突ポ娘短編作品集


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短編集
突然始まるギルガルド娘とその道を追想する物語

始まりは誰でも良かった。
ご主人様を救う為なら、誰でも良かった。
だから『巻き添え』にした。

それはご主人様にただ『尽くす』。
ご主人様を『疑わない』。
そして、『終わっている奴ら』を集める事。



ー神々の王、茜の苦悩と計画よりー




突然始まるポケモン娘外伝

突然始まるギルガルド娘とその道を追想する物語



美柑
 「ふぅ、ふぅ……!」

朝、日が昇る前、蝉が煩くなる頃がやってきた。
ボクの名前は美柑(みかん)、この名前は親愛なる主殿より頂いた大切な名だ。
本来はギルガルドというポケモンだったボクがこうして平和な世を生きられるのは他でもない、主殿のお陰である。

美柑
 (暑くなってきたな……)

ボクがこの世界に顕現して早1年。
もう1年になるのか。
主殿と出会い、海に行って、異世界に渡って、そしてギラティナとも戦った。
あれがもう1年……。

美柑
 「平和……か」

ふと、ボクはそれを呟いてしまった。
それがいけない事だと分かっている、それがボクの性だから。

美柑
 (駄目だ、雑念は捨てろ! ボクはもう戦う為の存在なんかじゃないだろ!?)

ふと、向かいからスポーティな格好のランナーが見えた。
サングラスを付け、この辺りでは良く会う人間だ。

ランナー
 「おはようございます」

美柑
 「おはようございまーす!」

この世界の人間は親切だ。
何より、ボクを差別しない。
この世界はPKMでさえあれば、認められる。
ボク達ポケモンは人の身を半身に持つが、人間ではない。
だからこそPKM、だからこそ不満を抱えるポケモンもいる。

ボクはと言うと、寧ろ救われたように思えた。
保美香さんや伊吹さんもそうだけど、生きやすくなったって、今の世界をなんだかんだで喜んでいるよね。

美柑
 「もう保美香さん、起きてるよね?」

ボクは早朝ランニングを終えると、寝蔵となるマンションを前にした。
ボクはちらりと入り口の脇を見る。
この時間帯に出没するのは稀だけど、あの女が潜んでいるからだ。

美柑
 「良かった、セローラはいない」

セローラ
 「なにが、よろしいんでしょうか? この貧乳がっ!」

ギャース!?
ボクは背筋を凍らせながら、真後ろの気配に振り返った。
そこにいたのはランプラーのPKMの少女、年がら年中メイド服に身を通したセローラだった。
とりあえずこれ見よがしに人のコンプレックスを突かないで欲しい。

セローラ
 「おはようございます、相変わらず陰気さとは無縁のゴーストタイプですね」

美柑
 「そ、そう言うセローラだって、こんな朝早くにどうしたの?」

セローラ
 「ゴミ捨てですよ、こっちはもう毎日赤様に泣かれて辟易なんですよ」

セローラ、百代セローラは百代絵梨花に仕えるちゃんとした作法も学んだポケモンだ。
確か、去年の末位だったかな?
絵梨花さんが第一子の男の子、幸太郎君を出産してから、セローラと顔を合わす機会も少なくなった。
ボクは改めてセローラを懐疑的に見てしまう。
一方でセローラもため息を交えてボクに言った。

セローラ
 「美柑さん、そんなにゴーストタイプが嫌いですか?」

美柑
 「っ!? ボ、ボクは個人的に君が信用できないというか……!」

セローラ
 「ダウト、嘘は良くない、ですよ?」

セローラの青く燃える瞳が揺らめいた。
魂を直接見るセローラに嘘は通じない。
嘘を吐く者は魂が邪悪に汚れるらしい。

セローラ
 「憎しみ、ですか? 同種に対する?」

美柑
 「そんな馬鹿な話ある訳ないだろう!? 個人的に君が苦手なだけだっ!」

セローラ
 「そういう事にしておきましょう、セローラちゃんは空気が読めるのです、それでは貧乳には興味ありませんので」

セローラはそう言うと、ゴーストタイプの特性を活かして、音も無く部屋に戻った。
あまりにも明け透けなゴーストタイプ。
時に鋭利冷徹な姿。
ボクは……それが嫌いだ。



***



ガチャリ。

美柑
 「えーと、ただいま〜?」

一応扉を開けて中に入ると、まだ電気は付いてないようだ。
だが、キッチンから明かりと音がする。
ボクは静かにリビングに向かった。

保美香
 「あら、毎日ご苦労さまね」

キッチンに立っていたのは保美香さんだった。
ウツロイドの保美香さんは、見目麗しく、正直身なりだけなら、こんな場所で家政婦をしているのが不思議で仕方がない。

美柑
 「保美香さんこそ、毎日毎日家事でご苦労さまですよ?」

保美香
 「ふふ♪ 逆にこうしてないと落ち着きませんもの♪ 貴方もそうでしょう?」

美柑
 「そう、ですね」

ボクは早朝ランニングを欠かしたことが無い。
本来ギルガルドとしてはあまりにも無意味、そもそもギルガルドは肉を持つポケモンじゃない。
それでも身体を動かせば、無心になれて余計なことを考えないで済む。

保美香
 「人間の身体は便利ですわねぇ〜♪ ケイ素の身体では味覚なんてありませんでしたからねぇ〜♪」

そう言って笑顔で味見する保美香さん。
そう言えば、保美香さんも昔、物が食べられないってジレンマがあったっけ。
人化したと言っても、それぞれポケモンの要素が濃かったから、保美香さんは人間の身体に一番慣れているようで、実際は一番不慣れだった。
でも考えてみれば凄いことだ、相手に寄生して生を得るウツロイドが、人を持て成し、尽くせるようになったのだ。
事実主殿にとって保美香さんは替えが効かない大切な存在だろう。
少なくとも、ボクは主殿の役に立てていない。

保美香
 「美柑、良かったら味見してくださるかしら?」

美柑
 「味見しなくても完璧では?」

保美香さんの料理が不味かった事なんて一度もない。
というか、逆に保美香さんより料理の上手なシェフをボクは知らないけどなぁ。

保美香
 「嬉しい言葉ですが、わたくしそれ程完璧ではございません。ホルモンバランスで舌の調子は狂いますし、それにわたくし自分は信用してませんかしら」

保美香さんの意識の高さは相変わらず凄まじいなぁ。
高潔と言っても良く、これ程出来た人は家族にもいない。
というか、セローラは保美香さんの垢を煎じて飲むべきでは?

保美香
 「茜も時々酸っぱい物を所望致しますし、人間とは不便なものですね」

美柑
 「す、酸っぱい物って……」

ボクは顔を紅くした。
そう、茜さんは既に妊娠3ヶ月。
来年には出産予定なのだ。

保美香
 「それで味見……」


 「おはようございます……保美香さん、美柑さん」

保美香
 「あら、早いですわね……里奈」

永遠と同じ部屋から出てきたのは茜より小さな少女だった。
常葉里奈、アグノムのPKMで、主殿の養子だ。
今は小学校に通っているバリバリのJCって奴だ。
アグノムらしく、先端が三叉に広がった二本の尻尾を揺らしながら浮遊している。

美柑
 「おはよう、里奈」

里奈
 「はい、あの……お手伝いします」

里奈は大変甲斐甲斐しい。
小学生とは言っても実年齢は僅か1歳ですよ?
本人曰く産まれは9月12日、あのピカチュウ版の発売日と一緒だったりする。
保美香さんもわたくしの弟子と言っているように、里奈は常葉家の第二のシェフになろうとしている。

美柑
 (うぅ……ボクももう少し真面目に学ぶべきかなぁ?)

以前保美香さんに料理のイロハは学んだが、それ以上は保美香さんも望んでおらず、ボクは初歩の習得で終わっていた。

保美香
 「ええ、お願い」

里奈
 「はい、お任せください」

美柑
 「ねぇ、里奈ちゃん。学校って楽しい?」

里奈
 「え? そうですね……お友達と一緒に遊ぶのは楽しいです」

お友達かぁ。
まぁ里奈ちゃん位美少女だと、チヤホヤもされそうだよね。

保美香
 「突然どうしましたの? 美柑も学校に行きたくて?」

美柑
 「まさか、ただ知りたいだけです」

里奈
 「なにを?」

ボクは、何も言えなかった。
知りたい……救いようのないボクでも、何か得られる物があるのか。



***



朝、朝食は大所帯だ。
というか、来年には更に一人増える事を想定すると、この家は手狭過ぎる。

永遠
 「ちょっと〜、もうちょっとズレてよ〜」


 「す、すまない!」

華凛
 「やれやれ、相変わらず朝から騒がしいな」

四角い長方形のテーブルには合計9人も座っている。
椅子は兎も角、兎に角狭い。


 「ん、ご馳走さま」

茜さんが最速で食べ終えると、その席に空きを求めてずれていく。
流石に問題に感じたのは主殿だった。


 「……引っ越し、考えるべきかなぁ?」

一家の大黒柱、常葉茂は相変わらず死んだ魚のような目で周囲を見渡し、呆れ返った。
大凡自業自得だが、最初は余裕ある家と選んだ物も、それも際限なく住民が増えれば既に限界だ。

伊吹
 「ん〜、でも〜、里奈ちゃんの事考えると〜、引っ越すのは〜、難しいよね〜」

里奈
 「わ、私は別に……」


 「いや、伊吹の言う通りだろう? 里奈は今が一番大事な時期だ」

華凛
 「だが、物理的な問題はいかんともな?」


 「一先ずテーブル買うか……」

結局引っ越すかどうかは保留となった。
いずれにしても、大家族特有の悩みには付き合う事になりそうだ。


 「ご馳走さん、さてと……」

主殿は立ち上がると、鞄を持った。
それにすぐ反応したのは茜さんだ。
今や妻となった常葉茜は毎日甲斐甲斐しく主殿に尽くしている。
それこそ、嫉妬を覚えるほどに。


 「それじゃ、行ってきまーす!」


 「行ってらっしゃい、ご主人様♪」

いつものように嬉しそうに尻尾を振る茜の頭を撫でると主殿は出社した。

美柑
 「里奈ちゃんも急いでね?」

里奈
 「はい、集団登校には間に合わせますので」

永遠
 「やばくなれば、私が送ってやるわよ♪」

里奈にとって伯母に当たる永遠はそう言ってウィンクした。
困った時ほど、頼りになるのは流石元時間の神様の力か。

里奈
 「永遠伯母さ……お姉さん」

永遠
 「今伯母さんって言おうとした!?」

伊吹
 「でも〜、実際そうだし〜」

永遠
 「まだ伯母さんなんて言われたくないの!」

保美香
 「諦めなさい、足掻こうが喚こうが、血縁上その子は貴方の姪なのだから」

永遠
 「お、おのれぇぇ……!」

ていうか、永遠さんって神様としてはどうなの?
話では末席で若造って話だけど、ボク達基準だと、充分伯母さんだよね?
まぁ、これ保美香さんや永遠さんの前じゃ絶対言えないけど。

永遠
 「ご馳走さまっ! ちょっと散歩してくる!」

永遠はパチンと指を鳴らすと、その場から消え去った。
ご丁寧に永遠が使った食器は洗い台に置かれて、不愉快な神様は外出したらしい。

華凛
 「凪、今日の予定は?」


 「私は午前中、お前は午後だな」

美柑
 「凪さん、本当に先生を目指してるんですね」


 「ああ、出来れば子供達を導いて行きたいと思っているからな」

華凛
 「ふっ、凪らしいと言えば、それまでか」

保美香
 「そういう華凛もやりたい事見えているんではなくて?」

華凛さんは苦笑した。
凪さんも華凛さんも、既に新たな道を進み始めている。
凪さんは予備校に通いながら、大学に入ろうと必死に頑張っていた。
一方で華凛さんはポケにゃんでアルバイトしながら、演劇に専念し始めていた。

美柑
 「皆、皆……道を見つけて行くんですねぇ」


 「道は幾重にも別れるわ、それは出会いの喜びであり、別れの悲しみね」

華凛
 「ふむ? 哲学か?」


 「ある意味でそう、でも道は見えないけど存在する。私にとって価値あるこの世界があるように」

茜さんが言うと重みあるなぁ。
ある意味でインチキのような物だけど、茜さんは幸せを得るためにそれだけ苦労したんだ。
もし同じ立場にボクが立っていたならば、同じだけの苦労が出来るだろうか?

美柑
 (まっ、流石に主殿と結婚するボクってのが、まずしっくりこないよね)

こればっかりは一番ボクが似合わないんだろう。
保美香さんなんか、きっと主殿と結婚していたら理想的な家庭を築いていただろうし、なんだかんだで伊吹さんも、そうなんだろう。
勿論凪さんや華凛さんだって、幸せになる権利はあった。
きっと向こうの世界で終わっていたとしても、幸せになれたんだろう。
里奈ちゃんは、そういう対象じゃないけれど、元々人間爆弾として産まれた事を考えれば、主殿の養子になれたのは、これ以上に幸せな事はないんじゃないかな。

里奈
 「ご馳走さまです、そろそろ行かないと」

やがて皆食べ終えると、バタバタ忙しくなってきた。
保美香さんは洗濯の準備を、伊吹さんが手伝いで洗い物を。
凪さんと華凛さんは出かけたようだ。

美柑
 「途中まで、一緒に行こうか? 里奈ちゃん」

里奈
 「はい」

ボクは手伝おうにも、手持ち無沙汰で結局外に出る事にした。
家事だって出来なくはないんだけど、保美香さんと伊吹さん、止めに最近主婦への覚醒目覚ましい茜さんがいると、ボクに仕事が回ってこないんだよね。



***



ミーンミンミン。

美柑
 「暑い……日本の教育制度はこんな暑さで歩かせるなど、何か間違っている」

里奈
 「そうでしょうか? 私にはよく……」

ボク達はマンションを出ると、主殿が向かった駅とは正反対の方向に向かった。
とりあえず歩くこと5分、早速汗ばんできた。

美柑
 「里奈ちゃん、汗ばんだあわらな格好を男子に見せてはいけませんよ?」

里奈
 「は?」

里奈ちゃんは別名意思の神と呼ばれるポケモンだが、害意には殊の外鈍そうだった。
まぁ小学生の魂胆なんてたかが知れているのでしょうけど、くれぐれも不審者にはついて行って欲しくないものだ。
とりあえず、破廉恥なのはいけない事だと思います!

男の子
 「あ、きた……て、今日はツルペタのねーちゃんか……」

男の子B
 「ボインなねーちゃんの方が良かったなぁ」

集合場所に到着すると、早速里奈ちゃんよりボクが標的にされてしまう。
まぁ小学生の言い分ですし、別に気にしませんけど。(怒)
ていうか、もう小学生の癖に煩悩塗れじゃないですか!
ボインのお姉さんって十中八九伊吹さんですよね!?

里奈
 「皆、おはよう」

男の子A
 「お、おう! 常葉、おはよう!」

おう、里奈ちゃんが挨拶すると、面白いようにキョドった。
所詮増せた子供もアイドルには敵わないようですね。

里奈
 「新央君もおはよう」

美柑
 (新央?)

聞き覚えのある名前だった。
ボクは里奈が挨拶した少年を見ると、少年もボクを見ていた。

美柑
 (あ、思い出した……そうか、あの時の少年)

新央光輝、かつてボクがまだこの街に慣れていない頃に出会ったサッカー少年だ。
彼もまた、引っ越して間もなく友達もいない少年だった。
だが、あれから顔を合わすこともなく、随分久しぶりに出会ったが、なんていうか男子三日会わざれば刮目して見よって言葉がしっくりくる少年になっていた。

光輝
 「お、おはよう常葉」

美柑
 「里奈ちゃん、彼とは親しいのですか?」

里奈
 「同級生」

なるほど、ということは小学5年生か。
そりゃ身長も伸びるよね。
去年は120なかった、でも今はある。
年の割には小柄みたいだけど、それでも現代の少年だもんね。
きっとあと数年でボクの身長なんて、越えちゃうんだろうなぁ。

男の子A
 「おーし、あと一人来たら出発なー!」

一番高学年の少年はそう言うと、全員揃うのを待つ。

美柑
 「それじゃ、ボクはもう行くけど、里奈ちゃん学校も頑張ってくださいね?」

里奈
 「うん、もうすぐ夏休みだからね」

おっと、そういうの全く興味無いかと思ってましたが里奈ちゃん夏休み楽しみにしてましたか!
まぁボクも楽しみじゃない訳じゃない。
去年は主殿達と一緒に海に行って遊びましたね。
2泊3日の小旅行のはずが、異世界放浪の性で実際には1週間以上家に帰ってなかった訳ですが。

美柑
 (まさか今年も? いや、ないよね?)

でもなんとなく二度あることは三度あるというか、そういう嫌な予感がしてしまう。
ボクってどうしてもネガティブに考えがちなんだよねぇ。

美柑
 「……おや?」

里奈ちゃんと別れて、少し歩くと小さな公園がある。
滑り台と小さな砂場があるだけの小さな公園。
赤いベンチに、ボクは目が行った。
だってそこには。

カラス
 「ガァー、ガァー!」

美柑
 (うげ!? カラスが一杯!?)

赤いベンチの周りにはボクが嫌いなカラスが一杯いた。
しかしそれより驚いたのはカラスの群れに囲まれた異様な格好のPKMがいたからだ。


 「オーケイ、友よ……暫くご清聴お願いする」

男性のPKMだった。
赤い鍔付き帽を深く被り、ポンチョと呼ばれる衣服を着た男性は背中に翼があった。
カラフルな翼、尾羽根は黒く時計の芯のようで、帽子から覗く髪は黒色。

美柑
 (ペラップ?)

該当したのはペラップというポケモンだった。
そのPKMは手に持った弦楽器を弾き始めると、カラス達はさっきまで煩く鳴いていたのが嘘のように静まり返った。

ペラップ
 「お〜、麗しの〜、祖国よ〜♪」

美柑
 (弾き語り?)

それはカラスだけが客の弾き語りだった。
ボクはつい興味深く、それを遠間に聞き入ってしまう。

ペラップ
 「今は昔〜、英雄と呼ばれた男とその従者の物語〜♪」

美柑
 (え?)

それはどこか懐かしい言葉だった。
そしてまさかと思いながら……次第にそれは核心を突く。

ペラップ
 「時は戦乱の時代〜、百年続く戦争〜、戦の中で英雄現れ、千の敵あらば、千の敵を斬る〜、その英雄に付き従う者、人に非ず〜、それは剣〜、それは盾〜、戦乱の世の英雄〜ギルガルド〜♪」

美柑
 「なっ!?」

弦楽器が止んだ。
カラスが一斉にボクを見た。
ボクはカラスが苦手だが、それよりもこの男の弾き語りは!?

ペラップ
 「……いかが致しましたかな? お客さん?」

美柑
 「その、その歌は……?」

ペラップ
 「ある悲劇の英雄の歌ですよ……そう戦いの場とあれば、修羅となりて敵を切り伏せるギルガルド、しかし平和な世では戦乱振りまく悪のポケモン〜♪」

ペラップは構わず弾き語りを再開させた。
この吟遊詩人のような身なりの男、それを……その詩をボクの前で詠うのか!?

美柑
 (それは……その歌は……ボクの……!)



***



それはまだボクが人化する前の世界だ。
人とポケモンが共存する旧い世界。
人々は鉄と火によって栄えたが、同時にそれは戦乱の火種にもなった。
戦乱は人だけでなく、ポケモンも動員された。
そして、ボクもまたそうやって徴兵されたポケモンに過ぎなかった。

敵兵士
 「いけ! サイドン!」

サイドン
 「ドォォォン!!」

鋼鉄の鎧を着込んだサイドンが吠えた。
その後ろにポケモンを使役するトレーナーがいた。

英雄
 「いけるな、相棒?」

そして、ボクの後ろにもまた、英雄と呼ばれた相棒がいた。

ギルガルド
 「ギル!」

サイドンが突進してくる。
力任せに乱暴な動きだ。
ボクはシールドフォルムからブレードフォルムにバトルスイッチすると、敵と正面衝突する!

ギルガルド
 「ギール!」

ボクのアイアンヘッドはサイドンの兜を叩き割る。
サイドンは当たり負けし、怯んだ。
ボクはその隙を逃さない。

ギルガルド
 「ギル!!」

ボクは自らの刀身を聖なる剣に変え、サイドンを一刀の下に斬り伏せた。
血飛沫が舞う、しかしここは戦場だ。
誰もそれに気を使う者等いない。

敵兵士
 「な!? ぐわ!?」

敵兵士もまた、抵抗の様子を見せるが、英雄が斬り伏せ、ケリをつけた。

英雄
 「よし、敵術者を撃破できた……しかし敵は多いな?」

ギルガルド
 「ギル!」

ボクはシールドフォルムにバトルスイッチすると、大丈夫だと相棒を鼓舞した。
英雄はそれを見ると、例え言葉は通じずとも、心が通じたように微笑んだ。

英雄
 「そうだな、行くぞ! 相棒!」

ボクは英雄と共に戦場を駆けた。
それは人生で最高の一瞬だった。



***



ギルガルド、おうけんポケモン。
死した人々やポケモンの霊力を吸い、ボクは戦の度に強くなっていった。
味方の国からは、戦乱の英雄と持て囃され、敵からは悪鬼と怖れられた。

しかし、戦争というものは、決してボクや英雄一個人の手で動いているものではない。
例え百の戦場で千の敵を討ったとしても、それは大局に与える影響は微微だったのだ。

そして百年戦争の末期、ボクは人生のどん底を味わった。



***



ギルガルド
 「ギル! ギル!」

それは海戦だった。
ボクは鋼の身体の性で泳げない。
これは不利な戦いだった。
だが、この海戦もボクは傷つきながら、勝利した。
しかしその代償は大きかったのだ。

英雄
 「く、この船はもう駄目か!?」

ギルガルド
 「ギル!」

味方の船は燃え、数多の船が海の藻屑に変わった。
英雄もまた、無事ではなく、沈みゆく船と運命を共にしようとしていたのだ。
ボクは自分に乗れと英雄を促す。
しかし英雄は首を振った。

英雄
 「無理だ、標準より小柄なお前じゃ、岸まで俺ごと運ぶなんて不可能だ」

ギルガルド
 「ギルル!」

そんな事はやってみないと分からないだろう!?
ボクはそんな風に叫んだ。
だが、英雄は促す、そのボロボロの身体で。

英雄
 「いけ、お前だけでも国に帰れ! 俺は大丈夫だ! 必ず迎えに行く!」

国、そうだ……ボク達の戦いは終わってない。
英雄はここでくたばる奴じゃない、迎えに来てくれる。
ボクはもっともっと戦場で活躍しないといけない!
ボクは飛んだ。
ボク一人なら、大陸に戻る事も容易だった。
ボクは振り返らなかった。
燃え盛る船と命運を共にする英雄を見れば、きっと現実を直視してしまう。

だが……戻った先で、ボクは不可解な出来事に巻き込まれてしまったのだ。



***



一般人A
 「終戦だー!」

一般人B
 「もう戦わなくて済むんだな!?」

命からがら戦場から戻ったボクを待っていたのは終戦だった。
多くの人々が終戦を喜ぶ中、ボクだけは違った。

もう、戦わなくていい?
違う! ボクは戦場でしか生きられないんだ!
戦場だけが、ボクを活かしてくれた。
戦火はボクにとって、揺りかごの子守唄だった。

だが、戦争が無くなれば必要なくなるのはいつだってボクのような存在だった。
挙げ句、市民達は酷い掌返しをするのだ。

一般人C
 「英雄? ありゃ人殺しだろ!?」

一般人D
 「英雄たって戦争病だろ!? 死んでくれた方が世のためだ!」

ボクは怒り心頭だった。
ボクは相棒を、死んだ者を罵倒する者を許せなかった。

ボクは容赦なく、その味方であるはずの人間に襲いかかった。
そしてボクは捕縛された。

戦争の時代に産まれ、戦争が人生だったボク。
敵を斬れば、それが人々に喜ばれる時代は終わったんだ。

そして、ボクは火炙りの刑にて、殺処分される事が決定した。
当然の報いであり、ボクはもう己の消滅さえもどうでも良くなっていた。


一般人E
 「ギルガルドってよくない噂聞くよな?」

一般人F
 「ギルガルドに支配されて、滅んだ国もあるらしいぜ?」

酷い言われようだった。
ボクも他のギルガルドの事は知らないが、誓ってボクはそのような事はしていない。
ボクは英雄のための剣だ。
だけど……その英雄はもういない。
ならばボクはなんの為の剣だ?

ギルガルド
 (お願いだ! 誰でもいい! ボクの主殿をくれ! 戦争以外何も知らないけど! ボクはもう一人は嫌なんだ!!)


 『なら、貴方の存在使ってあげる……ご主人様の為に』

火炙りの中、ボクは少女の声を聞いた。
その直後、視界は真っ白に染まり……次の瞬間には人の姿を得ていた。



***



ギルガルド
 「うえ? なに、これ? 人間?」

ボクは自分の全てに戸惑った。
人化したボクはある商店街の近くに立っていた。
ボクはそこで人の目線から隠れながら、人間を観察した。
ボクの英雄、ボクの主殿を見つけるために。




 「はぁ、はぁ!」

保美香
 「だんな様……どうしてかしら? わたくしを庇うなんて」

そして、ボクは発見した。
ボクの英雄。
例え誰にも共感されなくても、誰にも理解されなくてもボクが認めた英雄の姿!



***



ペラップ
 「如何でしたか、お客さん?」

美柑
 「……っ、英雄は死んじゃったんですね」

ボクは泣いていた。
必死に涙を堪えるが、止めどなく溢れてしまう。

ペラップ
 「そう、英雄ギルガルドは戦争しか知らない、戦争でこそ輝く戦のポケモン、しかし平和な世になれば疎まれ、火炙りに……そういえばお客さんもギルガルド?」

美柑
 「っ!? ええ……でも、ボクはお話の英雄ではありませんよ? だって……」

ペラップ
 「だって?」

美柑
 「今のボク、あの頃よりずっと幸せですから♪」



突然始まるポケモン娘外伝

突然始まるギルガルド娘とその道を追想する物語 完


■筆者メッセージ
執筆2020年7月18日。
公開2021年7月26日。
ほぼ時系列は霊視家政婦セローラと同じ。
KaZuKiNa ( 2021/07/26(月) 18:11 )