突ポ娘短編作品集


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短編集
Soul of 『N』 #2

真っ暗だ……そこには光は存在することが許されないのか?
極めて虚無的な世界……ここはどこなんだろうか?
歩けども歩けども、その世界には何もなく、そもそもにおいて何かが存在しているのか?
虚無の世界、終わってしまった世界。
喜びはない、恐怖もない、何も無い。
ただ悠久に無がそこにあるだけ……。



***



ニア
 「……あ」

私は眠りから目を覚ますと、まず綺麗な天井が見えた。
上半身を起こすと、私はベッドに寝かされており、そこが見慣れた光景だと気付く。
ホウツフェイン王国、その王城の敷地内にある別荘。
そこは私の下宿先だった。

ニア
 「確か帝国軍残党の偵察に出て、エーリアス……ううん、ネオが現れて……それで」

記憶はそこまでだった。
そこから私は気絶して気が付いたら、いつもの下宿先に着いたらしい。

ニア
 「とりあえず現状を把握しないと」

私はベッドから起き上がると、部屋を出る。
王城の莫大な敷地内には女王の住む王城の他に、兵士や使用人が住む別荘が幾つか併設されており、その中の一つが私個人に宛がわれた下宿先だ。
ナツメの厚意によるものだけど、この別荘は下手な高級ホテル並には充実している。
吹き抜けの2階から下を覗くと、いつも通り働くメイドの姿があった。

ニア
 「クミン!」

私はその階下のメイドに呼びかけると、その子は上を向く。

クミン
 「あら、ニア様、お目覚めになられたのですね!」

アママイコのクミンはセローラと同じくらいの年齢の少女だった。
この位の年齢の少女が奉仕人になるのは珍しいことじゃないけど、その中でもクミンは甲斐甲斐しく働いている。
私はこの別荘で働くもう一人を尋ねる。

ニア
 「セローラは? サボり?」

クミン
 「それがセローラちゃん、先日から行方不明なんです」

ニア
 「……え?」

セローラが行方不明?
私はその言葉が信じられず、つい最近も軽口を叩きながら私にセクハラをするセローラを思い出す。

クミン
 「あのっ、ニア様、女王陛下が目覚めたら謁見の間まで来るようにと」

ニア
 「……すぐいく」

私はセローラも心配だが、一先ず自分の事情も知りたいし、王城に行くことにした。
一体アレから何があったのか……。



***



ツキ
 「ニア、一先ず任務ご苦労」

ニア
 「……」


謁見の間まで行くと、ツキと女王陛下ことサーナイトのナツメイトがいた。
私は二人の前まで向かうと、片膝を折り、頭を垂れる。
気を利かせたのか、常駐している兵士達は外に追い出されており、ナツメは私を心配そうに見ていた。

ナツメイト
 「ただ事ではないことが起きた事は分かっています……貴方は任務の後ある方がこの街まで運んで下さいました」

ニア
 「ビート……」

私を運んだとすれば思い付くのはその人だった。
朧気ながら記憶の最後にビートが映っていた気がする。

ツキ
 「報告してくれるな? 任務の中で何があったのか」

ニア
 「……はい」

私はあの任務の中で何があったのか事細やかに説明をした。



***



ナツメイト
 「ゾロアークのネオ、ですか」

報告の後、私は未だ疲れた様子を見せるニアに休養を与えた。
その後、私はツキと今起きている事態について考える。

ツキ
 「あのエーリアス殿の正体があの原罪と呼ばれるゾロアークですとはな」

ナツメイト
 「その言い方は止めなさい、ニアを辱める事は許しません」

ツキ
 「は、申し訳ございません」

この国では広く知られている原罪のゾロアーク。
だが所詮それはおとぎ話だ、ニアにそのような業があるとは思えない。

ツキ
 「陛下、残党の動きが活発化している中、かようゾロアークの暗躍を許せば国家の地盤を揺らしますぞ」

ナツメイト
 「……分かっています」

残党は今世界中で散発的なゲリラ活動をするに留まっている。
しかしそれは、それだけ現状に噴き出した不満なのだ。
残党の多くはアーソル共和国の存在を許さない者も多いと聞く。
今後残党の動きを確実に抑えないと、それらは国家の火種に成り代わる危険性さえあるのだ。

ナツメイト
 「ツキ……未来視を信じますか?」

ツキ
 「……あの星読みの女が告げた常闇の世界、ですか?」

それは一月ほど前、私の下に一人の占い師が現れた。
それはゴチルゼルという事以外は分からない流れの占い師だったが、彼女の言葉が強烈に印象に残っているのだ。

ナツメイト
 「そう遠くない未来に、光は奪われ世界は死に絶える……」

ツキ
 「不吉極まりませんな、気にするのも分かりますが……」

この世界では占いは普遍的に信用されている。
というのもエスパータイプに類するポケモン達にはそういった未来予知が少なからず出来るからだ。
私自身遠未来は流石に無理だが、僅かな未来を予知することは出来る。
この事から、予言というのは少なからずこの世界に影響を与えているのだ。

ナツメイト
 「あの予言者は妙なことを言っていましたね……雫を求める者に光の道差す…と」

ツキ
 「意味が分かりません。雫? 聖杯の暗喩でしょうか?」

私達は頭を捻らせるが、答えはでない。
いずれにせよ今は当面の問題の解決か。

ナツメイト
 「……はぁ」

ツキ
 「その溜息、今は宜しいですが、今後は封印していただきたい」

ナツメイト
 「承知しましたわ」

しかしまぁ、問題は山積みなのだ。
この後4国間協議が行われる予定であり、私はあの妖怪じみた老人達に何を言われるかを想像すると、胃に穴が空きそうだ。



***



ニア
 「セローラの足取りは分からないままか……」

コンル
 「まさか本当に居なくなっちゃうとは……」

ナツメへの謁見の後、私はセローラを探すためメイド達に話を聞いていたが、情報は全く芳しくなかった。
そもそも彼女は何処に行ったのか、その足取りが全く掴めないのだ。
普段からサボりがちで、欲望に忠実すぎて迷惑な子だったけど、居なくなったらなったで寂しさが募る。

ニア
 (或いは……まさかとは思うけどお兄ちゃんを追ってあの穴に?)

帝国との最終決戦は、意外な結末で終わった。
表向きには皇帝カリンは死去しているが、実際には違う。
お兄ちゃんは家族とナギー、カリンを連れてイベルタルが現れた穴に飛び込んでいったのだ。
その後について知る由もないが、もしかしたらセローラも……等と考えてしまう。

コンル
 「あの、大丈夫ですよね……セローラですもの」

ニア
 「大丈夫、例え泥を啜ってでも生き延びる執念のような物があの子にはあるから」

冗談抜きにあの子には執念がある、主に亡者の執念だけど。
本当に今頃お兄ちゃんの下にいても不思議じゃない。

ニア
 「案外、2〜3日羽目を外しているだけかも知れないわ」

コンル
 「そうですね……それならば遠慮なく叱れるのですけれど」

コンルはセローラとはかなり付き合いも長いらしく、まるで姉妹のようだった。
常にセローラの事は気にかけていたし、居ない今だからこそ弱さを見せている。

兵士
 「トウジョウ国大使の到着である! 道を開けよ!」

コンル
 「!」

突然、毛並みの異なる異国の兵士達が中心にいる大使を守りながら、ホウツフェイン城を我が物顔で闊歩してきた。
私達は道の端によると、大使の声が聞こえてくる。

大使
 「相変わらず無骨な宮殿だねぇ」

秘書
 「我がトウジョウ国とは比べるべくもありませんな」

大使
 「だが陛下は美しい……この国には勿体ないよ」

ニア
 「……何様なんだか」

ゆっくりと通り過ぎる大使を後ろ目に私はぼそっと呟いた。
この2年で散々見てきたけど、兎に角中部4カ国は仲が悪い。
それぞれホウツフェイン王国、トウジョウ国、イッシュウ連邦国、トンカー王国、それぞれ歴史は長いけれどそれは対立の歴史だという。
それに憤りを覚え、大陸の統一を志したアーソル帝国の思想にはある程度シンパシーを感じる。
これからもこの4カ国に進歩が見られないなら、カリンも憐れとしか言いようがないわね。

コンル
 「あの様子で閣議会合が纏まるかしらね……」

ニア
 「さぁ? 下手すれば2年前の繰り返しね」

その後、次々と国の代表者達が集まると、4カ国の代表による協議が行われた。
夕方から行い、明日まで協議は詰められる予定だ。
私は王城の片隅で、夕焼け空をただ眺めていた。



***



あの大戦争から早くも2年……。
その爪痕からの戦災復興は未だに行き届いてはいない。
お兄ちゃんが成し遂げたことは、神話の再現だったのだろう。
だが、皮肉な事か、人類のエゴはより肥大化し、貧富の格差は広がっている。
これではまるで、神話が結果として人の話を乱したかのようではないか……。

ニア
 「……そろそろ会議も終わったかな?」

空は茜色から夕闇に変わり、夜が訪れる。
夜が近づくと嫌でも思い出すのはネオの事だ。
アイツは少なくとも2年以上前から私に目を付けていた。
この世界にゾロア種はあまりに少ない。
私自身同種と出会った事はなかったし、それは多分ネオもそうなんだろう。

ニア
 (原罪の血……か)

ネオは強く否定した。
私自身もそれを認めるつもりはない。
ただ、夜に疼くように……私は震えていた。
ゾロア種は常に生存競争を科せられてきた。
生きるために闇夜に紛れる毎日、時に自分を偽らなければならない。
お兄ちゃんは初めて私を正しく見てくれた。
それは私にとっては救済だった。
ゾロアであることが露見すれば殺される事さえある世界で、自分を偽らなくても構わないというのは、どれ程救われたか。
だが、きっとネオは違う。
多分エーリアスはそんな詐称した自分の一つなんだろう。
一体何年……何十年自分を偽ってきたのだろうか。

ニア
 (そして……なぜ今になって偽るのを止めた?)

ゾロア種にとって本来の姿を見せる事は禁忌だ。
ネオはあの大戦争から2年の間に何があったんだろう。
今やこの国の多くの人がゾロアとしての私を認めてくれているが、それはナツメイトのお陰でもある。
それでも人々の記憶に今なお残る原罪の血、私はそんな理不尽な咎を今も背負っているのか。
ネオはこの咎をどう思っているのだろうか?
私はなんとなくだが、彼が姿を現した事が更なる災厄になる……そんな気がした。

ニア
 「月……ッ!?」

その時、不意に空を見上げた。
理由はなかったけど、この行為をしたことにより異変に気が付いた。

ニア
 「黒い月……!? まさか!?」

私はその瞬間、ナツメの下に駆けだした。
ネオだ、ネオが現れたんだ!
現れた理由は分からない。
ただ、その瞬間胸騒ぎが最高潮に達した。

ニア
 (アイツの目だ……ポケモンを殺すことに躊躇いがない)

思えば、エーリアスと名乗っていた頃から、奴は強硬派で知られていた。
必ず勝つ常勝の将軍だから無視されたが、エーリアスの指揮した戦場では多くの死者が出ている。
戦時ならば、誰もがそれが戦争だと納得していたが、今考えればアレは意味があったのかも知れない。

ニア
 (ネオ、お前の目的はなんだ!?)

兵士
 「ニア様! 今は会談中です! ここをお通しする訳には!」

ホウツフェイン城の一室、大きな扉の向こうには会食にも使える大きな会議場がある。
私は静止する二人の兵士を押し切り、扉を大きく開いた。

ニア
 「ナツメ! 緊急事態……っ!?」

私は会議場に踏み込むとそこが既に殺戮の場になっていた事に戦慄した。
争った形跡もないまま、ダラリと地面に倒れる各国の首脳たち。
そして部屋の一番奥に追い込まれたナツメの姿と、それを追い込むネオの姿があった。

ナツメイト
 「ニ、ア……逃げて……!」

ナツメは触れられても居ないのに苦しそうに藻掻いていた。
恐らくはネオが見せているイリュージョンに苦しめられているのだろう。
通常のイリュージョンならば、肉体に影響を与える事はない。
しかしネオのそれが肉体に影響を与えるものだと言うことは、既に知っている。

ニア
 「ネオォ!!」

私は短刀を鞘から引き抜くとナツメを追い詰めるネオの背中から斬りかかる。

ネオ
 「ニア! 私は君と戦うつもりはないんだ」

ニア
 「お前は何が目的だ!?」

ネオは私の動きを察知して、攻撃を避ける。
私は無理に追撃はせず、ナツメを護るようにした。

兵士
 「な!? ナツメイト様をお守りしろ!」

ニア
 「止めろ来るな!」

ネオ
 「ニア、私の目的はとてもシンプルだよ、君を護ることだ」

ニア
 「護る? それとナツメたちになんの関係がある!?」

ネオは兵士を一瞥すると、兵士達は突然苦しみ出す。
私にはどんなイリュージョンかは見えないが、死のイメージを認識すればそれで終わりだ。
私は理由は分からないが、ネオのイリュージョンを破ることが出来た。
しかしアレが偶然なのか、それとも何か秘密があるのか分からない。
兎に角そんな奇跡みたいな事に頼ることは出来ない。
イリュージョンは対象が死ねば消える、なら簡単なことだ。

ニア
 (ネオを殺せば、ナツメや兵士は助かる!)

私はネオに正面から襲いかかる。
数度の斬撃は難なく避けられ、レベルの違いを思い知らされた。

ネオ
 「落ち着きたまえ、言ってるだろう? 私は君と争う気はない」

ニア
 「なら! イリュージョンを解け! なぜ会談を狙った!?」

ネオ
 「丁度良かったんだよ、お偉いさんが集まるのはさ」

ニア
 「殺すことに意味がある……?」

私はネオから一度距離を取って短刀を構えた。
こうしている間にもナツメや兵士達の死は刻一刻と近づいている。
だが、このままでは埒があかない。

ネオ
 「言って信じて貰えるか分からないが、近い未来この世界は滅びるんだ……だけど、それを防げるかもしれない手立てがある」

ニア
 「何よそれは……?」

ネオ
 「知的生命体の皆殺し」

ニア
 「なっ!? 何を言っている!? 虐殺を行うと言うのか!?」

ネオは真顔のまま口にしたのは信じられない言葉だった。
知的生命体の皆殺し、その文字にすればあまりにも冷淡な言葉の真意を私は測れそうにない。
だが、ネオは茶化す様子もなく、言葉を続けた。

ネオ
 「知的生命体は災厄のノイズなんだ、だから数を減らす必要がある」

ニア
 「巫山戯るなーっ!」

私は思いっきり感情をネオにぶつけて袈裟懸けに斬りかかる。
この狂人はここで仕留めなければならない。
虐殺を容認して、そこに平和がある訳がない。

ネオ
 「怒り、それもノイズだ、災厄は知的生命体さえいなければ無害なんだ! それならば数は少ない方がいい!」

私はもうコイツに耳を貸すのを止めた。
ただ殺意を動線に乗せて、致命の一撃を打ち込む。
ネオは顔色を変えず、それを避ける。
だが私はイリュージョンで斬撃を惑わし打ち込むと、初めてネオは顔色を変えた。

ネオ
 「おいおい、物騒だな!」

ニア
 (! そうか、コイツは私のイリュージョンを無効化できるわけじゃない!)

同族と打ち合うのは初めてのことだ。
それ故に色々な勝手が分からない。
だがお互いのイリュージョンは干渉し合わないようだ。
コイツには私のイリュージョンが効いている、それは私もイリュージョンが効いてしまうという事だが、それならば実力差を埋める手段にはなりそうだ。

ニア
 「はぁっ!」

私は素早く三連撃、その中の一つに虚実を仕込む。
ネオは顔色を変えて回避するが、確実に追い込んでいる。

ネオ
 「くっ! やむを得ない!」

ネオはそう言うと窓ガラスを割って城の外へと飛び出していく。

ニア
 「逃亡!?」

ネオ
 「ニア! 滅びはいつかは訪れる! それは速いか遅いかだ!」

ネオはそう言って闇の中へと消えていった。
私は唇を噛むと、この場で仕留められなかったことを悔やむ。

ニア
 「勝手なことを……!」

ナツメイト
 「く……? た、助かった?」

ニア
 「ナツメ! 大丈夫!?」

イリュージョンの射程距離外になったのか、ナツメは苦しそうに悶えていた状態から、ゆっくりと顔を上げた。
体中から汗をびっしょりと掻き、今も息が絶え絶えで、よく持ちこたえたものだ。
改めてナツメには強靱な精神力がある証拠だろう。

ナツメイト
 「話はなんとか、聞き取れ、ました……」

ニア
 「ナツメ、休んで。もういい」

ナツメイト
 「ふふ、では……そうさせて……」

私はナツメを抱擁すると、疲れ果てたナツメは言葉の途中で眠り果てる。
その後、会議の異変に気付いた城の官僚や兵士達が駆け込んできて、事後調査が行われた。
会議に参加していた各国代表のうち、生き残れたのはナツメのみ。
みな一様に狂気に目を剥いて発狂死していたのだ。

しかしこの事態は国際世論を動かし、世界が着実に終末へと向かっている事を物語っていた……。



***



数日後、女王の寝室にて―――。



ニア
 「ナツメ、話って?」

ナツメはアレから暫く表舞台には顔を出さず私は寝室で彼女と会っていた。
傍には厳めしく構えるツキの姿もある。

ナツメイト
 「ニア……貴方にもある予言を教えましょう」

ニア
 「予言?」

ツキ
 「信じがたいとは思うが……偶然にしては奇妙でな」

ナツメは病人のようにベッドに腰掛けて、ゆっくりと語り出す。

ナツメイト
 「そう遠くない未来に、世界から光りが奪われ、世界は死に絶える……とある星読みの予言者の残した言葉です」

ニア
 「……! ネオの言っていた事に似ている?」

ネオも確か近い未来に世界が滅びるって言っていた。
それは災厄が世界を滅ぼすと……。

ツキ
 「同じ物を指すのか、どっちも嘘っぱちという可能性もある……しかし無視は出来ん」

ニア
 「ネオは滅びを回避するには知的生命体の抹殺が必要だと言っていた」

ナツメイト
 「ふっ、つまりそのため死ねと」

ツキ
 「笑い事ではないですぞ! それは明日を否定する事と同じ!」

ナツメは余りにも皮肉が効いていた為か、笑ってしまうがツキは大真面目だ。
だがナツメはエスパータイプだけに、なんらか未来を見たのかもしれない。

ナツメイト
 「ネオが見せた幻影は、黒い月が無限大に広がり世界を滅ぼすものでした……私はアレこそが予言の未来ではないかと推察します」

ニア
 (似てる……! アイツは黒い太陽の幻影を使った! そして世界を暗闇に包んだんだ)

もしネオが滅びのイメージをイリュージョンに使ったのならば、それは二人によって予言された事になる。
占いを絶対視するこの世界でこれは、とても信憑性の高いことだ。
だが、それは知ってもいい事なのか?

ナツメイト
 「予言が絶対だとしても、それを静かに享受するつもりもありませんし、ましてその前に死ぬのも以ての外ですね」

ツキ
 「無論です! しかしネオの言が確かなら、奴は動きますぞ」

私もそこは無言で頷いて同意する。
ネオは一切躊躇いもなかった。
本当に良心の呵責もなく、虐殺を行うだろう。
だけど私達はそれを許すつもりはこれっぽっちもない。

ニア
 (災厄から逃れるために殺す……それは矛盾だ!)

ツキ
 「兎に角一刻も速くネオを捕らえましょう! 暴虐をこれ以上許すわけにはいかない!」

ナツメイト
 「ええ、全国に非常事態宣言を」

ニア
 「他の国はどうするの?」

会談で代表達の皆殺しは、ナツメだけが助かった事に対してホウツフェインの策略ではないかと、疑いの声もある。
元から関係が良好とは言えない国家間では、これを火種にしようとする輩さえいるのだ。

ナツメイト
 「勿論伝えるべき事は伝えましょう、後は受け入れて貰うしか」

ツキ
 「陛下、時に王には無理を通す威厳も必要です」

ナツメイト
 「ええ、兎に角急ぎましょう!」

ガタガタガタ! バタン!

ある程度話が進むと、突然女王の寝室に駆け込んでくる者がいた。
それは親衛隊の鎧を着るピジョンだった。

ジェット
 「陛下! 大変です!」

ツキ
 「無礼者! 陛下の前だぞ!」

ナツメイト
 「構いません! それより何が?」

ジェット
 「か、怪物です! 怪物が至る所に!」

親衛隊の青ざめた顔を見ると、それは嫌が応にも嫌な予感を持たせた


ナツメイト
 「……皆さん、行きましょう!」

私達は頷くと、ナツメを先頭に寝室を出るのだった。



***



怪物は熊に似ている。
だが、それは熊ではない。
ひょろ長い舌を伸ばし、両腕は細く爪は剣のように鋭く長い。
そして全身は黒く、異形の怪物はホウツフェイン城の周囲を取り囲んでいた。

ジェット
 「数大凡100万! 包囲されています!」

ナツメイト
 「まさか……終末が始まったとでも?」

私達は見張り台に行くと、大地を真っ黒に染め上げる怪物達に戦慄した。
誰もがそれこそが終末なのかと愕然とする中、私は確信する。

ニア
 「ネオだ……! 奴は最も原初的で野蛮な行動に移ったらしい」

ナツメイト
 「ネオ? ならばこれ全てが幻影?」

ニア
 「理由は分からないがネオのイリュージョンは肉体に影響を及ぼす。怪物は幻影でもその幻影に死のイメージを持てばその通り死ぬ」

精神力の強靱な者ならば、ある程度抗えるらしいが、完全に払拭は出来ないだろう。
出来るとしたらよほどの狂人か……。



***



怪物はホウツフェイン城周辺だけではなかった。
世界中の至る所に現れていた。

ワンク
 「ずぇりゃぁぁぁぁ!」

古傷だらけの逞しいカイリキーのワンクは悪魔のように微笑み群がる怪物達を吹き飛ばす。
初老でありながら、その実力は万の兵士に匹敵すると言われる。
帝国七神将の一人であるワンクは戦後、残党に合流し蜂起の期を伺っていた。
ワンク自身、そこに戦いがあるなら陣営はどちらでも構わなかった。
その隣には二つ頭の巨人と呼ばれる男もいた。

ハリー
 「どぉりゃぁ!!」

ノクタスのハリーは怒声を上げると、その太い右腕に草の力を込めて、怪物に強烈なアッパーカットを仕掛けた。
怪物は頭が吹き飛ばされると黒い霧に変わる。
かつて解放軍に与してワンクとも熾烈な戦いを極めたハリーもまた、ワンクと同様の理由で戦を求めて残党に合流していたのだ。

ワンク
 「かかかっ! 楽しいのぉハリーよ!」

ハリー
 「おう! ただ、雑兵をいくら潰した所で腹の足しにはならん!」

この二人の鬼は、帝国軍残党たちが怪物にやられていく中も、ただ戦い続けていた。
その顔は狂喜に歪み、はたしてどちらが怪物なのか?
彼らの称号は狂人、戦鬼、阿修羅、様々だがこの鬼達は怪物を怖れない。
ただ喜々として狩り続けるのだ。

怪物
 「!」

怪物の長い爪がワンク将軍の胸板を貫く!
常人ならば、心臓を貫かれたイメージを持つだろう!
しかしこの鬼は違う! なんと筋肉で怪物の爪を折ったのだ!

ワンク
 「貧弱貧弱ぅ! 筋肉が足りんぞぉ!」

ワンクはそのまま怪物の顔面を殴打!
怪物は顔面を砕かれそのまま黒い霧になる。
本人たちは知る由もないが、怪物達は幻影に過ぎない。
つまり微塵も負ける気のない化け物たちは、怪物の攻撃が通用しないのだ。

ワンク
 「貫けるものなら貫いてみろ! グラエナの噛み砕くでも通さぬがな!!」

一方でハリーの方は巧みだ。
ダッキングで怪物の懐に踏み込み、右ストレート、怪物の首が270度回転すると、直ぐさま次の怪物が迫るが、その攻撃をスウェーで回避。
芸術的なボクシングスタイルで、怪物を潰していった。

ハリー
 「かかかっ! ノロマめ! ワシを殺したくばバズーカでも持ってくるのだな!」

全く埒のあかない怪物たち。
所詮幻影の怪物は本物の怪物には敵わないのだ。
しかし、怪物達は異なる動きを見せ始めていた。

ハリー
 「ワンクよ、ちと様子がおかしいぞ?」

ワンク
 「む? 怪物達が集合している?」

それは、巨大な肉塊だった。
怪物達が集合すると、融合していく。
何百体もの怪物が集まると、それは天を突くほどの巨人と化したのだ!
しかしそれを見てこの鬼達は、嬉しそうに笑っていた。
大凡常人の感性などまるで通用しない鬼たちはただ闘志を燃やすのだ。

ワンク
 「嬉しいのぉ! あんな巨人と戦うのは初めてよ!」

ハリー
 「うむ! 狩り甲斐がありそうじゃ!」

20メートルにも到達する巨人は大きく手を振りかざす。
そのままその手でワンク達を押し潰した!
これには鬼達も一溜まりもないか? 否!

ワンク
 「かかか! 腰が入っとらんのぉ!」

なんとワンクは4本の腕でそれを受け止めたのだ!
そしてハリーはすかさずその振り下ろされた腕を駆け上がっていくではないか!

ハリー
 「受けてみよ! ワシの一撃を! ニードルアーム!!!」

ハリーは漆黒の巨人の顔面まで駆け上がると、その右腕のトゲが膨張する。
ハリー最大の一撃は巨人の身体を揺らし、巨人は土煙を上げて背中から倒れた!

ワンク
 「こらハリーよ! 奴はワシの獲物じゃぞ!?」

ハリー
 「くかか! ならばワシとやるか!? コイツよりは喰い甲斐あるじゃろうて!?」

ワンク
 「面白い! そろそろどっちが上か決めるのも面白そうじゃのう!?」

巨人を倒した鬼達はなんと互いに構え始める!
この鬼達はこの後に及んで、同士討ちをしようというのだ!
正しく狂人! だが巨人はまだ霧に変わっていない!
二人の鬼を余所に巨人はよろよろと立ち上がろうとした。
後ろから二人を襲うつもりなのだ。
だが……不意に巨人の胸が大きな槍に貫かれた!
巨人はそのダメージに背筋を反り返らせ、そのまま黒い霧に変わっていく。

トウガ
 「相変わらずのようですね」

巨人を屠ったのは、トウガであった。
この異常事態に対して彼も独自に戦っていたが、巨人の姿を見て駆けてきたのだ。

ワンク
 「貴様トウガか! そう言えば貴様とワシ、どちらが強いかのぅ?」

トウガ
 「敵いませんね、貴方と付き合っていたら命が足りませんよ」

ハリー
 「しかし流石帝国一の騎士よ! まだ生きとったか!」

トウガ
 「此方には確か20人近く残党がいたと思いますが?」

ワンク
 「全滅じゃ! 怪物共にやられた!」

この狂える鬼たちとて、助けなかった訳ではない。
だがそれ以上に数は多く、とても守りきれなかったのだ。

トウガ
 (ビートの報告にあったゾロアークのネオの仕業か?)

トウガもまた、明日を望む者の一人だ。
戦争を憂い、残党の決起を止めるために奔走していた彼だが、この事態を収束する手立てを考える。

トウガ
 「お二方、この事件の核心……興味はありませんか?」



***



ネオ
 「力量の分からない怪物の群れが襲いかかってくれば、いずれ心が折れる……恐怖を具現化すれば誰も抗えはしない……ニア、君は真理を見たのか?」



Soul of 『N』 #2 完

#3に続く。


KaZuKiNa ( 2021/05/25(火) 18:00 )