてますよ? やっぱり男絡み? あわびゅ!?」

もう一発。
男絡み、そう言われたルザミーネは顔を真っ赤にしていたのだ。

ルザミーネ
 「振られたんじゃない! 私の方から振ってやったのよー!?」


 「……聞かなかった事にする」

茜はそう言うと、二人を無視して出口に向かった。
セローラはそれを追いかけようとするが、ルザミーネは許さない。

ルザミーネ
 「大体誰が結婚したいって言った!? 私は仕事だけで十分! あのバカ野郎と一緒になりたいなんて、これっっっぽっちも! 思ってないんだからー!?」

セローラ
 「ぐおおお!? 聞いてもいない事をペラペラと……!?」

ルザミーネはあからさまに取り乱し、セローラにチョークスリーパーを仕掛け、涙ながら愚痴を零した。
それは男への未練であり、同時にルザミーネの地雷だと、セローラは実感する。
この親しき隣人とも言うべき相手、踏み込んでいいラインの選別が重要だ。

ルザミーネ
 「大体ダイゴはいきなり現れて、いきなり消えて! 少しはこっちの気持ちも考えろー!!」

ルザミーネの鬱憤は溜まりに溜まっていた。
今それがセローラが放った一言がキーになり、止まらなくなったのだ。

セローラ
 「効果は抜群だ! うぼあー」

そのまま首を絞められたセローラは意識を落とすのだった。



***



犬耳の少女
 「迫るーショッカー、地獄の軍団ー♪」

グラエナ娘のグリナは歌いながら学校に向かっていた。
彼女の右手にはスクール水着が入った袋がある。
グラエナ娘としては少し低めの身長、パッと見ではまだ中学生位に見えるが、これでも高校生だ。
そんな今時高校生が歌うとは思えない古いヒーロー番組の主題歌を歌う姿はさぞ滑稽だろう。
事実、今グリナの眼の前で一人の少女が目を背けた。

グリナ
 「あ、紫音ちゃん、顔を背けたですね!?」

紫音
 「……声かけないで、同類って思われるでしょ……」

チョロネコ娘の紫音はそう言うと歩き出した。
目的地はグリナと同じ高校だ。

グリナ
 「な、仲良くしましょうよ! お、同じPKMなんですし!」

紫音
 「無理、やっぱり犬とは分かりあえない」

グリナが追いつくと、紫音は頭を抱えて首を振った。
未だ貴重な高校生PKMの二人は、必然的に巡りあった。
紫音も当初こそはおどおどしていて、よくある対人恐怖症の類の少女だと思った。
グリナという少女は、PKMにはよくある人付き合いで欠陥のあるタイプであり、人付き合いの得意な紫音とは対極だったのだ。
だからなのか、或いはクラスというヒエラルキーの中で孤独と付き合う事に苦慮したのか、紫音はグリナと接触した。
グリナ自身は決して悪い子ではない。
なんのかんの、グラエナらしく身体能力は高く、人付き合いが壊滅的に悪いが、本人なりに努力も見られる。
だが、紫音とは致命的なほど趣味が違っていた!

紫音
 (はぁ……こんな変な子だって知ってれば、声かけなかったのに)

グリナ
 「うぅ〜、無視が一番辛いですぅ」

紫音
 「はぁ、せめて友人として忠告するなら、さっきの恥ずかしい歌、歌うのやめて?」

グリナ
 「恥ずかしくありません! あれは勇気の歌なんですよ!?」

紫音
 「て言っても、子供向けなんでしょ?」

グリナ
 「大きな子供向けでもあります!」

紫音
 (生粋の陰キャオタクよねぇ)

改めて陽キャの紫音とは大局的だ。
紫音は紫音で春を売るような行為を過去にしていた身であり、その事実は今や永遠の闇へと葬り去った。
今は看護師を目指す普通の高校生でなければならないのだ。

紫音
 (そう、だから私は絶対にボロを出すつもりはない!)

紫音はそう決意すると、歩を速めた。
グリナは悲鳴じみた声を上げて、その背中を追いかける。

グリナ
 「ヒーン! 待って〜!」

紫音
 「もう! ていうか別に一緒に歩かなくても良くない!?」

なんだかんだで、この同級生、紫音も邪険には出来なかった。
しかし、それを見てクスクス笑う女性を見て、二人はキョトンとした。

巫女服の女性
 「クスクス、相変わらず仲が良いですね」

猫の額のように狭い境内を持つ、古寺。
無駄に階段数の多い石段の下で箒を持っていたのは育美という女性だった。
二人は、育美を前にすると、会釈をした。

紫音
 「おはようございます育美さん」

グリナ
 「お、おはようございます!」

育美
 「はい♪ おはようございます」

育美は大人の笑顔で二人と同様に会釈を行った。
そんな育美を見て、惚けたのは紫音だった。

紫音
 (私も将来育美さんのような素敵なレディになれるかなぁ?)

それは淡い願望である。
育美は巫女服を着て、背中に赤子を背負っている。
赤子は今は眠っているのか、育美は優しく背中を揺らし、赤子を安らかせる。
その姿は紫音の願望と重なって見えたのだ。

グリナ
 「うーん」

紫音
 「どうしたの? グリナ?」

グリナ
 「育美さん、何故巫女服なのですか?」

グリナが首をひねったのはそこであった。
育美はクスクス笑うと。

育美
 「趣味です♪ コスプレするの♪」

思わず紫音はズッコケそうになった。
あらゆる意味で、自分の理想と重なる完璧なレディの育美だが、この戯けた部分は度肝を抜く。
育美は冗談が好きであり、周囲をドン引きさせる事もままあるが、お陰で彼女の真実は非常に掴みづらい。
コスプレが趣味だと言われても、はい、そうですかと納得できないのだ。

紫音
 「じょ、冗談、ですよね?」

育美
 「ふふ、秘密です♪」

グリナ
 「ぬぅ〜! ミステリアスさは大人の女性の色香なのですね!?」

紫音
 「い、色香って……」

育美
 「お二人共、貴方達が未来を心配する事はありません。貴方達も大人になる時には、素敵な女性になっていますから」

育美はそう言うと、少しだけ目を開いた。
その仕草に紫音はドキっとした。
グリナではないが、育美には紛れもなく本物の大人の色香がある。
そしてそんな大人の女性が言ったのは、紫音達の未来だ。

グリナ
 「私も……お姉ちゃんみたいになれるのかなぁ?」

紫音
 「なれるよ、きっと」

育美
 「ええ♪ 私、人を見る目はあるつもりです♪」

グリナは二人にそう言って貰えると、顔を明るくした。

グリナ
 「そ、そうですね! さ! 学校急ぎましょう!」

今日は午前中プールを使った補習授業が予定されている。
グリナは紫音を急かすと、紫音はもう一度育美に会釈した。
育美は笑顔で手を振り、将来有望な若者たちを見送った。

育美
 「ふふ、彼女たちに幸あらん事を、ですね?」

赤子
 「あ〜」

赤子はそれに応じるように声を上げた。

育美
 「ふふっ、悠気もそう思ったのですね♪」

悠気、その赤子はまだはっきりとした意思疎通は出来ない。
ただ歳の割には大人しい子供だ。
だが何れ、この完璧という言葉が最も相応しい女でさえも、大変煩わせる事だろう。
しかし母として想うのは、そんな息子の輝かしい未来だ。

育美
 「さて、そろそろ日陰に移りましょうね〜♪」

育美はそう言うと、一瞬で母子の姿はそこから消えた。
アルセウスの育美、その力は神にも等しく、されどその生き様は人間そのままだった。



***



タトゥーの男
 「らっしゃい……ご注文は?」

6本の尻尾の少女
 「あ、あううう〜」

商店街は、朝早くからどの店も営業を開始していた。
そんな中、八百屋に立ち寄ったとあるロコン娘の少女の応対に出たのは体が浅黒く筋骨隆々で、奇妙なタトゥーと、黄色いモヒカンヘアーが特徴的な男だった。
カプ・コケコのPKM、雷鴎(らいおう)だった。
商店街の守り神となった雷鴎はこうやって商店街の店番をしながら治安を守っている。
だが、そのあからさま強面の面構えは、PKMでさえも怯えさせてしまった。

雷鴎
 「ご注文は?」

それは雷鴎なりに気を使ったつもりだった。
普段は短気にも程がある男だが、この男には到底営業スマイルなど出来まい。
ただロコンの少女はガタガタと震えていた。

ロコン
 「お、お使い頼まれたのだぁ〜」

雷鴎
 「お使い? さっさと必要なものを言え!」

年季の入った女性
 「バッキャロー!! 営業舐めてんのか!?」

突然その場に現れて、雷鴎の頭部を叩いたのは妙齢の女性だった。
頭がバネのように跳ねた雷鴎はその女性を見て、手を合わせて頭を垂れる。
商店街の組合長であり、雷鴎の保護責任者の羽良(はら)だ。
羽良はあまりにも不器用すぎるこの男の接客に頭を抱えて、思わず現場に踏み込んだのだ。

羽良
 「アンタ、子供怯えさせんじゃねーわよ!? 営業スマイル! 分かる!?」

雷鴎
 「む、むぅぅ……こ、こうか?」

雷鴎は笑った、ただそれはマッスルな黒人の不気味な笑顔だ。

ロコン
 「ビェェン! 笑ってても怖いのだー!?」

羽良
 「なんで悪党みたいな笑顔になるんだい!? アンタ鶏頭だけど、中身も鳥かい!?」

雷鴎
 「俺はカプ・コケコ、マナの気を護り、そして見守る存在で、断じて鳥ではーー!?」

スパァァン!

再び雷鴎の頭がバネ仕掛けめいて跳ねた。
かつて、ヤクザをも震え上がらせた羽良は、鬼の羽良の異名を持つ。
もはや、その女性とも思えない顔にロコンは更に号泣する。

羽良
 「あーもう! 利根の野郎! この鳥頭に店番させて、どこへ行きやがったー!?」

雷鴎
 「利根なら、用事があると」

羽良
 「どうせパチンコだろうが、あのドグサレ店主がー!!」

ロコン
 「ビェェン! どっちも怖いのだー!?」


 (阿鼻叫喚地獄……)

そこへ保美香からお使いを頼まれた茜は現れた。
八百屋の前ではおばさんがマジギレして、子供が大声で泣いて、肌の黒いポケモンがエプロンを着て店番しているのだ。
言葉にすると更にカオスで、この非日常感は近寄りがたくもあった。
だがえんえんと泣くロコンの少女を見て、茜は決意した。
茜はそっとロコンの少女に近づいた。


 「どうしたの? お使い?」

ロコン
 「えぐっ、えぐ! そ、そうなのだ〜、こ、これ買って帰らないといけないのだ〜」

茜はロコンの少女が、右手に握っていた紙を見た。
この少女もお使いにきたのだ。


 「すみません、大根と玉ねぎ頂けますか?」

茜は毅然とした態度でそのカオスに飛び込んだ。
茜を見た二人はキョトンとする。
見た目だけならロコンより少し年上だろうか?
中学生位のイーブイの少女は、お嬢様のような雰囲気もあり、どこか気品も感じた。

羽良
 「ああ、君時々保美香ちゃんと一緒に来る子だね」

落ち着きを取り戻したのか、羽良は平静を取り戻した。
注文を聞くと、羽良は店主が不在な事に舌打ちする。

羽良
 「レジ打ちしてやる! 言われた商品を梱包しな、雷鴎!」

しかし、雷鴎は戸惑っていた。
いくら不器用な方とはいえ、これ位は慣れているはずだ。
羽良はそんな雷鴎に首を傾げた。

羽良
 「どうした? 雷鴎?」

雷鴎
 「い、いや……なんでもない。大根と玉ねぎだな?」


 「そう、そこの籠に入ったのね」

茜は少しだけ微笑んだ。
雷鴎はそんなあどけないイーブイ少女に何か言い得ぬ違和感を感じていた。
それは茜の中に潜むその概念に対する畏怖だろうか。
雷鴎はなるべく、それを忘れるように頼まれた品を新聞紙で包んだ。


 「これで大丈夫?」

茜はロコンの少女に振り返った。
ロコンはパァっと表情を明るくすると笑顔で茜に抱きついた。

ロコン
 「ありがとうなのだ! お姉ちゃんは救世主なのだー!」

ロコンは感情豊かに感謝を述べ、その6本の巻いた尻尾を全力で振り、その親愛を示した。

雷鴎
 「ビニール袋は……?」

ロコン
 「こ、これに入れてください! なのだ!」

ロコンはお金を両手に広げ、マイバックを示した。
雷鴎はお金を受け取ると、羽良は既にレジ打ちを終え、釣り銭を用意し終えていた。
ロコンはお釣りを受け取り、野菜をバッグに入れると、ミッションコンプリートに両手を広げて喜んだ。

ロコン
 「出来たのだー! お姉ちゃん本当にありがとうなのだー!」


 「クス、どういたしまして」

見る者が見れば、茜も成長したものだ。
2年前までは、一人で外にも出られない自閉症を患い、対人恐怖症でもあった。
あの時お使いを出されていたら、多分この少女よりも悲惨だったろう。
だからなのか、かつての自分とこの少女を照らし合わせ、手伝ってしまった。
茜とロコンの少女では何もかも違うが、それでも困って泣いていたロコンに感じる物があったのだ。
ロコンは手をブンブンと激しく振ると、日照りの中に飛び込んだ。
炎タイプだからなのか、真夏の太陽も彼女には心地よいのだろう。


 「それじゃ、お仕事、頑張って」

茜は目的を果たすために商店街の奥を目指す。
そんな茜を見て、羽良は呟いた。

羽良
 「あの子、本当によく出来た子だね」

雷鴎
 「! マスターはあの奇妙な気の者を知っているのか!?」

羽良
 「ああ、と言っても詳しくはないさ、まぁ普通のどこにでもいるPKMだね」

普通、その言葉を羽良は強調したが、雷鴎は納得できなかった。

雷鴎
 (普通? あれが普通の者か? 逆らえば消される、そのような意味の解らぬ畏怖を感じたぞ……)

利根
 「いやー! 店番すまんな雷鴎!」

そこへ、本来の店主、利根は帰ってきた。
だが、雷鴎の横にいる女を見て、利根の顔は凍りついた。

羽良
 「テメェ! 覚悟は出来てんだろうね!? 因みに私は、出来てる!」

利根
 「ぎゃあ!? なんで組合長がここにいるんだよ!?」

羽良
 「見回りダッコラー! スッゾオラー!」

利根
 「ア、アイエエエ!?」

利根が悲鳴を上げ、鬼の羽良が姿を表すと、近隣の店主達がゾロゾロと顔を出した。
静止する者、煽る者、様々だが雷鴎は止めなかった。
カオスに染まろうが、この地は変わらない。
それを容易く変えそうな少女が現れたのは予想外だったが、今日も空は清々しかった。



***



毛布に包まるPKM
 「我思う……我思う故に我あり……」

特徴的な丸い浮き輪のような尻尾のPKM
 「クルマユちゃん!? 遂に頭壊れたの!?」

PKM収容所もまた夏を迎えていた。
一時的な加速度的PKM増加も終わり、現在ではそれ程新しい顔も増えてはいない。
だが、PKMの数に対して箱の数は足りず、今は日本には3つの収容所があった。
その内の一つ、山間の奥に聳える1000人のPKMが住む収容所はある種異様な状態にあった。

クルマユ
 「ふ、ふふふ……私達は運命の奴隷なんだ……眠れる奴隷なんだよ」

マリル
 「やっぱりそれ脱ごう!? 夏にそれは無茶だよ!?」

現在全館で空調トラブルが発生しており、PKM達は地獄のような暑さに身を投じ、マリルは水着に着替え、暑さを凌いでいた。
幸いにおいてPKMの個性は様々、今は外に巨大なビニールプールが設置され、水ポケモンや氷ポケモンはそれを楽しみ、逆に炎ポケモンや草ポケモンは真夏の太陽を全身に浴びていた。
一方で不倶戴天の状態になったのは、クルマユだ。
クルマユは何かに全身を包まないと落ち着かない性質があった。
本来ならば葉っぱを編んで作る繭を着込むのだが、生憎この世界にそれはない。
かと言ってクルマユは活発に動くポケモンでもない。
その場所で腐葉土を食べて、進化の時を待つのだ。
それが奇跡的にPKMの身体に合致せず、今や暑さで死にかけているのだ。

サングラスの女性
 「はいはい、熱中症対策!」

そこへ二人の後ろから迫ったのはPKM対策部の御影真莉愛だった。
真莉愛はクルマユの毛布を掴むと力任せに剥ぎ取った!

クルマユ
 「キャアア!? ヘンタイヘンタイヘンタイ!?」

真莉愛
 「あら、可愛らしい水着を着ている事で♪」

クルマユも流石に思うところはあったのか、毛布の下は水玉模様のビキニだった。
クルマユ自身逡巡したが、結局裸で過ごすのは羞恥心が勝り出来なかった。
だが、今はそれどころではない。
繭を奪われたクルマユは錯乱したように、普段の落ち着きは全く無く、その場で蹲って震えていた。

クルマユ
 「マジ無理……な、なんなんですか? こんなイジメが許されるわけが……」

真莉愛
 「だからって空調直るまで、毛布被って過ごしてたら、そりゃ熱中症に係るってもんよ? しかもこれ、冬用の毛布じゃない……」

普段から部屋に引きこもり、冷房を最大にする女にとっては、毛布は困るものでもなかった。
というより、それは一番最初にこの世界で着た物なのだ。
この世界に顕現して最初に目にしたのは、自分を羽交い締めにして、毛布で包んだ男達だった。
それを救ったのが真莉愛達であり、それ以来この毛布がクルマユにとっての繭だったのだ。

マリル
 「うぅ……可哀想だけど、私も心を鬼にしないと!」

細目のPKM
 「お困りのようね?」

そこへ、異変を察知してか、ゆっくり浮遊しながら3人に近づく少女がいた。
ユクシーのPKMだった。
ユクシーはここではまだ新人の部類だ。
不思議な事に去年の年の瀬、自ら保護を求めて収容所にやってきたのだ。
出自が若干怪しくあるが、真莉愛はユクシーを信用していた。
ユクシーもまた、自らを語らず、されど孤独にはならない生き方を選んだ。
ユクシーは真莉愛を見て、その後マリルとクルマユを見た。

クルマユ
 「な、なんですかぁ〜? も、もうお終いなんですよ……私は生き恥を晒すくらいならば」

ユクシー
 「その記憶、封じる!」

ユクシーが僅かに目を開いた。
その目を見たクルマユはゆっくりと意識を落とした。

マリル
 「ク、クルマユちゃん!? 大丈夫!?」

ユクシー
 「安心しなさい、ちょっと眠ってもらっただけ、ついでに少し記憶も消したけど」

真莉愛
 「消したって……まぁ羞恥の傷はない方がいいでしょうけど……」

ユクシー
 「マリル、その子を砂漠のど真ん中……じゃなくて涼しい場所に眠らせて上げて」

クルマユも流石に意識を失えば、恥ずかしがる事もない。
だが意識を奪おうとも本能的に丸まってしまうのは、クルマユの宿命か。

ユクシー
 「それで、空調は復旧できそうなの?」

真莉愛
 「業者入れられないから、自衛隊に頼まないといけないし、最低2時間は掛かるかな?」

ユクシーはそれを聞いて「はぁ」とため息を吐いた。
真莉愛は、そのあからさまに嫌そうな顔に気不味くなり、話題を変えることにする。

真莉愛
 「そ、それより貴方もプールどう? 冷たくて気持ちいいわよ!?」

真莉愛はそう言うと、外の広場に置かれたビニールプールを指差す。
ビニールプールでは真莉愛にずっと付き従うダークライの愛紗の姿もあった。
PKM達が笑顔で過ごしてくれればそれで良い、真莉愛はサングラス越しに目を細めた。

ユクシー
 「嫌よ、水着になるのは恥ずかしいし」

真莉愛
 「貴方もなの!?」

ユクシー
 「珠のお肌は気軽に見せてはいけないの」

真莉愛
 「大和撫子か!?」

真莉愛の突っ込みが響く、収容所は暑い。
ユクシーからすれば、この夏場で黒スーツを着込む真莉愛の方が謎だったが。



突然始まるポケモン娘とみんなの物語 前編 完

後編に続く。


KaZuKiNa ( 2021/07/26(月) 18:57 )