突ポ娘短編作品集


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短編集
突ポ娘if 神話の乙女と呪いの姫 #11

夢、夢を見ている。
それは神話の夢だ……何故私は神話の乙女なのだ?


 (神話の乙女とは、幸せなのか?)

夢の中には、白いウエデングドレスを着た女性がいた。
光り輝くその姿は、まるで光の化身。
一方で空から黒い雨が降る中、漆黒のウエディングドレスを着た女性が対立するように立っていた。


 (やめろ!? そんな無意味な事をしてなんになる!?)

私はその二人が神話の乙女なんだと気がついた。
神話の乙女は二対で産まれる。
しかし、神話の乙女になれるのは一人、故に二人は争った。
それは天を裂き、地を砕き、まるで天変地異だった。
二人の乙女は憎しみではない、ただ異なる2つの愛情がただ相容れなかったのだ。

好きになるって事は残酷で、愛するってことは罪だった。
彼女たちが好きだった男性は、ただ二人の戦いを見守った。
勝った方が、寵愛を受けられるのだ。
こんな残酷な決闘、私は認められない!
だが、私の声は彼女たちには届かない。

やがて、戦いは世界を崩壊させ、決着をみた。
激しい激戦の末、白いウエディングドレスの女性が勝った。
漆黒のウエディングドレスの女性は前のめりに倒れ、ただ呪詛の言葉を放った。

呪いの姫
 「どうして貴方なの!? 私は愛してる! 一杯! 誰よりも!?」

しかし、それは怨念だった。
漆黒の神話の乙女は、朽ち果てても想いは消えなかった。
愛を欲し、愛に狂う悲しい存在はやがて、呪魂により呪いの姫になる。

私の視界は目眩く廻った。
再び、場面が転換すると、再び二人の神話の乙女がぶつかった。
二人は双子のように似ており、やっぱり同じ男を愛してしまった。
愛故に世界を乱し、それを鎮めるためにやっぱり戦う。
そしてまたもや、勝者と敗者は生まれてしまった。

呪いの姫
 「どうして!? なんで勝てないの!?」

呪詛の言葉は徐々に強まっていく。
何者にも染まらず、敢えて言うなら不純物のない黒。
純粋過ぎた故に、愛は止まらず呪いの姫の怨念は時代を跨いでいく。

神話の乙女の戦い、呪いの姫は負け続けた。
だが、その力を憎悪と共に引き出し、徐々に強くなっていく。
やがて、神話の乙女もボロボロになっていった。

呪いの姫
 「アッハッハ! これで私が本物になる!」

神話の乙女
 「そうはさせない……貴方はもう、化け物だから」

……それでも、既に呪いの姫の力は一方的に神話の乙女を越えていた。
それは時代によって、魔王と呼ばれ、ときに怪物、ときに神話の獣とさえ罵られた。
人々が神に祈り、神様は涙を落とし、涙から神話の乙女は生まれた。
神の涙から産まれた神話の乙女は、呪いの姫の恩怨と共に、時代を越え、呪いの姫が全てを消す前に、それを止める。
神話の乙女は呪いの姫を倒した。
そして、隣の男に微笑んだ。
男にとって、それは望まぬ戦いだった。
だが、見届けたのだ……神の時代から続く、二人の無垢なる少女達の戦い。
依代を替え、呪いの姫は絶望を、神話の乙女は希望を振りまいた。


 (もういい……神よ! 二人をこれ以上戦わせるな!)

私は哀れに思えた。
だって、この二人はいつもただ愛のために光と闇に別れてしまっただけ。
光でも闇でも、本質は同じだ。
だから私は二人をはっきり拒絶した。

神話の乙女
 「なら、貴方が終止符を打って」


 (え!?)

突然、光のシルエットが私に話しかけてきた。
私は直感で、それが神話の乙女の正体だと理解する。

神話の乙女
 「私達は、神様が落とした涙……世界に対するほんの少しの善意だった」


 (なら、何故争うのです!?)

神話の乙女
 「最初は二人で世界を救った、そしてたまたま同じ人を好きになってしまった」

神様の善意は、無垢だった。
ただ善悪のベクトルではなく、世界をほんの少し良くするだけの力。
だから、この悲劇は始まってしまったのか。
神話の乙女は本当は終わらせたかったのだ。
しかし、既に呪いの姫とは分かり会えない程に、壊れてしまった。

神話の乙女
 「呪いの姫も元を辿れば神の涙……、それが悪意に染まるなら、私達は善意にならなければならない」


 (それは傲慢だ! だから茂さんは華凛を救った! 違うか!?)

神話の乙女は沈黙した。
私は華凛を救うぞ、例え呪いの姫の怨念に呪われようとも、茂さんのした事を無駄になんかしない。

神話の乙女
 「……私の力を開放する、お願い……彼女を救って、神話を終わらせて」

神話の乙女はそう言うと、私に歩み寄ってきた。
やがて、私と神話の乙女のシルエットが交差すると、私の中に光が溢れてきた。


 「ああ、終わらせる……もう誰も悲しませない!」



***




 「華凛の居場所が分かるのか?」

アレから1週間、華凛は行方を眩ませた。
街は徐々に復興しようとしていたが、人々はまたいつあの闇が襲ってくるのではないかと、恐怖していた。
そんな時、凪が華凛の居場所を知っていると言い出す。


 「ああ、全てを終わらせる……そのためにも茂さんに付き合ってほしい」

それを聞いた他の家族は心配した。
無理もないが、俺は震える手をギュッと強く握りしめた。


 「ああ! こっちからもお願いだ! 華凛に会わせてくれ!」

保美香
 「……本当に大丈夫ですのね?」


 「ご主人さま……気をつけて」

美柑
 「出来れば協力したいんですけど……」

伊吹
 「ま〜、茂君に任せるしかないか〜」

皆それぞれ、思いは違う。
俺は全員に納得の答えを出せる程器用じゃない。
神でもないと、いや神でさえもそれは不可能だ。
生きている人間の数だけ思いは存在し、だから拒絶してしまう。
共感できない悪も、共感できない正義も存在する。
逆に共感できる悪も、善も存在する。
結局は清濁併せ呑む器量が必要なんだ。


 「茂さん、どうか手を……」

凪さんは手を差し出した。
俺は凪さんの手を握る。
すると凪さんは頬を赤らめ、そっと微笑んだ。
その瞬間、凪さんの身体から光が溢れ出す。
光は眩しく暖かい、凪さんは白いウエディングドレスの姿に変身すると、世界は光りに包まれた。


 「く!? これ、華凛のに似ている!?」


 「茂さん、ううん……私達の愛する人、伝説のポケモントレーナーとは、神の愛を受け止めた人の事」


 「神の愛?」

凪さんは何を知ったのだ?
今の姿は華凛の対であり、そしてやはり凪さんも気配が凪さんであり、凪さんじゃなくなった。
これが神話の乙女の真の姿?


 「神の涙はほんの少しの希望だった、だけど力はベクトルでしかなかった……だから善と悪に別れてしまった」


 「それが神話の乙女と呪いの姫の正体?」

凪さんは頷く。
今の華凛は呪いの姫で、望まぬ力を持っている。
元を辿れば凪さんだって一緒だ。
神話の乙女とかいう、正真正銘のオカルトであり、チート地味た力。
決して望んで得た力じゃない。


 「茂さんは華凛を信じてくれ、アイツは呪いの姫には負けない!」


 「ああ、ああ!」

俺は頷いた。
やがて、光と闇がぶつかりだした。
俺たちはこのゾッとする気配に警戒する。
闇の中から、華凛は歩んできた。

華凛
 「神話の乙女ぇ……! ダーリンから離れろ!?」


 「呪いの姫! もう止めろ! これ以上呪ってなんになる!?」

光と闇がぶつかった。
凪と華凛の力は五分。
世界が震動する!


 「くそ!? なんなんだ!?」

それは闇が光を侵食し、それを光が逆に喰らい、世界を不安定にしていく。
まるで天変地異だ、その中心にあの二人がいる!


 「もう止めろ華凛!」

華凛
 「ダーリン! 神話の乙女なんかに負けない!」


 「ち!? 力に拘るから!」

華凛の強力な闇は、凪を押し込む。
しかし、凪も負けていない、逆に一気に押し込み、拮抗しだした。

華凛
 「なんで!? 力は私のほうが上なのに!? なんで勝てないの!?」

二人は光と闇の爆発に弾かれ、距離を取る。
ほぼ互角の二人、しかし凪は微笑を浮かべた。


 「何故? ふ……華凛なら分かる筈だぞ?」

華凛
 「え?」

その時、凪は華凛に何かを投げつけた。
それは指輪だった、正体不明のメガストーンが埋め込まれた指輪だ。

華凛
 「これ!?」


 「我々にとっては結婚指輪だ、その意味はわかるな?」

神話の乙女にとって、とても重要な意味を持つアイテム。
しかしそれを呪いの姫に渡した!?
俺は凪の背中を見た。
気紛れでやったんじゃない。
ただ、それを華凛に渡したのは、華凛にその意志を伝えたんだろう。

華凛はそっと自分の薬指の指輪を嵌めた。
指輪は、華凛の薬指にピッタリと嵌る。

華凛
 「あ、あ……!」

華凛は泣いた、戦闘もやめて泣いた。
力ではない、心が泣いているのだ。


 「華凛ー! 俺はお前を愛してる!! お前が欲しい!!」

華凛
 「ダーリン……! 私も……私もだー!!」

華凛が返した!?
その顔は俺の知る華凛だ!
だが、直ぐに華凛が苦しみだす!

華凛
 「うぐ!? 神話の乙女! 私の怨念を知れ!」

華凛は再び、狂気的な笑みを浮かべると、凪に襲いかかった。
凪は防戦一方だった、だが笑っている。


 「華凛、茂さんの愛の告白、それまで呪詛に変える気か?」

華凛
 「ぐう!? ダーリン、だけは……護る!」

華凛は呪いの姫との間で苦しんでいた。
呪いの姫と華凛は同一だ、華凛の言葉は本音であり、決して呪いの姫だけの言葉ではない。
だからこそ、呪いの姫の悪意に華凛は抗っているんだ。
俺は華凛を信じた、凪さんがあの指輪を渡した華凛を!

華凛
 「あああ! あああああ!?」

やがて、華凛が絶叫する。
指輪が光り、華凛の全身を包み込む。
俺はその熱を感じていた。
華凛はメガシンカしたのだ。
呪いの姫のメガシンカ、その猛威が凪を襲う!


 「く!? うううう!?」

一方的に凪さんは押し込まれた。
世界が闇に染まり始める!
俺は叫んだ!


 「負けちゃ駄目だ凪!!」


「ふ! 私は……神話の乙女にも、呪いの姫にも負けない!!」

やがて、今度は凪に変化が起きた!
凪も莫大なエナジーに包まれると、メガシンカする!
二人の光と闇の化身は極限の戦いを繰り広げた!


 「はああ!!」

華凛
 「おおおお!!」

光と闇が混濁し、やがて世界は変容を始める。
マーブル模様のように世界は混ざり合い、やがて奇妙な色を放つ。
俺は幻視した、争い合う神話の乙女と呪いの姫の争い。
どっちが悪いんじゃない、俺たちは不完全なんだ。


 「はぁ、はぁ!」

華凛
 「く!? はぁ! はぁ!」

徐々に二人は疲弊する。
メガシンカしての戦い、それはポケモンバトルとはとても言えないが、しかし本質的な想いをぶつけ合っているのだ。
全く共感のできない不毛の争いだ。
俺は、我慢出来ず踏み込んだ。


 「ふたりとも、もういい!」

華凛
 「!?」


 「茂さん?」

俺は二人の間に立った。
二人は真剣な目で俺を見る。


 「ふたりとも、俺の手を握れ」

俺はそう命令すると、二人はそっと、俺の両手を握った。

華凛
 「ダーリンの手、温かい♪」


 「ああ、全て包み込んでくれる……」


 「俺は不器用だ、愛するって言っても、大した表現ができない……でも、俺は二人共愛している、それじゃ駄目か?」

華凛
 「っ!? でも、それじゃ呪いは祓えない! この呪いはそんな禍根から!?」

俺はすかさず華凛の唇を奪った。
華凛はピクっと身体を痙攣させると、素直にキスを受け入れた。


 「華凛、いや、呪いの姫……お前も元を辿れば神の涙なんだろう? お互い苦労しちゃうよな? だから俺がお前を愛してやる」

華凛
 「あ、ああ……ダーリン……!」

華凛、いや呪いの姫が涙した。
最初は黒い涙だった。
しかし、次第にそれは綺麗な涙に変わっていった。
神の涙……呪いの姫が浄化されている?

華凛
 「おしえて、ください……何故、もっと早く現れてくれなかったのですか?」


 「人間は不完全だ、ある意味でお前達神話の乙女よりも怪物だと言える……その答えは俺には出せない……でも、もう一度言うぞ!? 今からでも遅くはないんじゃないのか!?」

呪いの姫は初めて、その怨念から解き放たれた。
大粒の涙を流し泣きじゃくると、俺に抱きついた。

華凛
 「ダーリン愛してる! ごめんなさい! ごめんなさい!? 私ダーリンの事好き過ぎて!?」


 「愛が罪なら、罰は俺も受ける……、だから皆を許してやってくれ」

やがて、華凛の姿が変わっていく、メガシンカが解除され、黒いウェデングドレスは、メイド服に戻っていった。


 「む? そうか……」

同じことは凪にも起きていた。
凪もまたメガシンカを解除し、その姿はいつもの洋服に戻っていく。
そして、二人の影から見覚えがあるようなシルエットが浮かび上がり、そして黒と白のシルエットが抱き合った。

神話の乙女
 (お帰り……)

呪いの姫
 (ごめんなさい……私のせいで)

二人のシルエットが消えると、突然世界が消え始めた。

華凛
 「う、く……?」


 「あ!? 華凛!? 大丈夫か!?」

華凛は頭を押さえると、ゆっくり目を開いた。
そして俺を見て、微笑む。

華凛
 「ふ、良い女は男を心配させないものだ」

それは、いつもの華凛だった。
華凛が帰ってきたのだ。



***




 「うお!?」

突然、俺はアスファルトに転がった。
て? アスファルト?

男性
 「と、突然PKMが現れた!?」

女性
 「きゃああ!? あ、あれって!? 街を破壊したPKMじゃ!?」


 「え? え?」

俺は顔を上げると、そこは崩壊した街。
いや、メイド喫茶ポケにゃんの前だった。


 「おい、やばいんじゃないか?」

華凛
 「……っ、全て私の責任だ、凪はダーリンを連れて逃げろ」


 「おいおい!? 俺の愛の告白聞いといてそれはないぜ!?」

華凛は早速責任を取ろうとしだす。
うん! 華凛ちゃまの真面目な所好きよ!?
でも、捕まったら、どうなるか分かりきってるよね!?
俺流石に承服できんよ!?


 「馬鹿言うな! 罪なら私も同罪だ!」

華凛
 「しかし……」

その時だ。
場は騒然となり、人々がパニックになる中、一台の赤いスポーツカーがドリフトしながら、眼の前に止まった!

真莉愛
 「へい! 3人とも! 乗ってく!?」


 「ありがとう!」

俺は迷わず後部座席のドアを開いた。
しかし華凛は渋る。

華凛
 「真莉愛……私は」

真莉愛
 「世界は貴方を裁くわ、どんな理由であれ貴方は許されない事をした……でも、私は華凛ちゃんを信じるわ! だって帰ってきたんだもの!」

俺は華凛の手を掴む。
ハッと華凛は俺を見ると、俺はニヤリと笑った。


 「行くぞ華凛! 俺について来い!」

華凛
 「……うん! 一生何処へでもついていく!」

華凛は満面の笑みを浮かべた。
そして俺と一緒に車に乗り込むと車は走り出す。
助手席には凪が乗り、スポーツカーはすごいスピードを出す。

真莉愛
 「華凛ちゃん、さっきも言ったけど、貴方が破壊したのは街だけじゃない、多くの命も……それが華凛ちゃんの性じゃないといしても、国は血眼で貴方を探すわ……」

華凛
 「ふ、正にお先真っ暗か」

華凛はそう言うと腕で胸を持ち上げた。
自嘲気味に笑ってるが、どうするべきか?

真莉愛
 「……だからね? こっちもちょっと工作しないといけないのね」


 「工作?」

真莉愛
 「それはね……?」



***



世界が終わりを迎えるかと、人々は震撼した。
凪と華凛が最後の戦いをする中、その影響は現実にも影響を与え、空は神話の時代が到来したかのように、闇と光がせめぎ合った。
世界の破壊者となった華凛を人々は恐れた。
だが……その日から1年、華凛の姿は消え、そして華凛は特殊部隊の功績により、死亡したと報道された。
もちろんそれは真実ではない。
御影真莉愛はこの不都合な真実、そして国民の安心を手に入れるため、国家さえも揺るがしかねない工作を仕掛けた。
だが、だからといって全てが丸く行った訳ではなかった……。



ガラララ。

店から外は海が見える波止場の店。
ここは寂れた小島の食堂だ。
俺はこの店に帰ると、カウンター席の向こうで笑顔で出迎える女がいた。

華凛
 「あ、お帰り貴方♪」

それはアブソルの女だった。
異常にデカイ胸に白い肌、銀の髪はセミロングで揃えられ、黒い鎌のような角も見える。
そう、かつて魔王とも恐れられた女だ。


 「ただいまー」

俺の名は緑茂(みどりしげる)、勿論偽名だ。
1年前、御影さんは俺と華凛の戸籍を抹消し、そしてでっち上げた。
今の華凛は緑華凛、俺の妻だ。
勿論華凛も偽名だが、それは俺たちが平穏に暮らすための手段だった。
御影さんは俺たちの身分をでっち上げる事で、住んでいた場所を追われたが、全く偽の人生を歩み、第二の人生とした。


 「ほい、食材購入してきたぞ」

華凛
 「うん、これで足りるな」

さて、そんな第二の人生も、結局は働かないと食っていけない。
とりあえず、御影さんの手配、片田舎の港町に引っ越したが、俺にできる仕事は少なく、選んだのは食堂の経営だった。
ちょうどこの店、数年前に店仕舞しており、俺はこの店を買い取ったのだ。
調理機材も閉店前の物が残っており、俺と華凛は悪戦苦闘しながらも飲食店経営に乗り出した。

一応田舎だが、食堂そのものが少ないためか、はたまた美人目当てか、店は繁盛し、経営は順調だ。
俺も必死に料理を勉強し、それなりに自慢の料理を出せるようになったが、生憎料理人としての腕前は華凛には完敗だ。
そんな華凛だが、1年前籍を入れ、今は膨らんだお腹が目立っていた。
妊娠10ヶ月目なのだ。

華凛
 「ふふ、近々保美香がこっちに来ると連絡があったぞ」

俺は荷物を置くと、キッチンに入った。
ちょっと狭いキッチンだが、俺は料理の仕込みに入る。
因みに他の家族なんだが、纏めてだと、隠蔽効果が薄れると言うことで、元々無罪な事もあり、今も茜たちは旧家に住んでいた。
御影さんの計らいで、特例として保護者無しで暮らすことが認められたのだ。
つくづく御影さんは謎の権力持ってるよなあ。


 「保美香が? 向こうは大丈夫なのか?」

華凛
 「妊娠の話をしたら、居ても立ってもいられないとな?」

そう言うと妻は腹を優しく擦った。
確かにそろそろ出産控えているし、保美香が来てくれるなら心底助かるが。

華凛
 「ま、どうせ、だんな様の子種を下さいませ! なんてほざく気だろうがな♪」

華凛の保美香の口真似、本人は似ていると思っているのか笑っているが、俺はあんまり笑えなかった。


 「生活費どうすんだよ? 子供二人は流石に借金しないとキツイぞ?」

華凛
 「やれやれ、現実主義者め……男の甲斐性見せろ、この♪」

華凛はそう言うと俺を肘で小突く。
華凛も元々熱愛ラブ勢だったが、孕んだ性か、今では性格も落ち着き、こうやってジョークも言えるようになった。

華凛
 「毒を食らわば皿までと言うだろう?」


 「据え膳食わぬは男の恥だろ?」

華凛は「むふ」と上機嫌に微笑んだ。
俺は溜息を吐く。


 「分かってんだよ……保美香に求められて拒否できる訳ないんだ」

華凛
 「当然だな、依怙贔屓はよくない!」

華凛は勝ち組の余裕か、そう言うが……これが呪いの姫の依代とは思えんよな。
まぁ華凛は自分より他を愛してくれとも言った。
華凛と結婚する際、その条件に他の家族が求めた場合自分を理由に拒否はしないでくれと言われたのだ。
正直俺は戸惑ったが、それを受け入れた。
でもこんな約束したら、俺の周り妊婦だらけにならないか危惧したが、意外にもそんな事はなかった。
茜も保美香も伊吹だって、華凛の懐妊を喜んでくれたし、次は自分たちだと、騒ぎ立てる事もなかった。

とはいえ、俺も身分上死んでるし、茜たちと会いたくても会えないのは寂しい。
保美香が来るのだって、あくまで一人が限界なのだろう。


 「てか、保美香が来たら向こうの食事は大丈夫か?」

華凛
 「茜がいるし、凪もいる。問題ないだろう……さぁ、開店準備急ぐぞ!」


 「お母さんは無理すんな! 俺がやる!」

俺はそう言うと、せっせと食材を仕込んでいく。
まだまだ保美香や華凛には追いつかないが、これでも大衆食堂緑屋の店主だからな。

華凛
 「ふふ、お言葉に甘えるか♪」

そう言うと華凛は、近くの椅子に座った。
正直立ち仕事だから、かなり辛いだろう。
それでも良い女は泣き言なんて言わないのさ、と華凛は本当に泣き言もなく働いた。
子供が産まれたらきっと、そうもいかなくなる。
俺は急いで一人前にならないと行けないのだ。


 「さて、暖簾外に出さなきゃな」

華凛
 「ああ、それ位私がやる」

華凛はそう言うと、暖簾を持って、店の入口を出た。
俺は遠目にそれを見つめる。

男性A
 「華凛ちゃん! お腹出てきたなあ!?」

男性B
 「いやあ〜、こんな漁師町に美人さんが来て、華やかになったねー!?」

華凛
 「ふふ、そんな事言って、奥さんにチクるぞ?」

華凛が店を出ると、開店を待っていたのは、地元の漁師達だった。
華凛とも顔なじみで、家族ぐるみで付き合いのある常連客で、華凛は美人な上に、元メイド喫茶仕込みで愛嬌があるから、あっという間に町のアイドルと化した。
まぁなにせこの町PKMは華凛ただ一人。
保護責任者も俺だけって位人口も少ない。
正に隠れるには最適な場所だった。

華凛
 「客4名入りまーす!」


 「いらっしゃいませー!」

いつもの顔馴染みと、日々美しくなってる気がする俺の妻華凛。
今はまだ悪戦苦闘しているが、俺はこの妻を愛し、そして妻は俺を愛してくれる。
この第二の人生、案外悪くないのかもな。



突ポ娘if 神話の乙女と呪いの姫 完


KaZuKiNa ( 2021/06/24(木) 18:16 )